なんかこちらの記事が気になってまして、以下もぞもぞと
地方格差をなくすためにみんなでwebでがんばろうじゃ駄目な理由を考える - 一人シリコンバレー男 [ITmedia オルタナティブ・ブログ] エントリ主旨としては、「いまの時代、webによって地方格差なくせるんじゃね?」、ってことで理由(条件)としては以下が挙げられてます。
理由は三点
1、場所による利益の機械損失が少ない
(渋谷で開発しようが、鎌倉で開発しようができたものを発信する場所は一緒)
2、大規模な施設を必要としない
(製造業と違い工場のような初期投資の大きい大規模施設を必要としない)
3、ナレッジを学びやすい環境が整っている
(リファレンスはオンラインに大量にあり、わからなければ「はてな」「教えてgoo」へどうぞ)
「まぁ、そうかなぁ」って感じで、「そういやモジュール化からフラット化の流れとかも流通コストがかからない情報系企業には適してるんだよなぁ(ゲーム産業とか)」、とかなんとか思ってたわけです。
んで、こういうギロンって昔は「グローカル」なんて言ってたなぁ、とか
globalisation + local = glocal
ってやつですね。つまり、「<地方から東京へ>ではなく<地方から世界へ>への転換を!」、ってやつ。
で、けっきょくあまり芽が出ず廃れていったわけですが...。
この話って「インターネットで宇宙船地球号! (呉越同舟だよ!)」みたいな話にも通じるんですよね。例の、「ネットが通じれば原理的には世界と通じてるわけだから、ぼくの(わたしの)サイトはせかいのひとたちがみてるんだぁ!」、ってやつ。
で、ネット生活を始めてちょっとするとそういうのって幻想だって身をもって体感するわけですが。
「世界を感じる」っつっても自分自身世界を見てないんだからどうしようもないっすよね。(日本のふつーのだらっとしたbloggerの中でどれほどの人たちが海外の記事や情報を原文で読んでいるのだろうか?)
で、「ネットで世界を感じる」っつったらたまにくる英語のスパムぐらいになっていくわけです。
ここから分かるのは例の「スモールワールド」ってやつです。
これは本来の意味では、「六次の隔たりでみんな友達(世界はこんなに小さいよ!)」、的な使われ方をされていたのですが、今では逆の意味でスモールワールド化しているように思います。
つまり「セカイ系」ってことで。mixiなんかに代表されるようにネットライフっつっても基本的には狭い近親者との交流でしか使わないんですよね。
もしくはblogでたまにそういった閉じられたセカイとは別のところと接触しようとしても、「知識」「職業」「お金」「趣味」...などといった文化資本(?)的なものによってある程度のクラスターが出来ていて、そこに外部から接触しようとしてもはじかれる。
(「いきなり話しかけてくんなよ、ヨソモノ」って感じでね)
もしくは(blogなどを見ているほかの人の手前)ファーストコンタクトでは表面上はそれなりに仲良く応対しつつも、しばらくするとぞんざいに扱かったりね (「.....アイツ、正直うぜぇよ」)
まぁ、そんなこんななスモールネットワーク(小さなセカイ)がネットの現状です。
で、「世界」との関係で言うと、日本の場合は「日本語」という特殊事情が関わってくるわけですね。
めんどうだから統計出しませんが、現在のネット社会での言語構成比率において、日本語は英語についでそれなりのプレゼンスを発揮しているわけです。でも、それってほかの国の人からみるとすごくきみょーに見えるみたいですね。
「極東のわけのわからない言語を使うやつのサイトが増えてる」
って感じで。
基本的に、英語圏からすると日本なんてのは極東のきみょーな国、みたいですからね((C)finalvent)。
(まぁ、その辺のところは元記事の人も書いてるわけだけど)
もっと、日本全体の「webリテラシー」が向上し、
「一億総シリコンバレー状態」になったら、
地方格差なんて関係のない世界になるかとも思いますが、
やっぱりキーになるのは「国際教育」と「英語教育」ですね。
そんな感じで「日本語」ということで英語圏の世界へのアクセスが減っているわけです。でも、仕事となると話は別ですね。仕事っていうかお金。金稼げるとなると話は別です。
それは、「やろうと思えばできるよ(必要ならするよ)」、ってことだけどやっぱ最初から「英語圏のサイトへのアクセスがない」ということがデフォルトということは響いてくるように思います。
びみょーに遅れをとるんすよね。
必要最低限の情報交換はできるけど、なんかびみょーな部分でプロトコルが通じなかったり、もしくはそれ以前に必要な情報がどこにあるかかぎつけられなかったりするわけです。
こういうのはなんか名前が付いてるのかもしれませんが、よくあることですね。
企業が「一般職には大卒が条件 (あるいは暗に一部のゆーめー学閥)」みたいなのを掲げるのもそういうことだし、それ以前に、なんかの仕事(取引)をするときにそれ方面に携わったことがある人がやってくれないと不安ってのはありますね。
「普段はそういう知識は使わないんだけど、とっさの場面で応用が利くかどうか (経験知、形式知的な蓄えがあるかどうか)」、みたいな話です。
で、ちょっとごちゃまぜで話してしまったんだけど、「大卒条件」ってのはまたちょっと違うかもしれませんね。あれは単に仲間内での余暇部分での会話プロトコルが共通化できるか(楽しい職場の雰囲気を醸造できるか)って話であって、仕事の面ではその部分はいらなかったりする。
つまり「仕事」に対しての「余剰」(文化)の部分です。
もしくはゆーめー大学を採用するのは人脈というリソース目当てだったり、(よくいわれるように)「なんか潜在的可能性があるやつをほかの会社にとられてその会社が利益伸ばしたりしたら困るのでウチでとって機会を潰しておこう」的な保険。
そんな感じみたい。
web利用してなんかくっつけるっつったって以上のような感じで「文化部分での差」というものがあるしなぁ、って話になります。
(いわゆる企業文化論ですな)
まぁ、「文化」ってひとからげにしちゃって分かりにくいかもしれないけど、再度確認するとここでの「文化」定義は、「仕事として明示的に必要とされる条件(リソース)からははみ出る(余剰とされる)けれど必要とされるもの」、です。
んで、まぁ、「経営」+「文化」というと福耳さんなわけですが
福耳コラム - コリアンダーはどこの草 ちょうど似たような話(世界との取引みたいなの)を書かれていたので、TB送ってみます。そして以下、
「おしえてふくみみせんせぇぇええぇえぇぇ〜〜...」( ←NHK教育風)
すごくおーざっぱに書いてきたように、「グローカル」っつってもいろいろな条件が整わなければムリなように思うんです。
上記してきたように擦り合わせの受け皿的な条件だったり、企業と企業、モノとモノ、知識と知識をつなぐ「コーディネーター (あるいはmiddleman)」的な存在の必要性とか...。
ガ島さんのところでもチョロっと触れてましたが
ガ島通信 - ウェブと地域格差とNet Marketing Forumワークショップのこと 例の
「イロドリ」がうまくいったのはあの担当者の方(横石さん)の営為によるものが大きかったように思うんですね。
Think the Earth || Think Daily -[ Report ] 地球リポート#16:小さな町の大きな挑戦 〜徳島県上勝町の町づくり〜コーディネートセミナー 〜上勝町の"いろどり"商品化の歩みと第三セクターの役割〜 そんな感じで経験と実行力をもった中間者の存在というのは不可欠のように思います。
ネットワークで言えば人的ハブってやつになると思う。
で、福耳さんにお尋ねしたいのは、こういう「外部と地元の知られざるリソースをつなぐ」みたいな話って中小企業論系でよくあると思うんですが、その際の成功要因ってなんなんでしょうね?
また、以上のような感じで地方と世界を結びつけることって可能でしょうかね?
(いくつか限定要因はあるように思うけど)
ちなみにぼくの立場をはっきりさせて置くと、できれば「地方と世界をつなぎたい」と思います。特に自分の住んでいる地域(広島)と世界との関係。
広島はヒロシマってことで世界的な関心(アテンション)はある程度もっているのですが、「平和都市」とか「人類の悲惨の象徴」というところからもう一歩抜け出せていないように思います。
もちろんそれ自体重要なことで、それが一義的にあって次の話があるように思うんですが、「せっかくのアテンションを活用できていない」、というのはあるように思う。
で、以前からそういうことを思っているのですが、周りに言っても誰も聞いてくれないんですね (「ヒロシマを平和都市ってことで世界につなぐんですかぁ?(ヒロシマ商売ですかぁ〜?)」とかなんとか)
んで、まぁ、もういいかぁ、って感じだったんですけど、ほかにも似たような問題意識を持ってる人がいたようなので積年の課題を再提出してみたわけです。
あと、地方と世界関連ではこんな事例もあるみたいです。北海道とオーストラリア
J-CAST ニュース : オーストラリア人に乗っ取られた 北海道のリゾート町 「オーストラリアっ子は雪が好き」ってことでオーストラリアの中でも雪になじみのない地域に住んでいる人々の間で「日本雪見ツアー」みたいなのがはやって北海道パックが人気になったんです。
んで、観光的にはそれなりに儲かったんだけど、このとき、日本側はホテルとかきちんとたててなかったので儲け損なった。対して、オーストラリア側はその辺きちんと根回していてたんですね。
で、「坊主丸儲け〜」、と
まぁ、ほかに、オーストラリア人が日本でビル建てるのが流行ってるって事情もあるみたいですが (税金対策な財テクで)。
以上は北海道ということで特殊事例だけど、広島の場合は魚が旨いらしいです
ああ、懐かしの広島はオイシ〜イ! - シドニーの達人 以上は平野さんの味覚に依るもので主観的な要素もあるのかもしれないけど、「魚が旨い」、ってのはけっこう言われます。
そして、築地は鮨ブームですね
1日500人 築地市場が外国人見学規制を検討-話題!のニュース:イザ! 「あれは東京に行ったついでに寄るんだよ」ってのはあると思うけれど、だったら「ヒロシマに行ったついでに寄る」ってのもありだと思います。あと、「ガイジンはマグロ食べたいんだよ」って感じかもしれないけど、やっぱ魚(ってか鮨)は好きななんじゃないでしょうか?
そういえば確かに、外国人に対応してるレストランって少ない(というか見ない)んですよね。(あの人たち何食べてるんだろ...?)
「国際都市広島」とかご大層な名前付けるぐらいだったらその辺のことは考慮したほうがいいように思います。(お金落ちるし)
もしくはそういうのに+αする形で「ドバイモデル」も考慮に入れてもいいかもしれない。
ドバイ 砂漠に咲いた夢 (「ナショナル ジオグラフィック日本版」編集長の「地球からの報告」):NBonline(日経ビジネス オンライン) 知っての通り、ドバイというのは中東のオイルダラーな保養地で「せれぶ〜」なリゾートとして有名です。
でも、ちょっと前から「油だけじゃ危ない」ってことで「観光から投資へ」(あるいは観光と並存して投資をやる)ようにモデルをシフトして実際に利益を出しているようです。
まぁ、その裏で下層インド人をこき使ってるってカーストが発生してるんですけどね。この、「下層インド人をこき使う」、というところと「観光」や「投資」モデルがどのように結びついているかはまだ調べてません。
ビッグイシューなんかの記事だと、「ドバイの繁栄は下層労働者の搾取による」、って感じの記事の書き方だったけど、記事中でもその因果関係についてははっきりと触れていませんでした。
なにが言いたいかというと、「ドバイ型モデルは搾取なしに汎用化できるものであるのかどうか」、ということです。
この辺については個人的課題なのでぼちぼち調べようとは思いますが...一縷の期待を込めてBaatarismさんにTBしてみようw
Baatarismの溜息通信 - これぞ日本の底力 というのも、全然関係のない話ではなくて、上記エントリにもあるようにBaatarismさんのところでも「日本のローカル資源(あるいは中小の知られざる経営資源)と世界の結びつき」というテーマを扱っているからです。
で、エントリ的には、「日本の中小企業のオヤジが(フランス人も不可能だった)ホンモノのエスカルゴの養殖に成功していた」、って話があがっていて驚きでした。
まぁ、そんなこんなで
いつもどおりごちゃごちゃとTBを飛ばしてみます (では、再見!)
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関連:
muse-A-muse 2nd: 広島の地域活性化について (都市と交通(3))