2013年11月19日

阿部謹也、1998、「物語 ドイツの歴史  ドイツ的とは何か」


物語 ドイツの歴史―ドイツ的とはなにか (中公新書)
阿部 謹也
中央公論社
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(4) ドイツという表記の現れる限りで最も古い形は、786年にアミアン司教ゲオルクがローマ教皇ハドリアヌス一世に宛てた書簡の中で、教会会議において「ラテン語と theodiscus によって決定事項が読み上げられた」と伝えている文章の中の theodiscus である。この言葉を巡って議論が沸騰しているのである。この言葉はゲルマン語の theudo-volk 民衆を意味する語に、出生、起源、所属を示す接頭辞 iska がついており、意味は「民衆の」「民衆に属する」となる。したがって lingua theodisce は民衆の言葉という意味になる。


なんのことだかわかりにくいけど要するに、

<「民族とは言語である」ということだし国民以前に民族があったってことを前提にしてる。で、そこで使われてた「われわれ」を表す言葉、と、「われわれ」意識をもっていた人々が「ドイツ」の初源>

、という筋に沿った話。

フランク王国とローマ、フランク語とロマンス語、二つの言語のヘゲモニーの中でフランク人とガロ・ローマ人の間に民族対立が起こり、ロマンス語化優位の状況の中で危機にひんしたフランク人の一部が「われわれの言葉」を意識していたのだという(レオ・ヴァイスゲルバー)。


ヴァイスゲルバーの「民族=言語」という見方に阿部は少し距離を置きつつ「しかし、theodiscus が後のドイツ語となっていったとはいえるだろう」という。ドイツ語はもともと「民衆の言語」という意味であったし、「民衆の言語」がそのまま国号「ドイツ」になっていった。・・といわれてるけど 「theodiscus」と「deutsch」が直ちにつながらないのでぐぐるに

英語でオランダ語のことをDutchというが、これは「ドイツ」を意味するDuitsという語が変化したものである、と前回のオランダ語の記事にて書いた。では当のドイツ人達は自らの国および自らの言語のことを何と呼んでいるのか。
答え。彼らは、自らの国のことはDeutschland、言葉のことはDeutschと呼んでいる。Duitsは無論このDeutschと同語源である。
では更にこのDeutschの由来を探っていくとどうなるかといえば、最終的にはラテン語のtheodiscusなる語に行き当たる。これは「民衆の」という意味の古高ドイツ語の形容詞diutiscから派生した語である。
これはなんとも象徴的なエピソードであって、ドイツ語は歴史的に見た場合、「庶民の言語」、あるいは「文化レベルの低い言語」として馬鹿にされてきた年月が長い言語なのである。啓蒙専制君主として名高いフリードリヒ2世(大王)が後進的なドイツ文化を嫌い、フランス語で日記を書いていたのは有名な話であるが、もっとひどい話もある。

【言語散歩】ドイツ語(1) - 言語散歩
http://d.hatena.ne.jp/jfurusawa/20100413/1271175660


さらに詳細だとこの辺(内容としては同じ感じ)

「deutsch」の語源とその周辺 Lingua-Lingua/ウェブリブログ
http://lingua-lingua.at.webry.info/201009/article_2.html




いずれにしてもこういう「われわれ」なぼんやりとした民衆意識、民衆言語なドイツの時代は8世紀末、ドイツ史が歴史上に姿を表すのは9,10世紀以後


<カロリング王国が崩壊したとき、その東半分に住む人々がそこで用いていた言葉によって「ドイツ人」と呼ばれるようになった>


とのこと




「ドイツ人とは何者か」「ドイツ的とはどういうことか」

「生物学的答えはないが、その民族的個性は歴史的に形成されてきたものとして歴史的に答えが出されなければならない」


ノルベルト・エリアスによると「ドイツ人」「ドイツ的」とは「かつての帝国の斜陽、とそのプライドに基づいたコンプレックスやねじれ。現実的視点を欠いたロマンティシズム的な反動」ということになりそう。

神聖ローマ帝国としてヨーロッパの中心だった「ドイツ」は宗教改革 → 主権国家形成の動乱において中央集権化におくれをとった。ほかの諸国が中央集権国家を形成していくときにドイツでは逆に中央集権国家を解体していた。そして30年戦争によって人口の3分の1を失うという実際的なダメージを負った。

エリアスによると、この不幸な体験がドイツ人の飲み方にも影響した、とかなんとか。ドイツ人の宮廷でも上流社会でも泥酔するまで酒を飲むことを認めながら自分を抑制し、羽目を外さない飲み方はこういう深い不幸感から生まれたものだという。

 オランダやイギリスでは市民は貴族に比べて二流の位置にあったが、都市だけではなく、共和国を代表して中世以来の自治の伝統を引き継ぎ、武器ではなく、言葉によって意見をまとめる集団として形成されていった。
 それに対してドイツでは、命令と服従という軍事的モデルが都市のモデルを圧倒していったのである。こうしたことからエリアスはドイツとオランダの親子関係の違いを説明できるという。オランダ人はドイツ人よりも子供を放任しており、オランダの子供のほうが行儀が悪いのは、こうした関係の違いによるというのである。
 またドイツのブルジョアの代表者たちには、政治の重要な地位に達する道は閉ざされていた。ドイツの文化がもつ非政治性は、そこにも原因をもっていたのである。ドイツが長い間求めてきたものはドイツの統一、分邦体制の終焉であった。


その悲願を軍事的に解決していったのがプロイセンだった。それはドイツ市民階級に対するドイツ貴族の勝利であったという。


「市民階級に対する勝利」という言い方をすると民主主義に対して否定的なニュアンスがあるけれど、実際、フランス-イギリスと違ってドイツ圏域では市民階級が近代的理性をもったものでもなかったので。

市民というか手工業者と商人ほかの准貴族・貴族階級との差がはっきりしており、市民は政治参加の意識やセンスが薄く、せいぜい読書協会・音楽協会を通じて文芸的理知を深めていっていた、ぐらい。

そういう背景もあってビスマルクが出てきた時には「鉄血主義」的なところが目立った。現在から考えれば単なる現実主義な実務家にすぎないんだけど、当時のドイツからするとそれでも冷酷なそれに見えたのだろう。

ヒトラーとナチスが受け入れられたのもこういった背景からのように思われる。

つまり、文芸的ロマンティシズムに基づいた理想的ではあるけれど非現実的というドイツの国民性は実務的なところは「外部のもの」として預けるところがあったのではないか?そしてプロイセンのフリードリヒ大王ほか一部の実務的カリスマがそれらを引き受けたので、ドイツの実務的な面も外国から印象として残っていったのだろう。


ハーバーマスの公共圏論がドイツではなくイギリス発祥のカフェ文化に公共圏の理想を見るのはそういった経緯もあるのだろう。ドイツでは一部のエリートは理性的で現実的な面をもつが、市民社会的なものは文芸以外では駆動しなかったので、文芸的公共圏の語らいがそのまま政治・経済的なセンスに繋がっていたイギリスやフランスの例は理想的に思えたのではないか?かつてヘーゲルがナポレオンに自国を侵食されつつも「世界精神が行く」として精神の現象学の理想としたように。


そして、そういった現実感を欠いたロマンティシズム先行の酔っぱらい主義は同時にマッチョイズムも帯びる。

決闘の慣習はかつてヨーロッパ全域の貴族に見られたものだったが、他の国では市民階級の台頭とともに廃れていった。しかしドイツでは中産階級が貴族モデルを引き継ぎ決闘は中産階級の学生の間に広がった。


エリアスによると、このような「幻想 → 暴力的即断」なロマンティックなマッチョイズムが暴力行為や社会的不平等を公認する背景となり、ヒトラー登場の前提のひとつになったことは確かだ、とのこと。(文献目録にどこからの出典か見当たらなかったけど「ドイツ人論」かなあ)

ドイツ人論―文明化と暴力 (叢書・ウニベルシタス)
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彼は母親の命を奪ったナチズムや1970年代のテロリズムなどドイツの「暴力」に解明を加える。『文明化の過程』第二部以降と同じ「ふるまい」の水準で、国家統一=国家の暴力独占が遅れ、貴族と市民が交じり合わなかったドイツで「決闘」など戦士的行動基準が残り、1871年の統一後市民層に広がったと、彼は論じる。「外的強制」に依存するこのハビトゥスが暴力を可能にしたと、ある程度はいえるだろう。だがこの本がより強く照準するのは、むしろ『文明化の過程』第一部で検討を中断した「自己意識」の水準である。// 彼は、ドイツ市民層が「文化」=人類に妥当する「ヒューマニズム」から「ナショナリズム」の自己意識へと移ることを描く。暴力独占の存在する国内空間だけに生きていた彼らが、「民主化」により国家間の空間を担うとき後者に近づく。とくにドイツでは、神聖ローマ帝国以来の敗北と縮小の歴史による「傷つきやすい」自己意識、分裂を恐れて「完全」で「理想主義的」なナショナリズムを抱く傾向(より安定的な国家形成過程の結果、葛藤を可能にする議会制と両立しえたイギリスのそれと対照的に)が生じる。この理想は統一以後膨張するが、第一次大戦の敗戦で「挫折」する。その後だれも提供できなかった「新しい誇り」を与えたのがヒトラーであり、その「夢の帝国」は「認識のショック」から人々を守る「集団的幻想の繭」として機能する。国家間で自己意識が相互エスカレートする過程、ワイマール期にテロリズムが拡大する過程などを描きながら、エリアスは「挫折」によって膨張したこの「夢」=「他民族を排除したドイツ」を部分的にでも実現するためにユダヤ人の虐殺が行われたと指摘する。

UT Repository: 文明化と暴力の社会理論 : ノルベルト・エリアスの問いをめぐって
http://bit.ly/1hTnthE


つまり、文芸的ロマンティシズムに基づいた強権的父権主義+マッチョイズムがドイツの国民性ということ。それは日本における頑固親父的なものだし、古い日本人男性の心性と近いもののように思える。


プライド高く、外面的にはカタカナ的なタテマエ(理性)を理想的に説くが、それは生活的実感から離れた理想論であり、実務面は他者に丸投げ。タテマエとしての理性と理想なだけなので実際的な運用や必要性としてはきちんと理解してるわけではなく、そこにプライドが憑依するのでタチがわるくなる。加えて言えば、そういった土壌にドイツの不幸な歴史、マルクス当時の無産市民層の悲惨が加わり表面的理想論を唱える際の感情的資源となっていったのだろう。

マルクスの生きていた時代は「ブルジョワのせい」ってよりは30年戦争や宗教改革による価値の転換とそれを受けたアノミー、ナポレオンの侵攻を受けてドイツ国内はドタバタな情況になっていた。ドイツが社会構造の転換、リソース配分に失敗した結果だったと思うけど(実際、イギリスやフランスでは理性的ブルジョワ層がきちんとした舵取りを先導していったようだし)。

少し本題から離れるけどマルクス当時のドイツの状況について。フランス革命の影響は未だ身分分化のはっきりとしていたドイツに身分制約の解体をもたらした。突然の「自由」の導入は一部の資本家には利益となったが従来型の暮らしに慣れていた農民や手工業者に身分や仕事が固定していた時よりも不幸を強いるようになった。農村ではわずかの土地しか持たない小農は農村プロレタリアートとなり日雇い、ケッター(土地なしのアルバイト農民のようなもの)なとになっていった。都市でも同様で零細手工業者たちはすべてを失いブルジョワ上層部に不満を募らせていった。この状況に反して人口は増加した。しかしその人口を養えるほど農業技術は進歩していなかった。都市でもベッドもなく家具もない家で昼食もなしに過ごさなければならない人々があふれた。

旧来の領邦都市の囲いが未だ強かったドイツ内部では都市ごとに関税も違っていた。これをようやく修正できたのは鉄道敷設の影響に依る。鉄道を敷くときにも旧来の非合理的なドイツ人はその有用性を理解せずビスマルクに反対した。しかしなんとか鉄道を敷いたことによってようやくドイツがそれまでの「領邦都市(国家)ごとの小宇宙」ではなく「ひとつのドイツ」となる産業的土壌ができた。

ドイツにおいては特に都市の囲いが強力だった。都市はローマ衛星都市「キヴィタス」から発生したということも影響してか、都市の外部、「都市以外」を「異界」として閉めだしていった。教会圏≠文明圏の外の「異界」として。

そして、都市の上層市民の人生観は、「他の都市」や「都市以外の棲家」をショートカットして、「宇宙」へと直接につながっていった。たとえばカントなどもそういったリアリティから例外ではなかった。

そこから生まれた理性は、見えている範囲や神学的に教えられた範囲では優秀であったのだろうけどそれ以外の外部、自分の住む都市以外の現実に対する認識は低かったのだろう。

つまり、政治や経済的現実認識に欠いた人文的セカイ認識、ということ。

ドイツはフランスやイギリスと違って政治的には一国の体をなしていなかった。人々は読書協会や音楽協会であつまり、文化的な活動の中に自己のアイデンティティをもとめていたが、それは政治に期待が持てない人々の自由を求める運動であった。逆に言うと、この土壌があったのでドイツ的な人文領域が拓けた、ともいえるのだろうけど。

ゲーテの才能が際立ったのも、ニーチェがやたらペシミスティックな地点をスタートとしたのもこういった背景がある。


バラバラだったドイツはナポレオンの侵攻によって逆説的に「ドイツ国民」としてまとまっていった(cf.フィヒテ「ドイツ国民に告ぐ」)。



「政治オンチでプライド高く、外面的にはタテマエ(理性)を理想的に説くが、それは生活的実感やリアリズムから離れた理想論であり、実務面は「えらいひと」に丸投げ」

そういった国民性は当時の日本を思わせる。

ゲゼルシャフトをタテマエ的に移入し、実質的運用は「えらいひと」に任せてゲマインシャフト的なところを理性化(文明化)できなかったところも。

結果として理性が暴走していった。



そして、そのような土壌、背景から生じた不満をナチスのやり方(魔女狩り促進的なそれ)やデフレが後押ししていった。


「ヒトラーを支持したドイツ国民」ロバート・ジェラテリー 著 | Kousyoublog
http://kousyoublog.jp/?eid=2985

ラルス・クリステンセン 「ヒットラーを権力の座に押し上げたのはハイパーインフレではなくデフレである」 − 経済学101
http://bit.ly/1hTqcaY



この辺りの話は「日本が全体主義に向かったのは軍部だけのせいではない(むしろ新聞も含めた世論がオーバードライブしていった)」というのと似ている。監視の内面化と市民側からの能動的な密告の様子も魔女狩りに近い。


主要な点は、<「ナチスが全て悪い」「新聞などで知らされていなかった」ではなく、かなり知っていて、ヒトラーに同意を与え、支持していた>、ということなのだろう。

その意味ではアーレントのアイヒマンレポートとも通じる。


映画「ハンナ・アーレント」オフィシャルサイト
http://www.cetera.co.jp/h_arendt/

ヒトラーは、決して、始めから強権的だったわけではなく、圧倒的多数の国民の支持を得ることにもかなり配慮していた。 そして、圧倒的多数の国民が賛成する、少数者、つまり、犯罪者、病人、外国人、共産主義者などなどを、排除していった。
ドイツのユダヤ人は、要職など、それなりの地位を占めていて、いきなり反ユダヤ主義を激しく活動したわけではない。 すこしずつ、徐々にアウトサイダー化されていった。


ドイツは権威主義家族の類型に入る。 カインのアベル殺害が失敗しなかったように、権威主義家族の中の兄弟は、ひとりが選ばれ、もうひとりは排除される。 長子相続など、分割せずに父の財産を相続するメカニズムは、継承と同程度に排除でもある。 兄弟の不平等であり、すべての個人は、同等の場所と価値をもっていない。 つまり、すべての人間が平等であるとは考えない。 更に、すべての民族が平等であるとは考えない。 「そこには、あらゆる特殊主義、自民族中心主義、普遍の拒否が凝縮されている」と、説く。


ナチズムは、「社会民主主義イデオロギーの激烈な解釈であり、国家原理と外国人嫌いを究極的な狂気にまで突き進めた」ものと、説く。 

映画「白いリボン」と、エマニュエル・トッド、ロバート・ジェラテリーにみるドイツ Dora_PaPa_san's_Page
http://bit.ly/1hTqYop


ヒトラーだけでなくビスマルクも大衆に訴えてそれを正当な手段とすることに長けていた。

ビスマルクをはじめとした実務家に共通していたのは過去の独裁支配を未来の大衆民主主義と結びつけたところにあった。

イデオロギーに基づいた夢よりも冷静な計算に基づく政策、官僚制と軍隊を政治の道具として用い、王権や貴族、時には議会などの障害となる勢力に対しては大衆に訴えた。

ナポレオン三世やディズレーリ、カミロ・カブールのようなリアリズムに基づいた実務家たち。

広範な視野も併せ持つこういった政治家の資質をマルクスはボナパルティズムと呼んだ。



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補遺1:
教会が入ってきたことに依る変化メモ


カトリックの教義の中には様々な形で贈与慣行がはいっていたので一般の人にも馴染みやすかったが、ルター以後贖宥は否定され人と人との関係が神に対する絶対的帰依を基準にされるようになった。

このようなキリスト教の変化も社会的不安の背景になったと考えられる。

かつて教会が担っていた結婚、家族、学校と教育制度、ならびに貧民問題や社会福祉を領邦国家が担うようになった。それは国家の要となっていった。

不安定な人間関係の中で生きなければならない人々は疑心暗鬼となり、特定の人を魔女として指弾し、そこに恐怖の原因を求めるようになった。



cf.
石川雅之、2013、「純潔のマリア(3)」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/378787952.html





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補遺2:
中世の音楽メモ

天上、地上、人の音(キリスト教展開以降)
それぞれに楽器が異なり、たとえば天上の音を表現したのは竪琴

グレゴリオ聖歌
モノフォニー

カール大帝はグレゴリオ聖歌を全域に伝えた(音楽で伝導)
「聖歌はこの世のものとは思われない雰囲気をつたえ、ひとびとの信仰心を誘った」

モノフォニーからポリフォニーへ  → 交響曲



もともと大宇宙(≠自然ほか異界)と小宇宙(≠人間の世界、都市)にわかれていた世界をキリスト教は一元化し、グレゴリオ聖歌でその世界を表し支配した。



音楽の世界においてもルターの影響は大きかった

ブルゴーニュのシャンソンなどに比べるとドイツは音楽において後進的な土地であったが、ルターによって新しい流れが生まれた。

都市の手工業者のあいだではマイスタージンガーが独自な歌唱世界を作っていたが、都市を超えた広がりは持っていなかった。

ルターの万人司祭制では会衆全員が歌う形式が必要とされた。ルター自らがそのために作曲を行った(「神はわがやぐら」「あまつ御空より」など)

カルヴァンが音楽を拒否したのと反対にルターは積極的に音楽を取り込み、そこからカンタータやコラール、オルガン曲が生まれる母胎となった。ルターの他にもハンス・レオ・ハスラーやミハエル・プレトリウス、ハインリッヒ・シュッツなどがバッハの生まれる基盤を作った。



17c後半から19c初頭にかけて生まれたドイツの代表的な音楽家たち、あるいはドイツ観念論の哲学者たちはいずれも都市から一歩も出ずに一生を終えることがザラだった。

ニーチェはバッハの音楽をして「彼はヨーロッパ音楽の敷居に立っているが、そこから中世を振り返っている」と評した。


その言葉はバッハにとって教会音楽と宮廷音楽は別のものではなく一体であったことを示している。


中世ドイツの都市は世俗も教会も宮廷もすべてを含んだセカイであった。強力な中央集権を欠いた中世のドイツにおいて都市か領邦が国家だったのである。


近代以降、それらのセカイは分離していったが、バッハの生涯はそれを惜しんで中世の都市に思いを馳せた、いわば職人としての生涯であった。



cont.↓

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)
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2013年11月14日

阿部謹也、2006、「近代化と世間」

読了したのでいちお感想。

結論から言うと本書はイマイチな印象だった。

理由として、日本的な「世間」の位相、と、ヨーロッパと日本その他にも共通するゲマインシャフトの価値やコミュニケーション様式をいっしょくたにしているように思えたから。

西欧にも世間的なものはあるだろうけどそれと日本の世間は違うだろうし、世間=ゲマインシャフトではないように思う。


¥ゲマインシャフト¥世間


ってディレクトリで、「ゲマインシャフト(近代の都市生活以前の村落共同体における生活様式と価値観)」の下に「世間」があり、「世間」の内容が各国、各クラスタによって変わっていくのだと思う、自分的には。



というわけで今回もメモ程度で


近代化と世間―私が見たヨーロッパと日本 (朝日新書)
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ルネサンスは15世紀と呼ばれていたが最近では12世紀といわれる
(ex.ジォットー、アベラール、フーゴー)


贈与慣行は名誉や身分と不可分の関係を持っていた。

モースは次のように言っている。

「贈与義務はポトラッチの本質である。酋長はみずからのために自分の息子、婿あるいは娘のために、さらには死者のためにポトラッチをしなければならない。酋長は聖霊につきまとわれ、その庇護を受け、また財産を所有しているということを証明してはじめて部族、村落、家族に対して権威を保持しうるし、また種族の内外を問わず、諸酋長間で彼の地位を維持しうる。そして彼がその財産を証明するただ一つの方法はそれを消費し、分配して他の者を圧倒し、彼の名声の影に追いやってしまうことによるほかない」


このへんは前のエントリにおけるポトラッチのくだりの補足的に


阿部謹也、2005,「『世間』への旅」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/380156185.html?1384351490



※W.ダンケルト「賤民」より賤民の分類


1)死、彼岸、死者供養:

死刑執行人、捕吏、墓掘り人、塔守、夜警、理髪師、浴場主


2)生、エロス、豊穣

森番、木の根売り、亜麻布織り工、粉ひき、娼婦


3)動物

皮剥、犬皮なめし工、家畜を去勢する者


4)大地、火、水

道路清掃人、煙突掃除人、陶工、煉瓦工、乞食と乞食取り締まり、遍歴芸人、遍歴楽師、英雄叙事詩の歌手


5)(特に共通するエレメントなし)

収税史、ヨーロッパ周辺部の賤民、ジプシー(ロマ民族)、ユダヤ人、マジョルカ島のクエタス、バスクのカゴ、インドのスードラその他非ヨーロッパの被差別者



差別対称として「賤民」とされていった人々の職業など。この辺りを扱っている阿部「死者の社会史」「刑吏の歴史」もそのうち読みたい。




人間狼はおそれの対象から差別の対象へと変貌


死刑を執行するものはかつては司祭など高位のものだった。処刑は執行するものを卑しい地位に貶める行為ではなかった。

しかし13世紀ころから死刑執行に対する嫌悪感が広がり、ほぼ同時に賤民としての職業的刑吏が出現した。

死体の墓掘りや運搬、塵芥(糞尿を含めた)処理や道路清掃も同様


豚や豚を去勢する人が蔑視されるようになったのも古くからのことではない。獣を扱う仕事は本来は聖なる仕事であった。



人狼は都市社会からはみ出されたもの、森(あるいは都市以外の場所)に暮らすものを指した。森は都市に住む者達にとっていつのまにか「異界」となっていった。

平和喪失宣言を受けたものは現代における行政的保護を失う。警察的な庇護も都市の法も。それは網野善彦においては「無縁」にあるポジティブイメージとして語られる印象が強かったが、最初にあるのは「都市からの放擲」ということになる。

そして徒党を組んで都市を徘徊し略奪をする。略奪されすぎないために市民たちはある程度のギフトを用意しておく。

「trick or treat?」、と


つまり北欧の荒猟、ケルトにおける野人の伝承との習合。


テーブルゲームの「人狼」のモチーフなんかもここから来てるのだろう。


「もともと獣を扱う仕事は聖なる仕事であった」というのは網野における「牛童」の話が思い出される。「日本では牛は霊力をもった動物とされ、それを操るには霊力を持ったものが必要とされた。童は大人との境界の存在としてそういったものを操る力があるものとみなされた。しかし実際には牛童は童というには年齢が経ちすぎている人々で『牛童』という名称に意味が持たれていたようだ」みたいなの(「無縁・公界・楽」「異形の王権」のどっちか忘れたけど、たぶん前者かなあ)


「豚が蔑視されていった」という話はユダヤ人のそれと合わせてこれが思い出される。

豚の文化誌―ユダヤ人とキリスト教徒 (叢書ラウルス)
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「ヨーロッパにおける豚の蔑視とユダヤ蔑視には関連があった」というもの。

「ヨーロッパで豚が嫌われてきたのはユダヤ人が豚を食べなかったから。ユダヤ人が豚を食べなかったのは彼らが自身を豚と思ってきたから(キリストが諭しにいった時に子供を隠したので豚にされた。それ以来、ユダヤは自身を豚と思うようになった)」+豚=金の象徴も含意して「良きキリスト教徒」たちは豚とユダヤを差別してきた(ユダヤを豚と呼んだり)

ふつーに考えたらユダヤが豚食べなかったのって単にインド=ヨーロッパ系のアレでヒンズーだかなんだかのあの辺に近かっただけでその辺の合理性関連だろうからこのへんの話も「なにいってんだろ。。」てとこなんだけど、こんなかんじで歴史は修正され構築されるし、それに合わせて物語や慣習も作られ、さも「昔からあったもの」「そうやって当然のこと」とされる。

でもそういった歪み=バロックな感じ、ねじれているのに正しく威厳あるものとしてみせようとしてグロテスクな存在感を出してきたのがゴシックの文化の魅力、ともいえるかもしれない。「薔薇の名前」とか「デリカテッセン」的な暗くて荘厳で陰湿でグロテスクな統制と狂気。



都市は一定の時間ごとに半鐘を鳴らし、鐘の音が届く範囲が都市に住む者達の生活圏(小宇宙)であった。


このへんは以前のネルトリンゲンについてのエントリを思わせる
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/379508545.html

世界ふしぎ発見のネルトリンゲン回でもけっきょく「なぜネルトリンゲンが異様なほど城壁に囲まれていたか?」については説明なかったけど、おそらくこんな感じで「外が異界だった」から。現代の感覚にくらべて昔は異様なほどそれを恐れていたし実際危険だったのだろう。人狼的な野盗もいるだろうし、もっとおそろしいのは同じように文明と武装をもった他の都市や他国の侵攻であっただろうし。


そして、そのような都市の囲いは自然を含んだ大宇宙と「人の世」という小宇宙との間にも障壁となることで自然と人(文明)を、俗(悪)と善を分けていった。


後に賤民とされ差別されていった人々は二つの世界、「自然とその理を含んだ大宇宙」と「人の世の理を中心とした小宇宙」の境界にあるものだった。

村落共同体が成立する以前においても農耕、牧畜に従事していた人々がいたのだが、彼らは家単位で小宇宙を形成し、その小宇宙は未だ村の規模をとるまでに至っていなかった。家と宅地こそが彼らの小宇宙だったのである。

しかし村落共同体の成立によって、数十戸の家を包摂する一定の空間が垣で囲まれ、平和空間として成立することとなった。当初それは小宇宙としての家が並立し、小宇宙の結合体として空間的に拡大したものに過ぎなかった。

決定的だったのは13世紀には西欧のどこの村にも教会ができたという事実である。キリスト教会の出現は人々の空間観念と時間観念に決定的な転換をもたらしたのである。


キリスト教による死生観の転換。村落共同体と都市共同体の成立によって、それまで家ごとに大宇宙と対峙していた人々は共同体単位で大宇宙と関わることになった。


一つの例としては、村落共同体の成立する以前には大荘園にしか水車はなかった。人々は領主農場の水車場で粉をひくか、手回し挽臼でひくしかなかった。

しかし村落共同体の成立以後、多くの村は水車小屋を建設した。

人々は自然を克服し始めたのである。












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関連:
「世間」と「個人」と「告解」あたりの話: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/379707101.html


中世における公共性(あるいはその萌芽)の構造転換な話: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/129773060.html

阿部×網野対談話。このエントリ見た後でtogetterでまとめた阿部側からのこの対談への感想をもう一度見てみても面白い。(公共性の構造転換ということで次のエントリへの引きにもなるか


阿部謹也、「世間への旅」からの読書メモ断片 - Togetter
http://togetter.com/li/589127


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2013年11月03日

フィリップ・ヴァルテール、2007、「中世の祝祭」


読み終わったのと前のエントリの補遺的な感じで。マリアや聖人の話で付け足したくなったので


中世の祝祭―伝説・神話・起源
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石川雅之、2013、「純潔のマリア(3)」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/378787952.html

日用の糧: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/379141309.html


以前のエントリでも少し触れたけど、聖母マリアや聖人というのはケルトなどキリスト教以前の土俗の信仰をキリスト教が習合したものぽい。

というか、マリアと聖人の話だけではなく、ミトラや北欧神話的な伝承もキリスト教は習合してきた。それはキリスト教だけの話でもないし、大衆の現世利益的な要求に媚びて宗教や大衆を騙して、って話でもないみたい。本書結論から、

 カルナヴァルがインド=ヨーロッパ世界、さらには前インド=ヨーロッパ世界に属すものであり、あいついで諸文明にとりこまれ、継承されたという事実は、今日ではほぼ定説となっている。キリスト教について考えてみれば、初期のヨーロッパの人々の宗教体系に入りこみ、その宗教体系を受け継いでもいる。この事実は、ヨーロッパ世界のキリスト教化を対象とした研究一般では、ほとんど強調されていない。教義や儀礼にかんするいくつかの具体的な点について、キリスト教に改宗した異教徒の宗教上の要請に応えていなければ、キリスト教がヨーロッパで支配的な地位を築くことはなかっただろう。不思議なことに(インド=ヨーロッパの宗教とユダヤ=キリスト教という)二つの宗教のあいだにいくつかの一致する点が存在していたため、ユダヤ=キリスト教はインド=ヨーロッパの宗教を穏やかにとりこむことができたのである。


なので「米国におけるハロウィンって偽りだよね―」っていってもなんかどっちらけな話。もともとキリスト教全体がそういったものだから。こういうのを見てると「日本の宗教とかいい加減だよね―」って話も霞む感じがする。実際、米国のカトリックでも「ハロウィンてアメリカ産のまつりだよね―?」って言ったりするみたいだし(総べてのクリスチャンがそうってわけでないけど、神道や仏教同様)。


本書で展開されていた話のエッセンスはおおまかに言うとそういうことになる。

「キリスト教以前の土着の、ガリア(ケルト)人の宗教-信仰-習俗がキリスト教の祝祭の中に取り入れられていた」、ということ。

太陰太陽暦、つまり月の満ち欠けに従った暦。すなわち新月によって月の前半がはじまり、満月によって後半がはじまる。暦的には閏月を挟むことで月のリズムと太陽のリズムから生じるズレを周期的に調整していた。

イドゥス(新月)が一ヶ月の始まり、カレンダエ(満月)が中頃。


カエサルによって暦は是正され、それに基づいたユリウス暦では受容な祝日はイドゥス(月の13日目から16日目)とカレンダエ(月の初め)に置かれた。

そして、異教の古の祭りと異教の人物を「聖人の日」としてイドゥスとカレンダエの日付に移動させあらたに聖人の名前を冠した。


これらの暦はだいたい12日と40日というブランクをライトモチーフ的なものとする。40日は月の満ち欠けにしたがった暦の単位(一ヶ月と半日)。12日はズレをずらすブランク的な。。クリスマスから12夜など。(土用もそういったものともいえるかもだけど



マリアの話に戻ろう。


前のエントリで少し言ったかもだけど、聖母マリアのイメージはもともと春の生気を妖精や婦人として表したもの。もう少しいえば、春から初夏にかけての生気、エロスを象徴したものといえる。

7月22日は聖女マドレーヌの日、ラテン語ではマグダラのマリア。プロヴァンス地方の黒いマリアの伝承は海の聖女マリア(レ・サント・マリー・ラ・メール)につながる。三人のマリアは聖母マリアの姉妹とされる。三人にはサラという召使がいた。黒人の女性サラはフォークロアでサラセン女と呼ばれる人物に対応する。

いずれにしても彼女たち「聖母」全体に共通する属性は「水」ということになる。


水底の貴婦人


われらの(Notre)貴婦人(Dame)


フランス(フランク人の土地)の中心パリ、その中心シテ島もノートルダムを祭ることから始まった。本書では触れてないけどそれはパリがケルト人の土地だったこととも関わるのかもしれない。
http://bit.ly/1akEk33

プロヴァンスの件にしてもそうだけどパリはキリスト教より以前に「聖母ならば」と許容したのかも。


そして巨人や牛、あるいは牛頭人(ミノタウロス)のイメージ。または熊、鹿、うさぎなどが半獣人の形で現れ異界への門を開く。


モン・サン・ミシェル(聖ミカエルの山)ももともとはガルガンの山だったらしい。「ガルガン(巨人)は山に宝を隠す」という神話的ライトモチーフ。モン・サン・ミシェルの伝説では群れを離れた雄牛を殺したガルガンという牧童をミシェル(ミカエル)が裁く話として伝わっている。シェイクスピアではテンペストの巨人あたりのモチーフか。

あるいは以前のエントリにかければ牛頭天王とスサノオ-蘇民将来の話であり、「牛」ということでいえばミトラと通じてくる。

ミトラ教 - Wikipedia
http://bit.ly/1akENCj

ミトラは現在だとあまり聞こえてこないけどエウロペ(ヨーロッパ)の原初的な話として昔はおなじみだったのだろうし、太陽神信仰としてキリスト教と張っていたみたい。それもあってミトラ的モチーフもキリスト教が吸収したのだろう。もともと冬至とも絡むようだし。そして北欧の冬至-太陽のリズムも吸収した。


終末思想+救世主を求める心性は北アフリカから中東・インド辺り、ユダヤ・ゾロアスター・仏教あたりも含めて共通するもののようだし、そういった間テクストな中から「救世主」の物語が生み出されたのだろう。

終末思想+救世主を求める思考やそれが当時の暦や世界観にまで影響していたことについてはこの辺りに詳しい



ヨーロッパが引きこもっていた当時、ヨーロッパ以外の世界は竜や巨人などの化物のいる土地だったし、歴史は「最後の審判」に向かっていく普遍史だった。ローマへの期待やドイツが第三帝国を名乗ったのもその系譜だろうし。



では、これらを暴いてどう結論づけるか?

「キリスト教もパクリ宗教だからたいしたことない(ヨーロッパ基層、あるいはインド・ヨーロッパ語族の土俗的信仰のほうがえらい)」という話になるのか?



そういうことではないのだと思う。



たとえ最初は大衆的要請に応えてより多くの信徒を集めるために土俗の教えをアレンジして吸収したものだったとしても、それとは別の部分でキリスト者が紡いできたものがあるのだろう。


最近もはてな界隈で宗教についての話題が出ていてすこしチラ見しにいったのだけれど、あいかわらず「宗教=非合理」というレッテルがまずあるようで少し辟易した。彼らはたぶん宗教と現世利益的なまじない-キセキへの期待の違いがわかってないのだと思う。


自分的には宗教とは体系であるし、それは倫理の体系ということだと思っている。


おばあちゃんの知恵袋的な先人の智慧、その中でも倫理の具体例を記した普遍性のある物語に基づいた倫理観の敷衍。そのための体系をつくり、それにもとづいた信仰をし、よりよい生を送ること。

それが宗教を生きるということのように思っている。


倫理というと「正義とはなにか?」みたいな話につながってめんどくさくなりそうだからもうすこし平たく言うと、感情を制御するメソッドということだろう。

それは現代だと文学や心理学、あるいは倫理(倫理学や公共哲学)-法などに分節した領域なのだろうけど、現代人は分節したがゆえに却ってそれを取り入れることができなくなってる面があるような、、全体として生きるべきところを要素に分解したがゆえに却ってそのエッセンスを失ってしまっているところがあるように思ったり。

たとえばそれは「文学は分析するものではなく感じ生きるもの」「人生に正しいも間違いもなく生きるもの」「愛は分析したり一般定義できないもの」ということに近いような…。


それらが分節化されずにパッケージになっていたものが宗教なのだろうし、キリスト教の一般的な部分、研究としての神学以外の部分というのはそういった知恵が受け継がれてきたものなのではないか、と期待したり。


以前こちらのエントリでも記したように

山本義隆、2007、「16世紀文化革命 1」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/229813934.html

現代人の「サイエンス」のディレクトリというのは、専門的に実践科学してる領域以外では、宗教が昔占めていた領域とそんなに変わらないのだろう。その名前が変わっただけで。おそらくエピステーメー自体はそんなに変わらない(作業メモリがそんなに変わらない)。

むしろ、バッファとしての感情部分の制御において宗教という方法をうまく活用できてない人たちはその部分でくじける印象がある。宗教的なものをうまく利用して感情を統御できてないのでなければ(知性的、理性的と思ってる人でも論理性以前に他人に対する感情的好悪でメタに論理の方向性を決めたりすることもあるし)。



キリスト教における三位一体の聖霊の部分というのはそういった土俗の知恵を取り入れたところなのかなあとなんとなく思うけど、、まあこのへんは手に余りそうだからメモしとくだけに留めるか。


http://bit.ly/1a0tpic

http://bit.ly/1a0tpid

http://bit.ly/1a0tmTA

http://bit.ly/lYp1aE

http://bit.ly/1a0tpyC

http://bit.ly/1a0tmTC




そしてぼんやりと神が人に感情を与えたこと、あるいはそのようにして人が生み出されたことについて想うのだ

あるいは霊性とアートの関係とかも

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2013年10月28日

石川雅之、2013、「純潔のマリア(3)」


ケルト人の1年の終りは10月31日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねてくると信じられていたが、時期を同じくして出てくる有害な精霊や魔女から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていた
http://bit.ly/s7Mvpf

ついったに上の文言が流れてきて「ケルトが魔女を有害化するってどういうこと?」ってたどってみたらウィキペディアの記述で出典は鷲津名都江著『英国への招待 マザー・グースをたずねて』(筑摩書房、1996年)ってことだった。

そんで「いい加減な記述でもともとのサウィンとかインボルクとか触れてねえんじゃねえの?」ッて思って確認したら意外とサウィンについては触れていた。

んでも他の時期については触れてないし、やはり「魔女」について気になったのでうんたらうんたらしたり、、ハロウィン時期だったりまどか☆マギカ劇場版記念だったり「純潔のマリア」完結したねってことでついでだからちょっとまとめてみることにした。


「魔女」とはどういうものだったか?




最初に、ハロウィンについては以前にTogetterかblogのエントリにもまとめたように、もともとはケルトのカルナヴァル的な祭りのひとつであり日本で言えば彼岸や土用に当たるものぽい。つまりは農暦の間、暦的には時季がズレるときの木の芽時的なときに人の体の体調が悪くなる(あるいはあっち側にひっぱられる)ってのが起きる。こういうときそっち方面にセンシティブな人は鬱になったり病こじらせたりするのだろうけど、「とりあえず精をつけろ」ってことで豆や肉、うなぎを食えって話になる。

カルナヴァル(Carnaval)はカーニヴァルの語源。「Carna-vare」辺りがキリスト教化されて「carne levare(肉を取り上げる)」と音や意味的に合わさって後付的にコジツケされ、カルナヴァレの時季の余剰肉を喰らう風習のことを意味するもの(謝肉祭)として伝わるようになったみたい。

それ以前の意味としてはそら豆とベーコンの女王「Carna」とかも含意する。ほかにそら豆の象徴的意味としては「お腹を孕ませ」「性欲を刺激」などあったり。

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そういった豆の祭り、というか、季節のズレの際の祭りというのがケルト的に大きく分けて4つ、さらに細かく8つあった。


ユル(冬至)・オスタラ(春分)・リーザ(夏至)・マボン(秋分)

サウィン(ハロウィン)・インボルグ・ベルティネ・ルーナサ

http://bit.ly/190UmTl
http://bit.ly/190UmTp


太陽-と農暦的には日照時間の復活と再生を基準とした暦が基本となる。すなわち冬至と夏至を最重要点とし、「これ以降、日照時間が徐々に短くなっていく」ものとして夏至を惜しみ、「これ以降、日照時間が再び長くなっていく」ものとして冬至を祝う。

冬至-正月が開けて少ししてウィッカのイニシエーションを行い、謝肉祭-メーデーの時季に春を祝い、夏に巻藁で巨人を作って燃やし、収穫の終わった秋に霊を迎えるためにカブ(→ 南瓜)を繰り抜いて飾り、冬至に太陽の復活を祝う。


それらがキリスト教化される中で名前を書き換えられていった


万聖節(11月1日)
聖マルタン祭り(11月11日)

クリスマスと12夜(12月25日−1月6日)

聖燭祭(キャンドルマス、2月2日)
聖ブレーズの祝祭(2月3日) ― 告解火曜日(マルディ・グラ)

復活祭(3月22日から4月25日のあいだを移動する祝日)

キリスト昇天祭(復活祭から40日後)

夏の聖ヨハネ祭(6月24日)

聖ペトロの鎖の記念日(8月1日)

聖ミシェル祭(9月29日)



ハロウィンというのはその中のひとつ、おそらくは北欧の民族の伝承と、キリスト教とミトラ信仰との間の勢力争いの間で生まれていった折衷案ぽい。

ユール - Wikipedia
http://bit.ly/190Xr60


もともとはケルトの8節祭のひとつだったわけだけど、そこに北欧民族のワイルドハント(荒猟)の伝承が習合した


ワイルドハント - Wikipedia
http://bit.ly/190XezM

季節や農作業の変わり目、特に冬至は、死者の霊、悪魔、魔女などが大挙して現れるといわれ、夜は、ユールレイエン(ワイルドハント)が現れた。1月6日の公現節までユール・ボードを用意しないと縁起が悪いと言われていた[1]。ワイルドハントが広く信じられていたのは9世紀から14世紀の間で、特にクリスマスの12日間、公現節(十二夜)にはその勢いが増すと信じられていた


オーディンが率いる死者の霊が夜中まで起きているもの、何かやましいところがあるものから根こそぎ持っていく。「このとき砂糖菓子などを差し出せば見返りに贈り物をおいて行ってくれる」という。

ユールの間中、ワイルドハントの動きも最高潮に達し、死者がワイルドハントの一員となって現世をうろつく。リーダーであるオーディン、その後に、黒くて吠え続ける犬を連れて、狩りの角笛を吹きならす死んだ英雄たちが続く[13]。オーディンの8本足の馬、スレイプニルのために、古代のゲルマンやノルマンの子供たちは、冬至の前の夜にブーツを暖炉のそばに置き、スレイプニルのために干し草と砂糖を入れ、オーディンはその見返りとして、子供たちに贈り物を置いていったという。現代では、スレイプニルは8頭のトナカイとなり、灰色の髭のオーディンは、キリスト教化により、聖ニコラウス、そして親切なサンタクロースとなったのである[14]。ブーツ以外に靴下を置き、やはり中に、スレイプニルの食物や干し草を入れておくと、やはり、オーディンから、子供たちへのキャンディがその中に入っているといわれる[10]。もし、戸外でワイルドハントに出逢った人は、心の純粋さと、このワイルドハントに象徴されるような恐ろしい光景に敬意を払えるか、一種の度胸試しがなされ、さらにユーモアのセンスが試される。もしそれに合格すれば、その人は靴を黄金で一杯にするか、食べ物と飲み物をもらって帰ることができる。しかし不運なことに合格しなかった場合、その人は、恐怖に満ちた夜の旅へ、生涯連れまわされることになる[13]。


こういった「ナガレモノ」的なものは日本だと百鬼夜行として伝わってる。

それらは「凶」と「幸」の二つの属性を併せ持つ。しかし、現代では「幸」と「凶」の部分が都合よく分離させられてしまった。前者はサンタクロースに、後者は百鬼夜行やワイルドハント的なものに。


「お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ?」あるいは「もてなしてくれないと祟るぞ?(逆にもてなしてくれたら幸を与える)」という物語の構成素は蘇民将来(あるいは巨旦将来)の話として日本にも伝わってる。夏越祭りの茅の輪くぐりの話の元。

武塔太子がはじめに訪れた巨旦将来の家では宿を断られ、次に訪れた蘇民将来の家は貧しかったが精一杯もてなされた。もてなしをうけた武塔太子はその徴として身につけていた茅の輪を残し、後に茅の輪のある蘇民将来の家に幸運をもたらした。

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大陸から訪れた武塔太子はスサノオと習合された。武塔太子、またの名を牛頭天王という。


ここでは牛(あるいは牛頭人、人頭牛≠件)が異界へ誘う動物として登場する。それはそのままミトラを彷彿とさせたり。


ケルトにおいて、異界に誘う動物としては熊や牝鹿がいる。熊はarthur(アーサー、アルチュール)であり、アーサー王は熊の王ともされる。

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フィリップ・ヴァルテールによると、聖マルタン(サン・マルタン)の特徴、異界に通じ動物の言葉を最初から話せ命令できることはそのままアーサー王伝説の魔法使いマーリンにつながる。

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それらの人々の特徴として「毛深い」「巨人」的なものがあり、それがそのまま「熊」とも通じる。ここでは熊は「動物としての熊」と「異界に通じ人語を話す人以外のなにか=野人」という属性を帯びる。

そして、ケルトの夏、藁で形どられた巨人≠野人は燃やされ異界への門をひらく。




聖マルタンの話がでてきたところで冒頭の「魔女とはなにか?」という話に戻ろう。


再び「中世の祝祭」から。


聖マルタンは、福音伝道の最初期(5世紀あるいは6世紀頃)からキリスト教が異教を覆い隠したことの、鍵となる人物であることは否定出来ない。
 
先に述べたとおり、後に教皇グレゴリウスによって組まれるキリスト教化プログラムが実施されたのは、この時代だけである。そのプログラムとは、異教の聖地(樹木、泉、礼拝石)をキリスト教にとりこみ、(司教区、小教区などの)社会的グループと行政組織を作り、異教の記憶を保存することだった。また、福音書に合う協議の枠内で古代神話をキリスト教の文脈に書きなおすことだった(こうして最初期の聖人伝資料が登場した)。



つまりマルタンが列聖されたのはケルトなどの土俗の習俗をキリスト教に再プログラムすることを手助けしたから、ということ。アーサー王を誘ったマーリンのように、キリスト教による植民地化を誘った。


それが正しかったのかどうか?




「ローマ=カトリックがケルトほかヨーロッパに昔から伝わっていた土俗的な信仰、土地と結びついた記憶を強権に塗りつぶしていった。結果として、古来からの人と土地、自然との契約は失われていった」というのは「純潔のマリア」にも通じる基盤的な見方としてある。

純潔のマリア (3) (アフタヌーン)
石川 雅之
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「魔女はそういった強権的地上げで押しのけられていったものの象徴である」というのがこの作品の基本的なスタンスだった。


しかし完結巻の結論ではその部分の語気も少し緩められてるように感じた。



「強権に信仰を押し付けてきたローマ=カトリック、教会の権威が一番汚れているのでは?」
「神の愛は人の世の苦しみを傍観することなのか?」


ミカエルとの最後の対決場面、マリアはけっきょくヤハヴェのその在り方も肯定することとした。

「何もせず見守り続けることも大変なんだね」

「(神頼みせずに)人の力でできるだけのことはやっていこうと思う。だからそんなにずっと見てくれてなくていいよ。でも、居たいならいてもいい。心のなか程度にね」





こういったテーマと結論は「ヴィンランド・サガ」と共通するものを別の形に表したのだなあ、と、いままとめていて気づけた(石川雅之と幸村誠は仲良しさん)。



「純潔のマリア」という作品ももともとは中世の100年戦争あたりの雰囲気をなんとなく描きたかったのだろうし、そこに物語と漫画的モティーフとして導入されたのが「魔女マリア vs. ローマ=カトリック」という構図だったのだろう。ただ、魔女が本物の超常な力をふるう時、カトリック教会では手に負えなくなる。それもあって天上の神-その執行者としてのミカエル-エゼキエルが後付された、、のかも。


この作品を読み解くときに「エゼキエルをなぜもってきたのか?」「その意味は?作品テーマ全体と関わってるのか?」というところで少し悩み、エゼキエル書なんかについてちょっとぐぐったりした。


エゼキエル書というか、、ここで表されてるエゼキエルはエノク書における堕天使のモティーフなのかなあ…。ローマ=カトリックあたりからだと偽書扱いされることもあるような正教系かなんかのエノク書。そこでは救世主や預言者について語られ、その中にエゼキエルも含まれるみたい。

エゼキエル書は預言者の言葉か、あるいは、単なる倒錯者の言葉か、というところでギロンが分かれるようだし、そこでエゼキエルが見たものについても「…UFO?」とかいわれたりもするようだけど、それらのパズルのピースをうまいこと通奏低音にして「人の幸福のために自分を犠牲にするマリア」「マリアのために堕天するエゼキエル」「マリアを護るために戦うジョセフ、ビブ、エドウィナ、アルテミス、プリアポス」という構図を輻輳させていった。

結果として「純潔のマリアに預言者は受胎され、生み出された」という幕引き。

この幕引き自体は作品タイトルからもなんとなく決められていたのかなあ。あるいは「(淫乱といわれる)魔女なのに貞操の救世主」というところだけなんとなくかけておいて、その他はあとから肉付けしていったのかもしれない。


ここで出てくる「魔女」のネガティブイメージについて。


「淫乱にして人を悪の道に誘うもの」というのはキリスト教の女性蔑視的なところから生まれたものであり、「魔女狩り」もそれがゆえに女性を中心としてなされたものかと思っていたけどウィキペディアのまとめによると違うみたい。


アメリカのフェミニスト研究者バーバラ・エーレンライク(Barbara Ehrenreich)とディアドリー・イングリッシュ(Diedore English)は、「魔女とされた人々は女性医療師たちであり、魔女の集会とは、女性医療師たちによる情報交換の場であった」と考え、「魔女狩りとは世俗権力や教会の指導者たる男性たちによる女性医療師への大規模な弾圧であった」という説を唱えた[6]。しかし、この理論ではなぜ農民自身が魔女狩りを推し進めたのか、魔女狩りの被告となった少なからぬ数の男性たちがいた事実をどう説明するのかなど、理論としての精確さに欠けている。そのため、これらの説は現代の研究者たちには受け入れられていない。


魔女狩りという言葉は1970年代アメリカでフェミニストの研究者たちによって、キリスト教誕生以降起こったすべての女性への迫害をさす言葉として用いられるようになり、その犠牲者数は19世紀に女性の権利を訴えていた研究者マティルダ・ジョスリン・ゲージが出した900万人であるとさえした。時にこれを「女性へのホロコースト」という言い方をすることもある。しかし、現代の研究者たちは、女性に対する敵視が魔女狩りの原動力の一つであったことは否定しない一方で、魔女裁判の被告が必ずしも女性だけでなかったということ(たとえばアイスランドでは裁判を受けたものの80%が男性であった)も明らかにしている。


魔女狩り - Wikipedia http://bit.ly/1hmmUKB



「ローマ=カトリックが一方的に古来からの習俗を弾圧するために用意したギミック」と言うのもちょっと違うみたい。魔女狩りはローマ=カトリックの侵入以前から民衆自らによって行われていた。


かつて「魔女狩り」といえば「中世ヨーロッパにおいて12世紀のカタリ派の弾圧やテンプル騎士団への迫害以降にローマ教皇庁の主導によって異端審問が活発化し、それに伴って教会の主導による魔女狩りが盛んに行われるようになり、数百万人が犠牲になった」のように語られることが多かった。しかし1970年代以降、さまざまな研究によってこのようなステレオタイプな見方は覆されることになった。特に有名なノーマン・コーン(Norman Cohn)とリチャード・キークヘファー(Richard Kieckhefer)の研究によれば、魔女狩りはスイスとクロアチアの民衆の間で始まり、やがて民衆法廷という形で魔女を断罪する仕組みがつくられたという。異端の追求は行っていても、魔女裁判には長く関与していなかったカトリック教会が異端審問を通して魔女狩りとかかわりを持つようになるのは15世紀に入ってからのことである。


19世紀に入って近代的な歴史学が発展すると、魔女狩りを歴史の中でどのように理解すべきかについて多くの説が提示された。


たとえばドイツの歴史家ヴィルヘルム・ゾルダン(Wilhelm Soldan)は魔女狩りとは権力者や教会関係者が金銭目当てで行ったものだという説を唱えた。つまり封建制度時代によく行われていた私的徴税の一種を行うための詭弁として魔女狩りが行われたというものであるが、被告のほとんどが財産をもたない貧しい人々であったことや、告発者が利益を得る仕組みがなかったことが明らかになっているため、現在では受け入れられていない。

他にも、19世紀のフランス人ジュール・ミシュレ(Julet Michelet)やエジプト研究家マーガレット・マリー(Margaret Murray)は「魔女とされた人たちは、実はキリスト教の陰で生き残っていた古代宗教を信じていた農民であった」と考えたが、実際には被告のほとんどがキリスト教徒であって、当時の農民の中に異教の信仰があったという証拠は依然として何も得られていない。20世紀に入ってもジェラルド・ガードナー(Gerald Gardner)が「魔女というのはヨーロッパに古代から伝わっていた女神信仰を信じていた男女である」と唱え、今日ウイッカと呼ばれている宗教運動の創始者となった。


20世紀に唱えられた説では、完全ではないものの複合的に要因の一つと考えうるものがある。たとえば魔女狩りが戦争や天災に対する庶民の怒りのスケープゴートであったという説。この説はペストや戦争が起こっていた時期と地域が、魔女狩りの活発さと関連していると主張するが、実際には三十年戦争のピーク時には魔女狩りが沈静化しているなど、それほどはっきりとしたつながりが見られない。次にイギリスの歴史家ヒュー・トレヴァ=ローパーらが唱えた「魔女狩りはカトリックとプロテスタントの宗派間抗争の道具であった」という説がある。つまりカトリックが優位な地域では、少数のプロテスタント市民に対し、魔女の烙印を押して迫害し、逆にプロテスタント地域ではカトリック市民が魔女とされたということである。しかし、この説も対立する宗派の人間がほとんどいなかった地域(たとえばイングランドのエセックス州、スイスのジュネーヴ、イタリアのヴェネツィア、スペインとフランスにまたがるバスク地方など)においても激しい魔女狩りが行われ、逆にカトリックとプロテスタントが激しく争った地域(たとえばアイルランドやオランダ)であっても魔女狩りがほとんどなかったところがあることを説明できないなど、確実な説とは言いがたい。

J・H・エリオット(J.H.Elliot)は魔女狩りが中央集権化した国家や教会の中枢による臣民のコントロール手段であったと考えたが、この理論では権力者が白魔術に対して寛容であったのはなぜか、あるいはなぜ教会や世俗権力が中央集権化した中世盛期に魔女と魔術を放置しており、近世初期になって突如魔女狩りが始まったのかを説明できない、権力者を一概に悪に決め付けているなどの批判がある。


確実にいえることをまとめると、当時のヨーロッパを覆った宗教的・社会的大変動が人々を精神的な不安に落としいれ、庶民のパワーと権力者の意向が一致したことで魔女狩りが発生したということである。現代の歴史学ではかつての魔女狩りについてのイメージの多くが否定されているにもかかわらず、多くのメディアなどでは依然として魔女狩りをステレオタイプのまま捉えて「キリスト教会主導で行った大量虐殺」としている。 一方で、大虐殺であったことは確かであるという意見もある


魔女狩り - Wikipedia http://bit.ly/1hmmUKB



なので、「純潔のマリア(3)」あとがきで書かれてた内容はちょっと違う感じ。魔女を表すwitchという言葉は女性名詞ではあるけど男性も含まれる独特の概念だったみたい。そういうのを考えるとまどか☆マギカにおいて「魔女」が象徴的に表わしているものについてもふたたび考えさせられる。災厄と同時に幸運も含む両義的な意味もあったのかなあ、とか。





あとがき的にはジャンヌ・ダルク≠マリア(あるいは同時代か少し前後)を匂わし、ジャンヌ・ダルクが魔女として裁かれたことについてうんたらされていたのでついでに言っとこう。


ジャンヌ・ダルク - Wikipedia
http://bit.ly/1hmnVSV


ジャンヌ・ダルクとして伝わっているオルレアンの乙女ことジャンヌは佐藤賢一によると「現地ではそんなに有名ではなく、デュ・ゲクラン将軍のほうが歴史的にも知名度的にも高かったのになあ」という話。

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ブロセリアンドの黒犬ことベルトラン・デュ・ゲクランは日本だと太閤秀吉みたいな感じ。貴族は貴族だけど本来、地方の傭兵隊長程度ぐらいだったのにフランスの大将軍にまで上り詰め、当時劣勢だったフランスをイングランド黒太子から救い出したという伝説の人物。小説的には「税制の父」こと賢王シャルル5世とタッグを組んでフランスに常備軍と常勝をもたらした。ジャンヌの話はそれから2世代後のシャルル7世の頃になる。

傭兵ピエール
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デュ・ゲクランとシャルル5世によってもたらされ盤石と思われた政体も近親相姦の影響か生まれつき薄弱だったシャルル6世によって食いつぶされ、結果的にイングランド王にまたしてもつけ込まれ親王オルレアン公や近地のブルゴーニュもイングランドに肩入れという状況で、フランスを救うために立ち上げれ、という啓示を受けた、、というのがジャンヌということになってる。


ジャンヌの力、というのは歴史的にも明らかではなくて、「預言された」というのもびみょーだし、その戦術・戦略的価値もびみょーだったみたい。

「傭兵ピエール」ではそのあたりはモロに「単に旗頭的に利用されてただけで、実際の戦闘の指揮は傭兵たちがとった」と描かれていた。託宣的なものも「ヒステリックな妄想」として解釈される向きもあるようだし。


実際、託宣や預言みたいなのが単なる妄想だったとした場合、ジャンヌはローヌ河の争奪戦の一時期に仏軍の士気を高めるためにワンポイント的に利用された。霊力的な大義は王がランスで戴冠さえすれば王にも宿るので(王の戴冠は香油などを用いた呪術的なものとされ、それを済ませた王には神力が宿るとされた)。なので、ランス戴冠後はジャンヌが邪魔になってイングランド側に売られた、とする見方もある。


そして「魔女」の汚名を付され歴史の中に消えていたが、100年戦争後、教会側からいちお地味な復権があり、第二次大戦期、ナチスに対向するための戦意高揚物語としてふたたび引っ張りだされたみたい。





「魔女狩り」のモティーフ、あるいは、「英雄は人々の弱さや狡さを背負って死んでいく」というそれは象徴的なものなので、そこを強調するためのあとがきだったのかなあと改めて思ったりもするけど、そういうのも含めて、神の愛と人の愛(あるいは勇気)の辺りはもうちょっとゆっくり描けなかったかなあ、とかおもった (→ cont.大人の事情




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関連:
「ヴィンランド・サガ」の背景メモ (アングロサクソンの良心、キリスト教とゲルマンとか): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/161667855.html


ヴァルプルギスの夜のもともとの性格とヨーロッパの一年の感覚、あるいはハロウィーン、日本の盆・彼岸などとの関連についての妄想: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/189894207.html


佐藤賢一、1999、「双頭の鷲」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/223054960.html






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2013年10月16日

幸村誠、2013、「ヴィンランド・サガ 13」



読んだので感想、を書くつもりもなかったんだけど別件で読んだコラムが気になったのでそれでリンク的に


【第45回】『生きがいについて』(神谷美恵子)前編|新しい「古典」を読む|finalventの記事、コラムを読むならcakes(ケイクス)
https://cakes.mu/posts/3202

【第46回】『生きがいについて』(神谷美恵子)中編 |新しい「古典」を読む|finalventの記事、コラムを読むならcakes(ケイクス)
https://cakes.mu/posts/3247

生きがいについて (神谷美恵子コレクション)
神谷 美恵子
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この本自体はまだ読んでないのであまりうなうなもいえないと思うんだけど、絶望の淵での「なぜ生きなければいけないの?」という問いが今回のヴィンランド・サガのテーマだったなあと改めて思ったので。


このテーマ自体は自分の中ではいちお了解したものとなっているので、それもあって感想を書く気にもならなかったし、今巻をみてもあまりピンとこなかったのだけれど、上記コラムを見て改めてこのテーマを考えてみるのもいいかなあと思ったので。Novalisの件もあるし



自分の中で、「なぜ生きなければいけないの?」「人生の意味ってなに?」、という問いはそれ自体には意味はなくそれぞれの人の情況によって異なってくるものだろうからナンセンスに思っている。こういう問いはなんの障碍もなく人生を楽に送っているうちは出てこないものだろうし、その問が出てくるということはその時点で向かうべきテーマは「なぜ生きなければいけないの?」ではなく「なぜこのような問いがでてきたのか?」「この問いが自分の中で浮かんだ情況を改善するにはどうしたら良いのか?」ということだと思うから。なので、どこまでいっても一般的な解答のないテーゼになるし、大部分の人が抱えるそれ、青年期に出てくるそれは目の前の現実的な問題に対処し、人生のステージが上がっていくことで解決されるように思う。

しかし、そのように目の前の状況から逃げずに立ち向かっていっても残っていく問題、どうしても解決しがたい生の矛盾のようなものがある。


「神はひとを試し魂を強く鍛えるために課題を与えるのだ(われに艱難辛苦を与え給え)」という定型では納得できないような、、それぞれのひとに固有の深い絶望。

そこから逃げても、あるいは逃げようとしても逃げられない深い心の傷のようなもの。



真正面から立ち向かっても対象が巨大すぎて、それ自体がやけっぱちの自傷的なナルシシズムになってしまうような…巨大な絶望とそれへの依存。反照として生や他者に対してニヒリスティックな態度をとってしまうようになるような、そういった甘え。


そのことに気づき、目の前の自分の生を一つ一つ積み重ねることを決めたときに、ひとは大人になっていけるのかもしれない。


自分の半身のような人たちを喪っても、自らや大事な人達に重い障害が課せられていても、それでもなお生きるという意志。



西田幾多郎と家族の死 1 - 三日坊主日記
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西田幾多郎 我が子の死
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ノヴァーリス - Wikipedia
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ゾフィーの死と夜の讃歌
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なおも花々さわに
太古の幹は立ち誇る前の世、
子らは天上の国のため
苦しみと死とを望んだ。

快楽や生が語るにもせよ、
多くの胸は愛に裂けた。

青春の灼熱のうちに
神みずからが姿をあらわし、
雄々しい愛ゆえの若死にに
甘美な生を献げた。
不安や痛みをしりぞけず、
それゆえにわれらに貴い神。



帰郷を引き留めるものは何?



すでに最愛のものたちは憩うて久しい。
その墓はわれらの生涯を閉じ、
今われらは悲しく不安だ。
このうえ求める何とてもなく――
胸は飽和し――世界は空虚だ。


かぎりなく秘密にみちて
甘い戦慄はわれらをつらぬく――
あたかも深い遠(お)ちから湧く
われらの悲哀のこだまのよう。
愛する者らまたわれらを慕い、
憧れの息吹を伝えた。

甘(うま)しき花嫁のもとに降ろう、
イエスのもと、 恋しい人のもとへ――
安んぜよ、愛する者、悲しい者らに
夕の明かりは昏(く)れかける。
ひとつの夢、われらのきずなを断ち、
われらを父のみひざに沈める。



http://kusakai.jugem.jp/?eid=346


ノヴァーリス作品集〈3〉夜の讃歌・断章・日記 (ちくま文庫)
ノヴァーリス
筑摩書房
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現実の冷たさや厳しさ、絶望の淵にあるものにとって死の喚び声は甘美な誘いであり救いとなる。

そういった声に誘われているひとを目の前にしてどのような言葉がかけられるのか?




「生きがい」を失っても人間は、自然に生きようとする肉体にひきずられるように生きて行くものだ。ここでは、食欲という欲望が示されているが、性欲も同じであり、肉体のエロス性は死を目指す精神を許さない。  しかし、いかに精神が肉体をうらめしく思うことがあっても、生きがい喪失という危機をのりこえさせてくれるものは、肉体の生命力そのものかもしれないのである。


https://cakes.mu/posts/3247


ベルセルク (4) (Jets comics (465))
三浦 建太郎
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自らの意思ではなく肉体が生を選ぶということ。それもあるのかもしれない。


あるいは、自らの意志で選び作り上げていくもの




死を超えるものが欲しい


アルネイズに胸を張って語ることができる

死を超えた救いと安らぎが生者の世界に欲しい



無いなら

作る




兄弟、一緒に来い

ヴィンランドに平和の国を作る


やろう、兄弟

海の向こうに、奴隷も戦争もない国を作ろう





ひとは母という全能感から離れ社会や世界の現実に面したとき、その全能を手放さなければならなくなる。

その代わりに父や社会や世界の律のモデルとして<神>が設定されるのかもしれない。そしてそれが超自我という形で取り込まれるのか


そのとき手放した全能、もうひとつの自分は影となって彷徨うのか、あるいは、その影を生涯の伴侶によせるのかもしれない。


全能感人間
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ゲド戦記 1 影との戦い (ソフトカバー版)
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それらを人造しようとしたのが近代の国家幻想としたとき、トルフィンとクヌートの二人の道は似て非なるものといえるだろう。


そういった大きなテーマを作者がどのようにまとめていくのか期待したい。




--
関連:
「ヴィンランド・サガ」の背景メモ (アングロサクソンの良心、キリスト教とゲルマンとか): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/161667855.html


幸村誠、2011、「ヴィンランド・サガ」10: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/199172708.html


夜を愛し、余すところなく死んで、三位を統べる: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/200174686.html


屈せざるものたち: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/212059486.html

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2013年10月01日

是枝裕和、2013、「そして父になる」


見てきたのでいちお感想を。というかそれほどエントリする気もなかったんだけどちょっと調べたいことがあったのでそのメモ書きを兼ねて、これまでの是枝作品を振り返るのもいいかと思って。

ついったでもちょっとつぶやいたように本作の印象は「これまでの是枝作品の集大成だなあ。というか、ゴーイング・マイ・ホームに『弱者家族』みたいな点を加えて『勝ち負けではない』ってメッセージをより強く出した感じだった」、かな

フジテレビ系で放送されていたドラマ「ゴーイング・マイ・ホーム」はとても良い配役だったし、テレビで是枝監督のそれをみれたのはあの時期の自分にとって救いだったし、結果的に夏八木勲さんの遺作になって、、それがそのまま作品のストーリーにも重なって印象深い作品だったんだけど、なぜか世間的評価(視聴率)はそれほどよくなかった。さきほども言ったようにストーリーやテーマとしては今作とほぼ同じだし配役も豪華だったんだけど。

まあそのへんは火曜22時(だったっけ?)てあの時間帯が悪かったのかもだし、裏番組的なものの影響かもだし、プロモーションの違いとか、一見地味で「( ノ゚Д゚)<森ワー 生キテイルー」的なゆるふわドラマに見られたからなのかなあ、とか思うわけだけど(あと「賞とった」みたいなのに弱いしあまり知らない人たちは。。)


さておき

ストーリーとかテーマ、設定を言っておけば、「一流企業のサラリーマンとして働いてきた男は、『父親』というステータスに甘えて家庭を顧みず、あるいは自らの過去と向き合って『親を超える → 父になる』ということが主体的にできていなかったため、父親的役割ではあっても父親ではなかった」というもの。

「父親を超える」っていうか「親や子供、妻にきちんと向き合う」ってこと。

昭和の父親にありがちな「仕事に逃げて家庭を顧みない」のではなく。あるいは、そうやってきた完璧主義で強権の父親(社会的強者)を母や妻、あるいはお金を持ってない(お金が全てではない)人たちの立場から越えていく、ということ。それは「誰も知らない」や「空気人形」にも通底してきた「勝手な男たち」「ネグレクトされ人生の光を搾取される子供・女たち」というテーマを背景とする。



その辺りのテーマは「歩いても歩いても」-「ゴーイング・マイ・ホーム」でもゆるやかに展開されていた。


ただ、冒頭でも言ったように、今作では『勝ち負けではない』『負けることで赦すということ』『そこには負けも勝ちもないということ』というメッセージをはっきりと印象付けるためにか、主人公が一流企業のサラリーマンであるのに対して取替え子の相手先の家族はそれほど豊かではない(けれど人情味溢れる家庭)というような対照を明確にしていた。


そして主人公は気づいていく。自らが嫌っていた父親像をより強固に演じていたこと、父や後妻の義母へのわだかまりを超克できなかった自分の弱さに。「一流企業のサラリーマン」「裕福な家庭」という鎧に隠していた弱さ。



印象的だったのは取替え子をした看護師宅を主人公が訪れるシーン。

主人公がうまく行かないむしゃくしゃをぶつけるために正論に偽装したイヤミをつぶやくのに対して、看護師宅の男の子が身を挺して母を守ろうとする。「連れ子でなかなかなつかない」と看護師が言っていた子だったのに。

ここで主人公は「自分になかなかなつかない実子」「自分の酷薄さに愛情を疑い出す妻」「自分が愛せないから愛されないのだ」ということに気づく。

そして自らの弱さと過ちに気づき、「ゆるしてくれ」と電話をする。



あとはゆるやかに愛がふたつの家族を包んでいく(あるいはみっつの)




映画の内容としてはそんな感じだったのだけれど、自分的に気になったのは使われていた音楽だった。


特にエンディングで使われていたゴールドベルク変奏曲のアリア。

あらためてぐぐると全体を通してバッハ-グールドのそれがテーマとなっていたみたい(サントラは「パルティータ第2番 ハ短調 BWV826」「ゴールドベルク変奏曲 BWV988」を主として構成される)。








ゴールドベルク変奏曲はもともとはバッハが弟子のゴールドベルクのために作った曲で「眠りの曲」と言われていたものだったらしい。それをグールドが彼なりに解釈して演奏しなおした。
http://www.geocities.jp/imyfujita/goldberg/


その解釈をめぐって音楽ファンの間では未だにギロンが展開されているのだろうけど、自分的にはこれは「グールドによるバッハの塗替え的な超克」っていうか、、「眠り」であるところも認めている演奏のように感じた。

そういった解釈は映画の雰囲気にも依るのだろうけど…。


バッハを「近代の父」あるいは「厳格な近代の合理主義を完成させていった発端」とすると「昭和の父」の像と重なってくる。


とすると、このグールドの演奏を当てることで是枝監督は「超えるのではなく、ゆるやかに赦し認めていくのだ」ということをなんとなく示していたのではないか、と思った。



そしてこのアリアはヴァイオリンのG線だけで演奏できるように編曲され「G線上のアリア」として親しまれていく


「G線上のアリア」(ゲーせんじょうのアリア[1]。独: Arie auf G)は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの『管弦楽組曲第3番』BWV1068の第2楽章「アリア」の、アウグスト・ウィルヘルミによるピアノ伴奏付きのヴァイオリン独奏のための1871年の編曲版の通称。ニ長調からハ長調に移調されており、ヴァイオリンのG線のみで演奏できることに由来する。


http://bit.ly/150r3yA






そこにもなにか込められた思いがあったのかな、と少し思うけど、ここで留めておく。




--
関連:
夏八木勲さん死去…未公開の映画6本残し (2/4ページ) - 芸能社会 - SANSPO.COM(サンスポ)
http://www.sanspo.com/geino/news/20130513/oth13051305070014-n2.html



是枝裕和, 2009, 「空気人形」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/134634431.html







--
追記:

主人公が取替え子をした看護師宅を訪れるシーンについて。

「ボクらの時代」で福山雅治さんが語っていた内容はこの辺りだったのだろう。

(「小さい時に親父がなくなって、で、近所に空手道場があったんですけどそこの車がうちの目の前に横づけするようになってて、自分はたぶん『オレが守らなきゃ』って思ってたんでしょうね。必死にイキって『ここに止めるんじゃねえ!』って言ってました(笑) 道場主に」)



あと、是枝監督にも女性に対する罪の意識というか後ろめたいところがあるのかなあとかなんとなく思ったけど、、でも「現代女性、子供、生命の生きにくさ」みたいなことを考える場合はこういう語りにはなるよなあ、ってことであまり邪推しなくてもいいかな。

本作の対照として「八日目の蝉」とかもなんとなく

posted by m_um_u at 21:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク

2013年09月18日

finalvent, 2013, 「考える生き方 空しさを希望に変えるために」

考える生き方
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昨日ようやく読了。ついったでもちょこちょこ感想をつぶやいてきたけど、やはりきちんとしたエントリとして留めるのもいいかと思ったので。


そう思ったのはやはり弁当ヲチャーとしてこの10年ぐらいの自分の思い出も含まれてるというか、、「ああ、あのときこんなこと思ってたのねえ。。そして自分はこんなだったなあ」って気持ちが出てきて、それをとどめたかったからかもしれない。要するに「自分語り的なことがしたくなったから」ってことかと思うけど、、まあそんなにベタベタにならない程度に。


一読した印象で思ったのは「ああ、プロのライターとして読みやすさ考えてはるなあ」とかそういうの。内容や構成としても特に日記やブログを読んでなくてもとっつけるように。まあそれらはあとがき的対談からも伺えるわけだけど、


何のために学ぶのか、何のために考えるのか? | SYNODOS -シノドス-
http://synodos.jp/newbook/185



全体を通じての印象は大衆賛歌というか、「ふつーの人たちの生き方をもっと盛り上げる」ッて感じの。体裁としては教養書であるとおもうし、言ってしまえば「新教養主義宣言」(山形)辺りと対比されるかなあと思うんだけど、山形本や他の本が上からの啓蒙的なものをはらむのに対して、もっとゆるく、「自分もふつーの、っていうかどちらかというと負け組ですよ(トホホ)」って語りのようにおもった。<「負け組(トホホ)」であっても人生を愉しむことはできる。そのために考える-知を愉しむ>ということへのきっかけをできるだけゆるやかに示しているように。

そして、それらを包むように「finalventの日記」では語られていなかった私的事情が書かれていて、弁当ヲチャーとしては愉しむことができたし、またそれらを通じて等身大のひとの語りのようなものが読者に伝えられたのではないかなあ、とかなんとか(まあ伝わったり伝わらなかったりだろうけど)


「大学院を辞めて就職も決まらず放り出されるように社会に出たこと」

「結婚を半ばあきらめていた30代後半に差し掛かって、降ってきたようにあれよあれよと10歳下(!)の女性と結婚し沖縄に渡ったこと」

「沖縄を通じて日本の中の外国を再発見し、そこに都市に回収されていない普通の人々の生活や時間、思考があることを感じられたこと」

「病を得ることによって家族のことや『生きる』ということを再び考えなおしたこと」

「それらを通じて最終的に残っていたこと、勉強し、知ることを通じて得られたもの」

「それが単なる『おベンキョー』ではなく齢を重ねて実感として自分の中に降りてきて、それを通じてあらたな自分や社会、世界を発見できるようになった、ということ」



はてな日記で漏らしていた孤独や不安、それへの向き合いや思考の転換、成長の仕方に関する断片たちに色が付され、立体的に配置されていった感じがした。


商業用、というか一般向け教養ということで重たくないように配慮されたのかそれぞれの場面での思いのようなものは書かれてなかったけど、そのときの温度というか、、「ああ、このときも家族がいてくれたんだなあ」と確認できて、なんか却って安心した。


というか、かなり自分の人生や思いにダブるところがあり「お前は俺か…」感があったけど、、まあそれは優れた本がよみやすいわりに「お前は俺か…」感を強くするってアレ効果ともいえるかもしれない。実際、狙ってそういう構成もされてたようだし。




まあとりあえず、本書後半でも書かれていたように、この本自体が自分のこれからの人生の指標の一つになるようなところがあるように思う。そっくりそのまま真似る、というわけでもないし一般的に正しいとかそういうのでもないと思うけど。


先日終了したテレビドラマ「Woman」のセリフにこんなのがあった。

「オレ、わかった。人生に答えなんかないんだよ。答えは子どもたちが持ってるんだ。オレたちはその本を見ていく。あるいは子どもたちはオレたちの生き様を見ていく。そうやってずっと、その答えは継がれてきたんだ。最後のときにオレたちを見て子どもたちがどう思うか…それがたぶん答えなんだよ」


そうやって自分も過去の人が紡いできた人生の本に連なっていけるのかなあ、とかそんなことを思った。



かみさまが残してくれた最後の弁当を通じて


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2013年08月02日

宮崎駿,2013,「風立ちぬ」



もしもおまえがそれらの音の特性や
立派な無数の順列を
はっきり知って自由にいつでも使えるならば
おまえは辛くてそしてかがやく
天の仕事もするだろう


けれどもいまごろちょうどおまえの年ごろで
おまえの素質と力をもっているものは
町と村の一万人のなかになら
おそらく五人はあるだろう

泰西著名の楽人たちが
幼齢 弦や鍵器をとって
すでに一家をなしたがように
それらのどの人もまたどの人も
五年のあいだにそれを大抵無くすのだ
生活のためにけづられたり
自分でそれをなくすのだ





「10年…10年だ

 どんな才能もその持続は10年がやっとだ
 
 その10年の間に、すべての生を燃焼させるのだ」




この不可思議な大きな心象宙宇のなかで

もしも正しいねがひに燃えて
じぶんとひとと万象といつしょに
至上福祉にいたろうとする
それをある宗教情操とするならば

そのねがひから砕けまたは疲れ
じぶんとそれからたつたもうひとつのたましひと
完全そして永久にどこまでもいつしょに行かうとする
この変態を恋愛といふ




もしもおまえが
ひとりのやさしい娘をおもうようになるそのとき
おまえに無数の影と光の像があらわれる
おまえはそれを音にするのだ





けふのうちに
とほくへ いってしまふ わたくしの いもうとよ
みぞれがふって おもては へんに あかるいのだ

(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)



死ぬといふ いまごろになって
わたくしを いっしゃう あかるく するために
こんな さっぱりした 雪のひとわんを
おまへは わたくしに たのんだのだ
ありがたう わたくしの けなげな いもうとよ
わたくしも まっすぐに すすんでいくから

(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)


ああ あの とざされた 病室の
くらい びゃうぶや かやの なかに
やさしく あをじろく 燃えてゐる
わたくしの けなげな いもうとよ

この雪は どこを えらばうにも
あんまり どこも まっしろなのだ
あんな おそろしい みだれた そらから
この うつくしい 雪が きたのだ

(うまれで くるたて
  こんどは こたに わりやの ごとばかりで
   くるしまなあよに うまれてくる)
   
   

おまへが たべる この ふたわんの ゆきに
わたくしは いま こころから いのる
どうか これが兜率(とそつ)の 天の食(じき)に 変わって
やがては おまへとみんなとに 聖い資糧を もたらすことを

わたくしの すべての さいはひを かけて ねがふ








みんなが町で暮らしたり一日あそんでいるときに
おまえはひとりであの石原の草を刈る
そのさびしさでおまえは音をつくるのだ

多くの侮辱や窮乏のそれらを噛んで歌うのだ

もしも楽器がなかったら


ちからのかぎり


そらいっぱいの


光でできた


パイプオルガンを弾くがいい











見てきたので感想を。結論から言えば予想以上によかった(何回か泣きそうになって我慢した)。


小難しい批評だの感想だのを別にして、この映画でもっとも印象に残るシーンがあるとしたら、それは夏の日にたなびく飛行機雲のきれいな線であり、大きく立ち上った雲に向かってきれいに羽ばたいて行く紙飛行機の風の軌跡だろう。


それで十分だし、それ以上なにも語るべきではないのかもしれない。



しかし、きちんと感想を書いておきたいので、全力で謎とこうと思う。




物語は第二次世界大戦前の日本、「ゼロの奇跡」と讃えられたゼロ戦を開発した飛行機技師の話。

日本のその頃の国力ではまともな飛行機を作ることさえ難しかった中で、ゼロ戦は驚異的な性能を発揮し、一部で称賛と畏怖を集めていく。

しかし、その称賛が破滅への道だということを、技師は設計の段階から予感していた。


そして、さらにはるかな昔の幼少期から、少年は自分が天の仕事を手がけることを、そのために一切をなげうって尽くす必要が有ることを、預言されていた。


しかし、それ自体は彼の喜びであり、そのときが来たら全力を尽くし「きれいなもの」を作り出すことこそが、彼の本望であった。



一人のやさしい娘に出会うまでは




二人の出会いは風から予感され、風がもたらしたものだった。



そういった意味ではこれも天啓であり、「預けられたもの」ということではあったのだろうけど




やがて、そんな二人の蜜月に陰が差し込んでいく。

結核という当時の不治の病


これにより二人の将来は予め短いうたかたの夢であることが決定されていた。


それでも

二人はお互いがお互いを必要とし、あるいは、自らのもっともきれいな季節を良人に与えることによって「より高く飛べるように」と女は願い、風となって去っていった。



それが男に一刻の修羅をもたらしたか映画のなかでは語られていない。


しかし、男はより一層、自分の生を「天の仕事」をまっとうさせることにのみ費やしたのだろう。


だからこそ、映画の最後に「生きて」といわれることで、この男の生はようやくにして開放される。


もはや天の仕事のためにすべてを投げ打つ必要はないのだから。

まだ、自分自身の生をいきる意味が残されていたのだから。



そのようにしてこの作品では風が「生きろ」と囁いていく。


では、「生きる」とはどういうことなのか?


人は自分自身の物語、人生に向き合いそれを超克していくことで光り輝くことができる。


堀越二郎にとってそれは天の仕事をする(きれいなものをつくる)こととまったく同じ意味であった。

なおこにとっては自分の最もきれいな季節を悟り、それを良人に与えることが、もっとも生きた瞬間だった。


人は単に物理的寿命によって生きるのみにあらず、まさに生きられた時間によってその生の在り処が決まるのだろう。



二人の登場人物の人生のアウトラインとしてはこのような形になると思うが、それとは別に物語を包むテーマとして「科学者と技師(エンジニア)」というものがある。


科学者は理論やデータに基づいた科学という方法(数学的演繹や帰納)によって事象の科学的な未来を予想したりhackしたりする、のに対して、エンジニアは現場の職人として実践的に事にあたり、研究室では回収され尽くせない先端のアポリアを現実との試行錯誤の中からhackしていく。

それはまさに2011年の地震のときにも見られた構図である。

エンジニア(現場の経験知)の意見は上層部に通る過程で濁り、曖昧にされ、結果として原子力発電所のあの惨事をもたらした。

それをして「人類は、あるいは日本という国は原発を持つには早すぎたのだ(すくなくともいまのままではまた繰り返しになる)」という言説がある。それには一旦首肯する、が、それをしてそれまで積み重ねられた実践の知や、経験、歴史を反故にしてしまうのは極論というものだろう。たしかに、現状では利権-政治的な複雑さによって透明な意見が通らない。だったら、そのように問題が見えているのだったら、全てを放り出すのではなくその部分をhackしていこうとするのが考える葦たる人のあり方のように思う。ヴェーバー「職業としての政治」を引くまでもなく、政治的な空間にもプロフェッショナルなエンジニア-テクノクラートは存在する。その部分、日本の政治的なエンジンが十全に発揮されるような環境を作ることこそが重要なように思う。(エンジンに善も悪もなく、きれいなものはきれいだし、きたないものはきたない)


閑話休題


もうひとつ、物語を包むテーマとして気になったことがあった。「結核」という「となりのトトロ」の頃から続くキーワード。

当時の不治の病であり呪われた毒、現在の放射性物質汚染と同様のもの。


それは、本編の重層的な文脈である宮崎家の物語と関わるのではないか?


そのように直観したけれど、その部分は特に詰めないでおく。


そうであっても、そうでなかったとしても、宮崎家の鬼の血、というか、「天の仕事をすること」への情熱はそのまま宮崎吾朗へ受け継がれた(奥歯を砕きながら作った「コクリコ坂から」)。

コクリコ坂からの主人公の一人の青年がもっていた将来への夢の内容はにわかにはわすれてしまったけれど、同様の物語構造をもつ「耳を澄ませば」で青年がもっていた大志(きれいなバイオリンを作るという天の仕事をすること)にも相応するものと思われた。


宮崎吾朗はそのような「大志」「天の仕事」の犠牲となって幼少期に親の愛を受けられなかった子、だったのだろうか?



あるいは、そのように了解されていたのかもしれない。

ある時期までは



宮崎駿があるインタビューに答えてこう言っていた。


「わたしは自分の仕事を幼い吾郎のためにやってきた。吾郎がよろこぶように。なかなか一緒にいてやれないけれど、、たとえばパンダコパンダはわたしたちの物語なんです」


吾郎がそれをほんとうに実感するためには自らも天の仕事に就く必要があったのだろう。天から与えられた作品を削りだすまでは己の身体など顧みないテンションを生きる天の仕事に。

それをしてようやく、吾郎は当時の父の愛を確かめることができる。本当にあのとき、父が自分に向けて物語を紡いでいてくれたのか、母のことをどう思っていたのか…


自分は、父から期待されてない子供だったのか?(「ジブリを継ぐもの」とは誰なのか?)




「ジブリを継ぐもの」


それは単にアニメーターとしての才能や想像力があるということにとどまらず、ジブリが抱えてきたエートス、あるいは、そこにかけられた思いを継ぐことができるもの、ということになる。


ジブリ中興の祖である近藤喜文さんの、あるいは、ジブリが世界にはばたく際の架け橋となってくれたアルパートさん(本編ではカストルプさんの声を当てている)のそれを。

もしくは世間的には名前も知られないうちに去っていった仲間たちの思いを。


それらを、ジブリ外で継いでいるものが庵野秀明(堀越二郎)だったのだろう。


ジブリ作品(「ラピュタ」「ナウシカ」)から「ナディア」-「エヴァンゲリオン」-「オネアミスの翼」へと継がれたアトランティスの夢。そして、「飛ぶ」
ことへの意志。

アトランティスの夢は人の理想を映した風と火と水の物語の暗喩であろうが、ここではこの記述に留める(cf.「百億の昼と千億の夜」)。



「庵野を主人公にした」というのは一見すると「ジブリを継ぐもの」として庵野を選んだ、かのようにも見えるがおそらくそうではない。


「外にあってジブリ(シロッコ=熱風)の意志を継ぐもの」として庵野が次の作品できちんと羽ばたけるように、というエールだったのだろう。



そして、おそらくは次の大作を持って宮崎駿の作品作りは終わる。宮崎がかつていつかは作りたいと言っていた「方丈記私記」の反映をもって。


あるいは今作がそうだったのだろうか?


であったとしても、宮崎の父への思いはここに昇華したように思う。飛行機技師であった父への思いは、こういった形で人々の間に残されていく。



それはまるでかつてのゼロの記憶が、新幹線という世界最高の技術として戦争のない世に遺されていったように。








風の意志は


継がれていく















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関連:
グスコーブドリのように: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/163308380.html







G戦場経由、蒼い月行き (赤い戦車風味): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/36439208.html


「さあ、ちからのかぎり、そらいっぱいの、光でできた、パイプオルガンをひくがいい」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/205662291.html


「風立ちぬ・・・」 - Togetter
http://togetter.com/li/538292






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個人的には「しっかりと生きろ」と後押しされたように思いました。

「しっかりと、大人として、やるべきことを、きちんとこなせ」、と。

「どうせ自分は嫌われる」などと拗ねる前に自分が嫌われないように、断片化して大事なところは隠したりせずに、人に伝わるように話せ(態度で示せ)、と。




ありがとうございました



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2011年08月29日

佐藤賢一、1999、「双頭の鷲」


フランス革命までの流れを見ときたいなと思ってなんとなくこれを読んだら思ったよりいろいろ収穫だった

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佐藤賢一: 双頭の鷲(あらすじ・感想等):時代小説県歴史小説村
http://lounge.cafe.coocan.jp/novels/001002.php



文庫版巻末の北上次郎(目黒考二)の感想だと「(その年の)1月に発売されてすでにしてその年のベストと決定されていた」なるもの



実際おもろかった



舞台は100年戦争の初期、ジャンヌ・ダルクから二世代前、クレシーの戦いで有名なエドワード三世の次の時代



ノルマンディー伯流れでフランスの血脈も受け継いだイングランドは「フランスの王位もよこせ」とせっついてきてた。「男系相続」を旨とするゲルマン法に則るとヴァロワ家のフランス王朝は法的説得力を持たなかったので





そして当時、長弓部隊を中心としたカウンター攻撃を開発したイングランドはフランスに対して連戦連勝、フランスの領土はイングランドに侵食されていた。


ブルゴーニュやノルマンディーなんかはまさに渦中


その南のアンジュー、ボルドーなんかも後にフランスとイングランドの間で行ったり来たりすることになる。




役者として配されたのは主人公であるデュ・ゲクランとフランス王シャルル5世、イングランド黒太子エドワード、その重臣ジョン・チャンドス、デュ・ゲクランのライバルとなる天才グライー

女性としては美貌で知られるジョーン・オブ・ケント(黒太子エドワードの王太子妃)


あとは小説としての本作を展開されるために配されたデュ・ゲクラン方の近臣が何人か



全体として、オモテ面の歴史絵巻としてはこの時代の軍事→行政改革などのお勉強になった


ウラ面ともいえる人間ドラマ的なところでは女性が鍵となって物語を駆動していたように想えた。小説的想像力で描き上げた部分。そういう意味では女太閤記的性格も感じたり





まず最初に驚いたのはこの時代に14世紀のパリ革命ともいえる事件があったこと


フランスの王権が弱まっていた影響もあって、三部会が王宮まで突入し王太子を吊るし上げた(ちなみにこのとき国王はイングランドに捕虜になって不在だった)


三部会はもともと「強大な教皇権に対抗するために国内の意見を統一するものとして作られた」って話だったけど、この時代のパリの三部会は実質的に第三身分である平民(というか商人)が中心となりクーデーターを起こしていた



シャルル5世はそこからからくも脱出しシャンパーニュの貴族を頼る




パリとプロヴァン(シャンパーニュ)とでは三部会の性格も異なり貴族が三部会を仕切っていた。このためシャルル5世は貴族の信任を得てパリを取り戻した




これより後、シャルル5世とデュ・ゲクランは「フランス史上最強のデュオ」を組むこととなる



フランスの英雄というとナポレオンやジャンヌ・ダルクが頭に浮かぶけれど、ジャンヌ・ダルクはナポレオンが国民国家的戦意高揚のために引っ張り出してきたマイナーエピソードで、本来はデュ・ゲクランの伝説のほうが影響力をもっていた。

実際、「ジャンヌ・ダルクが活躍した」とされるのはオルレアンという一地方における一戦のみだし…

それに対してデュ・ゲクランはブルゴーニュ継承戦争、カスティーリャ遠征、その他のイングランドとの幾度にもわたる緒戦を勝利で飾った




…何回か負けて捕虜になったけど(3回捕虜になった)



理由はよくわからないけどこの作品の中では「将軍の能力のせいではなく、政治的やっかみから貴族連中によって指揮権のないところに配属されたから」ということにされている。ハンニバルなんかがやられたアレだし、銀英伝みたいな軍記ファンタジーでもよくある話



そしてそのたびにシャルル5世は保釈金を払った。王族でもない下級貴族出身者に



しかし国民はデュ・ゲクランの開放を祝した

(「祖国のために命を賭して戦う兵士を、フランスは決して見捨てたりしない」)



もはや戦争は王族の勝手気ままな遊びではなく民意と連結した国策となっていた









ローマ皇帝と教皇を「父」とした政略結婚で国が配分されていたこの時代、戦争は王族の遊びだった。巻狩りのような


戦争で負けても王族の命は保証され、それなりの保釈金と交換に解放される、というのが戦争の作法とされていた


そのため、捕虜となった王族は平時の関係と同じく丁重に扱われた。またゲームとしての戦争に興じる王たちには基本的にそれほど緊張感はなかった


騎士道華やかなりし頃の勇壮な夢を追いかけるゲーム、「正々堂々と正面から戦うこと」を基本とし勝ち負けは二の次


そういった「騎士」のたたかいをイングランドの長弓戦術(モードアングレ)はカモにした




シャルル5世とデュ・ゲクランはそういった戦争ゲームに革命をもたらした




ベルトラン・デュ・ゲクラン - Wikipedia
ベルトラン・デュ・ゲクラン(Bertrand du Guesclin, 1320年 - 1380年7月13日)は中世フランスの軍人。百年戦争初期に大活躍してフランスの劣勢を挽回した。



奇襲や夜襲など少ない兵力を有効に活用するゲリラ的戦術を得意とした。大会戦を避け、焦土作戦を取ったことでも有名[1]。容貌は魁偉で、「鎧を着た豚」と綽名された。また、「ブロセリアンドの黒いブルドッグ」の綽名も持つ。




「正面衝突以前に敵の兵站を枯らすこと」を旨とし、戦略的勝利を目指した

すなわち敵を籠城させ水を枯らしたり、兵站の現地挑発ができないように予め現地に何も残らないようにしたり(焦土作戦)


また、それ以前に外交的、政治的な駆け引きで勝利を引き込んでいた






デュ・ゲクランが戦の天才ならばシャルル5世は政治の天才だった



シャルル5世 (フランス王) - Wikipedia
シャルル5世(Charles V, 1338年1月21日 ヴァンセンヌ - 1380年9月16日 ボテ=シュル=マルヌ城)は、フランス・ヴァロワ朝第3代の王(在位:1364年 - 1380年)。賢明王(ル・サージュ、le Sage)と呼ばれる。中世末期の行政機構の研究家フランソワーズ・オトランはシャルル5世を税金の父と呼ぶ。最初にドーファン(Dauphin)の称号を有した王太子である。


シャルル5世 (フランス王) - Wikipedia
1349年に罹った病気(腸チフスとも結核とも)の後遺症から、言われているように瘦せっぽちではない(病気明けの1362年には73kg、1368年には77.5kg)が、虚弱な体質は彼を馬上槍試合や戦場からは遠ざけた。右手は腫れ上がっており、重いものを持つことはできなかった。精神の面においては明敏な感覚を持ち、国王として何ら欠けるところはなかった。溌剌とした精神を持ち、まさしくマキャヴェリ主義者であった。シャルルの伝記作家であるクリスティーヌ・ド・ピザンは彼のことを“sage et visseux”(賢明で狡猾)と書いており、ランカスター公ジョン・オブ・ゴーントは“royal attorney”(国王の代理人)と認めた。彼の気性は父ジャン2世善良王とは全く違っていた。ジャン2世は中身のない激怒を顕わにしたり、自分の周りにはお気に入りしか取り巻かせなかったりする男であった。すぐに人格の不一致による不和は公然のものとなった。



シャルル5世賢明王は、極めて教養の深い人物であった。クリスティーヌ・ド・ピザンは、彼のことを次のように書き記している、つまり、完璧な教養の持ち主であり、七自由科(教養諸科、リベラルアーツ、文法・修辞・弁証法と算術・幾何・音楽・天文学の7つ)を修めている、と。一方で、彼は敬虔だが迷信深い国王でもあった。長い間執拗に襲いかかってくる運命によってなかなか継嗣ができなかったし、当時の医師には手の出しようもない数々の健康上の問題のために、篤信家であり、また占星術の信奉者になった。シャルルはセレスタン(天上)修道会の発展を後援し、また彼の図書館の7分の1を占星術、天文学、予見に関する書籍が占めていた。しかしそれらのことは、当時の教会や大学の見解あるいは彼の顧問官たちのそれと意見の対立をもたらすこともあった。シャルル5世の信仰は個人的な領域に留まっており、政治的な決断には何ら影響を与えなかった。




シャルル5世 (フランス王) - Wikipedia
百年戦争のさなか、ポワティエの戦い(1356年)に敗れた父王ジャン2世がイングランドに捕囚の身となったため、王太子のまま摂政として困難な国政を担当した。当時フランスは疲弊の極にあり、大諸侯、わけても叛服常無き王族シャルル・デヴルー(ナバラ王カルロス2世、エヴルー伯シャルル)の画策に悩まされた。エティエンヌ・マルセル指導下のパリの反乱およびジャックリーの乱(1358年)を鎮圧し、王の虜囚直後に結ばれたロンドン条約の批准・履行を拒否し、イングランドと新たにブレティニ・カレー条約(1360年)を結ぶことに成功した。



現在の税金の基礎となる定期的な臨時徴税(矛盾した表現であるが)を行ったり、常備軍・官僚層を持つなど、後年の絶対王政のさきがけを成した。また、彼に仕えた軍人・官僚の中から、シャルル6世時代のマルムゼ(グロテスクな顔の小人)と呼ばれる官僚が現れた。





軍事面では、名将ベルトラン・デュ・ゲクランを重用し、イングランドに奪われた国土を回復すべく行動を起こす。コシュレルの戦い(1364年)でイングランド軍の支援を受けたシャルル・デヴルーの軍を撃破した。この勝利は、シャルル・デヴルーのフランス王位請求を断念させただけではなく、彼がエヴルー伯としてノルマンディーに持っていた領土を取り上げ、そこがイングランドの橋頭堡・進行路になることを防いだ(その代償としてシャルル・デヴルーは南フランスに領地を与えられた)。さらにブレティニ・カレー条約での休戦による解雇で、社会不安(ルティエやエコルシュール(生皮剥ぎ)と呼ばれる盗賊化した傭兵が略奪行為を行ったことによる治安悪化)の原因であった傭兵隊をカスティーリャ王国援助に誘導し、あわせて外交上の成功を収めた。





強い国となるためには常備軍が要る


そのためにシャルル5世は後の税金の基礎となるような枠組みを創り上げた


具体的な内容としては人頭税、消費税、塩税の三本柱




従来は王といえども領地経営、年貢によって糧を得てたため諸侯と王の力関係はほとんど変わらないものであった。

しかし、シャルル5世は「税金」を半ば制度化したことによって年貢収入の数倍に当たる確実な収入を半ば独占することとなった



税金によって国軍、すなわち常備軍が養えることとなる。



ほかの兵士たちが寄せ集めの装備や熟練度も異なる寄せ集めの傭兵、農閑期の農民のようなものたちも混ざっていたのに対して、常備軍は戦闘のプロとして訓練を受け士気にあふれる精鋭たちだった



そういった最強の軍隊を「矛」として集められた税金を有効に機能させるために王は官僚制度の基礎ともいえるものを作った。


司法、行政、軍事、外交、その他の領域にそれぞれの専門家をあてがって、それらの長に後の宰相につながる役割のものを配した。




王(政治と立法)、官僚(行政)、軍人(戦争)の3本柱(トライアングル)



この3つが揃うことで初めてデュ・ゲクランの戦争は強度を持った



そのとき軍隊は国家の手足に過ぎなかった。


「兵站なくして軍はならず」


どんなに強力な軍隊も兵站が常備されなくては機能しなかった






そういった兵站、親鳥の世話を背景にしてデュ・ゲクランの手足はどこまでも長く強力な手足としてフランス全土を覆い、翼となって羽ばたき、後に「鷲の巣」となるスペインの地に降り立った




シャルル5世の制度改革はこの時代にしてはオーパーツともいえる画期的なものであったが、その後シャルル6世の御代に失われ、時代はオルレアンの乙女とシャルル8世(温厚王)の無敵の軍隊を待つこととなる





当時の制度改革は「1374年の大勅令」として成文化され後の絶対王政の礎となった、という








それが歴史絵巻としての「オモテ」の話だとすると、人間ドラマとしての「ウラ」の話、女性たちを中心とした話は小説に陰影を与えていた


主人公たちの周りに配される四人の女性


ジャンヌ・ド・マルマン


ティファーヌ・ラグネル


ジョーン・オブ・ケント


クリスティーヌ・ド・ピサン



はそれぞれ「女の子」「女」「母」という3つの性格をブレンドしたものだった



ジャンヌ・ド・マルマンはデュ・ゲクラン(ベルトラン)の母親であったが、「腕長まんまる」という息子のあまりの醜さに生育を拒否する。


そして、それが一生の傷となってデュ・ゲクランは40まで女を拒絶して過ごす



ティファーヌ・ラグネルはそんなベルトランに親愛を寄せ、幼い日の約束を胸に独身を通す


二人は40にして出会い、すったもんだあって結婚することとなる



ベルトランの傷はティファーヌの母性ともいうべき慈しみを受けて癒されて行く。


それは母性のみならずティファーヌの若き日の罪とその贖罪意識を含んだものだったのだけれど


同時に、ティファーヌに恋心を寄せていた従兄弟のエマニュエル・デュ・ゲクランの父性とも言える愛に包まれて





「貞操の呵責とそれがゆえの母性」のようなテーマはジョーン・オブ・ケントと黒太子エドワードの関係にも重ねられていた


初婚ではなかったジョーン・オブ・ケントは、小説中では「それがゆえにエドワードに責め立てられた」とされていた



DV夫みたいなエドワードの暴力にもめげずに献身を続けるジョーン・オブ・ケントの姿はクリスティーヌ・ド・ピサンとシャルル5世の姿とある意味対照的だった




クリスティーヌはシャルルの若き日の過ちで傷つけてられてしまったが、晩年、瀕死の王の介護に当たり、同時に「英雄として誇り高く逝く」はずだった男の人生を狂わせる



そういった「女の業」のようなものは、まさしく愛憎ともいえる形で愛情と表裏一体だったということが最後に記されていた



脆弱な青年の頃の過ち、傷への向き合いをもってクリスティーヌの憎悪は溶けて救われる








「業」「性(サガ)」「母性」「(あるいは性別を超えた)親愛」









それらは煌びやかな歴史の表舞台(オトコノ戦場)からは見えないものだろうけど、その時代を生きた人々、生きている我々にとってはこういったもののほうがドラマであり歴史なのだろうなぁとぼんやりと思った






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「近代」と軍隊の官僚制: muse-A-muse 2nd
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タグ:歴史 軍事
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2011年08月07日

古東哲明、2005,「現代思想としてのギリシア哲学」


前回の続きから



正戦論の近代的結実としてのグロティウス、その元はキケロにあるといわれるけど、これは実務的なローマ法的な流れが主に見られているように思える。もうひとつの倫理的な側面は自然法を基盤とし、その解釈というのはギリシア哲学におけるストア学系の倫理学に依るのではないか? あたりから



正戦論が必要とされたもともとの現場である傭兵たちの戦場において、最終的に「やりすぎ」ではない線引き(ルール)とされたのは(腐敗した教会とは違った)「神」との関係だったように思えるので

この場合の「神」はヴァルハラに誘うものでもあれば、もっと人格アナロジーからはずれた「自然」的なものでもある(日本だと「天」といってもいいだろうけど


自然法における自然とはおそらく神と不等号なので





それがなぜストア→キケロにつながるかというと、ストア学派までにつながるながれ、ソフィストをまたいだソクラテスまでのギリシア哲学の流れというのは一度殺された「神」をもう一度人の手に取り戻すためのものだったから


「神」っていうか「神的なるもの」であり「大いなる自然」であり「宇宙の根本原理(アルケー)」



一度ゆがめられたそれをもう一度人の手に取り戻し、その自然(じねん)の流れにしたがって生きて行くことが「よりよく生きる」こととされた




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最初にギリシア神話的に人の姿に模され、堕落して過小評価された「神」(アルケー)を、タレースやヘラクレイトスがもう一度考えなおし、ある者はそれ(アルケー=宇宙の根本原理)を「水のようなもの」とし、ある者はアルケーを「火のようなもの」とした


両方とも見ているものは同じで


消滅してはよみがえる人やモノ、事象のあり方(万物流転=諸行無常=パンタ・レイ)


消滅と生成という逆向きのモメントの調和(パリントロポス・ハルモニエー)


そういった人の世の安っぽい善悪や価値観を飲み込んでいくような大きな流れのようなものを見ようとした


そして最終的に時間もモノも人のあり方もその瞬間にあらわれ、また同時に消えているだけのものと気づいた




それは後にハイデガーが存在論として表していった


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そういった気づきは一度はパルメニデスによって為され、著者によればその根本体験(タウマゼイン)によって「大切な事はすべて語った」ということになる(つまり「哲学は完成した」、と)


あとはその体験、「存在に対する畏怖と感動が衰えないように日々生きていけばいい」、ということになるわけだけど…




たぶんそれが一番難しいことで



羊でも狼でもなく「ふつーに生きる」ということ (reprise): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/43805201.html



続「小林秀雄の流儀」  「実生活と思想との間でバランスを保つ」ということ: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/123045927.html





マルクス・アウレリウスのあり方というのもそういうことだったのかなぁ、と思う



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その前段階のソクラテスも




ソクラテスの前にソフィストがある


ペルシア戦争に勝利したことで再び自信を取り戻したギリシアは実務的にきっちりといろいろな思考の型を創り上げていった


それはギリシアの「近代」であり、その実践者たちがソフィストだった



ソフィストたちはソクラテスとの対照で悪いイメージがある(特にゴルディアスなど)








しかし実際ソフィストたちは実に有能な実務家であり、現在だと法律家やコンサルタントみたいな感じだったのだろう(あるいは士業全般



神秘主義を廃し、人の思考も相対化し、その上でわかりやすくきちんと思考し論じるための弁論術(レトリック)や文章術などといったノモス(人為制度)を固めていった



彼らは実に立派な人達で、いまでいう「生産性」に寄与する立派な「社会人」




それに比べればソクラテスは単なる変なホームレスのおっさんで、なにかよくわからん皮肉をいって人の思考を混乱させる困ったちゃんだった



彼の論法で代表的なものは「無知の知」として伝わるが、具体的にはエレンコスという対話術になる



それは直接相手の話に反論するのではなく、搦め手から例外を例示していくことで相手の常識をぼやけさせるような論法


たとえば


(1)対話相手が命題Aを主張

(2)ソクラテスは、Aを直接論駁せず、相手から命題 B、C、D…についての同意をとりつける

(3)B、C、Dからさらに、Aの否定命題をみちびく

(4)もって間接的に命題Aを論駁する


というような




相手に「気づかせる」(あるいはなんとなく「ぼんやり」させる)ようなそういう論法。直接否定するのではなく



そういった論法で「近代」(あるいは合理主義)が陥りやすい二元論(ディコトミー)、二値コード、あるいはそれらをシンにしてほかのものを全て相対(メタ)化してニヒリズムしてしまうような隘路から思考を開放していった


(最終的には毒人参かじって死んだが)



とりあえずソクラテスは「人の常識」を基本と据えた倫理、「正しさ」から倫理を救おうとした




倫理とは「よき生き方」であり、それはなにを価値の中心に据えるかによって決まるので



「正義」といった仰々しいものでもなく単純に人や自然のあるべき姿を目指したのがソクラテスであり、それを継いだのがストア学派であった



そこでは人の善悪や生存までも含んだ価値観を越え、「善も悪も全て『在る』ということを許す(許容する・ありがたく思う)」といった存在驚愕に基づいた倫理(エートス)が蓋然的に共有される



悪も痛みも、それを感じられること自体が在ることだ、として許す感覚。


「在り」「難く」思うそれは死に体のときのそれに近い




ソクラテスが人の世の常識(ノモス)を相対化しようとしたのは彼が自分の中のダイモーンの聲に誠実であろうとしたからだろう



本覚ドライブ  通過儀礼としての「翁」: muse-A-muse 2nd
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Terminal Arts of Sein und Zeit: muse-A-muse 2nd
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夜を愛し、余すところなく死んで、三位を統べる: muse-A-muse 2nd
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プラトンもそれを継ぎつつ、「国家論」といったノモスを表出する傍らで後の新プラトン主義に続くようなDQN話(イデア論)を磨いていった



プラトンの身体論に焦点するとあれはどうやらアストラル体というか、幻肢のようなことをいっているらしい



幻肢とは、事故で腕なんかが切れた後、手術後しばらくしても既に失くなった腕が痛む、というような。痛むけど実体(肉の体)としては失っているものなのでどうしようもない



あるいはボディビルダーや身体を鍛えたり操作する人たちがセルフイメージをしっかりと持つと、その筋肉の成長が早くなったり、普段は「動かせない」と思ってた可動域や速度を出せる、というようなもの



つまり人の身体というのは「身(ミ≠アストラル体)」と「体(肉の体)」でできている、ということ



イデアに通じるのは「身」のほうだけど、それはなにも「身のほうが『本当』のカラダ」といった本質論ではなく、「身」と「体」の両方で人の身体は構成されている、ということ




そして、そういった体をプシュケー(神の息吹)が覆う



これもよくわからないんだけど、たぶん発勁の呼気や血流の流れ、力と自然(大地)との結びつきのような感覚に近いのだろう




COMPLEX CAT : 剛体化と柔体化 #2〜発勁と勁道のモデル
http://complexcat.exblog.jp/16032893/




「常識」のくびきを超えてそういった感覚を取り戻すためにエレウシスの密議なるものがあった


前段階として、身体(あるいは心と体)を型(身体図式・常識)から解き放つために一度殺すことを要求する



(1)ボンデージ: 肉体に不自然な姿勢を強要したり、人形化(静止化することで)することで自動機械化し惰性的にはたらく身体図式システムを奪う法方法静慮や坐行などが典型


(2)ダンシング: 体操や舞踏のようにかじかんだ体をほぐし、通常は使い忘れた筋肉や器官を酷使し、身体図式をふりほどく道(ヨガやロルフィングなど)


(3)ダイイング: 円滑な生理機能を可能な限り撹乱し、肉体を死体直前まで近づける。肉体を殺すことで、そこに沈殿し身体の<遊び>(可能性)を拘禁していた制約(身体図式)をいったん破壊する。千日回峰や断食行など




そこからさらに深い密議を行っていく




ソクラテスが人や自分の認識を極限まで操作してダイモーンの聲に繊細であろうとしたのを補足するように、プラトンはそれを身体的に考えようとした、か (で、あれば、その痕跡はギリシア的彫像にも残っているのだろうか。ローマの筋肉隆々のそれとは違った





ストアやマルクス・アウレリウスもそれを継ぎつつ、なんとなく世界劇場内の自分の役割を演じていった




そういうのをみていると、けっきょくは啓けも大切だけど「その後の過ごし方」ということでは「自省録」的な付き合い方しかないのかなぁ、と思う






まぁ「自省録」は読もう





タグ:実存
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2011年07月16日

加納明弘、加納建太、2010,「お前の1960年代を、死ぬ前にしゃべっとけ!」





ロベスピエールは、その動機から判断すれば、史上最も有徳な人物のひとりであった。しかし、彼が人びとを殺し、みずから処刑され、彼の指導下にあった革命を滅ぼすに至ったのはほかでもない、まさにあの有徳のユートピア的急進主義のせいであった。

――ハンス・J・モーゲンソー










お前の1960年代を、死ぬ前にしゃべっとけ!
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[書評]お前の1960年代を、死ぬ前にしゃべっとけ!(加納明弘、加納建太): 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/08/1960-e39a.html


簡単に言うと「60年代学生運動 → 全共闘とはなんだったか?」という話

そこに至る歴史的背景を日本という地政から概観する


通常ならば「全共闘ってけっきょくおぼっちゃんたちの祭りだったんでしょ?ホジホジ(´σ_` ) ポイ( ´_ゝ`)σ ⌒゜」で終わるぐらいだけど、その「祭り」がどういった背景から生まれたのか?なにに対するものだったのか?なぜ有効ではなかったのか?について歴史的に考察した感じ


なので概括な近代史としてまずお役立ちだったりする



「近代は理性の時代で、共産主義―社会主義ー計画経済というのは理性の突端だったんだよ。そんなこといったらいまからみればアポーンかもしれないけど、少なくともあの時代はそうだった。1920年〜1970年代までは、日本の知識に関わる人、いわゆる『エリート』はなにがしかでマルクス主義の影響を受けていた。読売新聞のナベツネとか日本テレビの氏家さんにしてもそうだよ」


ジブリの宮崎駿もそうだし、ジブリのバックアップともいえる徳間書店の徳間康快にしてもそうだった



それが内部でのくだらない権力闘争、たかが委員長の座をめぐった暴力による内部での潰し合い(内ゲバルト)に終わってしまったことに、対談者の「親父」のみならず学生闘争に関わった人たちの少なからずの失望があったのかも知れない



「本来なら外部の『敵』に向かうはずの暴力が、なぜ味方同士に向かうのか?」

「そもそも『敵』とはなんなのか?」



あの時代、学生たちがなんとなくのスローガンとして掲げた目的であり打倒すべきものはベトナム戦争だった


「ベトナム戦争のようなどう見ても妥当性がないような戦争にアメリカが関わるってのはけっきょくは米ソの覇権争い的な理由なんでしょ?」的な


まぁそこまではっきりは言ってないけど、米ソの覇権争い、ドミノ理論的なマスとりゲームの一環だったことは明らかだったし、内政不干渉の原則に外れた過剰コミットってのは政治学者的な課題でもあった。モーゲンソーはこれを元にリアリズムを精緻化していったし、当事者であるマクナマラも後に回顧録を出してその反省とした。


もしくはジャーナリズムの古典としてもベトナムの記憶は重要なものとなる(cf.ハルバースタム)





アメリカをそうさせたのは第二次世界大戦のときから続いていたパワーバランス、あるいはそれ以前からの歴史の流れに依るものともいえる



空想過去小説「チーズとバギウム」: 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2004/08/post_5.html


中国というチーズを欲しがってイギリスその他の列強が集まってきて、脅威を感じた日本もそこに加わり白ヤギさんたらチーズを食べた。

そしたら黒ヤギさん(ロシア)が「そのカマのところがうめーんだからオレによこせよ」っていって争いになった(日露戦争)


なんか知らないが補給が遠かったんだか勢いだかで白ヤギさんが勝っちゃったのでその後も勢いづいちゃってたたかいが大きくなっていった(一部の白ヤギさんは止めようとしてたのに)

けっきょくおおきなたたかいに白ヤギさんでは勝てるわけもなく軟着陸の方向性を探るも内部でグダグダしたり




大航海時代以前はヨーロッパのガラパゴスだったイギリスが「海洋国家として他の国に先んじれた」ってのは海峡をめぐる疲弊がなかったアドバンテージに依るのかなぁ、と思うもはっきりはしてない(モデルスキー辺りが考察してるらしい)


覇権安定論 - Wikipedia
http://bit.ly/naaHwv



とまれ、イギリスはロイヤルネイビーを擁して世界の海を征していく。おそらくはそれまでは「陸の王者が世界の覇者」みたいな観念があったところを覆して

「覇者を目指す」というよりは「商売の橋頭堡を確保」「それを安全に連結」させていっているうちにいわゆる「シーレーン」と呼ばれるものができてしまった、か



「ローマの正統」を自認していた大陸ドイツなんかはそれを追うもなかなか追いつかず、世界大戦というのはその旗取りゲームなものだったのだろう


まずイギリスが先行し、産業革命かなんかでフランスほかの国も追いついてきて万博なんか開き、ドイツもがんばって追いつこうとするも正攻法では追いつかないので「略取」―「戦争」というオプションをとったか


そして、二度に渡るドイツの「挑戦」を退けたのは、同じゲルマンの別の形での現れだった(アングロサクソン)



ロシアも大陸の辺境、眠れるシロクマ的に機会を伺っており、太平洋を通じての外洋アクセスへの橋頭堡が朝鮮であり日本だった


環日本海地図は「日本と朝鮮、中国は地続き感覚だった」って話というよりは「ロシアから見たらあの辺りは全て『外洋への港湾』って認識だったのでわ?」ともみえる
http://www.pref.toyama.jp/cms_sec/1510/kj00000275.html



で、イギリスが残したシーレーンをめぐる争いがいまだにつづいてるわけだけど、中国-ドイツと考えればそれはそのまま歴史の繰り返しとも見える、と(イギリス→アメリカ)


「歴史のライム」 中国はドイツ帝国の轍を踏むか? - リアリズムと防衛を学ぶ
http://d.hatena.ne.jp/zyesuta/20100520



「お茶」や「香辛料」、「アヘン」から「レアアース」や「石油」か


謝罪の等価交換と哀悼の贈与交換
http://bit.ly/keAsF2




そうやって歴史は表層を替えて繰り返している





「終わらない宿題をかかえて歴史は繰り返す」




そういった諦観のようなもの、あるいはあの日の失望への記念碑的なものとして作られたのが「紅の豚」だったのだろう


内ゲバという醜悪で終わった狂騒を

あの日の痛みを忘れて脳死状態(経済の豚)となって社会に仕えることを選んだわれらが「再び飛ぶ日」を

せめて戯画的に消化することで、旅立っていった彼らへの手向けとする


(だから、ポルコたちは飛行機を降りて殴りあう。凄惨で深刻な潰し合いにならないように)










学生運動に関わった人たちがトップになっている現政権と、同じく闘争に関わった人たちがフィクサーとして関わる原発問題というのはすこし「紅の豚」に似てるようにも思う

(問題は豚のエンディングと違って彼らの衒示的行為が現実の我々の生活にはねかえってくることだけど)



福島原発が世界に残すかもしれないひどい遺産: 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2011/07/post-6aab.html



ただ、

『今の状況を見ていますと1960年の安保闘争の時、日本国民を巧みに誘導したソ連共産党の邪悪な工作を思い出します』

http://kkmyo.blog70.fc2.com/blog-entry-755.html



というのは少し違うかな、と





「在日→韓国-朝鮮分断問題でもそうだけど、あれは日本の問題だったんだ。日本と朝鮮は常にロシアからの脅威にさらされていた。そのなかでイギリスあるいはアメリカの傘にすがるしかなかった。後者の選択も『仕方なく』ということではあったんだけど、現実的に軍事力の差からしてやむを得ず傘下に入らざるを得なかった。朝鮮が分断されたのはその流れだったわけだけど、日本もそうなっていてもおかしくなかったんだよ。北海道なんか明け渡されててもおかしくなかった。北方四島は奪われてしまったけど」


そういった背景からあの世代は朝鮮に対して「済まない」って意識があったみたい。あるいは中国との関係でベトナムに対して


中国への日本侵略に対して、あの世代は「明らかな帝国主義的傲慢によるそれでなんの義もないもので、済まないことをした」と思っていたようなので


それがそのまま「義のない戦争」としてのベトナム戦争へのコミットにつながっていた、とか


まずその意志があって行動があり、援助というのはあとから付いてきたもののように思える





北方四島で『済んだ』のは「アメリカの核の威力が効いたから」、と


第二次世界大戦で実質的にドイツと殴り合いをし、倒したのはソ連だった。


それをもって連合国の中でソ連のプレゼンスは増してきていた。それを押しとどめたのが原爆の一撃だった




ヒロシマ人としてはそれをもって「原爆が戦争の惨禍を抑制する抑止力になったのだ!」ってなにもしらないヤンキーが鼻高々してるとぶん殴ってやろうかと思うけど、まぁたしかにそういう背景は肯んぜざるをえない




当時、戦略核をもっていたのはアメリカだけだった。それをもってアメリカはソ連の脅威に対抗していたわけだけど、ソ連もその4年後には独自に核兵器を開発し、ここにMADな競争がはじまった


宇宙開発もその余波であり並行したものとも言える


「核弾頭を精確に着弾させるためのロケット技術」がそのまま宇宙開発に応用されていった。あるいは、「核は示威として使いにくいが宇宙開発は具体的イメージとしてアナウンスできるので示威しやすい」という事情か



宇宙開発でもソ連が優位でアポロ計画が成功するまでは宇宙-核-軍事ともにソ連の力はアメリカと同等かそれ以上とみられていた



そういった背景からベトナム戦争があった




ソ連にことどとくマス目を埋められ後手に回っていたアメリカ首脳部としては背中にチリチリ来るほどの現実的脅威を感じていたのだろうから



もともと「自分たちのための戦争なのか?」というところでモラルに直結しにくく脱走兵が相次いだ


全共闘やベ平連はそういった脱走兵をかくまい中立国へ避難させる活動もしていた



それ自体は評価できる



しかし、



そうやって国外の矛盾にはセンシティブであった反面、国内の目の前の矛盾には鈍感だったのが彼らサヨクの「終わらない宿題」なのだろう


もともと東大や日大、法政や九大などさまざまな「大学」ごとのヒエラルキーとか内部での違いがあったのが初期学生運動であり、それをまとめて「全ての学生運動の共闘体制」にしたのが全共闘であったということだけど



彼らのような「大学にいけるおぼっちゃん」というのは当時の2割ぐらいのもので、ほとんどのひとたちは高卒ではたらいていた


前線における彼らの「敵」であった機動隊はそういった社会の「ふつー」の人たち、中層のひとたちだったし


共産党に集められた人たちは東北からの集団就職組的な社会の「下層」の人たちだった



機動隊の人々は「学生どもは将来、政権をとったらいまとりしまってるおまえたちを殺しにかかる」と脅されゲバ棒を振るった


共産党に集められた人々も同様だったか(彼らの大半は集団就職で地縁的紐帯もなくし社会的に孤立していたところを共産党が間をとりもって社交場をつくってやったために共産党に組していた(ex.「卓球がやりたかったから来た」)



あるいは双方に「社会のお坊ちゃん(エリート)たち」に対するルサンチマンがあったか



共産党は「ワレこそは正統共産主義だ!」というために似非共産主義である学生運動を潰しにかかった






そうやって「敵」とした人々も確たる意志をもってゲバ棒を振るっていたわけではなかったし、また「味方」とした人々も政治理念というよりは内部での権力闘争のためにゲバルトを振るうようになった






「けっきょく革命ってなんだったんだろう?」ということで「親父」は革命の歴史、そこに連なるヨーロッパの歴史を洗っていったのかもしれない



現在の日本に照らしてもそうだけど、けっきょく「革命」というのは理念によるプロテストではなく、理念を超えた狂騒による転覆なので



その資源として感情や欲望、あるいはもっと生理的な欲求のようなものが加わっていき、それらの指向性が持続的なものとなったものが政治的意志となっていくのだろうけど



とりあえず学生運動のそれは「革命」以前の小遣いねだりのようなプロテストであったし、それらが成功したとしてもその後のシステム運営のための具体的な試案もないオママゴトだった



あるいは、試案がないがゆえに持続性をもたなかった、ともいえるか




いちお学生運動上層部の理念としては共産主義で統一されているところはあったようだけど、全体としては漠然とした「戦争反対」が共通していただけで、個々人としては「大学きにくわねー」といった目先の欲が主な動機だったようだし(あとは「祭り」的狂騒感





なので、根本的なところで「自分たちはなんのためにそれをするのか」って観想をもってはじめたものではなかったし、それらは行動しながら少しずつ紡がれていったようだった(一部の人でだろうけど)







「親父」があとから概観していたように、学生運動というのはそれまでの戦いの歴史がごく表層的にデフォルメされて表れたものだったのかもしれない


彼らの理念は一部では共産主義-社会主義に借りていて、けっきょくのところ理念として根幹になるところはそれぐらいしかなかったんだけど、共産主義の歴史をたどれば近代的「理性」の究極点だったといえる


そういった「理性」って石頭によってイデオロギーのオーバードライブが生じ、特に理由もない相手と殴り合わなければならなくなる



「それは本当にオレたちが求めていたものなのか?」




そこで「理性」に対して立ち上がってくる根拠(reason)が「自由」であり、社会主義に対するそれは資本主義の「欲望」だった





ただ、資本主義も「欲望を開放」しただけであり今度は欲望に支配される形になっているとしたら、それは「自由」といえるのか?









「終わらない宿題をかかえて歴史は繰り返す」





現在の「自由」のあり方はユリシーズの瞳にどのように映るだろうか




テオ・アンゲロプロス、1995、「ユリシーズの瞳」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/213903209.html















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Eastedge1946
http://www4.hp-ez.com/hp/eastedge1946/page10

本書の特設サイト




[書評]ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争(ディヴィッド・ハルバースタム): 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2009/11/post-7291.html




Togetter - 「ミリヲタ(栗山千明好き)が語る戦後日本安全保障・軍備史概説」
http://togetter.com/li/122923


日本が専守防衛になっていった背景。そんで、「('A`)y-~日本の軍備は基本的に三菱とかの軍需産業から調達してるんだけどあいつらなぜか国内に対しては相場の5倍以上の高さでボッタクってるから話しにならんすよ」なんかも事情としてある、と



いちおこの辺が概括的な背景になる

Pacific War History Index|軍事板常見問題&良レス回収機構
http://bit.ly/oz7LlY


日露戦争からではなく日英同盟破棄からか。。
http://bit.ly/n5mmjD


安保はこの辺 Collective Security FAQ Index|軍事板常見問題&良レス回収機構
http://bit.ly/oOADt0


ヴェトナム戦争はこの辺かなぁ Viet Nam War FAQ
http://bit.ly/p6Mv0j




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2011年07月13日

諏訪敦、「一蓮托生」展に行ってきたYO!   (「写実」とイデアの間)




身体は直接政治的領域の中に投げ込まれていて、権力関係は身体に無媒介な影響力を加えており、身体を攻囲し、それに烙印を押し、訓練し、責め苛み、労役を強制し、儀式を押し付け、表徴を要求する。身体のこの政治的攻囲は、複合的で相関的な諸関連に応じて身体の経済的活用と結びつく。−監視と処罰−



身体の作用の科学だとは正確には言えない身体の一つの〈知〉と、他方、体力を制する手腕以上のものである体力の統御とが存在しうる。この知とこの統御こそが、身体の政治的技術論とでも名づけていいものを構成する。−監視と処罰



国家装置と制度が作用させるもの[=身体の政治的技術]は、言ってみれば、権力の微視的物理学に関連してくることであるが、その有効性の場は、言ってみれば、それら装置並びに制度の大仕掛けな作用と、物質性と力とを含む身体自体との間に位置しているといえる。−監視と処罰−




身体の作用の科学だとは正確には言えない身体の一つの〈知〉と、他方、体力を制する手腕以上のものである体力の統御とが存在しうる。この知とこの統御こそが、身体の政治的技術論とでも名づけていいものを構成する。−監視と処罰−













日曜美術館を見て諏訪敦さんの作品を見に九段に行ってきたのでもろもろ



ATSUSHI SUWA 諏訪敦 公式サイト
http://members.jcom.home.ne.jp/atsushisuwa/


成 山 画 廊
http://www.gallery-naruyama.com/japanese/news.html


「一蓮托生」展見に行きました - 秋華洞・丁稚ログ
http://www.aojc.co.jp/blog/2011/06/post-219.html

なにしろ、この個展、まず上記のHPの挑発的ともいえる成山さんの言辞が面白い。
「『写実』という差別用語で語られる多い画家」、という作家へのステレオタイプでくくられる事への抵抗。このテキストだけでも、この画廊が凡百のコンセプトで運営されているものではないことが想像できます。

で、靖国神社で集合して参ったのですが、古風でアーティスティックな佇まいを持った不思議なビル。思った以上に狭い空間に、作品がふたつ、みっつ、よっつ・・。解放された出窓の向こうに見える新緑がまぶしい。

面白い作品ばかりでしたが、松井冬子氏を描いたとおぼしき、HP上にも見られる、”差別用語”「写実」で描かれた作品は必見であります。この画廊と、松井氏のエネルギーに拮抗するべく、緊張感を持って描かれた『花を食べる』。黄色い花粉が絵肌を飛び散り、土佐派の「炎」のような、花弁を絞った花汁がほとばしるような赤が画面を横切る。怖さと美しさがある。




残念ながら期待してたよりほど絵は飾られてなくてちょっとガッカリしたんだけど「周辺のもろもろで得たものはあったなぁ」と改めて


成山画廊さんとこでは同作家の大野一雄さんの絵画集が販売されてたらなぁ、と期待していったんだけどそちらもなかった



そんでまぁテンションは下がったんだけどそれなりに筆致を確かめつつ



特に意図するところもない単純な感想としては、「なんか、アニメの絵みたいだなぁ」、と思った。


それはまぁ自分が描く側の人間でもなく、また筆致法に通じてないがゆえの野蛮ともいえるだろうけど



んでもやっぱ作品の数も少なかったし、大判で展示されてる絵もテーマがアニメっぽかったので


それは「本質を捉える」ってことではあるのだろうけど



故意の季節 : 諏訪敦 日曜美術館 再放送
http://blog.livedoor.jp/oph_oph/archives/1498132.html

番組にもご出演された精神科医で美術評論家の三脇康生さん
からもコメントがあった。
三脇さんは、作品が「記憶」に基づく制作であったことに評価を
していました。「思い出」によって創られると駄作になることを
指摘しております。

私は、三脇さんの評論活動には詳しくないのですが、「思い出」と
「記憶」の違いは、実体へ迫るエネルギーの違いから区別する必要が
あるとの主張のようです。

諏訪さんは、この「記憶」とは、「事実」とも言えない。
「記憶」とは、事実の周辺を漂う領域をもったものであり、
その本物の記憶に絵画でせまるのは闘いであるとも言う。

かつて、川喜田二郎氏は、KJ法という文化人類学の
フィールドワーク(現地取材)を、発想法として社会一般の事実を
探る手法として広めた。

そのフィールドワークの手法のキー概念は、
「混沌をして事実を語らしむる」であった。

諏訪さんの制作手法も、また人間をして事実を語ろうとした
結果として、細密画という作品が出来上がってくるようだ。

その闘う制作は、結果、曖昧な思い出を取り除き、記憶への創造の
可能性に挑むことなる。






人は「あるがままの現実」を捉えられない


一定のフレーム、常識に沿って現実を切り取り「視覚」として構成している


それはたとえば「分裂病」患者の手記なんか見るとわかる


彼らは常識から放たれたときに思考のみならず、『ゆるがないとおもわれたいた基礎』ともいえるような部分、たとえばモノの見え方までも違ってくることをこちらにさらけ出し、われらの常識への自問を促してくる


視覚の「常識(枠組み)」としての遠近法や、音の「常識」としての平均律


それらのフレームが我々の世界認識を限定し、同時にその内部でのパフォーマンスを高めてくれた






「語りえぬものについては沈黙せねばならない」






なまじっかの常識でそれを措定してしまうよりは沈黙せよ


しかし、


それは「語りえぬもの」の存在を近代の常識的に否定することではない






諏訪の絵はいわゆる「写実」といわれるとピンとくるような筆致の細かいものであり、「抽象画」や「現代アート」などの言葉でイメージされるもの異なった表現となっている


人の目、あるいはそれを支える社会的常識からリアルを追求した上で、その「リアル」を疑いその人物の本質に迫る、というもの



「人の本質」とはたとえば「人は刻一刻と変わっていく、成長なり老衰なりなんなりして変化していくものなのに、子供の頃のあの人と大人になったあの人でそれでも『同じ人だ』と思わせるようなものとはなんだろうか?」ということ



動物が「あのひと」だと認識してくれるそれとも近いのかも知れない





現時点で、その時代の常識的視覚のフレームからみえている事象を通り越した本質としての事物・事象をとらえること



それがカメラ的「写実」に対して印象派以降の絵画芸術の課題となってきたものだと思う




諏訪の作風もその流れの中にあるように思うが、では抽象=イデアともいえるような物象を廃した認識イメージに偏り過ぎず、精細な筆致、デッサンにこだわるのは何故なのか?




それがこの辺かなぁ、と



[書評]絶頂美術館(西岡文彦): 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2011/06/post-7c0d.html

 本書では美術史的な文脈は添え物のようにも見えるが、やはり多少なり美術史に関心を持つ人にとって面白いのは、すでに1990年代以降語られきてはいるのだが、印象派を中心とした「近代絵画」幻想の解体としての、新古典主義だろう。
 その文脈で興味深いのは、近代絵画に対応する新古典主義というより、新古典主義のほうがむしろ理性主義として近代的であったという点だ。逆に、では、従来近代絵画とされてきたものは何であったのか。
 私個人の印象の域を出ないが、高校生のころから美術好きでデパートの絵画展巡りをしてきた自分、また、小林秀雄「近代絵画」(参照)といった、まさに近代化の過程での近代絵画という文脈で精神形成をしてきた自分にとっては、近代絵画の解体はそれなりに重たい意味を持つ。うまく切り出せないが、一つ明確なのは、やはり西欧における肉体とエロスの関連だろう。直感的に言えば、ミシェル・フーコー(Michel Foucault)の晩年の知的作業も関連している。
 もう一点、ニューズウィークなど米国誌を読むようになって気がついたのだが、米国における近代絵画もやはり類似の線上にあり、そしてむしろこれらの、日本や米国などの各種の近代絵画の特質は、ある種の啓蒙的な模倣性にあるのではないかということだ。むしろ隠された焦点は、日本や米国の近代絵画の実態ほうにあるのではないかと思えてきた。特に、米国印象派が興味深い



ぼんやりと「西洋の絵画、もしくは彫刻において描かれている身体というのは嘘です。身体は日本の身体画みたいな感じ。あれは、現代の人からみると変に見えるかもだけど、あの時代の人たちの身体の動きを表しているように思います」という言葉を思い出す


近代→現代人な教育を受けた我々としてはダヴィデ像みたいな彫刻の身体が「リアル」に感じるものだと思うけど、| ゜Θ゜)<そうでもないよ、と


浮世絵の身体も一部がデフォルメされてておかしくデッサンほかおかしく思うけど、「動き」とその時点での「焦点」、そこから生じる「リアリティ」→記憶に残るような「印象」ということを言えばあれらの絵は「リアル」といえるのかもしれない。少なくとも、当時の人たちにとってはわれわれより「リアル」だったか


そういう意味で「近代の理性が要請した身体」のようなことを思う



諏訪敦の描いた大野一雄の身体が観たかったのもそういった理由からだったのだけれど…まあ、これはDVD借りれたので是しとする







身体は理性的な人の『ジョーシキ』が直接的に刻印される場でもあるが、同時にもっとも親近な『理性ではどうにもならないもの』でもある


その意味で「身体」「性」「生命」が近代的合理性の誤謬を読み解く鍵となる可能性がある



白河夜船: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/213045538.html


テオ・アンゲロプロス、1995、「ユリシーズの瞳」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/213903209.html




頭の良い人ほど他人や他人の言葉を内面化したものに流されて自家中毒してしまうので





近代的理性の要請と印象派的なものの止揚としての米国印象派からの流れ


ワシントンナショナルギャラリー展
http://www.ntv.co.jp/washington/index.html


Avec Plaisir: ワシントン・ナショナル・ギャラリー展を見て(その3)
http://blogs.dion.ne.jp/yumimbow/archives/10189285.html


ワイエスなんかもその流れの一端といえるだろうか


アンドリュー・ワイエス - Wikipedia
http://bit.ly/nicFQM




ここでもう一度、本エントリ冒頭の「なんか、アニメの絵みたいだなぁ」という感想に還る



思うのは deviantart なんかで「Art」としてあげられてるものがアニメ(マンガ)的なものと絵画的なものとの中間のような印象があること


Browsing Traditional Art on deviantART
http://browse.deviantart.com/traditional/


上記はカテゴリーを限ったけど、全体を見渡すとさらにアニメっぽいものが多いような


deviantART: where ART meets application!
http://www.deviantart.com/


それは彼らが「なにかものをつくれるひとはArtistなんだよ」ってゆるいArt認定(と尊敬)があるからかもだけど



一枚絵として「絵画とマンガを分けるもの」「マンガ的なもの」として思い浮かぶのはデッサンの取り方、デフォルメだったりする


あるいは、いわゆる「リアル」とされているものからの距離か


一枚の絵にかけられている筆致の量の違い、という単純な違いもある



ここで少し思うのはアメリカ的な実践性との関係ということ


哲学・思想、あるいは学問領域全体に通じるのかも知れないけど、アメリカにおける「知」の徹底的な実践性と衒学のスポイルのような感覚


職人的なものを排除し、実践を量産させるために、その前段階として知のエッセンスの抜き取る方法


完全理解でなくてもいいのでそのテクスト(思想家)のエッセンスを抜き取りデフォルメ化して汎用化するような、そういう実践性があるのだろうかプラグマティズムには


すくなくともCutulral Studiesを出自とするマスメディア批評の方法(encoding / decodingモデルに代表されるもの)がカナダやアメリカの南部に伝わったとき、かなりスポイル→デフォルメされているように感じられた。


それは「単純な平板化」と即断することもできるけど、いわゆる衒学のようなものにドライブされがちな知の自家中毒性を相対化する態度なのかもしれない


ディベートが生まれてきた経緯と同じく、いったん自分たちの行っている「知」そのものをメタレベル(上位レイヤー)からカプセル化して相対化し、その上でそれらの知をポートフォリオしてリスクヘッジする、というような



もしそうであるならば、アニメ(マンガ)的な描き方もプラグマティズムといえるだろうか?





というか、アメリカのアニメやマンガは「子供のもの」扱いで平板なものが多いので、それに対してたとえばジャパニメーション的な筆致、情報量の多さはそれだけで「Art」の領域であるという認識なのかもだけど



そう考えるとやはり日本的なマンガ・アニメ・Artのフラットな状況のほうが異質なのだろう





けっきょくは「マンガ的」であれ「Art的」であれ、なにかおもしろいもの、凝り固まった通常のやり方では届けないようなものが表現されていれば良いのだろうけど




(とりあえずワシントンナショナルギャラリー展には行こう)






--
タマラ・ド・レンピッカ展に行ってきたよ: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/143827446.html


そういえばタマラも「( ゚Д゚)<印象派なんかデッサンもちゃんととれてないおポンチ絵じゃない!」みたいなこといいつつ、晩年は新古典みたいなことしてたなぁ、と思いつつ



裸婦と戦争 画家・宮本三郎の知られざる闘|日曜美術館
http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2011/0619/index.html


「新古典的な『写実』とイデアの間の身体」的な課題として、こちらも見ておきたい




タグ:art 身体
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2011年07月08日

テオ・アンゲロプロス、1995、「ユリシーズの瞳」




History knows no resting places and no plateaus.
Henry Kissinger (1923 - )




Europe will never be like America. Europe is a product of history. America is a product of philosophy.

Margaret Thatcher (1925 - )






About the capitalist states, it doesn't depend on you whether we (Soviet Union) exist. If you don't like us, don't accept our invitations, and don't invite us to come to see you. Whether you like it our not, history is on our side. We will bury you.

Nikita Khrushchev (1894 - 1971)





The Holocaust was an obscene period in our nation's history. I mean in this century's history. But we all lived in this century. I didn't live in this century.


Dan Quayle (1947 - )





Much of the social history of the Western world over the past three decades has involved replacing what worked with what sounded good. In area after area - crime, education, housing, race relations - the situation has gotten worse after the bright new theories were put into operation. The amazing thing is that this history of failure and disaster has neither discouraged the social engineers nor discredited them.

Thomas Sowell (1930 - ), Is Reality Optional?, 1993






History is more or less bunk. It's tradition. We don't want tradition. We want to live in the present and the only history that is worth a tinker's dam is the history we made today.

Henry Ford (1863 - 1947), Interview in Chicago Tribune, May 25th, 1916






For aught that I could ever read,
Could ever hear by tale or history,
The course of true love never did run smooth.

William Shakespeare (1564 - 1616), "A Midsummer Night's Dream", Act 1 scene 1






When I despair, I remember that all through history the ways of truth and love have always won. There have been tyrants, and murderers, and for a time they can seem invincible, but in the end they always fall. Think of it--always.

Mahatma Gandhi (1869 - 1948)






A woman's whole life is a history of the affections.

Washington Irving (1783 - 1859)






Perhaps the history of the errors of mankind, all things considered, is more valuable and interesting than that of their discoveries. Truth is uniform and narrow; it constantly exists, and does not seem to require so much an active energy, as a passive aptitude of the soul in order to encounter it. But error is endlessly diversified; it has no reality, but is the pure and simple creation of the mind that invents it. In this field the soul has room enough to expand herself, to display all her boundless faculties, and all her beautiful and interesting extravagancies and absurdities.

Benjamin Franklin (1706 - 1790), from his report to the King of France on Animal Magnetism, 1784





Human consciousness arose but a minute before midnight on the geological clock. Yet we mayflies try to bend an ancient world to our purposes, ignorant perhaps of the messages buried in its long history. Let us hope that we are still in the early morning of our April day.

Stephen Jay Gould (1941 - 2002)






The history of the human race, viewed as a whole may be regarded as the realization of a hidden plan of nature to bring about a political constitution, internally, and for this purpose, also externally perfect, as the only state in which all the capacities implanted by her in mankind can be fully developed.

Immanuel Kant (1724 - 1804)





















「ユリシーズの瞳」を見たのでいちお感想的なものを


てか、まともな感想とかアウトラインだとほぼこちらので完璧だと思う



[all cinemas go forward to freedom!] ユリシーズの瞳 -- online KONGE JIHO
http://www.breast.co.jp/cgi-bin/soulflower/nakagawa/cinema/cineji.pl?phase=view&id=166_toVlemmaTouOdyssea


物語は、1994年、アメリカ在住のギリシャ人映画監督A(ハーヴェイ・カイテル)が、映画百周年記念に作られるマナキス兄弟の映画の監修と、自作(ここでは『こうのとり、たちずさんで』ということになっている)の映画上映の為に、三十五年ぶりに北ギリシャの街フロリナへ帰郷しているところから始まる。
アンゲロプロス自身が数年前に経験した実話のまま、Aが訪れているフロリナでは、ギリシャ正教正当派勢力による『こうのとり、たちずさんで』への上映阻止運動がヒートアップ(『こうのとり、たちずさんで』の項参照)。主教派、自由派、警官隊の一触即発の緊張にある街なかで、Aは、かつて再会を約束した恋人らしき女(マヤ・モルゲンステルン)とすれ違う。
そして、Aのもう一つの仕事、「マナキス兄弟の幻の未現像フィルム(三巻)探し」の旅が始まる。いわば「最初のまなざし」を探す旅だ。
隣国アルバニアを経由し、マケドニアへ。Aは、マケドニアの町ビトラ(モナスティル)にある「マナキス兄弟博物館」で、職員の女性(マヤ・モルゲンステルン)に出会う。首都スコピエに向かう列車の中で、彼は彼女に憑かれたようにフィルムのことを語るのだ。激しく求めあう二人。
ブルガリア国境の検問所で、処刑されかけたヤナキス兄弟の記憶(1915年)に取り憑かれるA。そして、ルーマニアのブカレストへ向かう道中では、黒海に面した生まれ故郷コンスタンツァ(コスタンザ)からギリシャへ移住するまでの少年時代の一家の苦難(1945年〜1949年)に取り憑かれる。そして、ドイツの収集家が買い取った巨大なレーニン像を乗せた船で、ドナウ河をセルビアへ。
新ユーゴ(セルビア・モンテネグロ)の首都ベオグラードで、旧友の政治記者ニコス(ヨルゴス・ミハラコプロス)と再会し、ベオグラード映画博物館の元教授ボビシッツァから幻のフィルムがサラエボにあることを聞く。ボスニア戦争勃発で音信不通になっているサラエボ映画博物館館長のユダヤ人イヴォ・レヴィ(エルランド・ヨセフソン)が現像法を研究しているとのこと。
荒廃した戦火のサラエボ。Aは、イヴォ・レヴィを訪れ、戦争の為、完成寸前でフィルム現像を諦めたレヴィに、「戦争と、狂気と、死の、そんな時代だからこそ、あれを現像しない権利はあなたにない」と言い張り、そのまま昏倒してしまう。再びフィルムの現像に取りかかるレヴィ。
翌朝、Aはレヴィの娘ナオミ(マヤ・モルゲンステルン)と会う。レヴィは幻のフィルムの現像に成功し、フィルムが乾く間、戦闘の止んだ濃霧のサラエボ市街へ散歩に出る。公園でナオミと、再会した恋人同士のように踊り、語らうA。
しかし、濃霧の中へ消えたレヴィの家族は兵士に捕えられ、銃声が轟く……。

  映画博物館。映写機の回転音。一人になったAは、レヴィが現像した幻のフィルムを見る。白い光だけの映像。Aは言う。「私が戻る時は、他人の衣服を着て、他人の名を名のり、唐突に戻るだろう。(中略)二人して昔の部屋へ上ってゆき、何度も抱き合い、愛の声を上げ、その合間に旅の話をしよう。夜が明けるまで。その次の夜も、次の夜も。抱き合う合間に、愛の声の合間に、人間の旅のすべてを、終わりなき物語を語り続けよう……」






んでも自分的な単純な感想としては以下のようになった



ユリシーズの瞳、ながら視聴したり気絶させられたりってのもあるんだけどこれ端的に言うと「ギリシアとヨーロッパのムズカシス問題は簡単には解決でけんしそれはそのままこの女と男の個人史にもつながるからとりあえずセクロスしとけや」みたいにみえる


というか、人の実存にとって単純な課題、「ギリシア最初の映像作品を探し出す」っていう聖杯伝説的なアレがどのぐらい個人の人生に意味を持っていくか、ってことだよなぁ。。もうすこしこの男の過去とリンクさせる形にしてくれると分かりやすかったんだけど。。そうするとリアルではないか




後段の感想は最初に紹介した「まともな感想」におけるこの作品の重層的テーマからするとむしろ読みが甘かったように思う。

すなわち、「幻のフィルム」「失われた歴史」「幻の女」「永遠(理想)の女」



ヨーロッパの、あるいはその問題の象徴的な集約点としてのバルカンの理想の歴史、近代の「進歩と調和」の歴史は幻であり失われてしまったものとも言えるけれど、それを自らの過去―理想であり幻の女を追い求めるという道程と合わせて歴史と自らの実存を摺り合わせていく、という作業


あるいは


自らの問題を投影することで「実感として」歴史の重みを感じ取ろうとする真摯な態度



それがこの作品のキモであったように思う



でも、



そういったメッセージが文脈としては隠されていつつも、作品としてそれは表されていないのでなにも知らないでこれをみるとやはり眠たくなるし、「( ゚Д゚)<とりあえずセクロスしとけや!」みたいに見えることも事実だったり。。



まぁ、それはスノビズムの逆の照れ隠しみたいなものとも言えるけど、わからない作品をむやみにナムナムとありがたがるよりはマシかなぁ、とも




ともあれ




「理性による文明の発展、進歩と調和」の究極点として期待された共産主義の象徴としてのレーニン像はヨーロッパからすごすごと退散していく


エウロペに「( ゚Д゚)<あんたみたいな武佐はキライ!」っていわれるみたいに
http://bit.ly/qDfSez


europe2.jpg





Windflowers エウロペ
http://windflowers.blog.shinobi.jp/Entry/644/


地中海東岸地域はヨーロッパに文明が興る以前から栄えていました。
エウロペはフェニキアの王女とされていますが、
フェニキア人は交易のため盛んに航海を行い、各地に植民地を築きました。
またフェニキア文字はギリシアやローマの文字の起源となりました。
そしてクレタ島はヨーロッパ最古の文明が栄えた地とされ、
牛は聖獣として崇められていました。
牡牛の背に乗って東方からやってきたエウロペの物語は
ヨーロッパ文明の原点を示すものなのではないかと思います。








おそらく、後の世のイスラムや数学などの影響と同様、エウロペにおける「ゼウス」はヨーロッパ外から現れた文明を指す


ゼウス(≠神≠文明)は大陸の結節点・中間地点としての地中海島嶼部にまず伝播し、そこから敷衍していったのではないか?



そこから文明-武が広がり、後に「ヨーロッパ」と呼称される地域の一部を統御する形で普及していき、最終的ににギリシア(イタケー)に還り、それがローマにも続く形で一時の繁栄を築いていった


文明であり武、禁断の果実によって戦乱の歴史に火は注がれたのだけれど



あるいはユリシーズ=オデュッセウスの瞳であり


オデュッセウス - Wikipedia
http://bit.ly/nDJQ3j



ジョイスの「ユリシーズ」でもある


ユリシーズ - Wikipedia
http://bit.ly/ncPeKe


ユリシーズはオデュッセイアを基本とするので再びオデュッセウスの話に還る


オデュッセイア - Wikipedia
http://bit.ly/rkgIFR




ゼウスが牛に化けてエウロペをクレタ島に連れ去り婚姻したという話は、そのままオデュッセウスのイタケーへの帰還と重なる


ではオデュッセウスはなにをイタケーへ持ち帰ったのか?




オデュッセウス - Wikipedia
http://bit.ly/nDJQ3j


夫の長期の留守の間、妻ペーネロペーは多くの者から求婚を受けたが、それを全てかわし、苦難の末帰ってきた夫を迎えた。

オデュッセウスの貴種流離譚である長い帰還の旅に因み、長い苦難の旅路を「オデュッセイ、オデュッセイア」という修辞で表すこともある。

啓蒙や理性の奸智の代名詞のようにもいわれ、テオドール・アドルノ/マックス・ホルクハイマーの「啓蒙の弁証法」でも取り上げられる。彼が難破して、裸体でスケリア島に漂着したところを助けた、純粋無垢の代表としての清らかな王女ナウシカアに対置されることもある。

姦計としての理性対愛という対立構造で近世市民社会の論理を語るのに、オデュッセウスとナウシカアを対置させた哲学者もある。





「啓蒙の弁証法」は未読なれど



2007-06-28 - 走リ書キ的覚エ書キ
http://d.hatena.ne.jp/tikoma/20070628


 ところでホルクハイマー/アドルノのオデュッセイア論における読解の優れているところは、このオデュッセウスの物語の中の交換関係の図式に、まったく別の次元の交換を見いだしてそのモメントの逐一を丹念にすくいあげてみせてくるところにある。彼らがそこで取り上げるのは「犠牲」という、やはり交換を核心に据えた概念だけれど、ここで取り沙汰される犠牲の問題はもはやそれじたいとしては(一義的には)オデュッセウスと他者とのあいだの直接的な交換を形づくるものではない。端的にそこでオデュッセウスは、外的な自然に対する犠牲の儀礼を(理念的には)いっさい停止し、あらゆる野蛮な犠牲を自己の内面へと集約し解消し(否定神学的に内面化し)、その結果掴み取られることになる「諦念」の位相において近代的市民の原像を弁証法的に形成するという、特権的な形象として描かれることになる(自己をみずから危機に曝した者だけが自己を神話的蒙昧から立ち上げることができる。ってことらしい)。すなわちホルクハイマー/アドルノはここで明確に、神話的な互酬関係(供犠と神々の返報、罪科と贖罪、みたいな交換関係)の循環を解体しつつ保存する(「啓蒙の弁証法」)、近代的主体の契機の古代における萌芽をそこに見いだすことになる。まあ普通に物語として『オデュッセイア』を読んでいてもなかなか出てこない着眼だと思う(ソノ発想ハナカッタワ)。

もし、交換が犠牲の世俗化であるとするならば、犠牲自体はすでに合理的交換の呪術的図式であったと思われる。つまり、それは神々を支配するための人間の企てであって、神々は、まさに神々に対して捧げられる崇拝のシステムによって、その座から追い落とされるのである。(112頁)

 ホルクハイマー/アドルノの全般的な主張が妥当なものなのかどうか、問題が馬鹿でかすぎて判断する能力はないけど、『オデュッセイア』という「物語」のアレゴリカルな解釈としてそれを「小説」の読みとは別個に括弧に入れて読むかぎりで、これはとても面白く、またよく出来た読解だと思う。





で、「交換」と「犠牲」


直接的な見返りを求めない供犠の話



牡牛供犠:トーロクトニー(Tauroctony)とタウロボリウム(Taurobolium): 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/08/tauroctonytauro.html?guid=ON



「牛」も絡む






ちゃんと読んでないのでなんとなくだけど、牛は外部からの技術-文明の象徴であり、それはしばしば神に例えられる

「神の乗り物としての牛」


日本にも牛童の神聖性についての話はある


Bonne année!:カイエ:So-net blog
http://lapis.blog.so-net.ne.jp/2009-01-01




それらは理性と知性を伴って「文明」として象られるが、同時に「武」という形で現象する


「武」は価値の交換を「争奪」という形で為すための短期的なツール(オプション)となる



せっかく「神」から授けられた智慧は安息の地を失い、キメラとなって先の見えぬ大地をさまよう(cf.「神的暴力」)


貴種流離譚 - Wikipedia
http://bit.ly/pbF0Bi





一方、ナウシカアに代表される「女」の特性のひとつ?は「無償」と「犠牲」を、あるいは短期的ではない長期的な交換につながっていく


ナウシカアー - Wikipedia
http://bit.ly/nFwNSI


そこでは短期の交換においてしばしば生じるすり合わせの誤謬とそれによる紛争は生じない


小さな紛争はあるかもしれないが長期的に見れば、それぞれの利害対立をすり合わせ(政治し)、一つの成果を得るべく育成していく


ちょうど子育てのように





「啓蒙の弁証法」は読んでないけど「オデュッセイア」を引き合いに出したのだったらその辺りを暗に示していたのではないか?


全体主義に代表される理性と知性のオーバードライブと、先鋭的な理知主義を緩やかに包み紛争の回避と調和に至るコミュニケーションのあり方


後者は簡単に言ってしまえば「感性」という言葉に代表されるけれど、あれはいってみれば「理性と知性以外のもの」といえるのでなんでも入りそう(精神もその一部であり成果なのだろうし)




ただ、



人のそういった可能性も身体に絡むところがけっこうあるように思う


感情が絡み、外部要因に多々影響され、バイオリズムが絡む。女性の場合は「ヒステリー」という言葉で揶揄される




おそらくアンゲロプロスの後期作品ではその辺りも含めて、理性や知性のオーバードライブを統御し、感性と呼ばれる部分との間で弁証法的に人の知的活動を止揚していこうという試みなのではないだろうか?


それらはあるいは身体と呼ばれる部分を通じて生の実感を伴って自らの生きられた体験として引き受けられ思考されていく


芸術表現においてはしばしばそれは鳥羽口としての「性」に代表されていくのだろう








「他者と私(われら)」のキャズムを性≠女で超えること



屈せざるものたち: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/212059486.html





「女」というか、対照としては「男」であり「男女」で超えていくこと



白河夜船: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/213045538.html






ヒステリーともいえる女(身体)の不可解さを統御しつつ



最近読んだマンガから  現代日本の「モテ」やら「自由」恋愛とされるものにおける不自由性について: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/212974583.html?1309622302






永劫回帰のように繰り返される人類の不可解な非合理性を見つめ、流れに逆らわずそれに合わせていくということ


Sightsong: ミラン・クンデラ『不滅』
http://pub.ne.jp/Sightsong/?entry_id=2499714







それがわれわれの未完のプロジェクトとなる



(「歴史」はまだはじまってもいない)











--
復習 - インタラクティヴ読書ノート別館の別館
http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20110630/p2




ナウシカ解読と正義の審級   ユートピアとベンヤミン: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/164690250.html



幸村誠、2011、「ヴィンランド・サガ」10: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/199172708.html



実践(プラクシス)について: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/199514356.html



M.ウェーバー、1919、「職業としての政治」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/211827975.html




ユリシーズとは何ぞや?
http://www.tufs.ac.jp/st/personal/99/muchalike/uly-column.htm



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「どろろ」に代表されるヒルコ+貴種流離譚として。おそらくイザナギ×イザナミ → ヒルコの話で閉じられてない部分にも共通しそう。なので宮崎駿的には「ナウシカ」であり「ポニョ」(黄泉比良坂のシーン)になる



宮崎駿、2008、「崖の上のポニョ」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/122868879.html



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2011年07月03日

最近読んだマンガから  現代日本の「モテ」やら「自由」恋愛とされるものにおける不自由性について


「乙嫁語り」の近刊関連でTLで「かわいそう >< 昔の(モンゴルの)女性不自由! 女性が道具みたい!」みたいなつぶやきがあったけどなんか違和感あったので直近で読んだ「女性」関連マンガ絡めつつなんとなくなエントリ



乙嫁語り(3) (ビームコミックス)
森 薫
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こちらでもちょっとつぶやいたんだけど


Togetter - 「現代日本の「モテ」やら「自由」恋愛とされるものにおける不自由性について」
http://togetter.com/li/156880




「そんなこといっても現代の日本人も『自由』ってほど完全に自由ではないし」ってのはある


社会的機制や生物的機制というプログラムのようなものにドライブされて半ばロボットのように行動パターンが決まってるので


そこからはみ出ていくことを「自由」というのだろうけど、そうすると却って生活が困窮して不自由になることしばしば


てか、


まずもってお金方面で安定を獲得すればある程度「自由」度は高まるのかもだけど


(つっても、当人に現状把握能力や自身の行動に対しての誠実さ、自制心があるかにも依るだろうけど)




そして、


現代、あるいは違う文化環境から見てどんなに「不自由」なようにみえても、それにはそれの合理性がある場合があり、そこで人々全体の「しあわせ」に寄与しているのであればまったく問題はない(むしろ内政干渉的冷やかしうぜえ)ってことはある



砂漠のような厳しい環境であればそれに即した厳しいルールが必要になるわけだし、それに対するように「はじめのルール」は設定されていったのかもだし




「乙嫁語り」についていえば全体のテーマがまさにそれ、「現代人とは違った価値観があり、現代人から見れば窮屈に見えるかもだけど彼女たちはその中で彼女たちなりの幸福を探ろうとしていたし、実際、違った形で『不自由な自由』を生きる我々からすると彼らのほうが自由に思えるっことはあるかもしれない」、ということ


これはモンゴルに代表される「未開」への幻想として「柳沢教授」にも共通していた







「乙嫁語り」の著者に帰れば「エマ」もそういう作品だった



エマ (1) (Beam comix)
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森 薫
エンターブレイン



「不自由」な中での、あるいは(現代からすると窮屈すぎるように見える)「規制」の中での「自由」

(それがゆえに叶えられていたとも言える)当人たちのささやかな幸福や満足への焦点



ここで少し「人は自由すぎてもしあわせを感じられないのではないか?」という別のテーマに想いが移る


「なにをやってもいい」とされる野放図な無限の広がりの中で、人は「自由」を謳歌できるのだろうか?


(少しタヒチの「楽園」が頭をかすめる)


月と六ペンス (新潮文庫)
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そういう大きなテーマとは別に、もう一度「規制の中での自由」なるテーマに帰るとすると


「森薫と似た作家」といえる笠井スイの今作においても同テーマは基底となっていたように思う



ジゼル・アラン(2)
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笠井 スイ
エンターブレイン



舞台は「エマ」よりも少し未来のイギリス


フランスとも近い雰囲気があるような、蒸気機関の恩恵を受けつつもまだ煙突掃除の少年たちがいた頃のイギリス某所の風景


ジゼル・アランは良家のお嬢様で、でも、そこでははみ出てしまうほどの感性と才能の持ち主で、だからカゴから出ても「いい」ことになる(お姉さまたちの尽力によって)



カゴの外の世界は「自由」だけれど、その分「キケン」や「不安」とも隣合わせで、


そういったものとの対峙において「仕事を介した契約関係」という事情から簡単にケツをまくるわけにもいかず、ここに仕事における「責任」が発生する



その「責任」-「仕事」という規制を通じて、ジゼルが次第に大人の女性になっていく




単なる野放図な自由ではなく、自分の中で「責任」を感じ、それに応えるように葛藤し成長していくことで大人になっていく




ジゼルが反発する「お父様」のようなオトナにならないで済むのは最初の感性、子供のような感性を保ち続けられるような環境が彼女を守ってくれるから

(実際、ジゼル・アランはよく笑い、よく泣く)




それもいずれ、大人へのステップの中で選択し、あるいは卒業していかなければならないのかもだけど




少なくとも今の段階では、ジゼルは稀有な感性で関わった人たちの心を救い、同時に自分も成長していく




ポストヴィクトリア朝というゴリゴリの「規制」を前提とした環境の中での宝石のような奇跡


「宝石のように素晴らしい女性」への成長の軌跡を捉えた物語






「女性への規制とその乗り越え」ということに関して続けて言えば、白井弓子の一連の作品もそれに当たるように思う



「WOMBS」で示されていた「異星人の子供を腹に宿して空間ジャンプ能力を得る」というのは「現代女性が結婚によって生活力を得、生活の選択肢を広げていく」ということへの隠喩のように思われるし



WOMBS 1 (IKKI COMIX)
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白井 弓子
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「天顕祭」で示されていたヤマタノオロチの呪いは男女における性の機制のように思われた


天顕祭 (New COMICS)
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白井 弓子
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「WOMBS」において、女性は得体のしれない異星人の性-生を擬似的に胎内に受け容れるわけだけど、それはそのまま現代において男性という性と生を受け容れることに当たるだろう


「結婚によって生活力を得る」 - 「異星の生命体を受け容れることによって実戦投入に必要な特殊能力を得る」ことによって彼女たちはその日の食事を満足に得られるようになる


しかしその後に、体内に宿った生命体と自分の「生」についての実存的内省・葛藤が生じる



この作品では最終的に「そういった機制でさえも彼女たちの自律的な選択であり未来へのポジティブな可能性をふくんでいた」という解への説得力のある物語展開が必要だったように思われるが、残念ながら中途で終わった




それが社会的機制(金銭)の隠喩的な物語だとすると、「天顕祭」においては「性」という生物的機制がテーマになっていた



男女の性という生物的機制が呪いのように個人の自由に付きまとってくる中で、それを選択し、溺れるのではなく自律的に統制し乗り越えていく物語


色合いとしては折口信夫の「死者の書」も踏まえているのかもしれない


折口信夫 死者の書
http://www.aozora.gr.jp/cards/000933/files/4398_14220.html



「ヤマタノオロチが呪いのような性の象徴である」という点についてはこの辺りが関連


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あるいは「孔雀王」なんかでも(パロディではあるが)扱われていたので別件的に共通する要素をもった日本神話的なテーマなのかもしれない






よしながふみなんかもその辺はずーっとテーマにしてきたところか



「大奥」なんかはまさにその辺りの「金-労働における男女の非対称性問題が解決されたとしたらどういう社会であったか?」をSF的に描写していった時代劇であったし


大奥 (第1巻) (JETS COMICS (4301))
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「愛すべき娘たち」ではもっと根源的な、「女性という性と思考の特殊性」について、元来ならネガティブに思われるような要素をポジティブに捉えられるように描写していたように思う


愛すべき娘たち (Jets comics)
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白泉社




「女の中に他者がいる」あるいは「それこそが女」

それは当人の意志では止められないもの




「愛する」ということ  「汎愛」/「他者」/「差別」/ 「聲」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/210130222.html


バタイユの眼球譚なんかもその辺りの「どうしようもない生物的機制としての性」にむしろ溺れることで乗りこなしていくみたいなテーマだったか


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それらを通じて、ふたたび「性」とか、「女」とかについて考えていこうかなと思うに



Togetter - 「position 2 「女」と「性」についての日記用メモ」
http://togetter.com/li/156643








ちょっと今日は遅いのでこの辺にして叉の機会に





--
追記:

「現代の働く女性」についてはこの辺がいいかも


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「モテ」と「金」だけじゃない結婚への着地と周辺についてはこの辺





そういや旦那(吉田戦車)のほうは特に結婚生活について描いてないのかしら?(( ^ω^)・・・思えば吉田も尖っておった)とか思いつつ、安野夫妻ということならこの辺かなぁ


監督不行届 (Feelコミックス)
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エヴァもこれと「式日」見てから見るとだいぶ違う


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あるいは庵野秀樹のこの「大人」宣言見てからだと、「今度は最後まで見ても裏切られないんだな」、と期待される



ニュータイプの庵野インタビュー主要点まとめ

「スタッフやお客さんのためにもこれからもアニメを作り続けていきたい」
「動画マンや新人の育成なども今年から会社として取り組んでいく」
「頑張って面白い作品を作り続け、なおかつ当てて、次に繋げていきたい」
「会社として安定した収入や保険など、可能な限りスタッフの環境を良くしていきたい」
「作品を作って作品で食べられるようにしたい。儲かったらスタッフには少しでもお返ししたい」
「賞与などの金銭的なものだけでなく、社員旅行など福利厚生にも力を入れている」
「社員の老後まで考えて、きちんとした会社を作っていく。社長として安定した経営を心がけている」
「自分が好きなアニメや特撮に恩返しというか、そういった文化を遺す作業もしていきたい」
「おもしろい作品を作るのは当然として、そのうえで商品としてヒットさせていくことが必要」
「いずれスタジオの枠も取っ払い、業界を縦断したものづくりが出来ないかと考えている」
「Qについては、少しでもおもしろくなるように頑張って作っています。もうしばらくお待ちください」


『あの花』は"今期一番のアニメ"と呼び声   他|やらおん!
http://yaraon.blog109.fc2.com/blog-entry-1843.html













タグ:女性
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2011年06月25日

M.ウェーバー、1919、「職業としての政治」

「見ないで書いてみよう」的にできるだけメモ的に




職業としての政治 (岩波文庫)
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「政治とはなにか?」と問うたとき、ウェーバーは「指導行為である」とする


曰く、「およそ自主的におこなわれる指導行為なら、すべてその中に含まれる。現にわれわれは、銀行の為替政策とか、国立銀行の手形割引政策だとか、ストライキの際の労組の政策がどうだ、などと言っているし、都市や農村の教育政策、ある団体の理事会の指導政策、いやそればかりか、利口な細君の亭主操縦政策などといった、そんな言い方もできる」



しかし、


それは広い意味での、抽象的概念としての「政治」一般の定義であって、本書(あるいは元となった講演)で想定される「政治」はもっと具体的なものとなる



端的に言えばそれは一般的な政治活動、「選挙によって民衆の意向を代弁をする政治指導者を選出し国政に民衆の意図を反映させる」、という政治の理想状態が機能していないという現状

あるいは、そういった理想状態としての政治活動全般に対して、滞っている現状全般を憂え、「なぜ、理想状態としての政治が実現されないのか?」、ということについて考察を展開する



「政治の理想状態」とはなにか?


本書で具体的に言及されていたわけではないけどそれはルソーの一般意志の議論に近いものではないかと思った


「政治に関わる各プレイヤーが私心-エゴをできるだけ廃して公共の利益に資すること」


本書では言外に、あるいは(「一般意志」という言葉は使われてないけれど)詳細に「私心を廃して政治に資する」ことをめぐった政治的場面について語られていた



「公に資する」ことの逆の志向性、それはたとえば「権力」という言葉に端的に表れる


フーコー的な微細さは伴ってないけれど、ウェーバーの「権力」イメージも「権力とはなにか一人のアクターが恣意的に牛耳ることのできるものではなく、多数のエゴの総和としての慣性のようなものだ」という認識であるように読めた




多数のエゴ(欲望)が吹きだまって全体の流れを滞らせる




「そうならないためにいかなる手続き過程が必要か?」



それが本書でウェーバーが言いたかったことのように思えた




背景から言うと本書は第一次大戦の敗戦の結果、ドイツ全体が意気消沈しつつも若者の間でみょーなロマンティシズムが流行っていた1919年一月の講演


若者たちは敗戦を神の審判の結果のように受け取り空想的社会主義のもとに「革命」の理想に陶酔していた



そこでは「革命」後の世界に対する具体的なイメージもなく、ただ「革命のための革命」が夢想されていた



個人的にはこの情況というのは日本の一部ネトウヨと呼ばれる若者たち、あるいはウヨクでも同じだけれど、その理想の具体的実現過程を考慮せずにお手軽な「正義」に酔い痴れる人たちを想わせる




ウェーバーはそういった若者たちを想定しつつ結論としては「正義(倫理)だけでは政治は回せない」ということを強調する



政治に関わる「倫理」を大きく「心情倫理 / 責任倫理」の2つに分け、前者は「正義」あるいは感情先行的な倫理とし、後者は「その選択/行為による結果に対する責任意識までを含んだ倫理観」とする



前者が情熱的であるのに対して後者は冷静的というか…





本書では特に示されてなかったけれど、その2つは政治家として両方必要な資質であるように思った。あるいは実務家としても



実務家はわりと後者のように冷静さをもって感情を廃することが求められるように思うけど、それだけでやっているとなんのためにやっているのかわからなくなるので



両者のバランスが必要なのだろうなぁ、と





ただ、しばしば心情倫理を重視する人々は実務的な責任や倫理、あるいは自己の内部でのダブスタ的問題について無反省になりがちなように思う



たとえば、近代において政治は国家という機構を前提として為されるが、国家の政治的行為、指導の根拠は暴力だったりする


少なくとも国家内部においては暴力を排他的に独占することによって国家的指導の根拠としている





政治がそういったなかば原罪のようなものを含んでいることを鑑みれば千年王国的な理想主義、ロマンティシズムだけに依って政治を語るということはダブスタであり、一方のスタンダードを意図的/無意識的に無視しているということになる



ここにおいてマキアヴェリズムが必要となり、そういったリアリズムを通じて神の支配/保護からの主権の移譲が可能となっていった

(しかし、それは別の角度からみれば神的暴力にたいするための神話的暴力のオーバードライブという問題へと派生していったが、それはまた別の話)





やや飛ばしたけど各論をもうちょっと詳細に。「国家を介して運営される『政治』とはなにか?」「なにを根拠とし、どういった流れの中で政治的なるものが形作られていっているのか」ということについて



「政治」を「なんらかの事柄に対する指導行為」としたとき、その根拠となるのは物理的暴力となる(cf.柄谷、「世界共和国へ」)


国家はその根拠に正統性を持たせるために、あるいは正統性を認められた国家が唯一のパワーを誇示するために国家内部において国家から派生する組織以外が暴力を持つことを禁じ、管理する。


というか、エゴと欲望の源のひとつである暴力を国家というシステムが一元的に管理する。


(以下は本書からの私的類推だけど)おそらく暴力に関しての内部での統御技術、機構が完全であれば暴力を根拠とした政治システムは権力のダブつきも起こさずにクリアに機能するのだろう。あるいは、金というリソースの管理。


リソース・欲望-所有(排他的独占)にドライブされた人々は、そのリソースをめぐる界(サークル)の中でゲーム(紛争)をしてしまうので、だったら最初から「正しい」あるいは「透明」な機構、超論的審級がそれを管理すれば良い


しかし、そのシステムが完成していないために、あるいはどこまでいっても完成しない恣意性をはらんでいるがゆえにか、システマティックにリソースを管理・運営しようとしても権力のだぶつきが生じてしまう現状がある




本書における「暴力の専有をみとめる正統性」の話に戻る



国家に暴力の専有を認める正統性 → 支配の根拠として、ウェーバーは三つの型をあげる(p11〜)



(1)永遠の過去が持っている権威による支配


ある習俗がはるか遠い昔から通用しており、しかもこれを守り続けようとする態度が習慣的にとられることによって、神聖化された場合。古い型の家父長や家産領主のおこなった「伝統的支配」がそれに当たる』




(2)ある個人に非日常的な天与の資質(カリスマ)が備わっている場合


その個人の掲示や英雄的行為その他の指導者的資質に対して、まったく人格的な帰依と信頼が生じ、それにもとづいて支配を行う



(ex.預言者、選挙武侯、デマゴーグ、政党指導者)




(3)合法性による支配


制定法規の妥当性に対する信念と、合理的につくられた規則に依拠した客観的な「権限」とに基づいた支配



(ex.国家公務員)






(1)は原始共同体のリーダーの権威、(2)は大文字の宗教や選挙システムが確立した共同体内部での指導者の権威、(3)はより近代的で透明な「法」-「国家」システムが完成し、そこへの信頼性を担保とした行政担当者への権威性(信頼性)といえる




「権威」、権力のハブはこのような類型が考えられるが、ではこの中で「より政治的なハブ」とはなにか?

あるいは

ふきだまりがエゴに囚われてしまわないためのより技術的な方法、それを操る政治的専門職としてはどのようなものが考えられるか?




近代的な政治における権力のハブは(2)の選挙システム内部での指導者的位置にいる者と(3)の国家公務員的(あるいは法律への従事者的)専門家が考えられる。


前者がより「政治家」的なのに対して、後者は実務家的、恣意性を配したオペレーター的な役割にあると言える





ここでもウェーバーは政治的専門職の類型をいくつか挙げてそれぞれの性格的分類を試みる(p35〜)



(1)聖職者、(2)文人(読書人)、(3)宮廷貴族、(4)貴紳(ジェントリー)、(5)法律家



いずれも「国家規模の共同体の運営における知のインデックス→使用に携わるもの」として「知」の能力が必要条件とされると同時に、できるだけ金権にダブつかないように「自主独立の(誰の厄介にもならぬ)」人々(ex.資産家や利子生活者)によって行われることが順当とされてきた。


ただ、それらはポリスの政治よろしく「一部の資産家しか政治的空間に関われないのか?」という公共性に対するエリーティズム的排除の問題を含む


それがゆえか、あるいは単に時代的な変化によってか、時代が降るに連れて「政治が無産者にもできるように」政治専門家が政治によって生活できるように報酬が得られるようになっていった



(1)の聖職者は王が貴族に対抗するため政治上の顧問として利用されていった(cf.「チェーザレ」における司祭や司教の位置)


(2)文人は君主の政治顧問や政治文書の起草者として登用されていったが、それは文人の能力の一部であり、全体としては博学な人文主義的教養人を持っていた


(3)君主が貴族の権力の剥奪に成功した後に、宮廷内に召し抱えて取り込んでしまったもの。17世紀ドイツでは文人に代わって宮廷貴族が登用されるようになっていた


(4)イギリス特有のもの。小貴族と都市在住の利子生活者を含む都市貴族。もともとは王が地方の豪族に対抗して味方に引き入れて自治体の官職に当たらせたもの

ジェントリ → ジェントルマン的派生。白洲次郎の言葉で「カントリージェントルマンは(うんぬん)」があるがこれはこの辺りから。カントリージェントルマンは私心を廃して政治に寄与する。(ゆえに前ヨーロッパ的な官僚制の腐敗の折にもイギリスを守る砦となったみたい)



(5)大学で学んだ法律家。自然法とローマ法の綱引きとして。後者は古代ローマの国家的組織運営における経験的知識とルールとして発展していった。ローマ法と自然法の綱引きはいわば「神話的暴力」と「神的暴力」のそれともいえそう。そこから派生する形で大陸法 / 英米法の関係がありそう(大陸法はローマ法由来かな?英米法があの形なのは自然法の影響をより受けたか、ゲルマンやケルトの慣習法との関係か。ちなみに弁護士はゲルマンの「代弁人」から派生とのこと







2つの分類の中で「法律家」「官吏(官僚)」がより透明性をもった政治専門職(あるいは政治に関わるもの)といえるのだけれど、「文人と法律家は起草や演説に関わる」ということでよりパフォーマティブな能力が要求されていく。それは言ってみれば「ケレン」であり「手練手札」ということ。「内容」と「形式」のうち「形式」に当たる


従って、彼らが政治的にデビューする場合、あるいはデビューが期待される場合はよりデマゴーグの性格が期待されていく


そういった人々が政治の表の部分でのケレンであり演出であるのに対して、政治の裏の部分、選挙の部分でのケレン・テクニック的なものとしてウェーバーいうところの集票マシーンに徹する人たちがでてくる。

アメリカではボスと呼ばれる人々、政治の表舞台には出ずに人脈と金を集めてきて「票を集めてくる」人々


彼らは「ある共同体の利益代表を送り込む」という意味ではエゴイスティックだが、マシーンとしての機構それ自体では私心のない、まさにマシーンとも言える働きを見せ影に徹する



選挙活動におけるハブ的な役割を彼らが担う





そういったケレン、「形式」的な飛び道具に対して官吏はぢみに政治システム内部での情報処理を担い行政(政治を行う)のマシーンとなる




再び本エントリ冒頭の「心情倫理」と「責任倫理」の話にもどれば、選挙活動によってデビューする「政治家」がよりパフォーマティブで心情倫理的な行動規範をしばしば持っているのに対して、政治プログラムを執行する官吏はよりコンスタティブで責任倫理的な面をもっていると言える。




本来ならその2つを併せもち、出来うるなら「政治プログラムの執行者」のみならず「プログラムを書くもの」にも責任倫理的な性格、私心を廃したマシーンのような性格を期待したいところだが、「それはシステム的に可能か?」、というところがこの分野での課題といえるのかもしれない




最後に「心情倫理」と「責任倫理」、情熱と冷静を併せ持った理想の政治(家)を期待するウェーバーの文言を引用して本エントリを綴じる(105)







政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。もしこの世の中で不可能ごとを目指して粘り強くアタックしないようでは、およそ可能なことの達成も覚束ないというのは、まったく正しく、あらゆる歴史上の経験がこれを証明している。


しかし、これをなしうる人は指導者でなければならない


いや指導者であるだけでなく、――はなはだ素朴な意味での―― 英雄でなければならない。


そして指導者や英雄でない場合でも、人はどんな希望の挫折にもめげない堅い意志でいますぐ武装する必要がある。そうでないと、いま、可能なことの貫徹もできないであろう。


自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―― 自分の立場から見て ―― どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。


どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。



そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。









--
関連:
仲正昌樹、2009、「今こそアーレントを読み直す」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/188110008.html


ポリス的政治や公共性、政治的コミットメントに関して





実践(プラクシス)について: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/199514356.html


内容と形式に関して






--
関連文献


カール・シュミット - Wikipedia
http://bit.ly/mrDvk5

『優柔不断な政治的ロマン主義者が最終的に権威に屈従していく過程を観つつ、思想的状況に「決断」を下す独裁者を要請した。』


ということで、ウェーバーが問題視していた相対主義的ロマンティシズムと同期な感じ


優柔不断な政治的なロマン主義者(≠サヨクにせよウヨクにせよ、自分の頭で考えないロマン主義者)は、頭でっかちに考えてきた理想像とは違う現実にぶち当たるとケツまくって極論にジャンプする。そして「( ゚Д゚)<これがオトナ(現実)だ」とかいう

その過程は「ハマータウンの野郎ども」的な開き直りオトナジャンプにそっくりなわけだけど


「そういう連中が、変な方向にジャンプするぐらいならオピニオンリーダーが必要では?」って話。オピニオンリーダーのところにグラムシのヘゲモニーが対応する。ニーチェ(「強者」)も


一部の論壇界隈でシュミットが人気?なのかもだけどこの「決断」のところだけみょーに文脈切除して恣意的に運用してる感じ

「なにもみずにいきなり投企って根性論ですか!か!」みたいな捉え方だったと思うんだけど、そうではなく特定強者(ハブ)が誘導するという話がシュミットが入ってることだと思うんだけど、、、それも理解せずにシュミットが言ってるとおりのことしてるってのはけっきょくシュミットやウェーバーが問題視してるロマンティシズムと変わらなそう




まぁそれはいいとして、読むとしたらこの辺か


政治的なものの概念
政治的なものの概念
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C.シュミット
未来社
売り上げランキング: 145122



パルチザンの理論―政治的なものの概念についての中間所見 (ちくま学芸文庫)
カール シュミット
筑摩書房
売り上げランキング: 51534




「ハブ(強者あるいは中間者)によって弱者を誘導する必要がある」関連で、グラムシの「獄中ノート」

http://amzn.to/kVESdi


グラムシ政治論文選集

http://amzn.to/kuBSh7


より微細に見るならそれらの中間者―マシーンを介した「権力」がダブつかないように、フーコー的な権力の観察→記述を参考にしていく (「クンスト」についてとか


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2011年06月13日

あまやどり  〜 「日本刀鑑賞会」と「へうげもの」的器展でモノの「用/不用」について考えたよ







何方へ   秋の行くらん  我が宿に    

                    今宵ばかりは   雨宿りせよ



















初台の刀剣博物館の刀剣鑑賞会と二子玉川の静嘉堂文庫の日本陶磁名品展いってきたのでうなうなと…



刀剣博物館のほうは以前のエントリつながりで



古刀と八極と「( ゚Д゚)<サムライさいきょーーー!」について: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/206487693.html



「実際に手にとって確かめられる会があるのでよかったら…|д゚)チラッ」って受付の人に誘われたので入会してみた



んでも、想像と違ってソッコーダメだなと思ったわけだけど


受付の人に誘われてるときに「武道やってるのでそれ関連で興味があるのです」って言っておいたんだけど・・


「片手でもってはダメ」「横向きに持ってはダメ」「引いて(刺突的に)持ってもダメ」「刀を青眼に構えるのさえダメ」「刀を持つ前に、刀を見終わった後に刀の『たましい』に対して礼をしなくてはダメ」


とかなんとか「ダメ(´・д・`)ダメ」づくしでほんとにダメだな、と



一応の理由としては「美術品だから」「細心の注意を払って」「丁寧に扱ってください」ってので、それはそれでわかるんだけど…



「青眼に持つのダメ」ってなんだそりゃ( ^ω^)・・・って感じ



刀というのはもともとそれを常態とするし、また両手でもって青眼に構えるのが一番安定した形だと思われるんだけど。。「正中線を絶対に守る」という意識の中、相手からの攻撃さえはじいてバランスとれる型なわけだし


それさえ「ダメ」といってしまったらどうやって「丁寧に扱う」ということなのか、、と心のなかで半笑い(いや、顔にも出たか



それでも


そんなことを言われつつ、「…ちょっと外へ」、って半ばつまみ出されつつ「アレゲな人」として外でマナーを教授されたり、お守りのように「(あのひと『変』だから)係員がついてまわっとかないと見せてあげれない」されたのにも関わらず、郷に入っては郷に従え的に隸おうかなぁ(馬鹿みたいだけど)トカ思っていたのだけれど


「こうやって刀のたましいを感じるわけです」


で、プツーンってなった




そんな形で刀のたましいなんか感じられるわけないじゃん…




刀をなんだとおもってるんだろう… 「美術品」ということなのだろうけど、それだったらなんで拝むんだろう…?なにに対して拝んでるんだろう?

単に、自分たちの狭いコミュニティの品格≠たましいとしたいのだろうな、と半ば見透かせてしまって…そこで一気に覚めた



この人達が「感じている」らしいものはたぶん「商売上の流行の型と合うかどうか?」「コスパ的には」→「儲かるか?(しばらくしたら買い手が見つかるか?)」というだけであり、そのとき、刀は単に投機の対象なんだな、と



刀の機能性なんかほとんど感じてない


刀を見ていない



単に、自分たちの界の中で創り上げた記号を消費し酔っているだけなのだろう



それは現代アートや一部の学界、相撲界…あらゆる「界」に共通するであろう「よくある」こと



ルールが曖昧な領域、実証性、実験などを通じた反証性に乏しいところでは澱が溜まりやすい


曖昧なルールとそれに基づいた蓋然的な評価、ナァナァなスノビズム



自分たちが創り上げた「品格」≠「たましい」に酔って、対象となるものの本当の魂を救い上げない




それは半ば分かっていたことだけど…あそこまであからさまだとはなぁ、と思った





氷山の一角だしたいしたことはされてないんだけど、「氷山の一角」があれだと深く付き合っていくと相当気分の悪い思いするだろうなと思ってここですっぱり切ることにした



ああいう見方だとショーケースの中に入ってるのを見るのとたいして変わらないようにいまのところ思われるし






どこまで行っても刀は刀  人を斬る為にだけに在る刃物


刃物として与えられた命を全うしてこそ美しいのですな  そこを忘れるとおかしなことになる







「用の美  無用の美」みたいな話があって、

ウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツとか柳宗悦の民芸運動、あるいはそれを包む全体としての鶴見俊輔の限界芸術論、暗黒舞踏から派生した田中泯の農村と生活と共にある舞踏

そういったものは「生活」「用-機能-実践」というところをまず基盤とするように思うし、自分の美的評価というのはまずもってそこに属する


「ただ、そこに在る」という本質  ポイエーシス-エロース / イデア: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/204824809.html



でも、そのサブディレクトリというか、その系の一部として少数に「機能的合理性だけでは測れない、そのモノや者自体の止むに止まれぬ事情から生み出されていく美」というものがあるように思っている



Teminal Arts of Sein und Zeit (補遺): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/200173685.html




それは、ブツ-物というよりは仏


そのモノの生命でありたましいともいえるものと関わることなのではないかって…



そういったモノは語れないがゆえに「たましい」の在り処は分かりかねる



でも、たとえば植物と同じように語れなくても漂っているなにかがあるんじゃないかって…




Togetter - 「position 1  「立つこと」「動くこと」「生きること」「性」「動くこと」「思考すること」」
http://togetter.com/li/147666






それらの声はか細いもので、普段は聞こえないものだけど



人が、それを聞くに足るだけ修練を詰めば(あるいは「余分な自分」を削って透明に近づけば)、モノであれ植物であれ 聲 を響かせてくれるのではないか、って…



Togetter - 「身体の零度   零じゃなくても語る身体」
http://togetter.com/li/146559





最近はそういうことを思ってる




それは半ばオカルトめいた戯言に聞こえるのかもだし、頭の中に響いてくる 聲 も自己暗示的なものに過ぎないのかもだけど、「それらが在る」ということへの希望、あるいはそこに自分がつながれるのかもしれないという期待に基づいた日々の修練は自分にとっては祈りのようなものだ





彼ら(あるいは彼)が無造作に発した「たましい」という言葉は、それを土足で踏みにじったように思った






…まぁ、特に深い思慮もなく慣習として使われている言葉なのだろうからそこまで気にすることもないというのはわかってるんだけど、先程からいってるようにそういう鈍感さと無配慮、無遠慮さが全体を包みつつ、自分たちのひきこもり的な世界観に基づいたたいして意味のないルールに対しては配慮を要請するのだろうなこの人たちはと思ったらゲンナリしたというだけ





日本刀において「用の美」ということであればまずもって「斬れるかどうか」「折れないかどうか」であり、それは現代刀で進んでいるのなら現代刀を見ればいいだけだし、古における刀への評価も元々はそういったものだったはず


特に武門はそういう傾向があったはずなのに、江戸の太平楽やそれ以前の剣力の権力へのすり替えの流れの中で、一部でみょーな雰囲気や慣習が生まれていったのだろうな


古流の実践的理合も忘れられ、道場稽古のにぎやかしのために目を引くだけのみょーな技を後から開発していったようだし


そういうのはもろに新刀の飾り細工のようだけど、新刀のみならず、それを包む鑑賞眼全体が独特の「みょーな技」を生み出し自家中毒していったのだろう




特に「武門」に関わる領域でそれがされているのはキモイなって自分の純粋が潔癖したのかもしれない

(すげー嫌な喩えするなら「用を忘れた極度のフェティシズム」ということで、ブルセラショップで使用済み下着売ってるのと同じような感じなので)





「焼き物なら良くて日本刀はダメなの?」


って自分の中の 聲 への回答はその辺になるか




陶器の世界もよく分からなくて、みょーなスノビズム蔓延 → そこをくすぐりつつ新たなルール作ったりしつつ金にする、って村上隆が基本かなぁと思うんだけど



自分の中での実践的感覚として日本刀ほかの武器からは離れてるからかな、と



ルーシー・リー展のときに思ったように、あれらは抽象画の器的な表現であり、絵画的な造形を立体的にテンプレートした感じなので


絵画と彫刻の間のような




「陶器は抽象画のようだ」というのは例えば、そこに表されている色彩や図像のデザインがそのまま抽象画に類似しているように思われるから


ルーシー・リーのときは主に色彩と質感が南仏の油絵みたいな感じだった。あるいは縄文的な力強さとか



今回の静嘉堂文庫の所蔵展示ではクレーやブラックぽいのがあったように思う。あるいはマティスとか、中国奥地の山水的な墨絵、縄文辺りを思わせる幾何学模様



それらを釉薬と「焼き」の偶然性の中で設計し、体現していく総合芸術が陶芸のように思う




今回は


昨秋開催の「中国陶磁名品展」に続く静嘉堂の東洋陶磁シリーズ第2弾。重要文化財の野々村仁清の色絵吉野山図茶壺をはじめ、桃山〜江戸時代の名品を中心に静嘉堂の日本陶磁コレクションを幅広くご紹介する初めての展覧会です。


所蔵品紹介のページに移ります
重文 色絵吉野山図茶壺 野々村仁清 江戸時代 17世紀
志野織部山水図大鉢 桃山時代 17世紀
色絵丸文台皿(伊万里焼・古九谷様式) 江戸時代 17世紀
色絵牡丹文水注(鍋島) 江戸時代 17〜18世紀
瀬戸芋子茶入 銘「雨宿」 室町〜桃山時代 16世紀



ということでまさに「へうげもの」ピンポイントな世界観だったように思った






仁清がメインであり、たしかに仁清が多く展示されてるように思ったけど個人的には織部中心で見てた


自分は「へうげもの」以前から織部っぽいものが好きで、「へうげもの」を通してそれに火が付いて行ったところがあるんだけど、今回の展示で改めて「緑釉は織部の基本の一つだなぁ( ^ω^)・・・所持しときたいわぁ」とか思ったり。

http://awoniyoshi.com/products/detail.php?product_id=82

草花鉢系だから緑釉だったのか、緑釉を活かして「草花鉢」と称したのかわからないけど、あの枯れと草の様子は好き。ひび割れた粘土質の大地に草花がまだ在ることを見つけてホッとするような… というか、草花鉢だけに限らず織部は全体的にそういう「枯れ」が基本になってるのだなぁと改めて思った

その「枯れ」は織部のみならず武門の価値観、侘び寂び的な価値観の基底にあったのかなぁとぼんやり


「いつ死ぬかわからない」「死んでもおかしくない」というところから翻って見える「生きる」ことの価値

あるいは

干からびた戦場の粘土層の土の上に咲いた一輪の花のような色合い


それが武門が「これだったら置いておいても良い」と思えた雑貨としての焼き物類だったのかも


ほんとなら武に関わるものがそういった機能的合理性をもたない余暇物を身近に置いたり、心を賭けるとも思えないので(特に全盛期の一流のサムライなら



そういった自分にとっては分かりやすい味わいは織部にもっともよく表れてるように思えて、それでたぶん織部が好きなのかなぁ


古田織部が描いた抽象画的な幾何学模様は本来は意味も趣もなさないものなのだろうけど


ああいった枯れた大地の上でなら、あるいは死を傍らにおいた光景としてなら意味を持つのかも知れない、と


そこでは一般的な既存の価値観や言語表現、教養も溶けて解体されるので。より原始的、普遍的なものに感性が回帰するのかもしれない


子供の手慰みのようなそれに





そんなことをぼんやりと思いつつ古織の大皿、志野織部山水図大鉢をみる
http://www.seikado.or.jp/040210.html


枯れた大地に中国山水風の景観が墨絵で背景となり
http://bit.ly/k2oear


その枯れを彩るように唐草が配され鳥が舞う

唐草はウィリアム・モリスやアール・ヌーヴォーのそれを思わせる生命の螺旋であり、鳥たちは生命の躍動とも言える


あるいは


肉体を離れたイデアで生命やモノたちが踊っているような


大皿というのは特に抽象画的な一枚絵が描きやすいものだなと改めて(製土→描画→添色→焼きの技術も難しいものだろうけど)




つづけてぼんやりと仁清を見る


仁清のそれは基本的にルーシー・リーのものに近いように思った。あるいはルーシー・リー展で仁清の影響についていっていたかもしれない

ルーシーがバーナード・リーチの影響で民芸運動に興味を持って、それを受けたルーシーの陶芸の影響を益子焼が逆輸入という現状みたいだけど。なので益子焼はお店でもけっこういい色だしてる
http://www.lucie-rie.jp/lucie/index.html



作品個別でいうとやはり大茶壷、色絵吉野山図茶壷は圧巻だった
http://bit.ly/in914a


切り取った画像でみると小さく見えてしまうのだけれど、「吉野山の夜景を表したもの」というそれは現物を見るとまず黒に目が行く。その夜を彩るように図像が壺の周りを流れていく。その様子は三島っぽいなぁ、とか(まだ読んでないけど)


あと、仁清がつくりあげたという「色絵」の技法。これはなんとなくマイセンぽかった


マイセンも中国陶器の影響で、基本的に日本もヨーロッパも中国磁器(日本の場合は高麗のそれも)の影響から作られていったものなのだけれど、その中でも磁器は特に、しばらく中国や朝鮮の技術と影響力を出られなかった。


そんなに詳しくないけど、磁器というのは高温で焼きあげることで金属質な音と硬度が可能になった陶器のこと。表面が硬質になり水がにじまなくなるとか何とか。なので、か知らないけど描画の具合も変わるのだろう。透けるような、ぼんやりと淡い白や青が可能になるし。青磁や白磁、景徳鎮とかボーンチャイナとか

伊万里とか鍋島辺りのはモロにその影響らしい


そういうのは「高温が必要」ということでまずもって焼きの技術、それを可能にする窯の技術力の問題となる。


博覧会の政治学であったような、技術力の差がそのまま機能美として評価されるような価値観


「へうげもの」でもあったように、織部の場合は連房式登窯によって高温の焼きが可能となっていった


連房式登窯 - Wikipedia
http://bit.ly/jqWmO9


マンガでは「朝鮮出兵の折に窯技術を盗んで(伝授されて)帰った」ってことになってたけどほんとのところはどうなのかわからない



それが磁器制作にもつながっていった



「色絵」というのはそういうのを踏まえた蒔絵との中間みたいなものかなぁ、とぼんやり


ぐぐればいいのだろうけどまぁ置いとく



とりあえず織部以外で関心を持った初めてのものだったし、仁清関連は「美の壺」の京焼でやったそうなので改めて見よう





ぼんやりと周遊しながら、ミニマルアート的なものや、クレーのような色彩のもの(古九谷様式有田 色絵丸文台皿)、W.ブレイクの銅版画のようなもの(打刷毛目瓜文鉢)、あるいはW.モリスの唐草模様のようなこじんまりとしたコレクションのようなものを見ていく(栗生屋源右衛門 色絵花鳥系)。白磁っぽい地に藤が伝う水桶とか


あるいは備前や丹波、信楽焼などの「焼締(やきじめ)」技法にブラックっぽい抽象絵画のグラデーションを思ったり


焼締では釉薬は使わず土を高温で溶かすだけで、そこで生じる自然な色合いな変化に期待する


そういった変化を「窯変(ようへん)」というわけだけど、そこでは釉薬的なそれよりもより微細なグラデーション、大地を基調としたそれが表れているように思った



あるいは、


単にその辺の雑貨屋であってもおかしくないような「乙」を見て欲しくなったり


色絵虫図急須なんかはシンプルな薄い土壁色にキリギリスがいるだけで、なんか乙だった





そして利休の黒




中国様、朝鮮(高麗)様に断固と「NO!」を突きつけた日本の前衛であり抽象



楽家 長次郎 黒楽茶碗 (「かざ折」)
http://blog.goo.ne.jp/biting_angle/e/da618d874e216c9a490447e69ba71077


楽家三代道入 赤楽茶碗(「ソノハラ」)
http://www2u.biglobe.ne.jp/~nagaki/rakuyaki/rakuyaki.htm

とか


「利休の黒」であり深淵の黒っぽく


単に黒く染めたのではない、ゴツゴツとした大地と鉄のそれを感じさせるものはやはり鉄釉によってもたらされるものらしい


ほかの茶碗でもそうだけれど、鉄釉を使うことで錆びた色合いが出せる

(それは工場萌えとか廃墟萌えを思わせる)



枯山水に配される岩のような

天然の黒鉄鉱(あるいは赤鉄鉱)のようなそれ


それらが抹茶という沼をおおい、磐(いわお)に囲われた自然(じねん)をグビリと喉を鳴らして呑む



そういった力強さ(あるいはエロティシズム)





そして古瀬戸、芋子茶入「雨宿」を中心に 〆
http://www.seikado.or.jp/040213.html





何方へ   秋の行くらん  我が宿に    

                    今宵ばかりは   雨宿りせよ






という古歌にちなんで銘されたそれは、梅雨時の今回の展示全体のテーマを表しているように思えた

(あるいは武門と茶道具の関係を)






最後に「用の美」―「技術」について蛇足的に




「磁器への憧れ、中国・朝鮮様への憧れはまずもって『技術力』に対するそれであった」というのは裏返せば「現代技術をもってすれば昔様を超える、あるいはそれを踏まえた今様が可能なのでは?」ということで


たとえばLOFTとかハンズ、もしくは織部などといった少し安い和風雑貨店でもそういった茶器は見られるように思う。1500円から3〜4000円ぐらいの

あるいは

国宝「曜変天目」周辺は20万〜100万ぐらい?

http://homepage2.nifty.com/katachi/news/oketanino.htm

http://blog.goo.ne.jp/katachi21/c/956fbea3a2f779baaaeabbae4450983f




それは「イミテーションとしての軽さ」問題はあるとは思うんだけど、「AVマニアがどんなにAV技術に注力しても、コンサート会場の生音にはかなわない(再現できない)」のと同じく、生活の中で使う分には申し分ないのでは?と思ったりする



古人がもともと叶えたかった色合いや光沢は実現されてるのだから




それは光の技術がない時代に古代の人々が宝石に託した思いと同じなのだろう


あるいは宝石をめぐる「用/不用」「使える/鑑賞用」のそれと同じ




「もともとは光を身近に置くためのものだった」(鶴岡真弓)のだから、光の技術ができたら光をまとえばいいのだ


その上で古の人々の思いや希いにも共感していく




それが「モノに振り回されずに、モノやものと共にある」ということだと個人的には思う





--
関連:

「へうげもの」をめぐって武力と資本とアートな話: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/119488882.html


日本におけるベヒーモスの芽生え   堺の場合: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/121069392.html


司馬遼太郎, ドナルド・キーン、1972、「日本人と日本文化」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/125351878.html

タグ:art 日本刀 陶芸
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2011年05月14日

シュルレアリスム展にいってきたYO!


シュルレアリスム展
http://www.sur2011.jp/


内容概覧
http://www.sur2011.jp/introduction.html



基本的に、マグリットもダリもそれほど興味なくなってるのでスルーしようかと思ってたんだけど、ジャコメッティとデュシャンがあったので観に行くことにした。


結論から言うとデュシャンのは「まぁまぁ」(影とイデアって感じ)、ジャコメッティのは4作品ぐらいおいてあったのでけっこうよかった。というか、三つの作品は単に機能的本質むき出し、というか…あまり詩性が感じられなかったのだけれど、「テーブル」はさすがによかった…。とても眼福というか…たぶん、これからも心に残っていくと思う。


まあ、長くなりそうなので各論で



全体としては自分なりに高速で閲覧しつつ全部解釈(解読)したので100人組み手みたいだった


なのでそれなりに疲れたり…



で、せっかくなのでポイントメモ(※どうでもいいと思った作品。その人の固有のテーマに基づいたものではなく形式をなぞった物、と感じられたものはすっとばした)



[6]マルセル・デュシャン、「瓶掛け」

モノとして吊り下げられている瓶掛け、はたいしてビビビっと来ず

影を見ると変な形だったので影でイデアを表そうとしたのだろうな、と解釈



[18] 〜 [20]アンドレ・マッソン   「四大元素」「獲物」「採光窓」

都会の閉じ込められた部屋の中で「現実」が溶ける

そのとき表れた/あるいは物象のテンプレートとして望んだ光景を表現


「四大元素」はやわらかく、世界との親和を模索してるようだった




[24]マックス・エルンスト  「視覚の内部」

眼玉を閉じるとみえるビロビロしたアレ

というか、眼を開けていても| 冫、)ジーっと白い壁を見つめているとみえてくるビロビロみたいなの


そこから「視覚のリアリティ」←「既存のジョーシキによる視覚へのリミッター」を妄想


5匹の竜が「ただしい視覚」のリアリティ(卵)を喰い合う



[27]ジョセフ・シマ 「正午」


昼の間に空間の間に水蒸気が浮かんで物象のハザマが現出する




[30]イヴ・タンギー  「夏の四時に、希望…」


空から俯瞰した光景もキュビズム的に足したような構成


雲がポイントで映り、空間に雲の素のようなものが見える


「モノの元の素」みたいな感じ


うだるような暑さの夏に現実が溶け、夕涼みに向かう4時にようやく回復の兆しが見える




[31]フランシス・ピカピア   「スフィンクス」


「理想の女」(≠天使)を仮託された女、がそのプレッシャーと偏見から解き放たれる姿

「理想の女」認識に亀裂が入り、そこから「ほんとうの女(あるいは自分)」が飛び出す


背景のカエルみたいなイドがそれ




[44] 〜 [46]ジョアン・ミロ  「シエスタ」「絵画」「絵画」


シエスタの午後、白い身体から夢が解き放たれる

白につながってるいくつかのポートフォリオがそれぞれ夢



「絵画」において共通するカモメモティーフはたぶん「自分が理想とする絵画」の記号




[74] 〜 [77]アンドレ・マッソン  


[77]まではわりとベタな日常の一段上の物語的解釈程度


[77] 「バッカナーレ」は抽象表現を用いた作家の理想的なエロスの場面の表現(48手みたいなの)




[90] 〜 [94]ヴィクトル・ブローネル


本展示もっともバカっぽい作品群。ちんぽむみたい


「世間的に言うと女性にはこんな感じの偏見がつきまとってるんだよー(・∀・)」

「女なんかおっぱいとま○こ袋だー '`,、('∀`) '`,、」

「でも、それはわたすが思ってるんじゃなくてあくまで『世間』ってことだよー(・∀・)」


という退路を保ちつつな偏見・露悪セクハラ表現群




( ^ω^)・・・まあ、おつかれさまですね、ぐらい





[113]パブロ・ピカソ  「横たわる女」


裸体の女性が横たわってる姿を「全体」としてとらえようとしてるように見える作品


女を機能的、社会的な幻想に依ったものではなく、かといってみょーな理想テンプレートによって覆うのではなく「女そのもの」をとらえようとした感じ



まぁ、つってもピカソも情婦との関係は( ^ω^)・・・  おっと、以上いうまい        ⊂二二二( ^ω^)二⊃ブーン







[118] 〜 [120]マッソン+ブローネル


このあたりは古屋兎丸、「マリーの奏でる音楽」で足りると思った






[83]アルベルト・ジャコメッティ  「男と女」


単純に生殖器で「本質」を表現

鉄が素材なのでみょーないやらしさがない




[84]アルベルト・ジャコメッティ  「処分されるべき不愉快なオブジェ」


性同一性障害を表現


「処分されるべき」とするのは作家本人の意向ではなく、「社会的には」「そうされてしまうのだろう」という悲観がありそう




[85]アルベルト・ジャコメッティ   「喉を切られた女」


社会的な「女性性」を仮託されてお人形として生かされていた女の喉をかき切り死を意識させたとき

その女のリアルが噴き出る


それは象徴的表現としての「喉をかき切る」であって、猟奇的嗜好のあらわれではない


精神体ともいえるところにおける「社会的に理想の女」の喉をかき切る





[86]アルベルト・ジャコメッティ   「テーブル」


完全にテーブルと同化するほどに自分、あるいは自意識的なものを廃するに至った女性


本質としての彼女はもはやテーブルと同化するほどにテーブルと共有する時間を多くする


天の視点から見れば彼女の肉体は消え去り足はテーブルの足として再構成される


それは物象化的な悲観かといえばそういうことでもなく、「それとともにあることを当然」とした至福のような姿


そのため女の表情は穏やかなものとなっている(過度の幸福も示してないけど)


個人的には被爆のマリアに似た感慨をもった




被爆のマリア: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/36290326.html






あともだいたい解釈して細かく書き込んでるんだけど( ^ω^)・・・なんかめんどくさくなってきたな。。


大部分は「( ゚Д゚)<社会的に刻印された女の性を解体!」としつつも自分自身の男性性を解体してなかったり、( ゚Д゚)<超現実な視点を!つて安易に異星人とか悪魔みたいなモティーフだしてたりした…。分裂病とか


[144]月の女が円を切る  とか  タンギーの一部はよかったかな。あとマグリットも絵画ではなく彫刻のはよかったように思った(「ダヴィッドのレカミエ夫人」の棺桶)


マン=レイの数学的な理想モデルを絵画で表現!な想像力もまぁ、よかったな



あとは古代エジプトやらメキシコやらのリアリティ踏襲みたいな感じ




一番最後の


[173]マッタ 「ロゴスの透過・仮象」 は挑戦的だなぁ( ^ω^)・・・とか思った


カラーで実体的に描かれてるのがロゴス(主に言葉による認識)による「社会的認識」


そこにプシュケーだかプネウマだかなものが注入される


「モノは様相をともなって実体(様態)化する」って感じ





まぁ、だいたいそんな感じであった



全体的に言うとやはりジャコメッティが眼福でござったな






--
関連:


Togetter - 「とーごーさんの「ヴィゴツキー入門」感想」 http://togetter.com/li/134749

発達段階における社会言語(≠社会的常識)と内部言語(子供内部の認識=ルール)との間の葛藤として







うたかたの日々
http://soneakira.blogtribe.org/entry-664016bbf4793acec8aef6cc7c3da884.html

ぼくの卒論指導教授だった故・矢内原伊作先生とマブダチだったジャコメッティの展覧会が開催される。
先生は大の猫好きで鎌倉のご自宅に何匹も猫を飼われていたそうだ。


http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2006/giacometti060531/index.html


( ^ω^)・・・くやしい (間に合いませんでした)


ジャコメッティと矢内原の写真
http://okwave.jp/qa/q5887026.html


ジャコメッティ
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ジャコメッティの作品のモデルとしても再三登場するヤナイハラ。幻の本「ジャコメッティとともに」に、未発表の日記・手帖・手紙をも撰録。20世紀最高の芸術家の仕事の日夜、脳髄、対話の貴重な記録。


まるで指先から3次元のオブジェを捻りだすように、キャンバスの平面に対象を浮かび上がらせる、すなわち見える物を見える通りに描くという不可能にシジフォスの如く立ち向かうジャコメッティ。モデル・ヤナイハラは、己の鼻の頭ただ一点を来る日も来る日も描いては消し、消しては描く狂気の如きその挑戦にとことん向き合い、苦悩する友人を時に励まし、時に叱咤し、突き放す。それでも、静と動、光と闇が拮抗しながら分かちがたく結び合うように、互いは互いを称揚し、批判し、深く認め合う。二人の奇妙な友情はモデルと表現者という枠を越え、広く芸術や文学や哲学を巡り議論を交わしながらまだ誰も見たことのない真実に向かって共に突き進む。20世紀半ば、パリの下町を舞台にこれほどの魂のぶつかり合いが繰りひろげられていたことに、ただただ圧倒され、感動する。



矢内原伊作 - Wikipedia
http://bit.ly/lw4bGR

タグ:art
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2011年05月10日

Teminal Arts of Sein und Zeit (補遺)



Terminal Arts of Sein und Zeit: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/199659522.html


のアペンディクスが多くなって見難くなったので稿を分ける。





実践(プラクシス)について: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/199514356.html


※至高芸術としての思想が生活と一緒にあることについて(実践性については近代格闘術の表面的な有効性への疑義と古武術の見直しを想起するとわかりやすいかも)


同様の流れとして「ひとによって受け取り方違っていーじゃん」って価値相対化があって、それは形式的に遊離した形而上なゲージツを批判するためのものだろうけど、民芸的なものだったら「寄り添う」ゲージツだからとりあえず認められていいんじゃね?(これでFAでは?)と思ってた時期があった↓


芸術的なものについて − 与件の超克とハイパーリアリティ: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/69913741.html

んでも、最近その感覚も変わって、そういう「民芸的なものもアリ」だし気にかけていくべきだけど、それとは別に至高なものは至高なものとしてやはりあるな、と。


ようやく「ホンモノ」がなんだかわかったような気がする、というような話 ( ポイエーシス/アウラ/ピュシス(仮): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/195251618.html


これもおゲージツな価値先行というわけではなく、当人が止むに止まれぬ理由で塗り固めて言った血と肉の結晶のようなものだから…。それはほかのものとはあきらかに掛けられた時間や気持ちの重みが違うものだから…。そういうものはやはり正しく評価されて良いのではないかと思うに至った。



複製技術時代の芸術 - Wikipedia
http://bit.ly/masxZj

※大量消費時代にポイエーシスを志向するゲージツは残っていくか?的な話。ただ、「至高」に偏ると形式化して遊離し、実践としての生活との寄り添い、ポイエーシス自体も失われるかも?って憂慮が全体にあるようでそのために「アウラ」って曖昧な表現にしたように思われる




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※「聖なるもの」とか「神」っていうか、「自分のうちなる才能」とのリンクとして考えたほうがわかりやすいかも。それを試考→ 試行 → 実践(対話)を通じてもがきつつ獲得(取り返)していく



能に学ぶ身体技法
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※ 能の「翁」も存在と時間をあらわす題目だったようなので。わびさびと同じくマイナスの技法であの背後には高度な文脈が隠されてる感じ。あまやどりのはプラスの手法(部分的にマイナス)ぽい(cf.ダンスも音楽同様、宇宙を表すものだった)。あと身体技法部分での古武術との交流



精霊の王
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宿神論―日本芸能民信仰の研究
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翁舞 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BF%81%E8%88%9E


式三番 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%8F%E4%B8%89%E7%95%AA



松岡正剛の千夜千冊『かくれ里』白洲正子
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0893.html


明宿集とは - はてなキーワード
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%C0%BD%C9%BD%B8
金春禅竹によって書かれた能楽理論書。

それまで現存しないと思われていたが、1964年に発見された。

中沢新一『精霊の王』の巻末には、著者による『明宿集』現代語訳が添付されている。




第六章 後戸に立つ食人王 本覚論と魔多羅神
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/wa/seire07b.html

日本刀、青白い炎、内側からの荒ぶる力、荒神


タグ:TASZ
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2011年05月07日

Terminal Arts of Sein und Zeit




地は定形(かたち)なく曠空(むなし)くして黒暗淵(やみわだ)の面にあり

神の靈水の面を覆ひたりき

                 ――創世記



黒暗(やみ)の潮 今滿ちて 

晦冥の夜(よる)ともなれば

假構の萬象そが閡性を失し 解體の喜びに醉い癡れて

心をのゝき

渾沌の母の胸へと歸入する。

窓外の膚白き一樹は

扉漏(とぼそ)る赤き燈(とぼし)に照らされて

いかつく張つた大枝も、金屬性の葉末もろ共

母胎の汚物まだ拭われぬ

孩兒(みどりご)の四肢の相(すがた)を示現する。



かゝる和毛(にこげ)の如き夜(よる)は

コスモスといふ白日の虚妄を破り、

日光の重壓に 化石の痛苦

味ひつゝある若者らにも

母親の乳房まさぐる幼年の

至純なる淫猥の皮膚感覺をとり戻し

劫初なる淵(わだ)の面(おも)より汲み取れる

ほの黒き祈り心をしたゝらす……



おんみ天鵞絨の黒衣せる夜(よる)、

香油(にほひあぶら)にうるほへるおんみ聖なる夜、

涙するわが雙の眼(まなこ)を

おんみの胸に埋むるを許したまへ。


「夜の賛歌」













昨日 @amayadori の踊り見にいってきたので自分なりに感想とか整理
http://twitter.com/amayadori



今日(5月6日)、踊ります | アマヤドリ
http://chloe.petit.cc/banana/20110506024441.html



ストーリーラインとしてはこういう感じで


輪郭 | アマヤドリ
http://chloe.petit.cc/banana/20110504175018.html



自分的には前にちょっとした椅子周りの話かな?とか思っていた


Togetter - 「「ゴドーを待ちながら」  誰も座れない椅子に座るのは誰?」
http://togetter.com/li/120932





アウラを民芸的な「寄り添い」「民草からの芸術」「大文字の『芸術』(至高芸術)ではなく、商業的な大量頒布(大衆芸術)でもない、生活の中の芸術」としたとき、それは「限界芸術(鶴見俊輔)であり民芸、つまり田中泯さん辺りを組んでいくのかなぁ、と


暗黒舞踏だと2ndからの分派という感じで


暗黒舞踏 - Wikipedia
http://bit.ly/lBHS0s



しかし、


結果はそういうオレの思い込みが「( ゚Д゚)<ゆるふわー」っていわれそうなぐらい至高だった。。至高にして限界。アウトサイダーアート的な汲み上げ的な意味で



アウトサイダー・アート - Wikipedia
http://bit.ly/kFEyod



アウトサイダーアートもみょーな思い込みから過剰な弱者救済的な志向、「みんな平等」みたいなのが仮託されることがしばしばあるように思うけど、そういうのではなく

限界の認識、限界に現れる輪郭、音速の壁のような臨界点突破とそれによって現れる至高性



(以下はこちらの( ゚Д゚)<妄想乙!なところがけっこうあるだろうけど構わず続けると)






「彼女自身の踊る理由」

「彼女が踊りによって『本来の自分』『いまある自分』を結びつけようとしている内部の闘争」そのものが表現されているように思った



見ているあいだ腕にみょーな汗かいてたし…




最初に、言葉がなかった時期

言葉に到達するかわからなかった不安のあったころ


「その頃の記憶は、両親から伝え聞いたものと自分の記憶をたどって」っていうけど



それをイメージしつつ現在ある脳と身体の運動の臨界点としてのZONEで「いま」の言葉やものに結びつけようとしている


「今回は完全自動状態ってほどキレキレではなかったですけどねー(ΦωΦ)」ってことだったけど、あれでMAXでないとしたら……まあ、オーバードライブとしてのそれか


すくなくともしろーと眼には多分節した身体のそれぞれの部位がたわむことなく連動しているように見えた。きちんと音楽に合わせた、あるいは自身の内部の声なき声に合わせた連動

その中で超高速の情報処理が行われているのが伝わってきた(それで変な汗かいた…



高速の情報処理の中で言語以前の情報処理が行われ、かつての記憶と現在のそれがリンクしていく


その中で、だんだんと時間そのもの、自分の存在そのものも意味がなくなっていく



「ただ、あの声(リズム)と形にされてないイメージに融けるだけ」



そして、憑かれたようにそれを発露する


イメージが消えてしまう前に


あるいはそういう恐れももって






発露される内容は彼女の中の根源的なもの



善も悪も、もちろん性別もない言葉以前のなにか荒ぶるもの


その悪魔だか神だかわからないものが「オレを出せ」と叫ぶ



その声に従うように

あるいは、

その声に抗うように培った技で悪魔と対峙する


そういう形で 「言葉(≠概念)を得ること / それで失ったもの / 新たに得たもの / これから得ようとする意志」 を表しているように見えた


あるいは


言葉以外のものを手に入れて、それに新たに向かっていける(向かわざるを得ない)という決意のようなもの


たとえ、それがまだどんなに頼りないものでも




根源の記憶をモノリスに刻み、あるいはその上で死に、また生まれることで新たな自分と出会っていく



天から降る(あるいは天と自分をつなぐ)なんだかわからない糸のようなものを辿って









激しく「( ゚Д゚)<妄想乙!」なのかもだけど、すくなくとも自分にはそういうものに見えた(そしてちょっと泣いた









失われた嬰児としての自分を取り戻す旅

本来ある自分(ポイエーシス)に向かう旅


そのためのスタート地点



願わくばその旅の中で良い道連れに出会わんことを



すくなくとも今回の舞台にはアウラがあったように思った(文字通り一回性という意味でも、そして見守る人?たちの存在も)
















--
本番動画をYouTubeにあげていただきました | アマヤドリ
http://chloe.petit.cc/banana/20110509003138.html





『輪郭』
2011.5.6 @pit北/区域
作 ・ 出演:朝弘佳央理
ヴァイオリン:栗明美生
衣    裳:横畑早苗
撮    影:マスナリジュン





世界にはたくさんの輪郭があって、私はそれと向かい合っているような気がしていたけれど、
ほんとうは、それを発見したのは、
ただ、私なのだと







--

dance+ ≫ 「踊りに行くぜ!! IIセカンド」の挑戦 <再掲載>
http://www.danceplusmag.com/c1/7604


 JCDN news 「踊りに行くぜ!!」II(セカンド)vol.2 公募スタート!
http://jcdn.blog52.fc2.com/blog-entry-85.html


※今度の14日@浅草の  まだちょっと悩み中ながら14日はそういえば予定が( ^ω^)・・・ぐぬぅ




※以下の「関連」は稿を分けた

Teminal Arts of Sein und Zeit (補遺): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/200173685.html?1304976629

posted by m_um_u at 11:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク

2011年05月04日

幸村誠、2011、「ヴィンランド・サガ」10


「いい?

『みんなのため』といってたたかって自分や相手を傷つけるだけならせめて娼婦になりなさい。

それならだれも傷つけない。

少なくとも傷つくのはあなただけでしょ?

自分が傷つくのを恐れて他人を傷つけちゃダメ」





「それがいやならきちんと働きなさい。

『誰かのため』に逃げずに。まず、自分のために働きなさい。

働く中で誰かのためになることもあれば、ならないこともあるでしょう。

その全てを、自分の責任として受け入れなさい。

そうやって行くうちに、あなたも誰かを育てることになる。

そのときに、自分の失敗からの反省を伝えなさい。


そうすれば、少なくとも「誰かのため」にはなるかもしれない。」





「その全てが嫌なら、、とりあえず自分から逃げず、『自分のため』と思えるようなことをなさい。


それが他人を傷つけないように、あなたの中の良心が守ってくれるでしょう。      



少なくともわたしはそう 信じてる」















テーマ的には予想通りの中期ぐらい

修羅と煉獄の中で削った精神の中で実存にたどり着いたトルフィンはこれから「生活」という実践を通じて「本当の強さとはなにか?」ということを身を持って修めていく。




「ヴィンランド・サガ」の背景メモ (アングロサクソンの良心、キリスト教とゲルマンとか): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/161667855.html


グスコーブドリのように: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/163308380.html





おそらくは「AI」(愛)に至るだろうけど、ハチマキのときのようなオーバードライブからの突然のジャンプと着地ではなく、ゆっくりと、そこにいたるまでの葛藤と必要性、意志をもった決断が示されていくことだろう。




そして巡りあう日々: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/132633857.html

ソシテメグリアウヒビ
http://bit.ly/kkOYYR

Togetter - 「タチコマ漫談:「ココニイルコト」」
http://togetter.com/li/128589





並行してクヌートはロックスミスを辿る




ナウシカ解読と正義の審級   ユートピアとベンヤミン: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/164690250.html


「常識」と「良識」の話: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/161638661.html




神の愛、恩寵を失った人が自らの手で<神>の似姿を創り上げていくとき、そこでなんらかの歪みが生じていく




Togetter - 「タチコマ漫談:「あなた?視姦しますたね? | 冫、)ジー」 / 「ささやくのよ、わたしのゴーストが……」」
http://togetter.com/li/127808


Togetter - 「「わたしたちの自戒の歌」  / 「ゆえいの季節における手記」」
http://togetter.com/li/127626




為政者としてのクヌートは<神>にも等しいような愛-気配りと、それがゆえに私的感情を廃する必要が生じてくる


それと並行するように大地にしっかりと根ざしたところから人の愛、意志、強さを汲み上げていくのがトルフィン


いわゆる上座部と大乗、もしくはキリスト自身と大文字の「キリスト教」の問題。


あるいはベルセルクにおけるグリフィスとガッツ





全体の流れとしてはそんな感じだろうけど、今回はトルフィンが生活に馴染んでいく中での様々な気づきや反省、それを通じた新たな自分の模索が描かれていた。



過去の自分、何かから逃げるように怒りと復讐に自分を任せていた自分

そこではそれなりの戦闘技術は身についたけれど、逆に、それは単なる技術に過ぎなくて



「憎しみがなくなったらオレはカラッポだ」




ということ


そういったトルフィンを先達がやさしく導く



「これから覚えていけばエエ  ひとつひとつ……

  

 カラッポなら何でも入るじゃろう


 生まれかわるつもりがあるならむしろカラッポのほうがエエ」





卑近なことでやや蛇足気味だが、過去の自分を思った



自分も最初はなんだか居心地が悪くて


というか、「ムリヤリ選択させられた」(受験)戦争状態の中で、野山で遊ぶ自由な自分を捨て「させられた」こと

軽いいじめのようなものに対抗するように、怒りと契約を自らの中に染み込ませ、代償として半身を鬼にくれてやった


Togetter - 「誓約と制約 (コミットメントと愛について」
http://togetter.com/li/444




居心地の悪さは「なんだかわけのわからない怒り」となって残っていき世の中のすべてが嫌いだった


「自分は小動物しか愛せないのかもな」って



なので、瞬発的なモチベにはなったけど学校の勉強なんか嫌いだったし




そのあともお定まりの煉獄にいたのだと思う



自分がたどってきた道を肯定したいがために、その武器を持ってより弱いもの(自分より強そうだがスキがありそうなもの)を襲い、そこで「自分は正しい」ことのよすがとする


はてなのモヒカン族なんかでよく繰り返される光景
http://bit.ly/jIkrY5


どうでもいい揚げ足取りで吊るし上げて自分たちの狭い「正義」観を満足させる。


「委員会の論理」とかいうやつだろうし、知の権力というやつだろう
http://favolog.org/m_um_u/user-M_Foucault_jp


Togetter - 「タチコマ漫談:「オイルは二度漬け禁止!( ゚д゚ )クワッ!!」」
http://togetter.com/li/126183




知が刃物であることを認識せずに、殴り合い、斬り合いを続ける永遠の亡者たち


ゾンビみたいに鈍くなってるので永遠に死なない


永遠に殴り合いを繰り返す


価値相対化の中で現状から遊離した形式(記号的に実情から遊離した概念)を追い、自分が本当に向き合うべき問題の代替として目先の闘争に明け暮れる


Togetter - 「淫グロリアス・バスターズ」
http://togetter.com/li/127006




その戦いはヴァルハラに向かうようなものではない




ヴァルハラに至るのは自分の内部の鬼と戦い、それを御しつつ社会や世界の矛盾に向きあって行く者たち


あるいは


神(ポイエーシスとピュシス)の実感を胸に、大事なものを守っていこうとする者たち



外縁としてのアウラ(人の気配)を辿りつつ


Togetter - 「「ゴドーを待ちながら」  誰も座れない椅子に座るのは誰?」
http://togetter.com/li/120932


ウェーバー(「職業としての学問」)がいうように「相対主義のニヒリズムの中で、なにに向かうべきかわからなくなったものたちは路頭に迷う」(大意)という話。そして、自家中毒的に潰しあう




そういった修羅から脱せられたのは様々な人との出会いがあったからかなぁと自分的には感謝しつつ、知を、血塗られたものにしないためにどういった扱いが必要か?と愚考する


あるいは、形式(知の権力)にドライブされないように



Togetter - 「緑の座から「真水をくむ」ということ」
http://togetter.com/li/131170





やはり「愛」なのだな


大文字の「愛」ではなく、身近な人たちへの信頼と親愛








トルフィンも、そういった道を辿れるだろうか




そしてふたたびクヌートの前に立つことができるだろうか



(そのときクヌートは修羅、あるいは菩薩であることへの呵責をもっているだろうか)







Angela Aki / Silent girl
http://bit.ly/myTeA4








--
信じるということ: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/44278479.html



「いじめは気づけないよね?」、と鈍感な人は言った: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/50946740.html


親愛なる人へ: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/142089498.html

タグ:実存
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