2011年02月27日

仲正昌樹、2009、「今こそアーレントを読み直す」

今こそアーレントを読み直す (講談社現代新書)
仲正 昌樹
講談社
売り上げランキング: 80350



読んだので自分的な整理程度に。自分の解釈-理解メインなので引用とかなしで。


アーレントというと「公共性」「政治への意志をもつことこそ自由だ」的な感じなんだけど読み進めていくと違ってて「自由」ということが一番の焦点ぽかった。

「自由っていうけどどういうことなの?」

「野放図に生きてしたいこと全部出来れば自由なの?」

「その『したいこと』ってのはほんとに自分がしたいことなの?」

「セックスとか食事みたいな本能的な機制、承認欲求みたいな社会的な機制、通念あるいは既成の価値観に依るものなんじゃないの?」

「じゃあ『ほんとの自由』ってどういうもの?」



アーレント的には本能や社会的機制、既成の価値観にもしばられない状態のために政治的コミットが必要という話になる。

コミットというか(アーレントの用語における)「活動」を通じたpublicへの参加。ここでのpublicは古代ギリシアのポリスが想定される。家(私空間)の私的利害の絡まない public な言論空間への参加。動物的な欲求だけであることに対して、(政治的)活動を通じて他者の視点を取り込むことによって自己の視野を拡大することができる、と期待される。


しかし「活動」が最優先なものとなり「活動のためにはほかのことは犠牲にされるべきだ」となるとどうだろう?たとえばマルクス主義的な運動のように。 それは「自由」といえるのだろうか? ちなみにマルクス主義的な「運動」は行動メインなイメージなのに対してアーレントの「活動」は政治的言論活動が想定される。


ここで「運動」≠「活動」に自己を投じる以前に立ち止まってその是非を問う期間(「観想」)の必要性が浮かび上がる。「行動するだけが活動なのか?」「『傍観者』の期間も行動の是非を考える期間として必要なのではないか?」


「おそらくそういった課題をもってアーレントは「判断」の価値を考えていこうとしていたのだろう」と著者は推測し「判断」の過程も「活動」と同じ重要性を持っているものとされる。直接的な「行動」や政治的言論「活動」以前に立ち止まってその是非を問う「観想」期間の中で、過去の歴史や経験を参照し最終的な「判断」をする。


自分的には(政治的言論)「活動」とその是非の思考・反省期間(「観想」)を通じた「判断」、2つの往還が必要ということなのだろうなと理解した。



<「自由」は生得的なものでもなく、政治・社会的コミットにおけるコミュニケーション(「活動」)を通じて確かめられていくもの。また、ただ「活動」すれば良いというものでもなく「活動」の是非の反省(「観想」からの「判断」)を通じて「活動」によって得られる「自由」も再確認され修正されていく>



以上が自分の「アーレントの解説」としての本書への理解となるわけだけど、なんか基本構造をおーざっぱだったので人様のエントリもいちお見るに



今こそアーレントを読み直す - 池田信夫 blog(旧館)
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/43e1d3fb51a336480bf5bd584502d057


こちらでも「自由」に焦点しつつ、固定した価値観による複数性(≠自由)の封殺は忌むべきものだ、という話。当時は「派遣村への共感をもたないものは人非人だ」みたいな言論(価値観)封殺だったけどいまは「無縁社会」ということになるか。



[書評]今こそアーレントを読み直す(仲正昌樹): 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2009/05/post-781a.html


こちらは当時の「格差社会」の風潮と言論封殺みたいなのが前半部。後半はちょっと意外だった。

今回はまとめるのめんどくさそうだったので控えたのだけど、本書においてなされていたアーレントの政治的「判断力」の議論はカントの美的「判断力」の議論からの援用であるという話。同情的な「共感」ではなく、他者との共通感覚、内面化した他者の語りとの内的シミュレートを通じて個人の心性は拡大し、他者との調和の基盤になる、というアレ。


後段はアーレント-仲正の感想的人間存在としての「私」と「他者」をつなぐ「拡大された心性(enlarged mentality)」の話に刺激された共同体の固有性と普遍性との接続の可能性の話。


ここでの「言語経験」はその共同体の歴史的経験をはらんだ固有の歴史的重層性のことだと自分的には解釈した。例えば「無縁」や「社会」、「自由」のような意味のすれ違いが生じる。


「無縁社会」という空体語と「社会」や「自由」という翻訳語について: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/186831256.html



しかし、ドイツ出身でありながら英語という異国の言葉で思考したアーレント自身の実践がそういった固有性と普遍性の間を埋める実践そのものといえるのではないか?


普遍性と歴史的重層性(固有性)への配慮ということではこの辺思い出しつつ


ルワンダ虐殺と関東大震災の朝鮮人虐殺とは異なる - finalventの日記
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20060304/1141473634


最近ではこの辺の話も絡むか








そんで以下は関連で思ったこと


アーレントの「自由」を「あらゆる機制からの開放」としたとき、それは西田の純粋経験の感覚、あるいは武芸の「自在」の感覚と同じなのかな、と


「天道≠天皇」で「天道」の部分だけなんとなく大衆信仰されていっていたのではないか: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/186948309.html


「運命は決まっている。それがゆえに自由だ」という天との繋がりの感覚というのは public な活動に繋がることとそれによって得られる視野の拡がりの話に似ている。


私的な内的感覚としての純粋経験が「善」という社会的なものに繋がる契機というのはその辺の話だったのだろうか?

もちろんそこでの「善」は善悪的な価値観的なものではなくエロス的な「善悪の彼岸にある存在の脈動への全肯定感」(ただ純粋に「ある」ということの実感と感動)だろうけど


少なくとも「善の研究」一周目ではそれは読み取れなかったけど、案外こういうのは随筆集的なとことか、生活での雑談の中に残ってるのかもなぁ。。(ということで上田閑照日記の続き読もう



そして「バガボンド」の文脈を借りるなら「自在」「純粋経験」という個人的な感覚は、「理」「善(快)」「美」といった共通感覚(というより法則性の経験知)の内面化、それを介した他者や世界との対話のシミュレーションを通じて社会への回路を開かれることとなる。






「バガボンド」における本阿弥光悦のところの美的感覚語りはそのままカントの美的感覚話にも似ているように思える。光悦が「自在」の「理」を「美」として捉えていたのはその2つが他者との接点としての共通感覚だったから?

だとしたら「天下無双」というこだわりを捨てることで「自在」という個人的感覚にもう一度立ち戻った武蔵が社会へ向かう契機として、「美」と「理」(それを介した「天」)の話が出てきたのは至極当然の流れだったか。





--
関連:
天才バガボンド (内田樹の研究室) <
http://blog.tatsuru.com/2008/06/30_1113.php

登場人物たちの語った言葉も描いているときは、「この言葉しかない」と確信して描いているのだけれど、何ヶ月か経って読み返してみると「謎めいていて、自分でも意味がわからない」ということあるそうである。


なんか納得した

タグ: 公共性
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2011年02月06日

吉田修一、2008,「さよなら渓谷」


「あいつも知ってんだろ?だから俺を見て、笑ってたんだろ!」


「自分が事件を忘れようとしても事件(周り)が自分を追いかけてくる」



「許して欲しいなら、死んでよ」




「思い出さない日はなかった」



「あんな事件を起こした俺を、世間は許してくれるんですよ。驚くほどあっさりと許してくれるんです。もちろん嫌な顔をする男たちもいます。でも、心のどこかで、おれがやってしまったことを許しているというか、理解しているのが分かるんです。許すことで自分が男だってことを改めて確認するみたいに。だから、俺も自分で自分を許そうとしました。許さなければ、許してくれる男の中に入れなかったんです。そこにしか、生きていける場所がなかったんです」



「女のことは分からないもんだって、ずっとそう思ってきたんだ。…だから男のとき以上に、マイクを強く突っ込んじゃうんだよ。大勢で取り囲んでさ。男の犯罪者が謝る以上に、謝ってほしくなるんだよ」






「どこまでも不幸になるために、私たちは一緒にいなくちゃいけない。 幸せになったら、きっと壊れてしまう」








さよなら渓谷
さよなら渓谷
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吉田 修一
新潮社
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罪を犯した相手を許せるかどうか



前のエントリでも書いたように簡単に「許せ / 許せる」というものではないように思う



「許す」というか「忘れる」、「消化する」ということかな: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/184559456.html?1296981936




ただ、社会・法的に「罪」「悪」とされ罰を課されることについて。

法的に一定のルールを超えた場合、「悪人」ということになるのだろうけど、実際はそれを哂っているひとたちのほうがエグくて醜く思えることがあるのではないか?

あるいは社会的制裁然でマイクを向けるカラスたち



吉田修一、2007、「悪人」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/51177686.html



そして法的に罪をつぐなっても、あるいは39条問題のように法的には罪人とされない場合、その悪は「許された」といえるのだろうか?


そんな釈然としないことが往々にしてある




それに対して「最後は当事者間での納得」であり、そこに至る過程をある程度説得力をもって描き出(シミュレート)してみたのが今作ということだろう。


「当事者間の納得」という部分で「東京湾景」にも出てきた「男女間の納得とはどういうことか?」的要素を絡ませて







けっきょくこう言った場面での「納得」とか「誠意」というのは論理的ただしさや演出(テクニック)ではなく本気の度合いなのだろうなぁ。。


男女間の場合は性愛のような変数的なものも絡んで感情が変わってくるのだろうけど




案外そういった「本能」ともいえるような、論理的・合理的に不可解なもののほうが「ほんとの気持ち」ってこともあるのかもしれない。



罪という不条理、そこから生じる傷は「業」ともいえるような不可解さでないと対抗しえない。あるいは条理を超えた状況において条理(テンプレート)を超えた男女のほんとが浮かび上がる、というような。



おそらく「男女のほんと」の部分ですべてを受け容れる女の懐の深さとそれと相反するような残酷な業のようなもの、男のちっぽけさ / ちっぽけながらも女に寄り添おうとするやさしさのようなものを描こうとしたのだろう




そういったことを描こうとした作品だったか、とあらためて思った









「あなた(わたし)には死すらも生ぬるい」というとき


ひとは罪を抱えて生きて行く


罪は絶えず己が心を苛み、生は苦海となる


そして男女は人並みのしあわせをあきらめ無縁の谷にたどり着く



苛烈な痛みを逃れるために男女の性にすがる二人


しかし、憎しみ / 罪の針は忘れた頃に鎌首をもたげ、「おまえたちは無縁のものなのだよ」と心を刺す



それはまだ救いといえるのかもしれない


生ぬるい「許し」を偽装されて生きるよりも、時折もたらされる正直な痛みのほうが



贖罪の中にある救い




一生消えない傷を持った者の道連れの中で生まれる、「恋愛」とは異なった愛?のようなもの










--
罪と罰関連で


天童荒太、2008、「悼む人」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/116779813.html


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2010年09月06日

「バクマン。」 → ジャンプシステムとマンガの面白さ → 「One Piece」の話

「バクマン」8巻までよんでなんかちょこちょこ思ったのでメモ程度に


バクマン。 2 (ジャンプ・コミックス)
小畑 健
集英社
おすすめ度の平均: 4.5
4 博打漫画、略して「バクマン」
3 1冊読むのに時間がかかる、そこがいい
4 精巧なリアリティと縦横無尽なフィクションが同居する
1 気持ち悪いマンガの最高峰
5 力になった




感じとしては「まんが道」+「G戦場ヘヴンズドア」+「さるまん」+ちょっとラブコメって感じのマンガ道話。それにジャンプシステム的なものをフィーチャリングしたもの


いままでのマンガ道話だと作家と作品の格闘、才能が「生活のためにけづられたり」することの悲哀のようなものを中心に描いていたように思うんだけどこの作品ではそれを特に感じさせない作りになっている。


その辺が現代っぽいのかなあと思いつつ、その分ジャンプシステムに関するネームがぎっちりだったり、「編集は作家と対立することもあるけどその止揚を通じて作品が出来上がっていくんだ」ってところが描けていたように思う。

特に作品を同時並行で2つも3つも作ったり、ネームをアンケートシステムに合わせて変更していくところなんかは「プロとしての作品は自分の創りたいものだけをつくっていては通じない」ってメッセージを強く感じさせた。

それを特に悲哀をもってではなく、「当然のこと」として描く。


それを受けてジャンプで長期連載している作家たちの凄みが分かってくる。


てか、この作品全体が「ジャンプ」に付加価値をつけるものなのだなぁ、と。特に「広告」というわけでもなく透明性+アカウンタビリティって感じで。

ジャンプって最近なんか問題あったか?とか思うんだけど、本作の中でもよくでてくる「テコ入れ」をジャンプ自体に行ってるマンガと言えるのかもしれない。



自分的な反省として


「One Piece」なんかは人気連載先伸ばしのために強さのインフレ問題にはまってるような印象だった。



ONE PIECE (ワンピース) - 関心空間
http://www.kanshin.com/keyword/408086



「強さのインフレ問題」というのは

ジャンプみたいな少年漫画の場合バトルマンガ的なものが求められる → 人気とりのためにバトルシーン+トーナメント(あるいは段階的集団戦闘)方式多用 → 「敵たおす → 敵ボスはいまの力では倒せない → 修行 → 敵ボス倒す → 新たな敵とのたたかい → 敵たおす →(繰り返し)」

的な循環構造。敵の外装パターンや小手先の技は変わるけどやってることは同じようなの。


そんで、いつの間にか主人公がやたら強くなって地球とか破壊できるようになったり…。


そういう形でジャンプによって地球がいくつも破壊されていくわけだけどストーリーやテーマ的にはなにも残らない(ひねりがない)マンガが出来上がっていく。


それで強さを単なる量的パワーゲームにするのではなく、質的なもの(三すくみとか、「ある条件においてはあるものが勝てる」みたいなの)にすることによって単なる肉弾戦闘から頭脳戦へ持ち込む工夫がなされたりした。



『ユリイカ』2008年6月号「特集:マンガ批評の新展開」 - インタラクティヴ読書ノート別館の別館
http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20080626/p1

 『少年ジャンプ』における「強さのインフレのマニエリスム」はかなり古い起源をもつものだが、誰も目にもはっきりそれとして確立したのは車田正美『リングにかけろ』であるし、広く認識されたのは鳥山明『ドラゴンボール』ということになろうが、このパターンは実はある時期以降、ジャンプにおいて――そして少年まんが一般においても、必ずしも(少なくとも唯一の)主流ではなくなっている。はっきりとそれが打ち出されたのは、わかりやすいところで荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』第23部以降、すなわち極めて限定された超能力としての「スタンド」の出現以降であり、あるいはまた冨樫義博『幽☆遊☆白書』の「仙水編」以降である。このあたりから、「制約の中での頭脳戦」を基調とする作品が急速に増え、広く受け入れられるようになっている。おそらくは福本伸行のメジャー化も、この潮流のなかに位置づけることができるだろう。

 ただしこうした展開が、藤本が「力のインフレ」という言葉で問題としようとしているある種の病理(?)への十分な対抗力となりえているかどうかは、確かに疑わしい。たとえば頭脳戦を前面に出した冨樫の『HUNTER×HUNTER』が、にもかかわらず、ことに「キメラアント」編以降「力のインフレ」にあっさりはまってしまって迷走していることは印象的である。



この辺の話がたけくまメモの「マンガのおもしろさ」話につながっていたのかな


伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド』を読む(1): たけくまメモ
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/09/post_8459.html

伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド』を読む(3): たけくまメモ
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/10/post_788b.html


テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ
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3 マンガを素材にポストモダンを論ず
3 タイトル倒れ以前に本として趣旨不明
4 “テヅカ”死後の世界に向けて
5 「切断」ではなく「連続性」の書
5 このマンガ理論の提示を、なかったことにしてはならない




オトナは「マンガはおもしろくなくなった」みたいなこということあるけどほんとにマンガはおもしろくなくなったのか?それは単にオトナが現代のマンガの表現技術へのリテラシーを身につけてないだけなのではないか? あるいは、「どこを見所とするか?」のズレ


リテラシーの話は映画とかテレビにも共通するモンタージュ技法的なアレが紹介されてた。まあ、たまに異性のマンガ読むとコマ割りとか違ってて読みづらいってことあるけどああいうの。あれが「世代間である」って話。


それとは別に「現代のマンガでは見所とされてるところ、おもしろいとされるところが違うのではないか?」って話。

ここで「ストーリー重視からキャラクター重視へ(キャラ萌え)」という嗜好の変移について紹介されていた。

この辺のキャラ消費の話はデータベース消費の話とかぶるなぁというとこ


動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)
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1 語るだけ無駄
3 90年代オタクの楽しみ方はわかった
1 動物化するポストモダンとはどういう意味だろう
5 作者の原点
3 趣味のオタクを本業の哲学に生かしたポストモダン入門書、日本編?





そんな感じでストーリーとかパワーゲームとかも通り越してキャラクターのかわいさとか背景設定、「キャラクター以前に好きなパーツ(ネコミミ、メイド服など)がありその組み合わせとしてキャラクターが構成されていれば十分」みたいな楽しまれ方をされている現状がある。


翻って「One Piece」の場合この辺どうか?


パワーゲームの傾向はあったけどそれはバトル系週刊連載なら仕方ないかなとか思う。いちお「作品中の特殊能力は相性があるよ」ってことで強さの質的限定が行われていたんだけど、それでもパワーゲームにはなった。


しかしあれだけ長期連載でギミックにいろんなアイデア出して、設定資料も凝ってたら仕方ないかなぁ。。最近のインフレはネタ切れってことだったのだろうし。


それでも異例の長期契約してるからやめるわけにもいかんし、なにより屋台骨だし…。



そういう周囲からのプレッシャーが作家自体の描きたいものをじっくりと描く時間を奪っていっていたのではないか? たとえば、作家当人もいっていたように「One Piece」の場合は任侠的仁義とか友愛みたいなのが描きたいシーンということになっている。

そこからテーマが展開していくとすれば、警察機構も含めた多元的正義と主人公の任侠的な「義」の精神の止揚の問題を描いていくことになるだろうけど、それを表現する前に「人気」が要求されギミック的な小技を出す必要が出てくる。


「それでも作者が満足ならいいじゃん。任侠的なもの描きたいだけだったんだし」って見解もあるだろうけど



そんなことを思っていたんだけど、今回「バクマン」を読んでちょっと考えが変わった。



「作品全体を通してストーリー」ってのもあるけど、ジャンプのような、週刊連載 → アンケートで即結果 → それを次に反映させなければならない、って構造がある場合、ワンピにおける一つ一つのシーズンがひとつのストーリーでありテーマだったのかなぁ、と。

コミックス数にするとワンシーズン5巻ぐらいだろうか

その一つ一つがひとつのテーマであり、独立したマンガ作品として完結してるような感慨が作者からするとあるのかもしれない、とか思った。



それはそれで十分だし、そこからテーマや作品のメッセージのようなものを表せるとしたら、それはもうキセキなのだろう





ONE PIECE 1 (ジャンプ・コミックス)
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2 日本一売れるのは納得できません
1 ストーリーは悪くないけど・・・・
5 歴史的第1作
5 すべて此処から…
4 面白いです!





--
関連:

G戦場経由、蒼い月行き (赤い戦車風味): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/36439208.html


タグ:マンガ
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2009年12月03日

是枝裕和, 2009, 「空気人形」

是枝監督の「空気人形」を見てきたのでできるだけ軽く。いつもながらネタバレありだから気になる人はみないように


「空気人形」公式サイト
http://www.kuuki-ningyo.com/index.html


全く予備知識無しにいったのでエンドロールで知ったのだけど業田良家さん原作の映画化なのだな


ゴーダ哲学堂 (竹書房文庫 GY 8)
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おすすめ度の平均: 4.5
4 淡々と
5 素晴しいマンガ家の作品集です!!お薦めです!!
5 考える時間を持つ
5 素晴らしい!!
4 空気人形の心



なので是枝監督にしてはちょっとドギツイ、というかわざとらしすぎるなと感じたシーンも納得行った。


感想書くに際して、本来なら原作も読んだ上で映画との違いを語るべきなのだとは思う。その部分に是枝監督独自のメッセージがあるはずだし。

でも、今回はソッコーメモ的なものなので割愛。とりあえず自分が感じたことだけ記しておく。なので是枝監督のメッセージなのか、業田さんのメッセージなのか曖昧なところが出てくるだろうけど、まぁその辺は流していこう。



最初に感じたのは(こういう言い方もなんだけど)精神的に病んでいて認知能力がないをいいことに性を搾取される若い女性のこと。
カタコトの日本語と「性の代用品」というところからそういうことを思った。

そこからさらに援助交際していた制服少女たちのことを思ったり


承前4 - MIYADAI.com Blog
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=549

宮台 でも、九七年の酒鬼薔薇事件から少年犯罪ラッシュが続いた頃、援交する女子中学生や女子高校生たちが「メンヘラー」になっていくんですね。それで僕は分析し直す必要にせまられました。

(略)

つまりね、援交が、自由のシンボルから不自由のシンボルに変わったわけ。先端的な子というよりも自傷的な子がやるというイメージに変わったんですね。これは「超越系」の子が撤退したという意味では必ずしもない。むしろ「超越系」であることが、カッコイイものからカッコワルいものへ、先端的なものから自傷的なものへ、と変わっちゃった。そのせいで、「超越系」の中でも、周囲からリスペクトされて集団をひっぱる子は援交から撤退し、周囲からダサいと思われている「生きにくい系」が援交するようになりました。




メルヘンチックに偽装させているけれどそういうことを描いているのかなぁ、と。実際映画が進むにつれてそれとリンクしたメッセージもちらほらでてきていた(「みんな人形」「みんなどこか欠けている」「人形と同じ」)


「メルヘンチック」ということについていえば「アメリ」っぽいなと思った。あの話も「わりと現実離れした女の子がひとりの男の子に恋をして追いかける」って映画で、それがゆえにあの映画を仕入れようとした叶井さんは最初「ストーキングホラーかと思って仕入れようと思ったんです」って言っていたけど、この映画もちょっとそういう現実離れしたところをもちつつ、全体的に「メルヘンだから」ってお約束を観客に共有させることによって映画が成立していた。

あとはオートマタだからかな?


オルゴールの小さな博物館 解説 − 19世紀のロボット (オートマタ)
http://www.musemuse.jp/Musemuse_Comment/comment_automata.html


前世紀的情緒を残したフランスの機械人形。オートマタを経由してパリに至る意味空間の通奏低音は不恰好で前近代的な哀愁をたたえたアコーディオン

その情緒ゆえに最新式ではないということ=「欠けている」ということが愛されていたり。Rebecca Hornだったら「不恰好で健気なわたしの小さな子どもたち」というかもしれない。





そう、この映画の重要なメッセージのための要素である「欠如」「欠落」がここででてくる。

以前のエントリでもいったけど


muse-A-muse 2nd: 人形考 (欠落と神聖)
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/43758064.html


人形は欠けているがゆえに神聖性というか魅力をもつところがある。

そして人も欠けているがゆえに補い合う。関係しようとする。

それがこの映画の一番大切なメッセージっぽかった。



「どこか不揃いで不完全な欠落を抱えているぼくたちは人形とどこが違うのか分からない」

「人形もこころをもってしまえばどこからひとと違うのか分からない」


こういったテーマは手塚治虫の「アトム」や木城ゆきとの「銃夢」や「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」に代表されるP.K.ディックの作品ほか既存のロボット-人間的な作品群に共通するものだけれど、この映画はそこからさらに一歩進んだメッセージがあるように思った。


「心を持った人形はひととどこが違うのか分からない」というのは「心を持ってしまえば人間と同じ」→「人形もこころをもてばいいのに」という願望を含むもので、押井守の「イノセンス」もこのテーマに基づいて作られたものだったらしい。


松岡正剛の千夜千冊『未来のイヴ』ヴィリエ・ド・リラダン
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0953.html
 
この映画にはすでにご覧になった諸君は感づいたかもしれないが、全篇が『攻殻機動隊』で姿を消した草薙素子のイメージの行方をめぐる物語になっていて(したがって草薙素子のパートナーだったバトーが主人公)、しかも『未来のイヴ』数百年後の物語にもなっている。
 とくに押井監督のリラダンへの敬意は本物で、ロクス・ソルス社のガイノイド2052「ハダリ」がその名のままにずらりと登場する。冒頭にも、リラダンの次の言葉がエピグラフとして掲げられた。
 「われわれの神々もわれわれの希望も、もはやただ科学的なものでしかないとすれば、われわれの愛もまた科学的であっていけないいわれがありましょうか」



ここではエワルドは「理想の女性」たるアンドロイド・ハダリーと蜜月の旅に出で添い遂げることになる。それはそれである意味ハッピーエンドだったのだけれど「空気人形」ではその後の「未来のイヴ」とも言えるものが描かれる。

「理想の女性の代替物」としての人形とそのご主人さまにして恋人たる男との対話。


人形はいう、

「わたしはあなたの性の代用品なの?」「振られた彼女の代用品なんでしょ?」「わたしのこと好きなの?」「じゃあなんでわたしのときには誕生日ケーキで祝ってくれなかったの?」

男は答える、

「そういう面倒くさいことが嫌だったからおまえを選んだのに、なんでこころをもってしまったんや!」


「未来のイヴ」やそれまでのアンドロイドものでは理想とされていた「愛するロボットが人間になってわたしの前に現れること」を男は否定する。それをもって人形とこの男との関係は破綻し物語は既存のロボットものから脱した一歩を踏み出す。


テーマは依然として「人であるというのはどういうこと?」というもの


このテーマについてはすでに答えが出されていて「欠落はあっても」あるいは「欠落があるからこそ人と関係していくこと」であり、「その関わり合いの中で人間が作られていく。肉をもった体かどうかは関係ない」(「ロボットよりも人間らしくない人間はいる」)ということだったと思うんだけど、ここからの展開はそれに肉付けをするようなものだったように思う。


人形は自分の生みの親の人形工芸師の青年のところに戻る。人形との対話の中で青年は人形が見てきた世界の汚さ、あるいは人形が人間らしくなりたいという願望をもっていることを悟る。それを察して人形に尋ねる。

「この世界はたしかに汚いものであふれてる、でも君の見た世界に美しいものはあった? 」

人形は今までに見た美しい光景、想いを寄せる青年と一緒にバイクに乗ったことを思い出す。


以下のセリフはちょっといったかどうかうろ覚えなんだけどおそらく青年の台詞のあとにはこうつづいていたと思う


「もしあったとしたらそれが生きる意味ってことなんじゃないかなぁ」


それを受けて人形はもう一度世界に旅立つ。愛する彼の元へ。 「わたしがこの世界にいる意味はこれなんだ」



「一緒に暮らそう」

「でも…ぼくは…」

「……なんでもあなたのしたいことをしていいよ? わたしはそういう風に作られてるから」

「………なんでも…いいの?」

「うん」

「……じゃあ、ひとつだけ。きみにしかできないことがあるんだ」

「なあに?」

「……空気を抜きたいんだ」

「……え?」

「きみの空気を抜きたいんだ」

「…………いいよ。それがあなたの望みなら」


青年は人形を受け入れ二人は一緒に暮らし始める。そして最初の夜

二人は裸で抱き合い青年は人形の空気を抜き、また吹き込むということを繰り返す。それが二人の性の儀式


「セックスがなぜ興奮と快楽をもたらすかといえばそれが一瞬死に近づけるからだ。ぎりぎりの小さな死を共有しそこから蘇生すること。それが性的興奮と快楽をもたらす」というようなことを大澤真幸がいっていたように思うけど、このシーンはまさにそれだなと思った。

あるいは「銃夢」でイド(ケイオス)が壊れたガリィの臓腑に手を差し込んで修理するシーン。ガリィは半ば恍惚としてその手を迎え入れていた。


もしくは「欠落したものになにかを注ぎこむこと」ということの象徴的表現として「息を吹き込むこと」というものがあったのかもしれない。

ヒトの生殖行動では通常精液が交換されるものだけれど、その部分が息だったのだろうなぁ、と。それは擬似的なセックスの中でヒトの精液を受け止め続けて来た空気人形にとってははじめての本当のセックスだったともいえて、エロティックさと同時になにやら神聖さのようなものを感じた。


また「空気を吹き込むということ」は魂を吹き込むということとも言える。プネウマであり精霊、神の息吹として


聖霊 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E9%9C%8A


映画のラストで息吹が舞っていたのはこのことを表していたのかなぁと思った。


欠落を埋め関係をもたらす神(奇跡)の息吹


それは多くの人のささやかな日常を見守り、またひとりの少女の生活を再生させる。


長らく摂食障害になっていた少女はひさびさに朝陽を浴びた日にゴミ捨て場に横たわる人形と、その墓標のように散りばめられたガラス瓶を見る。


少女はつぶやく


「………きれい」




これによって少女が再び世界に戻ることになったのかどうか、そこまではこの作品では描いていなかったのだけれど少なくとも人形の死が犬死ではなかったことがこのラストで証明されていたように思った。


誰も無駄に生きてはいないし、みんな誰かに関係して生きている


「誰も知らな」くても、意味がないことなんかない



誰もが誰かに関係して生きている







--
追記:
中盤からこの映画は「誰も知らない」の後継なのではないかと思った。


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5 だれも知らない?
4 ただ、ただ悲しい・・・。何も映し出されていない瞳、幽霊の子供達。
5 なんどやめようかと
4 大都会東京に埋もれていく人々
5 重くて、切なくて…



あの映画をみた感想で、「あれではなんの解決にもなっていない」、というようなものをみた。

「おそらくあの少年たちはその後、少女が援助交際によって得た金によって養われていくのかもしれない。そして少年たちは再び捨てられるだろう」というもの。

映画の冒頭に出てきた人形は性を商品化することを通じて精神が崩壊した少女のように思った。そして人形が愛することになった青年はかつて彼女が捨てた少年だったではないか、と。

青年は「捨てられた」ことによるトラウマを抱え、人を完全に信じることができなくなっている。おそらく世間一般でいう普通の男女交際や性交渉もできなくなっていただろう。そのようにして何かを失った青年を再び少女が抱擁する… あるいは青年を捨てた母親が彼の元に戻ってきた、そういう物語。


そこでは大人も子供も、老人も少女も、聖も俗もすべてがあるがままに受け容れられる。

彼らが犯した小さな罪も、彼らが奮った小さな勇気も、少年を捨てた母親も、そうなるまでに母親から女性性を奪って空気人形とした社会への怒りもすべて等しく。



そのときかつて異臭を放っていた宝石は輝ける宝としてあらたな少女に引き継がれていくだろう。




しずかなる希望(ひかり)をたたえて





--
関連:
カトラー:katolerのマーケティング言論: 誰も知らない(Nobody Knows)の絶望そして希望
http://katoler.cocolog-nifty.com/marketing/2004/08/post_7.html



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2009年09月15日

「1Q84」はこう嫁!…っていうかこう読んだらけっこうおもしろいかもですぜ!お客さん (他力本願風味

いちお感想も書いたので


muse-A-muse 2nd: 村上春樹、2009、「1Q84」
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/127980291.html?1252876425


答え合わせというか攻略サイト参考みたいな感じで皆さんの感想やら批評やら見て回ってみた。そんで感心したり共感したり言い足りなかったりでなんかウズウズしたので目に付いた範囲での1Q84感想+批評集+αみたいな感じでまとめとく。おもしろかったし


ちなみに「感想」と「批評」の使い分けについて。批評というのは当該作品の構造やメッセージをその作品にいたる文脈も含めてきちんと読み取った上でなんらかの自分なりの視角(おもしろい読み方)を加えるものだと思ってる。それ以外のものは個人の印象的な「感想」。

同様に単なる「小説」的作品と「文学」的作品の違いがあるように思う。小説を生み出す発端として「頭に浮かんだイメージをなんとなくそのまま時に起こした」ってのがあると思うんだけどこれだけだとストーリーテラーとしての能力はあるのだろうけど「学」とはいえないので。

「文学」の場合はたとえば書き上げた(あるいは書き上げる予定の)作品なりプロットなりを一端客観視し「自分がその作品を通じて何を語りたいか」「どういった作品構成にしたらそれをうまく語れるか」といったことについて再検討して作品を分解→再構成していく。一定のルールに基づいて。

「一定のテーマについて、小説という技法を通じたシミュレーションの場」というのが文学だと思ってる。


まぁそれはそれとして




最初にこれ読んで


2009-05-29 - 【海難記】 Wrecked on the Sea :Book2読了〜この本こそが『空気さなぎ』である
http://d.hatena.ne.jp/solar/20090529#p1

『「天吾」は村上春樹自身』とか『個人史、個体史のことである』とかわりと自分の感想と似たような印象を受けた。「個人的な問題の超克 → α」的物語って読み。


次にこの辺で


2009-07-17 - 【海難記】 Wrecked on the Sea :『1Q84』をめぐるポッドキャスト2題
http://d.hatena.ne.jp/solar/20090717#p1


そういやLifeのpodcastでなんかやってたのでまだ聞いてなかったなってことであとで聞こうと思いつつ空中キャンプの人の感想でも見てみるかと思うに


TBSラジオ「文化系トークラジオLife」の収録に参加しました! - 空中キャンプ
http://d.hatena.ne.jp/zoot32/20090717/p1


2009-06-03 - 空中キャンプ :monkey business 2009 Spring vol. 5
http://d.hatena.ne.jp/zoot32/20090603#p1


ぐらいで特に直接的感想なり批評なりはなかった。

前者についてはLifeのpodcast聞いた後でみるべきものだろうなぁ、ってことでスルーするとして後者も直接的感想ではなかったんだけど「日本の文壇に疎外された村上春樹」な話がちょっと目に付いて。そんで大江健三郎とのこと思い出したり。まぁそれは後述するけど


んで次にこれ


[書評]1Q84 book1, book2 (村上春樹): 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2009/06/1q84-book1-book.html


『「1Q84」は、私たちの社会がその真実と善に疑念を持ち得ないような閉塞なカルトに近く変性したことに疑義を植えつつある。』、『しかし実際に向き合うことになる教祖は老婦人や青豆が想定したような悪の存在ではなく、ただリトル・ピープルのメディアに過ぎなかった。そのことで物語は老婦人や青豆が希求する、市民社会が超えがたい正義と悪の限界を暗示している』、と。 正直これが一番効いたなぁ。。


弁当さん日記でもちょこちょこ出てきてたソフトスターリニズム的な「正しさ」ファシズムの問題と近代資本主義社会(消費社会)的問題も想起しつつ。

オウム的カルトの問題を「あっち側にいってしまった人」の問題にしてしまうとタテマエ的な「正しさ」によって単になにかをつるし上げて疎外したり攻撃したりするだけどのファシズムになる。それ自体がすでにカルト的だっていう話。経済合理性のみを唯一の正しさとしたカルト

それを象徴するように青豆が殺害しようとしていた教祖は単なる悪の親玉ではなくこの世界では「正しさ」の象徴ともいえるような秘蹟(キリスト的秘蹟)を行う存在だった。ここで青豆はこの世界の正義の象徴ともいえる救世主たりうる存在を殺害してしまう。

それは既存の倫理観からすると許されざることだし結果的に世界の終わりを招くことかもしれないんだけど青豆個人にとっては必要性のある選択だった、と。

この辺の話はアーレントと公共性にも絡んできそう。


ただ、『同様に村上春樹の「1Q84」(book1参照・book2参照)の2巻までは、17歳の少女を29歳の男が和姦に見立たて姦通する、「犯罪」の物語である。また国家に収納されない暴力によって人々が強い絆で結ばれていく、極めて反社会的な物語でもある。それが、そう読めないなら、文学は成功している。』、って言い回しはずっこいなと思った。呪いみたいでw (まぁ口上みたいなものだろうけど



とりあえずここでこの作品が単なる「個人的な問題の超克」という話というだけではなく「それを通じての社会的コミット」的性格をもっているということがあきらかになってくる。




次にこの辺


2009-07-30 - 【海難記】 Wrecked on the Sea :愛郷塾、高踏塾、タカシマ塾〜『1Q84』とユートピア思想の系譜
http://d.hatena.ne.jp/solar/20090730#p1


読後直後っぽかった最初のエントリのときよりももうちょっと作品の社会性について触れたエントリ(…てか極東ブログの受けたものなのかな


その中でも「カルトが襲撃派と穏健派に分かれても後者の中に内包されていく問題」について焦点を当てている。『反体制的なユートピア運動は、かりに社会主義やファシズムといったイデオロギーを抜きにした場合でも、不可避的にあるダイナミズムを孕んでしまう。』ってやつ。

というか、「襲撃派と穏健派に分かれるってモチーフが現実に起こった事件であった、ということを説明することによってこの作品の社会性、問題としようとしていた点を説明」、って感じ。


あとは「もうビッグ・ブラザーの出る幕はない」の解釈とか。


オラはこれは「国家による監視社会」からもそっと監視が分散化した形、あるいは忘れてたけどフーコー的な監視の内在化を想起してたわけだけど仲俣さん的読みだと「<帝国>」(ネグり / ハート)的に「国家から暴力性や監視性が分散」って感じだったのだろうか。マルチチュードじゃなくてテロリズムだけど


この辺の読みはいろいろだろうけどとりあえず極東ブログのエントリも含めて、『村上春樹が『1Q84』で描こうとしているのは、単線的な「正義」でもなければ「ユートピアへの幻滅」でもない。』、ってのは確定かなと思った。


(あとぢみに、『『1Q84』という小説の題が「イチキューハチヨン」と読まれるのは、「五・一五事件」を「ゴーイチゴ事件」、「二・二六事件」を「ニーニーロク事件」と呼ぶのと同じ理由による。』、とか説得力あるなぁ…)




次にこれ

2009-06-22 - 日記&ノート(転叫院):村上春樹『1Q84』CommentsAdd Star
http://d.hatena.ne.jp/tenkyoin/20090622#p1

「これってセカイ系だよね」って感想は一緒(「これってエヴァっぽい」)でだいたい同じで、『984年というのは、連合赤軍の崩壊とオウム真理教事件との間の二等分点にあたるわけですが、左翼テロから霊性に向かう流れと、霊性から再びテロリズムに向かう流れが』、って指摘で「ほぅ…」って思ったぐらい。

やっぱ「暴力派と穏健派との分離問題」ってあるのねぇ。連合赤軍のモチーフは後述するかもだけど「ニューヨーク炭鉱の悲劇」(「ブルータス」1981年3月15日号)でもはや出てたそうで「この作品の特徴」って話でもなさそう。「これまでの作品の集大成だから」的なものだと思う




最後にこれ


「父」からの離脱の方位 (内田樹の研究室)
http://blog.tatsuru.com/2009/06/06_1907.php


直前ぐらいにあったエルサレムスピーチを中心にした妄想というか個人的印象な感想って感じだった。


「お父さんの問題との問題」っていうんだったらこの作品以前にノモンハンを出したのだってそうだし「父親殺し」っていうんだったらむしろ「海辺のカフカ」だしなぁ。。

まぁ、「個人的な思い入れに従った読み」、ということだとオラも人のこといえないのだけど。。



そんで「父親殺し」って問題だとむしろこの辺が関連してくるように思う。さっきの空中キャンプでチラッと出た「春樹の文壇八分」的な話


2006-11-09 - 横浜逍遙亭 :村上春樹と大江健三郎
http://d.hatena.ne.jp/taknakayama/20061109

1979年に「風の歌を聴け」が芥川賞の候補に挙がったときに大江健三郎がなんかイヤミ言ったっぽい。それも儀礼的無関心的なほのめかしで誰とは特定せずに。

そんでしばらくして春樹褒めてて「なんじゃそりゃあああ!!111」、と。


そういえば春樹の「1973年のピンボール」って「万延元年のフットボール」の本歌とりっていうかイヤミっていうか、「いまさら学生運動とかでもねーだろ」的な話だったと思うし。「ノンポリでピンボールしてぼけーっとしとくだけでいいじゃん」的な


1973年のピンボール - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/1973%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%83%94%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB

『タイトルは大江健三郎の『万延元年のフットボール』のパロディである。』


年代的にも芥川賞選考のあとだべな


純文学ファンのための小説ガイド 村上春樹
http://www.geocities.jp/hideki2230461/nippon-sakka-review/murakamiharuki.html



この辺では大江-村上の間でびみょーな確執というか因縁のようなものがあったように思う。それを受けて



【書評】加藤典洋:文学地図 大江と村上と二十年【ブックレビューサイト・ブックジャパン】
http://bookjapan.jp/search/review/200902/okazaki_takeshi_01/review.html

大江は、社会性のなさで村上春樹を批判したが、加藤の見るところ村上は、「意外なほどの深度で、初期から社会への関心に裏打ちされた作品を書いてきた」という。村上の短編「ニューヨーク炭鉱の悲劇」を、タイトルを借りたビージーズの同名曲の歌詞と比較しながらの読み直しなど、なかなか芸が細かい。



asahi.com(朝日新聞社):大江氏・村上氏の近似性 文学地図再編の提案 - ひと・流行・話題 - BOOK
http://book.asahi.com/clip/TKY200902050106.html

先立つ86年に、大江氏が村上氏の〈社会に対して……能動的な姿勢をとらぬ〉スタンスを批判した点がその後の評価の構図を生んだ、という。




「んでも、大江も最初のころは社会的コミットとかそういう関心でもなくむしろ社会的なことには懐疑的に文学少年してたじゃん。それが変わったのは『ヒロシマノート』からだし。村上の場合はそれが地下鉄サリン事件のことだったわけだし「ニューヨーク炭鉱の悲劇」に見られるようにそれ以前から社会への関心に裏打ちされた作品作りはしてたしねぇ。2人は似てるんだよ」、というのが加藤の意見っぽい。

もうちょっと見るに


チョムゲブログ: 文学地図 大江と村上と二十年
http://chomge.blogspot.com/2009/01/blog-post_17.html


このエントリからだとなんとなくの雰囲気だけしか伺えないんだけど類推するに「村上春樹にとって日本文壇における父的存在が大江健三郎であり、両者は子殺し的疎外と親殺し的報復(あるいは自我の確立)的関係にあった」的な読みができそう。


これだけだとわかんないだけどいずれにしてもなんかこの本おもろそうだし便利そうなので暇があったら読もう(というわけで貼っとく



文学地図 大江と村上と二十年 (朝日選書)
加藤 典洋
朝日新聞出版
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そんなこんなで「父親殺し」って線をとるんだったら大江とか、それに象徴される日本の文壇(あるいはノーベル賞という場)のほうを見たほうがおもろいし現実的なように思う。


いささかゴシップ的ではあるけど


じっさいは相克的関係ではなく大江とかほかの日本文学者の問題を継ぐ形で村上のテーマもあるのだろうし








--
追記:
ジョギングしつつLifeのpodcast聞いて来たので。正直最初は「たいして読めてないだろうなぁ。時期早かったし」とタカをくくっていたけど・・失礼しますた。

仲俣さんの読みはわりと最初のエントリ+αぐらいで「ハードボイルドワンダーランドから続く構造を踏襲しつつ今回は無事着陸できた」って感じだった。「またこの話かって繰り返しに思えた」的な意見もあったけど螺旋的な進歩ってヤツなのだろう。

個人的にはこの辺はハードボイルドワンダーランドのころはまだ「半身/影をつかむ」って話で自我の確立的問題がメインだったような印象。でも「クロニクル」、(ちょっと回り道して)「カフカ」と進むうちに集大成として「1Q84」があったように思う。「風の歌を聴け」をはじめとした三部作や短編も含めた。

てかやっぱ教祖との対面のシーンの意味がメインテーマ的な作品だったのねぇ。メッセージとしては「単線的な正義ではない」ってやつ。

「1984」的なころにはまだ「ファシズムの悪の親玉」って感じで見えたものが高度資本主義-消費社会-ポストモダンになってくるとそのシステム自体に自分たちがコミットしていることになる。消費=システムへの賛同的な投票という形で。そして、それ自体は「悪」とされるようなものでもない。

また、なにか正しい正義の看板を立てて悪者を仕立てあげそれを倒したとしても今度は新しいなにかがその座を占めるだけか、もしくは倒したもの自体がそのものになっていく。レシーヴァはレシーヴァに、王殺しは王に、熊(カムイ)殺しはカムイに、ダースベイダー殺しはダースベイダーに。

再帰性ってやつなのかの

そういう意味では「父親殺し」の味方もあながち間違ってはいないのだろうな、と反省…。ただ、それがメインというわけではないと思うけど。


あと、この線でいって続編があるとすると天吾くんは帝国(システム)的なものの親玉になるか、反システム的なものの親玉になって青豆さんと対立することになるのだろうな。青豆さんはドウタを取り戻さないといけないし…。そこで神の対項の聖母(あるいは巫女)的存在としてのふかえりさんが不確定要因になるんだろうけど。

んでもやっぱ天吾くん=青豆さん的なあの終わり方のほうが美しいように思うのであのままでいいように思う。



まぁそんな感じで振り返ってみると自分の最初の読みというのはけっこう個人的思い入れがあったのだなぁって感じ。父の問題とか過去の問題とか


でもやっぱ正しいのか間違ってるのか分からない得体の知れない複雑なものに立ち向かっていくには「自分」を見つめなおすことが最初の一歩のような。番組では「手をつなぐってとこが印象的だった(それがコミットに繋がる、と)」って言ってたけど自分たちの問題として考える第一歩は自分のことを掘り下げることだと改めて思ったのでした。


それが世間的に見て正しいとしても間違っていたとしても




--
追追記:

村上自身から作品解とか「続編出すよ」インタビュー出てたので


村上春樹氏:「1Q84」を語る 「来夏めどに第3部」 - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/enta/art/news/20090917ddm014040122000c.html


村上がこういった形でガイドライン的解説をするのって珍しいんじゃまいか。それだけ「ちゃんと呼んで欲しい」って思い入れが強いのかな。

あと、『最初は『1985』にするつもりでした』 とか 『浅田彰さんがやはり同じ題で音楽カセット付きの本を出されていると分かりました』 とかが特におもろかった。仲俣さんのエントリが効いてなぁ




posted by m_um_u at 15:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク

2009年09月14日

村上春樹、2009、「1Q84」

読んだので感想。


1Q84 BOOK 1
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5 計画された欲求不満
4 いつもどおり
3 ぼんやりとしたままの世界にいて読むこと
5 とても良い
3 もっとスマートに書いてくらたらな



1Q84 BOOK 2
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4 本当に大切なもの
5 初めて…。
3 やっと序章がおわったの?
3 村上さんにお願い
5 暗澹たる世界








ぼやーっとした感想としては村上春樹のいままでの作品の集大成的なものだなぁって印象。最初のほうはたるかったのだけどそのたるさとかなんか冷たい陰影みたいなところも「アフターダーク」的といえばそれっぽいし。あと、そのたるさって「1984」下地にしてるから、っていえばそうだなぁ、と。

んでもやっぱ前半は正直たるくて「青豆」→(休憩)→「天吾」→(休憩)→「青豆」みたいな感じで作業みたいに読んでた。それが250〜300ページぐらいから伏線が繋がってきて下巻の100〜200ページ辺りから滝つぼに落ちていくようなスピード感に変わっていった。

そんで、以下たぶんネタバレ含みつつ







全体としては村上が近年課題にしていたオウムの問題を踏まえてそれをカルト全体に当てはめつつ、村上のこれまでの作品要素にも表れていたユング的な「影」とかなんとかにすり合せた感じ。それによって単なる「カルト教団こわいねー」って話ではなく物語全体が神話的な普遍性を帯びたようにも感じた。


元型 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%9E%8B#.E4.BB.A3.E8.A1.A8.E7.9A.84.E3.81.AA.E5.85.83.E5.9E.8B


ユング心理学ってぜんぜんわかんないので以下てけとーな感想になるかなぁとか思いつつ話をすすめる。


ストーリー的には「1984」の本歌取りということなので監視社会型システムの問題と見ることができるんだけどそういった描写ってあったかなと想い起こすにカルト教団の「長くて強力な手」とかリトル・ピープルと呼ばれるものたちの力の及ぼし方がそれに当たったのかなぁ。その影響力は「1984」のビッグ・ブラザーほど強力ではなくて限定された範囲の中でのもの、ということでリトル・ピープルという呼び名は象徴的だったように思う。


p422
この現実の世界にもうビッグ・ブラザーの出てくる幕はないんだよ。そのかわりに、このリトル・ピープルなるものが登場してきた。



「現代社会の機構は分散してて集中権力ではない」って感じでもあるのかな。まぁいろいろ思わせるような余白だなぁ、とか。



ヤマギシとかオウムっぽいカルトの設定、「日常から隔した閉鎖的コミュニティ」と「山羊」みたいなのは「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を想起させた。てか、小説の構図自体が天吾と青豆という2つの視点から描かれているので最初からそれっぽいといえばそうなんだけど。

そう考えると、「青豆は天吾くんのアニマであり、この物語全体も天吾くんの自我が覚醒するための妄想的なものだった」、とも言えるわけだけど、ちょっと飛ばしすぎたのでそれはあとでまた言う。

そんで「アニマ」だけど、「アニマ」とか「ドウタ」=「影」→「失われた影を取り戻す」って型はこれまでの村上作品の中にも散りばめられていたものだしリトル・ピープルみたいななんか「得体の知れない暴力性」みたいなのもヤミクロその他でこれまでも出てきた。あとから考えるとそれって「システム」的なものによる不条理な暴力性の象徴的表現だったのかなって感じ。とりあえずそんな感じでこれまでの作品の要素とかテーマが散りばめられていた。


「これまでの作品のテーマ」というと村上の作品の主人公って特に率先して物事にコミットしていくタイプではないんだけどなんか知らないうちに厄介ごとに巻き込まれていて「やれやれ」っていいながらそれをこなしているうちにそれが自分の課題にもなってる、ってケースが多かった。

今回の作品の場合もそういった「巻き込まれ型」的なものではあったんだけど「コミット」ってことについてどうだったか。


作品を読む前にNHKのクローズアップ現代の特集みてたこともあって「コミット関連の話なのかなぁ」って思ってたんだけど特にそういうこともなかったみたい。


ていうか、「社会を主体にしてコミットしていくというよりも自分の問題を解決していこうとすることの延長としてコミットがある」、って言ってるような印象を受けた。

それは作品の終盤のこの言葉にも表される


p486
「そう、僕はそういうことについてはとても臆病だった。調べようと思えば簡単に調べられた。役所まで足を運んだこともあった。でも僕にはどうしても書類を請求することができなかった。事実を目の前に差し出されることが怖かったんだ。自分の手でそれを暴いてしまうことが怖かった。だからいつか何かの成り行きで、自然にそれが明らかにされるのを待っていた」



輻輳的な書き方をされてるので複数の読みが可能だと思うんだけど、この言葉自体がこの作品の主題的なメッセージだったんじゃないかと個人的には思った。


そしてこの言葉を言った後、それを祝うかのように空気さなぎは発芽し花弁を開く。中に入っているのは天吾くんのアニマとしての青豆。天吾くんはそれに気づく(出会う)ことによって新たな一歩を踏み出すこととなる。(ここだけ見るとなんかエヴァみたい)

それは希望への一歩かもしれないし破滅への一歩かもしれない。しかしどちらにしても新たな一歩。




オウムの問題にしてもそうだけど「自分がないので既製のものに頼る」ってしてても依存する対象が変わっていくだけで問題は解決しない。そういうのは消費社会的な問題でもある。

消費社会における実存的問題でもあったのか。あるいは後期近代における自我の揺れ的な問題。


「1984」と最初に聞いたときは監視社会のほかに消費社会的問題も主題にするのかなと思ったんだけど直接的にはそういうわけでもなかった。んでも考えてみるとオウム的問題も消費社会の実存のゆれがもたらした問題ともいえる。それがゆえに自然回帰(「シホンシュギはテキ!」)的暮らしになっていったわけだし…。そうするとやっぱ消費社会的問題をテーマにしてたといえるのだろうか。てか、「消費社会」に限定することなく現代的な問題って感じか。


そんで村上が導き出したメッセージとしては「自分を見つめなおせ」ってことだったのかなぁとボンヤリ。モノとかステータスみたいな虚飾で自分を飾ってもそれが本当の強さかというとびみょーだし。その飾りはリトル・ピープルみたいな不条理な暴力性によって簡単に剥ぎ取られるものかもしれない。しかし自分の中に一本強い芯のようなものが育っていればそれは自分だけのものだし簡単には折れない。


あとは個人的に自分の問題を見つめなおすべきかなぁって思ってるのでこの言葉が響いたのかも。




総合すると「カルト的なもの、あるいは自分の外部のなんらかに依存したり影響されたりするのではなく、まず自分の内側を見つめよう」って話だったのかな、とか思いました。






--
追記:
そういえば「自分の問題を振り返る」って話は「品川猿」(@「東京奇譚集」)にも共通するな。


東京奇譚集 (新潮文庫)
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おすすめ度の平均: 4.0
4 圧倒的な非現実感
4 浮遊するような感覚の大人向けおとぎ話
5 喪失
3 「偶然」だと驚くほどのことでもない
5 猿に名前を奪われた女性…



振り返るのが怖かったら猿が名前と一緒に記憶を持ち去ってくれる。

なんか印象的な話だったな。




--
つづき(?)的なもの


muse-A-muse 2nd: 「1Q84」はこう嫁!…っていうかこう読んだらけっこうおもしろいかもですぜ!お客さん (他力本願風味
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/128103664.html?1252998162


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2009年08月15日

竹田さんの現象学入門がよくわかんなかったね、って話

理解できたとは思えないので感想書かずに引き続き関連図書読んでいこうかと思ってたんだけど、「とりあえずどこがわかってないのかわかってないと次にも進み辛い」、ということでノートの終わりにメモるかたわらtwitterにもpostしちゃったのでついでに。


これ関連で

muse-A-muse 2nd: 続「小林秀雄の流儀」  「実生活と思想との間でバランスを保つ」ということ
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/123045927.html

これ読んで

現象学入門 (NHKブックス)
竹田 青嗣
日本放送出版協会
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おすすめ度の平均: 4.0
1 書いててヘンに思わないのだろうか?
5 「生きた現象学入門」の名著
4 現象学は、近代哲学の難問を解き、ひとつのまったく新しい問題の地平を開いた
4 疑問再出。
5 「事件」であった本書は、思考の原理です。



けっきょく竹田さんの「現象学入門」って、「フッサールの現象学が独我論といわれるのは<主観/客観>の枠組みの中での既存の客観重視な文脈に対抗するためだった」、ってメッセージ以外はピンと来なかったなぁ。。

独我論がワガママな偏向にならないためには純粋意識(あるいはクオリア的なアレ)の基準がなにになるのかというところがポイントだと思うんだけどいつもどおりの竹田節で「\ エロス!/」っていうだけだしなぁ。。いや、それもあるかと思うんだけどもそっと価値依存的じゃない感じの。。



自分的な感覚としては現象学ってなんか体系的な技というか独自の考えの枝があるわけではなくて思考の際の最初の構えのようなものなのかなと理解した。似てるのは意拳とかああいう中国拳法系の脱力みたいなの。

この辺で甲野さんなんかも言ってたんだけど


muse-A-muse 2nd: 「運命は決まっているがゆえに自由だ」な話
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/121774176.html


「あらゆる方向からの攻撃に対応できるようにするために脱力している」っていうアレ。「そのあとの技の形はその時点での当意即妙に任せる」、みたいなの。なので流派ってよりメタコード(あるいはプラットフォーム)みたいなのだな。

あるいは「主観 / 客観」を「自分の動き / 敵の動き」のアナロジーとしてとらえるとそういうところも共通してるかもしれない。「強さ」の目指し方も自分の動きや筋力の強化に注力するか相手の動きのパターンを意識していくかというところで異なってきて、そゆのは哲学の「主観
/ 客観」の綱引きにも似てるのではないかとかなんとか。


まぁちょっと読んだだけなのでまだよくわかんないけど



まぁ入門とはいえなんか理解しようと思ったら3〜5冊ぐらい一気に読むのがいいのだろうけど。そゆわけで引き続き読む読む


あまぞんのレビューのとこで紹介されてたやつ↓


これが現象学だ (講談社現代新書)
谷 徹
講談社
売り上げランキング: 75102
おすすめ度の平均: 4.0
5 あなたと私の現象学
5 これでわかりやすくないのなら、困ったもんだ
1 ホントにこれが現象学??
4 フッサール現象学への架橋
4 手ぶらで哲学



あと、ついったでつぶやいてたら妖魔が薦めてくれたのでこれとかも


ブリタニカ草稿 (ちくま学芸文庫)
エドムント フッサール
筑摩書房
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おすすめ度の平均: 4.0
3 気の毒な読者
5 現象学の始祖フッセルによる現象学入門の試みと確執の記録



「認識の話−学一般の話ってラインで、どないだ?」、と





--
追記:
てか、その後もモニョモニョ話してて「運動のときのなんか変な感じを既存の身体論的に考えたいのでなんか簡単な本ない?」ってきいたらこれおすすめされたので貼り付けとこう。


齋藤孝のホームページ:身体論関係の参考文献リスト
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~saito/recommen_003.html


posted by m_um_u at 19:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク

2009年08月09日

司馬遼太郎, ドナルド・キーン、1972、「日本人と日本文化」

ちょっと前にこれ読んで「おすすめ」的感想文書いときたいなぁと思ってたんだけどなんか時間が経ってしまった。


日本人と日本文化 (中公文庫)
司馬 遼太郎 ドナルド キーン
中央公論社
売り上げランキング: 16745
おすすめ度の平均: 5.0
5 日本文化の奥深さ
5 とても安心感のある書です
5 日本人より日本人らしいキーン氏。
5 暇つぶしには最高でした。
4 対談本でもおもしろい



おすすめ理由としては「新書」「対談集」にしては得るものが多かったので。オラが歴史そんなに詳しくないのもあるんだろうけど。

一個ずつ追っていくとキリがないのでなんとなく覚えてたところをつなぎ合わせつつ全体で語られていたことを思い起こすに「日本人、日本文化とは中国とか西洋的な“ますらお”なものではなく“たおやめ”なものではないか?」というのが印象的だった。

「ますらお」は男性的なそれ、「たおやめ」は女性的なそれ。


ひらがな文学とか日本の日記文化に代表されるような目的合理的な事実記述ではなく、「自分の息子が亡くなって悲しい」みたいなことをもそもそと書き綴っていくようなともすれば「女々しい」とも言われそうな叙情性にこそ日本文化的な特質があるのでは?、と。そうなった理由は「日本では女性の地位が高かったからでは?」とされていたり。


この辺りの記述は一時期言われていた日本的なblogの可能性の話を想い起こさせた。

blog黎明期のころにアメリカ的なジャーナリスティックなblogの有り様に対して一時期日本のそれもalternative mediaとしてCGM型のジャーナリズムとして機能されることが期待されたりしたんだけど、そういった動きに対して「日本のwebには日記猿人とかに代表されるような日記文化があり、そういうのはもともと日本の日記文化的特性を受け継いでるんじゃまいか?(なのでこれからも日記的だと思う)」みたいなギロンがあった。静大の赤尾せんせとかがやってたやつだけど。

そのときも「日記的なもの」の可能性というのははっきりとはしなかったんだけどtwitterとかやるようになってその辺がもうちょっと分かるようになった気もする。

通常ならニュース性(新規な情報性)がないような「ふつうのひと」の「ふつうの生活」や思いがそのまま情報として流れ共有されていくということ。「ふつうなら“ニュース性がない”と排除されていたようなもの」が明示化され見えているということ。現時点ではその有効性というのはよくわからないけどなんかそういうのは可能性があるように思う。

もしくは「語りえぬもの」をそのまま表せるような可能性。ナラトロジーの形式からは漏れるような複雑な思い、その形式に落とし込むkとで変化してしまうびみょーな思いの素、雰囲気がそのままの形で記録されていく。

それは可能性のひとつであるように思う。




閑話休題



そんな感じで日本人というのはもともとわりとゆるい感覚というかしなやかな感覚をもっていたみたい。それは日本人の戦争観や宗教観にも表れる。

関が原にしても太平洋戦争にしても日本の代表的な戦争を振り返ると合理性に基づいた長期的な戦略性はなくてその場のノリというか、周りとの関係で決断を下していたりする。なので「裏切り」というのが重要なファクターになることが多い。「裏切り」などというのは戦略を考える場合はイレギュラー的な要素に過ぎないわけだけど、日本ではそれがメインの要素であり、裏切りを誘発させるような事前の交渉によって勝敗の帰趨が決してたり…。つまり実際のオペレーション(戦術)レベルとかそれ以前の戦略レベルといったその場に臨む正当な手続きの過程によって是非が決まるのではなく、それ以前の「根回し」的なものによって決まっていく。

個人的な感覚としてこれは現在の裁判でも国会の討論でも同じように思う。


それをして「非合理的」とするか「明示知以前の暗黙知的な特性が強いだけ」とするかは意見が分かれるだろうけど、少なくとも西欧人からすると「非合理的」に見えるだろうな。「だったらなんでオペレーションするんだ?」って感じで。


宗教にしてもそんな感じで仏教にしても儒教にしても吸収はするけれどその色一色に染まることはなく「庶民の生活感覚として骨の髄まで染み入る」というようなことはなかった。武士なんかはたしなみとして儒学なんか収めてたし一部の庶民にも教養として伝わってはいたけど骨身に染み入るようなプロトコルではなかった。たとえば「仁義礼智信」がタテマエ的な規則としての「律」となるようなことはあっても庶民の根っこの部分のモラルとなっていたわけではない。

「モラルというものはお箸の使い方とか、お辞儀の仕方とかを背後で支える思想、そういう日常的な秩序が儒教であって、四書五経を読んでモラルが出来上がるわけではないでしょう」(司馬遼太郎)

日本人のモラルはそういった律や宗教的なものからというよりもむしろ「世間」に対する「恥」的なものから生まれていったのではないか?、と二人は言う。

この辺は同意しつつも「世間」とか「空気」とかはつかみづらいよなぁ。。とかとか。まぁテーマではあるからほかの本読みすすめてみるけど。とりあえず戦争における決断にしてもモラルにしてもそうだけど日本人というのはけっこう感情的(?)なのだなぁとかなんとか。


あとは細々としたこととして


・「日本的な美って金閣的なものよりも銀閣的なものだよね」「金の文化は外国への意識とも繋がってるような(cf.信長→秀吉)」


・「サムライ的“忠義”意識ってもともとは直近の上司に対する戦場における“功労→恩賞”的関係であってその上の顔も知らない殿様に対する死をとしたものではなかったはず。それが変わっていったのは江戸の封建制以降かね」


・「仏教などに見られるような日本的な宗教の説得力って教義とか説法以前に仏教美術的なものだったのでは?」


・「江戸の終わりごろに地方の小藩で学問が盛んになったのは、小藩には財力→武力がなかったため学問を名物にしようとしたため」





そんで今後の課題図書





・「日本的なるもの」

日本人の美意識 (中公文庫)
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果てしなく美しい日本 (講談社学術文庫)
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※上記は「精霊の王」からの「能」興味つながりで



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5 小林秀雄氏のファンのみならず、歴史好きの方にもお薦めです。



ついでに中原中也との三角関係とか

中原中也と小林秀雄と長谷川泰子の三角関係 - 教えて!goo
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa38512.html


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・「世間」のような日本的なるものが作られていった外部要因としての政治経済的な歴史


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http://muse-a-muse.seesaa.net/article/119488882.html



同様の理由としての天皇制

muse-A-muse 2nd: 原武史、2009、「鉄道から見える日本」
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/123714090.html?1247833040





「世間」とか「恥」関連だとベタだけどこの辺

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5 東西の個人と社会そして「自由・平等・平和」の成り立ち
3 世間は何かは人それぞれ
5 「世間」は空気のように見えない、感じない
5 我々が生きる日本社会の特質
5 世間の謎




学問と「世間」 (岩波新書)
阿部 謹也
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5 講義に出て直接教えを請いたい
3 ためになったと思う方もいるだろう
5 悩める学生には星5つ!




阿部さん見るんだったらヨーロッパの基層というか網野善彦的な庶民生活の基層性みたいな感じでこの辺も見ときたい(むしろぼんやりとこの辺読みたい)

ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)
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2009年08月05日

宮台真司、2009、「日本の難点」

前にエントリしてたの関連でこれ読んだ


日本の難点 (幻冬舎新書)
宮台 真司
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3 答えは同じでも
3 読みにくい??いやいや結構本質をとらえた内容です
4 現代日本の論点が1冊でまとめて読める
5 読めばなにかいいたくなる本です。
4 宮台に詳しい人にはオススメだが



全体的には小話の連続みたいで「なんかpodcastみたいだなー」って感じだったんだけど「元ネタは『日本の論点』」ということで仕方ないのか。そんな感じで現代用語の基礎知識的に「現代社会を斬る!」的な本でとらえどころがないといえばそんな感じなんだけど、まえがきでかかれてたことが気になったのでそれに沿って読んでみた。曰く、

(7-9) 先に紹介した「収束しつつある物差し」が意味するところを一言で言えば、「相対主義の時代の終わり」です。相対主義の時代が終わっただけでなく、相対主義に対抗して「絶対的」なものへのコミットメント(深い関わり)を推奨するような素朴な立場があり得た時代も、終わりました。
 相対主義の否定が不可能だと知りつつ相対主義を「あえて」否定するしかない――「普遍主義の不可能性と不可避性」とはそうしたことです。僕が今世紀に入ってから「ベタからネタへ」という言葉でアイロニズム(全体を部分に対応させつつ全体を志向すること)を推奨してきたのもそうしたことが背景です。
 振り返ると、ポストモダン化を予兆して「境界線の恣意性」を問題にした20世紀的人文知(言語ゲーム論やシステム理論)から、1994年あたりから専門家に知られ2001年以降人口に膾炙した「コミットメントの恣意性」を問題にする21世紀的人文知へと、転回したことになります。
 「境界線の恣意性」とは、「みんなとは誰か」「我々とは誰か」「日本人とは誰か」という線引きが偶発的で便宜的なものに過ぎないという認識で、先に述べた相対主義にあたります。かつて流行した「社会構築主義」や「脱アイデンティティ」といった物言いもこの系列に属します。「境界性の恣意性」はコミットメントの梯子外しをもたらします。
 これに対し、「コミットメントの恣意性」は、「境界性の恣意性」については百も承知の上で、如何にして境界線の内側へのコミットメントが可能になるかを探求することが大切だという認識です。認識が実践的に逆方向を向いていることが大事な点です。
 分かりやすく言えば、「境界線の恣意性」を問題にする段階が「素朴に信じてはいけない」という否定的メッセージだとすると、「コミットメントの恣意性」を問題にする段階は、対照的に、こうした否定性への自制や自覚を持ちつつ「コミットメントせよ」という肯定的メッセージなのです。
 「恣意性に敏感であれ!」という段階から「恣意性を自覚した上でコミットせよ!」という段階への変化です。



<「なにが正しいか」という問題設定の時代は終わって「なにを“正しいとされるもの”にするか」の時代になった>、という話。「なぜコミットせざるを得ない状況になったか」ということについては後述になるけど、本書の全体的なテーマはこの辺にあるのだなと思って読み進めた。

てか、いまみるとまえがきにもその理由としての背景が端的に書いてあるのでこれをそのまま要約すればいいか。

その前段階としていちおいうと論理展開としては、「いまは各人がコミットせざるを得ない状況になっている」←「なぜなら既存の土台がゆらいでしまってコミットせざるを得ない状況が出現したから」、って感じ。

その「既存の土台」「永遠に続くと思われたゲームのルール」というのは端的に言えば安保を基盤とした日米の蜜月関係、と。これが9・11以降の米国の政治的凋落、金融危機による経済的凋落によって崩れてしまう可能性が出てきた。
もしくはかつてに比べ日本が基地交渉において自国を高く売る機械が到来した。それは経済→軍事プレゼンスの弱まりから米国が世界に張り巡らせた基地を縮小せざるを得なくなったから。その中でも沖縄なんかは重要ポイントになるのではずせないけど、「それがゆえに高く売れる」、と。また、「かつてに比べアメリカに軍事的に守ってもらう」、ということにそれほどの有効性が見出せなくなった。アメリカは安保を切り札に貿易・食糧輸出入の外交を有利に進めようとするが、米国の世界における軍事的プレゼンスに翳りが見え始めた現在、日本は不利な条件で安保にしがみつく必要がないのではないか?それならば自らが軍備をもてばいい、と。


「日本が軍備をもつこと」とか「米国の軍事的プレゼンスは本当に落ちたのか」ということについてはもろもろびみょーなところがあるように思うんだけど、とりあえずこんな感じで米国が弱体化したので日本はそろそろ「安保に守られてる間に経済成長」みたいなコンボがキラーコンボにならなくなってきたんじゃないか?って話らしい。

この辺が4章「米国論」な話。


んでもこれだけだと「各人がコミットメントせざるを得ない」というところまでいえるのかな?

ここまでで自分としては、合理的な人間であれば「自分が生き延びることのみを考えるんだったら社会的コミットメントをする必要はない」と思うはずだけど。それが「コミットメントの必要性の自覚」って話に繋がるには「かつての社会に比べて現在の社会と自分の問題が繋がるように変化していて、社会の問題を考えないことには自分も損をするって状況が現出している」という前提がないといけない、と思った。


そんなことを思いつつ5章「日本論」を読み進めるに

「社会が複雑化して統治権力も正しい決定ができなくなる」 → 民衆に任せたほうが無難 →んでも「民衆の要求と統治権力側の政策が対立する」 → じゃあ「痛い」政策はみせずに人気とり的な政策を発表すればいい → とりあえずそれで様子見るべ

って感じらしい。そんでそういう社会になると自然にコミット意識が生まれるかというとそういうわけでもなく「社会がコミットメント意識を個人に埋め込むべき」、と。

理由としては「人々が合理的な選択をした結果バラバラに行動しているとその結果として社会を滅ぼしかねないから」。



つまり「コミットメントをせざるを得ない状況」というのは個々人の自発的な意識に基づいたものではなく、複雑性に対応すべく統治権力がわが自覚的に政策の中に埋め込んでいくものであり、その結果として個々人がコミットメントとしていく社会が生まれる、ってことらしい。



この辺はなんか自分的にはちょっとがっかりしたけど最初のお話に帰って、「なにが正しい」ではなく「なにを”正しいとされるもの”にするか」、と考えるとするとこういう方向で当然なのかなぁ、とか。もはやネタ(みんなでつくった仮置き的制度)がベタ(ずっとそこにあった正しい決まり=<システム>)になってしまっている社会の中にあふれ出た複雑性に対抗するにはもう一度ディールを巻きなおしてネタを作る必要がある、ってことで。

あと、「現代社会学は「みんなの想像力」と「価値コミットメント」の二つの柱が揃ったところから出発した」ってのはなんかいいなぁ、と思った。



そんなこんなで<システム>と<コミットメント>ということでもうすぐこの話に続くわけです(予定)





1Q84 BOOK 1
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村上 春樹
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2 できそこないのパラレルワールド
5 楽しみです。
4 楽しく読める
1 つまらない
4 使命感を持って書いてるのかも







あと、補足的にいうと「日本の論点」的つくりということで今度の選挙の論点としても参考になるなぁとか思ったとです。



--
関連:
muse-A-muse 2nd: ネットの公共性をめぐっての古くて新しい話  現実に即したパワーゲームか原義的公共性か
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/121028286.html



muse-A-muse 2nd: 壁と卵の話(壁作りの是非について)
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/114813373.html



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2009年07月17日

原武史、2009、「鉄道から見える日本」

ちょっと前からこれをHDRに録って楽しくみてる。


月曜日 探究この世界|NHK知る楽 「鉄道から見える日本」
http://www.nhk.or.jp/shiruraku/mon/index.html


テキストも買った


NHK出版 Online Shop :NHK知る楽 探究 この世界 2009年6・7月 「鉄道から見える日本」
http://www.nhk-book.co.jp/shop/main.jsp?trxID=0130&webCode=61895202009


Amazonで送料無料狙って半ばムリヤリほかのものも一緒に買ったけど後でみたらNHK出版の送料は65円ということでこちらから直で買ってもよかったかも。

あと、せっかく買ったけどあと二回で放映したら終わるみたいだ。…残念。

んでも「知る楽」のこの枠って新書程度の知識がテキスト+オーディオテキストで楽しめるのでお得かも。今度もまたなんかおもろいのあったら買ってみようかと思う。


さておき内容だけど


いままでの内容的には「鉄道と日本(東京)の開発」ってテーマがおもしろかったように思う。あと、原さんはもともと昭和天皇なバンキシャだった人ということで天皇制とナショナリズムについてウニウニっとしてる人ということで鉄道の変化とナショナリズムの変化の話とか、関連で公共性の変化ということで団地の話とか…。その辺はただの鉄道話ではない感じで面白かった。


とりあえず以下おもろかったところをてけとーに箇条しつつ合いの手

※例のごとく()カッコ内の数字は該当箇所ページ数を表す



(60)明治初期、新橋−横浜間、京都−神戸間などといったあらたな鉄道が開業するたびに天皇は開業式に望み鉄道に試乗した。同行幸は皇太子(後の大正天皇)が名代として引き受けていった。迎える側は天皇または皇太子が到着するい時間前までにホームの指定された位置で整列して待った。

鉄道の開通を機にそれまで実感することのなかった「一分」という時間の単位が導入されたうえ、皇太子の訪問に合わせる形で、人々の行動が一分単位で規制されるという、新しい支配の形式が大々的に取り入れられた。


(「鉄道に乗る天皇」より)




オレ※cf.この辺りは軍隊や工場訓練における規律訓練を思わせる。また「日本のダイヤグラムは異常に精確」といわれる理由もこの辺りに由来するものなのだろうか。





(74〜87)阪急を作り上げたのは小林一三、東急を作り上げたのは五島慶太。小林は民間たたき上げ、五島は農商務省鉄道院の天下り。経営に対する姿勢の違いはそのままこの出自に表れた。五島は小林の経営を真似た(これは五島の自叙伝にも記載されているらしい)。

小林一三の経営が画期的だったのは「生活圏を結ぶために鉄道を敷く」というところから「鉄道のために住宅地を作り出す」というところにシフトしたこと。

「乗客がいなければ乗客をつくりだせばいい」

沿線の駅前に郊外住宅を多数分譲し、新規鉄道のための固定客を獲得した。


沿線住宅のモデルはいわゆる「欧米的な文化的な生活」を提供するもの。その構想は内務省地方局有志がヨーロッパの田園都市建設の動きを分析、紹介した書籍『田園都市』(1907)に影響を受けている。


小林の経営は徹底して「官」から離れたものだった。その残滓は阪急はJRに乗り換えを案内しないというところにも残されている。関西の電車で私鉄とJRの相互乗り入れ(同じ駅の中で乗換えができる)のが少ないのはこの影響と思われる。



(「西の阪急、東の東急」より)







(89)今でこそわれわれは鉄道会社が経営の安定化のため自社の沿線に住宅地を開発するのは当たり前のように思っている。しかし大正から昭和のはじめにかけて続々と開業した関東私鉄の経営者たちは、総じてそのことに不熱心であったようである。

なかには小田原急行鉄道の林間都市のように失敗に終わった例もある。少なくとも戦前までは、五島の東急以外、あまり成功していない。


(89)沿線住宅を手がけたのはむしろ学校であった。私鉄に通じる東京郊外に土地を入手しそれを住宅地として分譲することで学校運営の資金を調達しようとした。


たとえば雑司が谷の自由学園、牛込(現・新宿)に端を発し後に、砧村(現・世田谷区成城)に移転した成城小学校などがある。


(90-94)西武の堤康次郎は鉄道プロパーではなく元々は不動産会社を運営していた。

 関東大震災を機会に鉄道沿線の学園都市計画に着手。その最初が大泉学園都市だった。しかし、このときあてこんでいた東京商科大学(現・一橋大学)の移転計画は空振りに終わった。その後の小平学園都市計画でも最初に当て込んでいた明治大学の移転は実現せず、東京商科大学予科(現・一橋大学小平国際キャンパス)が置かれただけに終わった。

 堤が唯一成功させたのは北多摩郡谷保村(現・国立市)に開発した国立学園町の開発である。1925年には東京商科大が大泉にではなく国立に移転することが決まった。


その後、堤は武蔵野鉄道の株を買収して筆頭株主になり、1945年9月には武蔵野鉄道に旧西武鉄道を吸収して西武鉄道の母体を完成させた。


しかし西武鉄道のオーナーとなった堤が自社の沿線開発で力を注いだのはターミナルである池袋の開発、端的に言えば西武デパートの拡充であった。もうひとつは村山貯水池・山口貯水池などといった場所に沿線内の保養地、レジャー開発をしていったことである。




(94)首都圏の私鉄沿線の住宅事情に転機をもたらしたのは「団地」の出現である。その建設を担ったのは、都道府県や都府県の住宅供給公社のほか、1955年に発足した日本住宅公団(現・独立行政法人都市再生機構)であった。


(96-97)団地とは、従来の長屋的な木造住宅とは違うプライバシーの観念が確立し、洗濯機や冷蔵庫、掃除機にテレビといった家電製品をそろえた家が多かったという点から言えば、アメリカ的なライフスタイルを送れそうなところであった。



(97-100)
しかしアメリカ的な開放された団地の暮らしは住人の意識を親米的なものにしたり親米路線な自民党支持なものにするというよりはむしろ革新を支持するものにしていった。

たとえばひばりが丘、東久留米、滝山などの大規模団地における衆議院銀選挙の共産党の得票率は10年で六倍以上に急増した。


団地の主婦層はもともと割合に学歴が高い人が多く、それだけ政治意識も高かった。団地という外界から隔絶し全てが揃ったコミューンの中で昼間の時間を持て余した専業主婦たちは団地の集会所や小学校の体育館で開かれる勉強会や講演会に参加し、ますます意識を高めていった。


(「私鉄沿線に現れた住宅」より)







昔は東京の主要な公共交通機関は路面電車(都電)が担っていた。

しかし1960年代に入ると急ピッチで地下鉄路線網が整備され、それに伴って都電は減少していった。


都電のあった時代には都電が宮城前にさしかかると遥拝(ようはい)をうながした。このときの天皇に対する感情は「おそれ多い」というものであるとともにある種の親近感をもったものであったのではないか。


しかしいまでは地下鉄によって駅名と駅名が(デジタルに)繋がるだけになりその間の(アナログな)光景は見えない。これは東京都民の空間認識とともに天皇制への意識にもなんらかの影響をもたらしているものと思われる。


ちなみに現在の地下鉄も皇居周辺までくると進行方向を変え皇居を避けるような路線設定となっている。


(「都電が消えた日」より)






最後の「都電が消えた日」というところではかつての路面電車が栄えていた東京の様子を思い浮かべたり…





てか、単にパイのパイのパイ〜♪の歌にリンクしたかっただけど



あと、日本論がらみでもともと「明治天皇」は読むつもりだったんだけど


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5 日本文化の紹介者
4 レファレンスがちゃんとしていれば星5。
5 先入観排除
5 現代皇室の基礎を作った「大帝」の素顔



昭和・大正天皇も読んどこうかなぁ、とか思った。


昭和天皇 (岩波新書)
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4 宮中祭祀の多いこと
1 宮中祭祀を否定するために書かれたトリック本
4 戦争責任のもう一つの側面
2 単に資料として置いておく価値のある本
3 いいですか、みなさん、新嘗祭は日本全国の神社でおこなわれているのですよ、



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おすすめ度の平均: 3.5
5 「大正天皇」という着眼点
4 全国をめぐる天皇
4 大正天皇とは誰か
1 一種の陰謀史観
1 現代風な駄作





あとは団地のコミューン的性格ということで滝山コミューンとか


滝山コミューン一九七四
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4 一気に読み通せます。特に同世代としては。
5 「みんな」と「ひとり」の葛藤
4 思わず、そんな事あったあった
2 さまざまな語りのトリックが埋め込まれており、語り手は免罪されてしまう
3 熱いものを見ると冷めてしまいます



そういえば「団地の特殊な性格」ということであればこれなんかも思い出されますな


童夢 (アクションコミックス)
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おすすめ度の平均: 4.5
1 何故に僕は星一つなのか?
5 絵は口ほどにものを言う
5 溜息が漏れるような代物です
5 柳田國男は無視できないだろう
5 スゴすぎる!!




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2009年07月05日

宮崎駿、2008、「崖の上のポニョ」

ポニョのDVDセールス&レンタル開始ということでようやく見れたので主に自分の理解のために感想のようなもの。なので当然のごとくネタバレあると思う。つっても公開から1年経ってるんだからネタバレもなにもないか



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ウォルトディズニースタジオホームエンターテイメント (2009-07-03)
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3 作品は○。売り方は×。
3 教訓的すぎ
5 ぽにょ最高〜!!
1 不快感が残る出来
5 私は泣いちゃいました



見る前から鈴木敏夫さんのpodcast聞いてたのである程度内容知ってたんだけど。


鈴木敏夫のジブリ汗まみれ - TOKYO FM 80.0 - 鈴木敏夫
http://www.tfm.co.jp/asemamire/index.php?catid=173


内容っていうか主題みたいなの。てか、そういうのとかプロデュースまでのこもごもをちょっとは知ってるのでなんかスタッフみたいな気持ちで臨めた。いままでだったらクレジットなんか流すだけだったけど電通+ディズニーなところにもみょーに反応したり。映画に関わった人全員でカンパニーなんだなぁ、とか。


ともかく映画の感想


最初の印象は「トトロ?」って感じだった。特にポニョが「ニーっ」って歯をむき出しにしたり、波の上を走っていくところの躍動感なんかはそんな感じ。あと全体的にリアリズムよりも躍動感を重視したつくりとか…。ジブリ作品はそういうの多いだろうけど、「もののけ姫」なんかに比べて物理法則その他を無視してるところがけっこうあったなぁ、とかなんとか。(たとえば「海の魚を淡水につけてだいじょぶなのか?」とかそういうの)

そういうのも主な対象年齢が小さな子供ってこともあるのかなぁとかなんとか。この辺は暗黙の了解かなとか思った。


ポニョが波の上を駆けているシーンでは「これが噂の『波の躍動感を見てください』かぁ。ほんとに一個一個の波を生き物みたいに描いててすげえ」とか思いつつなんかこういう伝承ありそげに思った。「時化のときに波間を走る子供の伝承」みたいなの。「人面魚が嵐を呼ぶ」っていうのはセイレーンかなんかだろうし。「ポニョの血が傷を治す」というのは人魚=不死伝説だし。

「海の子供」の直観は「海獣の子供」も読んでるからなんだけど


海獣の子供 1 (IKKI COMIX)
五十嵐 大介
小学館
おすすめ度の平均: 5.0
5 壮大な海と宇宙(ソラ)の物語
5 どんな結末になるのかが、楽しみ
5 子供の頃はきっといつも冒険を望んでいた。そんな子供を思うと優しくなれる。
5 海で産まれた子供達
4 身体感覚を刺激する漫画



ちなみにこちらは「海の中を魚たちと一緒に過ごす子供たち」の伝承をまとめた感じでおもろい。「海の子供が破滅を呼ぶ」ってところだとポニョとも共通するし (てか、やっぱそういう伝承があるんだろうな)


あと「海の世界が再び地球を統べるのだ!」みたいなところでは日本における海の勢力と陸の勢力の話とか思い浮かんだ。

muse-A-muse 2nd: 「へうげもの」をめぐって武力と資本とアートな話
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/119488882.html


この線はたぶん関係ないだろうけど



そんでまぁ話が進んでくわけだけど。すっ飛ばすと全体としては「あの世を描いた」って話なんだな、と。「あの世を描いた」っていうのは鈴木さんのpodcastで宮崎駿自身がいってたって話なのでカンニングみたいな前知識なんだけど、終わりのほうに出てきたトンネルのシーンとかはまさにイザナギがイザナミを黄泉(根)の国から連れ帰ろうとしてふりむいちゃったときと同じだなぁとか思った。

イザナギは化け物と化したイザナミにビビっておいて帰っちゃったんだけどそうすけは最後まで見放さず「ぼくが守ってあげるからね」って言い続ける。たぶんそれに呼応するようにポニョは「生まれてきてよかった」って思う。

物語構造とか関係なく、作品のメッセージとしてはここだなぁ、とか思った。


それとは別に骨格としてはこんな感じであの世と化した世界を描いてたりする。あるいは世界が大津波で沈んだ後の夢の話みたいなの。

なぜ大津波で沈むのか?これは魔法使いフジモトのモノローグから解ける。

断片的情報ではあるけれど、フジモトは現在の人の世に嫌気がさしてなんらかの方法(魔法)で自らを水中生活に適応させ海の世界で暮らすようになった。そこで海の女神の召使いってわけでもなく客人(あるいはまれびと)的扱いを受けてたみたいなんだけど、フジモトの焦りとして「このままでは世界が滅ぶ」「海の世界が再び世を支配するのだ」「ポニョの覚醒による魔法使用が世界のバランスを崩し、世界崩壊に繋がる」というのがあったように思う。

「なぜ世界が滅ぶのか」について特に説明はないんだけど、作品の最初のほうから見られるフジモトの人間の機械や機械が垂れ流す「汚い水」への嫌悪がヒントになる。この符合をバネとして宮崎アニメの連続するテーマ「環境問題」が浮上する。

このテーマは「ナウシカ」「もののけ姫」と続いてきていて「もののけ姫」で一応宮崎なりの答えが示されていたように思う。そして「もののけ姫」を意識すると「ポニョ」の物語構成や主要人物配置もほとんど似たものだと気づく。


ポニョ = サン
宗介 = アシタカ
フジモト = エボシ
グランマーレ = シシ神+モロ


「自然と人間文明の間で揺れ動く姫」って設定も一緒だし、最後は自然の力が暴走してカタストロフってのも同じ。物語的にはそれに人魚姫的テンプレートを貼ったって感じ。あとついでに北欧神話も

ブリュンヒルデ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%83%92%E3%83%AB%E3%83%87

そのことがオーディンの怒りに触れ、処罰されることになる。すなわち、彼女の神性を奪い、「恐れることを知らない」男と結婚させられてしまうことである(『ニーベルングの指環』ではどうせ結婚させられるのならと彼女が望んだことになっている)。


この辺は主題ではなく「人に恋した異界のものが代償として力を失う」って話の符合だと思う。



「ナウシカ」のときには蟲愛ずる人の姫が、「もののけ姫」のときには人として生まれつつもシシ(獣)に育てられた姫が、今回は人間になりたい魚のお姫様が異界と人界の架け橋となろうとする。そういう意味ではこの辺がトリックスターとかまれびとなのかなぁとか妄想するけどまぁそれは置いといて…。



全体としてはこんな感じで環境問題が主題な話だと思うんだけどその辺のメッセージ性は覆いかぶしてトトロ的エンタメな作りしてたなぁ、と。「ナウシカな系譜でもののけ姫と同じ」ってことだと物語構造的な違いはどの辺にあるのか?この辺に関する宮崎の考えは進んだのか?とか思うんだけど、なんとなく感じたのはもののけ姫のときのような悲壮感がないってこと。

これは「エンタメ的作りをしたから」というのもあるのだろうけど、もののけの頃より齢を重ねた宮崎の諦観というか老人的達観なのかなぁとかなんとか。「洪水で世界が沈む」なんてのは「ポニョの魔法」ってことにはなってるけど北極だか南極だがが溶けるの意識してるのだろうけどそういうのも意に介さないあっけらかんさというか人間賛歌というか。


もののけのときにはまだ「環境問題を考えて地球をなんとかしなきゃ!><」って感じだったんだけど、今回は途中から「破局になったらなったでなんとかなるんじゃん?」的なあっけらかんさを感じた。そういう生命力は宮崎アニメ(あるいはナウシカ原作)のころからあるものだとは思うけど。


ちょっと解釈的に迷うのはどこからが「あの世」もしくは「夢の世界」だったかということ。宗介が起きて世界が水浸しになってたところからもうそうだったのかな?そうじゃないとデボン紀だかなんだかの魚がいるのおかしいし、ボートの女性がポニョの半漁人バージョンみて「まぁ☆」だけで済むわけないしなぁ。。(「おおらかだったからだよ」ですまされそうな気もするけど…)


あとはこれが方丈記私記的なものだったのかなぁとかぼんやり思う。


宮崎駿自身は「いつか方丈記私記をつくりたい」っていってるらしくて、今回の破局の後の諦観的楽観(無常観)というのもそういうの意識したのかなぁとか思ったんだけど「方丈記私記」まだ読んでないのでわからない。。



方丈記私記 (ちくま文庫)
堀田 善衛
筑摩書房
売り上げランキング: 7225
おすすめ度の平均: 5.0
5 方丈記私記で見えてくる鴨長明
5 古典の読み方を教えられた秀書



1945年3月、東京大空襲のただなかにあって、著者は「方丈記」を痛切に再発見した。無常感という舌に甘い言葉とともに想起されがちな鴨長明像はくずれ去り、言語に絶する大乱世を、酷薄なまでにリアリスティックに見すえて生きぬいた一人の男が見えてくる。


ってことで終戦後の状況とか、世界経済崩壊な現状にも当てはまるのかなとか思ってむしろ「サブプライム崩壊後の世界経済を力強く生き抜こうとする人々」って感じで描いてくれたほうが現代社会には関係するだろうなぁとか思いつつ宮崎やジブリがいまからそこまでするとも思えんしなぁとかなんとか。

隠喩的に「モモ」のジブリ版みたいな感じで表してくれたらいいのになぁ(とかなんとか勝手に期待したり


モモ (岩波少年文庫(127))
ミヒャエル・エンデ
岩波書店
売り上げランキング: 369
おすすめ度の平均: 5.0
5 大人になると別の形で心にしみるかもね。
4 児童文学ということで…
5 レヴューというより、雑感ですが、
5 「残業依存症」から立ち直った、今の読後感
5 小学生ではじめて読み





あるいはガメラが出てきて全部ぶっこわすとかねw






--
関連:
宮崎駿講演会「方丈記私記と私」|紅の猫月夜に鳴く
http://ameblo.jp/kurenainoneko/entry-10150291478.html

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2009年04月04日

天童荒太、2008、「悼む人」

悼む人
悼む人
posted with amazlet at 09.03.30
天童 荒太
文藝春秋
売り上げランキング: 211
おすすめ度の平均: 4.0
3 A little overwrought
5 これはすごい本だ
1 やめてほしい
4 悼むということ
4 重く、暗い・・・読者に「あなたは悼む人をどう考える?」と問う小説





 少し前に読んでけっこう心に引っかかるものがあったので感想文にして吐き出しておいたほうがいいのだろうなと思いつつなかなかしんどい作業になりそうなので躊躇してるうちに時間が過ぎていってたんだけどそんなに重く考えずに簡単に書いちゃおうということで書いてしまおう。メモ程度に
 

 小説の概略から述べると、「悼む人」というのは見ず知らずの死者の死を悼む人。特に縁もゆかりもなくても新聞や雑誌、テレビなどのメディアや道端の花束を見て「どこそこで誰かが死んだ」ということが分かるとその人が亡くなった現場に赴いて悼まずにはいれない人。そういう人の話。

 なので大部分の人からは「宗教の人ですか?」ってあつかいされるんだけど本人的にはそういうつもりもなく、善行を積んでりつもりとか個人のあの世での幸福を祈るとかそういうのでもなく、ただ死を悼まずにはいれないという。ここでいう「悼む」とは「その人の存在をほかの人とは代えられない唯一の存在として覚えておく」ということをさす。悼む理由は本人もはっきりと分からず「病気だと思ってください」ってことにしている。

 そんでまぁこの人が死んだ人を悼んで日本全国を行脚してていくわけだけど、そういった中で「悪行的なことをした人まで悼む価値はあるのか?」という問題がなげかけられたり。それに対して返ってくる言葉は変わらない。
 


 「この人は誰に愛され、誰を愛していたでしょうか。どんなことで人に感謝されたでしょうか」



 主人公は、「どんなに悪人だと思われている人、どんなに嫌われていると思われている人でもこの3つの要素に落とし込むことで代えられない唯一の存在として覚えておくことができる」、という。

 この言葉を見たときに先日死んで葬式を行ったじいさんのことが思い出された。そして父のこと。


 じいさんは叔母や母、ばあさんからも嫌われたり厭われたりして最後のときを迎えたけど、そういったじいさんにもかつては愛し、愛され、感謝されるようなことがあったのだろうか。そしていまはどこで野垂れ死んでるかもわからない父にしても。

 葬式の文言というのは本来こういった形で故人をしのぶものだったのだろうなぁ、とか。



 肉親の場合はそれまでの愛憎なんかが絡んでなかなか素直に故人ノシを悼むことができなかったり、あるいはそういった思いを葬式のドラマツルギーに酔うことによって隠すということもあるかもしれない。

 でも、もし悼む人のような人がいて父の死を悼んでいてくれたらと想像してみたら少しだけ救われた気がした





 おまえが生れた理由がやっとわかった気がする。

 おまえが<悼む人>になったのは、家族とか生い立ちとか、人生で受けた傷とか、いろいろあったかもしれないが、それだけじゃない。おまえもきっと知らない。おまえもわかっていない様子だったものな。

 おまえを<悼む人>にしたものは、この世界にあふれる、死者を忘れ去っていくことへの罪悪感だ。愛するものの死が、差別されたり、忘れられたりすることへの怒りだ。そして、いつかは自分もどうでもいい死者として扱われてしまうのかという恐れだ。世界に満ちているこうした負の感情の集積が、はちきれんばかりになって、或る者を、つまりおまえを、<悼む人>にした。

 だから……おまえだけじゃないかもしれない。世界のどこかに、おまえ以外の<悼む人>が生まれ、旅しているのかもしれない。見ず知らずの死者を、どんな理由でなくなっても分け隔てることなく、愛と感謝に関する思い出によって心に刻み、その人物が生きていた事実を永く覚えていようとする人が、生れているのかもしれない。

 だって、人はそれを求めているから……。少なくともいまおれは、おまえを求めているからだ。




タグ:家族
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2009年02月17日

宮本常一、1984、「忘れられた日本人」

最近ちょっと日本社会とか日本の歴史とかに凝っていて、その流れでこれを読んだ。



忘れられた日本人 (岩波文庫)
宮本 常一
岩波書店
売り上げランキング: 1337
おすすめ度の平均: 4.5
5 歴史は苦手でも
5 自動車がなかったころの日本の田舎の暮らし
3 忘れられつつある『忘れられた日本人』
5 恵那の河原で夜が明けた…
4 聞き書きしなければ、知られることもなかった人々の物語





まだ日本の識字率が低い時代の老人たちの語り、それをフィールドワークで採集したものってことだけど地味に面白かった。その辺の語りは歴史に刻まれなかった人々の生活史であり生の歴史って感じなんだけどそれ以外にも社会構造的に「西日本の社会構造と東日本の社会構造は違う」って話が面白かった。社会構造っていうか組織論か。

以下、網野善彦によるあとがきから

(327-328)
 「対馬にて」をはじめ「村の寄りあい」「名倉談義」などで、宮本氏は西日本の村の特質をさまざまな面から語っている。帳箱を大切に伝え、「講堂」や「辻」のような寄り合いの場を持ち、年齢階梯制によって組織される西日本の村の特質が、これらの文章を通じて、きわめて具体的に浮き彫りにされてくる。それは昔話の伝承のあり方にまで及んでおり、「村の寄りあい」には、西日本では村全体に関することが多く伝承されるのに対し、東日本では家によってそれが伝承されるという注目すべき指摘がみられる。しかし東日本の実態については「文字を持つ伝承者」で、磐城の太鼓田を中国地方の大田植と比較し、後者が村中心であるのに、前者が大経営者中心であったとする程度にとどまり、内容的にはほとんどふれられていない。
 戦後、寄生地主制や家父長制が「封建的」として批判されたことが、農村のイメージをそれ一色でぬりつぶす傾向のあった点に対し、西日本に生れた宮本氏は強く批判的であり、それを東日本の特徴とみていた。この書にもそうした誤りを正そうとする意図がこめられていたことは明らかで、それは十分成功したといってよい。ただ逆に現在からみると、ここで語られた村のあり方が著しく西日本に片寄る結果になっている点も、見逃してはならぬであろう。


端的に言うと組織の成り立ちや情報の流通の仕方が西日本ではネットワーク的(バザール)、東日本ではヒエラルキー的(伽藍)ということになると思う。よくいわれる「日本はタテ社会的」というのは後者を指す。

「んじゃ、日本ってタテ社会ってわけでもないじゃん」と思ってこちらを見てみるに


タテ社会の人間関係―単一社会の理論 (講談社現代新書 105)
中根 千枝
講談社
売り上げランキング: 6369
おすすめ度の平均: 4.0
5 日本特有のタテ社会を分析した40年前の名著。分析は人類学的、かつ、社会学的。
5 日本人の仕組みがわかる!
4 気付かされる可笑しい日本人
5 日本社会は、40年前から変化していない。
5 秀逸な社会構造論



中根的にはその辺にもいちお反論してたり(p75辺りで)。中根的には「そういうヨコ型ネットワークもある"場”における集団内部の限定されたヨコ的関係なので自由度の高いヨコ的関係とは違う」ということらしい。…なんか分かりにくかったけどなんとなく分かるというか…まぁたしかに日本社会で自由なヨコのつながりってのは想定されにくいし (cf.西日本では生活と文化を村の全体が記憶する。これに対して東日本では家が記憶する

ちょっと話はそれるけど中根の「タテ社会」の話は雇用流動性の低い日本の企業文化的話として見直しても面白い。「資格とか能力ではなく”場”としての集団性とそこでの経験(年功序列)を社会資本として重視する」って話はいまもなお通じるわけだし。


日本社会論的にはその辺の組織的違いがおもしろかったわけだけど、この本の醍醐味はなんといっても現代とは違う日本人のリアリティにあるわけで、昔の人はダイナミックだったんやのう、って感じだった。性へのおおらかさとか忍従の仕方とか。後者はダイナミックっていうか人の命の重みの違いというか、現代のように「人権!」とか「権利!」とか言いすぎえてアレルギー的になってない時代の、「自然 vs. 人」って世界のなかでの人間本来のたくましさのようなものが感じられなんだか快かった。

また、そういった社会では人が自分の小ささを実感しているが故にか地味で長期的な助け合いをしていたり。後段の「文字をもつ伝承者」の辺りにそういった文字を持つものの責任意識というか公益性への意識のようなものを感じられた。もちろんそういった善人ばかりでもなかったのだろうけど。
 

まぁ、なんとなく辺鄙な片田舎にぶらり旅にいってみたくなるような本でございました






--
関連:
松岡正剛の千夜千冊『忘れられた日本人』宮本常一


日本文化の形成




タグ:日本社会
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2008年12月20日

倉部誠、2001、「物語 オランダ人」

ちょっと前に読んだけど写経するほどでもなく、「ついったーに簡単な感想垂れ流してたんぶらっとけばいいや」、とか思ってたわけだけどついったー→たんぶらーがうまくいかないのでローカルに保存しといたものをこっちにもうpしとこう。

オランダモデル関連でそれなりに役立てる人もいそうだし(てか、あとで自分が検索するときに便利)



以下、大部分は自分が気になったところの自分なりの抜書き。大事そうな部分だけページ数つきなので各自確認されたし



オランダ人は元々が貧しい農民出身なので素朴で直接的な表現(コミュニケーション)をとりがち。言葉の裏の理解とか苦手、と


オランダではたいていの人が三十歳を待たずに自分の家またはアパートを購入する。「標準的な長屋がその年代の年収の3年分程度で購入できる+ローンの負担が月収の15%以下+住宅ローンの支払い利息によって30年間は税金控除できる」ので


そんで、ローン払ってるうちに持ち家の資産価値が上がってくのでその差分で車買ったり生活資金にしたりするらしい。子供が独立したらには大きな家を売り払ってアパートに移り住み差分を生活費に当てる


オランダでは車がバカ高い。環境問題を配慮して、とのこと。干拓してつくった土地なので温暖化で水位があがると水没する。 車の価格はスズキのアルトで92万円(二万ギルダー)ぐらい。ちなみにオランダで高校卒業して工場勤2年の人の年収がそれよりちょっと下(1万五千ギルダー)ぐらいとのこと



オランダの正式名称は「ネーデルランド」だけどこれは「低地」の意味。低地を干拓してつくっただだっ広いまっ平らな土地がオランダ。また、これは現在のドイツに住む高地ドイツ人に対し「低地に住むドイツ人」(ネーデルランデル)という意味も含む


そういえばオランダの友人も「ドイツ語は方言みたいなものだから習ってなくても分かる」っていってた


また、インドネシアの国名の元である「バタビア」は「バタビーレンの土地」という意味。オランダに元々住んでいた人種の一つバタフィー人に由来する


「オランダ人の合理・倹約精神は干拓以前にろくな作物のとれない土地に住んでいた経験によるものではないか」という著者的見解。干拓以前はネコの額のような狭い土地でニシンを主食に暮らしてた。それも獲れるかどうかわからなかった


労使関連について。オランダでも企業の属する業種ごとに労使間で団体労働協約が結ばれている。これはアメリカにもあるギルド的なアレだと思われる。それぞれの業種にて労使間で取り決められた労働協約はその連盟に正式に属していない企業にも遵守する義務が発生する(一般締結状態)


団体労働協約により「年間労働時間」「特別休暇日数」「基準賃金」などが設定される。これいによりたとえば同じレベルの技術者なら会社の規模によらずどこの会社にいっても同じ給与がもらえるようになる。結果として雇用の流動性が高まる (p172)


また、二年以上勤続した社員を解雇するのは困難。二年以上から退職金が発生する。10年勤続の社員を辞めさすには通常二年分の年収を支払わなくてはならない。 こんな感じでコストかかるので解雇は少ない


オランダは社会保障が高水準な分、税金も高い。例えば所得税率は → 年収150万円までは税率33.90%、490万円までは税率37.95%、1077万円までは50%、それを越える場合は60%


「もらうだけではなく払う(あるいは全体の流れを考えて我慢する)」関連で言うと「過大な賃金上昇によってもたらされた経済不振→不況を解消するために労使間で賃金増をいったん抑えることが決められた」らしい(ワッセナール条約)


(1)経済発展に見合う賃金上昇率の確率、 (2)雇用を増やすためのパートタイム労働制の導入、 の2つをして「オランダ・モデル」といわれる。パートタイマーの労働条件は正社員とまったく同じ





「オランダは低地を干拓して作った土地」という部分については以下のツッコミあり


KaffeeBitte @m_um_u オランダは、ドイツ語的には"Niederlande(ニーダーランデ)"=「低地の諸州」。実は"Nieder-"が付く地名はドイツには他にもある(Niederbayern,Niedersachsenなど)



もともと低地のところで干拓で土地広くしていったのだね


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2008年11月03日

ジョン・ダワー、2004(1999)、「敗北を抱きしめて(上)」

少し前に「敗北を抱きしめて」(ジョン・ダワー、2004(1999)、岩波書店)の上巻を読み終えて、記憶に残しておきたいのでメモ。

全体としては「日本人はアメリカから下された敗北と支配を抱きしめることで戦後復興していった」という話。印象に残ったのは戦争に負けた日本人たちがプライドを捨てて支配を受け入れていく様子。そのくやしさやたくましさ。

「敗北を抱きしめて」という表現について。実際にアメリカ軍は日本という国を女性的なものとみたて、女性の身体を抱くように支配していくという感覚があったみたい。「自分の思うような女に変えていく」というような感覚。たとえば、日本人は意思決定能力がない従属的な国民性なのでこちらから命令をだしてやらなければダメだ」みたいな表現にそれが伺えた。

というか、そういった表現をするときに具体的に頭に描かれていた「日本」のイメージというのはいわゆる「パンパン」と呼ばれていた女性たちだったみたい。そしてそういった女性たちが実際にアメリカを抱きしめ、それによって日本を護っていったということ


そういったことを記憶にとどめておきたい。


以下は主にそういった女性たちについて、中でもRAAと呼ばれる政府によって公的に売春を斡旋された施設について記述された箇所の引用


(145) ある素人の新人がRAAではじめて働いた日の恐ろしい記憶をつづっているが、それによると、彼女はその日だけで23人の米兵の相手をさせられた。ある推計によれば、RAAの女性が一日に相手にした米兵の数は、15人から60人であった。元タイピストで19歳の女性は、仕事を始めるとすぐに自殺した。精神状態がおかしくなったり、逃亡した女性もいた。


このようにリスクのある仕事であったわけだけど公募の看板はあいまいに「戦後処理の国家的緊急施設の一端として、進駐軍慰安の大事業に参加する新日本女性の率先協力を求む」「女性事務員、年齢18歳以上25歳まで。宿舎、衣服、食料支給」ってあったらしい(同書p143、看板の記述は吉見(俊哉?)の「売娼の社会史」(p189)からの引用)。

ちなみにRAAはRecreation and Amusement Associationの頭文字

特殊慰安施設協会 - Wikipedia


こういった施設はアメリカ兵によって一般女性が暴行されないための防波堤として準備された。その意味で「純潔の防波堤」とも言われた。



(146) こうした「娯楽」施設は東京で急速に拡大し、一説ではたちまち33ヵ所にまで増えた。ほかに約20の都市にも、ほぼ同じように急速に広まった。アメリカの兵隊たちがこれを歓迎したことは、べつに不思議なことではない。なにより、それは安かった。RAAの売春婦と短時間すごせば、料金は15円、1ドルであった。これは当時の日本の市場でタバコ半箱の値段とだいたい同じである。この2,3倍だせば、「個人外交」丸一夜分が買いとれた。これで強姦や婦女暴行が防止できたわけではないが、占領軍の規模が大きかったことを考えれば、じっさい強姦事件は比較的少なく、日本政府が予期した程度におさまっていた。



施設は半年未満で廃止されることになった(設立は1945年8月26日)


(147) こうして、勝者から好評で、はじめは支持されたRAAであったが、占領がはじまって数ヶ月で廃止されることになった。1946年1月、非民主的で婦人の人権を侵害するという理由で、占領当局は「公的」売春の前面禁止を命じたのである。しかし占領軍内部では、占領軍舞台の性病患者が急増していることがRAA廃止の最大の理由であることが知られていた。



こうしてRAAは廃止されたが従事した女性たちへのアフターケアはなかった。


(147) こうしてRAAの女性たちは追い出されてしまったが、退職金はなかった。かわりに頂戴したのは、「お国のために奉仕」して、彼女たち自身を除く、日本女性の「純潔の防波堤」になってくれたという、お褒めの言葉であった。もちろん、公的売春制度の終わりは、売春そのものの終わりではなく、もっと密かに行われるようになったというだけのことであった。したがって、当然のことながら性病の防止も困難なままであった。


このように政府の公式見解、「人権的」には売春は禁じられたが売春自体をなくすわけにも行かず苦肉の策として「女性たちには売春婦になる権利がある」という言い方が発明された。これを受けて「赤線」地帯が指定されていく。


(147) 総司令部が公的売春を禁止したことに呼応して、日本の官僚たちは、めったに例のない、めずらしく繊細な人権尊重の実例を示した。1946年12月、内務省は、女性には売春婦になる権利があると公然と述べたのである。このあやしげな理論によって、「赤線」地帯が指定された。これによって、今までどおり商売を続けることができることは、関係者全員が了解ずみであった。赤線とは、市街地図に警察が赤い線を引いたことからきた言葉で、売春が許されない地域は青色で囲んで表現した。




思うのは極東ブログにも似たようなエントリ(純潔の防波堤)があったなということ

極東ブログ: [書評]その夜の終りに(三枝和子)


そして、「一日60人の相手をさせられた」「仕事を始めるとすぐ自殺した」「精神状態をおかしくするものもいた」という記述ではブラッドハーレーの馬車を思い浮かべた


無題: ブラッドハーレーの馬車 沙村広明


沙村のこれはフィクションだけど日本にはほんとにそういう施設があったということ。でも政府はそれについては知らぬ存ぜぬを通してるみたい(内務省のやってたことだし内務省は解体されたから知らない)

参議院会議録情報 第138回国会 決算委員会 第3号

○吉川春子君 私、各県の警察の歴史を、これ幾つか、重いですからその一部を持ってきております。
 それで、例えば埼玉県の県史あるいは「さいたま女性の歩み」にはこう書いてあります。
 敗戦から三日後の八月十八日、内務省警保局長は、各庁府県に対して、「外国軍駐屯地における慰安施設について」という無電通牒を発した。占領軍慰安施設として各県の警察署長は、性的慰安施設、飲食施設、娯楽場を積極的に設定整偏するようにという通牒である。その際、営業に必要な婦女子は、「芸妓、公的娼妓、女給、酌婦、常習密売淫犯者等を優先的に之に充足すること」と指示した。
 この占領軍対策は、「一般婦女子を守る」防波堤であるといわれたが、同じ日本の女性の一部を占領軍兵士に向けて公用慰安婦として日本国政府が施策化したこと、しかも、業者の搾取の自由を保障したことにおいて、これほどの女性の人権蹂躙はあり得ないことであった。
こういうふうに書いてあります。
 それから、こういう職務に当たった現場の警察官の声も紹介しておきます。これは「広島県警察百年史」に書いてあります。四百十四ページにこういう記述があります。
 連合軍の本土進駐にあたり、国民がもっとも心配したのは「婦女子が乱暴されるのではないか」ということであった。閣議においても種々論議が重ねられ、八月十八日には警保局長から全国警察部長あてに「占領軍に対する性的慰安施設の急速な設営を実施すべき旨」指令した。まことに残念なことであるが、占領軍人に対する性的慰安施設を設営するという、いわば幇間まがいの仕事を警察がせねばならなかったのである。当時の警察官の苦衷、屈辱感まことに察するに余りがある。
 警察署保管の旧娼妓名簿から前職者らの住所、氏名を調査し、彼女らの住む山村あるいは漁村に向かって面接勧誘するとか、あるいは現役の娼妓、芸妓、酌婦、密売いん者等、かつては取締対象者であった彼女らに対して、外人相手の復職を頼んで回るとかしたもので、
 このようにつらい思いで勧誘した要員五〇〇人を、ようやく九月末日までにはそれぞれの場所に送りこむことを得、米軍主力部隊が到着した十月七日を期して営業が開始される運びとなった。
こういうことについて、一切知らない、通達もなくした。こういうことであなたは責任逃れできると思いますか。
○説明員(山本博一君) 広島県警の警察史にそのような記述があることは承知いたしているところでございますが、先ほども申し上げましたように、戦後、内務省は解体されまして、警察制度が根本的に改革され、新たに警察庁が設置されたものでありまして、警察庁といたしましてはお答えする立場にはないものと考えております。
○吉川春子君 官房長官、こんなの通達なくして現場の警察がやったとすれば余りにも重大だし、しかし、これだけいろんな警察の歴史に全部出てくるんですよ。それをあずかり知らないことだなんて、そんなこと許されないと思うんです。
 官房長官にお伺いしたいんですけれども、言ってみれば日本の恥ずかしい部分ですね。白日のもとにさらしたくない部分です。しかし、やっぱりこういうことも明らかにして、今、これはよくなかった。こういうことをやったのは正しくなかったと、そういう反省すべきときに来ていると思いますけれども、官房長官、この点についてはいかが感想をお持ちでしょうか。
○国務大臣(梶山静六君) 残念ながら、今までそういう記述や話を伺う機会がございませんでした。
 委員の言うことが全部であるか一部であるか、それは私は定かにできませんが、やはり昭和二十年というあの混乱期を考えると、確かに悲しい、それから主権を持っていない日本の一つの縮図ではあった。もしもそれが全部そうだとしても、私はその時代の警察官を責めるわけにはいかない。そういうものが占領軍の名においてなされたのかどうか、これは残念ながら定かにする手段、方法を今私は持っておりません。私なりに勉強してみたいと思います。
○吉川春子君 占領軍がやったんじゃないんですね。日本政府がやったんです。現場の警官がやったんじゃありません。これは政府がやらせたんです。だから今、勉強したいとおっしゃるので、官房長官、私はその言葉に期待します。ぜひ調査して、こういうことに対してきちっとしていただきたいと思うんです。
 それで私は、同時に官房長官、もう一つお伺いしたいのは、米兵に対する性的慰安施設も国の政策として行われたわけですが、従軍慰安婦の問題についても、これは関与したというふうに官房長官談話は言っているんですけれども、私は、関与という言葉は非常に不適切だと思うんですね。現地の軍がちょっと先走ったとか、民間業者がやったことに思わず政府も協力してしまったとか、そういうようなニュアンスが関与という言葉にあるんですね。犯罪で言えば従犯的なニュアンスがあるんですけれども、私はまさにこれは政府の戦争政策遂行の一環としてこの従軍慰安婦の政策がとられたんじゃないか、ここが非常に重要だと思うんです。





でもそういった敗北、くやしさを抱きしめて(噛み殺して)日本は復興していったんだ
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2008年11月02日

原田信男、1993、「歴史のなかの米と肉」

 「日曜だから…」というわけでもないけどついったでごにょごにょ呟いてたら「この本読むといいぜ」ってはちっこがおすすめしてくれて読んだらおもしろかったのでお肉とお米の話。

 以下めんどくさいので引用カッコつき部分はついったログのコピペということで。んで最初のつぶやきでありきっかけ的興味関心から


シャワりながら、「昔の日本では血や肉が汚いもの・呪わしいものとされたんだけどそれは肉食を常態としなかったせいもあるのかな?そいや日本ではいつごろから肉食やめたんだろ」、とか思った


弥生(大和)に散らされた人たち(縄文系)は肉食ってたような印象があるけどどうなんだろ?海や川が近いところでは漁労を中心としていた、って書いてあったけど。んでも肉食うつったら山の民ぐらいか。シシ(獣)肉なんかそのまま猪肉みたいな意味だし

つか、血液感染的なものを経験的に知っていたので血を不浄とした、というところもあったのかなぁ。。そのあとで「肉食うと獣性がつく」的な物語がついていったのか?

「国土の関係で肉を計画的に生産できなかった」ってのも理由としてあるかな。日本は山が多くて放牧に適してないので肉牛を育てられなかった、って説明。んでも中国みたいに豚を小屋飼いにすればよかったんだけどそれは伝わらなかったんだよな

んでもそれだと「肉に希少性があったので物語を作って庶民にいきわたらせないようにした」という説明に近くなるか。おもろいのは昔の日本では金持ち・貴族とかも肉は嫌って食わなかったんだよな。

食うようになったのも江戸ぐらいで、それも一部の人が病気のときに精力つけるために鼻をつまみながら食った。肉のにおいが臭いので。江戸期には中国で豚の計画的生産してたように思うけど…(←調べてない


てか、肉さばき仕事=賎民仕事ってことで差別されてた人がやらされてきたわけだけど、その人たちは肉さばきに従事させられる以前に肉をさばくことに慣れていたので肉仕事につかされたのかな?あるいは単なる罰ゲーム的なものか


@jt_noSke そういう罰ゲーム的側面もあるのだろうけどそれに加えて被差別層とされる人たちが肉の扱いになれてたのかなぁ、と。被差別層って非弥生系の被侵略層だと思うので(被侵略層はダーティーワークさせられる)。縄文系の人たちは都から離れて暮らしたし


わかりにくいので最初の疑問に戻ると、「日本でも原始とかそれ以後ちょっとは計画的ではないとはいえ肉くってたはずなのに江戸時代ぐらいまではポッカリ間があいてる。その間の肉食ってどうなってたんだろね?」、ってことです。んで仮説的に「縄文系とか山の民は食ってたんじゃ」、と .


そんで、そこには肉食文化があったと思うんだけどそれ系の史料がないというか見たことないので。山の民(サンカとか?)のはあるだろうけど。マタギとか猟師とか



(※「@」つき発言のところは他人様へのレスということで)



んでこの本薦められたので読んだ

歴史のなかの米と肉―食物と天皇・差別 (平凡社ライブラリー)
原田 信男
平凡社
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 なので最初の疑問に対して一問一答式で回答しとこう。あとのpostにも重複するところあるかもだけど面倒だからいいや。



「弥生(大和)に散らされた人たち(縄文系)は肉食ってたような印象があるけどどうなんだろ?海や川が近いところでは漁労を中心としていた、って書いてあったけど。んでも肉食うつったら山の民ぐらいか。シシ(獣)肉なんかそのまま猪肉みたいな意味だし

つか、血液感染的なものを経験的に知っていたので血を不浄とした、というところもあったのかなぁ。。そのあとで「肉食うと獣性がつく」的な物語がついていったのか?」



最初の予想通り、弥生-大和系に散らされた人々、稲作を中心としない半縄文文化な暮らしを護ってた人々は肉食の習慣が続いてたみたい。代表的なのは北海道とか沖縄辺り。もともとの気候条件の影響もあるけど、稲作への過剰な集中もなかったので肉食と米ほかの穀類を併食していた、と。もともと日本の食生活はそんな感じで雑食っぽかったんだけど大和系律令国家が稲作を普及し税収を上げるために過剰な肉食禁忌をしいたため稲作一本になったみたい。つっても庶民は米なんかめったに食えなくてヒエとかアワとかくってたみたいだけど。

んでも大和支配下域内でも細々と肉食が続いていたところがあって、たとえば定住-稲作を生業としない流れ者系な人たちなんかは肉も食ってたみたい。それもあってかこういう人たちには差別の視線が向けられたようだけど「流れ者(=税を収めない)」ということによって差別がはじまったのか「肉食をしている」ということから差別がはじまったのかどちらが先なのかはハッキリしない。同様に牛馬の解体に携わる人には穢れ系の差別の視線が向けられたわけだけど、これも「肉=穢れ=差別」が先立ったのかもともと差別されてる人々だったから牛馬解体のような穢れ系の仕事が割り当てられたのかハッキリしない。

ただ、洋の東西を問わず食肉の解体は世間的に卑しい職業と見られる傾向はあるみたいだけど。日本でもなぜか肉に対する穢れの意識があり、肉食禁忌が本格的に布令される以前から「肉食=穢れ」とする通念があったみたい。んでもそれほど強烈なものでもなくせいぜい「死者が出たときにはしばらくの間肉食をしない」といった程度のものだったみたいだけど。


重要なのは律令国家が米の税収を上げるために肉食禁忌のイデオロギーを広めた、ということ。一番最初は天武天皇の四年ごろ。んでもその後もゆるく肉食はされてたみたいで何回かにわたって布令がされたりした。そんで平安期(9世紀〜10世紀)ごろに肉禁忌が本格化したらしい。このとき、仏教(大乗(小乗ではおk)や神道などの宗教イデオロギーを使って脅しがかけられたわけだけど、そのイデオロギーが効果があった理由としてはなぜかもともと社会的にあった「肉食=穢れ」的穢れが影響したものと思われる。

なので最初の「肉食=穢れ」通念の発生理由がたとえば血液感染とか栄養関連によるものだったかはハッキリしない。



ちなみに著者的には親鸞の「悪人正機」的なアレも肉食をするものへの赦し的な意味があったのではないか?というような視点をもっていた。よくしらないけど律令国家における制度(ex.税収など)の完成によってしめつけが強くなりそれへの反発として新仏教が立ち上がっていった、ってことだったのかな?


鎌倉仏教 - Wikipedia





「国土の関係で肉を計画的に生産できなかった」ってのも理由としてあるかな。日本は山が多くて放牧に適してないので肉牛を育てられなかった、って説明。んでも中国みたいに豚を小屋飼いにすればよかったんだけどそれは伝わらなかったんだよな

んでもそれだと「肉に希少性があったので物語を作って庶民にいきわたらせないようにした」という説明に近くなるか。おもろいのは昔の日本では金持ち・貴族とかも肉は嫌って食わなかったんだよな。

食うようになったのも江戸ぐらいで、それも一部の人が病気のときに精力つけるために鼻をつまみながら食った。肉のにおいが臭いので。江戸期には中国で豚の計画的生産してたように思うけど…(←調べてない


国土というか気候の関係で稲作に適していなかった地域で肉食が続いていた、というのはあるみたい。というか、「律令国家の国家領域に含まれなかった地域では肉食がおめこぼしされていた」といったほうが正確か。んでもその地域、たとえば北海道なんかの肉食は畜産系の計画的なものではなかった。沖縄では豚・山羊を飼うようになったけどそれも14世紀ごろからとのことで、内地では豚などを飼って食べてはいなかった、とのこと。

ちなみに日本と似た条件の朝鮮では肉食が残った。肉解体業には差別の視線が残ったが。

この理由としては「モンゴルの征服を受けて牛を飼う習慣がねづいた」とか「儒教は肉禁忌がなかった」とかいろいろ。「モンゴルの影響を受けて」なんてくだりは肉食禁忌がいかに偶然の産物だったか、というのを伺わせる。てか、日本の特異性。それが超国家主義の心理につながっていったんだろうけど


あと「肉の希少性」についていうと、計画的にお肉を生産していたわけではないので牛や馬などといった四足獣は希少性をもっていた。こういう肉は牛馬が故障するかなんかしないとでてこなかったみたい。そんで一部の武家なんかが食べていた、と。(肉の臭みを消すために味噌づけなんかにして)

あとは江戸の「薬食い」」とか。それも一部の商人ぐらい。


んでもそれ以外の肉、たとえば雉とかうさぎ、猪なんかはふつーにくってたみたい。「猪なんかは四足獣なのにね?」ってとこなんだけど一番の禁忌は牛や馬などの農業用トラクターを食べることにあったみたい。これ関連で言うと秀吉がキリスト教の布教に際して牛の肉を謙譲され「大事なお牛さまを食べるなんてどういうことだなや!」的に怒ってキリスト教布教をつっぱねた、って話があるな。まぁキリスト教入れると国家統制とりにくくなるってことでのタテマエだったのだろうけど。



「肉禁忌イデオロギーというのは農業トラクターである牛馬を食べることを禁ずるためにお米司祭である天皇を中心として作られていった」ということらしい。新嘗祭なんかはその名残、と。

なので武家の中には肉食ってるものもいたけど天皇、公家は肉くってなかった。


ちょっと思うのははみ出し者を率いて蜂起した後醍醐天皇なんかは肉くったのかな?ってとこだけど史料なし。



あとは重複するので次のつぶやきに移ろう。

「肉食禁忌のイデオロギーとしての仏教導入」ら辺。以下のpostでは「(体制保持のためのイデオロギーとして仏教を導入したけど仏教では肉食禁忌だったので)仏教の影響で(しかたなく)」肉食禁忌になったのか、それとも「(稲作-納税をもっときちんとさせるために)肉食禁忌させるため仏教を導入したのか」というところが気になってたっぽい。

印象としては両方ということで国家鎮守と体制護持的イデオロギーとして仏教導入したら肉食禁忌(-稲作の株上げ)もついててラッキーだった、ってことみたい。最初から肉食禁忌(「米しかないんだから牛馬を大切にしつつもっとキリキリ米作れ!」)なコンボを狙って仏教導入したのかどうかは不明。




あいかわらず日本におけるお肉の話(「歴史のなかの米と肉」)読んでる。どうやらお肉差別はやはり仏教的影響だったみたい。稲作のための雨降り祈祷および国家崇拝のためのイデオロギーとして仏教は利用されたわけだけど仏教では肉食はタブーだった、と


「仏教の影響」というのはなんとなく分かりつつもそれだけでは合理性が足りない感じがしてちょっとびみょー感があったしまだあるんだけど…。日本という国は宗教的戒律におおらかな国なので。自分たちの都合の良いように宗教ルールをアレンジするし


それで、肉食禁忌における仏教は単なるタテマエでもうちょっと合理的な理由、たとえば「米食に限定することで米をつかさどる天皇の権威性を上げる」とかその他にもう一個ぐらい、があるかと思ったんだけどその部分への記述はなかった。せいぜい「水田を耕すための牛馬を食われるとまずいので」ぐらい


日本における肉食はもともと猪と鹿が中心だったので牛とか馬はあまり関係ないんだけど…(武家社会などでキズついた馬を食べた、などというのはイレギュラー)…ちょっとこの辺びみょーだ


とりあえず該当箇所引用しとこ(p83より)


『農耕のみでは完結しない実際の庶民生活とは別に、仏教を国家鎮護の中核に据えた律令国家は、あくまでも農耕を社会的な生産活動の基本とし、なかでも稲作に特に力を注いだ。そのため当時の肉食と農耕に対する信仰との関係から、米の司祭者である天皇を中心とした古代国家は、農耕のために殺生禁断と放生を通じて狩猟・漁労を禁じようとした。多大な財政負担を覚悟してまでも、農耕社会を強く志向し、米を国家的な食糧として選択したのである。このため前代には一般的であった狩猟・漁労による動物食は、国家的な理念のレベルで、食膳からの後退を余儀なくされたのだ、と言えよう。』


あとは軽く肉食禁忌の思想的拡がりの応用として神道時代のそれ、「米食以外の区域において肉食は生き続けていたのではないか?(縄文人とのつながりは?)」という関心から北海道・沖縄における米と肉の展開、肉食への差別の具体例および変遷を見とこう



肉食禁止令が出されたのは天武天皇の五年だそうな。日本書紀にでとる、と。神武天皇のころには天皇も肉くってたんだって






だいたいそんなところかな。


あと、ちょっと思ったこととして


たまに「日本は稲作民族だから」みたいなこと言ってる人がいることについて、お肉とお米の話をみながらぼけーっと
 
ちょっと前から言ってるように米を司る天皇家ってのは弥生系であり、大陸から来た細い目の人々(天津系)ってことだと思うんだけど、武家はそれから周縁に追いやられた国津系っぽいかなぁ、と .

てか、国津系ともちょっと違うか。弥生分派ってことかなぁ。。とりあえず昔の武家はお米司祭でありお米権力的なところからは分派されたのね

そんでなにを主な生業にしてたかっていうと狩猟と漁労なわけで、武装はその兼業的なものだった

んで、そういう武家がしばらくすると周縁で力をつけて幕府作って権力関係を逆転していったわけだけど、そうすると「日本人は稲作民族」ってのも変だなぁ、と

「そんなこといっても日本人の大部分は定住して稲作してたんだから」っていうんだろうけどそれって半ばムリやりやらされてたことだからね。もともと狩猟の習慣があった人々をイデオロギー操作して稲作中心にし定住化したわけだし

肉食禁忌というのは移動と食糧選択の自由という二つの権利を奪うことによって計画的に税を納めさせるために用意されたイデオロギーだったと思う。そのために仏教、神道などが利用されていった

そういう慣習みたいなのは農協という形で受け継がれたりね。権力とは違うけど農協を中心としたお金-票田-ゆりかごから墓場までってセットはそういうのを思わせる


そんで、「騎馬(≠狩猟)民族と稲作民族だとどっちが残虐か」みたいな考えもあるかもだけどこれもびみょーというか… 武家はたしかに一時は武を好むけど戦争過ぎるとわりとサッパリしたところもあったかなぁ、とか。反対に稲作定住系の収税体制のほうがねちこい面はあるよね

そんで、武家もしばらくすると稲作収税の権力を握ることで定住的マインドになっていたわけだし…。なので、民族うんぬんってよりはシステムの問題のように思う




この辺のお米(とその対照としてのお肉)にまつわるドロドロとした恨みの歴史っぽいところから超国家主義の心理なんていうねちっこいものができあがっていったのかなぁ、とか思ったりした。





あと、おまけ



そいやくららか誰かが宮沢賢治が一日米五合たべてたのに驚いてたけど昔はそんな感じだったんだって。白米貴重だったので白米が食えるときは白米だけ食ってた。白米だけなので成人男性だったら一日に六合ぐらいは食う、と


そんで明治初期の陸・海軍ではビタミン不足で脚気になる兵士が多かったそうな。んで「栄養的にほかのものも食わせたほうがいいかも」議論が立ち上がりなに食わすかってことで肉食わせとけばいいんじゃね?案も出た。んでも肉食禁忌的偏見が生きていた時代だったのでなかなか肉食う気にならなかった


てか、「一気に白米やめることもないんじゃね?兵士も米のが慣れてるし。白米と一緒になんか食えばいいじゃん」って折衷案を森鴎外とかが唱えてけっきょくそんな感じになった、と


んでも海軍なんかはけっこう早くから非白米食(洋食系食糧)になれてたみたい。そんで兵士から不満も出てたようだけど。


ちょっと思うんだけどいわゆる海軍カレーってこういうのの名残か?まぁ、カレーは簡単に料理できるしこの時代にはまだないだろ、って気もするけど



うぃきぺ的には海軍成立当初からあったっぽいな

海軍カレー - Wikipedia

江戸時代後期から明治に西洋の食文化が日本へ入ると、カレーも紹介され、当時インドを支配していた大英帝国の海軍を模範とした大日本帝國海軍は、そこから軍隊食を取り入れた。


んでもこの記述的には本格的に導入されたのは日露戦争からっぽい


日露戦争当時、主に農家出身の兵士たちに白米を食べさせることとなった帝国海軍・横須賀鎮守府が、調理が手軽で肉と野菜の両方がとれるバランスのよい食事としてカレーライスを採用、海軍当局は1908年発行の海軍割烹術参考書に掲載し、その普及につとめた。肉は主に牛肉、太平洋戦争時には食糧事情の変化で豚肉も使われた。







--
関連:
muse-A-muse 2nd: ヤキニクヤケタカ?

※前にまとめた焼肉の歴史エントリ。上記してきたように日本はしばらくのあいだ肉禁忌だったこともあって肉をうまく食べることができなかったのでモンゴル(cf.ジンギスカン)の影響で肉食に慣れていた朝鮮系の人々によって日本の焼肉文化が開拓されていった、というのはなんかおもろい。とはいっても、肉解体業は朝鮮でも卑しい職業とされていたわけで、日本でその仕事に従事した人たちは「仕方なく」ってことみたいだったけど



日本の肉食文化の変遷(History of MEAT-EATING in Japan)

※検索してたらたまたま見つけたページ。上記でエントってきたことが具体的な事例あげて書いてある


posted by m_um_u at 13:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク

2008年10月13日

吉本隆明、1982、「<反核>異論」

ちょっと前に読んだ小熊さんの本の吉本まとめに違和感があったので吉本隆明の「反核異論」再読してみた。


「反核」異論 (1983年)
「反核」異論 (1983年)
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吉本 隆明
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違和感というのは小熊本では吉本をして戦争の影響で教養をつめなかったはねっ返り世代(前の世代へのクレーマー)的にまとめていたような印象があったんだけどそれだけでもないんじゃないかなぁ、と。

吉本の一個前の世代というと丸山真男辺りが代表的なものになるのだろうけど、丸山真男などが「社会的コミットによって正しさを再構築する」ってちょっとガチガチな感じで行っちゃったのに対して、「社会ってのは"正しさ”だけじゃないんだぜ?」的なオルタナとなったのが吉本たちだったんじゃないかなぁと思って。


「社会」というか「大衆」への視線といったほうがいいか。


正しさのフィクション - 論理的、理性的につめていくと「正しさ」的に硬直したりタテマエ-教条的になるところがあるけどそゆの回避して嗅覚でホンネみつけてくるっていうか。


大衆への視線ということだと鶴見も含まれるのだろうけど鶴見が(ハイカルチャー的なものに対する)大衆的なものを民主主義的な可能性として見ていたのに対して、吉本は大衆的な集合の暴力性のほうを問題としていたみたい。大衆のイナゴ的側面というか、民主主義のフィクション的な面というか…。

そんで、そういったものを問題としつつも否定せずそれをそういうものとして是認するというか…。まぁ、とりあえず、「社会ってのはそんなにキレイゴトばっかじゃないんだぜ」的に



吉本についてはそんなことを感じていたので小熊のまとめはちょっと違和感があった。そんでなんでこの本かっていうとfinalventさんとこでおぬぬめだったので


吉本隆明に教わったことは多いが - finalventの日記
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20060729/1154130638



んでまぁ内容なんだけど



当時の代表的平和運動である反核運動への批判は吉本的なコミットメントのない言説(泥をかぶらない場所からの言説)への批判って感じなんだけど改めてみてみるとほんとtwitterとかblogとかでたまにみる名指しdisみたいな過剰さで「だいじょぶかこの人?」って感じだった。

んでもいってることは正論。


(1)反核なひとたちはアメリカは批判するのにどうしてソ連は批判しないんですか?
(2)反核運動、反米運動を隠れ蓑にポーランド運動を見捨てることを正当化してるんじゃないですか?
(3)この時機に平和だけで理念的運動したって却って戦乱を招くんじゃないですか?(軍需物資の生産を停止すればそれに依存している国家は崩壊し戦乱を招く)


特に(3)関連の<三つのG>批判だと当時(82年)まだEUなんかもできてなかったころだけど汎欧州主義的なものを警戒してたし…。つか、このじじぃ英語読めないくせに「わたしが調べたところだとヨーロッパのそれと日本の平和運動のそれとでは事象に対するニュアンスが違う」ってどうやったんだろ?

いまだったら世界経済的なバランスも加味してうにうに読んだりするのかなぁ…。でも、当時の平和運動派に対する吉本のコンプレックスがここまでのポテンシャルを発揮させたのかもしれないのでびみょーといえばびみょーなんだろうけど。



とりあえず理性とか論理とかな「正しさ」一辺倒だと折れやすいんだろうからこういう生活の実感的なオルタナな部分も含めて考えていく必要があるだろうな、とか思った
posted by m_um_u at 09:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク

2008年10月06日

小熊英二、2002、「<民主>と<愛国>」

「民主と愛国」よんだので簡単に感想みたいなの


〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性
小熊 英二
新曜社
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おすすめ度の平均: 4.5
4 戦争体験が思想にどう影響したかを、ナショナリズムを中心に分析した本
5 自分であること
5 俺って愛国者だったんだ。
5 確かに『私たちは「戦後」を知らない』と言える
5 「心」と「言葉」から迫った戦後史



全体の話の流れとして戦後の日本の思想史を概括しつつ、<戦後民主主義は誤解されてるのでもう少し見直されてもいいかも>、って話。具体的には丸山真男、竹内好辺りの読解に誤解があったのではないか、と。

丸山真男は全共闘辺りで戦後思想の権威の象徴として糾弾されちゃったんだけどそれとは逆にもちあげられた竹内好と目指していた地点は同じだった。具体的に言えば両者とも公へのコミットメントの重要性を説いていた点で共通していたが竹内のほうがやや分かりにくくロマンチックな言葉使いだったため全共闘受けが良かったのだろう、って話。

公へのコミットについては戦後しばらくは「個人の欲求(エゴ)を廃して全体に寄与する」って路線と「全体の奴隷にならずに個人主義を全うする」って路線の2つに分かれてたみたいだけど丸山は「個を確立しその上で国家について考えることこそが本当の愛国」って感じで両者を止揚したみたい。(ウロ覚えながら)竹内はその逆方向から考えてたみたいだけどやっぱ「国とか社会のこと考えんといかんよね」ということでは共通していた。


その際、大衆の参加をどうとらえるかということについて戦前派、戦中戦後派、戦争を知らない戦後派で考え方が変わってきてた。

和辻なんかに代表される大正時代からの知識人の系譜を受け継いだ人たちは「エリート」って感じで大衆の参加なんか考えなかったみたい。戦前には西欧風の暮らしをし教育を受けていた人たちってのはごく少数で庶民からは隔絶された暮らしをしていたようなので無理もなかったのだろうけど。そんで戦後も「戦前の自分たちの暮らしが戻ればいい」ってことだけ考えてたみたいで丸山らに批判されていった(つか、袂を分かっていった)。

そういう世代は年寄りだったので戦争にも参加しなかったけど丸山たちみたいに戦争に参加し実際に前線に配置された世代はそこではじめて大衆というものに触れ、その考え方や残酷さに接した。要はエリートってことでいじめられたんだけど。その経験もあって大衆の残酷さとか、いざというときに一つの方向に向かっていく暴力性みたいなものを実体験した。戦後は「あの経験がなんだったのか?」「戦争はなぜ起こったのか?」って疑問を原動力に日本人や日本社会に対する社会科学的関心がもたれていった。それは丸山たちのような一部のエリートだけではなく社会全般にもあった。「世界」に掲載された丸山の論文「超国家主義の論理と心理」があれほど影響力をもったのはそういう背景からだったらしい。(社会全体が活字に飢えていたってのもあったみたいだけど

それからしばらくして日米安保と55年体制ができることで日本は経済的発展だけを目指せるような土壌が整い一気に高度成長に突入していく。人口がガンガン増えたせいで大学はかつてのような少数エリートなき感ではなくなり、それを期待して入った世代の不満がつのっていった。それと同時期にかつてA級戦犯とされた岸信介の主導のもとに新日米安保が締結されようとしていたので旧来の権威ともども「粉砕せよ!」ってことになった、と。

てか、彼らの欲求というのは当人たちも具体的にわかっていなかったようで、突き詰めていくと批判対象とされる丸山と似たようなこといってたりとよくわかんない要求だったみたい。要はマンモス化→受験戦争のフラストレーションの発散をしたかった、ということだった、と。

そんでここで担ぎ出されたのが吉本隆明。彼のテクストは独特の詩的文体から「なにいってんだかわかんない」って感じなんだけどそれがゆえになんかロマンティシズムをのっけるのにはちょうどよかったようで学生受けしたらしい。あと、吉本自身が戦中世代とはいっても理系大学すすんで兵役免除だったため戦争に対してみょーなロマンティシズムやら過剰な糾弾意識をもっていたようで、ひとつ上の世代である丸山らを攻撃していたのでちょうどよかった、と。

吉本たちの世代が一個上の世代にコンプレックスもってたのは高等教育を受けるべき時期に戦中だったためろくな教養が身につけられなかったから、ってのもあったみたいだけど。たとえばひとつ上の世代では当然とされたヘーゲルうんぬんとかそういうの。ヘーゲルうんぬんてのもいわゆる京都学派な人たちがこの辺を誤読して「国家>個人」てしちゃったのでしばらく誤解されてたみたいだけど。



まぁともかく、そんなこんなで日本における「個人と社会の関係」についての思想的なものは全共闘時代にいったんリセットされてしまったらしい。んでもベ平連運動辺りでふたたびその萌芽みたいなのが見えたみたいだけど。


その萌芽ってのは「上からあたえられたなんらかの正義」的なものではなく自分たちの頭で考えるってこと。自分たちの生活、大衆的な感覚の中から生じてくる普遍的な良心を共通項にしつつ国籍や階級、組織にとらわれない自由な連帯を志向するということ。そういうことだったみたい。

そういうのはいまでも難しい、っていうかいまだと突発的オフみたいなの頭に浮かぶけどアレは社会的コミットとか政治性とかないしな…。でも、ああいう自由な繋がりが「なんちゃって」って感じでつながっていくのが現代的ということなのかもな



posted by m_um_u at 21:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク

2008年03月05日

速水健朗、2008、「自分探しが止まらない」

自分探しが止まらない (ソフトバンク新書 64)
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ソフトバンククリエイティブ (2008/02/16)
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おすすめ度の平均: 3.5
5 己を知るということの難しさ
3 自分探しが終わらない人には、読むことをオススメします。
4 「自分探し」を否定しきれない人に




 読んだので感想です。

 ほかの人のエントリでもちょこちょこ書いてあるんだけど本書の主要な目的というのは「自分とは何か?(自他の境界とはどういうところにあるのか?)」ってところではなくなんかよくわかんないけど構築されてきた自分探しブームの周辺状況について事例網羅的に説明してあるところあるように思った。

 っていうか、あとがきで著者も言っていたように元々は「終身雇用や会社中心主義が崩壊した社会における、新しい労働のスタイルを取材し、まとめる」というところから立ち上がった企画のようだったので労働関係と自分探しの関連性についての記述がもっとも印象に残った。

 具体的に言うと、「自分探し」「夢追い人」的な就業スタイルとしてフリーターがある。これをして一部の人は「いつまでもフラフラして」みたいな印象をもつけどフリーターやその中心的価値観と思われる「自分探し」が生まれた背景というのは労働環境や教育内容の変化に依るものが大きいのではないか。

 1980年代に始まり1989年の教育改革により実行された教育モデルの変更により個性重視型の教育がなされるようになり「やりたいこと」や「個性重視」が徹底されるようになった。そういった改革がとられた背景としては従来型の画一的な労働者ではなく創造性に富んだエリート的な労働者を作り出そうとする狙いがあったのだろうが、その際「個性」や「やりたいこと」などといった教育内容が曖昧であったため非常に中途半端な教育成果しかでなかったらしい。「自分の中にあるなりたいもの(個性)を見つめなおしなさい」って教育がなされたみたいだけど個性やら自我やらは他者との関係の中で作り上げられていくわけだし…


 個性重視ということではよく成功モデルとして上げられるフィンランドのそれとは対極にあったということなのかな


フィンランドメソッドについて - るいネット


 ゆとり教育の失敗としては「ゆとり教育の理念そのものは良かったけどその内実について知っている教員を現場に配置できなかったという教育行政の失敗が原因」ってのがあるけどこの辺も絡みそう


muse-A-muse 2nd: 戯画化する教育環境と教育に関する意思決定の分権化について



 結果的にこの教育を受けた若者は「やりたいこと」や「個性」といった意識ばかり大きくなって実質的な力はなにも身につけられないまま就職の時期を迎えることになる。そしてここでも「個性重視」の洗礼が待っていた。1990年代の日本経済崩壊の影響を受けて年功序列から成果主義へと雇用基準が変化していく中で採用傾向も「個性重視」型のものへとシフトしていった。たとえば昔は「なんでもやります!」って意欲だけあってまっさらな人とか重宝されたけど採用基準が個性重視型にシフトした結果「目的意識」をもった学生が求められるようになった、と。加えて実質的には自分探し的な自己啓発本であり中身なんかないような就職活動本の心理的影響もある。

 個人的には具体的な目的意識とかそんなのもたれててもほとんどの現場担当者からするとウザいだけのようにも思うんだけど、まぁほとんどの企業がたいした目的意識もないままこの時流に乗ったのだろう。

 結果として、「個性的」で「やりたいこと」を持つように教育された若者たちは就業すると自分が「やりたいこと」とのギャップに苦しんで3年もたたないうちに辞めてくことになった。これをして大人たちは「最近の若い者は」とか「(3年なんてまだまったくの投資段階なのに)会社の負担をなんだと思ってるんだ」的なことを言うわけだけど、そういう意識を持つように求めたのは社会のほうだしなぁ。。

 著者はこの辺の事情をして、「人が自分探しに流される原因の一つに満たされない労働環境が反映しているのではないだろうか」、とする。


(180)「自分探し」という言葉が1980年代末に女性から始まり、1990年代半ばから若者全般に広がっていく流れは、労働市場の中で弱者が生み出されていった流れと一致する



 1990年代以降に明らかにフリーターの数が増加しているということは数字的には明らか。その背景として雨宮処凛さん的には「経団連が発表した95年レポートで雇用柔軟型(非正規雇用)枠が設けられたことで低賃金でいつでも使い捨てできる層が誕生した」としているみたいだけど山形浩生さん的には「非正規雇用が増えたのは世間的な気分が反映されたものでは?」ってところもあるみたいでどっちともいえないみたい。


 こんな感じで雇用意識のミスマッチみたいな情況が生まれてしまった。正規雇用を辞めてフリーターを選ぶのはこういった環境からの脱出経路の1つのわけなんだけどそういった道を選べなかった人たちはどうなったのか?

 本書に記されていたかどうか失念してしまったけど自己啓発本的なものはそういった人たちが過酷な労働環境に耐えるためのストレス発散的なもの(サプリメント)的な使われ方もしてるみたい。

 でも、その程度のサプリでは自らの精神のバランスを保てなくなった人たちがスピリチュアルみたいな内側世界へと旅立ったり、バックパックを背負って外国旅行とか「自然環境の中で自分を見つめなおしたい」とかいった外側世界での自分探しに旅立ったりする。自己啓発本やスピリチュアル、ホワイトバンドを始めとした善意の搾取的な商品というのはこのような「自分探しホイホイ」的なものに含まれるものなのだろう。

(付言すると、GTDとかライフハックみたいなのも「ニューソート」っていうスピリチュアル系なやつが源流みたい。「悪い方向に考えると能力が出せない」とかなポジティブシンキング的なアレとか)




 この辺の「やりたいことをやれ」とか「環境が悪いならその職場を辞めてほかのとこに行け」的な話って最近某所でうにうにやってる話題を髣髴とさせるなぁ。確かに情況に不満がある場合そのときのリソースやコスト、リスクなんかを計算して合理的な判断を下すことは間違ってないと思うんだけど、その言説が他者に向いているとき、発話者の成功体験みたいなの語ってもその話を聞く人とでは能力やしがらみ、金銭・時間的リソースなどといった環境面での違いがあるわけだからそれを考慮していない場合は単なる自慢話にしかならないように思う。あるいは「自己啓発」って感じ。

 けっきょく仕事とか恋愛でもそうだろうけどそういうのってめぐり合わせであり、そういっためぐり合わせの中でどれだけ腰をすえてやれるか(その中で自分がどのように変わっていくか)ってことなので「やりたいことをやれ」的にキメ打ちな話されるよりも「嫌いなことを嫌々続けた中での成功話」みたいなののほうが普遍性あるのだろうね。

 そういうのとは別に夢を追って自己実現っていうのもあるだろうけど、それも単に楽したいがためだけに努力を避けて夢に逃げるとかいうのは通用しないだろう。結局はなにかに向かい合うってことは自分自身の問題なわけで簡易な成功本なんかには頼れないように思う。

 成功した(?)人がその辺りについて理解できないのはまだ途上にあるからなのかもしれないね



You can't build a reputation on what you are going to do.
-- Henry Ford




--
関連:
コラム≫IT戦略/ソリューション-【速水健朗氏インタビュー】拡散する自己啓発と自分探しムーブメントを読む:ソフトバンク ビジネス+IT

republic1963さんによる速水さんインタビュー記事。「自分探しが止まらない」は若者を小馬鹿にした俗流若者論としてとらえられがちだけどむしろその逆の意図で書いた、ことなどについて。


muse-A-muse 2nd: 「プロジェクト・フィンランド」だそうです

※「プロジェクト・フィンランド」についての回覧板。そういやフィンランド外交史洗ってねぇな。。


muse-A-muse 2nd: twitterの教育利用とネットワーク時代の教育法について

※<PCとネットワークを介して課題設定 - フィードバック - インタラクティブ的に指導・教育>みたいな教育システムについて。先生と生徒が上下関係ではなくフラット(あるいはネットワーク的に)繋がるということではフィンランドのそれに近いように思う。(てか、twitterの教育利用話を掘り下げてなかったのを思い出した。。)



muse-A-muse 2nd: 「ギゼン」や「正義」的なものへの警戒によって互助の気持ちを疑うのってどうなんでしょうね?

※善意の搾取的正義商品にのめりこんでいく人たち(?)がいる一方で善性そのものを疑うのはびみょーだね、って話。↓も

muse-A-muse 2nd: 「それはほんとに正しいことなのか」って見極めは難しい



muse-A-muse 2nd: フランク・ゴーブル(著)、小口忠彦(監訳)、1972、「マズローの心理学」

※↑の「善性への意志」関連で。「人の精神が成長するにつれて社会貢献的なものを志向するようになる」ってのはマズローの5段階欲求なわけだけど成功者というのは往々にして社会貢献的な意識が強く、それによって自己実現している人が多い。では、社会貢献的な意識(社会への善性)と社会的成功には相関があるのか?、って話。社会貢献的意志と社会的成功が繋がっている場合、どのように社会貢献的意志が育まれたのか?それはなぜ折れなかったのか?その意識は社会的成功をどのようにサポートするのか?ということについての説明が欲しいけどその部分はびみょーなように感じた。・・まぁ、もそっと関連書を読む


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2008年02月13日

村上春樹、2007、「走ることについて語るときに僕の語ること」

2006年の6月ぐらいからジョギングをはじめてぼけーっと続けてるんだけど最近になってちょっと楽しくなってきてる。たぶんついったーでhebomeganeなんかのアドバイス聞いたりして刺激受けたからだと思うけど、そのほかに距離が伸びたからかなぁ、とか。

始めた頃は3kmぐらい走ったらもう足がガタガタで呼吸も乱れまくりだったのにいまは8kmぐらい走ってても歩いてるときと呼吸が同じ。12km走り終わってもスタミナ面ではまだ走れる感じがする。なのでこれからしばらくは足の筋力を鍛えたほうがいいのかなとか。5km走るのが苦しかったときもスタミナ切れではなく脚がしんどくなってる問題が気になって走り終わった直後に足の筋トレするようになったら走れるようになったし。(ちなみにスクワットとか鉄アレイもっての背伸び運動やらを地味にやってた)

あと、最近だとこの本の影響もあるかな


走ることについて語るときに僕の語ること
村上 春樹
文藝春秋 (2007/10/12)
売り上げランキング: 206
おすすめ度の平均: 4.5
5 古い作家像を叩き壊し、21世紀の作家像を提示
5 村上春樹が好きな方もそうでない方も読む価値ありかと思います
5 山羊座のA型的性格



まだ全部読み終わってないので全体的な感想はいえないけど、なとなく気になったり共感した箇所をてけとーに引用


 僕は走りながら、ただ走っている。僕は原則的には空白の中を走っている。逆の言い方をすれば、空白を獲得するために走っている、ということかもしれない。そのような空白の中にも、その時々の考えが自然に潜り込んでくる。当然のことだ。人間の心の中には真の空白など存在し得ないのだから。人間の精神は真空を抱え込めるほど強くないし、また一貫してもいない。とはいえ、走っている僕の精神の中に入り込んでkるそのような考え(想念)は、あくまで空白の従属物に過ぎない。それは内容ではなく、空白性を軸にして成り立っている考えなのだ。
 走っているときに頭に浮かぶ考えは、空の雲に似ている。いろんなかたちの、いろんな大きさの雲。それらはやってきて、過ぎ去っていく。でも空はあくまで空のままだ。雲はただの過客(ゲスト)に過ぎない。それは通り過ぎて消えていくものだ。そして空だけが残る。空とは、存在すると同時に存在しないものだ。実体であると同時に実態ではないものだ。僕らはそのような茫漠とした容物(いれもの)の存在する様子を、ただあるがままに受け入れ、飲み込んでいくしかない。


 誰かに故のない(と少なくとも僕には思える)非難を受けたとき、あるいは当然受け入れてもらえると期待していた誰かに受け入れてもらえなかったようなとき、僕はいつもより少しだけ長い距離を走ることにしている。いつもより長い距離を走ることによって、そのぶん自分を肉体的に消耗させる。そして自分が能力に限りのある、弱い人間だということをあらためて認識する。いちばんそこの部分でフィジカルに認識する。そしていつもより長い距離を走ったぶん、結果的には自分の肉体を、ほんのわずかではあるけれど強化したことになる。腹が立ったらそのぶん自分にあたればいい。悔しい思いをしたらそのぶん自分を磨けばいい。



走ってるときはいろんなこと考えたりしてるようで思考が分散して一つの思考にまとまらなかったり。でも考えてないかというと考えてる。でも集中して一つのものを紡ぎ出しているって感じでもない。そんなことを気にしながら走ってるうちにただ走ることに意識が集中していく。頭の中を巡っていた嫌なことも全部、走るという行為に踏みしだかれていく。そういうのはなんだか禅(千日回峰)みたいだなぁ、とか。

その意味では村上がサロマ湖の100kmマラソンに挑戦ときの話が印象的だった。


変な話だけど最後のころには肉体的な苦痛だけではなく、自分が誰であるとか、今何をしているだとか、そんなことさえ念頭からおおむね消えてしまっていた。それはとてもおかしな気持ちであるはずなのだが、僕はそのおかしさをおかしさとして感じることさえできなくなっていた。そこでは、走るという行為がほとんど形而上的な領域にまで達していた。行為がまずそこにあり、それに付随するように僕の存在がある。我走る、故に我あり。


ウルトラ・マラソンの体験が僕にもたらした様々なものごとの中で、もっとも重要な意味を持ったのは、肉体的なものではなく、精神的なものだった。もたらされたのはある種の精神的虚脱感だった。ふと気がつくと、「ランナーズ・ブルー」とでもいうべきものが(感触から言えばそれはブルーではなく、白濁色に近いのだが)薄いフィルムのように僕を包んでいた。ウルトラ・マラソンを走り終えたあと、僕は走るという行為自体に対して、以前のような自然な熱意を持つことができなくなってしまったようだった。もちろん現実的に肉体的な疲れがなかなかとれなかったということもあるけれど、それだけではない。「走りたい」という意欲が、自分の中に以前ほどは明確に見出せなくなったのだ。何故かはわからない。しかしそれは打ち消しがたい事実だった。僕の中で何かが起こったのだ。日々のジョギングの回数も距離もめっきりと減っていった。
 そのあとも前と同じように毎年一度はフル・マラソンを走り続けた。言うまでもないことだが、生半可な気持ちでフル・マラソンを完走することはできない。だからそれなりに真剣に練習をし、それなりに真剣にレースを完走した。しかしそれはあくまで「それなりに」の領域にとどまっていた。僕の身体の芯に、何かしら見慣れないものが腰を据えたようだった。ただ単に走る意欲が減じたというだけではない。何かが失われたのと同時に、新たな何かがランナーとしての僕の中に生じたのだ。そしておそらくは、そのような出し入れのプロセスが僕に、この見慣れぬ「ランナーズ・ブルー」をもたらすことになったのだ。
 僕の中に生じたもの?ぴったりとした言葉が見つけられないのだが、それはあるいは「諦観」に近いものだったのかもしれない。


 タイムは問題ではない。今となっては、どれだけ努力したところで、おそらく昔と同じような走り方はできないだろう。その事実を進んで受け入れようと思う。あまり愉快なこととは言いがたいが、それが年を取るということなのだ。僕に役目があるのと同じくらい。時間にも役目がある。そして時間は僕なんかよりはずっと忠実に、ずっと的確に、その職務をこなしている。なにしろ時間は、時間というものが発生したときから(いったいいつなのだろう?)、いっときも休むことなく前に進み続けてきたのだから。そして若死をまぬがれた人間には、その特典として確実に老いていくというありがたい権利が与えられる。肉体の減衰という栄誉が待っている。その事実を受容し、それに慣れなくてはならない。
 大事なのは時間と競争することではない。どれくらいの充足感を持って42キロを走り終えれるか、どれくらい自分自身を楽しむことができるか、おそらくそれが、これから先より大きな意味をもってくることになるだろう。数字に表れないものを僕は愉しみ、評価していくことになるだろう。そしてこれまでとは少し違った成り立ちの誇りを模索していくことになるだろう。



この辺を読んでいて少し前にジョグノート阿修羅のひとが書いておられたことが頭に浮かんだ。


改めて、今後の夢は・・・・・・。 その夢は、五大陸横断フットレースかな??(笑) 最近、マラソンには全く興味がなくなりました。 スピードを競うだけのレースは、卒業しました。 その卒業記念として、Honolulu Marthon2007では、"2時間48分(ネット)"を達成!! でも、もう暫くは、もう結構です。(笑) 過去13回参加したHonolulu Marathonも、同じく卒業!! 次の大きな目標は、スパルタスロン2008を完走すること!! その前に、萩往還250キロ、日本縦断フットレース、川の道フットレース、トランスエドを走ってみたい。 さらに、トランスヨーロッパフットレースくらいの5000キロの走り旅に出てみたいね。



ウロ覚えだけど阿修羅のひとも50歳ぐらいじゃなかったっけ?(あるいはもっと高齢の方だったか) 

いずれにしても日常のトレーニングで100kmとかってあり得ないって感じだったけど村上とAloha!Moanaさんのこの辺の記述を見ていてちょっと考えが変わった。

そういえばジョギングを始めたころは「ダイエット目的で走り始めたんだから5km以上は走る必要ない」とか思ってたんだけどだんだんと走ること自体が楽しくなってきてる。楽しいっていうか、あのなにも考えない状態になって削られていく独特の感じ、身体が自動化する感じを味わいたいというかそんな感じになってきてる。そして「どこまで走れるんだろう?」って距離を伸ばしていっている。

「スピードじゃない」って感覚はジョギング始めた初期のころにつかんでそれで段々とジョギング的な走りになっていったんだけどいまは再びスピードを意識してるか。hebomeganeにいわれた、「20kmを1時間半で走れるようになると楽しくなるよ」ってのが頭に残ってる。なんとなくだけどいまのペースだったら行けそう。(12km程度しか走ってないけど)

そういう感覚も距離が伸びていくにつれてなくなっていくのだろうか。要らない自意識みたいなのが削れて丸くなっていくのかな?(転がる石のように < 転がる意志のように)



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関連:
極東ブログ: [書評]走ることについて語るときに僕の語ること(村上春樹)


「走ることについて語るときに僕の語ること」/村上春樹 - 空中キャンプ


Kousyoublog | 「走ることについて語るときに僕の語ること」村上春樹著


posted by m_um_u at 23:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク

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