2011年06月02日

古刀と八極と「( ゚Д゚)<サムライさいきょーーー!」について





この刀から呼び覚ます


鉄(くろがね)の中に眠る純白を  紺碧を
 


真夏の蒼穹よりも黒々とした青を―――




刀を万象と見立て天地と見立てた……


それ自体は悪くない  美しいものはみんなそう




ただね…




どこまで行っても刀は刀  人を斬る為にだけに在る刃物


刃物として与えられた命を全うしてこそ美しいのですな  そこを忘れるとおかしなことになる



刀に囲まれていたからこそ刀が見えなくなったのか 美という言葉にとらわれたか  研いでも研いでも満足できなくなってしまった 



おかしなものです ふふ



私はね武蔵殿

……刀を究極に美しくあらしめるためには――




刀であってはならないような気がした












表面に美しい模様が出ているだろう

これはダマスカス鋼といって硬度の異なる数種類の金属を混ぜて鍛えたものだ


このブレードの材料はスクラップの部品だって話だ

全宇宙を通じてこのクズ鉄町でしか作りえない究極のダマスカス鋼なんだそうだ



不純物が鋼に生命を宿し しなやかで粘りがあり 強靭なダマスカス・ブレードになったのだ











  ただ一条の鋼(スティール)       レザーエッジになりたい










昨日、刀剣博物館でやっていた古刀・新刀展にいってきたので関連でもそもそと



ご案内 ― 財団法人 日本美術刀剣保存協会
http://www.touken.or.jp/museum/


出品されていた刀はこんな感じ

http://www.touken.or.jp/museum/images/list_001.pdf



古刀は鎌倉初期から室町末期まで


新刀は江戸前・中・後期とバラバラだったようで、新々刀も混ざってたかもしれない


ていっても、明確にコーナーわけされてて、新刀は「( ノ゚Д゚)<(刀身ではなく)主に拵えをみてくださーい」とか「( ノ゚Д゚)<刃紋をみてくださーい 美術品として『パレットとしての刃』って感じの時期もあったから美しい刃紋出てるでしょー?」、って展示のされ方だった


なので古刀メインでみていった。もともとの目当てもそうだったし



てか、本題に入る前にいちお前提知識を出しておくとこんな感じ


★  「古刀」・・・文禄末年・慶長初年(1596年)以前に製作された刀剣類
     
★  「新刀」・・・慶長初年(1596年)以降に製作された刀剣類
     
★  「新々刀」・・「新刀」のうち、特に明和年間(1764〜1772年)以降に製作された刀剣類
     
★  「幕末刀」・・「新々刀」のうち、特に幕末に製作された長寸豪壮な実践用刀剣類
     
★  「軍刀」・・・明治時代から第二次世界大戦中までに軍隊で用いるために製作された刀剣類
     
★  「昭和刀」・・第二次世界大戦中に製作された「軍刀」のうち、
                   日本古来の伝統的な鍛錬法によらず製作された刀剣類
     
★  「現代刀」・・第二次世界大戦後、昭和29年(1954年)より文化庁の製作承認を受け、
                   日本古来の伝統的な鍛錬法により製作された刀剣類

http://morutan.tumblr.com/post/6098757596/1596


もそっと詳しいのだとこの辺とか



Togetter - 「初心者向け日本刀な話(簡易版)」
http://togetter.com/li/14821





Togetter - 「日本刀鑑賞の基礎知識」
http://togetter.com/li/120948





Togetter - 「現代日本刀あれこれ」
http://togetter.com/li/96448





ざらっとアウトラインを言えば、「鎌倉の蒙古襲来のとき、それまでチンタラとした名乗り合い - 一騎打ちな国内戦闘をやっていた鎌倉武士たちが元の集団戦闘術にビビって戦闘法やその礎となる武器の形そのものも見直し、あたらしい戦闘法・武器の形を編み出していった」、ということ。


元はこの時代、おそらく最強の戦闘集団だったはずで、「船で輸送」、って形でもなければ本来なら日本なんか簡単に凋落できてた。馬が使えれば、その機動力を元にした自由な戦隊の編成法によって戦略-戦術面で他の国を圧倒的に凌駕していたので。簡単にいえば常に3対1ぐらいの局面で相手を圧倒できたし、機動力を活かして補給のところから相手を封殺できた。戦略と戦術の間みたいな機略が使えた。なので、当時の元に叶うところなんかなかった(ソレが元でゲルマン民族の大移動も起こったようだし)


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だから、本来なら日本なんかけちょんけちょんにされてたはずだったんだけど「海を隔てた遠征」ということで補給路が伸びたこと + 「元本来の持ち味である集団的騎馬戦術の妙味が発揮できなかった」ことが日本に幸いした。 あと、あったんだかどうだかしらないけど「神風」とかそんなの



そこで片手落ち的なモンゴルから九死に一生を得た日本武士たちは反省して「使える刀」を開発していった


「反りの入った日本の刀(太刀)」は馬上からの攻撃に適するように開発されていったものだし、直刀でも切っ先にかけてやや反りがあるのは単なる直刀よりも「引き」の理合を使えるからではないか?と推測される。このあたりの「理合に即した武器の開発を」と「武器に即して理合が生まれていった」というのは循環論的な鶏と卵だけど、まぁ置く



とりあえずそうやって開発され収斂されていった「日本刀」を用いた刀術は中国だと明代、日本だと豊臣秀吉の朝鮮出兵の折には極まってきていたみたい。個人的には当時の世界においても白兵戦において最強だったのではないかと思う(理由は後述)


朝鮮出兵において、「日本のサムライが朝鮮を圧倒し、恐れられた」みたいな記述は「へうげもの」や「一夢庵風流記」なんかにも見られた





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そもそも秀吉の朝鮮出兵は朝鮮との戦いと言うよりは日明戦争でした。明軍単独の戦闘は八度だけらしいですが、主な戦いのほとんどは明軍が指揮を行っていたし、兵力の過半数は明軍でした。倭寇の時代から、中国人は日本の剣術の威力に驚き、日本刀を真似て「苗刀」を作り、日本の剣術を真似た「倭刀術」を生み出しました。^^

また、日本の剣術は海を渡って明にまで伝わり、「武備志」には日本の新陰流についての記述があります


http://tumblr.com/xau2scmuez


 欧米人が見たサムライの戦闘能力


ロバート・フォーチュン 「幕末日本探訪記」の記述

 「その辺りの平地の所で、サムライが始終教練を行っているらしい。囲いの高い柵や潅木の茂みで視界がひどく妨げられたが、時々兵隊の旗や、槍が見えた。大名達は彼らの藩兵に、戦争の技術を絶えず訓練させていたのである。そのころ江戸の大名屋敷の傍らを通ると、剣術をやっているような、喧(かまびす)しい物音が聞こえた。私が江戸に滞在している間に、同じような音響をしばしば耳にした。
 もし、不幸にして、ヨーロッパ諸国が日本と戦うようなことが起こったら、日本人はシナ人よりも非常に優勢なことが判るだろう。同時に我々は、刀だけで戦うのではないから、勝負の結果については自信がある。しかし、そのような、日本人と戦うようなことは、遠い将来のことにさせたいものだ。少なくとも我々は、日本人が血を流さずに開国したことに、満足すべきかも知れない。」  

ラザフォード・オールコック 「大君の都」の記述

 「彼ら(サムライ)は、相当に熟達した刀の使い手である。小さい方の刀を使うときは、二度突く必要は無い。たったの一突きで相手に致命傷を与える。大きいほうの刀を使うと、ただの一振りで相手の四肢を切り捨ててしまう」


http://tumblr.com/xau2sco0t5




なぜ、白兵戦においてそれほどつよくなれたか?


それは先程も言ったように理合と関係する。



COMPLEX CAT : 剣術と近代剣道
http://complexcat.exblog.jp/10139034/


倭寇,華やかかりし頃,中国の刀術が全く刃が立たず,その圧倒的な強さから大陸の馬家(通備門の本家,大陸一の高手との誉れ高き馬賢達老師を生んだ名門)がその戦闘ノウハウを導入,研究して体系化したものが苗刀で,反りの少ない古式の長刀術ですが,これは,当時の苗刀がカモとして屠ってきたのはリーチや切れ味や速度に劣る中国刀,双剣,あるいは,リーチはそれなりに稼げても,軌道が単純で,寧ろ裁断的な機能は劣る中国の長剣ですので,日本刀から発達した剣道は,苗刀においても簡単な相手ではないのではと思いました。
 この場合も剣道との試合形式としてルールの中で,対長刀(なぎなた)の試合と同様「脛」を入れるようにモディファイされています。



通備門は八極にも伝えられてその威力を珍重された、とのこと(中間距離の攻防に革新、だったっけな?(発勁のより有効なやり方だったかもしれん。。


そんで八極というとこの辺とか


通備門系の通備,八極,翻子拳においては,この苗刀の動きと全く矛盾のない同じ勁道と理合を使っており,戦闘が無手であろうが,他の兵器術によるものであろうが組み込まれているものは全てが不可分であるということを意味しています。
 私は苗刀を習ったことはありませんが,次の練習風景を見ていて,びっくりしましたというか,当たり前なのですが,全く自分の習ったものが無手であるにもかかわらず理合がそのまま理解できたからです。







たしかにこの下半身とか、それと身体全体の連動の仕方は八極拳っぽい。背中の筋肉の意識なんかも…。もそっと詳細に見ないとわかんない(トレースしてみないとわかんない)かもだけど


個人的に、八極は槍術ベースであるがゆえに中間距離の刀術的なものでの形意ごっこというのはあまりしっくりこなくて…それもあってか刀術ってのは苦手だったんだけど、下半身をああいう風につかっていいのなら、もしくはあんな感じでちゃんばらっぽく刀を使っていいのなら自分的にも動けるかなぁ、って感じがしてきた。


その際、大事なのは刀の長さっぽい


今回の博物館詣ででもその辺を念頭に置きつつ、最初は美術品としての刀の価値基準を自分で見いだせるか試していたのだけれど、次の課題として「この刀で舞うとしたら…?」ってのを自然とやっていた


二尺二寸、二尺四寸、二尺六寸……


ショーケースの中におさまったそれぞれの刀の前で、実際に自分がそれを手にとって動画で見たような八極風?な刀術が舞えるかどうか、かるく体を振ってみた



一番しっくりきたのは二尺二寸、いわゆる戦国太刀とよばれる室町後期周辺の刀や太刀たち


太刀は通常長さを基準とするのだろうけど、自分的には幅広な、いかにも頑丈で通常のものよりも重みもあるようなそれらがは長さ関係なくまとめて「太刀」って感じがした。

刀幅は感覚的に通常の刀の1.5倍ぐらい。重量もそれに準ずるだろう。そうすると、それを無理なく振るに足る刀術が必要になってくる。通常の日本刀とは違った刀術


「足(下半身)を使う」というのはその一つの解のように思えた


「下半身を使う」というのは武道、とくに刀術なんかにはすべからく共通するだろうけど(cf.「腰を入れろ」)


もっと震脚っぽく、両足揃えではなく、局面を片足の踏み込みで打開・転換できるような脚の使い方



刀は短槍のように使うイメージ



そう思うと二尺もなくて良いようにも思って、ふたたび備前長船兼光の脇差し(一尺七寸)の前に戻って(架空ではあるが)手にとってみたらしっくりきた




「……あれで舞えたら気持ちいいだろうなぁ」、と



もしくは二尺三寸、小笠原秘宝の「正垣」。あるいは二尺二寸、青江「真垣」など。 いずれも幅広でジョーズなごとくな威容でござった( ^ω^)・・・あと、摂津の「長幸」なんかも人斬り包丁ぽくよかった


特に「正垣」は刃こぼれもいくつかみられて、わかりやすく「実用」な感じだった



ほんとは刃こぼれなしでも「実用」とか、「たましい」を吸ったり、込められてきた刀の威容(アウラ)のようなものを肌で感じられるようになるといいんだけど……残念ながらまだそこまでは


代わりに、なんとなくだけど刃紋よりも地金のように目がいっていたのが結果的に正解だったのだな、とこのとぅぎゃったーで確かめられた



Togetter - 「日本刀鑑賞の基礎知識」
http://togetter.com/li/120948






「鉄(くろがね)の中に眠る 真夏の蒼穹よりも黒々とした青」






それはなんとなく新刀のそれとは異なっていて…新刀のそれはなんだかおもちゃのように感じられた


「気のせい」ってところもあるのだろうけど、4〜6回ぐらい新刀と古刀の地金部分を見比べてなんとなく思ったり…




「玉鋼が入ってるかどうかの違いかなぁ( ^ω^)・・・?」とそのときは思ったのだけれど、帰ってから調べたら違うみたいだった


鉄鉱石を原料に溶鉱炉で溶かして抽出した現代の鋼(はがね)と異なり、江戸時代までは砂鉄を踏鞴(たたら)で溶かして《玉はがね》を抽出し、それを材料に刀剣を鍛造していた。  鉄に炭素を加え、高温で熱しながら鍛錬し、急激に水で冷やす(焼き入れ)ことで、刃物は硬度を上げ、その特性を生み出す。  刀剣や包丁など刃物の切れ味を上げるためには硬くしなければならない。  しかし、金属も含め物質は硬くすればするほど衝撃に弱く、脆(もろ)くなる性質がある。  このジレンマを昔の日本人は知恵を出して見事にクリアした。  すなわち刀剣は、比較的軟質で粘り気のある《心鉄(しんがね)》を、炭素量が多く硬質な《皮鉄(かわがね)》と《刃鉄(はがね)》で包み込んだサンドイッチ構造で「折れず曲がらずよく切れる」を実現した。  和包丁は刀剣の逆で、炭素量が多く硬質の鋼(はがね)を、軟質の鉄で挟んだサンドイッチ構造である。  従って、和包丁は日本刀と同じく《世界一切れる包丁》として世界中(特に欧米)が認めている。  その事実を知らないのは皮肉にも日本人だけである。
 

日本刀が世界中の刀剣類と異なり「折れず曲がらずよく切れる」構造上の理由を説明したが、この構造を編み出し日本刀の歴史を変えたのは鎌倉時代末期、相州(相模国・現在の鎌倉)の刀匠・五郎入道(ごろうにゅうどう)正宗(まさむね)だった。   それまでは《無垢鍛え(むくぎたえ)》といって、心鉄と皮鉄の複合構造ではなく同一素材の一体構造で造り上げていたので、切れはするが折れやすかった。  どんなに腕が上でも、勝負の途中で刀が折れたらひとたまりもない。  正宗が編み出し完成させた技術革新ともいえる鍛法は、瞬く間に全国の刀工に伝え広がった。  特に、名工や刀工業集団を輩出した五つの主生産地、つまり【五箇伝(ごかでん)】といわれる、大和(奈良)、山城(京都)、相州(鎌倉)、備前(広島・岡山)、美濃(関)の刀剣造りに革命が起きることとなった。


仏国弓道家団と日本刀 | 猪原金物店・コラム
http://blog.inohara.jp/?eid=850910



単純に「硬い」だけを追求しただけでは折れやすくなる


なので、芯のところは軟質な「心鉄(しんがね)」を、それを硬い素材(「皮鉄」と「刃鉄」)で覆っていく


「正宗は画期的(エポックメイキング)」とされるのはそのあたりだったのだろう



これはそのまま軍刀にも引き継がれていった


満鉄刀

心鉄、皮鉄の張り合せ(モナカ構造)を科学的に造刀した近代刀。
百歩譲り、張り合わせのモナカ構造なら満鉄刀のように科学的に造刀しないと心鉄が乱れて駄目な刀になる。


http://morutan.tumblr.com/post/6098788778



古刀のそれはちょっと違って、ダマスカスブレードっぽい

古刀

一枚鍛えの古刀は粘り強く実用性に優れ、美術性でも自然に地金の美しさが現れている。

一枚鍛えの近代刀の先祖といえる優れている日本刀


http://morutan.tumblr.com/post/6098809953


古刀は研ぎの感覚も「やわらかい」らしい


日本刀の材料となる鉄は、 たたら製鉄で得られる玉鋼で、 日本刀製作に適した質の良い鋼とされている。 玉鋼がなければ、 全国の刀匠が作刀の材料に困窮する。 現代の刀匠のほとんどが、 玉鋼を使っている。
 
 だが、 「 玉鋼は万能ではない 」 と、 少数の刀匠が考えている。 古刀の再現を目指す刀匠にとっては、 古刀の味わいある地肌や刃文などの働きなどと比べるなら、 玉鋼では限界があり、 物足りないものらしい。 古刀の味わいを求める刀匠は、 自らが材料となる鉄や作刀方法を探している。 「 近世たたら 」 による玉鋼の供給がなかった古刀時代における製鉄の有り様を再現しようとし、 また、 それに適合する作刀方法を見出そうと努めている。

  新刀時代の作刀法については、 江戸時代の文献により判明しており、 現代の刀匠もそれに習っている。 ところが、 古刀時代の作刀方法については、 未だに判っていない。 作刀法と同様に、 古刀時代の製鉄方法も、 よく判ってはいない。
 ある研師が言う、 「 古刀は研いだときの感触がやわらかい 」 と。 そして、 ある古刀の真偽が議論を呼んでいたときに、 過去にその古刀を研いだ研師には、 その経験から得られる研師独特の判断があるという。
 次に具体的な例をあげておく。

 「 研いだ感じ 」 を 「 砥 ( と ) 当たり 」 と表現する。 『 砥当たりの中には硬軟ばかりでなく、 粘りとか砥石の乗りなども入って 』 いる。
 『 新刀以降では地鉄が硬いと砥石が反発しやすく、 軟らかいとベタベタした感じがする刀が多い 』 。 『 新刀初期と戦国時代の刀とはかなり近い砥当たり 』 だが、 『 南北朝時代以前とは全く違います 』 。  鎌倉時代においては、 『 地鉄の質も最高の水準 』 にあり、 『 相州上位は最も軟らかく、 備前物は刃文の焼幅が広いだけに比較的硬い 』 。 『 新刀で大磨上げ ( おおすりあげ ) 無銘にされ、 相州上位や備前物などに見せかけたものは、 研ぐことによっても馬脚を現してしまいます。 』 
 ( 永山光幹 「 日本刀を研ぐ 研師の技 ・ 目 ・ 心 」 より )

 日本刀に惹かれたからには、 作刀の神髄に触れてみたい。  簡単ではないが、 とりあえず、 玉鋼や作刀への理解を深めようと思う。
 それには、 鉄そのものの特性を、 勉強する必要がある。 鉄という金属は、 他の物質と混ざり合うことやその温度による変化など、 他の金属にない多様性がある。 
 これから、 鉄について、 ちょっとまとめてみよう。 退屈な内容で申し訳ないが、 自分のために整理しておく。 おつきあいいただきたい。


http://morutan.tumblr.com/post/6099133340


そして、さまざまな素材によって構成されていく
http://club.pep.ne.jp/~sugidama/C13_28.htm


まるで日本画の画材のように、各刀匠たちが表したい「色」に応じて用いられる金属の配分が変わってくる



それが古刀



そういったブリコラージュのような作刀とは違って


たとえば正宗のようなサンドイッチ構造で規定したり、あるいは単一金属の一枚すりを何回も鍛えて、文字通り鍛錬させて創り上げた美もある


素延べ合金軍刀

一枚鍛え古刀の粘り強さを科学的に再現し造刀した近代刀。
精錬された鋼は折り返し鍛錬をした鋼と同じなので鍛錬の必要はない。
(科学的に鍛えた=精錬)

最も優れている日本刀

※研磨を重ねても基本的に問題ない


http://morutan.tumblr.com/post/6098802311





「人を斬る」という仕事(ザッへ)に特化し、そこから己本来の姿を呼び覚まし(ポイエーシス)していった美



それはもはや木片から彫り出された仏像のように、そのもの本来の魂が削り出されたかのような「当然」としてそこに「在る」ものとなる


「自ずからそこに在るもの」に





そういった迫力を、背景知識以前に感じとれたら本望かなぁ、と今回の博物館詣でに臨んだのだけれど、、、どうやら未だ未だ熟してはないようで




「キミはまだまだ未熟なんだよ ( ゚Д゚)y─┛~~」


なる聲が、またしてもこだましたかのような心持ちでありましたとさ 












 ただ一条の鋼(スティール)       レザーエッジになりたい





--

話が逸れたけど「なぜ?日本は朝鮮出征当時、白兵戦最強だったのか?」という問いに対してはこの辺とか

 また,ここのドイツの伝統実戦剣術の模擬試合の動画がありますが,驚くべきことに柳生真影流に似た相手の腕を封じて首を突き刺すような,一種の収斂現象みたいな技も入っています。これを見て思ったこととは,兵器自体が強力であるために,実戦的な運用において,剣道技では考えられないような技が沢山あるのではということです。TAKESANさんも書いておられましたが甲冑を着けているかいないかで,使える技のパターンは制約を受けたり受けなかったりします。何が実戦での強さを決める前提として相応しいのかという問題は何処にあっても必ずついて回ります。
 ドイツ剣術の動画は,youtubeには他にもかなりあるのですが,非常にこの問題を考えるのに役に立つと思いました。それは,合気道や中国武術だけを見ていても技の実戦性や運用においては謎であった部分が,システマを見て氷解したのと似ています。とりあえず,この段階においては練習体系において見せているものが実戦的で,秘匿していないのです





簡単にいうと化勁っぽいことして受け流して、その上で発勁(化勁で使ったのと違う勁)しちゃってるのだ。おそらく新陰流も。


なので「当時最強」って感じ




あと、会員になってもうたので6月11日から鑑賞会でれるみたい。・・まぁもそっと勉強して臨もう。せっかくだし


--
関連:
COMPLEX CAT : 内功と外功
http://complexcat.exblog.jp/8952200/

posted by m_um_u at 21:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2011年05月30日

「さあ、ちからのかぎり、そらいっぱいの、光でできた、パイプオルガンをひくがいい」




Nothing in life is to be feared, it is only to be understood. Now is the time to understand more, so that we may fear less.
Marie Curie (1867 - 1934)




After silence, that which comes nearest to expressing the inexpressible is music.
Aldous Huxley (1894 - 1963), "Music at Night", 1931




My personal hobbies are reading, listening to music, and silence.
Edith Sitwell (1887 - 1964)




The whole problem can be stated quite simply by asking, 'Is there a meaning to music?' My answer would be, 'Yes.' And 'Can you state in so many words what the meaning is?' My answer to that would be, 'No.'
Aaron Copland (1900 - 1990)




I think I should have no other mortal wants, if I could always have plenty of music. It seems to infuse strength into my limbs and ideas into my brain. Life seems to go on without effort, when I am filled with music.
George Eliot (1819 - 1880)








もしもおまえが

よくきいてくれ

ひとりのやさしい娘をおもうようになるそのとき

おまえに無数の影と光の像があらわれる

おまえはそれを音にするのだ

みんなが町で暮らしたり一日あそんでいるときに

おまえはひとりであの石原の草を刈る

そのさびしさでおまえは音をつくるのだ


多くの侮辱や窮乏のそれらを噛んで歌うのだ



もしも楽器がなかったら

いいかおまえはおれの弟子なのだ


ちからのかぎり


そらいっぱいの


光でできたパイプオルガンを弾くがいい

               (宮沢賢治 / 「告別」













m_um_u / むーむー
@borujiaya というわけでなんだかありがたく m(_ _)m QT インスタレーションとしてのパイプオルガンを包む環境と、本来はその環境に合わせた一点物としてのパイプオルガンの在り方と歴史。自分が求めていたものは古楽なのかな http://htn.to/ykY2wy at 05/30 04:54
m_um_u / むーむー
インスタレーションとしてのパイプオルガンを包む環境と、本来はその環境に合わせた一点物としてのパイプオルガンの在り方と歴史。カザルスホールは本当に惜しいし羨ましい。自分が求めていたものは古楽なのかな / 極私的脳戸/日々の与太 ≫ カザル… http://htn.to/ykY2wy at 05/30 04:49



http://twitter.com/#!/borujiaya/status/74789746165035008

辺りから



極私的脳戸/日々の与太 ≫ カザルスホール、アーレント・オルガンの響きを絶やすな
http://www.g-note.org/note/?itemid=4412



パイプオルガンは本来はその環境に合わせた一点物で、環境とパイプオルガンが有機的に交わりインスタレーションのように機能してきた、ということ。

そのようにして住民に愛され育まれてきたパイプオルガンの在り方と歴史。
http://morutan.tumblr.com/post/5974949824


そういった音は、本来は仰々しく場を圧するような「大きな音」ではなく、その場に集う人々の祈りと思いに応えるような繊細なものだった
http://morutan.tumblr.com/post/5974958956


分業と工場生産 → 大量生産・大量消費を基本とした近代型の工場的な音色、コルビジェの角張った「未来」と「進歩」を思わせるような建築デザインのそれにも似たような「生活」を圧倒しつつ機能的合理性を追求するようなそういったプレス機の音。そこでは労働に従事する人々、そこからの派生としての生活圏での思いも画一化されていく
http://tumblr.com/xau2qtcc63


もちろん、画一化し、「天職」-「仕事」としてのそれに没頭することによる美しさもあるだろうが(工場萌えとか)
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/204824809.html



とりあえず置く


そういったインスタレーション的な施設、作品とそれを包む環境が有機的に融合し、全体としての美を顕しているような施設というのは日本では少なくて


絵画関連で東京だと目黒庭園美術館とか原美術館なんかが想起されるけれど、音楽についてはぜんぜんしらなかった



というか、やはりそういった施設はすくないらしい



そういう意味で言うとカザルスホールは本当に惜しいし、失われる前にそれを体験できたということは羨ましい
http://tumblr.com/xau2qtcozz


カザルスホールにアーレントのオルガンが設置されたことは、こうした20世紀の古楽再興運動との関連で言えば、まぎれもなく日本の音楽史上の事件であった。この3月23日にカザルスホールで記念公演を行う鈴木雅明氏率いるバッハ・コレギウム・ジャパンの活動に代表される通り、いまや日本の古楽演奏は一定の水準に達している。こうした現代日本の古楽運動の隆盛を支えてきた重要な支柱の一つがカザルスホールであり、このホールのアーレント・オルガンだった。




というか、自分が求めていたものは古楽なのかな、と気づかされた




なんとなくだけど、ちょっと前からArvo Pärtの音が好きで、「スターバト・マーテル」なんかが特にしっくりくるんだけど、それ系の音楽について追おうにもジャンルとかカテゴリーが分からないので困っていた



アルヴォ・ペルト - Wikipedia
http://bit.ly/ilZNi0

http://morutan.tumblr.com/post/5976499410





でも、たぶん古楽だったんだなぁ、って


実際、ペルトは古楽を志向していたようだし(wikipediaにも記載されていたが)
http://morutan.tumblr.com/post/5975902233/3



そういった過程というのはなんだかちょっと不安になっていた自分のペルト志向を和らげてくれた



TASZ や ノヴァーリスのところでもあげたように



Terminal Arts of Sein und Zeit: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/199659522.html



夜を愛し、余すところなく死んで、三位を統べる: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/200174686.html




これらの音やその他の芸術作品というのは、イドの方向に向けての限界的な強度を持っているんだけど、それがゆえか独特の暗さをまとっていて、ともするとそれに耽溺してしまいがちなところがある


その不安がいまだにチラついていてなんだか「( ^ω^)・・・呪われた音楽なのかなぁ…」みたいな感じもあったのだけれど(あるいはスピリチュアルとかオカルトとか



ペルトの志向が「古楽」ということではっきりしたのでその辺の不安も氷解した



古楽であればケルトも含むし、近代的に編成される以前の町の生活の中での音楽も含む



後者は鶴見俊輔的な意味での限界芸術、民芸的なものに属するものだろうし、前者も大文字のキリスト教に蹂躙される以前の非都市部での野生の思考ということになる



それは、音楽がまだ一部の権力者に囲い込まれる以前の、「オラが町」の音楽、あるいは酒場での吟遊詩人の語りのメロディだった時代を思わせる


ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)
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近代のようなクラシックの楽団が編成される以前、「のだめカンタービレ」などで表されたように、いまでもヨーロッパの地方に残っている「オラが町」の音楽の風習は古くは都市のパレード的なものに遡る


都市のパレードは、かつてのケルト的な風習、カーニヴァルを「野蛮」として封じた代替的な儀礼として発展していったのだけれど、いつしかそこで行進の先頭に陣取るのは「ステータス」とされるようになっていった


都市の金持ちたちは争ってその権利を買い取り、いつしかパレードの先頭で歌舞くことが権威の衒示的なものとなっていったり


そこで吹かれた行進ラッパ、あるいは賑やかしとしての楽団は本来は都市民が他の都市への略奪行為を行った凱旋を祝う楽団として編成されたものだっただろう


そこは未確認だけれど、すくなくとももともとの都市の楽団はそういった用途、ほかの都市との戦いにおける戦気の鼓舞や、戦勝の祝いのために編まれていったものだった。実際、そのためにまずもって編成されたのは音のよく通る管楽器隊で、弦楽器は軽視されていた。



古楽の記述のなかに「古楽的な楽器、たとえばリュートなどは廃れていった」というものがあったように思うが、それはこういう文脈にもよるものと思われる
http://tumblr.com/xau2qth5mu

かつての吟遊詩人たち(あるいは笛吹たち)の姿と共に





話を戻そう





古楽的なものはそのようにして近代に編成され消えていったわけだけど、その少し前、ケルト的なものも古楽の一部としてあった

ケルト的なものが大文字のキリスト教(ローマ=カトリック)を中心として偏見されて「( ゚Д゚)<このオカルト(魔術)がぁ!!」されていった結果、なんだかおどろおどろしいものとされ、バタイユされていったのだろうけど


それらはなにも「暗さに耽溺して酔う」ためのものではなく、われわれが、都市と近代の大量消費的志向に編成される以前の当然のものであったのだと、「古楽」の名が教えてくれた



そういった不安


「この暗い欲動はもっていても大丈夫なのかしら?」的なそれは先のエントリにも共通する



「ただ、そこに在る」という本質  ポイエーシス-エロース / イデア: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/204824809.html



それは「暗い」とラベリングされるものではなく、人の多様性、感情の機微の在り方として「当然」のものなんだ


誰も傷つけてないし、単にそれがそこにあるのを感じてるだけなのだから



そして、「古楽」という名を通じてそれらは生活の中に回帰していく経路を持った(自分の中で)




それらはいずれ、自らの内なる「天」に向かわせるチャント(謳歌)となってわれらを後押ししてくれるのかもしれない


「天上の弦」のような繊細で抑揚に富んだ和声を伴って







「東洋のストラディヴァリウス」と称される陳昌鉉の苦労と努力、諦めずにチャレンジしてきた歴史は宮沢賢治の「告別」におけるパイプオルガンのくだりを想起させる


多くの人から馬鹿にされ、東洋人には不可能と思われたストラディヴァリウスの音色を、多くの貧困や悔恨、故国の母との惜別に耐えつつ編んでいった陳昌鉉の歴史


文字通り、血と汗と涙を伴ったその労苦の歴史が天井の音への階梯を引き寄せていった



あるいは「ひとりのやさしい娘」との出会いがそれを後押ししてくれた、とも言えるだろう



フォルテピアノ - Wikipedia
http://bit.ly/jLIcqX

http://morutan.tumblr.com/post/5975472958

http://morutan.tumblr.com/post/5975472958


そういった一つの楽器の音色に賭ける苦労と歓びの歴史は、そのまま古楽器職人のそれを思わせる


特徴として、革で覆われたハンマーをもち、チェンバロに近い、細い弦を張っている。音の響きはモダンピアノよりも柔らかく、持続が短い。また一般的に音域ごとに音色が異なる



彼らは、祈りにも似た努力の積み重ね、シーシュポスのような試行錯誤の繰り返しの中から、不可能とも思えるような音の幼生を紡ぎ出していく


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http://zoome.jp/norityan/diary/211


人の祈りが、そのまま神(あるいは仏)として現前していく



人々の期待を伴って






ペルトが「フラトレス」という楽曲をつくってくれたのは、そういう意味で言うと象徴的であり、自分的にはとても嬉しかった


1977年にエストニアの古楽団体ホルトゥス・ムジクスからの委嘱によって作曲された作品で、「ティンティナブリ様式」による書法で生み出された、ペルトの作品の中で最も演奏頻度が高く且つ有名な作品である。なおタイトルの「フラトレス」は「親族、兄弟、同士」といった意味を指す。


http://tumblr.com/xau2qtt6vp









それは岡本太郎が「誇り」のモニュメントを両親に捧げたのにも似て


二子神社(岡本かの子文学碑)
http://www.city.kawasaki.jp/88/88bunka/home/top/stop/dokuhon/t0410.htm


第7景 岡本かの子 文学碑「誇り」 | 川崎36景 | 川崎市宮前区の情報満載!官民協働の地域ポータルサイト『宮前ぽーたろう』
http://www.miyamae-portal.net/mp/kyosho/?sid=186


この塔は、生田緑地内にある岡本太郎美術館のシンボル「母の塔」と向かい合うように設計されているそうです。








--
YouTube - ‪古楽‬‏
http://www.youtube.com/results?search_query=%E5%8F%A4%E6%A5%BD&aq=f


キーワードで動画検索 古楽 ‐ ニコニコ動画(原宿)
http://www.nicovideo.jp/search/%E5%8F%A4%E6%A5%BD?track=videowatch_search_keyword



タグで動画検索 ペルト ‐ ニコニコ動画(原宿)
http://www.nicovideo.jp/tag/%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%83%88



近藤喜文 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E8%97%A4%E5%96%9C%E6%96%87

1970年代半ば以降の宮崎駿と高畑勲の作品を作画面で支えた。

高畑が『火垂るの墓』、宮崎が『となりのトトロ』と、長編映画を同時に制作した時期は2人の間で近藤の争奪戦が起こった。高畑は「他は何もいらないから近ちゃんだけ欲しい」、宮崎は「近ちゃんが入ってくれないなら僕も降板する」と言ったという逸話が残っている(結局、仲裁に入った鈴木敏夫の、宮崎は自分で絵が描けるからという助言で、近藤は『火垂るの墓』の制作にたずさわった)。米をよそう際、手首に付着した米粒を舐め食べる動作、など高畑アニメが追求する実にリアルな描写の実現は、近藤の強く鋭い感受性あって初めて可能なものだった。

スタジオジブリでは『耳をすませば』の監督を任される(それ以前から近藤が演出をするという宮崎との約束があった為、宮崎が企画を持ってきた)など、宮崎駿・高畑勲の後継者として将来を期待されていたが、1997年の暮れに解離性大動脈瘤で倒れ、1998年1月21日に47歳の若さで死去した。尚、耳をすませばの作成中に宮崎駿と近藤の間では何度も衝突があり、時には宮崎が演出の変更を求めたり脅す様なこともあったという。この事について宮崎は「自分が終わりを渡してしまったようなもの」と語っている。葬儀の出棺の際に『耳をすませば』の主題歌である「カントリーロード」が流された。妻は色彩指定をしていた山浦浩子、息子が一人いる。

ほかに、金曜ロードショーの新オープニングの作画・演出を担当した。好きな漫画家に高野文子、画家にはノーマン・ロックウェルなどを挙げている。




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タグ:限界芸術 art
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2011年05月15日

スパイス漫談: 「オレンジな満月」


「たまには子供の頃に戻って 馬鹿みたいにはしゃいでもいいじゃない」


「それがキミの失われた過去に対する手向け、だろう?」


「ほんとの『大人』ってのは、バカやれるときはとことんバカやって、それをもって自分の位置を正せるひとたちのことさぁ」





そんなことを「予感」が言っているような気がして参加したんだけど、結果的にそのとおりに運べて、なんか非常に満足した



昨夜の個人的ハイライトは、奇跡のオレンジTシャツ&ジーンズトリオが誕生・アヤさんが1軒目出たあと失踪・しげるさんが予想外にでかい・大人のひとたちの飲み会で脱ぐ人ひさしぶりに見た・ぱーらんさんわたしに説教されてクニャクニャになる あたりですね!つまりそうとう楽しかったですね!




やはり今回の集まりを結果的に楽しめたのは、個人的には @parlan さんが会の前に下北沢についてしっかりと案内してくださったからだなぁ、といま日記を書き始めて改めて思いました。(会全体のセッティングだけにとどまらないコーディネートにしてもそうですが) 感謝 m(_ _)m




そういった流れを背景に、自分的にまとめると

オレンジ三兄弟を煮込むとスパイシーななにかができるし、逆もまた然り(なにかの妄想が着火しそうになってます) QT @m_um_u: なんとなく、昨日の parlan のイメージ(あるいはオレンジ三兄弟) http://bit.ly/lHmeXf




長年のスペインさんの圧政どっせいに苦しんだ低地ドイツの小作人たちは


「( ゚Д゚)<オラ こんな村 嫌だァ」


と反旗というか革命というか一揆というかなんか吹き上がる



八十年戦争 - Wikipedia
http://bit.ly/mNBAHr



それは「農民の」「農民による」「農民のための」「革命」というのとはまたちょっと違って、なんかいろいろ担がれたり、そこに「敢えて」乗ったり、などっかで現在もみられるような光景が伺えるわけだけど



Togetter - 「ミツバチのささやき (あるいは、ハナとミツバチ)」
http://togetter.com/li/134917



とりあえずオランダ(ネーデルラント)はオレンジ公を中心としてスペインから独立を勝ち取っていく


スペインというとレコンキスタ、イスラーム勢力からの神土奪還な土地ということではあるんだけど


同時に、バルバロイとされた外地からの優れた技術・知識が流入したことで文化・文明的洗練がされていった土地でもあった(cf.「チェーザレ」)


そういった中にインドを含めた中東辺りからのスパイシーな食材な影響もあったのではないか?と妄想する



胡椒なんかはモロだけど(まあ、あれはシルクロードうんたらもあるだろけど)



「そういった影響をスペイン経由でオランダもうけていたのではないかなぁ( ^ω^)・・・」などと突飛な妄想着火

オランダ的、というかプロテスタント的な合理主義と執着のなさみたいなのはそういうのの影響もあるのかも、とかとか(あと、オランダはいまでもイスラーム率がけっこう高い)


スパイスなものにそれが表れていると面白いだろうなぁ、などなど








オレンジ三兄弟はオレンジ公のもとにいた三兄弟、あるいは三つの同盟のようなもの(があったとしたら)の象徴表現



「商人・教会・政治」的な協力とかなんとかな話


宗教改革のドライブは教会の方からの意向のドライブというよりは、むしろ商業的な知識編成の変化が基盤にあった、ともいえそうだし


Togetter - 「西洋の資本主義は「勤勉」ではなく「商の自由度の変化」によって駆動したのではないか?」
http://togetter.com/li/49115





( ^ω^)・・・オレンジ公 → ホーランド公国 → 干拓 → オランダの光 → オレンジぶつけ祭り → ( ゚Д゚)<はだかは やめろ! ここは 「おれんち」じゃ ねーんだぞ!(゚Д゚




ところがところが、時代がくだると「オレンジな意志」もどこへやら、改革の英雄はだんだんと権力の波に流され「民意に応える」という為政者の本分を忘れていく

そういった為政者へのイヤミとしてだか単に目の前のオレンジがあまってて「固そうだからぶつけたれ(゚Д゚)ゴルァ!!」ということだったのかしらないけど「オレンジを」「為政者にぶつけて」「ストレス発散」な習慣が象徴的に祭りとして残っていく



オレンジ投げまくり!イタリアのオレンジ合戦祭り - 地球はすごい!明日の地球 自然 動物 風景の動画や写真
http://www.tomorrowearth.com/2009/08/carnival-of-ivrea.html



これはイタリアのヴァレンシア地方のそれが元でありオランダとは直接関係ないだろうけど、まぁ似たような構造のものはどこにでもある(cf.エイプリルフール)、ということで。その象徴性の一部を借りる、として。




それとは別に「( ゚Д゚)<もっと平たい土地を  オラたちが牛(べこ)を育てるための平たい土地を!」ということで湾に面したびしょびしょな低地だったオランダの国家的干拓事業が進んでいく


結果として湾の鏡面反射を含んだ陽光の豊かさは失われ、「かつてオランダが誇っていたどこよりも輝ける太陽とその空気感は失われてしまったのではないか?( ^ω^)・・・(だからこそ16世紀オランダの光の画家はみょーにスポットを当てられたが、それ以降はたいして見向きもされなくなったのではないか?)な妄想がドライブする



映画「オランダの光」
http://www.icnet.ne.jp/~take/vermeerhollandslight.html




ふたたび宴の現実に象徴性を合わせると、でてきた料理をことごとく干上がらせ、それだけでは飽きたらず目の前の人型コンテンツをいぢり裸踊りに興ずる → 結果としてコップを割るなどの乱痴気ぶりにご亭主もとうとう堪忍袋のカニン具アウトよ! 

「( ゚Д゚)<おまへら  ここは  『おれんち』じゃねーんだぞ?!(#゚Д゚)ゴルァ!!」



店をたたき出されたチンピラどもは当て所なく寄る辺なき悠久の旅に身を寄せる、かと思いきや意外と早くに仮の宿を見つけたり( ^ω^)・・・



そして「深夜のアレゲ話」という麻薬の如くなお話は続いていく。


麻薬であり神々の酒(ルバイヤート)
http://bit.ly/lfoH4G


そこでは敵も味方も、男も女も、歳もジェンダーも一切関係ない


ただ、神々の酒の前に平等に酔い、笑うのみ


Togetter - 「今夜、全てのバーで」
http://togetter.com/li/126079




ふたたび歴史的重層性からの妄想に話を戻すと


干拓の完成と相関するようにオトナな国家として成熟していったオランダは主権を認められていく(cf.ウェストファリア条約)


ヴェストファーレン条約 - Wikipedia
http://bit.ly/jsJ7rS



「( ゚Д゚)<よぉし!ようやく教会(ママ)のお守りもとれた! これでもう 太郎も オトナの仲間入りだァーーー」


そんな感じで勢いづいてヤサグレとかしたオレンジ三兄弟はイケイケドンドンで南洋に進出、先行するオトナたちの後塵を廃しつつもバタヴィアの地にじゃがたら帝国などを築いていく



先行するオトナ圧力、東インド会社のそれを意識しつつなことだったのだろうけど



謝罪の等価交換と哀悼の贈与交換
http://bit.ly/keAsF2



そういったぐるぐる連関は最終的にチーズとバギウムとして当地に現れていった


スパイスガーデンたるインドもお茶の楽園たる中国もそういった流れの中でときには「サクシュ」され、逆にときには「サクシュ」をしてきた



そういった「歴史の定式のような流れ」の中で唯一信頼できるものといったらその場その場に生きる人々の対話と信頼しかないのではないか?



そんなことをバタヴィア国主監、ハセ提督がべろべろに酔っ払ったオレンジ兄弟の一人に説く



「( ゚Д゚)<おまへらの大言壮語な理想はもっともだが 現地の  現実的事情も  かんがえろ!  (あと、オレの意向もだっ!)」




まっこと「たおやめ」なる女史のますらおぶりなることよ( ^ω^)・・・などと(・∀・)ニヤニヤとそれに同調しつつ、振り返って全体の基層もそういうものだったかなぁ、と



「大きな理想を追うことで 目の前の自分から逃げない」



「自分勝手な『やさしさ』を他人に押しつけない」「やさしさを押し付けることで他人を自分の一部にしてしまわない」



「目の前のちっぽけな自分を是しとし  どんなにちっぽけでもそれに『自信』をもち  それを責として受け入れていく」



「それを次代にすこしでも伝えていく」





そしてそういった「自信」というかそれなりの「自分の在り処」に依るところを是しとした大人同士の暗黙の了解に基づいたパジャマパーティーみたいなものは続いていった








「まっすぐな道でさみしい?」


と再び聲がする



まっすぐな道



まっすぐで機能的で目的のはっきりした道



Togetter - 「淫グロリアス・バスターズ」
http://togetter.com/li/127006




それは「自分じゃない」と純粋が応える




まっすぐな道で寂しい・・?
http://bit.ly/kCcoVG




あの雲のように頼りなく、同時に雄大で晴れやかな心持ち




それは同時に「バカ騒ぎさえも基底的な背徳感のなかで十分に愉しめなかった」「バカの反対の自信がないがために十分に馬鹿に成り切れなかった」『あの夜』への手向けとも言えるのかもしれない



被爆のマリア: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/36290326.html




あるいは



「不安」とその反動としての理想のみの吹き上がりの若い自分への手向け


夜を越えて: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/45164883.html









オトナに流されていくのは少し考えたほうがいいかもだけど


Togetter - 「| ゜Θ゜)<ニーチャン、えっちだなー ワーイヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノワーイ」
http://togetter.com/li/134480


Togetter - 「カノジョたちの選択」
http://togetter.com/li/132562 



こういった形で大人になることができるのならば、あとに続く者たちにも自信をもっていえるかもしれない







「大人は楽しい」、と   ☆-(ノ゚Д゚)八(゚Д゚ )ノイエーイ








--
aiko - オレンジな満月
http://v.youku.com/v_show/id_XMjA2NjgzNDc2.html


ジャズ、この1曲 : akiko - skindo-le-le
http://daeyahye.exblog.jp/10465404/






似たスケールの世界史漫談としてはこの辺
 
黒船 (Cue comics)
黒船 (Cue comics)
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黒田 硫黄
イースト・プレス




posted by m_um_u at 19:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2011年03月26日

サヤカノキモチ  「善意」の内政不干渉について

さいきんまた「善意と偽善の線引き」的なことがテーマが地震をめぐって少なからぬ人たちの間に立ち上ってきてるような


というか、「自分の中で」といったほうがいいか



「よかれとおもって」「だれかに」「なにかを」「してあげる」こと


「よかれとおもって」とはいっても他人の心は最後までわからない。あるいは、抱えている事情というのも千差万別で、自分の予想や把握してる範囲を超えることがある。なので、「よかれ」はけっきょくは自分の想像の域をでないことがしばしばある


なので、「だれかに」「してあげる」ではなく「実は自分の為にしているのではないか?」ということ


実際、良心というのはあいまいなものだから自分はそういうふうに捉えて良心の等価交換をしているけど。「良心の満足」 ← きちんと不幸を回復できるような機関や方法の設定 ← 相手の個別な不幸の回復、という形で。それを詳説しだすとちょっと長くなるのでそれはさておき


「してあげてる」という言葉にも「その行為を通じて自分が『かわいそうな他人』よりも上位にある心理的満足を得るためにしているの?」って疑念が浮かぶ



なので、その辺を気にしつつな一方的な献身というものがこういった良心の完成形のように思われるところがあるかと思うけど


『魔法少女まどか☆マギカ』#8で、2人組のホストの会話と、美樹さやかの主張について :Syu's quiz blog
http://www.syu-ta.com/blog/2011/02/26/123232.shtml

さやかの主張はな。

 自分のために力を使わない
 他人の為だけに使う
 決して見返りを求めない
 感謝されることさえ求めない
 そうだろ?

 これを文字通り受け取ってくれてる生き方じゃねーか、ホスト。
 女の稼ぎを全部貰って、責任も一切とらんと言い切ってる

 見返りを求めず、ただ相手の幸せを祈って、自分を捧げる。
 それって、あのホストの言う女のような存在なんだ、ってことじゃない?


これは神々の娼婦としての聖女のあり方とも言える


マザー・テレサやジャンヌ・ダルクのそれ。神への狂

あるいは、

もっと美樹さやかそのものに近い比喩を用いれば「セックスボランティアとして貢ぐ女」ということ。「一生治らない腕を治す」という利他的願いを叶えるために自己を献身するが、グリーフシードの意味や戦うことの意味に「気づいた」場面の感情の揺れはボランティアと聞かされていたものが性的な介助を含んでいたものだったことに気づいたときのそれを想わせる。

戦うこと = 自分が徐々にケガレていくこと = というか、わたしのカラダはすでに(純)心から離れている、ということ

社会的効用の象徴としての金銭 = グリーフシード (cf.援助交際)



「これはセックス(性行為)ではない

…挿入してないからわたしはまだセックスはしていない

…わたしはまだきちんとキスして体を触られて相手をいたわってって過程を踏んでない

…わたしは……わたしは……もう…好きな人と初めてのキスもできないんだ…」



そういったセリフがグリーフシードの正体に気づいた時点でのさやかの動揺に託される。

7話では開き直って積極的に行為に臨む少女の痛々しさが描かれている(ようにも見える)


そして、8話ではヨゴレタジブンを自らと同定し開き直ることで頽落(魔女)に至る



われわれの日常生活においてはしばばしば金や性が交換材となる

一般的な男女の関係はおーざっぱに金と性というリソースをめぐったゲームとなる。(親愛などもあるがここでは少し省く)


セックスボランティアの場合は「良心の満足」と「金」が交換材として得られる対価、「性」が掛けられるものとなる


もちろんプロとして、「お仕事」としてセックスボランティアしている人々は「良心」への甘え的回路を絶っているだろうけど(cf.ほむら)


さやかのように最初の段階で、「誰かのため」がメインとなって献身してきた場合、対価の2つの形「金」と「良心の満足」のうち良心の満足度への比重が高くなる。

それで良心が満足されない場合、精神的に追い詰められる。


「相手がまったく自分に感謝してくれてない」
「感謝はしてくれてなくていいけど不幸が回復していることを聞きたいのに…」
「ひとは自分を利用していることを自覚している?(悪意を持って利用している?)」


それがあの場面でのさやかの動揺。まごころを裏切られた気持ち。前二者をあきらめ、最後のよすがだった「世界の平和を救うため」もホストの会話によって絶たれる(自らの不安に向き合わされる)





では、どういう形でコミットすればいいのか?

それが欺瞞(偽善)であったり自己満足に過ぎないときというのはどういうときか?

そもそもコミットしないほうがいいのか?


欺瞞というのは自分の実存に対してブレた行動、世間に対して「いい人」に見られたい、その「いい人」を内面化したい、といった場面で出てくるものと思われる。


自分の実存 = ほんとの自分 = ほんとの願い


さやかの場合は「上条くんの腕を治したい」というのが心の底からの思いだったか?ということ


本当の願いは「腕の治った上条くんとデートしたい(付き合いたい)」ということではなかったか?

後者は自分のための願い、前者は利他を装った自分の気持ちからの逃避といえる(きつい言い方をすれば)


その他の欺瞞も似たようなところがあるように思う


「自分が」「その選択によって」「どういった感情の満足を得ようとしているのか?」、ということへの向き合い。


それと、その善意を受ける人が、本当にその善意によって救われていくのかどうか?ということに対する観想的態度


「やらない善よりやる偽善」とはいうけれど、そういった判断留保→思考の過程がこういったものには必要なように思う



なぜ必要か?


たとえばコミットしたあとで事態が自分のもっている知識とはことなる場合があるから

ボランティアでいうと自分の寄付金が事態の回復のためにきちんと活用されず流用されたりとか、もっと直接的なコミットの場合、現場でコミットした後でその団体の活動が自分の思惑とはずれてあらぬ方向に流されていくことがある。


もうちょっとミクロに、対他関係における同情の是非でも同様だろう


相手の気持なんかは自分の予想の範疇をでないので


「かわいそう」と思って情けをかけたあとで、自分にとっても相手にとってもあまり好ましくない事態が展開することがある。


それは「愛」とは違うのだ



「内政不干渉」という政治用語のアナロジーを用いれば、帝国的支配 ≠ 強大な善意による相手のスキーマハックともいえる。


「こうしたほうがいい」「こうしないとこの先、危うい」と(自分の中では客観的に)予測されても、それが当人の主体的行動を奪っていってしまう場合、それはほんとに「他人のため」といえるだろうか?


また、できるだけ客観的に「それは間違ってる」と思われたことでも干渉したあとで事態が最初の情報と異なっていることに気づいたり…


「わたしがここで野垂れ死にするのもわたしの人生の選択であり、わたしの勝手なことだ……放っておいてくれ」という話があるが、そういった「他者」性への配慮といえる。



「それでもなおコミットすべきだ」、という話はあるだろう


それは個々人のコモンセンス、あるいは生きられた経験次第といえる。(もしくは良心へのコスパ)





--
関連:
グスコーブドリのように: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/163308380.html


「神の愛−真理ー利他−宗教的情操」に生きる男と「善でも悪でもいいからただわたしをみつめていて」という女の物語

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posted by m_um_u at 22:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2011年03月15日

象徴交換と死(東京の王と山間の弱者の話)

石原発言うんぬんについては最初は自分も釣られて「なにいってんだこいつ?」って感じだったんだけど、ちょっと立ち止まって意図を推察するに特に大した問題でもなく

というか

「まだ被災者を救援してる段階でなに呑気なこといってんだ?けっきょく安全な場所からストレスを魔女狩りみたいにぶつけたいだけじゃん」、って気持ちがあり、昨日書いた文章はミクシにのっけてスルーしようと思ってたんだけど、いちいちついったのTLに乗っかってきてモニョってなんかいってしまうのでもうこの辺に釣られて出すことにする。


石原"不謹"慎太郎の「津波は天罰」という妄言を批判する[絵文録ことのは]2011/03/15
http://www.kotono8.com/2011/03/15tenbatsu.html


よみがえる「天譴論」〜石原天罰発言の超克 | Kousyoublog
http://kousyoublog.jp/?eid=2569


これで自分も「安全な場所からうだうだどうでもいいこと言ってる人」の仲間入りだと思いつつ





(以下、だいたい昨日の日記のコピペ)


---


けっきょく今日は輪番(計画)停電でなんか心せわしい日だったなぁ。。と思いつつ

輪番停電うんぬんについてはあさにもちょっとつぶやいた。


災害フェイズが都会と災害直下地だとわかれてきたみたいで、前者は中・長期戦略的視点で原発・停電・電車などの情報が気になり、後者は短期戦術的視点での「救援」なんかが気になって
http://plaza.umin.ac.jp/~HPHB/mitani/3-1-8-1-C.htm

後者の代表例として岩手・宮城などの様子が気にされてて、都会の安全地帯なんかでは(救援にほんとに必要な情報ではなく)地震直下のショッキングな映像が何度も無駄に重複して流されてるわけだけど

その間の地点である茨城北部、長野(一部)、新潟(一部)も直下的被災地な「救援」フェイズなのに大手メディアからは見落とされてる問題。。

そんで、そこに輪番停電くらわせるってなんだそれ。。
http://twitter.com/#!/zasetu2/status/47089796920774656

http://twitter.com/#!/search?q=%23save_ibaraki

http://saveibaraki.at-ninja.jp/saveibaraki.html




というか茨城北部が気になってたんだけど、なんか食糧とかは間に合ってガソリンが足りないぐらいな現状ということでまぁちょっと安心したり


茨城北部の避難中の方から情報。「電気は来ているが、水はまだこない。食糧と水はまだ備蓄が(なんとか)確保できてはいる」(14日夕段階)。昨日聞いた限りでは、ガソリンを補給したいが目処が立っていないとのことだった。

http://twitter.com/#!/tricken/status/47229561112498177


そして茨城の輪番停電も回避された


電力リソースを大幅に使ってる都会の電車

それと山間の被災地の弱者の命のトレードオフ


けっきょく電車を削って命が救われた(のだろうか)





そんなこと思ってたらなんか石原さんが不謹慎発言がどうとかTLに登ってきて

副長官番A)節電の要請に訪れた蓮舫・節電啓発担当相と会談した石原都知事。会談後に「震災への日本国民の対応をどう評価するか」と質問したところ、石原さんは「日本人のアイデンティティーは我欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」と述べました

http://mobile.twitter.com/asahi_kantei/status/47220894023692288


最初は「天罰つっても神(自然)の行うこと(神的暴力)に人の意志との因果関係なんかないのに、ずいぶんセンチメンタルというか前近代的なこというなぁ。。」

とか

「まぁ公(public)としてはきちんと職務まっとうしてるのだろうから、その分私の部分のエゴがでやすいのかなぁ。。昔のローマ政治みたいだ(公空間でやることと私空間でやることのそれは判然と区別され、私空間でどんなに暴力的でも公できちんと勤め上げればその是非は公では問われない)」

とか

「もしかしたら鼻から地方は眼中に無いので、東京都民の現状だけ見て、みたいな話なのかな? >税金払わないから天罰」

とか

(どっかの部分的記事みつつ)「いまのみると東京都だけのことではなくてたちあがれ日本的マインド載せてるから天下国家のことか。バラマキ政治的なものに対する苛立ちのようなものと彼なりの「公」-「大義」観が混ざってるのかなと思うにだいたい松永さんが言った感じに近いのだろうな http://bit.ly/hRk0Cc

とか思ってたんだけど


まぁなんとなく軽く日記にでも書くかぁ、ってことでいちおニコ動みたらどうも…なんか違うなぁって感じだったのでその後けっこう真面目に会見みてしまった。。(軽く流すつもりだったのに)



Togetter - 「石原慎太郎東京都知事の「洪水は天罰」発言の私的要約」




要約すると「民主党は災害が来てからアタフタと対処療法的な夜間コンビニ禁止案とかだしてるけどそれ出すにしても政令できちんとだせばいいし、それ以前にスーパー堤防を事業仕分けでなくしといてなに考えてんだ。。全体的に大局みえてないんじゃないか?」であり

「そういう大局が見えてない政府や名古屋みたいなところの目先の人気取り減税におどらされてる国民も国民だ」みたいな話

なので「天罰」は「民主党の底の浅さ」と「底の浅い民主党ほか人気取り政策を支持する国民」にかかる、ということになる


もうちょっと表現の仕方がうまかったらなぁ。。というところ。被災にあったふつーのじいさんばあさん(弱者)にはむしろ同情的なんじゃないだろうか



もそっとわかりやすく強調すれば「天罰」は「洪水」にかかり、その洪水はスーパー堤防の話に絡む。

(擁護的に解釈すれば)「(地震・津波などの被害全般ではなく) スーパー堤防などの準備に対する大局的視点を廃するような思考へのしっぺ返しだ」ぐらいの意味っぽい

逆に「地震と津波はおまへたちソドムとゴモラに対する天罰だ」っていう庶民的感性も少なからず混ざっちゃったのだろうけど



あと、擁護的に解釈するとしても、「救援・避難フェイズ(被災地)の話と中・長期的(東京)な視点まぜるよーな話するんじゃねー まだ救援フェイズのところもあるんだぞ?」って苛立ちはあるし、「スーパー堤防つってもそれで今回のような地震があったときに津波の侵入防げるっていうのか?」って批判もある

中・長期的な視点としても「政令」ほか緊急対策における政策の個別な是非(妥当性)というのはあるがそれはまた別の話


「天罰」という語彙に対する脊髄反射

あるいは石原慎太郎さんに対するネガティブなイメージとは別な話、ということになる




まぁそれはともかく



「天罰」という語彙が気になって「意外と庶民的な信心深さのようなものがあるのかな?」と生い立ちをみるに


石原慎太郎 - Wikipedia
http://bit.ly/h95ffP

佐野眞一著『てっぺん野郎─本人も知らなかった石原慎太郎』32-33頁によれば、「慎太郎、裕次郎兄弟は十代から湘南の海でヨットを乗り回した。そのブルジョワ的イメージから、そもそもからして資産家階級の出身だと思われがちである。父親も大学出のエリートサラリーマンだったと思うのが一般的な見方だろう。だが実際の潔は中学もまともに卒業せず、当時飛ぶ鳥を落とす勢いの船会社にもぐりこんだとはいえ“痰壺洗い”という最末端の仕事から這いあがっていかざるをえない男だった。肉体労働者階級出身でありながら、そんなことはおくびにも出さずリッチな生活はあたかも天与のものだったかのごときにふるまう。イメージと現実のこのあまりにも大きすぎる落差のなかに、慎太郎という男の謎を解く一つのカギがかくされている。」という。



つまりもともと「ブルジョア」でも「作家様」でもなくひどく泥臭い生い立ちの「庶民」ということなのだろうな


なので庶民的感覚、叩き上げの父に泥臭く仕込まれた現実感や語彙、そこを起点とした価値観が抜けきらない(cf.三国人)


このエピソードは「チェーザレ」でいうところのジュリアーノ・ローヴェレを彷彿とさせる

チェーザレ 破壊の創造者 - Wikipedia
http://bit.ly/hz8cSH


平民出身、末端の貧しい漁夫という身分から枢機卿まで上り詰めたジュリアーノ・ローヴェレ

それはライバルのロドリーゴ・ボルジアの息子チェーザレ・ボルジアが抱える「私生児」というコンプレックスにも対照的なように思える。

ただ、ロドリーゴは金で買い叩いて枢機卿の地位まで上り詰め、ジュリアーノはかたくなな信仰によってその地位を築いていった。


両者とも「叩き上げ」というところはかわりないのだけれど、手段-信念に対する矜持のようなものの違い


ロドリーゴは現実−財(金)を信じ、ジュリアーノは信仰(神)を信じた。



その言動のみょーなかたくなさを見ていると石原慎太郎の中にもそういった信念のようなものがあるように思う


それは叩き上げの泥臭い現実から鍛えあげられていった信念のようなものではないか?



そういう泥臭さとリアリズムの混ざったところからすると洗練された当代の若者の「不謹慎なこと言うな!」的繊細さにはあわないのかも知れない。


最もブルジョア市民ぽく気どりたいはずの石原さんが都会的感性に合わない、という皮肉。


あるいは


その「洗練」は国際標準で見ると「現実感のない過敏な繊細さ」という風に映るのかも、だけど
http://twitter.com/m_um_u/status/47280590990491648



生い立ちから伺える泥臭い感性や価値観、人情的風景にも通じてそうな「天罰」という語彙からするとこういったことはむしろ当たり前に思える


100億円以上を被災地支援に=都民に節電要請―石原知事
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110314-00000087-jij-pol




それでもやはり会見における「見せ方」「聞かれ方」を意識してないと首長としては務まりにくいかな、ってところはあって


「天罰」という言葉を借りるなら、首を切られて然るべき、となるのは石原さんなのだろうなぁ、と思った。




原始共同体の王が災害や作物の不作の責を負い吊るされたように



「民主主義」と「科学」を標榜する近代的都市民の洗練された感性によって、「王」は感情的に吊るし上げられ、災害の責をとらされるのだ




(そして被災地に花が咲く)











--
関連:
「王の死と再生」の話: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/162950516.html




posted by m_um_u at 19:55 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2011年02月28日

「実存主義」とか「実存転調」辺についての個人的雑感

前のエントリ絡みで西田が「善の研究」にどういう思いを込めていたか、共通感覚としての善(快)を通して純粋経験が社会へ向かう流れ全体を『善』とみようとしていたのか、そういった見地から「善の研究」本編を再読してみてもよかったんだけどちょっとしんどいしたちまち見つからなかったのでとりあえず上田閑照がまとめていた随筆集「西田幾多郎随筆集」と西田名義の論文集「思索と体験」辺りを見たり。

それで上田閑照がまとめたほうみてたらケーベル先生の話とか朋友の鈴木大拙の話とかチラチラでてきてたんだけど、


ラファエル・フォン・ケーベル - Wikipedia
http://tinyurl.com/27dxzw


あらためてみるチャイコフスキーに師事したけど内気だったので演奏家にならずに哲学方面に行った、っつのはなんかすげーな。。まあ明治政府的にはおいしい買い物って感じだったのだろうけどとかなんとか思いつつ

そういえばちょっと前の「歴史の話」のケーベル先生絡みのところでドイツ留学して表面的なところだけ丸暗記して「もうドイツには学ぶところはありません!」つってケーベルに頭かかえさせたって九鬼周造かなとか思ったり


それで九鬼周造の「実存」理解にちょっと疑いもったりした。

九鬼はハイデガーに師事してドイツをあとにしてフランスいったときにはフランス語の教師としてサルトルとも交流したってことで、当時の実存主義最前線に接しているわけだけど、どうもその後の日本での「実存」って語感の曖昧さを考えると、最初に九鬼が訳した「実存」って語感の中に「der sein」的実感はなかったんじゃないか?って感じた

九鬼は「existenz」を「実存」と訳したみたいで、その後の著作を見るとイデア論との関係も公式的には理解してたようなんだけど実感としてどうだったんだろう?って感じ

http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/nittetsu/guidance/philosophers/kuki_guidance.html



簡単に言うと、まずはじめに「der sein」(ただ「存ること」)の実感というのが実存だと思う。それは先のエントリの「純粋経験」、「自在」とも似て「さまざまな機制や文脈からとき放たれ『ただ存ること』の実感を味わう」って感覚。

それで当時の「さまざまな機制」「構築されたもの」の代表的なものとしてキリスト教にとりこまれた新プラトン主義の文脈におけるイデア論があったのだと思う。神の実在を裏付ける理論組としてプラトン主義が援用されたのだろう。「実存は本質に先立つ」っていうよく聞くアレは神のイデアとしての本質ということ。ベンヤミンの話なんか思い出すけど


ナウシカ解読と正義の審級   ユートピアとベンヤミン: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/164690250.html


最終的にベンヤミンは人から超越した理念としての本質というよりもパサージュの中にそれを見出そうとしてたみたいだけど




「実存」というのはそんな感じで先の文脈でいう「(いろいろな機制から解き放たれた)自由」の感覚と同じように思う。とりあえず現時点では


なので「実存主義」と現代の日本の文脈で言う場合は本能的な機制のほかさまざまな世間的規範や価値観から解き放たれた自由な自分のあり方、野放図になりすぎて自分を却ってパフォーマンスが減ってしまわないように社会との接点として共通感覚を内面化して社会的コミットの回路も残しておくことだと思うんだけど

そういえば以前に自分の中で「実存転調」的な言葉があったなぁ、と思い出した


あれは人生の中で何回か価値観がデフォルトして自分なりの指針ができていくステップのようなものだったのだな、とあらためて思う。

その度にとらわれていた機制から自由になっていっていたのかなぁ。。拘束がキツイほどその反動として解き放たれた感動があったんだろうなぁ。。


なのでいま思うとちょっと小っ恥ずかしいような言動もあったような。。


いわゆる「サトリ」的状態だったのかな。瓢箪鯰というか




『捉えどころないモノで捉えどころないモノを抑える――常識もそんなモンだろ  そういうモンだと常に気を付けてりゃ何かと円満にいくという事だ』

おじいちゃんのこの言葉はそのまま共通感覚と観想のバランスのように思える。




そんで本質主義と実存主義の流れとしてはそろそろこの辺かのぅ。プラトン主義とプラトンの違いという感じで


現代思想としてのギリシア哲学 (ちくま学芸文庫)
古東 哲明
筑摩書房
売り上げランキング: 24873




その前に決断主義関連で「投企」みときたいのでこれもちょっと見るけど


ハイデガー=存在神秘の哲学 (講談社現代新書)
古東 哲明
講談社
売り上げランキング: 41237






--
関連:
「すべてはひとつであってひとつではない」ということ: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/131485858.html?1256785776



九鬼周造、1930、「いき」の構造: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/40630844.html




--
(追記)

しかし「九鬼周造は実存理解してなかったんじゃないか?」っていうのもいいすぎ・早計だなぁと思いもそっとぐぐるに


こちらのお勉強ノート的には
http://note.masm.jp/%BC%C2%C2%B8%BC%E7%B5%C1/

1930年代、ドイツのハイデガーやカール・ヤスパースなどが哲学に持ち込んだ実存*1が、第二次大戦後、フランスに輸入され、サルトルらによって、通俗化、イデオロギー化して広まった思想。ハイデガー、ヤスパースらの実存の哲学を主義、主張に変容させたもので、ハイデガーらは、自分たちと実存主義者とを区別した。


実存主義とは、機械文明の発展によって信仰を失い、神の絶対的価値が失われたことに端を発する。「もし絶対的価値基準がないなら、人間的な本質などないのではないか、ならば我々は神が望むような形ではなく、我々が自由に望むように選択(創造)できる。」という思想。


ということだとなんかゲゼルシャフト→合理化キチキチの流れの中でのロマン主義的人間復興(cf.ベンヤミン)とも似てるなとか思ったりする。


実存主義 - Wikipedia
http://bit.ly/hzMTZr

キルケゴールのときなんかはキリスト教の中の本質主義へのオルタナティブ的解釈として「個人の自由」的文脈から出てきたのだろうし、その対照としてヘーゲルの「理念と現実との不可分性」があげられてるけどこれも「ほんとの自由とはなにか?」ってアーレントの文脈思い出すと「単に野放図なだけでは自由ではない。共通感覚と接続してないと」ってことになるのかなぁとぼけーっと思う。そんで共通感覚として当時の倫理規範の代表的なものだったキリスト教が対象となっていたのかなぁ、とか。


そういう系譜の中で「人間の自由」を考える流れが「実存」系の話かと思うに、ハイデガーは時間とつなげちゃったのかな。単に推測だけど時間という束縛、それを受けた人の変化(機制)についてということなのかな。

そんな感じで「社会や世界(時間)とのかかわりの中での自由」を考える流れが実存系だったのかもだけど、サルトルの辺りで「個人の自由」に先祖かえりしちゃったのかな


ジャン=ポール・サルトル - Wikipedia
http://bit.ly/4OUQw4


ザラッとまとめてあるのみる限りだとアンガージュマンがコミットメントということでなんとなくな社会参画の意識は説いていたみたいだけど、「なんでそれが必要なのか?」という論理が薄かったのかの(対象もマルクス主義的な運動だったようだし)


そんで、それ以降は文学ほかを通じてなんとなく実存「主義」化しちゃって「社会や世間といった自分を取り囲む状況からの個人の自由」をまず謳い上げるような流れになっていったのかも知れない。



そんでいまの日本におけるなんとなくの「実存」な語用につながる、と


特にお勉強せずに、自分が接した範囲での日本のマスメディアほかでの語用からの印象では「実存」というのは「固有の生」「固有の考え方とか信念を曲げない独特の」みたいなニュアンスをふくんでいるように思っていた(ex.「外山恒一さんは実存の強い人だから」)

あと、サルトルの、「実存は本質に先立つ」ってアジはいまだったら宮台真司なんかの「終わりなき日常を生きろ」みたいなのに通じるのかな。そんで決断主義がどうとかな話になるのだろう




とりあえずもっかいまとめると


・おそらくもともとの「実存」は「自由」との関連で「個人の自由とはなにか?」を考えることばの系に属する

・そのとき「ほんとの自由とはなにか?」と考えれば社会や世界との関係が浮かんでくる
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/188110008.html

・それとは別に日本の俗(カジュアル)な「実存」の語用としては「固有の生」みたいな語感が含まれる


・けっきょく九鬼がハイデガーに連なる重層的な問題意識を理解していたのか、サルトルとの話で影響受けたのか(あるいは与えたのか)はわからない


ってとこか





posted by m_um_u at 23:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2011年02月20日

「天道≠天皇」で「天道」の部分だけなんとなく大衆信仰されていっていたのではないか



網野善彦・鶴見俊輔、1994、「歴史の話」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/186739555.html


「道徳的に正しいとか、そういう話ではないんです。俗界における善悪の判断をこえた存在の脈動があって、それを感じて、これが善だ、これはいい、という感覚なんです。」


あたりの話と「戦国期は天道思想が信奉されていてそれがそのままキリスト教を受け入れていく土台となっていった」辺りから


「天道」VSキリスト教: 千種通信
http://triceratops.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-94e1.html



もしくは「翻訳成立事情」に出てきた「Free」の翻訳語として「自由」や「自在」が検討されていった経緯をみつつ




「バガボンド」で出ていた天の思想というのはキリスト教由来かと思ってたけど天道思想だったかな、と


「運命は決まっているがゆえに自由だ」な話: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/121774176.html


いま見直すと井上雄彦が甲野善紀の「運命は決まっている。それがゆえに自由だ」って言葉に影響されて入れていったようだけど、資料なんかから天道思想とリンクさせていったのか?(わかんないけど)



剣の道を極めたとき、あるいはある程度ようやく満足持って動かせるようになったときに「我が剣は自在を得たり」って言うけどこのときの「自在」が「運命は決まっている。それがゆえに自由だ」という感覚。自然の理(ことわり)に繋がって、その意味では型の限界はあるんだけどその数の膨大さがゆえにつながってないときに比べて無限とも思える可能性が拓けるみたいな…もっと単純に言うと純粋にパフォーマンスの向上を感じて自分が自分と意識できないぐらいに行為の中に没入するようなあの感覚。。

そういった感覚の中だと「善悪の判断を超えた存在の脈動」が感じられた。



そういった純粋経験な感覚と武道(あるいはなんらかの道(技芸))における自在の感覚が通じていたとして、それがそのまま天道として普遍化していったとは思いにくい。


でも、「運命はきまっている。(天に預けている)それがゆえに自由だ」というのはそのまま神の愛を前提としたカトリック信者の感覚にも似てるのかなぁと思ったり。



そういった大衆信仰的な感覚としての天道というのは「お天道様が見ている(につつまれている)」的な感覚だったのかなぁ



それと天皇制との関係はどうだったか?



もともとは中国の天道思想(「天」の正統を継ぐものによる革命思想)からの影響で「天皇=天の代わり(ほかの大王とは別格)」という形で導入されていった思想から「天の名代としての天皇」という神聖王的な面と、森林や田畑の所有者という現世王的な面が分離していったのかなとなんとなく


自勉ブログ 第2章 神国思想と天道思想
http://houdai.blog61.fc2.com/blog-entry-380.html


前者の神聖王な部分は「お天道様」な太陽信仰となんとなく習合し、「天皇」はこの世に人の形を持って存在するという認識ではなく「かみさま」的な感覚で信奉されてたのかな、大部分の庶民にとっては



それであとから「あの天とは実は天皇(みかど)のことだったのだ」っていわれて国家神道的になっていったのではないか




まぁ、たしかめてないからヨタ。これから見てくガイドライン的なメモとして

posted by m_um_u at 23:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2011年02月06日

「許す」というか「忘れる」、「消化する」ということかな

朝ぐらいにこれをみて



人を許すってどういうことですか?
http://anond.hatelabo.jp/20110203223019




なんかいろいろつぶやいていたんだけど、そうしてるうちにあれとかこれとかいろいろ思ったのでまとめて。



かつて自分をいじめていた相手が数年ぶりに「会いたい」っていってきて、会ったら相手が謝罪してきて…ってところで怒りが自然にわいてしまった、みたいな話。


「最初から会わなきゃいいじゃん」「謝ってるんだから許せばいいじゃん」ってのは一般論としてあるだろうけど、会いたくないとことわったが知人がしつこく勧めてきた + 「私自身も成長したから、会っても大丈夫かなという気持ちもありました」ということだったのかな、と。




自分も似たような経験があるのでなんかいろいろ思ってしまった。「なんであのとき自分は会いに行ったのか」「相手もなんで会いたいと言ってきたのか」「どういう言い方がよかったんだろ(のぞんでたんだろ)?」


自分の場合は会ったときはそれほどでもなかったんだけどあとで不快が込み上げてくるのを抑えられなかった。それに対して「なぜ許せなかったのか?」みたいな自責もちょっとあって、その辺の相反する気持ちが精算できないまま堆積していた。 氷みたいに




相手がまたいじめてくるなら最低の糞ヤローとして異化できる、自分の中の記憶として消化 → 忘れてしまえるだろうけど、

相手の謝罪というか認識が自分が思っているよりも軽かった場合、自分の中の記憶や事件の重みさえ書き換えられるような気持ちになるのではないか?


「(口では「謝って済むことではないと思うけど」といっても「許して」という言葉が出てしまうのは)あなたの中のどこかにこの場で謝って済ませられることだという認識があるからではないか?」という疑念


あるいは、

どこまでいっても自分の中の事件の重みと相手側の事件の重みは交わることはないだろうに、それを無理やり相手側の現実で塗り替えられてしまいそうな腹立たしさ



たしかにいまの自分はいじめられていないけど、過去の自分はそれによって殺されてしまう





「過去にこだわって憎しみ続けるのは不毛なこと」「それ自体が一種の依存であり憎しみに依って自分自身が存立していくことになる(ミイラ取りがミイラになる)」というのは一般論としてはわかる。

しかし、そんなに簡単に「許す」ことができるだろうか?



このことは以前も思った



その気持ちを救うのは....: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/49747050.html



傷が大きなときは憎んでいなければその後も立ち続けていられないこともあるだろう



それを通じて

時が経てば自分の中での「そのこと」に対する意味や認識が変わってくるような


「許すことはできない」けど「憎み続けることはない」ぐらいに

「許す」のではなくて「共通の痛みや配慮をもった別の人との付き合いを新しく始める」というような






自分があのとき「会ってみよう」と思ったのは「許して / 別の人との付き合いとして新しくはじめてみるのもいいかもしれない」「自分は深刻に思いすぎてるが相手の中では重みが違っていて、もしかしたらその認識を通じて自分の中の経験を相対化−消化できるかもしれない」という期待があったのかも


後付けになるけど



ただ、相手の認識があまりにも浅かったり軽かったりして気分が悪くなったのかも






(ほんとは↑から思い出して本の感想文書くつもりだったけどこのまま続けるとダラダラ長くなりそうだから別件にしよう)


posted by m_um_u at 17:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2011年01月30日

「仏もまた塵であり神は細部に宿る」な話

「金や銅の像の中に神はいないですよ」

「わかってます。しかし塵を払って仏を見る心持ちはどうでしょう?」

「(…塵を払って十字架を見上げる気持ちかな?)」

「仏もまた塵です」




「日本人とユダヤ人」読んでて出てきた言葉

文脈としては「日本人は契約や言葉のように明示なものとして宗教を入れるのではなく、そのウラにある言外にあるものを読み取ろうとする。そして時には以上のような禅問答になったり…」みたいなの。偶像崇拝の是非的な文脈から宣教師が問い、老人が応える。


これ自体はまぁそういうものかなぁと思ったんだけど先日からちょっと頭に残っててなんかいろいろとリンクしたのでボケーッと



自分的には上の問答の解釈は偶像崇拝うんぬん以上に「塵を払って仏や十字架を見上げるとき、凛と張り詰めた空気の中一条の光に照らされる像を見上げるとき、その空気自体がなにか荘厳なものを作り上げているのではないか? 神や仏といったものももともとはいないのだから、むしろそこに至る過程→それに裏付けられた気持ちこそが仏や神を心のなかに実在させるのではないか? 仏像に祈るのはたしかに誤りであろうが、祈るという行為を通じてその場に神が具現しているのだ。それは塵を払うことによって神聖化を演出するのにも同じ」みたいなことなのかなぁと思ったり



元に「一切は無」という無常感があって、仏像はそこに色付けされた暫時的な目標のようなもの。それへの信心が大きければ色は全体を覆うほどのリアリティをもつだろうが、もともとは塵に同じものなので対象としては常に移り変わる。


「色即是空、空即是色」

「地と図」

というのはそういうものかなぁと(フラクタルみたいな




そんなことをなんとなく思っていたせいか次のことも似たように思えてひっかかったり



「美は細部に宿る」という言葉


これ自体は建築系の名言みたいなので19C後期にミース・ファンデルローエって人がいったとされるんだけどもともとは「神は細部に宿る」なんだろう。

そんで「神は細部に宿る」は同時に「悪魔は細部に宿る」的意味も持つ、と。



ラテン語かギリシア語辺りにもともとの由来-出典ないかなと思ってぐぐるに特に見つからず。




自分的にはベンヤミンのところで出てきた新プラトン主義系の「神は世界のあらゆるところに痕跡を残している」みたいな話かとも思ったり


ナウシカ解読と正義の審級   ユートピアとベンヤミン: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/164690250.html


「神はその実在的本質のすべてを被造物のなかに流し込んでいる。(それを発見できないのは人の怠慢)」ってやつ




「細部に宿る」の意味的には、「全体の設計理念は細部のデザインからも明らかになる。逆に言えばすぐれたデザインとはそういったものだ」、的な話かと思うんだけどそういった理念が普遍的とも言える合理性(ことわり)を持っているとき「それは神の残したあしあとである」と言えるのではないか。

オーパーツのようにあらかじめそこにあったかのように浮かび上がる理。それが逆説的に神?の存在証明となる


「美しい」というのはそういうことかなと思ったり。




地の中に図が、図の中に地がフラクタルに連なっていく感覚



そういえば「バガボンド」の天の理と「うつくしい」あたりの話もこんなのだったかな






--
「神は細部に宿る」の出典しらべてたらこれにたどり着いた


図像解釈と図像学--prof.Fの西洋建築史講義--pallanoia.org
http://www.pallanoia.org/lecture/?chapter=1§ion=6&term=3



形式(演出)と内容(メッセージ)があるとして、「作品の内容を正確に掘り出さねばならぬ」とするならばその方法は厳密であるべき、とする → 図像学、と




「形式と内容」について、ぼくは形式とか演出、レトリック先行な内容のないものをうざく感じるほうだけど、今回の日記を見返すに人の世の「ほんと」というのは存外「形式」によってつくられているものかなぁ。。

ていうか、「形式」であれ「内容」であれしょせんは人の理解-解釈によって意味を持つモードであるのだから、最後に信じるに値すると思える判断基準というのはその背後にある本気度(祈り)の積層への直感のようなものなのかなぁと思ったりした。


祈りって言うか、形式化によってベタなテンプレにはめこまれる前のシニフィエの混沌、流動性と多義性


「形式か内容かどっちか」、って話でもなく

タグ:形式と内容
posted by m_um_u at 17:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2010年09月28日

観念と愛、システムと生活の弁証法の話

グスコーブドリと以前にあった良識の話の続き



グスコーブドリのように: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/163308380.html


「常識」と「良識」の話: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/161638661.html




グスコーブドリの話は寓話的なもので、そこで言われる「人にはもともと正義に向かう志向がある」というのは理想論的なところがあるわけだけど「人はパンのみに生きるにあらず」というのはなんとなくわかる。

しかし、「正義」というのは時代や環境、属するコミュニティによって異なる価値観。ともすれば生活の現実から遊離して観念的理想論として実際のひとびとの生活を苦しめるという問題がある。「壁と卵」の問題。



人が集まると権力(政治)ができて、それが「場」をつくっていくわけだけど、場の暗黙のルールが合理的でない方向に行くのを防ぐために制度がいることになる。

制度というかそれ以前の公正なルール。しかし、その制度もエスタブリッシュ化するとモノのような存在感で人を疎外していく。


それはいちお「近代的」で「合理的」な制度なんだけど。ここで個々人がふたたび脳みそ使ってその制度の状況における妥当性を考えていく必要が出てくる。


その際のエンジンが「良識」ということになるのだと思う。



もう少し具体的に言うとモノのような存在感で人を疎外していくシステム、制度的なキツさに対して生活圏や親密圏における「ふつー」の感覚



「会社とか学校と家庭」「システムと生活世界」「壁と卵」「聖と俗」との間ぐらいの話: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/161255211.html


あるいは生活よりもう少し労働環境に近いボランタリーでアジール的な場における「ふつー」の感覚と蓋然的に共有されているルールのようなもの


ただ、ここで注意しておくべきなのはそれがただちに<「壁」(システム)の正しさに抗じるための力となる>というわけではなく、その細々とした営みが実際のところはシステムの協働の資源となっている、ということ。


つまり、システム(壁)と生活(卵)は単に対立するものではなく、お互いに必要とする回路があるということ


システムのほうはフレキシブルな運用のためには初期設定の制度・取り決め以外の部分での現場でのボランタリーな情報共有が必要とされるわけだし、生活圏や親密圏が野放図なのんべんだらりとした環境にならないためには一定の規律と制度が要る。



要は「システムが悪」という一方向的な話ではなく両者のバランスが必要、ということだろう。




成文法と近代合理性、慣習法と生活圏のルール


蛇足だがその辺の関係はヴィンランド・サガのテーマを想わせる



「ヴィンランド・サガ」の背景メモ (アングロサクソンの良心、キリスト教とゲルマンとか): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/161667855.html



クヌートの瞳は近代的合理性(神や王の名によるわがままではなく、統治のための合理的判断=マキアヴェリズム)を表現してるわけだけど、トルフィンの場合は個々の実存から出てくる良識がどこまで制度と対峙できるか、ということにつながるな。クヌートが捨てた「愛」をトルフィンは別の形で掬い上げる




あるいは、成文法-法律的なものは時代・環境に依ってぶれがちなおーざっぱな倫理や価値観(真善美)が当代のシステムの大義となって人々の生活に襲いかかることを食い止めるための仕掛けとも言えるだろうが。





システムから見ればシステムの論理が正義で、生活圏からすれば生活圏の論理が正義となる。

あるいは、他国にとっては他国のシステム+生活自体が正義とはならず、自国のそれが正義となる。


そのように正義が多元的であるとき他者の正義への寛容は一見すると正しい。

しかしそれは単なる相対主義的なお行儀の良さともいえる。


「わたしもあなたのこと分からないけどわたしもあなたのことわからないでいいじゃないですか」


という不干渉主義。



それで済まさないようにもう一歩コミットする為には、絶対的な真理・正義があるとら仮定し、そのピースを自分も他者も握ってはいるが全体にはたどり着けてない(ので情報交換が必要)と信じることが必要となる。


これによって対話可能性への真摯さが生まれる。



その際、他者に対しては「自分とは絶対的に違う価値観を持っているもの」という認識が必要となる。

自分と他者との間の絶対的な相違を安易に自らの価値観に基づいて同調(スポイル)解釈するものではなく、あくまで他者の絶対的違いを自らには足りないものとして信じる心構え。





「制度(観念)と生活(愛)の間にもそういった心構えが必要ではないかと思うわけだけど、実際には制度側からの不寛容なプレッシャーが強い現状があるな


タグ:
posted by m_um_u at 23:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2010年09月21日

グスコーブドリのように



この不可思議な大きな心象宙宇のなかで

もしも正しいねがひに燃えて
  
じぶんとひとと万象といつしよに
  
至上福祉にいたらうとする
  
それをある宗教情操とするならば
  
そのねがひから砕けまたは疲れ
  
じぶんとそれからたつたもひとつのたましひと
  
完全そして永久にどこまでもいつしよに行かうとする
  
この変態を恋愛といふ


(宮沢賢治、「春と修羅」







はてブでこのエントリに「すごい」とか「人生」とかついてて


はてなブックマーク - 小沢一郎版夷陵之戦: 極東ブログ
http://b.hatena.ne.jp/entry/finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/09/post-d6c5.html


たしかに良いエントリだけどそんなに「絶文!」みたいにいうことかな?とか思ったりした


「(小沢のようにもはや財産もしっかりあって選挙なんか出る必要がない人が選挙に出たのは枝野からの党費つかわせないぞープレッシャーもあったのだろうけど、それ嫌だったらもういっそのこと引退しちゃってもいいんだけど金持ってんだし、って)ひとが一見すると非合理的な判断をするときそこには人の思いを背負った意志がある。盟友との約束。死霊に憑かれ、死霊がそれをさせているのである」

というのはわかるんだけどそういうのはほかにもあったなぁ、と


ある人はそれを「狂」といい


「狂」人伝    高杉晋作 - 歌餓鬼抄   
http://d.hatena.ne.jp/hankinren/20070318#p1



ある人はそれを「意志」と呼ぶ


BigBang: アウン・サン・スーチーという意志-----第1章 「写真物語U」
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2008/01/post_9739.html


BigBang: アウン・サン・スーチーという意志-----第2章 「写真物語U」
http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2008/01/post_8837.html



信じること  狂うほどにコミットすること   死者の魂を背負うことの是否



それは「観念や思想先行で生活・恋愛に根ざしてない」「観念に酔ってる」ってことなのかもしれないけど、しかし歴史はそういった狂人が駆動してきたところがあるか



それを自分がしようとは思わないけど




宮沢賢治 『学者アラムハラドの見た着物』]: クラブマネジメントの小幡万里子です
http://club-m.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-6860.html


アラムハラドは子供たちに問う、「ひとがどうしてもしないではいられないようなことはなんだろう?」


「人は歩いたり物を言ったりいたします。」


「私は饑饉でみんなが死ぬとき若し私の足が無くなることで饑饉がやむなら足を切っても口惜しくありません。」

「人が歩くことよりも言ふことよりももっとしないでゐられないのはいゝことです。」



(さうだ。私がさう言はうと思ってゐた。すべて人は善いこと、正しいことをこのむ。善と正義とのためならば命を棄てる人も多い。おまへたちはいままでさう云ふ人たちの話を沢山きいて来た。決してこれを忘れてはいけない。人の正義を愛することは丁度鳥のうたはないでゐられないと同じだ。)





グスコーブドリの伝記<あらすじ>
http://www.thr.mlit.go.jp/iwate/kodomo/kazan/kazan_ku-bo-/k6_032.html



プラネテス(4) (モーニングKC (937))
幸村 誠
講談社
おすすめ度の平均: 4.5
1 微妙だし ガッカリ
5 世界の全部がつまってる
5 なんかわかんねぇけど
5 もうひとつのフィーの物語
5 ロックスミスには彼自身の葛藤があったんだろうな、と思う。



ブドリは子供の頃 農業の大変さや生きることのつらさを身を持って学ぶんだ

勉強して農業をやめても彼はけっしてそのことを忘れないんだよ


研究者になって人間の幸せのためにたたかったんだ


火山ガスを利用して雲を作り天候を操り日照りや冷夏から人々を救った



オレもグスコーブドリのようにオレの作ったエンジンでみんなを幸せにしてやりたい




グスコーブドリのように








「君の愛した人はグスコーブドリだったんだよ    

君のその愛が彼の心をとらえた事などないのだよ」




「真理の探求は科学者が自らに課した使命です  

『本物』の神はこの広い宇宙のどこかに隠れ我々の苦しみを傍観している 

 
いつまでもそれを許しておけるほど私は寛容な人間ではない」


「神が愛だというのなら我々は神になるべきだ  

さもなくば     

我々人間はこれから先も永久に    


真の愛を知らないままだ」




かくてこのテーマは「ヴィンランド・サガ」につづき


「ヴィンランド・サガ」の背景メモ (アングロサクソンの良心、キリスト教とゲルマンとか): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/161667855.html


クヌートはロックスミスを、トルフィンはハチマキを辿っていく


あるいはトルフィンはハチマキに到るまでにブドリを辿る



その道連れに愛のしるしを携えて


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2010年09月05日

「ヴィンランド・サガ」の背景メモ (アングロサクソンの良心、キリスト教とゲルマンとか)

ひとつ前のエントリの最後の方で「ヴィンランド・サガ」の背景メモしたくなったんだけど、なんか疲れたので稿を分けてこちらに


ヴィンランド・サガ(1) (アフタヌーンKC)
幸村 誠
講談社
おすすめ度の平均: 4.5
5 お勧めです。
5 最高
4 テーマは同じ、だと思います。
5 人物描写の妙
4 どれだけでも待てる漫画家 幸村誠



ヴィンランド・サガ自体はデンマークのヴァイキングがイングランドを征していく話


ヴィンランド・サガ - Wikipedia
http://bit.ly/bw7jX2


てか、クヌーズ大王によるデンマーク・イングランド・ノルウェー統一を背景にした話なわけだけど


クヌーズ1世 (デンマーク王) - Wikipedia
http://bit.ly/aqomdn






「ヴィンランド・サガ」の中でアシェラッドが言っていたセリフ


「おまえたちサクソン人は俺たち(ヴァイキング)のことを略奪者だというがそういうおまえたちはイングランドになにをもたらしたんだ? おまえたちの前にはケルト人、その前にはローマ・カトリックがいた。ローマ・カトリックは文化を残してくれただけよかった。しかしおまえたちサクソン人は奪っただけだった。 そんなおまえたちと俺たちのどこが違うんだ?」


関連で以下の「コモン・センス」の話が気になった。


王と臣民を差別することは「自然」なことじゃない
http://tumblr.com/xauhne8wf



「王権の世襲はでっちあげだろう」という話
http://tumblr.com/xauhnesqk



イギリスの起源はギャングの親玉
http://tumblr.com/xauhngzoq



「イギリスの起源はギャングの親玉」というのはまんまアシェラッドがいっていたことだなぁ、って



こんなことを言っていたようにおもったので、ここで出てきた「アングロサクソン的自由主義」とか「良心」というのは違和感あったんだけど
http://tumblr.com/xauhnftvf



この件については「コモン・センス」を受けたアメリカの恩義と誇り、イギリスのマグナ・カルタの記憶が良心を呼び起こすのかなあ、とか。(それでアメリカは「民主主義」の国を放っておけない、か)




クヌートとカロリングルネッサンス


「ゲルマンと古代ギリシャ・ローマ、キリスト教文化の融合」ということだとカロリングルネサンスのことを思う。


カロリング朝ルネサンス - Wikipedia
http://bit.ly/cGTXmB



「教会が間に入ることによってゲルマンとローマをつないでいった」という話ではこの辺を思い浮かべる



哲学者、翻訳家・中山元の書評ブログ : 『中世の死 : 生と死の境界から死後の世界まで』ノルベルト・オーラー(法政大学出版局)
http://booklog.kinokuniya.co.jp/nakayama/archives/2007/07/post_40.html


死後の財産分与に関して、ゲルマン法とローマ法では扱いが異なった。そこに教会が絡んできた。結果的に財産の1/2は教会が受け取ることに。こうして教会は財産を増やしていったわけだが、これは冥銭の慣習を通じて教会が金銭を集めていった過程を連想させる。


とりあえず、中世の信用のハブであった教会が金銭や法といった文化的表象の仲介役になっていった


カール大帝が「ゲルマン-ローマの文化統合にキリスト教を利用した。そのためにイングランドから僧侶を呼び寄せた」というのはこういう「信用」を利用するためだったのだろう。

もしくは知のハブとして分類法に卓越した僧の力を借りるためか。




それとは別に「ヴィンランド・サガ」の作品テーマとしての「本当の戦士」と「愛」の関係を思ったりする。



「孤独」と「虚無」とそれを通り抜けた「愛」の関係


クヌートもそういう瞳をするようになる。


『ヴィンランド・サガ 6』幸村誠 クヌート王子覚醒! 愛の本質とは死ぬことと見つけたり | Drupal.cre.jp
http://drupal.cre.jp/node/1957


ヴィンランド・サガ(6) (アフタヌーンKC)
幸村 誠
講談社
おすすめ度の平均: 4.5
5 急展開!
5 素晴らしすぎる
5 暴力を描きつつそれを超えるものを提示
5 愛と言う最果て、闘争と言う救済
5 上手く説明できないけど何度も読み返す面白さがある



「ヴィンランド・サガ」における「神の愛」のテーマ


「愛とは何か?」と問うたとき

「憎むことも殺すことも奪うこともないもの」

「誰かに何かを望むのではなく、ただ何かを与え続けるもの」

すなわち人においては「死」を通じて万物に肉体を献身することが愛だ、と僧は答える。


それに対して

「親が子を、夫婦が互いを、親しいものが親しいものを大切に思う気持ちは」

「差別です」


ほかの誰よりも大切な人のために自身の命さえ差し出すこと、それは差別である、と。



それでは、この地上には神の愛はないことになる。わけへだてのない完全な愛は


所有や、それに基づく嫉妬や不安、それを守るための差別、そういったものに縛られた不完全な愛しかこの地上には残されていないのか?


そのことに気づいた王子は追放された楽園を地上に取り戻すために戦いに赴く決意を固める。それは二度に渡って奪われた「父」を自らの内部で殺し、己が父となる決意とも思えて…



もはや王子の瞳にはかつての羊のような怯えはなく、「真の戦士が持っている」といわれたのと同じ寂しさ、諦観と憐憫が浮かんでいた。





この瞳と真の強さ、愛の描写は幸村誠の前作「プラネテス」で示されていた。


「神がこの地上を見放したのなら、人がそれを作り上げていくしかない。たとえ人の世に対しては部分的に非情となっても」という考え方はプラネテスのロックスミスにも共通するし、科学者や為政者の思考、あるいは計画経済的なアレにもながれているものだろう。

もしくは仏教の上座部系の考え方にも近いような。 「悟りを得るためには人の感情(煩悩)を捨て、すべてのものを同じように感じる/感じないようになること」。 若いときにはそれをロボットのようだと思った


それが「強さ」なのかといわれると疑問が残る。





そしてクヌートは「聖なる父の愛」という理想への反動のようにマキアヴェリズムを徹底していく。



「クヌートが敬虔なキリスト者であったか」「その反動として冷徹で合理的な君主となっていったか」というのは分からないんだけど、キリスト教への傾倒が「結果として」としてゲルマン・ローマ=キリストをつないでいった、というのはなんだかカロリングルネサンスを思った。



この辺の良心と理性の関係については西田の「善の研究」とか、自分的には「業の蓄積と思考の関係」というところで絡んでくるのだけど


http://tumblr.com/xauhnh6hy

http://tumblr.com/xauhnh84p


これはこれでテーマとして重いので仮止め。また考えていくことする。






デーン人(ヴァイキング)の王クヌート亡き後、イングランドの統一はフランスから派遣されたノルマンディ公ギョーム(ウイリアム1世)によって為された。統一の際は、大規模集約ではなく飛び地的に所領(荘園)が分散して与えられた。これによって諸公は反乱しにくくなったが、諸公同士は頼り合う必要が出来、これが後のイギリス議会、マグナカルタへ(王権の法的限定)とつながっていった
http://tumblr.com/xauhnf6xx



ノルマンディー公はフランス諸公でありながらイギリス統治も兼ねることになった。結果的にフランス王よりも強大になり、これが100年戦争のきっかけとなっていく
http://tumblr.com/xauhnfw6q


要するにイングランド原住民はこの時期フランス野郎に追いやられ、フランスの飛び地のような扱いをうけていたということ。イギリスとアメリカのような関係。

サクソン人も追いやられいじめられていたがリチャード1世(獅子王リチャード)の頃、フランスの奸計に騙されて即位したリチャードの弟ジョンの無能が祟りフランスに負け領土を奪われることになる。(失地王ジョン)

これによって諸侯は王の勝手を制限するようにコモンロー(慣習法)に従うことを要請した。(マグナ・カルタ)

このころのサクソン人側の義賊がロビン・フッド




しかし100年戦争はまだ続き、諸侯は疲弊、反面王権は拡大。封建制から絶対王政へ


さらに時は流れ、市民革命を経て鍛えられたサクソン人の良心は常緑の豊穣の地、ヴィンランドへと継がれていく。






posted by m_um_u at 23:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

「常識」と「良識」の話

善いことと悪いことがある。

善いことをすることもある、でも善いことをした人が「善い人」ではない、「善いことをした」というだけなんです。次の瞬間には悪いことをする、それが人間だと思わないと、あらゆる判断を間違える、自分自身についても。

宮崎駿 /出発点


http://morutan.tumblr.com/post/1040646663










ぶくま経由でこういうのをみて



「肉屋、鞄屋の人とは結婚して欲しくない」
http://anond.hatelabo.jp/20100904050444




「肉屋とか皮革業は被差別民の仕事だから…」ってアレで。

ある年代以上の関西以西の人たちはふつーに差別しててそれは特に他意がないわけだけど、こういうのは一般的な「正しさ」と親密圏の「正しさ」でモニョるなぁ、とか思った。オレもバイトでやり方わからずにトロトロしてたら「○△☓か?」ってよくわかんないけど差別語みたいなの言われたことあって、差別されたことよりもカジュアルに差別することにショック受けたことがあるなぁ、とか。


そんで、こういう「そういう一般的な正義感というのは分かるんだけど親密(生活)圏における話だとそういうのはふつーにスルーしてないと生活成り立たない場面があるしなぁ。お母さんはほんとに心配していってくれただけで、カジュアルに差別する文化で育ってきてるから悪意はないのじゃないかな?」とか思うわけだけど、それとは別に「どこまでをスルーしていいのか?」ってのがあるなぁ、と。


それで関連話題


システムが無くなった日
http://anond.hatelabo.jp/20100904122315


「コスト割れで受注切った工場がその影響で潰れた」って話。結果的に、『現場のスタッフの何人かは過労死、何人かは自殺、何人かは会社を辞めました』。


この仕事を断ったこと自体は「時間や金銭、人材コスト含めてコスト割れしちゃう(リスクが大きい割にメリットが少ない)」ということで経営における合理的判断だと思うんだけど、その影響で工場は潰れた。


この件については周囲から論評することもないし、「誰も悪くない」というか現場感覚だと

『何が悪かったのか?』というのは今となっては色々と問題があると思うのですけど、システムのコストを下げる際に、これ以上のコストダウンは操業が停止する可能性がある、という警告をお客側が無視したというのが大きいと思います。お客側と言っても、工場で働く作業員やスタッフではなく、たった一人、工場長(社長)の一言なのですが。



ということだと思うんだけど


でも、やはり「自殺者が出た」ことについて増田もしこりがあるから匿名日記を書いたのかな、と思った。



これを受けて



愚かさは罪なのか - reponの日記 ないわ〜 404 NotFound(暫定)
http://d.hatena.ne.jp/repon/20100905/p2


主旨としてはアイヒマン実験を例にとりつつ「ひとはある状況に巻き込まれたときに『仕方なかったんだ』ということで悪を行う」みたいなの


ルドフル=アイヒマンの行為が、また、アイヒマン実験がしめしているように、人は「誰かから命令されたから」「正しいことをするためだから」「私はその道具に過ぎず、むしろ苦痛を受けているのは私なのだ」と考えることで、残虐な行為を行うこともできます。



これは最近見た「宮崎駿における悪とはなにか?」の話を想い起こさせた。ここでもアイヒマンの話が出てくるわけだけど
http://livedoor.2.blogimg.jp/dqnplus/imgs/5/9/59c8f836.jpg


要約すれば、「なんの良心の呵責もなく、悪として露悪するわけでもなく、ふつーにひどいことをするひとたちは『悪』。そういうひとたちはシャレにならないので作品では描けない」、みたいな話。

この後に「すくなくともぼくは描かない。誰か他の人がやればいい」みたいな感じで押井守の作品におけるリアリティ追求の対照をちょっと思う。


れぽんも内藤さんのいじめの社会学ひいてるけど、自然に差別したりいじめしたりできる人たち、ってやつだ。




システムや特定の「場」の中でそれぞれの「正しさ」「常識」「空気」があるとき、それに逆らう是否の問題。「(助けなかったのは)要は勇気がなかったんでしょ?」という単純さでは済まされないような倫理問題。






それでさっきの「親密圏における差別」の問題に戻る。場の空気にながされそうなときに「正しい」行動をとれるのか?またそれは「正しい」と言えるのか? 

あれはカジュアルな会話の中だからスルーすればいいけど、下記の話なんかはある意味ポリティカルコレクトだかコンパスだかになっていくのだろうか




角栄の話


茂木健一郎 クオリア日記: 田中角栄氏に関しての連続ツイート
http://bit.ly/cp9D3F


「田中角栄って『なんか悪いもの?』みたいなイメージあるけどその社会的・政治的意義をもっかい冷静に考えてみようぜー マスコミの煽りとか除外して」、ってこれ自体はよくある話で「いまも政策関係なくわけわかんないスキャンダル → ヒステリーみたいなので政権交代ってやめてほしいよなー」とか「田中おろしについては当時の党内政治バランス知ってないとなんともだろうなー」とか思いつつ「ステークホルダーが暗黙に複雑に絡み合った談合政治」ということでウォルフレン思い浮かべたり


日本 権力構造の謎〈上〉 (ハヤカワ文庫NF)
カレル・ヴァン ウォルフレン
早川書房
売り上げランキング: 93916
おすすめ度の平均: 4.5
5 もはやこれは推理小説である
4 外からなら見える日本の構造
1 なんで猪瀬直樹はあんなに褒めたのか 
5 日本人の目が生き生きしていない理由
5 受けてきた教育に対する疑問。





「ホシを継ぐもの」としての小沢さんのこれって海外だと政治のテキストになってたりするんだよなぁ、とか思ったりしたぐらいなんだけど


日本改造計画
日本改造計画
posted with amazlet at 10.09.05
小沢 一郎
講談社
売り上げランキング: 259
おすすめ度の平均: 4.0
5 政治家 小沢一郎先生をリクエスト!
3 17年前の小沢一郎
4 本の感想として
4 資本主義の現実から眼を離すな
5 小沢一郎を犯罪者にでっちあげるな!





以下の一文が気になった


成熟した英国流のカモン・センスから言えば、田中角栄氏の「犯罪」は、果たして、あれほどのヒステリックな断罪が行われるべきことだったのか、大いにあやしい。少なくとも、その功績とのバランスにおいて総合的に判断する、そのような知的態度は有り得たはずである。




??


英国流の家紋・扇子からすると角栄の贈収賄は断罪されないの?


まあ、「マスコミ煽動にあおられてヒステリックに騒ぎすぎ」ぐらいの意味だと思うんだけど、ここでの家紋・扇子ってどういう意味でつかわれてるんだろう?、と



「コモンセンス」を単純に「世間知」とか「常識」みたいな感じにしてるのかな?

なんかイメージが違うんだけど


そういうわけで「コモンセンス」についてダラーっとぐぐったり



アメリカでのふつーの生活では「常識」と「コモンセンス」って違うよ、って話
http://tumblr.com/xauhnd5ur


「さっきから常識、常識って言っているけど、僕には何の事だかさっぱりわからないよ」

「常識って日本語も知らないの?英語で、『コモンセンス』って言うでしょ。日本でも、コモンセンスって、もう誰でも知っている『常識語』よ。常識ないわねぇ」

と言うと、夫は、

「英語のコモンセンスって、そんな意味ではないけどなあ……。常識ねぇ」

と首をかしげる。

「コモンセンスという言葉は、例えば、火のついたストーブの上には手を置かないとか、割れたガラスの上を裸足で歩かない、車が来ているときには道路に飛びださないというような身の危険を察知した判断ができるかどうかに使われると思う。コモン(common)つまり普通の、共通の、センス(sense)感覚、判断力という意味だよ。これって日本人のいう常識と違うような気がするけど……」

私曰く、

「それも常識だけど、もっと危険なことという意味でしょう。誰も好んでそんなことをしないのは当たり前じゃないの。それじゃ、犬の散歩をしているとき、飼い犬がした糞の始末をしていかないのは何?タバコの吸殻や飲物の空き缶をポイ捨てする、そんなことをする人は常識がないってことじゃないの」

「それはコモンセンスとは違うよ。そのようなことはコモン・コーテスィー(courtesy 言動が礼儀正しい)っていうんだよ」

「え? コモン・コーテスィー?」

「お隣のケヴンやリサたちのように、境がわかっているのに我が家の敷地内に木を植えたりするのはどう? 落ち葉をブロアー(強風で落ち葉や庭のごみを集める機械)我家の方に吹き飛ばしてしまうのはどう? 非・常識でしょ」

「それも、コーテスィだなあ」

何だか常識・コモンセンスという言葉の意味が、私が思っていたのとは違う気がする。誰にでも「危険だ」とわかることをしないというのが、コモンセンス。しかし、このコモンセンスには、「自分で危険な状況を作り出さない」と言う意味も含まれている。例えば、人に向かって、大声でその人の悪口を言う。また銃やナイフを手に持って、誰かの家の呼び鈴を押すと家主はどうするだろう。このように、危険な状況を自分で作りださないという「常識」にも、「コモンセンス」を使う。そして、日常生活の中でおきる問題や、揉めごと、つまり、それが原因で他人が嫌な気分にならないようにする「常識」を、「コモン・コーテスィー」といい、言葉を区別して使う。

しかし、コモン・コーテスィーだと判断されるようなこと。落ち葉や庭のごみをいつも隣の庭に吹き飛ばしてくる隣人に、堪忍袋の緒が切れたご主人が、怒って拳銃で撃ち殺すようなことだってこのアメリカにはありうる。この場合は、何気ない行動が明らかに危険を作り出している。このような状況は、コモン・コーテスィーとコモンセンスが区別できず、入り混じっているのではないだろうか。複雑だ!

日本人が「こんなの常識じゃない?」というのは、コモン・コーテスィーの範疇に入ることが多いようだ。

「それ、エチケットともいうよ」

息子が付け加える。





コモンセンスは価値判断を含まない(価値判断以前の)「ゲームにおけるルール」のようなもの(「1+1は2にしとこうよー」みたいな)。および、それを「ルール」として対象化し、価値コミットしない態度みたいなの
http://tumblr.com/xauhnhwe6

あるいは、『他人への配慮を前提とした公共の場所での秩序維持の感覚であり、主に親のしつけによって身についていくものである。いわばモラルの土台となる感性が“コモンセンス”』、とか
http://tumblr.com/xauhnd8d3






それとは別にイギリス(アングロサクソン)の政治的文脈における「コモンセンス」というものがある。


民主主義制度における「良心」のようなものとしてトマス・ペインの「コモンセンス」が設定されるのだと思う。


common sense
http://www.asahi-net.or.jp/~EB6J-SZOK/commonsense.html


コモン・センス - Wikipedia
http://bit.ly/cpXw5Y


知られざるアメリカ独立への記念碑
http://members.at.infoseek.co.jp/hiroyatan/dokuritu.htm


おーざっぱにいうと、「コモン・センス」自体はアメリカのイギリスからの独立に際してその後ろ盾みたいになった本。

アメリカは当時はまだ二等国みたいな感じで、「独立ってなにいってんだ。おまえは生まれながらにして二等国なのだ」、ぐらいに差別されてた。それに対して「コモン・センス」では

「イギリスだって昔は王様に好き勝手されてた。王は自らの王権の神聖性を盾に それを民衆の規則(コモンロー=王権以前の慣習法)に従わせることにしたんじゃなかったっけ? だいたい、あいつらなんかそもそもギャングの親玉のようなものだし出自も卑しいものだった。なのでイギリスの起源っていってもそんなに上等なものじゃない。 そんな感じで王側が主張する「生まれながらに差があること」を否定したことによって現在のイギリスがあるのにそれを否定するのかね?」

って説いた。



そして、それまでアメリカでも「イギリスを支持する本国派」と「独立を支持する愛国派」にわかれていた世論を一気に独立の方向に持っていき
http://tumblr.com/xauhngtiq


独立宣言へとつながっていった
http://tumblr.com/xauhnh12o

我々は、以下の真理が自明であると信じる。すべての人間は平等に創られ、我々は創造主によって、生命、自由、そして幸福の追求を含む、譲れない権利を与えられていることを。 これらの権利を保障するために、人々のあいだに政府が設置され、その権力基盤は、被支配者の同意から引き出されるものであることを。もし、どんな形の政府であっても、これらの目的を破壊する場合にはいつでも、政府を改革あるいは廃止し、最も人々に安全と幸福をもたらしそうだという原理に基づき、新しい政府を設置する権利があることを。




アメリカが「支配されて当然の二等国」扱いされていた背景としてはキリスト教の普遍史観からの流れもあるのだろう。普遍史観的世界地図「TO図」では世界は「ヨーロッパ・アジア・アフリカ」の三つに分けられ、ヨーロッパ以外の二つの国は支配されて当然の劣等国とみなされていた。新大陸アメリカも最初はインドと勘違いされていたので「支配されて当然」の流れを受けたり。

この辺りは中華思想と同じく、長い間武力的には中東・中国に劣っていたヨーロッパが創り上げたコンプレックスの裏返しのように思う。



この辺ちょっと細かく見たいところもあるんだけど話がそれるので後述するとして



そんな感じでアングロサクソンの政治的文脈からの「コモン・センス」というのは「人は、王権や一等国などによる無法な支配・搾取から生まれながらにして平等である」という文脈を内包する。また、「その平等性を保障する」、という良心と誇り。これがアメリカの独立宣言の記憶、イギリスのマグナ・カルタの記憶とともに思い出されるのだと思う。


翻って、『英国流のカモン・センスから言えば、田中角栄氏の「犯罪」は、果たして、あれほどのヒステリックな断罪が行われるべきことだったのか』



この設定はなんかとてもびみょーな感じがする。


見てきたように日常言語で使われる「コモンセンス」は価値判断以前の共通感覚、授業の内容を理解できるか以前に講義を受ける前に当然知っておくべきルールみたいなものに思う。(ex.授業中は勝手に立ち歩かない。私語を慎む。消しゴムを投げない。机の上に登らない。ケータイ電話の電源を切る。テストで(許可されてなければ)カンニングしない)


それとは別に、そういったアングロサクソンの政治的文脈における「コモン・センス」というのは「王権や一等国などの無法な振る舞いに対して、民衆は『法』をもって対抗できる」ということを含意する。


「中央政府による一方的な横暴とそれに対する民衆(地方)」という構図で見た場合、田中角栄も家紋・扇子的に評価されるのかなあ、とか思うんだけど、それは印象的評価であってその際の方法を問わないことになる。


「角栄の宿題」というのは、ステークホルダー民主主義的に「地方に利益配分が行われてない」という背景を含みつつ、そこに「話し合い」や「法的・制度的正当性」といったフェアな手続きをふくまなかった、ということになる。


ウォルフレンが指摘したような人脈重視の人治国家の内々の取り決めによって利益配分がされてしまうということ。


そこから政策などを重視した法治国家になれるか、というのが課題というところ。



そして、その問題を継いで「政策」や「法治」を目指していたのが小沢一郎だったように思うんだけど




小沢首相後の変化予想: 極東ブログ
http://htn.to/RovCQa


現状では地方へのひも付き補助金をひも付きじゃなくすることによって「各自治体の自由に使えるお小遣い」がバラマき、ポピュリズムを狙う、と。



「田舎は政府からの補助金で回ってる」ってのはあって


日本の田舎の問題はきちんと資本主義が定着していないことだ。 | makilog
http://daisukemaki.jugem.jp/?eid=1


その補助金を「地方の自由に使わせてやる」っていいつつも内実は一部の労組や公務員用の専用餅になる、と。



この辺はモロに人治国家への先祖帰りなのかなとか思うんだけど、どっかの誰かみたいに「分かっていてやってるんだ。体制が整ったらきちんとしたアート(仕事)を仕上げるさ!」ってことなのかもしれない。







そんな感じで、民主主義的政治下における政治的「良識」というのは民主主義的法制度にしたがう、あるいはその公正性を担保するように透明性を守るということだと思う。



国家と同じように工場も「システム」としてとらえたとき、その中で「システムの論理」とは違ったところで自らの納得を得るよすがとなるのもこの辺りの「良識」だろう。


限られた場(「世間」)の常識やそれによって作られる無言の圧力(空気)は抗しがたいものだけれど、「場の正しさ」ではなく自分の中の行動規範として良識がインストールされていれば後悔するにしても最小限にダメージが抑えられるのではないか?

http://tumblr.com/xauhnh6hy

http://tumblr.com/xauhnh84p






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関連:

「会社とか学校と家庭」「システムと生活世界」「壁と卵」「聖と俗」との間ぐらいの話: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/161255211.html

会社や学校といった「システム」と家庭のような「生活世界」(親密圏)の間で育っていくコモンズな感覚について( ≠ コモンセンス)



「世間」関連だとこのへん


空気を読むこと / 読まないこと: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/67143091.html


「世間」と<世間>と「公共性」の間   (ネットはネガ・エントロピーを超える.....のか?): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/65888412.html

公共性と世間のプロトコル相違の問題(およびアーキテクチャ設計について): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/71341707.html


「合理の中に非合理が、近代の中に前近代が入ってるんだね」って話: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/128448698.html








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「コモン・センス」の流れの辺り





王と臣民を差別することは「自然」なことじゃない
http://tumblr.com/xauhne8wf



「王権の世襲はでっちあげだろう」という話
http://tumblr.com/xauhnesqk



イギリスの起源はギャングの親玉
http://tumblr.com/xauhngzoq



→ cf.ヴィンランド・サガ



デーン人(ヴァイキング)の王クヌート亡きあとイングランドの統一はノルマンディ公ギョームによって為された。統一の際は、大規模集約ではなく飛び地的に所領(荘園)が分散して与えられた。これによって諸公は反乱しにくくなったが、諸公同士は頼り合う必要が出来、これが後のイギリス議会、マグナカルタへ(王権の法的限定)とつながっていった
http://tumblr.com/xauhnf6xx



ノルマンディー公はフランス諸公でありながらイギリス統治も兼ねることになった。結果的にフランス王よりも強大になり、これが100年戦争の背景となっていく
http://tumblr.com/xauhnfw6q



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2010年09月03日

中世の意味的コスモロジー   教会を通じたパラダイムシフトの話

これ見て、ああちょうど聖と俗関心持ってたら似たようにリンクしてる、って思ったので



流転する浄と不浄、信仰世界への回帰現象と科学の立ち位置 | Kousyoublog
http://kousyoublog.jp/?eid=2520




自分的には「現在の都市の消費的祝祭空間 = ハレ」というところから「ハレ・ケ・ケガレ」を「聖・俗・穢」とし「市場によってドライブかけられたハレの過剰性にバランスとるためにケガレ的なものがいるのではないか?においとか痛み、肉の感覚」って無痛文明論的なこととか、「聖と穢は本来おなじ異界のもの、俗(秩序)に対する混沌」ってとこから「無縁=公だもんな」とは思ったんだけど


無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和 (平凡社ライブラリー (150))
網野 善彦
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5 東西の個人と社会そして「自由・平等・平和」の成り立ち
4 「日本の歴史をよみなおす」のほうが上かな?
5 網野史学の出発点
5 民俗の歴史学は本書で始まった
4 日本中世の自由とは何か





この聖なる混沌の領域も、俗なる秩序の世界が発展し階層・分業社会化するに従って「善き聖」=浄と「悪しき聖」=不浄(穢)とに分離していくことになる。

つまり、社会の階層分化にともなって、シャーマン・呪術師・司祭などの専門職が登場し、それまでタブーとされてきた聖と俗の二つの領域をつなぐ儀式を独占することによって、彼らは支配階層として社会の上位に位置していくようになる。彼ら支配階級の登場は聖なるものを排除された外部から、日常生活を規定する価値基準へと変えていき、さらに、それら聖なるもののうち「善き聖」の独占者としての祭司王の登場によって、秩序世界と相補的な聖の分極化が始まることになる


この不浄を浄に変える儀礼はかつては聖職者の独占物であったが、時代が下るに従って聖職者の手を離れていき、各々が聖なるものへと近づく試みがなされてきた。




ってなったのはちょっと意外だった。金や知だけではなく、聖とケガレにおいても教会や寺がハブとして意味的転換装置の役割も担ったのだろうか?

知についてはこの辺で触れられてるが

「聖なるもの」はどこに宿るか。まず原始的な社会から近代国家にいたるまで共同体そのもの、自身が所属し、生活の基盤を与えてくれる社会にこそ聖性が宿ると考えられた。一方で、人間が生み出した文化もまた聖の領域があると考えられた。この世にかかわる世俗的な領域としての学問、道徳、芸術は、超世俗的な領域、学問における真、道徳における善、芸術における美という価値の実在的な体験に聖なるものを感じるようになっていく。そして儀式という宗教体験が個人の手に移ったとき、神と直接つながる個々の人格にこそ聖なるものが宿ると考えられるようになっていく。



「失われた聖性」とそのレコンキスタの背景は「科学による聖性の収奪」と考える、と


近代は科学と個人に対する万能感に包まれていた。しかし二つの世界大戦の悲劇と60年代以降に世界中で問題となる貧困と環境問題は科学に対する万能感を反感に変えた。人々にとって科学は聖なるものにつつまれた大いなる生を約束するはずだった。そして、科学が高度に専門化し、科学者を介してしか「真実」に辿り着けないと人々が感じ始めたとき、人々は再び、自身の体験に意味を与えてくれる何かを模索し始めた。それが世界的な宗教保守化の運動とスピリチュアルブームの勃興へと繋がっていった。





対照としてオラが前に考えたやつ。「システムによって聖性が代替擬制された。人々はその空白を埋めたがる」という視点は共通する。ただ、「システムの中の聖性(象徴)代替作用は科学が担った」としているようだけど、オラの場合は貨幣と市場の呪術性がもたらしたものと考えてる。



「今年の夏俺全身ジャスコ〜♪」、と彼女は言った: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/161061791.html

祝祭はもともとハレの日で、それは日常の生活とは異なる異界でありだからこそ過剰な演出・スペクタクル・情報量も腑に落ちるわけだけど、それがいつも続いてると居心地が悪くなる。


現代の消費的な欲望は宗教的性格を持っていたハレを市場的に再生してみせたもの、あるいは現世の法と聖性との境界領域に属する「市場」の性格を商業的な部分だけデフォルメして再現したものといえると思う。

しかしそれは商業的なところだけクローズアップしたデフォルメであるがゆえに失われたバランス、居心地の悪さというのがあるのだろう。現代人の場合、普段の生活が異常に忙しく、その忙しさのストレスを金―消費であがなうようにできてるので気づきにくいだろうけど。

でも、普段の生活でそういったスピード感、それを支える情報量に耐えきれなくなって違和感が生じる。自分のいる空間と実存に対して欲望がオーバードライブしてるので。(端的に言うと「ちっぽけな自分の部屋に比して広告やテレビでみる都会生活のきらびやさから疎外が生まれる」)



そういった欲望、付加価値、情報の実生活に対するオーバードライブに対して、「特別な場所での特別な体験」というのは空間と情報量的に整合性をもたらすのだろうなぁ、となんとなく。



聖性と市場のあいだ: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/161162630.html?1283266712

「昔の市場は都市の外縁、無縁領域との境界部分にあり、やがてそこに境界的なものも築かれていっていたようだ」って網野さんなんかも言ってた話。

そこに、「マスメディアや興業が発達していなかった中世・近世では宗教美術がエンタメとして機能していたのではないか?また、知のハブとしてのマスメディア的機能、教育的機能、法制度的機能も同時にもっていたのでは?」、という仮説も加味したところから上記の話が出てきた。


「マスメディアが発達していなかった頃は稀人的旅人が都市と都市、人と人との間の情報伝達の役割を担っていた」ってのもあるわけだけど、とりあえず都市と祝祭の契機として。


祝祭というのはもともと宗教的なもの、あるいは収穫の喜びを祝うものだったはず。暦は農暦だか占星術だかによるのかマチマチだろうけど。


とりあえずそういったハレの場として祝祭は機能してたはずだけど、エンタメのきらびやかな部分のみを分節化し金で代替交換するようになってなんか歪みが生じたのかなぁ。文脈切除して楽しいところだけ味わうことになるので。「金で交換する」ことにはなるんだけどタイムラグほかのズレがあるし。

そこでは生の体験や実存が失われる。もっと具体的に言えば「祭りに参加してる・一緒に作り上げてる」感が「金で買ったもの」という消費対象になる。




もしくは武力や聖性の権威性は「知」(≠科学)によって継がれていった。間に資本の論理を介して


「古代」と「中世」を分けるもの?  「武」・「聖」・「知」と法制度なんかについてぼけーっと: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/160425677.html



資本の論理ー産業化ー分業化によって個々人の役割が各労働の場的に限定特価されることを通じて個人の自由・可能性が狭められて実存感覚が喪失されていった経緯についてはこの辺



「会社とか学校と家庭」「システムと生活世界」「壁と卵」「聖と俗」との間ぐらいの話: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/161255211.html


参照エントリではそういった自由、金に還元されない個々人のボランタリーなつながりが生まれる共有地(親密圏における協働の場)を「コモンズ」と呼んでいる。





そんなこんなで、自分的には「似たような関心持ってて違うリソース取り込んでる人がいてうれしいな」って感じだった。


(繰り返しになるけど)金や知だけではなく、聖とケガレにおいても教会や寺がハブとして意味的転換装置の役割も担ったのだろうか?ってとこで

この辺はおすすめいただいた「異人論序説」で「都市と異界の境としての教会が市場につながっていった」みたいな話もあるはずなので見ていこうかと思う。


異人論序説 (ちくま学芸文庫)
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4 オーソドックスな序説




あと、本来なら「武」だけでいいはずの権威性の後ろ盾的なリソースが「聖」や「大義」―「(天からの)正統(な王権受託)」という流れになっていった経緯、そこからの派生として「聖性」のハブであった教会が「知」と「金」の象徴交換(意味的転換)的役割を果たした経緯について歴史的に見つめ直していこうかと。


<「武の時代」が過ぎて「経済」の時代が来て、その次に「情報の時代」が…>、とか一口にいったりするけど貨幣が認められるまではけっこうな意味的交換作業が必要だった。中世ヨーロッパの場合、その際に贈与交換と貨幣交換の信用代替をしていたのが教会だったわけだけど、そういった地味な意味的変化を見ていきたい。


そういう作業というのは知識社会学だかシンボリック相互作用論だかなんに当てはまるんだかよくわかんないんだけど、まあぼちぼち



posted by m_um_u at 21:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2010年09月02日

サンデルから「ナウシカ解読」まで読む読むメモ

ゴリっとメモ的に。ナウシカ本読む用


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1 難解…
2 社会学っていったい
1 学者のうんちく垂れ流し本
5 ユートピア論
4 人間精神の中の「腐海」に



これ自体はだいぶ前に買って積ん読だったんだけど「ノージックの最小国家論が元になってる」ってことで、そっち読んでからかなあと思ってたたら卻ってハードルが高くなって積ん読に…。

そんで世間は「サンデル読んでる?」的な感じになりつつも「サンデル以前にそこに至る思想史おさえてねーと意味ねーべ。つか、オレはノージックもナウシカも…」的なデータベース問題みたいになってたり。


そんなわけでそのうちアメリカの思想史あんちょこ読むつもりだったんだけど


哲学者、翻訳家・中山元の書評ブログ : 『新版 現代政治理論』キムリッカ,W.(日本経済評論社)
http://booklog.kinokuniya.co.jp/nakayama/archives/2010/06/post_92.html

新版 現代政治理論
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4 政治理論概括書の白眉
5 現代政治理論のグローバルスタンダード
1 政治思想界での新たな共産主義の形
5 非中立的記述の効用
5 「ポスト・ロールズ」への最良の道案内




第二章で功利主義、第三章でロールズとドゥオーキンの「リベラルな平等」理論、第四章でノージックなどのリバタリアニズム、第五章でマルクス主義、第六章でサンデル

あと、宮台さんがリベラれリズム関連でなんかつぶやいてたり


MIYADAI.com Blog 米国におけるリベラリズムとリバタリアニズムのルーツ
http://www.miyadai.com/index.php?blogid=1&archive=2010-4-7




これ見つつぢみに理解するかあと思ってたんだけど、kousyouくんとこ読んだらだいぶまどまってたので重宝した、という話



マイケル・サンデル講演動画「失われた民主的議論の技術」 | Kousyoublog
http://kousyoublog.jp/?eid=2525

リバタリアンの9分類表とリバタリアニズム関連本・入門書まとめ | Kousyoublog
http://kousyoublog.jp/?eid=2522


上のエントリがサンデルに至るアメリカ思想史の概説。下のエントリはその中でのリバタリアンの分類。


おーざっぱに、リベラリズムが「制限なき自由」+「再分配などの互助」って感じ、か。(語弊あるだろうけど)中高生の純粋な正義感みたいなの。「それも制限とか多元的正義の問題がなければできるんだけどね」って気づく前の。


リバタリアンも自由を追求するところは同じなんだけどもっとラディカルに。「再分配イラネ 下手に国家とか介入せず市場原理で自由つらぬけ」ってとこだろうか。まあはてななんかで言う「モヒカン」ぽいけど(稲葉さんとかもモヒカン族ぽいし


モヒカン族とは - はてなキーワード
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%E2%A5%D2%A5%AB%A5%F3%C2%B2

実際リバタリアンを自認・他認してるっぽい日本人のひとってなんか好戦的に見える。



そんでコミュ二タリアンがその間、リベラリズムを基本としつつも共同体的制約や多層な「界」によるアイデンティティ(多層的に状況付けられた自己)やそこから派生する制約(しがらみ)みたいなものを考慮に入れる。


こういうのを日本社会に当てはめた場合どうなるんだろ? 「日本の公共圏は会社組織の中(コモンズ的な場)にある」みたいなこと言われるけど、その辺との関係で考えるとどうなるんだろとか思ったり。

まあサンデルも読むとして

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
マイケル・サンデル Michael J. Sandel
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5 考えることから始まり、それは一生続く
5 いいと思います。
5 ハーバードの教養の高さが分かる
3 論の弱さが目立つ
5 正解のない問題にどう立ち向かっていくのか



そんでナウシカだけど


いまにして思うと「ナウシカ解読 - ユートピアの臨界」ってちょっと共産主義 → コミュ二タリアンっぽい宮崎駿にモヒカンな稲葉さん(リバタリアン?)がガンガン突っ込んでく本だったのかも


ナウシカ解読 - ユートピアの臨界 - 雑記帳
http://d.hatena.ne.jp/ced/20060730/1154236048



てか、

ナウシカは無邪気なリベラルなんだけど物語が進んでいくうちに作品世界の事実性・制約性がその無邪気さを鍛えていく。

 近代的な意味での「正義」の立場は典型的には従来の「勧善懲悪」の子供向けファンタジーやマンガ、アニメが図式的に描いてきたような、ある特定の立場の正当性を絶対化することではなく、様々な立場の固有性を尊重することであると同時に、だからといって価値相対主義化でもなく、そうした立場の多元性を可能な限り実現していくために、そうした諸々の立場が共有する一つの足場としての現実世界の客観的な事実性の構造に立ち向かう姿勢である。マンガ『ナウシカ』における主人公ナウシカの立場は、そのようなものである。これがナウシカにおける「政治」の前提なのだ。



この辺なんかは幼いリベラリズム批判というだけでもなくご自身のモヒカン性に対する皮肉にもなってる気がするんだけど

 ハーバーマスの見解は傾聴に値するものであるが、彼の「コミュニケーション的合理性」は人間同士の合意の可能性を焦点に置いている。しかし、私の観点からするならば、先に状況意味論を参考にしつつ長々と論じたごとく、コミュニケーションにおいて重要なのは合意よりもむしろ人々の間の立場と見解の相違であり、にもかかわらず人々の間に共有されている客観的な事実、現実の存在である。事実はいかなる合意された錯誤をも押し流す力を持つ、仮に合意された錯誤を人間が強引に現実化してしまうことができなければ。そして仮に合意された錯誤を現実化することに人間が固執するならば、そのような形で「啓蒙」が行われるならば、問題はまたホルクハイマーとアドルノが論じた、「啓蒙」の暴力性というレベルにまで押し戻されてしまう。重要なのは合意の可能性よりもむしろ、多様な立場からの一つの世界についての知識のどれかが、少しでも真実を探り当てる可能性を開いていくことである。



ともかく

そういう個別の制約からの「自由」観の反省はリベラリズムとコミュニタリアニズムの対決とも思えるんだけど

最後のほうはコミュニタリアニズム基本にしつつリバタリアニズム(ノージック)のほうから宮崎駿の結論に対決していこうって構図だろうか



 彼女がこの真実を欺瞞をもって覆い隠したのは、「青き清浄の地」の審問に大多数の人間は耐えられない、との実践的判断ゆえである。「青き清浄の地」は人間一人一人を断罪しはしない。しかし、総体としての、種としての人類には死刑宣告を下している。この種としての人類への死刑宣告は、逆説的にも、「生まれ ひびきあい 消えていく」一人一人の人間にとっては解放を意味するものに他ならないのだが、なお一人一人の人間とはナウシカや「森の人」とは異なり、種としての人類への自己同一化なくしては正気を保つことができないであろう、と。

 つまりこの真実は「政治」の場へと引き出されることなく、「倫理」の内にとどまっているのである。ここに我々は「政治」と「正義」、そして「倫理」の間のずれを見てとることができる。



「作品にも描かれていたように、ナウシカの立ち位置はあまりに達観な自己献身すぎてて余人はついてこれない」ってこの辺は同意。「それは作者も分かっていて作品における読者へのメッセージにはしにくかったのではないか?」ってのも



そんで、作品の結論としては「達観的ユートピア(青木清浄の地)を捨て現実の血みどろの戦争、対決、その中での話し合いの場にもどるべきだ」ってことにはなるんだけど、稲葉さんとしては「その論自体がまずユートピアがあることを担保としているのではないか?」って疑いをかけるみたい。


……私のいうユートピアとは、「倫理」が「政治」を超えるその限界にほの見える理想とでもいうべきものである。それは人間が自らの構想力において作り上げる(実現不可能とは限らない)虚像である場合もある。と言うより、従来言われてきたほとんどのユートピアとは、そのような虚像であった。しかし、私の立場からすれば、例えばマンガ『ナウシカ』における「青き清浄の地」がそうであるように、人間の手が触れない外部に現実に存在している他者の場所もまた、「政治」を超える「倫理」の立場によってはじめてかいま見ることが可能であるという点においてまさにユートピアなのであり、逆に人間が虚像としてのユートピアを構想しうるのもまたそのような外部がある(らしい)ことによって支えられているのである。(p175)


 かくして問いは再びくり返される。ユートピアを窒息させるものとしての戦争状態に抗する方途についての問いは、メタ・ユートピア論の問題提起に回帰する。人間が望もうと望むまいと、人間の世界にとっての他の可能性は存在する(らしい)。しかし、それがもっともはっきりと示されるのは、人間の世界の外側、人間とは関係のないものたちとの出会いにおいてである。その出会いは人間にとって、果して本当に救いなのだろうか?論理的には、救いでも災厄でもありうるし、何事もないこともありうる。もはや、それ以上のことは言えない。具体的なひとつひとつの「他者」との出会いを通じて、そのたびごとに我々自身が取り組んでいくしかない問題である。(p185)



この辺はなんとも…。たすかにラストはちょっと性急に詰め込みすぎて「血みどろの話し合い」の具体性に欠けた感はあったように思うけど。

そんで、ナウシカの後継としてはその辺の課題が残ってるようには思うけど、最近はそゆのも捨てて「達観でいーじゃーん」ってなってるところもあるのかな



posted by m_um_u at 22:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2010年09月01日

「会社とか学校と家庭」「システムと生活世界」「壁と卵」「聖と俗」との間ぐらいの話

昨日のエントリで「商業化・物象化などによって日常生活のなかから実存が搾取されていくことの是否」みたいなのを考えて


聖性と市場のあいだ: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/161162630.html?1283266712



いちおぼんやりとした着地点は得られたのだけど、似たようなことを違う言葉で語ってるエントリみかけたのでメモ的に


コモンズと能力 - heuristic ways
http://d.hatena.ne.jp/matsuiism/20100818/p1


オレのにしてもそうだけど「システム / 生活世界」≠「壁と卵」ってマルクス主義的産業社会論からの批判理論みたいな基軸があるように思う。


そんで、「生活世界を持ち上げるあまりシステム毛嫌いするのはどうなの?そういうシステムも我々が創り上げたものなのだよ?なので内部から変えていこうよ」ってのがこの辺の目標設定になるかなあと思うわけだが




近代産業の中でモノのように人々が資源や商品とされていく中で、「芸術・道徳・宗教・政治的信念・科学などの上部構造は幻想というよりはモノのような存在感をもつ。その存在感はともすれば人々を追い詰めていく」
http://tumblr.com/xauh9mq60


この辺りの「がっちりとした壁」のような存在感をもった制度(あるいは文化慣習)の記述は自殺や就職氷河期問題思い起こさせる。絶望に追い込まれる際に厳然と屹立する「社会」という壁



資本主義による分業・専門化によって個人の多様な能力はその「界」に合うように限定特化(アジャスト+スポイル)され他の世界への回路を奪い、狭い世界にひとびとを閉じ込める
http://tumblr.com/xauh9mu03


女性の場合、「主婦だからできるのは当然」「主婦として」みたいな感じに追い込まれ、シャドーワークを当然化されたり
http://tumblr.com/xauh9muvu



そして「ほかの世界」との回路を失って孤立化、疎外感を高まらせて欝になっていったりするわけだけど


「社会」が要請するモノ(あるいは資源)として利用価値のなくなった人々は排除されていく。




しかしこのような「社会が要請する労働力」も資本主義そのものから再生産されるのではなく、コモンズの場によって再生産される。
http://tumblr.com/xauhbv288


ここでいう「コモンズ」とは「家族や会社での協働という資本の外部」。たとえば会社内部で「そのスパナとってくれ」といっても「代わりになにしてくれる?」というように対価をもとめたりはしない(≠資本主義的関係ではない)。そういう関係は共産主義的とも言える。
(※ここは共産主義というかボランタリーな協働的ということだと思うが


そういった業務が流れやすくなるような常識的なものを身につけた労働力は市場(会社)の外部で再生産されていく、と


この辺りは教育現場としての学校と家庭が思い浮かぶ。学校で工場・軍隊のための規律訓練が行われていた名残りがそのまま企業戦士生成に受け継がれている。


なので、ここでいわれる「協働」の場の可能性、「分業化に限定特化された能力ではなく多様な能力としての協働的なもの」というのは家庭における非偏差値教育みたいなものかなと思う。


 渋谷氏は、「親密圏でのケアや社会的ネットワークのサポートの有無により、個人の「できること」がじっさいに増えたり減ったりする」という事例を示して、「能力の共同性」という考え方は、「個人の行為が、じつは協働という行為であり、その意味で個人の「能力」は個人のもの(所有物)ではないということ、そして能力は共同体(コモンズ)からの借り物であるというある種の実践感覚に通じている」という。


http://tumblr.com/xauh9mzft




「職業意義のある教育」の話とか思い起こさせるけど。


濱口桂一郎、2009、「新しい労働社会」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/160935453.html


国家や産業社会のための教育と生活を豊かにするための教育みたいなのの間





この辺の話はあらためて 「ポストモダンの共産主義」とあわせて読むとおもろそう。デュルケムも読むだろうし

posted by m_um_u at 23:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2010年08月31日

聖性と市場のあいだ

さっきのエントリはなんか前説みたいになって消化しきれなかったのでもう一回。

ほんとはこの辺考えたかったわけだけど



「今年の夏俺全身ジャスコ〜♪」、と彼女は言った: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/161061791.html

祝祭はもともとハレの日で、それは日常の生活とは異なる異界でありだからこそ過剰な演出・スペクタクル・情報量も腑に落ちるわけだけど、それがいつも続いてると居心地が悪くなる。


現代の消費的な欲望は宗教的性格を持っていたハレを市場的に再生してみせたもの、あるいは現世の法と聖性との境界領域に属する「市場」の性格を商業的な部分だけデフォルメして再現したものといえると思う。

しかしそれは商業的なところだけクローズアップしたデフォルメであるがゆえに失われたバランス、居心地の悪さというのがあるのだろう。現代人の場合、普段の生活が異常に忙しく、その忙しさのストレスを金―消費であがなうようにできてるので気づきにくいだろうけど。

でも、普段の生活でそういったスピード感、それを支える情報量に耐えきれなくなって違和感が生じる。自分のいる空間と実存に対して欲望がオーバードライブしてるので。(端的に言うと「ちっぽけな自分の部屋に比して広告やテレビでみる都会生活のきらびやさから疎外が生まれる」)



そういった欲望、付加価値、情報の実生活に対するオーバードライブに対して、「特別な場所での特別な体験」というのは空間と情報量的に整合性をもたらすのだろうなぁ、となんとなく。




市場と聖性の問題

「昔の市場は都市の外縁、無縁領域との境界部分にあり、やがてそこに境界的なものも築かれていっていたようだ」って網野さんなんかも言ってた話。

そこに、「マスメディアや興業が発達していなかった中世・近世では宗教美術がエンタメとして機能していたのではないか?また、知のハブとしてのマスメディア的機能、教育的機能、法制度的機能も同時にもっていたのでは?」、という仮説も加味したところから上記の話が出てきた。


「マスメディアが発達していなかった頃は稀人的旅人が都市と都市、人と人との間の情報伝達の役割を担っていた」ってのもあるわけだけど、とりあえず都市と祝祭の契機として。


祝祭というのはもともと宗教的なもの、あるいは収穫の喜びを祝うものだったはず。暦は農暦だか占星術だかによるのかマチマチだろうけど。


とりあえずそういったハレの場として祝祭は機能してたはずだけど、エンタメのきらびやかな部分のみを分節化し金で代替交換するようになってなんか歪みが生じたのかなぁ。文脈切除して楽しいところだけ味わうことになるので。「金で交換する」ことにはなるんだけどタイムラグほかのズレがあるし。

そこでは生の体験や実存が失われる。もっと具体的に言えば「祭りに参加してる・一緒に作り上げてる」感が「金で買ったもの」という消費対象になる。



そんなこといってたら「消費社会やだわー」「お金きたないわー」な産業社会論批判に陥りそうだけど



咀嚼中 - うたかたの日々@はてな
http://d.hatena.ne.jp/soneakira/20100827



「現代の資本主義では、客観的な市場の「物と物との関係」は偽りの

人格化をほどこされた「人と人との関係」という形で現れがちである、と。

そしてハートとネグリはこの罠に陥ったように見える。

彼らが直接の「生の生産」と称揚するものはこの種の構造的な幻想なのである」



「しかし「人と人との関係」が「物と物との関係」に置き換わることの

「疎外化」作用をむやみに嘆く前に、そこに解放化という逆の効果も

あることを明記したい。「物と物との関係」へのフェティシズム的置換に

よって、フェティシズムの対象ではなくなった「人と人との関係は、

「形式的」自由と自律を得られるのだ」



マルクスの「物象化」の重要性についてのジジェクの言葉だそうな(「ポストモダンの共産主義」)


ポストモダンの共産主義 はじめは悲劇として、二度めは笑劇として (ちくま新書)
スラヴォイ・ジジェク
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4 ジジェク節炸裂
3 第1部だけならなかなか
2 左派の行き詰まりを体現した著
4 熱めのジジェク
3 逆説的政治主義





文脈は全然違うんだろうけどちょうどこういうの考えてたのもあってなんか印象に残った。


金へのフェティシズムと物象化、金依存な交換関係で人疎外、と。人ってか「人と人との關係」ってやつ。

マルクス主義的な思考ってのはそういうのになりがちで、自分もそういう話の流れになってたわけだけど「なんか違うな」ってところで。


まあ、たすかにゲマインシャフトのときよりはゲゼルシャフトになったほうが流動性は高まるもんな


そんで「現代人たる我々の場合、金と金との關係の中にわれわれの実存がある」ってことになる。それはすれっ枯らしのドライな關係だけじゃなくて、ゲゼル的社会のなかでの親和というのもあるし。



(ところで「ポストモダンの共産主義」はBI論の基本になるようで飯田さんがなんか書いてくれるかも、とのこと)
http://twitter.com/synodos/status/22499479338



だいぶ横道いったけど最初のほうの郊外化(一億総ジャスコ)の話に戻れば、「ジャスコは着てても心は錦」ってのは消費の完全否定でも、欲望による洗脳というわけでもなくその間ぐらいという話になるのだろうな。


現代のふつーの生活の中でモノに流されすぎずにそのありがたみを謳歌するみたいなの。

これまでマスメディアが流してきた幻想・物語が飽いてしまったのなら、もっと以前にさかのぼって人同士がメディアになったり、聖性なりなんなりの媒介としていくのもアリだろうし。

スピリチュアルすぎるのもアレだろうけど、<宗教>的に構築される以前の聖性(アウラ)と畏敬みたいなの。

あるいはハレ・ケ・ケガレをなぞるなら「欲望という擬似的なハレによりすぎたバランスをケガレを通じてケ(日常)に戻す」って作業が必要ということになるんだろうけどいまはジャスコっていう普段着(ケ)を通じてケガレにいこうとしてるのだろうか?

本来、聖(ハレ)もケガレも日常からすると「無縁」ということになるのだろうけど、ハレがあまりにも日常になってる社会の中で、汚れたモノ(霊柩車や臭い)が隠されていってることなんか思うけど。まぁこの辺もあまりナイーブになっても仕方ないか。





アウラと体験といえば瀬戸内国際美術祭どうしようか…。


「びみょー」って聞いて「びみょーかぁ。。」ってテンションさがっちゃったんだけど。あと、行き帰りの面倒さもあるし。


「その場のプレミア感+物語+アウラ」ってのが引きになるとおもうんだけど、「物語」としてはそんなに感じるものがない…。


たぶん初秋の夕暮れなんかに「変な島にきちゃったなー」って思いながらぼけーっと迷うのが一番にあってる感じがする。


そういうのは物語なのかなぁ?、とか。


もしくは聖性にも似たようなその場独特のアウラが発生したりするのかなあ、とかとか



・・まあ、もうちょっと悩むか






昨日もまた大きな入道雲見た

http://movapic.com/morutan/pic/2557156


マグリットとかダリみたいなクッキリとした輪郭線の大きな雲


その広がりをみてるとこちらでは空が大きく感じる。



それ自体がひとつのアートみたいで、それでおなかいっぱいってのもあるのかもしれない








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関連:

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「教会は法制度的機能も仲介していたのでは?」関連ではこのへんも


哲学者、翻訳家・中山元の書評ブログ : 『古代から中世へ』ピーター・ブラウン(山川出版社)
http://booklog.kinokuniya.co.jp/nakayama/archives/2007/05/post_29.html



貨幣の仲介きのうについてはこの辺


哲学者、翻訳家・中山元の書評ブログ : 『中世の死 : 生と死の境界から死後の世界まで』ノルベルト・オーラー(法政大学出版局)
http://booklog.kinokuniya.co.jp/nakayama/archives/2007/07/post_40.html


死後の財産分与に関して、ゲルマン法とローマ法での違い。そこに教会が絡んできた。結果的に財産の1/2は教会が受け取ることに(cf.冥銭の慣習と教会) 王の死と「死後もその身体によって豊穣をもたらす」という通念

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2010年08月07日

祭祀(再帰)的な彼ノ所

「せっかく広島帰ってきたから8月6日イベント行こう」って気持ち。てか、帰る前からいくつもりだったし、行くとしても暑いから朝はいかないで夜ぐらいかなーって感じだったんだけど


狙いとしては暗闇のなか海へと流れていく灯籠たちをtwitcastingで追えるときれいかな、と。


集った人たちは暗闇を背景に静かに祈っていて、その闇に色を付すように灯籠が点々と浮かび流れていく。色とりどりの灯籠が沈黙の被爆者たちの感情を代弁するように、暗闇の過去・現実に対する未来への希望のように、暗闇の中たましいを載せて海へと還っていく。

そんな場面を想像してたんだけど裏切られた。


実際の灯篭流しはなんか音楽と喧騒と過剰な光で騒がしく、花火大会みたいだなぁって。あるいは靖国神社のみたままつりの対称のような、そういう騒がしげな光。

両方とも右翼だか左翼だかのひとたちが「英霊の」とか「平和の」とかがんばっていうんだけど一般人はそういうの無視というか、カタカナ的に「英霊大事」とか「平和大事」とか刻むんだけど深く考えることもなく実質はお祭りとしてのそれらを楽しんでる、みたいなの。

「英霊祭り」とか「平和祭り」



みたままつりについては行く前と行った後にちょっと調べて、けっきょくは「七夕祭りの延長」ってことみたいだった。

靖国自体は戊辰戦争の慰霊系の延長でできたものなんだけどそれが軍国時代にゆがめられて延長され、「戦争−国家のためにはたらいて死んだ者たちを国の柱として祀る」みたいな感じになったようなんだけど、みたままつりというのはそういった靖国の由緒的なものとは特別な関わりはない。

もともとは戦後に「長野の遺族会の有志が盆踊りを奉納したのがはじまり」、と
http://isuzujinja.blog103.fc2.com/blog-entry-565.html

盆踊り自体ももともと各地でバラバラの型があったものなんだけど戦後にメディアイベント的に広まってテンプレートが普及していったもので特定のオリジンとか由緒があるわけでもない
http://www.onitoge.org/bonodori/02keifu.htm

なんとなく昔ながらの「祖霊崇拝」的なものはあってそこに重ねていった感じ。

なので靖国のみたままつりというのはそんなに「由緒正しい昔ながらのもの」ってことでもなく、盆踊りというあやふやなところが出自だったり。

時期としては7月13日から4日間ということで祇園祭と同期だったり、七夕の少し後だったりする。だいたい「先祖の霊を迎える」ということだったらお盆があるのになぜこの時期にやるのか?



これは「なんかわかんないけど各月ごとに祭りあるとよくね?」ってのはもちろんあるだろうけど、全体的に七夕の延長なのかなぁと思う。

七夕というのは中国出自、陰陽五行関連の天文とカレンダーの関係から出てきた「裁縫上達祈願(乞巧奠  きこうでん)」が、日本の祖霊崇拝(お盆)と習合したみたい。
http://bit.ly/bC3B4e

http://www.asahi-net.or.jp/~nr8c-ab/tn00a3.htm


お盆も七夕ももともとは旧暦の7月7日と7月15日にやっていたものだけど、それが明治期の改暦によって新暦7月と8月にやる地域とでわかれていったみたい。

それで現在でも8月7日(旧暦では7月7日)に七夕をやる地域もあるんだけどなぜかお盆のほうは8月って統一されてる。まあ出稼ぎとかにいっていて「お盆休み」ってするのが一律都合よかったからかなぁと思ったりするけど。夏休みも兼ねるし。


特に農暦と関係の無い七夕が広がっていったのは貴族経由とか五行カレンダー経由かと思うんだけど、「一年に一回帰ってくる(めぐり合う)」というところでお盆的なものと習合したのかなぁ、とか思う。


日本古来の豊作を祖霊に祈る祭(お盆)に、中国から伝来した女性が針仕事の上達を願う乞巧奠(きっこうでん/きこうでん)や佛教の盂蘭盆会(お盆)などが習合したものと考えられている。そもそも七夕は棚幡とも書いたが、現在でもお盆行事の一部でもあり、笹は精霊(祖先の霊)が宿る依代である


http://bit.ly/bC3B4e


なので、七夕も含めて8月15日まではなんとなく「お盆」的な性格がある。みたままつりの「英霊を迎える」というのはこういった七夕からのお盆的性格を汲んだものもあるのかなぁ




そう考えると8月6日とか、8月9日とかもそういうものなのだろう。それは「昔ながらのもの」というわけでもないんだけど、さきほどから言ってきたように「みたままつり」にしても「盆踊り」にしても「創られた伝統」的なものなのだから「昔ながらのもの」的な由緒にそんなにこだわることもないように思う。

けっきょくは7月から8月の半ばまでのなんとなくの「還る」って感覚の延長なのかなぁ、と。



なので「平和祭り」-「灯篭流し」にしてもそういった「祖霊を迎える/送る」といった習慣が基本にあるのではないかと思うんだけど、そういった「お盆」的感覚、お墓参りみたいな感覚とは別のところで「祭り」は進行していく。

それは街宣車で大声でアピールするのと同じように大きな声と光でカーニバルのようにたましいが食い荒らされて行くようで、個人的には違和感だしなんかイヤ(たんじゅんにうるさいのでイヤ)


そういった大きな声に反応するように「平和祭り」自体が大きな出来上がったものになっていって、それを彩る左翼的言説が8月6日のフレームを構成するように外部に受け取られていく。

そして大きすぎる声に反応するように対抗言説が奉られたり


asahi.com(朝日新聞社):エノラ・ゲイ機長の息子、米大使の広島訪問批判 - 国際
http://www.asahi.com/international/update/0806/TKY201008060092.html


その気持もわからないでもないんだけど、こういうのを見たり、その周りの反ヒロシマ言説みたいなのを見ると寂しくなったりする。それほど「ヒロシマ」にコミットした憤りではなく、(特に信じてもない)墓参りを馬鹿にされたり否定されたりするそういう寂しさ。




「ヒロシマ」というとき、やさしいこたえがかえってくるようにするためには、わたしたちはよごれた手を清めなければならない




とかつて少女は言った。


でも、汚れというのはどういうことなのか? 完全に汚濁を除去して清浄なものを創り上げることが「平和」ということなのか?(そしてそれは可能なのか?


muse-A-muse 2nd: 被爆のマリア
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/36290326.html



「核兵器は絶対悪。それがわからない人たちはまだまだ悪」みたいな思考がそういった思考に追随しないひとたちを排除するような潔癖さを表しているのではないか?

そして、その潔癖さ、「正しさ」による排除の傲慢さに抗するように刺のある言葉が投げかけられる。(あるいはバカモノに空を汚される
http://hikosaka.blog.so-net.ne.jp/2008-11-03





そういった大文字の「ヒロシマ」「平和」とは関係の無いところで、祭りと化した式典にも灯篭流しにも参加しないで静かにその日をやり過ごす人達がいる。

あの日の毒の影響で授業中にいきなり病院に連れていかれて検査され補習もされずにその部分は損なわれたり、「ゲンバクのひとだから結婚できるかどうか…」みたいな不安を背負わされたり、そういった記憶はなるべく遠ざけて暮らしたいと思ってるのに式典に呼ばれたり…。


そういった人たちの静かな祈りも大文字の「ヒロシマ」「平和」に与するものとして否定され汚されていくということ


それを寂しく思う。





そんなことを思いながら祭りの喧騒に違和感を持ち疎外されつつ家路に着こうとしてたら帰りにわりとヒッソリと灯篭流しをやっているスポットをみつけた。

そこでぼんやりと灯籠を眺めていたらなんか気分よくなった。けっきょくたんじゅんに「花火みたいなのを静かにぼんやり近くで見たい」ってだけだったのだろう。



そこではビルの灯りが川面に映えて、その光のさざ波を背景に人の影が踊っていて、それらを静かに灯篭たちが横切って…

遠くで少しセミの声。芝生の片隅にビール置いて寝転んでるひと


夕凪の原でぼんやりと平和を感じつつ帰路についた。





祭祀のように教条的に、あるいは「創られた伝統」のように再帰的に大文字化した「平和」の祭典をあとに

彼岸に寺町を見つつ「リリィ・シュシュ」のオープニングのように暗闇を自転車で





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関連:

8月6日当日のついっと
http://twilog.org/m_um_u/date-100806


当サイトのいままでの「ヒロシマ」関連の日記
http://bit.ly/aCbpM1

http://bit.ly/9zJrU7



タグ:ヒロシマ
posted by m_um_u at 12:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2010年07月17日

幻想・過去・未来 (迷い道くねくね〜♪)

こっちに移り住んで半年とちょっと、生活のルーチン的にはようやく慣れたけどまだ「その土地独特の当たり前の感覚・常識」みたいなものがわからなくて戸惑うことがしばしばある。

東京は広島に比べてみょーに家が密集しててどこを歩いてるかわからなくなったり、いきなり突き当たりで迷路から脱出できなくなったり。

そういうのも最近ようやくiPhone手に入れたから少しずつ解消されていくのだろうけど


でも、やはりその土地の性格、それを支える歴史のようなものを知っておきたいと思って住んでるところ周辺に関するムック買ったり。


そんなこんなでこちらにもゆっくりと馴染みつつ広島のことなんかも思ったりする。来月には広島にしばらく帰るし



そういうことを思っていたときに電車でこのエントリを見た。



東京と私 (内田樹の研究室)
http://blog.tatsuru.com/2010/07/01_1227.php



「ヨソと比べて文化と呼べるようなものがなにもないところで生まれ育ったわたしたち」

そういう自己規定はこの年代からすでにあったわけで、以前にちょっと思った「東京と郊外」とか、「郊外にもなりきれない地方」のことをぼんやりと思い出したり。


muse-A-muse 2nd: (地方と)「東京」から考える
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/37783115.html



このときはまだ「東京ナニサマ?」的ヒガミとあこがれが入り交じったコンプレックスのようなものがあったように思うけど、いまは東京周辺の感覚に慣れてそれが「当たり前」になっていくことがちょっと気になったりする。

ここで書いていたように「東京というのはみょーに過剰な消費幻想のテンプレートの上に成り立っている」という感覚は変わらないんだけど。


そんで最近のこのエントリなんか思い浮かんだ。



郊外とイエとナショナリズム « Soul for Sale
http://blog.szk.cc/2010/07/04/suburb-home-and-nationalism/



ここでは上述してきた論点、

「郊外化によって無機質でフラットな土地になること」
「そこでのアイデンティティの問題」

などに加えて

「画一化に対して個別的な幻想をまとい地方ごとの独自性を出していくこと」
「でもその独自性は東京発の消費幻想を基盤としていること」
「そういった経済的に還元される独自性とは違った各地方独自の特殊性を『守りたい』意識がオラが町的ナショナリズムをつくりあげていくこと」
「しかし、そういったナショナリズム的なものに還元されないマイノリティが地方から弾きだされて東京に吸収されていくこと」

などがあげられている。


というか、「幻想−希望の行き着く先は問題や不安をはらんだ不安定なものだけど、彼ら/彼女らの物語をヨソ者が笑えるのか?」ということ。「恋空は外から見るとアレゲな話だけど、ああいったリアリティを実際に生きている子たちがいる」みたいなの。



そういえば少し前にまた放送されていた「耳をすませば」なんかも東京の団地的郊外(多摩以西、聖蹟桜ヶ丘)における希望の話とも言えたと思う。「俺たち/私たちはこのままここでサラリーマンとして一生を終えていくのか?」的なものに対する「違う未来もあるかもよ?」的希望。

そういったメッセージが暗に込められているところがあるのでそれをお仕着せに感じる人達は「サラリーマンでもいいじゃない!そこに誇りを持てば」とか「中学生のうちに恋愛なくてもいいじゃない!」とか過剰に反応してしまうのだろうけど、自分的には単に「そういった未来もある」という選択肢程度に感じられた。その意味で希望−将来に対する幻想なのだろうし、あの幻想を必要とするような地味なリアリティが基盤としてあるのだろうなぁ、と。



話それたな、少し戻すか。「東京の消費幻想が溢れ出すことによってそれが幻想の基本ラインとなり『ふつうのひと』になるための経済的な敷居をあげてしまう」こと。「それに対するために経済的に還元されない地域固有の幻想(おはなし)を喚起させていこうとするけどそれにも馴染めなくてあぶれていく人たちが出てくる」こと。

基盤となってるのは「消費幻想(東京)が地方に溢れていってそれに見合う可処分所得がないので疎外感じちゃって(うんぬん)」ってとこなのだろうから、経済的には「景気良くして所得回るようになれば解決するんじゃね?」ってとこかなとか思うんだけど(その方法は別の問題として)。あとは「大企業ってほんとにいまのまま東京集約してる必要があるのか?」とか。

そゆのとは別に「オラが町」とか「自分の生まれ育ったところ」に対する記憶とか愛着というのはもうちょっと違った形で未来に結びつけていけないものかなぁ…。ナショナリズム的に違ったところがいろいろ削られてひとまとめにされていくのではなくて、「違ったものは違ったもののままゆるくつながったり離れたり、ほかのものとくっついたり離れたり、なんだったらそれだけで大きくなったり・・いろいろ」みたいなの。


地方とか、それなりの大きさの共同体の幻想とアイデンティティの関係を考えるとよくわかんないけど、少なくとも自分の問題としてはそんなにひとつのものにしばられているほどのものなのか?とか思ったりする。環境が変わるごとに歴史は受け継いだりリンクしたりしていくけど、その色だけに染められるのも違うって感じの。



コミュニティがまさに壊れるときに、アイデンティティが生まれる | Kousyoublog
http://kousyoublog.jp/?eid=2159


「個人を追求していくと、歴史に行くしかないんじゃないか」 | Kousyoublog
http://kousyoublog.jp/?eid=1841



こうしょうくんなんかも似たようなこと思ってるのかね。




あと、あまり関係ないけど日本という国ができていった過程とも似てるな、とか。(以下、「日本史の誕生」から軽く)

「中国の植民地経営的なものが出自の日本やアジア圏の地域共同体は中国が乱れたときにその政治・経済的統治から離れて国家として独立していった」といわれるわけだけど独立を支えたのは経済的自立性はもとより幻想だったかなぁ、とか。「その国家の歴史」という幻想。日本の場合、それは中国からの独自性を主張するために作られた歴史(日本書紀)だったようだけど、そういった歴史ー過去が同時に未来に対する希望にもなったのかなぁ、とかちょっと思う。









タグ:東京 地方
posted by m_um_u at 23:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2010年05月16日

東京キャットガーディアンに行ってきたよ

もう一ヶ月ぐらい前になるけど、東京キャットガーディアンにいったので感想的日記を


東京キャットガーディアン〜子猫の里親募集〜
http://www.tokyocatguardian.org/


ここはNPOだかなんだかのネコシェルター的なところ。いわゆる保健所で「処分」されそうになってるネコをかくまって誰かちゃんと安心して世話をしてくれそうな人に提供するところっぽい。

まあ、いま言ったようによくわかんないでいったんだけどよくわかんないで行っても楽しめるぐらい敷居低かった。ネコシェルターとかいうとちょっと敷居高そうだけど


目当てはニュースでやってたネコカフェ

開放型シェルターのご案内 - 東京キャットガーディアン〜子猫の里親募集〜
http://www.tokyocatguardian.org/open_shelter.html


ここがシェルターを開放してて、かくまったネコとカフェ客が触れ合いながらカフェれる、っていっていたように思ったので興味持っていってみた。

でも行ってみると想像してたのとはちょっとちがって、カフェメインと言うか「なんだったらお茶も飲めますよ(セルフで)」って感じだったけど。 まあ当たり前といえば当たり前か


メインはやっぱり「里親探し」ってこと。なので土日なんかはそれが目的のひとたちで賑わってて「ちょっと和みに」ってことだとあまりゆっくりはできないかもしれない。・・いや、そうでもないか。オレずっとネコと遊んでたし。んでもガーディアンの人にいろいろ聞こうかと思ってたんだけどそんなこんなで忙しそうだったので気が引けてやめといた。「とりあえず自分がいまできることはネコの遊び欲を満足させることぐらいだなー」って(「自分が遊びたかった」、というのはもちろんあるが


遊んだネコたちについて。

最初にいたのはペルシャかなんかの長毛種なコとけっこう活発な細身のコだった。活発な方のコが主に食いついてきてたんだけど、それをみてるウチにウズウズしたみたいで長毛種のコもちょこちょこ猫じゃらしにじゃれてきて、最後は活発なコが遊びで興奮した勢い余ってかそのコとケンカしちゃって「はいはい、おじーちゃんこっちですよー」って感じでケージに戻されてた。

次に出てきたコも細身でよく遊ぶコでずっと猫じゃらしにじゃれてた。やけに転ぶコで「すごいいきおいではしるコだなー。まだ幼いから力セーブしないのかな?」と思ってたら前足が片方なかった。でも、それに気づかないぐらい元気で。

それに気づいてほかのコの説明書きみたらやっぱりなにがしかケガがあったり手術を受けたり、もしくは遺棄されてて人間不信的なところがあるようだった。でもそういうのも感じさせないぐらい元気だったけど。


そうそう、遊ぶのは誰でも自由なんだけどやはり遊び巧者と下手な人だと差が出るっぽかった。ネコが遊びの美味い人の方にばかり集まったり。このときはオレの方にばかり集まっててちょっと気になったけど・・まあ仕方ない


寄付なんかは自由にできるんだけど商品を買って、というか物品と交換的にも寄付できるようだった。物品は寄付から集まったものっぽい。この日はネコのペン立てをもらった。

あとはキャットガーディアンが懇意にしてるっぽいハーブティーかなんかが買えるっぽかった。それはネコカフェのほうでポットに入れられてるので試してから買ってみてもいいかも。


場所はけっこうあっさり分かった。

JR大塚駅の南口から5〜10分ぐらいのところ。
http://www.tokyocatguardian.org/open_shelter/accesmap.html



ネコは一回につき2匹な感じだった。それでお外で遊べるコが交代する感じ。感染症とかがまだ気になるコは「ケージの中に入れたままにしておきますから気をつけてくださいね」って感じ



繰り返しになるけど敷居はほんと低くて,誰でもすぐに遊べるし少なくともネコなでるぐらいはヨユーなのでちょっと興味持った人はいってみるといいかも


posted by m_um_u at 23:41 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

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