2015年11月04日

「仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか」  男女共働き社会の模索




仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -

仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -



副題にある「日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか」ということを主題とした現時点でのまとめ本的なもの。この分野の論点と現時点での暫定的結論としてコンパクトに纏まってるように思う。


筒井淳也『仕事と家族』(中公新書) 8点 : 山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期
http://blog.livedoor.jp/yamasitayu/archives/52106679.html


お話的には「働きづらい」というところよりも「産みづらい」ということの原因と解決についてが先に考察されていく。必然女性の就労問題がメインとなっていく。

男女雇用機会が均等になったとはいえ女性の就労形態の大部分はフルタイムではなくパートタイマーで、パートタイマーの雇用条件はフルタイム労働者よりも低くなっている。そのため、全体的に女性の雇用条件は悪い。

ではなぜパートタイマーにならざるをえないかといえば出産と育児がフルタイムのネックとなっていくから。出産の方は未だ出産休暇があるところも増えたけど、特に育児の方が。育児休暇というものがある程度あるところでも育児期間、子供の手が離れるまでの期間はそこで設定される育児休暇なるものを超えているので、結果的に女性の就労の妨げとなっていく。あるいは、この期間は育児をアウトソースするとしてもその費用が給金の大半を占めていくので、「この期間は会社に残るための期間として、差し引きゼロでも仕方ない」と諦めて育児アウトソースする女性が多数となっている。

こういった場合、選択肢としてはおおまかに3つに分かれる。すなわち、「結婚して寿退社して専業主婦になる」「フルタイムで続け育児はアウトソースする」「育児に適した仕事を探しそれを続ける」、というもの。いわゆるヤクルトおばさんが女性たちばかりなのは育児期の女性の環境への配慮がよくされているからというのが主な理由らしい。

本書ではそういった状況・条件を現状における問題点としてとりあえず俯瞰し、それに対する解決策を模索していく。

解決策のひとつは労働形態・雇用条件そのものを抜本的に見直す、というもの。この辺のギロンはけっきょく濱口圭一郎が示した「日本のサラリーマン評価は仕事の内容ではなく、性別役割分業に基づいて『一家を支える男性』に見合った報酬を年代ごとに与えていくという俸給性となっている」「こういった雇用・評価形態からジョブ型雇用への転換する必要がある」とするものに依拠する。



濱口桂一郎、2009、「新しい労働社会」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/160935453.html


「同一労働同一賃金」的なものとも言える。




そういった解決案が「同一労働同一賃金」的なものだとするとそれはスウェーデン的な福祉政策志向といえる。


本書ではこういった雇用問題の「お手本となる国」として代表的な3つの国と政策が比較検討される。

アメリカ型の自由主義的なもの、北欧型の社会民主主義路線的なもの、ドイツの保守主義的なもの。

ドイツの保守主義的なものというのは労働市場の全体のパイ、椅子を減らすことで就労を待つ若者層に職が行き渡るようにするもの。具体的には老人の就労を減らして若者に配分するというもの。



けっきょく完全な結論らしい結論はでていなかったけど、これが本書のだいたいのアウトラインとなる。

個人的には「制度というよりは構造改革によって女性の働き方は変わっていった」というところが印象的であり反省点だった。以前のエントリで「フェミフェミ言っててもけっきょく現状を変える / 変えたのは制度なのだ」みたいなことをいってたので

「恋愛とセックスの経済学」 / 「家父長制と資本制」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/427900360.html


なので反省も込めてちょっと長めに引用した。




出生力の低下は労働供給(働き手)側の要因であるが、人口高齢化は労働需要(雇用主)側の要因である。旺盛な労働需要が女性の労働力参加を引き起こしたという例は多い。スウェーデンといえば、女性の労働力参加が戦後の早い時期から活発だった国であるが、その最大の要因は、スウェーデンが第二次世界大戦で被害を被らなかったことにある。スウェーデンは他のヨーロッパ諸国の復興需要を引き受けることで経済を急拡大させ、そのなかで極端な労働力不足を経験する。そこに女性の労働力が活用されたのである。しかし1960年代までのスウェーデンでは、女性が働きやすい環境はあまり整備されておらず、そのせいで出生率が急低下し、また「家庭の危機」が1970年まで続く自殺率の上昇(この時期のスウェーデンの自殺率は日本をゆうに上回っていた)を生み出したといわれる。この意味で、スウェーデンについては少子化が女性の労働力参加を引き起こしたという説明はあてはまりにくいかもしれない。

他方で、東南アジアや一部の東アジア諸国では、農業中心の経済から工業、サービス業を中心とした経済に変化するなかで、女性が(欧米や日本ほど)主婦化しなかった。これは、工業化・脱工業化の到来が極めて急速であったために、多くの女性が農業や家業に従事する段階からそれほどあいだを空けずに軽工業(繊維や精密機器製造)やオフィスワークの労働需要に引きこまれたからである。アジア諸国では子育てにおいて親類ネットワークを利用しやすく、また家父長制的な文化の強い地域では女性の賃金が安く抑えられ、それが国の輸出製品の価格を引き下げ、経済成長をもたらした、とする研究もある(Gaddis & Klassen 2014)。

もちろん労働需要があれば必ず女性の労働力参加が増える、というわけではない。アメリカの工業化においては、移民の労働力参加が欠かせなかった。つまり工業化による労働需要の多くを海外からの移民によって満たしていたのである。これに対して日本の高度経済成長期では、戦後のベビーブームによって農村部に男性の余剰労働力(典型的には次男以下)があり、これが当時の高い労働需要を満たしていた。2013年になって、東日本大震災の復興需要や公共投資の増加などの影響で労働力不足が生じ、第2次安倍内閣のときにようやく、女性のみならず移民の労働力を活用するための制度改革が本格的に検討されるようになった。

さて、産業構造の変化(サービス労働化)、人口構造の変化(少子高齢化)、そして労働需要など女性の労働力参加を促してきた要因は、いずれも構造的な要因であり、制度要因ではない。そして構造要因による変化はあくまで「意図せざる結果」である。女性の労働力参加を高めるためにサービス産業を拡大させる国はおそらくないだろうし、ましてや女性の雇用を促すために高齢化を進める国などあるはずがない。先進経済国で女性が勝ち取ってきた様々な両立支援制度や働くことに関する権利・条件の整備は、こういった構造変動と絡み合いながら進んできたと見ることができる。つまり、制度の整備によって女性の労働力参加が促された側面もあるだろうが、それ以上に、構造変動によって女性の労働力参加が進んだ結果、それに対応すべく制度の整備が進められてきた側面が強いのだ。








以下も上記のアウトラインに関連して気になったところの引用に留める。




パートタイマーの人たちが参加する外部労働市場には、家族からすれば子育てなど家庭の事情によって働くのをやめたり始めたりすることが容易であり、経営者からすれば必要なときに労働調整、つまり解雇がしやすいという特性がある。このような外部労働市場が、正規雇用の夫と家計を共有する有配偶者向けに形成されてきたことの帰結は、その後との正規雇用・非正規雇用の賃金格差の問題となって現れてくる。つまり、パートやアルバイトなどの非正規雇用が多くを占める日本の外部労働市場は、新卒・正規雇用向けの労働市場を除けば、「自立して食べていけない」人のための労働市場となってしまった。これが日本の晩婚化、ひいては少子化問題の解決において、深刻な障害となって現れるのである。









雇用労働に従事する女性が増えるにつれて、どの国でも出生率が下がることになった。しかし女性の労働力参加が出生率へ与える負の影響は、アメリカやスウェーデンといった少子化を克服した国においては、ある時点から中和されるようになった。おそらく、スウェーデンでは、長期的には公的両立支援制度の影響、アメリカでは民間企業主導の柔軟な働き方の影響で、女性が賃労働と子育てを両立しやすくなったからだと思われる。その後、女性の労働力参加と出生率との関係はいよいよ反転し、女性が働くことは出生率に正の効果を持つようになる。これは不況あるいは経済成長の鈍化のなかで若年者の雇用が不安定化し、それへの対応として男女がカップルを形成し、共働きによって生計を維持するというケースが増えたからである。個々の雇用が不安定化しても、二人いれば家族としてやっていける、という考え方だ。こうして共働きが合理的戦略となり、さらに仕事と子育てを両立しやすい環境が整っていれば、女性が働くことは出生率に正の効果を持つ。この転換の背景には、スウェーデンでは女性が公的セクターに大量雇用されたこと、アメリカでは民間セクターで女性がますます活躍するようになったことがある。女性が結婚・出産後も長期に働くことができる素地があれば、経済の不調による男性雇用の不安定化に際して「共働きカップルを形成する」という選択肢が合理的となる。そのことが女性の労働力参加と出生率のプラスの関係を生み出した。

ここで重要なのは、希望と現実のギャップ、あるいは家計維持のために「共働き戦略」が有効であるためには、女性がそれなりに高い賃金で長く続けられる、あるいは労働市場が柔軟で、女性が出産を機に一度仕事を辞めても、ある程度条件の良い仕事に復帰できる、という見込みでなければならない、ということである(前田、2004)。日本では1995年以降、男性正社員の賃金が伸び悩むなかで、男性正社員とパート労働をするその妻という世帯でも満足のいく生活ができないケースが増えている(武信、2013)。現状では、子育て後にパートとして再就労するのでは問題解決にならないことを多くの人が悟っているからこそ、日本では未婚化が進んでいるのだ。

ドイツでは、女性労働力参加の負の影響は1980年代には中和されたが、長引く不況による男性雇用の不安定化と(それにもかかわらず)持続する性別分業体制の影響で、出生率が伸び悩んでいると思われる。また、ここで触れていないがイタリアやスペインといった南欧諸国では、長い失業率を背景に、女性が(出産等で)一度労働市場から退出してしまうと次によい仕事を見つけられる確率が低出生率を招いた、という研究もある(Adsera、2004)。





荻原久美子(2006)が描き出したように、仕事を続けたい女性にとっての最大の困難は育児休業が終わったあとにやってくる。それは長時間労働など、「主婦のいる男性」に適応した働き方である。そうであるかぎり、いくら育児期を乗り越えられたとしても、女性はそれ以上出世し、家計を実質的に支えられるような存在になれない。これでは「共働き社会」はやってこないし、女性の就労がカップル形成を促すような社会にはならない。









女性の非正規労働化の動きは、1986年の男女雇用機会均等法、1992年の育児休業法の施行によって何ら変化はなかった。図3-4は女性の雇用形態別の就業者数の推移を示したものだが、これをみると1990年代に正規雇用された女性の数が増加していることに目が行くかもしれない。これは後述するが、若年層の女性が結婚を先延ばしにして正規雇用としての就業を継続したことの表れである。しかし、より人口のボリュームが大きい年長世代の非正規雇用が増えたことと、不況のせいで学卒後に非正規雇用に就く女性が増加したことで、図3-3のように1990年代ですら、全体としての女性の非正規雇用率が押し上げられたのである。

要するに、採用や昇進において男女の差別をなくし、また出産・育児・介護によって就業が中断することがないような配慮が徐々に整備されてきたにもかかわらず、男性と同じような正規雇用に就く女性が増えてきたわけではないのだ。






男性と女性がともに対等な立場で働ける環境を実現するためには、男女ともに総合職的な働き方を抑制する必要があるのに、均等法の趣旨は男性のみならず女性も総合職的な働き方に引き入れようとするものになっている。したがって現行の均等法ならびにその「差別禁止」の理念が実現した先にあるのは、おそらく従来通りの性別分業社会なのだ。

その理由は極めて簡単である。転勤あり、残業あり、職務内容に限定性がないために負担が大きい、といった特徴を持つ総合職的な働き方を日本人男性が(過労死という重大な犠牲をともないつつも)なんとかこなしてきたのは、私生活をサポートする仕組みがあったからである。それは一人暮らしの独身男性にとってはまかない付きの独身寮やコンビニであり、実家通いの男性にとっては母であり、有配偶の男性にとっては妻である。

では女性が同じような働き方をする際には、誰がサポートするだろうか。男性以上に女声の多くは実家通いなので、母親もフルタイムで働いてないかぎり、頼ることができるだろう。ただ一人暮らしの場合、女性が入居できる独身寮を持つ会社の数は少ない。また実家暮らしでも、祖父母に重い介護の必要が出てきたとき、母でも男性(父や息子)でもなく、孫に当たる独身女性が仕事を減らしたり辞めたりするという例もある。

とはいえ、独身時のサポートについては男女でそれほど大きな差はないだろう。大きな差がでてくるのは結婚してからである。無限定的な働き方をする人が世帯にいる場合、そうではない人(たとえば専業主婦)が同じ世帯にいてサポートするならば私生活のレベルは落ちないし、子どもを産み育てることも可能であろう。しかし無限定社員と無限定社員のカップルだけでは無理である。その結果、女性の側がキャリアを断念することになりやすい。ましてやどちらかに転勤が命じられれば、片方の(たいていは女性の)キャリアプランは破壊される。パートナーのどちらかに転勤の可能性があるというだけで、持ち家を買うかどうかの判断などに必要な、生活の長期的見通しが立たなくなることもあるだろう。








欧米で広く普及している職務単位の働き方は、両立・共働きと相性がよいものだ。労働時間の調整のしやすさ、活発な転職市場が可能にする離職と再雇用、配置転換と転勤がないこと、これらは働き方が職務単位で切りだされていることによって可能になっている。逆に日本の基幹労働力に期待される働き方では、自分や周囲の職務内容が曖昧なため自律的な時間調整が難しく、また配置転換や転勤の可能性もあるために、共働き夫婦にとって非常に厳しい環境となる。

したがって、一つのアイディアとしては、職務単位で限定的な働き方をする労働者を増やす、という方向性がある。もちろん、職能資格制度の世界から職務給の世界にいきなり転換できるわけではない。そもそも実現が困難だろうし、もし実施されたとしても失業率(特に若年者失業率)の飛躍的な上昇を覚悟しなければならない。ジョブ(職務)型雇用の世界とは外部労働市場の世界である。そこでは、不景気で仕事がなくなれば被雇用者を解雇することは普通であり(そのかわり社内での「飼い殺し」は生じない)、また解雇が経験の浅い若年層から先に行われるのもなかば「当たり前」である(濱口、2014)。このことが可能なのは、アメリカのように外部労働市場が活発であるか、あるいはEU諸国のように失業に対する公的な保障がそれなりに充実している、といった条件があるからだ。








日本型福祉社会構想は、当時の自民党が作成したパンフレット(タイトルはそのまま「日本型福祉社会」である)にその趣旨が書かれている。そこではスウェーデンが名指しされ、その福祉のあり方が非効率的で、かつ「家族関係を破壊する」として、はっきりと否定されている。極端な少子高齢化社会に陥ってしまった日本の現状から振り返ってみれば苦笑いしてしまうが、当時はたしかに日本的な福祉のあり方が北欧のそれよりも優れている、と主張しても受け入れられる空気があったのだ。

ドイツやイタリアなどの保守主義的国家においても、日本と同じような家族重視と性別分業の体制は強かった。これが、これらの国が保守主義レジームと名づけられた一つの理由である。しかし違いもある。たとえば「企業による福祉」である。1970年代以降、日本の民間部門は、大企業の世界では内部労働市場を発達させ、中小企業については政府が援助するなどして、企業が雇用を維持し、雇われた男性とその家族の生活を安定させるという戦略をとった。これに対して欧米では職務単位の労働配分が行われ、外部労働市場が発達しているため、生活保障は企業ではなく政府の役割である、という意識が強い。ドイツやフランスなど、主要な大陸ヨーロッパ諸国の社会保障支出は日本よりもずいぶん大きいが、それは日本が「家族と企業」という二つの民間部門に福祉を任せてきたからである。この点にこそ、日本の路線の特徴があったといえるだろう。












本書では論じる余裕がなかったが、筆者は格差以上に深刻なのが社会的分断であると感じる。社会的分断とは、人々のあいだの価値観や態度の対立のことだ。たとえば社会のあるグループ(経済的に恵まれない層)は富の再分配を支持し、別のグループ(富裕層)はそれを否定する、といった意見の違いを指す。ある制度が特定のグループを有利にし、別のグループを不利にすることはしばしば起こりうる。再分配が弱い社会や教育費が高い社会では、経済的に豊かなグループが優位に立つ。急速に高齢化が進む社会では、年金制度の負担は若年層に重くのしかかる。錠時間労働が常態化した社会では、少なくとも仕事の世界は男性優位になりがちだ。制度設計がうまくいかないと、こういった対立、つまり社会的分断が先鋭化するおそれがある。

「働くこと」は、それが社会の富を生む最大の源であるがゆえに、対立の大きな争点となる。たしかに経済先進国は、基本的な合意として、(高齢や障害のために)有償労働をすることが難しい人々については政府がその生活を保障するという制度をつくりあげてきた。しかし働くことができるのに様々な理由からその力を十分に活かすことができていない人々が増えてくると、合意が揺らぐことになる。一方では適切な労働機会を与えられない人々が労働市場や雇用環境の制度に対して異議を提示するようになるし、他方では税や社会保険の負担をする人々が再分配制度に対して異議を唱えるようになる。こういった対立は、事後的な再分配の強化でも無条件の自由競争の導入でもなく、税や社会保険の負担を一定程度担うことができる所得をともなった仕事が、社会の様々なグループに配分されることではじめて緩和される。「働くこと」を基軸とした連帯をつくりあげた国は、分断を乗り越え、安定する。


本書のキーワードである「共働き社会」は、男性と同じく女性に働く機会を保障する社会だ。また、有償労働の担い手を増やすことで、税と社会保険を通じた「助け合い」のための社会的余裕をつくり出す。その意味で、「共働き社会」は日本社会のこれからの社会的連帯の第一歩であると筆者は考える。


posted by m_um_u at 17:55 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

「日本型近代家族」


お勉強的に手にとった二冊。なのでエントリして楽しいような思考をドライブさせるようなところもそんなになくエントリするのに億劫になってったところもあったのだけどお勉強となったとこをさらっとまとめるぐらいにしとこう。後々役に立つかもだし。


日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか -
日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか -

仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -

仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -



「日本型近代家族」のほうはいわゆる家族社会学の基本的な考え方、知見をコンパクトにまとめてる感じ。なのでこの分野をお勉強しはじめるときには便利なように思う。

キーワードとしては「核家族」「ロマンティック・ラブイデオロギー」「母性イデオロギー」「家庭イデオロギー」など。家族の関係や恋愛、あるいは母性幻想に対して窮屈や違和感を持ってる人的には考える際に便利な言葉や思考が散らばってる。


ちょっと端折って間違ってる箇所あるかもだけど全体をとらえやすくするための前フリとしてまとめる。

たとえば日本なんかにおいて「家族」という概念は明治以降に導入され、それは国民国家の誕生と期を同じくする。すなわち国民国家が「家族」なる単位を必要とし設定・普及したということ。それ以前は村落共同体的なところでいちお世帯ごとに別れていつつも「村全体」という意識があった。プライバシーがあまりない反面、たとえば「子どもは村全体で育てる」みたいな感じだったり(cf.なので祭りの乱交時に生まれた子は子種が誰かわからなくても育てるとかふつーにあったのだろう)。現在のような家族観、「他からはプライバシー的に分ける」ことを当然とした近代家族の家族観からだと考えにくいかもだけど、家族、というか共同体というのはまずもって生存のためにあって、そのためいろんなものを分けあっていた。なので生存-食料の確保なんかが一義にありプライバシー、プライベートみたいな感じはあまりなかった。いわゆる近代家族―核家族というのは大家族に対応して語られる言葉で成人男女とその直系血縁の子弟を基本単位としたもの(その前の世代、成人男女の親からは世帯を別にする)だろうけど、大家族的なもの以前に村落共同体的な生活共同システムがあった。

つまり家族、あるいは生活を共にする共同体というのはもともと食料を確保するために生計を一にする目的のものだった。前近代社会のひとびとは「家族」という世帯のなかではなく、共同体規制のなかで生きていた。ラスレットが言うように、家族は子供を産み育てるという、独立した再生産の単位でもなかったし、そのなかで経済が完結するような生産の単位ではなかった。ひとびとの性関係は共同体の規制のなかにあり、身分を越えた自由な結婚などはありえなかった。この辺は花輪和一のマンガなんかに戯画的にエグく描かれている(← 「庄屋様に焼き印をおされてセックスされるのは至上のよろこび!」)。家族という単位は共同体のなかに埋没して見えないものだった。

近代に入って世帯ごとに管理・わけられていき「家族」の意味は変質していった。プライベートな共同体、あるいは「愛」を中心とした共同体、といったものに。おそらく生活が豊かになって食料を一義とするでもなくなって。


ではなぜ国家が家族という単位を必要としたか?というとひとくちには税のためといえるだろう。当時のヨーロッパに倣って国民国家がなんとなく有効だと判断した明治政府は「国民」を創設し把握するための単位として家族、より正確に言えば世帯を導入した。それによって国民国家的には皆兵が可能に。税収もぶらさがっていったのだろう。


近代家族の特徴は、(1)ロマンス革命(2)母子の情緒的絆(3)世帯の自律性、とされる。


旧来の村落共同体に比べ、家族は世帯ごとに切り離され、村落共同体がゆるやかに担っていた福祉の役割は国家が担うようになった。家族は共同体から分離され国家に直接に接続されていった。そこでは「男は仕事に行って(税収を)稼ぎ、社会的再生産に寄与し、女は家庭を守る(産み育てる)」という性別役割分業が当然とされていった。その際に導入されたイデオロギーが恋愛(ロマンティック・ラブ)であったり、「良い母」的な母性イデオロギーだった。これらは国家によって直接宣伝されたとは言いがたいがゆるやかに社会の当然・通念となっていった。


愛情といった感情だけではなく「親しさ、楽しさ、親密性、感情表出、思いやりなど人間関係の『よい』側面」(山田、1994)はすべて家族に放り込まれることになった。感情という場合、ネガティブなものもあればポジティブなものもあるはずだが、「愛」とか「共感」といった特定感情には価値が与えられ、「恥」「罪」といった感情は好ましくないものとして設定される。これらは社会的に感情が規制され規範化されていった結果といえる。


近代家族のゆくえ―家族と愛情のパラドックス -
近代家族のゆくえ―家族と愛情のパラドックス -




ロマンティック・ラブイデオロギーとは、「一生に一度の恋に落ちた男女が結婚し、子供を産み育て添い遂げる」、つまり愛と性と生殖とが結婚を媒介とすることによって一体化されたものである。結婚を媒介としてこの三点が揃っていることが求められたため、愛のない結婚、愛の無いセックス、結婚につながらない性交渉、結婚してない婚外婚の性、婚姻外で生まれる婚外子、愛している相手の子供がいらないと感じること、結婚しているにもかかわらず子供をつくらないことなどが不自然であると考えられ、非難の対象とされてきた。


母性イデオロギーとは、母親は子供を愛するべきだ、また子供にとって母親の愛情にまさるものはないという考え方のことである。「三歳までは母親が子供を育てるべきで、そうしないと子供に取り返しの付かない影響を与える」という「三歳児神話」などはこれに含まれるだろう。


家族イデオロギーとは、家庭を親密な、このうえなく大切なものとする考え方である。どんなに貧しくても、自分たちの家族が一番である、家族はみな仲がよいはずだという、「狭いながらも楽しい我が家」という表現にみられるような、家族の親密性に関わる規範である。



ロマンティック・ラブイデオロギーの項には結婚を当然とすること、また、性愛・恋愛の対象をひとりとすること、彼らと「愛情」というロマンス(恋愛感情)を通じて深く愛しあうことが当然・幸せとする規範が備わっていてそれ自体が問題だなというのはあるのだけど、自分的には特に目新しい話題でもないのでそれほど触れない。


ただ、この本(あるいは近代化俗論のまとめ的な話)を通じて「母性」というのも国家によって作られた幻想だったのだなあと再認識した。


母性という神話 (ちくま学芸文庫) -
母性という神話 (ちくま学芸文庫) -





それらは男性による身勝手な幻想かと思っていたし、母性を批判する人たちはしばしばそういった論を貼るのだけど。母性自体が国家による人口管理と再生産のために設定された規範だったとしたら、こういった話で男女の対立(ラベルの押し付け合い)的な構図をとるのも無意味だろう。





近代に入るまで、子供は現代と違って可愛がりの対象ではなく、「子供」という概念もなかった。たんに労働力として劣った小さい大人(でも5,6歳から働かせる)ぐらい。

ヨーロッパの上流階級の女性は自分で子供を育てること、授乳などという「動物的な」行為をすることを拒絶した。ヨーロッパだけでなく日本でも事情は同様となる。江戸時代に女性に期待されていたのは良い子供を産むことだけであり、育てることは期待されていなかった。むしろ男子のしつけは父親に任されていた。人々は子供に対して無関心で、堕胎や間引きという習慣も必ずしも貧困が原因ではなかった。


良妻賢母という規範 -
良妻賢母という規範 -


〈子供〉の誕生―アンシァン・レジーム期の子供と家族生活 -
〈子供〉の誕生―アンシァン・レジーム期の子供と家族生活 -


子どもと母性をめぐる関係は乳幼児が将来の「国民」の予備軍であることが意識されることによって変化していった。ここで母親による子供の世話も規範化されていく。


この変化に寄与したもののひとつとしてルソーの教育の書、『エミール』がある。



エミール〈上・中・下〉3巻セット (岩波文庫) -
エミール〈上・中・下〉3巻セット (岩波文庫) -


女たちは「母親」であることを熱心に学んでいき、母性は母乳の出る母親だけが持つ「本能」とされていった。


日本における母性イデオロギーは「良妻賢母」規範としてあらわれた。良妻賢母規範というと江戸時代からある儒教規範と思われがちだが、そうではない。「良妻賢母」という言葉も、「恋愛」という言葉と同様に、明治に入ってつくられた。1870年代には賢母良妻といわれ、90年代に良妻賢母という言葉に落ち着く。これは、家庭を守って夫を支え、なによりも次世代の「国民」を育成するという、母に寄る教育が大きな位置を占める規範だった。


この規範が結果的に女子の中等教育の振興・普及に大きな役割を果たしたという(←「将来の国民を育てるために必要」)。


「学校」「教育」は女性だけでなく<子供>の誕生ともときを同じくし、「母性」「子供」「学校」「家族」は同時期に誕生した。



「家庭」という言葉は明治20年代からもてはやされ、雑誌などであるべき規範となる。そして実際に大正期になるとその「家庭」の理想 ―「一家団欒」、「家庭の和楽」を実現することが可能な新中間層が現実に出現してきていた(小山、1999)。「家庭」とは、ある意味で新中間層的な刻印を推された家族のあるべき理想像となった。





実態はどうあれ、理想としての、建前としての「愛と性の一致」という規範は(女性の側には)存在していた。それが崩れ始めたのは1990年代のことである。60年代の性革命によって、70年台には「愛があるなら、結婚前に性交渉をおこなってもよい」という規範が一部ではみられるようになった。1980年代には消費社会を背景として、ドラマ「金曜日の妻たちへ」などのように結婚していても恋愛があり得ること、また未婚者も当時流行した多くのトレンディードラマのように、結婚のまえに恋愛を楽しむことがあり得ることが、示された。


こういった規範。「愛がなくても性交渉をしてもよい」がはっきりと出現し規範化していったのが1990年代だった(ex.セックスフレンド)。



現在「イクメン」という言葉の出現には「性別役割分業にこだわらない子育て(家族を金銭的に養うのは男であるべきという規範からの開放)」「レジャーとしての子育て(子育てのレジャー化)」などの規範の変化が読み取れる。






簡単にメモするつもりだったので「仕事と家族」も同じエントリにしよかと思ってたけど、けっこう長くなった / 疲れたので項を分けよう。









posted by m_um_u at 09:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2015年10月24日

スコット・ペック、1978、「愛と心理療法」



んじゃ一個前のエントリで言ったとおり「愛と心理療法」から気になったところ引用で、


愛すること、生きること 全訳『愛と心理療法』 -
愛すること、生きること 全訳『愛と心理療法』 -




今まで、訓練こそ人生の問題を解決するのに必要な基本的手段であると述べてきた。その手段とは、、苦しみを引き受ける技術、つまり、問題を積極的に受けとめてうまく解決し、その過程で苦しみを受けながら学び成長してゆくことである。訓練することを教えるとは、いかに苦しみ成長するかを教えることにほかならない。

これらの手だて、私が訓練と呼ぶ、苦悩するテクニック、建設的に問題の苦しみを経験する手段とは何か。それは次の四つである。楽しみをあとまわしにすること、責任を引き受けること、真実に忠実であること、そしてバランスを取ること。明らかにこれらの手段は、かなりの練習を必要とするようなややこしいものではない。10歳になればほとんどすべての子どもが使いこなせるような、単純な手段である。だが、大統領や一国の王でさえ、この単純な手段を用いるのを忘れて没頭することが多い。問題は手段の複雑さではなく、用いる側の意志にかかわっている。これらは苦しみを避けるのではなく苦しみに向かうための手段なので、もししかるべき苦しみを避けようとすれば、使われないことになる。




一貫した親の愛と保護に恵まれた幸運な子どもは、その結果、自分の価値を信じる深い内的感覚のみならず、深い内的安定感をもっておとなになる。子どもはみんな、見捨てられるのではないかと恐れているが、それも無理からぬことである。この見捨てられる恐れは、ちょうど子どもが親と別個の存在であるとわかりはじめる、生後六ヶ月にめばえる。子どもは、個人として自分が無力な存在で、生存のいかんが親の掌中にあることをわかっているからである。子どもにとって、親に捨てられることは死に等しい。多くの親は、他の面では比較的無知で鈍感であっても、このような子どもの恐れは本能的に感じとって、来る日も来る日も何百回、何千回となく子どもを安心させている。「お母さんもお父さんもおまえをおきざりになんかしやしないよ」、「すぐに連れに戻ってくるからね」、「おまえのことを忘れるなんてありっこないよ」と。その言葉が来る月も来る年も言われた通りであるならば、思春期を迎えるころには、捨てられる恐れは子どもから消え、かわりに、この世は必要なときにはいつでも守ってもらえる安全なところだという、深い内的感覚が育つ。この一貫した内的安全感があるので、子どもはいろんな満足をあとにまわすことができる。家庭や両親と同じように、満足する機会は必要な場合いつでもつかまえられる、と安心しているからである。






私には、才気煥発だが気難しい知人がいる。放っておけばいつまでも雄弁に、社会の圧倒的な力、人種差別、性差別、軍隊、産業組織、彼と仲間の長髪に文句をつける田舎警察などについて、しゃべり続ける。何度も何度も私は、彼がもう子どもではないことを言って聞かせようとした。子どもは、いろんな面で依存しているので、事実上、親が色んな面で支配力をもっている。実際、親は子どもの幸福に大いに責任があり、子どもは親次第である。親が圧倒的 ―そうであることが多いのだが― であっても、子どもはほとんどどうすることもできない。子どもには選択の余地がかぎられているからである。しかしおとなは、身体的に健康な場合、選択の可能性が無限に近い。だからといって、選択に苦痛がないというわけではない。どちらもいやでもましなほうを選択しなければならないことも多いが、それでも、自分の力で選ぶことができる。この世界には圧倒的な力が働いているという知人の意見には、私も同感である。しかし、そのような圧力にどう反応しどう対処するかは、そのつど自由に選ぶことができる。警察が「長髪」を嫌う田舎に住み、髪をのばすのは彼の選択である。彼には都会に引っ越すか髪を切るか、あるいは警察署に対してキャンペーンを行う自由さえある。頭脳明晰であるにもかかわらず、彼はこれらの自由を認めようとしない。おのれの人間としての大きな力を受け入れ享受するかわりに、自らの政治力のなさを嘆くほうを選んでいる。自由に対する愛とそれを阻む圧力について語るが、自分がいかにその犠牲になっているかを語るたびに、実はその自由を手放しているのである。いくつかの選択が苦痛をともなうというだけで人生を恨むようなことを、彼がそのうちやめてくれるよう私は望んでいる。







愛について二番目によくある誤解は、依存症を愛とする考えである。これは、心理治療家が日々ぶつからねばならぬ問題である。配偶者や恋人に拒否されると、自殺を企てたりそうするようなポーズをとったり、またはそれで脅かしたり、何もできないほど落ち込んでしまう人に、劇的なかたちでその影響が見られる。「生きていたくない。主人(妻、恋人)がいなければ生きていけない。それほど彼(彼女)を愛しているんです」と彼らは言う。「あなたはまちがっていますね。あなたは夫(妻、恋人)を愛してなどいやしませんよ」と、私が言葉を返す ―そうすることが多い― と、彼らは怒っていう。「なんですって。彼(彼女)なしでは生きられないって今言ったでしょう」。そこで私は次のように説明する。「あなたが言うのは寄生であって、愛ではないんです。生きるのに他人が必要なら、あなたはその人の寄生虫なんだ。その関係には選択も自由もありませんね。それじゃ愛というよりは必要性の問題だ。愛とは自由に選択することなんですよ。ひとりでも十分やってゆける人が一緒に生きることを選んだ場合にかぎって、ふたりは愛しあっていると言えるんですよ」


依存症とは、誰かが積極的に面倒を見てくれる保証がなければ、不全感に悩んだり十分に働けないこと、と私は定義している。身体的に健康なおとなの依存症は病的である ―それは病気、精神的な病ないし欠陥の現れである。しかしそれと、ふつう、依存欲求とか依存感情と呼ばれるものとは区別しなければならない。われわれにはみんな ―人や自分に対してそうでないふりはしていても― 依存欲求と依存感情がある。赤ん坊扱いされたい、何もせずに世話されたい、本当に自分のためを思ってくれる強い人に保護されたい、と願わない人はいない。どんなに強い人でも、どんなに世話好きで責任感のあるおとなでも、自分の内面をしかとのぞいてみれば、たまには保護されたい、という欲求がみつかるはずである。どんなに年を取り成熟した人であれ、自分の人生に望ましい母親像や父親像を見つけたいと思っている。しかしそのような欲求や感情がその人の生活を支配しているわけではない。それらが生活を支配して生のあり方まで決定し、ただの依存欲求あるいは依存感情以上のものになることが問題なのである。そういう人は、「受動的依存的性格障害」と診断される精神障害にかかっている。これはたぶん、精神障害のなかではもっともふつうのものである。

この障害のある人は、愛されようとするのに忙しすぎて、愛するエネルギーが残っていない。飢えた人が、食べ物のあるところならどこにでもたかってゆき、他人に分け与える食べ物をもっていないのに似ている。彼らの内部には空洞があり、底なしの奈落の満たされるのを切望しているが、完全に満たされることはないらしい。彼らには「いっぱいに満たされた」感じがないし、完全という感じもない。たえず「自分の一部がどこかにいってしまった」と感じている。孤独に耐えるのがたいへん難しい。全体性を欠けるため本当のアイデンティティをもたず、人とのかかわりによってしか自分を規定できない。







受動的な依存症は、愛の欠如に由来している。受動的依存的な人々の抱えている内的な空虚感は、子どものとき、子ども時代を通じて、一貫してそこそこに愛され世話してもらった子どもは、自分を愛すべき価値のある人間で、自分に忠実でさえあれば愛され面倒をみてもらえるという、根強い感覚をもっておとなになる。愛と世話が欠けていたり、気紛れにしか与えられないで育った子どもは、そのような内的安定感をもたずにおとなになる。むしろ内的な不安感があり、「十分ではない」感じと、この世は何が起こるかわからないし何も与えてくれない、それだけ自分が愛すべき価値のある存在かどうか疑わしい、という感覚がある。だから、愛され配慮され関心を払ってもらえるとあらば、われ先に突進し、いったんつかまえると必死にしがみつういて、愛とは無縁の操作的なマキャベリ的行動をとって、せっかくの関係そのものを破壊してしまうのも無理からぬことである。これも第一部で述べたことだが、愛としつけとは関連しているので、愛もなく十分な世話もしない親はしつけにも欠けている。子どもたちに、愛されている感覚を与え損なっているのだが、同時に自制心を養うこともしていない。受動的依存的な人の過度の依存症は、彼らの性格障害を示す主な徴候にすぎない。彼らは自制心の欠如した人たちである。人々にかまってほしい気持ちを我慢しようとしないし、できもしない。人とのつながりを必死に作り上げ保とうとして、誠実さを投げ棄てる。諦めたほうがよい、すりきれてしまった関係にしがみつく。もっとも重大なことは、自分に対する責任感に欠けていることである。自分の幸せおよび充足感の源として、受け身のままに他人、しばしば自分の子どもまであてにしている。だから幸せでなく満たされていないと、基本的に他人のせいと思ってしまう。そしてそのためにとめどなく腹を立てている。他人が彼らの要求をすべて満たし、幸せに「してくれる」ことはありえないから、いつも他人に裏切られてきた感じでいる。



要約すると、依存症が愛と紛らわしいのは、それが人と人を強く結びつけるからである。しかし、それが実際の愛であることはない。正反対である。それは親の愛の欠如からきており、同じことが繰り返される。与えるよりは与えられることを求め、成長よりも幼児性に固執する。解放するよりも罠にはめ、拘束する。窮極的には、人間関係を形成するよりも破壊し、人間を作るよりも崩壊させる。





以上のことが示唆することは、幼児やペット、そして依存的で従順な配偶者に対する「愛」は、「母性本能」、より一般的に言えば「親の本能」とでも言うべき本能的な行動パターンだ、ということである。これを「惚れこみ」という本能的な行動にたとえることができる。惚れこみは比較的努力なしにできるし、意志あるいは選択による行動では決してないのだから、愛の純粋なかたちではない。それは種の存続を促すが、人間の進歩や精神的成長を目指してはいない。他者に手を伸ばし人々を結ぶきずなを作りだし、そこから本当の愛が始まるかもしれないので、愛に近いものである。しかし結婚を健全で創造的なものに高め、健康な精神的に成長する子供を育てて人類の進化に貢献するためには、さらに多くのことが必要である。

要するに、養育はただ単に食物を与える以上のものでありうるし、通常、そうあるべきなのである。また、精神的な成長を培うには、本能によるプロセスよりずっと複雑なものが必要となる。第二部の冒頭で取りあげた。息子をスクールバスに乗せようとしない母親がよい例である。ある意味では息子を慈しんでいるのだが、それは息子の必要としない慈しみで、精神的成長を促すよりも明らかに遅らせている。似たような例はこれにとどまらない。太り過ぎの子どもに食物をおしつける母親。息子には部屋いっぱいのおもちゃを、娘にはたんすいっぱいの服を買ってやる父親。何でも子どもの言う通りにして制限しない親。愛は与えるだけのことではない。分別を働かせて、あるときは与え、あるときは与えない。あるときは褒め、あるときは批判する。喜ばせるだけでなく分別をもって対決し、押したり引いたりする。愛とはリーダーシップなのである。ここで「分別」とは判断の必要なことを意味している。判断には本能以上のものがいる。そのためには思慮深い、しばしば苦しい決断をしなければならない。







恩寵の定義

第W章ではこれまで、次のようなさまざまな特性を共有する現象を論じた。


a.それらは人間の生活と精神的成長を培う ―支え守り高める― のに役立つ。

b.それが働くメカニズムは、現在の科学的思考にもとづく自然の法則によっては、完全に理解できないか(身体の抵抗力や夢のように)、まったくあいまいである(超常現象のように)。

c.それらはひんぱんに日常茶飯事的に生じ、本質的に人間に普遍的なものである。

d.潜在的には意識に影響されるが、その源は意識的な意志の外にあり、意思決定のちからはおよばない。



一般には別々に思われているが、これらの共通点は、それがひとつの現象のさまざまな現れであることを示している、と私は感ずるようになった。意識の外に発する強い力が、人間の精神的成長を培う。何百年、いや何千年ものあいだ。意識の外に発する強い力が、人間の精神的成長を培う。何百年、いや何千年ものあいだ、免疫グロブリン、夢見の状態、無意識などと科学的に概念化される以前から、宗教家はつねにこの力に気づいており、それを恩寵と名づけていた。そしてこれを讃えて「何という恩寵、その甘美な響き……」と歌ったのである。

この、人間の意識の外から来る強い力について、われわれ ―適当に懐疑的で、科学的な心をもっている― は何をなすべきなのだろうか。この力に触れることはできない。測定するしかるべき方法もない。しかしそれは存在する。現実なのである。そこでわれわれは、それが伝統的な科学的概念に容易にあてはまらないからと、無視すべきなのだろうか。それは危険なことと私は思う。恩寵という現象を考えに入れることなしに、宇宙およびそのなかの人間の位置、したがって人類の性質を理解することなど望むべくもない、と考える。






それにしても個人としてかつ種としてのわれわれに、内なる無気力という自然な抵抗に逆らって成長することを促す、この力は何なのか。すでに名はつけてある。それが愛である。愛は「自分自身と他者の精神的成長を養うため、おのれを広げようとする意思」として定義されてきた。われわれが成長するのはそのために努力するからであり、努力するのは自分を愛するからである。われわれが自分を向上させるのは愛によってである。他者が向上するのを助けるのは、他者を愛することを通してである。愛すること、おのれを広げてゆくことこそ、進化の行為である。それはまさに進みつつある進化なのである。あらゆる生命体に存在する進化の力は、人間においては愛として顕れる。人間の本性のなかで、愛はエントロピーの自然な法則にあらがう奇跡の力なのである。









人々の愛する能力、したがって成長への意志は、幼少時の親の愛のみならず、一生を通じての恩寵、神の愛、によっても培われる、と私は信じるようになり、それを示そうと努めてきた。これは彼らの意識外の強い力で、無意識の働きや両親以外の愛のある人の働き、さらにわれわれの理解していない別の方法で作用する。人々が愛のない養育のトラウマを超え、人間進化の尺度でははるかに親のレベルをこえる、愛のある人間になるのは恩寵のゆえである。それではなぜ限られた人が精神的に成長し、養育環境を超えて進化するのか。私は、恩寵はあらゆる人に与えられており、われわれはみんな神の愛に包まれ、誰しもが同じように気高い、と信じている。だから私にできる唯一の答えは、ほとんどの人が恩寵の招きを気にとめようとせず、その助けを拒んでいる、ということである。私は、「招かれる人は多いが、選ばれる人は少ないのだ」というキリストの言葉を、「われわれのすべては、恩寵によって恩寵へと招かれている、しかもほとんどの人がその招きに耳を傾けようとしない」という意味に解釈したい。

そこで問題は、「なぜ一握りの人しか恩寵の招きに気をとめようとしないのか」である。なぜわれわれのほとんどは実際恩寵に抵抗するのだろう。以前、恩寵が何かしら無意識にわれわれを病から守ることを述べた。では、ほとんどそれと同じようにどうして健康に抵抗するのだろう。この疑問の答えはすでに出ている。それが怠惰、われわれみんなが呪われているエントロピーという原罪である。恩寵に人間進化の階段をわれわれに登らせる窮極の力があるように、その力にあらがって、ぬくぬくと現状に甘んじさらに存在の厳しさを徐々に失わせさえしようとするのが、エントロピーである。





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「愛と心理療法」-「重力と恩寵」


「愛と心理療法」を読みつつ、そこでのエントロピーの説明のところで「重力と恩寵」と似てるんじゃないかと思ったので「重力と恩寵」を読みなおしてみた。



以前よりもちょっと理解できるようになった感じ。



愛すること、生きること 全訳『愛と心理療法』 -
愛すること、生きること 全訳『愛と心理療法』 -


重力と恩寵 (ちくま学芸文庫) -
重力と恩寵 (ちくま学芸文庫) -

重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄 (ちくま学芸文庫) -
重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄 (ちくま学芸文庫) -


「愛と心理療法」から「重力と恩寵」を連想したのは「恩寵」や「下降」のイメージがヴェイユの断片的なそれよりも分かりやすかったからで、今回そういうのを軸に読みなおしてみて以前より読みやすく思った。すくなくとも前半は。


カレー / 「愛と心理療法」-ヴェイユ / 銀杏|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/nb3c2ea2ce9b2

「人には恩寵に向かう契機が差し向けられてるのに対してほとんどの人はそれに背を向けている」「恩寵-セレンディピティを得られるのは苦しいことに向き合う回路と同じである」「そこには愛の回路がある」「愛とは、人が自分に閉じこもらず、自分の範囲を広げていくことである」「それはしばしば苦しみを伴う」「その苦しみを支えるために人の愛情がある」「親の愛が足りなくても、あとから人の愛に気づけるようになれば、恩寵は自然と訪れる」

「人はしばしばそういった回路から逃れる - 面倒臭がって/自分を守るために回路を開かないのは怠惰のエントロピーがあるからである」というのはヴェイユが言っていた重力と下降のイメージと同じようにおもった。ヴェイユの場合はこういった説明がなかったけど。


(「愛と心理療法」についてのメモ / 抜粋は次のエントリでするかもしれない)



「重力と恩寵」でだいたいは完全な理解とはいえないまでも連想とかイメージできるのだけど特にわからないなとおもったのは「遡創造」のところだった。


創造は愛の行為であり、絶えず繰り返されている。どんな瞬間においてもわれわれの生存は神のわれわれに対する愛である。しかし、神は自分自身しか愛することができない。われわれに対する愛は、われわれをとおして神自身に向けられた愛である。このように、われわれに存在を与える神は、わらわれの心のなかの、存在しないことへの同意を愛する。

われわれの生存は、われわれが存在しないことに同意するのを待つ神の意志によってのみ成り立っている。

神は絶えず繰り返して、われわれに与えたこの生存を物乞いしている。それを物乞いするために与えているのである。



この理路は「愛」の箇所にも通じる、


愛はわれわれの悲惨(ミザール)の一つのしるしである。神は自分自身しか愛することができない。われわれはなにかほかのものしか愛することができない。

神がわれわれを愛しているから神を愛すべきである、ということではない。神がわれわれを愛しているから、われわれは自分自身を愛さなければならないのである。この動機がなければ、どうして自分自身を愛することができよう。このようなまわりみちを経なければ、人間は自分自身を愛することができないのである。


もし私が目かくしをされ、両手を鎖で杖につながれたとしたら、その杖は私を事物からへだてはするが、それを媒介として私は事物をさぐり知ることができる。私は杖しか感じることができない。知覚の対象となるのはまわりの壁だけである。創られたものの愛の能力についても同じことがいえる。超本性的な愛は創られたものにしか触れず、神にしかおもむかない。神は創られたもののみを愛する(われわれにとっても、そのほかに愛すべきものがあるだろうか?)、ただし、それらを仲立ちとして愛するのである。すべての創られたものを、仲立ちとして、平等に愛しており、そのなかには神自身も含まれている。他人を自分自身のように愛するためには、一方では自分自身を他人のように愛することが必要である。




スコット・ペック的な理解では「人の愛は他者を理解するために自分(エゴ)を捨て、他者や世界といった自分にとってわからないものに向け自分を開示・理解・広げていくことである。それは苦しみを伴う。その苦しみを埋めるための初期段階では親などの愛情が必要になる。親の愛情が薄かった人はあとからこの訓練を行うために介助者の愛-理解が必要となる」ということで愛は苦しみに耐えるための資源(であり理解しようとする行為と結果)とされるわけだけど、ヴェイユのここでの記述はその定義・理解では混乱が生じてくる。


たぶん、ヴェイユのこの理路は「神は存在する・神はあまねくすべてのものを愛しているとするならばなぜわれわれの生活は苦しいままなのか?救われないのか?それは愛されてないということ、神は存在していないということなのではないか?」という問いに対する神の存在を前提とした理路なのだろうなあと思うのだけど。神学的な。なので神学の素養があるといいのかなあと思いつつ、「神はわれわれを通して見る」の部分からの連想から、高次元の存在としての神がわれわれの世界を「見る」ということについて、この辺りも関わってくるのかなあとか思った。


「目の見えない人は世界をどう見ているのか」「ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由」|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/ned2dda6dbb29


目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書) -
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目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書) -
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暗闇から世界が変わる ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンの挑戦 (講談社現代新書) -
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ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖 -
ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖 -



全体として、ヴェイユの「他人への期待を捨てること」「真空になること」という在り方は仏教における煩悩を捨てるうんたらと似てるなあとか。愛も煩悩の一つなので。そんなことをおもってたら仏教関連のものも読んでた記述があったけど。



連想ついでに言うとヴェイユのこういう在り方というのは宮沢賢治の「春と修羅」なんかも想ったり、トリアーの描く女性像を想ったり。



ラース・フォン・トリアー、2013、「ニンフォマニアック」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/425284729.html


「ニンフォマニアック」補遺: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/425456769.html



タルコフスキーなんかも関連でおもうけど、こっちは自分的にはまだはっきりとはフィットしない(トリアーのほうがわかりやすい)。ただ、色や質感、空気感とか温度的にはこの辺なんだろうなあとか思う。


ノスタルジア|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n49dd5dc2aae0


TSUTAYAでタルコフスキー / ホヤ・鯛|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n5ffc929ca6ea





まあでもそのうち経験とか思いがたまれば感じ方も変わるのかなあとか。「重力と恩寵」も同様に。


そういう意味だと棚に置いてても良い本なのかもしれない。



























--

M・スコット・ペック、1983、「平気でうそをつく人たち PEOPLE OF THE LIE」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/427158508.html




今村純子、「シモーヌ・ヴェイユの詩学」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/412506991.html

posted by m_um_u at 06:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2015年10月15日

「恋愛とセックスの経済学」 / 「家父長制と資本制」



読んでしばらくしてから「なんでこれ読もうと思ったんだっけなあ。。( ^ω^)・・・あ、ジャレド・ダイアモンドのセックス本が思ったより予約集中しててすぐ読めなそうだったからこっちにしたのか」て気づいたのだけど



文庫 人間の性はなぜ奇妙に進化したのか (草思社文庫) -
文庫 人間の性はなぜ奇妙に進化したのか (草思社文庫) -

人間の性はなぜ奇妙に進化したのか -
人間の性はなぜ奇妙に進化したのか -

セックスはなぜ楽しいか (サイエンス・マスターズ) -
セックスはなぜ楽しいか (サイエンス・マスターズ) -



そう思ったのは今回紹介する本がおもったより面白くなかったからで、、まあそういうと紹介される人も読む気が失せるだろうからなんだろけど、単に自分が期待してたものに対して合わなかったからでこういうのを必要としてる時とか、必要とする人には良いのかなあとか。それとは別にダイアモンドの思い出したのでそのうち読むけど。






セックスと恋愛の経済学: 超名門ブリティッシュ・コロンビア大学講師の人気授業 -
セックスと恋愛の経済学: 超名門ブリティッシュ・コロンビア大学講師の人気授業 -


セックスと恋愛の経済学―超名門ブリティッシュ・コロンビア大学講師の人気授業 -
セックスと恋愛の経済学―超名門ブリティッシュ・コロンビア大学講師の人気授業 -




この本は恋愛とセックスの、というか主にセックスを中心とした男女の付き合いを経済学的に考察したらどうなるか?という視点で描かれたエッセイぽいものになってる。経済学的にていうか、そんなに本格的に経済学してるってほどでもなく、経済学に使われるような統計データとそれに基づいたちょっと経済学的概念を使った考え、みたいなの。まあ「ヤヴァい経済学」系の流れなのかなあ。


なので、ふだん一定の価値観が先行しやすい性愛領域を経済学的な効率性・合理性からスパっと見るときにはわかりやすい。


てか、自分的にこういう考えが基本になってるとこもあるので、人に説明するときに便利だなあとかおもった。


例をあげてくとキリがないので、そのなかで印象に残った箇所を以下抜粋。


これなんかはこの本の考え方をあらわした代表的なものだし、自分も似たようなこといったことある(←ナノデモテナイ)




経済学に基づいた全く新しい結婚の誓い:

新郎:
「私は彼女との契約を結ぶことに同意します。それは私たちの結婚生活にわたって有効です。私は確かに新婦よりはるかに質の高い他の女性たちに出会いましたが、彼女たちは私に飽き足りなかったために、あなたとの結婚に至ったことを受け入れます。あなたは学歴と収入の点で私の希望を欠いていますが、そのぶんは若さと外見的魅力で埋め合わせてあまりあります。そして私は、このトレードオフはあなたを妻として選ぶには充分なものと誓います。わたしは誠実であるおkとを誓います。あなたの魅力は加齢とともに不可避的に低下するものであり、相手を探すことは低コストなのでいずれ新たな妻を求める動機になるにもかかわらずです。私は良い家庭を築くという共同の目標に向かってあなたと家事を分担することを誓います。また私たちの世帯の将来の収入に対するあなたの期待を満たすため、自らの人的資本を投入し続けることを誓います。あまり合理的ではないかもしれませんが、私は子供たちと資産ポートフォリオに投資することを誓います。あたかも、死が私たちを分かつ時まで私たち家族が一緒であることを期待するがごとく」



新婦:
「私は彼との契約を結ぶことに同意します。それは私たちの結婚生活にわたって有効です。私は確かに新郎よりはるかに質の高い他の男性たちに出会いましたが、彼らは私に飽き足りなかったために、あなたとの結婚に至ったことを受け入れます。あなたは身長と容姿の点で私の希望を欠いていますが、その分は学歴と職業選択で埋め合わせてあまりあります。そして私は、このトレードオフはあなたを夫として選ぶには充分なものと誓います。私は私たちの結婚生活で生まれるどの子供についても生物学的にあなたの子供であることを誓います。たとえ、よりすぐれた遺伝的資質を与えてくれる他の男性に短期間目移りすることは確実でもです。また子供たちの人的資源を育むために、自らの人的資本を犠牲にすることを誓います。あなたが家庭の幸福のために必要な資源を十分に持ちよってくれることがわかっているからです。あまり合理的ではないかもしれませんが、私は敢えてリスクを取り、結婚生活と資産ポートフォリオに投資することを誓います。あたかも、死が私たちを分かつ時まで私たち家族が一緒であることを期待するがごとく」





上記のような合理性が共有されてれば特に男女差がどうとかいうこともないようにおもう。ちなみに本書において結婚のメリットというのは「子育てのため」「一緒に暮らすとその分節約されるから」みたいな感じだった。結婚、というか生活というのも規模の経済性みたいなのが働くのかな?(cf.カレーは大量に作ったほうがおいしいし安く済む)。




ついでに気になったちょっと気の利いたものとして「なぜ人は不倫するのか?」みたいなことについての経済学的な説明。

「なぜ不倫するのか?」な疑問というのは世間的には「不倫はイケない」みたいな倫理コードが内包されてるように思うんだけど、そういうのは別に単に期待費用から考えたもの。






不倫の期待費用:

人が伴侶を裏切るのは、そのメリットが期待費用を上回ると思うからです。裏切りの期待費用は次のように考えられます。

露見する確率 × 露見時の費用 = 裏切りの期待費用



田舎の専業主婦の不倫発覚率が30%、夫が離婚に踏み切る確率は50%、離婚に至った場合に彼女が被る経済的損失は10万ドル相当だっとしましょう。


0.30 × 0.50 × 100000 = 15000ドル


不倫のメリットは1万5000ドル以上でなければなりません。


これに対してキャリアウーマンの場合は不倫発覚率は外で仕事をしていて出張などもあるため、不倫発覚率はわずか5%、夫が離婚に踏み切る確率は50%、離婚に至った場合に彼女が被る経済的損失は5万ドル相当だったとしましょう。


0.05 × 0.50 × 50000 = 1250ドル


したがって彼女にとっての不倫のメリットは専業主婦の場合よりもはるかに低く、1250ドル相当のメリットが見いだせるなら良いわけです。





あとは単婚やポリアモリーの合理性についての経済学的考察、あるいはLGBTとして生きることの経済学的考察なんかもあったな(cf.同性愛者は社会保障が効きにくく一般社会に馴染みにくいため専門職につきやすく、貯蓄も(ヘテロの意味での)一般人より多い)。




「特に男女差がどうとかいうこともない」つながりでいうと最近「家父長制と資本制」を読んで似たような結論に至った。


「家父長制と資本制」雑感|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n046419efe247

そういうのを考えると、フェミニズムの問題で女性固有の問題としてうんたら言うよりも労働問題としてやっていったほうが雑味がなくていいのかなあとか思ったりする。フェミニズム-女性固有の問題としてやっていくと自己言及的になってけっきょくは「女性以外の人にはわからないんですよ!」みたいな結論になりがちなので。事態の進展は労働・就労条件の改善によって進んでるわけだし。


そういうわけで自分としてはこの部分の地味なギロンのお勉強としては労働、あるいは、家族に関わる歴史・制度などについて学んでいくことかなあとか思ってる。





日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか -
日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか -




仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -


仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -

筒井淳也『仕事と家族』(中公新書) 8点 : 山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期
http://blog.livedoor.jp/yamasitayu/archives/52106679.html




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2015年10月03日

M・スコット・ペック、1983、「平気でうそをつく人たち PEOPLE OF THE LIE」




文庫 平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫) -
文庫 平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫) -


最近の一連のあれでちょっと辟易したから読もうと思ったのか、それとも「あ、そういやこれ読もうと思ってたけど忘れてたな読もう」てことでこっちを先に読んでたのかわすれたけど、最近の一連のあれと読んでいたこれがリンクして、というかネットにおけるみょーに祭りをする人たちの問題とこの辺がリンクして自分的にはけっこう有益な読書体験だった。


「邪悪」に背を向ける|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n4a9c37426e0e



人に対して邪悪であるというのはビミョーな感じで、「そこまで強い言葉を発しなくても良い(切断しなくても良い)」「そういう自分が邪悪かも」というのはあるんだけど、世の中にはある程度見切りを付けないとズルズルと悪い方向にすがってくる人たちというのがいるので。あるいは自分がそういう人たちに関心をもっても時間の無駄なのでさっさと切ったほうが良いみたいなの。


彼らが邪悪なのではなくそう言ってる自分が邪悪なのかもしれないけど。すくなくとも自分はそのように反省ができる。
でも、こういった倫理というか誠実さ?の突き詰めみたいなのは人によってはモラルに対するハラスメントにも感じるのかもしれない。自分は単に他人にそれをむけてるだけではなく自分自身に向けてるものだからふつーのことなんだけど。まあそういうので(∩゚д゚)アーアーききたくなーいてやる人たちはけっこういるだろうなとおもうし、そのぐらいで邪悪というのもどうかなってのもあるけど。人におけるだいたいの悪か正義かみたいなのははっきりと定常的なものではなく、それぞれがそれぞれの情況や問題の中で正 / 悪の位置がちがったり、悪と善の中間 - 連続体にあったりするので。

とりあえず、自分たちの正義とか正しさみたいなのは喧伝しつつ他人を貶めてばかりの人たちの醜さ、あるいは彼らが信じる雑味のある倫理観にはすこしイラッと来る / 無駄に時間をとられるのでみないことにした。
どうせ自分が声を上げても(∩゚д゚)きこえなーいようだし、だったらもうちょっと直接に語りかければどうか?というとモラハラにとられるのかもだし。まあそこまでコミットすることでもないので。






では、そこで挙げられる「邪悪」あるいは「悪にある人たち」の定義や特徴、その定義の範囲の限界とはなんなのか?そういうのが定まってないと無制限に自分の恣意で気に入らなければ「邪悪」て決めつけることになりかねない。


そうおもったので本書で挙げられていた邪悪の定義・特徴に関わると思うところを自分なりに抜書きしてみた。

そういうわけでこのエントリはその定義・引用のメモ的な性格を主とする。あとで自分で見返したりもしたいので。


加えていうと本書の内容は「うそをつくひとたち」というよりは「悪」や「邪悪」というものを精神医学的に定義しようとする試みだった。そういうのは精神医学の対象になりえるのか?(倫理学なんかの対象ではないか?)てとこなんだけど、臨床だとそういうひとたちがちょこちょこ訪れて大変ということもあるようで定義の必要性を感じたらしい。いわゆるサイコパスとかそういうのだろけど、そこまでいかなくてもアレゲなひとたちとか。

そういう人達に対するアプローチは民俗学とか社会学的に「観察」→「とりあえず腑分け / 整理」というのもあるのだろうけど

ネットで他人を血祭りにあげる人々|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/ne4255b3d37d8



あと、本書で挙げられているひとたちの事例としていわゆる毒親的な問題や共依存(心理学的には「共生」)としてもあった。そこでは相手を人間・人格的に無脳にして支配しようとする関係があるので。





では、以下は邪悪についての引用をメインに。









悪は殺しと関係があると言ったが、これは肉体的な殺しだけを言っているのではない。悪は精神を殺すものである。生 ――特に人間の生―― には不可欠の特性がいろいろとある。意識、可動性、近く、成長、自律性、意志といったものがそれである。肉体を破壊することなく、こうした特性のひとつを殺す、あるいは殺そうとすることもできる。したがって、われわれは、たてがみ一本傷つけることなく馬を「破壊」することもできれば、髪の毛一本傷つけることなく子供を「破壊」することすらある。エリッヒ・フロムはこの事実を鋭くついている。フロムは「屍姦症」の定義を拡大して、他人を支配したいというある種の人間の欲望―他人を支配可能なものにし、その人間の他社依存性を助長し、自分自身で考える能力を弱め、その人間の独自性および独創性を減じ、その人間を制御可能な状態に抑え込んでおきたい、という欲望をもこれに含めている。フロムは、その著 The Heart of Man: Its Genius and Evil(「悪について」)のなかで、「生を愛する」人間、つまり、生の姿の多様性と個人のユニーク性を尊重しこれを育成する人間と区別して、「屍姦症的性格」というタイプを論証している。この種の性格の人間が求めていることは、他人を従順な自動機械に変えることによって人生の不都合を回避し、他人から人間性を奪うことである。

したがって悪とは、とりあえず、人間の内部または外部に住みついている力であって、生命または生気を殺そうとするものである、ということができる。また、善とはこれと反対のものである。善は、生命と生気を促進するものである。






私が邪悪と呼んでいる人たちの最も特徴的な行動としてあげられるのが、他人をスケープゴートにする、つまり、他人に罪を転嫁することである。自分は非難の対象外だと考えている彼らは、だれであろうと自分に近づいてくる人間を激しく攻撃する。彼らは、完全性という自己像を守るために、他人を犠牲にするのである。

スケープゴーティング、つまり罪の転嫁は、精神医学者が「投影」と呼んでいるメカニズムによって生じるものである。邪悪な人間は、自分には欠点がないと深く信じ込んでいるために、世の中の人と衝突したときには、きまって、世の中の人達が間違っているためそうした衝突が起こるのだと考える。自分の悪を否定しなければならないのであるから、他人を悪と見なさざるをえないのである。自分の悪を世の中に投影するのである。

したがって悪とは、他人をスケープゴートにするために最も頻繁に行われるものである。




邪悪性とは、自分自身の病める自我の統合性を防衛し保持するために、他人の精神的成長を破壊する力を振るうことである、定義することができる。簡単に言えば、これは他人をスケープゴートにすることである。われわれが他人をスケープゴートにするときは、その対象となる相手は強い人間ではなく弱い相手である。邪悪な人間が自分の力を乱用するには、まず、乱用すべき力を持っていなければならない。この支配関係として最も一般的に見られるのが、親の子供にたいする関係である。子供というものは弱く、無防備で、しかも親との関係に縛られている。彼らは親に隷属すべく生まれてきたのである。したがって、邪悪性の犠牲になるのは、その大半がボビーやロージャーのような子供だということも、べつに驚くべきことではない。彼ら子供には逃げだすだけの自由もなければ、その力もない。




邪悪性とは罪の意識の欠如から生じるものではなく、罪の意識から逃れようとする気持ちから生じるものである。

「愛と心理療法」のなかえ私は、精神の病の根底には怠惰、つまり「当然の苦しみ」を逃れたいという欲求があると書いたが、ここで問題にしていることもまた、怠惰の回避、苦痛からの逃避である。もっとも、邪悪な人たちというのは、一般的な意味での苦痛からの逃避者、つまり怠惰な人間ではない。それどころか彼らは、ご立派な体面や世間的を獲得し維持するためには人並み以上に努力し、奮闘する傾向もある。地位や威信を得るためであれば、大きな困難にも甘んじ、熱意を持って困難に取り組むことすらある。彼らに耐えることのできない特殊な苦痛はただひとつ、自分自身の良心の苦痛、自分自身の罪の深さや不完全性を認識することの苦痛である。

自省に伴う特有の苦痛を避けるためにはあらゆることをやってのける彼らが、心理療法を受けようとするなど、通常の状況のもとではまず考えられないことである。









自己愛(ナルシシズム)はさまざまなかたちをとるものである。なかには正常なものとされているものもあれば、幼児期には正常とされるが成人の場合には正常でないとされるものもある。また、ほかとくらべて著しく病的なものもある。ナルシシズムの問題は、重要な問題であると同時に、複雑な問題でもある。もっとも、本書は、このナルシシズムの問題のすべてを等しく検討の対象とすることを目的とするものではない。したがって、エリッヒ・フロムが「悪性のナルシシズム」と呼んでいる、ある種の病的ナルシシズムの問題に話を進めたい。

悪性のナルシシズムの特徴としてあげられるのが、屈服することのない意志である。精神的に健全な大人であれば、それが神であれ、真理であれ、愛であれ、あるいはほかのかたちの理想であれ、自分よりも高いものになんらかのかたちで屈服するものである。健全な大人であれば、自分が真実であってほしいと望んでいるものになんらかのかたちで屈服するものである。健全な大人であれば、自分が真実であってほしいと望んでいるものではなく、真実であるものを信じる。自分の愛する者が必要としているものが、自分自身の満足よりも重要だと考える。要するに、精神的に健全な人は、程度の差こそあれ、自分自身の良心の要求するものに従うものである。ところが、邪悪な人たちはそうはしない。自分の罪悪感と自分の意志とが衝突したときには、敗退するのは罪悪感であり、勝ちを占めるのが自分の意志である。

邪悪な人たちの異常な意志の強さは驚くほどである。彼らは、頑として自分の道を歩む強力な意志を持った男であり女である。彼らが他人を支配しようとするそのやり方には、驚くべき力がある。




私自身の見方に従えば、自由意志の問題は、偉大な真理の多くがそうであるように、ひとつのパラドックスである。一方では自由意志というひとつの真実がある。われわれは、陳腐な「教義」や条件付けその他の多くの要因なしに、自由に選択することができる。その一方では、われわれには自由を選ぶことができない。そこにはふたつの状態があるのみである。この服従の拒否こそが、とりもなおさず、人間を悪魔の力に隷属させるものである。結局のところ、われわれは神か悪魔のいずれかに帰依しなければならない。私は、善にも、また完全な利己心にもとらわれることなく、神と悪魔のまさに中間にある状態が真の自由な状態ではないかと考えている。しかし、この自由はばらばらに分断される。これは耐えることのできないことである。われわれは、いずれに隷属するかを選ばなければならないのである。





「いいですか。私が最も驚いたのは、お二人が、ご自身が治療を必要としていることを認めるくらいなら、ご自分の息子さんが不治の病を持っていると信じるほうがましだと考えておられる、つまり、息子さんを抹殺してしまいたいと考えておられるようにみえることです」





邪悪な人たちのナルシシズムは、この共感の能力を全面的に、あるいは部分的に欠いていると思われるほど徹底したものである。アンジェラの母親は、自分の娘が髪をブロンドに染めるのをいやがっているのではないか、といったことを考えてみようともしなかったことは明らかである。ボビーの両親も、兄が自殺に使った凶器をクリスマス・プレゼントとして弟に贈った場合、その弟がどういう気持ちになるか考えてみようともしなかった。同様にヒトラーもガス室に送り込まれるユダヤ人の気持ちなど考えてみようともしなかった、ということが想像できる。

こう考えると、彼らのナルシシズムは、それが他人をスケープゴートにする動機になるというだけでなく、他人にたいする共感や他人を尊重する気持ちからくる抑制力を奪うという意味からも、危険なものである。邪悪な人たちのナルシシズムは、彼らが自分のナルシシズムに捧げるためのいけにえを必要としているという事実に加えて、自分のいけにえになる相手の人間性をも無視させるものとなる。ナルシシズムが彼らの殺人の動機となるだけでなく、殺しという行為にたいする彼らの感覚を鈍らせてしまうのである。ナルシシストの他人にたいする無神経さは、共感の欠如異常のものにすらなりうる。ナルシシストは他人を「見る」ことすらまったくできなくなることがある。




邪悪な人間は、つねに、自分たちの動機をうそで覆うものである。

R夫妻の私とのやりとりを注意深く読んだ読者には、彼らが数多くのうそをついていることがわかるはずである。ここにもまた、驚くべき定常性が見られる。これは、彼らが一つか二つのうそをついていたという問題ではない。ロージャーの両親は、くりかえし、また、常習的にうそをついている。彼らは「虚偽の人々」である。そのうそは、あからさまなものではない。訴えられて裁判にかけられるような種類のうそではない。しかし、そのうそは、いたるところに見られるのである。そもそも、彼ら私に会いにきたことが、ひとつのうそだったのである。

彼らがロージャーのことを本心から心配していなかったのならば、また、私の助言などほんとうは必要としていなかったのならば、なぜ私の診断を求めたのだろうか。その答えは、それが彼らの、うわべをとりつくろうやり方のひとつだったからである。彼らは、ロージャーを救おうとしているかのように見せかけていた。いずれの場合も学校からそうするように言われたものであり、それにたいしてなんらかの対応を見せなければ、いいかげんな親だと見られてしまう。「息子さんを精神科医に診せたんでしょうね」ときかれたときに困るからである。









精神医学は、私が邪悪性と呼ぶものを包含する、これまでとは違った新しいタイプの人格障害を認識すべきときが来ていると私は考えている。自己の責任の放棄はあらゆる人格障害の特徴となっているものであるが、これに加えて、邪悪性はとくに次のような特性によって識別できる。

(a) 定常的な破壊的、責任転嫁行動、ただしこれは、多くの場合、極めて隠微なかたちをとる。

(b) 通常は表面に現れないが、批判その他のかたちで加えられる自己愛の損傷にたいして過剰な拒否反応を示す。

(c) 立派な体面や自己像に強い関心を抱く。これはライフスタイルの安定に貢献しているものであるが、一方ではこれが、憎しみの感性あるいは執念深い報復的動機を隠す見せかけにも貢献している。

(d) 知的な偏屈性。これには、ストレスを受けた時の軽度の精神分裂症的思考の混乱が伴う。








あらゆる人間の悪の根源が怠惰とナルシシズムにある、ということが子供たちに教えられるようになることを私は夢見ている。人間一人ひとりが聖なる重要性を持った存在である、ということを子供たちに教えるべきである。集団のなかの個人は自分の倫理的判断力を指導者に奪われがちになるが、われわれはこうしたことに抵抗しなければならない、ということを子供たちに教えるべきである。自分に怠惰なところはないか、ナルシシズムはないかと絶えず自省し、それによって自己浄化を行うことが人間一人ひとりの責任だということを、子供たちが最終的に学ぶようにするべきである。この個人の浄化は、個々の人間の魂の救済のために必要なだけでなく、世界の救済にも必要なものである。






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そのうち chromecast も買おかなあ。。


GooglePlayMusic(以下めんどいのでGPM)をはじめたのもあってついったのTLでちらっとchromecastの話題をチラッとみたら意識されて「もしかしてchromecastつかうとGPMもテレビで流せるの?」て調べたらやっぱそうだった。






Wi-Fiの帯域に注意だけどたぶんいま使ってるのでおkそう。だとすると5000円ぐらいで少なくともテレビからGPMとラジオが聞けるぽい。うちのラジオは不安定なのでこういうのはちょっと便利。あとDOMMUNEとかも。PCだと遅くてなかなか見れなかったけど購入すると機会高まりそう。

ほかにコンテンツというと無料なデフォだとYouTubeとかニコ動とかになるのだろうけど、そういうのはなんかおもろいのが引っかかってくるチャンネル/アンテナを設定しとけばいいのか。自分的に。

もしくは月額定額1000円ぐらい払って見放題のサービスにひとつ入る感じぽい。huluかNetfix。

映像コンテンツについてはテレビに録画してるもの+たまに借りてくるDVDな現状でも可処分時間がそんなに振り分けられてないのでいまのところそんなに魅力を感じないのだけど、過去の連ドラとかアニメ、海外ドキュメンタリーを見るのには良いのだろう。まあそのうち検討ぐらいで。


てか、自分的にはマンガの低額定額見放題があると良いのだけどそれはいまのところこれといったのがないぽい。


男性女性でも楽しめるおすすめお試し無料漫画と定額プラン料金の比較 | ネットでレンタル生活
http://sikakunowa.com/comic/

【電子書籍】無料/定額制 雑誌・漫画読み放題サービス一覧まとめ - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2135498323030672401


まあこれは近場のマンガが結構そろってるほうのTSUTAYAにちょこちょこ通う程度か。



こういうのって文化資本的なもののユニバーサルサービスということでもはや現代の図書館的な課題になってると思うんだけど図書館はこういうのタッチできないのだよなあ。。てか、CCC-TSUTAYAと図書館な戦争関連だとこのへんがむしろ hack されないかなあとか。案外TSUTAYAもそういう未来を見越してこの辺参入してきてるのかもしれない。たんなる不良在庫のゴミ捨て場として利用ってだけでもなく。



ところで chromecast 、Amazonからは買えなくなってやんのね


アマゾン、「Apple TV」「Google Chromecast」を販売禁止に--「Prime Video」に関連しての措置 - CNET Japan
http://japan.cnet.com/news/service/35071333/

値段的には一本歯下駄と同じなのでこれ買うならそっちを先に買わなきゃだけど(あとコーヒーミルとか)






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「特別」を買い与える(すこし)|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/nc55f0e310747








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2015年09月18日

ガッチャマンクラウズInsight




安保改正法案可決うんたらをめぐって賛成/反対なあれでけっこうかしましい世の中の情況で、それ自体についてついったなんかだと愚痴的に言ってるんだけどブログするのは野暮な感じで、んでもそれと並行するように今季のガッチャマンクラウズがテーマとしてリンクしてるなあとか思って見てる。










「ガッチャマンクラウズInsight」は前作の「ガッチャマンクラウズ」の続編で、簡単に言うと「ガッチャマン」て冠はしてるけどガッチャマンそのものとはあまり関係なく、いちおガッチャマンてことでヒーロー的な能力をもったヒーローが主題な話になってる。

前作では、前半部は主に昨今のヒーローもののテーマ - 描き方を踏襲したヒーローであることの葛藤や内面を描くというものだった。つまり「ヒーローズ」(未見)とか「タイガー・アンド・バニー」的な2000年代ヒーローの描写。そこから出てきた「ヒーローであることはみんな(クラウド)で受け持つ」といったテーマが後半部で、その詳細が今作に継がれている。


ガッチャマンクラウズにはいくつかの歴代ヒーローのステレオタイプ的なものがキャラクターされていて、それぞれのヒーローがそれぞれの時代と世界を守ってきたのだけど、一人のヒーローの力では世界を、あるいは社会を支えきれなくなったところで新時代のヒーロー(ヒロイン)が要請される。それが主人公である一ノ瀬はじめなわけだけど。ほかのヒーローたち(特に清音くんとか)が熱血正義ヒーローしてたのに対してはじめちゃんはそういうものが最初からない。なので「ヒーローの資格がないのではないか?」と疑われていたけど…。


フロム的愛の体現者としの一ノ瀬はじめ ――ガッチャマンクラウズ感想 - メモ帳
http://espresson.hatenablog.com/entry/2015/07/10/204830



ベルクカッツェというのはモロに2ちゃんねる的な悪意の体現で、そういった悪意もはじめちゃんは自分の内部に受容していく。ちなみにベルク・カッツェというのは「ガッチャマンクラウズ」において最初は謎の勢力とされた爾乃美家累(にのみやるい)とX(エックス)の対立軸として設定されたものだった。あるいはその逆にカッツェ的な悪に対抗するための新たなヒーローとしてガッチャマンたちとは独立に組織されたのがにのみやるいとクラウズだった。メタファー的なことをいうと、従来型のヒーロー像というのがひとりの、あるいは少数のカリスマに頼った寡頭政治だとすると、にのみやるいが目指したものはより民主的なガバナンスだった。でも、そこにおける正義をにのみやるい(とエックスというスーパーマシン)が決めるというところで矛盾をはらんでいたわけだけど。ベルク・カッツェというのはそういったヒーローたちが立ち向かうべき課題のメタファーだった。そして「倒すべき敵」≠「根絶すべき敵」とされてきたそれを最終的に新時代のヒロインである一ノ瀬はじめは受容し、自らの内部にとどめていった。そこで倒す/根絶することによって新たな敵が生まれるだけなので。



前作はそういうところでちょっと常人離れしたはじめちゃんに頼りすぎてる感があった。いくら「クラウドで」といっても最終的にははじめちゃんという超人的包容力をもった個性の登場 / 誕生に依らなければならないのでは?、それが前作の課題として残ってたのだと想う。



前作についても今作についても詳しく語ろうとするとメンドクサイので端折るけど


ガッチャマンクラウズ カテゴリーの記事一覧 - メモ帳




前作は最後に「ヒーローであること」「社会を守ること」がICTを通じて「みんなで守る」に接続され、スマホを通じた直接民主制の実験が展開されていた。首相も直ぐにスマホ選挙で選べ、ヒーローへの賛成/反対も同様にスマホ民意で反映される。民意がすぐに社会に反映されていく。ただ、それも非常時だったからというのもあり継続してそのような体制で社会が回るのか?という課題が残った。



今作はそういった課題をもうちょっと詳しくほり込んでいったもののように想う。



クラウド民主主義を全体の課題としつつ、前半部ではにのみやるいとエックスの体制の影の部分のオルタナとしてリズムくんと赤いクラウズの集団が結成(ネットワーク)される。彼らがやってるのは暴力でもって意志を通すやり方で、ここでるいくんのやっていたことが社会主義あるいは共産主義的な夢だったのだなあと逆に気付かされる。リズムくんのほうはその中でもよりラディカル?な暴力を中心とした無政府主義。リズムくんは「人類は暴力を中心としたサルである」と説き、るいくんのような「みんなの善意で」的なやり方を否定する。暴力と一人のカリスマに依る社会の牽引と統制。りずむくんとの対話は、途中でツバサちゃんやサドラの救け(横槍)が入ったものの、それが入らなければけっきょくるいくんの敗北で終わる。そしてリズムくん的な思想はとりあえず保留され、ガバナンスの次のモデルにバトンが受け継がれていく。



サドラとツバサの体制はクラウド型民主主義を宇宙人的特殊能力でより直接的に反映したものとなっていく。そこでは「みんなの思いは良い方向に向かう」「ひとつになれば良い方向に向かう」が基本となるのだけど、結果的にそこでも矛盾が生じることが描かれていく。


ガッチャマンクラウズ インサイト 第10話 「意志を持たず流されるままに暴走する『畜群』に立ち向かう、『貴族』のガッチャマン」 - メモ帳
http://espresson.hatenablog.com/entry/2015/09/13/193945



人間はアリとは違う知能や個性をもった社会性動物なので、「一つになる」「みんな同じでみんないい」というのはマイノリティ的な違った考えを持ってる人たちへの抑圧を生み出していく。いわゆる「空気」的なものとして。あるいは権力。


同じ宇宙人でより凶悪に思えたベルク・カッツェがサドラのことを恐れていたのはそういった善意に装った空気の胡散臭さと力を恐れていたということになる。新興宗教的洗脳のような。


10話ではそういった空気の正体が明かされ、ようやくにして今作のヒロイン?として設定されたツバサちゃんがガッチャマンの力に目覚める。


それまでみんなの善意を信じサドラと行動をともにしていたツバサちゃんが自分とサドラが良かれと思って生み出していたのが「空気」というバケモノだったことに気づき凹んでいた時、いつものようにゆる爺はゆる体操をすすめる。「もっとゆるくなれ  もっと中の物を吐き出せ」というゆる体操の真髄は、特定の言葉や思想、イデオロギーを先行に考えるのではなく、もっとゆるく自由に風を感じてはばたけというメッセージだったのかなあと想わせる。ツバサという名前も、彼女のガッチャマンとしてのギミックもそれを暗示させる。リラックスしてゆるくなってなければ良い風は感じられない。



結果的に「善意」な「空気」に基づいた「みんな」の統治はリセットされ、凍結されていたリズムくん(暴力を中心とした無政府主義、あるいは原始共産主義)な課題がふたたび登場する。




こうやって言語化してキャラの性格と意味付けを再検討していくと、今作でツバサちゃんというキャラをあらたに設定したのはこういった課題に対してどのように作用するのか?いろいろ想像出来て良い。


いまのところは「はじめちゃんというあまりにも一般人離れした菩薩的なキャラよりももう少し等身大の女の子を設定した」「このコも従来のヒーロー / ヒロイン的なものに比べて「自由」な気風がある」というところだけど。





今作を見つつ日本の現状のリアル政治-社会関係を想い、「民主主義におけるマイノリティ的なものはどちらなのか?」「民主主義とは何か?」「その落とし所はどの辺りなのか?」「自分は特定の思想に凝り固まってないか?」とか反省してみるのも良いかも。





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2015年08月29日

遠藤哲夫、2013、「大衆めし 激動の戦後史」


前回のエントリに続き「日本の食事の変化」みたいな関心から、「家庭の食事の変化っていったらそういやこれ読もうと思ってたなあ」ということで読んでみた。


大衆めし 激動の戦後史: 「いいモノ」食ってりゃ幸せか? (ちくま新書) -
大衆めし 激動の戦後史: 「いいモノ」食ってりゃ幸せか? (ちくま新書) -



『大衆めし 激動の戦後史』にいただいた、お声、その4。南陀楼綾繁と木村衣有子の評: ザ大衆食つまみぐい
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2013/12/4-2086.html

南陀楼さんは、本書に述べられている、70年代にどう工業社会型の食生活が訪れたか、その揺り返しのように21世紀に入ると叫ばれた「食育」や「スローフード」などの安全志向を、例によって的確に要約したのち、こう述べる。

「しかし著者は「便利な食」と「安全な食」のどちらが正しいと決めつけることはしない。それよりも、生活の中の料理とは何かを考え、「ありふれたものをおいしく食べる」という食の基本に立ち返ることを提唱する」

ここは、どちらが正しいか結論めいたことを書かないように、おれが最も気を使ったことなのだ。いやあ、さすが、南陀楼さんは大事なポイントをはずさないと思った。

「食の混乱」がいわれるが、「混乱」というより「多様化」であり、多様化の中では、二者択一ではなく、それぞれが自分の生活の現実から考える。そういうそれぞれをお互いに尊重しあう。「うまい、まずい」をこえて、「自分の美味」を持つこと。それが本書の「立場」なのだ。




前回の阿古真理さんのそれがスローフードとかカフェ飯的なものによりがちな結論だったのに対して遠藤さんの場合はあくまで「大衆食堂」「飯」にこだわってそういうシャレオツを退けてた感があった。まあでも否定するわけでもなく「けっきょくはTPO的にそのときうまいとおもえるものをうまく食べれれば良い」みたいな感じだったけど。

歴史的知識としては70年代以降に大衆食が変わり始めた経緯、あるいはそれ以降の代表的な大衆食の登場・変化などの文脈や当時の印象などが語られていておもしろい。

たとえば「なぜ70年代から変わったか?」といえば60年代に高速道路網が張り巡らされコールドチェーン(低温流通体系)が完成、これとモータリゼーションによって産地から遠いところでも新鮮な食物が味わえるようになった。これと同時にいわゆる「旬」は失われていくことになる。これは日本料理の意味、家庭料理との関係との変化にも関連していくのだろうけど後述。


コールドチェーンに加えて家庭用冷蔵庫も大きくなり、冷凍食品なども普及、キッチン環境も変化。これに加えて文化的憧れや政治経済的な貿易関係から家庭料理の洋食化が進んでいった。


こういった大衆食の変化の歴史語りと並行して「家庭料理の変化」ということを考える中で暗黙の前提とされていた「日本食=和食=家庭料理」についての考察が進められる。「日本食=和食=家庭料理」というか「日本食>和食>家庭料理」のような「家庭料理や大衆食堂の飯のようなものは料理としては下賤で、それと日本料理は違う。ほんとうの料理=日本料理ってのはなぁ」みたいな価値観に対して。料理人だった江原恵の唱える料理哲学を遠藤が受ける形で日本料理や和食、日本の家庭料理について語られていく。


庖丁文化論―日本料理の伝統と未来 (1974年) -
庖丁文化論―日本料理の伝統と未来 (1974年) -

食通以前 (1977年) -
食通以前 (1977年) -

まな板文化論―生活から見た料理 (1975年) -
まな板文化論―生活から見た料理 (1975年) -


それによると日本料理というのは「素材の味をできるだけそのまま活かすために加工をそれほど施さない料理」ということになる。それのポリシーは日本料理の代名詞的な「割烹」という言葉に集約される。「割烹」とは「割る」と「烹ずる」を表す。すなわち「包丁で切る」と「煮る」。ただ、「割烹」の中には「割主烹従」という言葉が前提とされるようで、「割 > 烹」すなわち包丁で切る技術が煮ることよりも重視される。日本食における料理の技術とは刺し身に代表されるように素材をできるだけ傷つけず、素材の味を活かし、その自然な風味を客に供す、ということになる。その際、「煮る」も素材がスープ状に煮崩れするまで煮るのではなく素材の風味を汁気に出しつつ、素材の食感や風味を残すに留める。割烹というのはもともとそういう意味らしいのだけど、ちなみにいうと割烹と料亭の違いというのは後者が芸者を招いて遊べるところ、前者は料理のみ楽しむところということらしい。日本料理というのはもともとそういう酒の席の食事ということでいわゆる「おかず」とは異なるものとされた。なので、たぶんこれに関連するおせち料理も酒の供ということを前提につくられおかずという感じでもない。

「素材の味をそのままに伝える」「必要最小限の味付けで」「切ることが最重要となる」ということで日本料理における切る技術、包丁の価値は高まった。

知らなかったのだけど包丁式というものがあるらしく、見ていると日本の古武術、抜刀術のそれを模してる感じだった。そこにおける文化とか伝統とかをなんかよくわからない価値観と因襲で固めたり守ったりしてる様子も。ちなみに神田川俊郎さんは包丁式四条流の免許皆伝な方なのだそうな。



小説 料理の鉄人〈4〉「道場六三郎対神田川一門」 (扶桑社文庫) -
小説 料理の鉄人〈4〉「道場六三郎対神田川一門」 (扶桑社文庫) -

日本料理法大全 (1965年) -
日本料理法大全 (1965年) -

日本料理法大全 -
日本料理法大全 -



日本料理が「素材の味を出来るだけそのままに」というような思想でつくられていったのは一説では「日本が外国に比べ旬の食材をすぐに味わえる環境にあったから(海、山が近く四季がある)」とされる。特に魚なんかはそんな感じだったのだろう。

しかし、であるがゆえに冷凍保存・輸送技術が発達していっていわゆる「旬」がそれほど意味をなさなくなっていくと「旬ってなんだっけ?」的な感じになっていった。いちお日本料理的価値観からそれは来ていたのだろうけど、元々どういう条件や文脈からそういった価値観が奉じられるようになったのか定かではなかったのでその価値だけが浮き、なんとなく「やっぱ旬のものは良いねえ」ぐらいで残っていった。日本料理についても。

まあもちろん冷凍技術・輸送技術が進んでも産地でとれたての旬のものの味にはかなわないところはあるのだけどとりあえず置く。





こういった「和食の頂点に立つちゃんとしたもの」とされつつも一部の人のみ愉しむ料理として家庭料理とは隔絶したところにあった日本料理に対して、70年代以降家庭料理は変化していった。70年代にはファミレス一号店が軒並みオープンしていって外食のあり方、家族の食事のあり方や内容も変化していった。





短くまとめるとこんな感じだけど、関連で読みたい本とかリンクがついてたのでメモ的に貼っておく。



男子厨房学(メンズ・クッキング)入門 (中公文庫) -
男子厨房学(メンズ・クッキング)入門 (中公文庫) -

男子厨房学(メンズクツキング)入門 (文春文庫 (322‐2)) -
男子厨房学(メンズクツキング)入門 (文春文庫 (322‐2)) -

料理の四面体 (中公文庫) -
料理の四面体 (中公文庫) -

「料理の四面体」について

この本の特徴は、簡単にいえば、「料理とはこういうものだ」という本質と原理を、構造的に、わかりやすく三角錐の四面体にまとめて見せたことだ。日本料理だろうが、西洋料理だろうが、中国料理、アフリカ料理、なんでもござれ、あらゆる料理に共通する料理の構造を解いて、きわめて理論的なのだが、それが三角錐の四面体なのでわかりやすい。

これがわかれば、レシピなどに頼らず、いろいろな料理がドンドンできる、料理が楽しくなる。ひとつひとの料理のコツをか覚えなくても、自分がつくりたい料理のコツがわかってしまう、魔法の四面体。


三角錐の四面体の角はそれぞれ「火」「油」「水」「空気」が設定されている。




料理というのは化学変化でありその知識の実践なわけだけど、基本的に料理の素材というのは人が味わう時に加熱すると旨味が増す。なので「火」によって焼いたりするわけだけどそこでの加減や方法によって焼き方も「グリル」「ロースト」「燻製」などに分かれていく。これに「水」を加える事で「茹でる」「煮る」などが可能となる。さらに「油」を加える事で「炒める」「揚げる」などの料理法が出てくる。

料理というのは基本的にこの4要素で成り立っており、料理法としてもその応用としての「焼く」「茹でる・煮る」「炒める・揚げる」ぐらいとなる。あとは味付け方法の違い。


「料理の四面体」ではそのへんを構造的、理論的に説いたようなのだけど「男子厨房学入門」ではそれをもうちょっと実践的にわかりやすくした実践書とのこと。


みんなの大衆めし (実用単行本) -
みんなの大衆めし (実用単行本) -

日本の大衆めし=代表的日本食をわかりやすくまとめたもので台湾で中国語に訳され販売もされてる、と。


あとはシノドスのこの特集とか読んどこ

リスクを決めるのは科学ではなく、社会だ / シンポジウム「みんなで決める安心のカタチ 〜 ポスト311の地産地消を目指して」 | SYNODOS -シノドス-
http://synodos.jp/fukkou/764

みんなで決めた「安心」のかたち――ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年 -
みんなで決めた「安心」のかたち――ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年 -



あと、日本食=和食≠家庭料理?関連でこのへんも


「和食」って何? (ちくまプリマー新書) -
「和食」って何? (ちくまプリマー新書) -





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2015年08月01日

ヴィム・ヴェンダース、2014、「セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター(The Salt of The Earth)」




サルガド×ヴェンダースだし映画の日に休みもあったしということでBunkamuraに見に行った。


セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター | ル・シネマ | Bunkamura http://www.bunkamura.co.jp/cinema/lineup/15_loveletter.html


といってもほとんど寝てた(きょうは二時半頃起きた)のでエントリは控えようかなあと思ったのだけど、ふと原題のThe Salt of The Earthが気になってぐぐって出てきた言葉が気になったので。





「地の塩」とは、「地の塩、世の光」と対になっていることも多いのですが、他の回答者様がお答えのとおり、キリスト教の新約聖書、マタイによる福音書に出てくるイエスキリストの言葉です。

マタイによる福音書5〜7章の山上の説教(または垂訓)では

「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなればその塩は何によって塩味がらつけられよう。もはや、何の役にもたたず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」

上記のように述べられています。

いろいろな解釈がなされているのでしょうが、ごく一般的な解釈を記します。

塩は食物の腐敗を防ぎ、光は暗闇を照らし出します。塩のように世の中の腐敗を防ぎ、光のように悪の浄化する存在になるよう、イエスキリストが山上で信徒に語りかけたとされています。




「地の塩」という原題は映画のはじめのほうに示され、とくに解説もされずにすすんでいく。「地球へのラブレター」とかいう少し気恥ずかしいタイトルには違和感があったので原題にしっくりきつつ、「このタイトルの意味を解題することがこの映画の理解につながるのだろうなあ」とか思って映画を見ていたのだけどけっきょく最後まではっきりとタイトルの意味について説明されている箇所はなかったようにおもう。まあ後半分ぐらい寝ながら見るという不真面目鑑賞ではあったのだけど。

んでも上記引用の説明と映画の前半部で表されていたことでなんとなくわかったようにおもった。

映画はサルガドのキャリア、生い立ちに沿って語られていく。ブラジルの片田舎から大学院にいって留学し、ロンドンの国際コーヒー機関にエコノミストとして職を得たサルガドは建築家の妻が仕事の必要から購入したカメラに惹かれていく。そして夫婦にとって大きな決断をする。安定したエコノミストという職を捨てて職業カメラマンとしてやっていくことを。


原題「地の塩」には以下の経験が深く関係しているように想われた。


今週末見るべき映画「セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター」 (3/4)
Excite ism(エキサイトイズム) http://ism.excite.co.jp/art/rid_E1438156218129/pid_3.html


1973年、ニジェール。1974年から1984年に撮影、初の写真集が「アザー・アメリカ」だ。エクアドル、ペルー、ボリビア、メキシコを撮る。サルガドは謙虚である。「写真を撮ると、被写体を少し理解出来る」、「目は大いに語り、表情が訴えかける」、「ポートレートは私ひとりで撮るのではなく相手から貰うのだ」。



職業カメラマンとしてのキャリアの最初の大型プロジェクト「アザー・アメリカ」で南米の奥地に取材旅行をしていくなかで、サルガドは現地部族のひとりから「おまえは天から遣わされて俺たちを録り(見)に来たのだろう?」といわれる。

「彼らの時間はひどくゆったりとしていて、そういうことを本当に信じているようだった」

ここでは「彼らはそれを本当に信じているようだった(そして彼らの生活もそういった信仰を日常に生きていた」というような言い方だったようにおもうけど、サルガド自身もこういったことに深く影響されて実際にその役割を生きようとすることになったのだとおもう。話の流れとは直接関係しないけどここでのサルガドの様子は文化人類学者のようだった。「一方的に撮影(シュート)して終わり」というのではなく「まず現地の人と親交を深めて、それから生の表情を見せてもらう」的なの。マグナムと袂を分かったことやポートレートに対する考え方(「ポートレートは相手から与えてもらうんだ」)もこういうことと関係してるのかもしれない。


いくつか解釈はあるのだろうけど「あなたたちは地の塩、世の光」というとき、それは天命というか天職(beruf)のようなものを表しているのだろう。単にお金とか日々の糧を得るためのそれというか、ただしく生きることを通じて得られる光や塩味のような。

塩が塩としての塩味をもち、光が光としての輝きを保つとき、それ自体が自分自身はおろか周りも引っ張っていく。


photo-grapherとしてのサルガドにとって、人々の営みは地の塩(塩の花)であり、彼のこの世における役割が世の光を写しとるもの、ということなのかもしれない。


「金ではなく天職のようなものを」という考え方、あるいは人々の苦しみや日々の営みに寄り添い、それらを慈しむような視点に行き着いたのはどういった経緯からなのかと思うけれど、それについてもはっきりとは語られてなかったので断片的に語られた彼の来歴から類推するに留める。

フランス系報道ジャーナリスト出身かと思っていたので自分的には意外だったのだけど、サルガドはブラジルの片田舎の農場で生まれて大学に行くために上京するまでお金の使い方も知らないような生活を送っていた。大学生活を通じて、あるいは生涯の伴侶となるレリアとの出会いを通じた影響からか学生運動にも身を投ずる。このときの経験が彼の写真のマルキスト的な視点にも表れているのかなあとか思えた。というか経済学を学んだことがそういった視点につながった、て映画ではいっていたけど。

結婚後しばらくして生まれた次男はダウン症だと分かる。このときサルガド夫妻はひどく落ち込んだようだけど、しばらくして次男には次男なりの、通常の言語コミュニケーションは不得手だけどそれ以外の感情の通わせ方があることを知り、サルガド家族はそれを学んでいく。それは世間的に見れば不幸だけれど、それを手放さず、日常として生きていくこと。一般的に不幸と想われるようなことが日常に当てられた時、人生の意味や運命について考える時間が増えるようにおもう。それらを通じて、いわゆる弱者への視点にも深みが増したのではないか?単に被写体としてそれがあるのではなく自らも不幸を日常とした弱者のひとりとして。



「なぜそこまで金にならないような、あるいはギリギリの危険が伴うような仕事(構図)にこだわるのか?」



そういうことを映画を見終わってしばらくしてから思ったのだけど、見ているときは半分寝ていたのもあってかその答えのようなものはわからなかった。なのでそのうちもっかいみたいなあと思うし、天命とか天職のようなものについて元気づけられたいときに見られると良いのかなあ。


蛇足だけどヴェンダースにもそういう傾向(光とか天使 - 静謐)があり、そういうとこもあって今回の映画でマッチしたのかなあとか。もっともヴェンダース色みたいなのはそんなに出してなかった?ようで、もっぱらサルガドのドキュメンタリー / モノローグ的な構成だったけど(白黒画面でサルガドアップの訥々としたモノローグが眠りを誘う)。互いに「撮るもの」のプロとして余計な編集を加えないことがサルガドに対する敬意の表れだったのかもしれない。



パリの断章 --- Mémentos à Paris: 映画 "Le Sel de la Terre" を観る
http://paul-ailleurs.blogspot.jp/2015/02/le-sel-de-la-terre.html












セバスチャン・サルガド写真展「Genesis」in ロンドン | 甘くて辛くてほろにがいイギリス
http://bit.ly/1KGpFXT




サルガド展にいってきたよ  アフリカという神話と複製技術の行く末: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/134989378.html




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2015年07月17日

三潴末雄、2014、「アートにとって価値とは何か」




アートにとって価値とは何か -
アートにとって価値とは何か -

アートにとって価値とは何か -
アートにとって価値とは何か -




このへんでうなうな見てきた現代アート関連の案内本として。三潴さんも小山さんたちと同年代(あるいは少し上)ということで同時代の話の別角度からの説明としてわかりやすかった。



「現代アート経済学」から簡単にメモ: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/420137119.html

小山登美夫、2008、「現代アートビジネス」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/420849770.html

「芸術起業論」「芸術闘争論」「日本列島現代アートを旅する」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/421381762.html



章立てとしては

「日本の現代アートの評価」
「ギャラリストへの道程」
「ミヅマギャラリー奮戦記」
「世界を変えている注目アーティスト」
「日本の現代アートはグローバル土人の楽園をひらく」

ということで最初の章で日本の現代アートの位置について概括的に説明、それを踏まえて続く二つの章で三潴さんの歩みに重ねる形で90−00年代の日本の現代アートの興隆が語られている。たぶんもともとは一章の概括と「簡単な90ー00年代の日本の現代アートギャラリー語り」「日本の現代アートの注目アーティスト紹介」「総括」という形だったのではないかと思うのだけど、それらによりボリュームというか立体的な実感を付け加えたのが三潴さんの歩んできた道の語りだったのかな。


三潴さんの経歴が「学生時代に学生運動に傾倒した」とか「マルクス読んでうんたらした」というところはその後のアートに対する価値観にも関わっていて、なので「米帝の文化帝国主義的価値観は打倒しないといかんのですよ!(ダンッ」てかんじになるのかなあとかおもったのだけど、同時にアメリカを中心とした抽象表現主義的な現代アート以外のアートの価値を探るときに日本のオリジンとそれを結びつけて考えるというやり方は日本のマルクス主義の季節が過ぎた後、天皇制や日本の起源について再検討みたいな流れがあったことともリンクしてたのかなあとか。サヨク的価値観と歴史観を基本としつつ、ステーション'70というPR系のカルチャーサロンのマネージメントをしていたというのはバブル全盛へと向かう当時の東京の文化人的なところの中心に触れていたことを伺わせる。三島由紀夫さんとは実際に会ったことがあるとのことだし。印象としては松岡正剛さん的なあれ(「遊」とか)だったのだろう。

こういう人とルカーチの物象化と美学からアートの価値についてうんたら話すとどうなるんだろ?とかちょっとおもいつつ、そういった背景があるのでこういうアート観になるのだなあとか想った。否定とかでもなく、面白く読んだし。会田誠さんや山口晃さんをプロデュースした姿勢はわかりやすく面白かったのだけど(んでもこういう価値観かあChim↑Pomを認めるのは、とは)。


タイトルにもある「アートにとって価値とはなにか?」というのは現代アートにとっての価値とはなにか?ということ。すなわちニューヨークを中心とした抽象表現主義全盛の現代アート業界にたいして、あらたな価値を提示する場合、その価値とはどういったものか?(どういったものならば見る者にとって「価値あるもの」として受け入れられるのか?)という問題意識。そこで打ち出される価値の代表的なものは日本の伝統的な視角としての遠近法以前のフラットな視点とリアリティだったり、あるいは、抽象表現主義に分類されないけれど「ナンカオモシロイ」作品だったりする。そういった価値に基づいた作品はアメリカの抽象表現主義に基づいた文化帝国主義からすれば土人のそれと思われるかもだけど、土人-野生の思考だからこそやれることもあるんだぜ?的な。

村上隆さんの場合は「けっきょく現代アート市場は一定のゲームのルールがあって、そのルールを知らなければ評価されない(勝てない)。なので作品自体の価値がどうとかより、そのルールを知り、そのゲームに勝つということがまずもって大事なんだ」てスタンスで、なかばシニカル・ニヒリスティックともいえる現実主義で作品を工房していくけど、三潴さんの場合はそれを踏まえつつ「それでもアートの価値を見出したい」ということで、前者がポストモダン的相対主義とシニシズムだとすると後者はモダニズムの復権的なアレなのかなあとかなんとか。なので位相としてもマルクス主義系のフランクフルト学派(ハーバーマス)とかを想わせわかりやすいといえばわかりやすかった。





ひとそれぞれ好みとか価値観-リアリティの違いがあるだろうからこういうのが好き-ガッチリハマるひともいるのだろうけど、自分的には秋元雅史さんあたりがフィットするかなあ。三潴さんの心意気とかやってきたこと自体は良いなあとおもうけど。

んでもこの本を読んで会田誠さんや山口晃さん、鴻池朋子さん、池田学さん、宮永愛子さんあたりは見てみたくおもった。てよりミヅマアートギャラリーに一回寄ってみたく。



一般的には、90年代から00年代、あるいはそれ以前の80年代あたりの日本の現代アート界隈の様子が綴られているのがおもしろいかなあとかおもう。あとは会田誠さんとか山口晃さんとかが売れない当時の様子とか。





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2015年06月27日

「芸術起業論」「芸術闘争論」「日本列島現代アートを旅する」


このへんからの続きて引き続き現代アートについてお勉強していたのでヲクサンずへのお知らせも兼ねて


小山登美夫、2008、「現代アートビジネス」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/420849770.html


いちお村上隆さんの本も読んでみた


芸術起業論 -
芸術起業論 -

芸術闘争論 -
芸術闘争論 -


結論としては「まあたしかに、、それが第一線の現代アートプレーヤーの感覚ってことなんだろうけど、、それってなんかビジネスとかプロスポーツとか、入試≠クイズみたいだよね?」てことで自分的にはあまり



「柑橘類と文明」、「芸術起業論」を読み終わって|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/nf50ec2b5d394




このあと続編の芸術闘争論のほうも読んでみて、起業論よりはアクの薄い、講義的な文体(口語的な)と内容になっていていて一部タメになるところもあった。たとえば現代アート(特にニューヨークを中心とした海外のマーケット)の文脈に沿ったテーマ、画面構成・視線の誘導の計算についてとか、ギャラリーの種類や選び方とか。それらは「実際にプロの現代アーティストとしてデビューする場合なにが必要か?」という視点からまとめられたものでこの本もそういうのを目指す学生たち向けにまとめられた予備校テキスト的なものとしてはわかりやすくおもしかった。

ただ、やはり「これはアートなの?」てかんじというか、すくなくとも自分が求めるものではないなあとおもった。

それらはたしかにアメリカやヨーロッパで成功した富豪のリアリティや嗜好には沿うものなのだろうけど、すくなくとも自分はそういうものは要らないし好まないし、そして自分の嗜好に合った現代アートはいくらでもあるので。テクストとしては李禹煥のそれとか。

なので、それらはアメリカとか世界的な富豪マーケットにおける「現代アート」であって自分が求めるものとは違うのだろう。それらは厳然と別れるものでもなくゲルハルト・リヒターなんかはそういうのにも含まれるようだけど。

この本自体の印象、あるいは村上さんの印象としては「プロヲタクになりきれなかったヲタクがアートの分野で宮台節を繰り広げた」みたいな感じだった。実際、「影響受けた」みたいなことはこの本の中にも書かれてたし。



なので、アートにそれ以上のものを求めるものとしては特に見るところもないのだろう。作品としては。

ただ、プロモーションとか若手養成のための仕組みみたいなところでは参考になるのかなあとか。



あと、現代アート方面で昨今「日本の現代アートはMANGAとかANIMEだ」みたいな風潮があって、ジャパニメーションがどうとか攻殻機動隊がどうとかもそういうのに含まれてるのだろうけど、そのへんの言語化とかプレゼンスの先駆けが村上さんのこのへんだったのかなあとか。本書の中でしっかり「日本の現代アートはマンガ・アニメです」ていってるし。そんでMOTでちょこちょこやる宮ア駿展とか、上野の進撃の巨人展とか、あるいは新国立で最近やってるやつとか。

新国立でやってるらしい日本のマンガ・アニメ展、マンガ・アニメの系譜としては体系的に不十分らしくてけっきょくは「マンガも現代アートの一部(日本ではむしろ現代アートはマンガ・アニメなんだよ」というところに甘えて「現代アートとしてあつかってやる」て展示なのかなと思うんだけど、そういうのをやるのは集客の理由もあるんだろうけどさいきん日本の現代アート界隈だとそういうのがチラホラで、自分て気にはそういうの見てもマンゾクないだろうなと思う。現代アートとマンガ・アニメ的なものは越境している、みたいなのは自分が現代アート的なものを見だした以前から思っていたことだからイマサラてかんじだし、その土台としては「現代アートとは何か?→(現代)アートなんか自由でいいじゃん解体していいじゃん」て60から70年台に隆盛を迎えたニューヨークを中心とした抽象表現主義に依る脱構築な文脈があるのだろうけど、脱構築だけだったら現代思想やってる人間的には新しいものでもない。

そんで(現代)思想≠(現代)アート的には「脱構築以後の思想・アートとはなにか?」ということになるんだとおもうんだけど、そうすると現代アート的には惰性で構築されたものをある程度解体しつつもその内部、あるいはローカルな圏域で意味と文脈(あるいは強度)をもったものを出さないとわざわざアートとして表す意味がないように思える。

アートとして表す意味というのは「言語では表し難いものを表す」ということで、そこに現代思想における「言語(の恣意性)以前」というテーマが絡んでくるわけで、きちんとした現代アートの人たちはそのへんを体現してるからおもしろいのだけど、村上さんは多分そういうのがわかってなくて、先達の成功者たちのガラをなんとなくなぞってるうちに成功したぽい。なのでバーネット・ニューマンに対する解釈も浅薄なものに思えた。






そういったところからするとつづけて読んでるこの辺で紹介されてるものはそういうのを表してくれてぽくおもしろい。



日本列島「現代アート」を旅する (小学館新書) -
日本列島「現代アート」を旅する (小学館新書) -



著者は直島のアートプロジェクトや家プロジェクトに携わった人で、直島のチーフキュレーター、地中美術館館長、金沢21世紀美術館館長を歴任されて芸大美術館館長・教授も務めてる、とのこと。


なので直島周りとか金沢21世紀美術館周りの紹介が多くなってるというところもあるんだけど、でもそこでの説明をみると自分的には見とくべきなのだなあと思うし見たいな、と。


紹介・解説されてるのは

イサム・ノグチ『エナジー・ヴォイド』、マーク・ロスコ『シーグラム壁画』、アントニー・ゴームリー『ANOTHER TIME XX』、三島喜美代『Newspaper08』、ロン・ミュエク『スタンディング・ウーマン』、レアンドロ・エルリッヒ『スイミング・プール』、安田侃『アルテピアッツァ美唄』、ジェームズ・タレル『ブルー・プラネット・スカイ』、内藤礼『母型』、ウォルター・デ・マリア『タイム/タイムレス/ノー・タイム』

なんかでいずれもその場の環境と一体となってアートしてる作品な感じ。


秋元さんはほかにも直島美術館についての本とかデ・マリアについての本とか出されてるようなのでこれらもぼちぼち読んでいきたい。





現代アートに関するテクストを読んでると「けっきょくはこのへんてなんとなくの雰囲気で売ってきたところだからはっきりとした定義とか方向性とか型が決まってなくて、その部分はテキストにするとよくわかるのだな」とおもう。まあ日本における人文≠現代思想と同じだけど。


なので、その部分で海外で売れるという実績を残し、はっきりと「(雰囲気うんたらでイイネーイイネーしとってもガラパゴスで)売れるための現代アートはこうや!」ってまとめたのは村上さんの功績だったかなあとかおもうけど、さっき言った理由でそれは反面教師的なものだったのかなあとか。


まあこのへんは民俗学的な現地の人の証言収集という感じで「彼らはこのように現代アートを認識し語っている」てかんじでみていくとおもしろいだろうからそういう方向で続けていこうとおもう。



あと、ワタリウムで現代アートを振り返るなやつやってるようでこれも気になるので8月か9月ぐらいに落ち着いたらいこうかなあ。。(村上さんの本で気付かされたけどワタリウムのこういうのの歴史はけっこう長いらしく村上さんのデビューもワタリウム主宰の現代アート大学からだったそうな




現代アートをおさらいする好機! ワタリウムの展覧会。|NEWS(ニュース)|HOUYHNHNM(フイナム)
http://www.houyhnhnm.jp/news/012993.html



西洋絵画のひみつ -
西洋絵画のひみつ -


中野京子と読み解く 名画の謎 対決篇 -
中野京子と読み解く 名画の謎 対決篇 -

名画で読み解く ハプスブルク家12の物語 (光文社新書 366) -
名画で読み解く ハプスブルク家12の物語 (光文社新書 366) -

怖い絵  (角川文庫) -
怖い絵 (角川文庫) -


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2015年06月17日

小山登美夫、2008、「現代アートビジネス」





現代アートビジネス (アスキー新書 61) -
現代アートビジネス (アスキー新書 61) -




noteで済ませても良かったしなんだったら文章にせずにメモなとこだけぶくましようかぐらいな感じだったけど「なんでこれをエントリする気になったんだっけ?」とよみかえしてるうちにヲクサンずに日本の現代アートの配置についてお伝えしとこうとおもったのを思い出した。あるいはこの本自体の主眼としては「(日本の現代アートでトップをはしるとおもわれる)村上隆や奈良美智ってどうなの?なぜ評価されるの?」的なの。そういった意味だとむしろこないだnoteにアウトプットした日記でもう要点書いてるかもしれない。


「現代アート」って斜に構えるのではなく|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/ne13c13c1df6a


いちお巻末の2010年当時の日本の現代アートギャラリーリストのメモ写真も載ってるし。


てか、「現代アートを買おう!」「現代アート経済学」のシリーズは小山さんのこの本の内容を受けてそれをビジネスマン的な客観性から伝わりやすく表したものだったのかな。そういう意味だと内容的には重複してくる。


繰り返しな内容になるので楽してこないだnoteにした内容から抜粋引用


この本を読むまでは正直「村上隆とかー現代アートとかなんぼのもんじゃいー」て感じもあったようにおもう。「知や感性を競う」というか。門外漢が足元をすくってやろうというか。

でも、宮津さんの語りから垣間見える「現代アートというのはそんなスカしたものではなく、単にぼくらがあの時代に『なにか新しくて格好いいもの、おもしろいもの、感性をくすぐるもの』を求め、それに捧げていった結果、現在のような形になっただけで」というような話を見てるとそういうのも阿呆らしいというか、少し恥ずかしく思った。

MOTも未だ建ってなかった時代、現代アートも日本に根付いてなかった90年代初頭に少しずつ挑戦と努力を重ねて自分たちの好きなものの場を作っていった。そして、単体の作品の価値というよりも、それを囲む人と人とのつながり、文脈、歴史のようなもののほうがむしろ大事で、現代アート的な作品はそれらのその時点での記念碑的なものだということ。

そんなことが感じられた。

小山さんの本を読んだら村上隆さんの本を読むつもりだけど、たぶん宮津さんの本を読んでなかったら「なんぼのもんじゃい」的な姿勢の読み方に傾いて貧しい読書体験に終始してたんじゃないかとおもう。




MOTも未だ建ってなかった時代、80年代後半から90年代初頭にかけて「日本にも現代アートの殿堂を」という動きがあった。白石正美さんなんかが中心となった東高現代美術館はそのさきがけ


東高現代美術館:現代美術用語辞典|美術館・アート情報 artscape
http://artscape.jp/dictionary/modern/1198701_1637.html



小山さんもこの時期に白石さんのもとではたらくなかで村上隆さんとも縁をもつようになったみたい。

当時の村上さんはまだ芸大の日本画博士課程で、でもそのころから自らの作品をどう売っていくか?ということに積極的で小山さんにも「こんどプレスを紹介してくださいよ」て接触していったみたい。


その後、小山さんが独立して自らのギャラリーをもって、村上さんや奈良さんを海外のアートフェア周りの市場から売っていくことに契機を見出していったながれが描かれている。「あの頃がいちばんおもしろかったね」とたまに会った奈良さんとはよくいうとのことで、なんとなく椎名誠の本の雑誌血風録的な青春時代を想わせた。



あとはギャラリーとオークション・アートフェアが中心となって現代アート的な価値はつくられていくという過程について。このへんは宮津さんの本にももうちょっと詳しく解説してあったようにおもうけどこちらがさきにザラッと説明された感じだったのだろう。長谷川祐子さんのはなしでもあったけど、現代アートにおける市場とのつながりは作品の国際的な紹介・流通という意味ではかなり重要になる。そこにうまく入り込めていけないとこの部分で国際的な関係性から外れてしまい「現代」アートでもなくなってしまう。あるいはあたらしい作家の発掘とか。

市場とつながることはアートに投機的な価値・意味合いが生まれ、単なる投機的な対象として扱われることでアートの価値がかえって損なわれる(バブル的な投機対象になってしまって現代アートが単なる「現在」アートになってしまう)という危険性はあるし、実際に好景気に賑わう中国のアート市場・作品評価にはそういうところがあるみたいなんだけど、だからといって現代アートのすべての作品が「本来意味のないガラクタに箔をつけただけのもの」みたいなものでもない。

宮津さんのことばだったか小山さんの言葉だったか忘れたけど、現代アートが現代アート足りえるのはそれが現代の問題・リアリティを作品としてきちんと表わし関係性を持っているから、ということ。


「なので村上さんの作品も奈良さんの作品もそういった文脈からきちんと現在のリアリティにコミットし、それまでのアート的な技法・表現の仕方も踏襲しつつ計算したものであるがゆえに海外コレクターの間で受けている」とのこと。


自分もそうだったけど村上さんの作品はヲタ的なアイデアを劣化コピーでシミュラークルしてるアイデア窃盗なだけじゃんて見方があるけど、あそこで村上さんがあらわしてるのは造形や表現方法ではなく、ヲタフィギュア的なものに先鋭される現代(日本)の(男性の?)欲望なのだそうな。なのでみょーに乳袋の強調でミニスカートな女の子(例のカフェ制服ぽい)がニコニコわらい、マイ・ロンサム・カウボーイはありえない量の精液を性器から放出し、それが龍を象る。



そうはいわれても自分的にもまだ「村上さんの作品てそんなに良いのかなあ?(実物みるとちがうの?アウラとかが?)」て半信半疑なんだけど、そういう説明ならコンセプトとしては理解できる。何十年かしてこういう文化が廃れていたとして、でもアート作品は残ってて、そこでこういうものを見た人が「こういうのでこんな欲望もってたんだねえ。。(それでこんな表現に」ておもうのかなあ、ってかんじ。


あとは小山さん世代の以前からの現代アートの主要画廊なとことか(西村画廊、佐谷画廊、かんらん舎、ギャルリーところ)、白石さんのスカイ・ザ・バスハウスとか。

村上さん主宰のGEISAIとかトーキョーワンダイーサイト、アートアワードトーキョーなんかもいってみないとなあ、とか。


アートフリーペーパーの「フェイヴァリット」とか。






そんなかんじかなあ




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2015年06月04日

「現代アート経済学」から簡単にメモ



現代アート経済学 (光文社新書) -
現代アート経済学 (光文社新書) -
現代アート経済学 (光文社新書) -
現代アート経済学 (光文社新書) -





サラリーマンのコレクター:宮津大輔はハーバート・ヴォーゲルの日本人版? | BLOUIN ARTINFO
http://jp.blouinartinfo.com/news/story/882107/sararimannokorekutagong-jin-da-fu-hahabatovuogerunori-ben-ren


『現代アート経済学』 宮津大輔著 評・開沼博(社会学者・福島大特任研究員) : 本よみうり堂 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20140825-OYT8T50112.html



著者は「一般企業に勤めながら有名なコレクター」「昼食を削りつつコレクションした」てひとなので従来の批評然なアート紹介(ちょっと衒学スノビズム)とは違った視点からコレクション、キュレーション、ギャラリーの関係が説明されていてわかりやすくおもしろかった。ビエンナーレの経済効果とか予算とかも。「ギャラリスト・キュレーター・コレクターの三位一体でアートは価値付けされている」というこの部分は以前のエントリの長谷川祐子さんの問題意識とリンクしてわかりやすい。

https://twitter.com/m_um_u/status/606063756137754624/photo/1

美術手帖3月号から「現代アートの文脈」「現代アートは流通である」あたり: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/417862119.html




世界のギャラリー、プロデューサー、オークション、パワーコレクターなどの関係の基本としてソレ系の人には参考になるだろうから手元に置いといて重宝しそう。有名ドコロについての脚注がそれぞれあるし。


全体として面白いしわかりやすい本なので長文できちんと説明してもよいのだけど「ほかにも読むもの溜まってるし、まあ自分的なメモがメインでなんだったら人様と共有程度だしなあ。。」ということでメモ中心で。

















アーティスト別年間落札の図からも伺えるように国際的に中国のアーティストのプレゼンスが高まっている。わりには自分的にもあまりしらないのでメモ的に写メっといた。あとでpinterestあたりから検索してほぅほぅとか思おう。ちなみに、近場だと横浜美術館での展覧会が気になってる。





世界的に有名なアートフェアとしてのヴェネツィア・ビエンナーレの紹介。アートのオリンピックとして2年に一回開かれる。ヴェニスがたまにニュースに移って華やぐのはこういうの。自家用ジェットで富豪がかけつける。個人用コレクションにもなるし転がして資産にもなるので。ヴェネツィアで見てバーゼルで買う。

ヴェネツィア・ビエンナーレと双璧をなすのがドイツのドクメンタ。5年毎に開かれる。もともとはナチスドイツの芸術焚書への反省から。ひとりのアートディレクターに依るディレクションという方式をとりだしたのはドクメンタからとのこと。ドクメンタでは毎回ディレクターが強いメッセージを発し、それに沿ったディレクションが展開される。ナチスの芸術焚書から逃げるためにアメリカに芸術・研究的才能が集まってMoMA(ニューヨーク近代美術館)のプレゼンスが増した。パリからニューヨークへ。



日本だと横浜ビエンナーレ、あいちトリエンナーレ、越後妻有アートトリエンナーレ、瀬戸内国際芸術祭など。

瀬戸内国際芸術祭は春(3月20から1ヶ月)、夏(7月20から9月1日)、秋(10月5から1ヶ月)の3期に分けて開かれる。


日本のアートフェアとしては以下がある。主に春先。


東京アートウィーク

G-tokyo
現代アートギャラリー15軒 春先

アートフェア東京
古美術から現代アート  春先


TOKYO FRONT LINE
千代田
3331

六本木アートナイト




オークション - アートフェアのプレゼンス的には中国、シンガポール(東南アジア)が大きくなってきている。経済成長→中流層の増加を背景に。アートとオークションをいちから根付かせるのは難しく特に中国なんかはそんな感じだったけど中国の方は中国人ディレクターがコツコツと、シンガポールの方はアートバーゼル出身の豪腕ディレクター(ロレンツォ・ルドルフ)がシンガポール政府と協力してつくりあげていった。


あと有名ドコロなディレクターとしてはハロルド・ゼーマンとか‥まあこのへん





カタールとか増してきてて中東の興隆とか想わせる。






日本の現代アート系有名ギャラリーとて


小山登美夫ギャラリー、ギャラリー小柳、タカ・イシイギャラリー、シュウゴアーツ、アラタニウラノ、山本現代、イムラアートギャラリー、TAKE NINAGAWA、ミサシンギャラリー




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2015年06月03日

長谷川郁夫、2014、「吉田健一」



600ページほどの本だったので2週間ほどかけて読み終わった。


吉田健一 -
吉田健一 -

感想としてはちょこちょこnoteに書いていたし


そこに彼らがいた|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/na38a84799925


(長谷川郁夫「吉田健一」から)日本の「近代」文学界隈とその時代|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n1f95a8aafc22


「吉田健一」を読み終えたお通夜として|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/nae76a0baa2dc


記憶術、ユリイカ、blackbird|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n9dc2ee2b77dd




noteにも記したように本書は批評的な内容でもないのでまとめるのも難しく特にエントリせずに終わってもいいかなあと思ったんだけど、あとで振り返るときのためにメモ的に引用して残しておきたいところもあるのでいちお。



吉田健一についての批評的な箇所は中村光夫に依る吉田健一評のところぐらいで、それは以前に読んだ河出書房のムックの内容も想わせた。「吉田健一には嫉妬やルサンチマンのようなものが感じられない」「飄々とした魅力とそこはかとない色気がある」みたいなの。


吉田健一の流儀: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/415497312.html

「吉田健一」を読み終えたお通夜として|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/nae76a0baa2dc


昭和32年「文藝」1月号での中村光夫による吉田健一論から




 一.「あなたの言葉には自分自身のすることに気づいてない人の魅力があります。酒の呑みかたからものの考へかたまで、あなたのやり方はまことに個性あざやかで、独特なものですが、この独自性にあなたがまったく気づいてゐないところに、あなたの随筆の面白みがあります。あへて可笑味といつてもいいでせう」、「あなたがそれに自分で気づいてゐないから、そこに生れる滑稽はさらに倍加されます」

 一.「この間の交際を通じて、僕が一番あなたに敬服したのは、あなたの自信です。自信といつてもありふれた己惚れや野心とはまつたく違ふ、なにか天与といひたいやうな精神の内部平衡です。あなたくらゐ或る意味で謙遜な、人を素直に尊敬することを知つてゐる人はない、自分で自分を虐めつけるといふ裏返しにされた青年の傲慢を、あなたほど徹底的にやつた人はない、(中略)しかしそれでゐて、あなたくらゐ自然に自分を信じられた人はないのです」

 一.「僕はあなたの強靭な精神の平衡を、真の意味の教養の賜と思つてゐます。美に対する感受性と熱情にめぐまれた者が、たまたまそれを源泉から汲む幸運にめぐりあひ、そこから生活にたへ、進んでそれを楽しむ糧を得てゐる人に独特の強みです」

 一.「あなたが批評家としてなぜもつと早く世にでなかつたかは、僕等がみな不思議に思つたことです。しかし今から思ふとあなたには、他の条件はすべて備はつてゐたが、ただ批評家にもつとも大切な資格が欠けてゐたのです。それは文学への観念的陶酔と表裏する或る餓渇、あるひはさもしさといつたもので、それにかりたてられて、彼は自己の文学映像を他人に納得させるために努力するのです」、「僕自身さういふ青年であつたから、それはよく知つてゐます」、「あなたには、さういふ餓ゑがまつたくなかつた。しがつて野心も。文学とはあなたには何かもつと血肉化した、人生を快適にするものであり、この自適のなかかから外にむかつて発現する衝動は生れなかつたのです」



それを変えたのが戦争と戦後の生活だった。

「吉田健一にとって文学は、野心とかさもしさとかといったものではなく、もっと血肉化した人生を快適にするものだった」という指摘は吉田の批評、あるいは文学の味わい方が詩を中心とし、全体の意味や内容というよりも謡としての詩を重視していたことにも通じるように思う。音楽であり時間。それは吉田晩年の時間論にも通じ、日本の、あるいは日本語の古典的な感覚、歌としての会話にも通じるのかもしれない。吉田の文章に句読点がなく読みづらいことに対して「古文は句読点はないでしょ?」と答えたというけど、そう思うと吉田の文章はそういったもので、ひとつひとつの意味というよりは全体のイメージや流れを味わうものなのかもしれない。





付箋を貼ったところを見なおしていると三島との喧嘩、三島が割腹自殺したことについての吉田のコメントもとどめておきたく思ったので軽く引用しておく。


三島との喧嘩の経緯についてはこちらに記した。

「吉田健一」を読み終えたお通夜として|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/nae76a0baa2dc


「新潮」46年2月号「三島由紀夫追悼特集」より

「その死は事故による」、「例へば交通事故で死んだものがあつた時にそれで改めてその思想とか生前の行状とかを云々するのは無意味であり、さうした死んだといふことが先に立つての詮索は週刊誌風の好奇心の仕業にすぎない」、「人間は死ぬ時に死ぬのであり、誰でもその時が来るまでは生きてゐる」、「もしここに豊かな天分に恵まれてゐて別にさうした騒ぎが仕事の邪魔にならず、逆に騒ぎによつて世相を掴む術に長け、その騒ぎの快感を仕事の刺戟に用ゐることも出来る人間がゐたらばどうだらうか」、「或はその仕事の世界での自由は仕事と騒ぎと全く切り離すに至るかも知れなくて、その点に達するならば騒ぎは騒ぎで自分から自分の楽みに、或はこれも或る形での生き方と心得て焚き付ける方向に進むといふこともあり得る。もしそのまま文学の仕事が続けられるならばその人間が文士であることに変りはなくて、ただ一流の仕事をする文士で情事が道楽であるのが媚薬の量を間違へるといふことがあつても別に驚くではない。或は蝶気違いの文士が崖に蝶を追つて墜落死することもある。先に大で示した通り、以上は三島さんのことでもある」


三島の文士としての才能は買っていたけれどその性格から名士としてちやほやされるという快感を追い続けコントロールしきれなかった。それは蝶を追って崖から落ちたような事故であり、当人の仕事を貶めるものではない、と。












あとは当時の銀座や文壇界隈の様子が伝わってきてよかった。東京の昔でありトキワ荘的なもの。その頃の銀座や東京の様子をもうちょっと省りみたくなった。


そこに彼らがいた|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/na38a84799925

銀座に川があった頃 - 新・読前読後
http://t.co/EscWpCE9dv


あるいはこういった教科書からは伝わらない日本文学 / 文壇の様子について記したものとか。江藤淳「小林秀雄」もよかったけどああいうもの。とりあえずこの辺を読んでいこうかと思っている。



江藤淳と大江健三郎: 戦後日本の政治と文学 (単行本) -
江藤淳と大江健三郎: 戦後日本の政治と文学 (単行本) -
日本文学史早わかり (講談社文芸文庫) -
日本文学史早わかり (講談社文芸文庫) -









「時間」からいくつか



時間が経っていくことを知るのが現在なのである


言葉が働きかける時にそこに常に現在がある


近代の倦怠を意識の上で堰き止められた時間の流れの圧力と見ることも出来る


一冊の本もそれそのものが時間であり、或いはそのうちにも時間があってその本も刻々と経つことが解る


もし時間がなければ一篇の詩もない



時間の存在を認めなければ喜びも悲しみもない




時間が人間を老いさせるのではなくて、その老いる人間も老いた人間も時間なのである





時間の流れがあって空間が生き、それで我々の暮らしもそれが世界で取る形も、或いは、我々の暮らしに即して世界が取っていく形もそのあるべきもの、我々が現に知っているものになるのだということは繰り返して言っておくのに値する





その夜会もサロンも舞踏会の音楽もあって、その虚しさは人生の空しさであり、それは従って一転して充実であった


刻々にたって行く時間の現在にあってそれを悲しむというのは充実の極みとも考えられる














われとともに老いよ


最上のものは、これから先にある



それは生命の最後である




生命の最初はそのために作られたのだ









金沢・酒宴 (講談社文芸文庫) -
金沢・酒宴 (講談社文芸文庫) -
時間 (講談社文芸文庫) -
時間 (講談社文芸文庫) -
英語と英国と英国人 (講談社文芸文庫) -
英語と英国と英国人 (講談社文芸文庫) -
英国の近代文学 (岩波文庫) -
英国の近代文学 (岩波文庫) -
ヨオロッパの世紀末 (岩波文庫) -
ヨオロッパの世紀末 (岩波文庫) -
訳詩集 葡萄酒の色 (岩波文庫) -
訳詩集 葡萄酒の色 (岩波文庫) -
英国の文学 (岩波文庫) -
英国の文学 (岩波文庫) -
交遊録 (講談社文芸文庫) -
交遊録 (講談社文芸文庫) -
三文紳士 (講談社文芸文庫) -
三文紳士 (講談社文芸文庫) -
吉田健一 -
吉田健一 -
乞食王子 (講談社文芸文庫) -
乞食王子 (講談社文芸文庫) -





ドナルド・キーン、三島由紀夫、中村光夫、河上徹太郎あたりも読んでいこう







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東京の「おいしい」の昔から|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/nb6fd1ccec764



うつくしい日々: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/409837761.html



三浦雅士「文学史とは何か」(丸谷才一全集 第7巻解説) - 日々平安録
http://d.hatena.ne.jp/jmiyaza/20150516/1431788111

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2015年05月20日

最近読んだ本から  解釈と隠喩をめぐって





図書館の本の返却期限が迫ってて、もう読んだのでそのまま返しても良いのだけど記憶に印象付けるためにエントリするのもいいかなということでエントリしよかなと思いつつそれほどの内容でもないのでnoteにでもしとこうかなとおもったんだけどまあいいかあってことでまとめてエントリすることに。




ラッセンとは何だったのか? ─消費とアートを越えた「先」 -
ラッセンとは何だったのか? ─消費とアートを越えた「先」 -


いちお読んでみたけどそんなにとどめておくこともないもののように思った。

もともとが大野さんのブログエントリ「ラッセンとは何の恥部だったか」で提示された内容、「ラッセンが日本人に異常に受けたのは日本人のヤンキー心に訴えたからではないか?」に端を発したもので、それにいくらかのブラッシュアップ+肉付けをしたぐらいな内容に感じた。つまり問題提起としてはおもしろいかもだけど論文とか本としては読み応えがない感じの。

「ラッセンが受けたのはヤンキー心にヒットしたからではないか?」というところから発せられる問題提起をすこしすすめれば「そもそもラッセンを認めない『アート的なものの基準』とはなにか?」ということに落ち着き、内容ではなく文脈などから語られたり評価されたりするアートの評価基準の曖昧さがうんたらされるわけだけど、それ自体は(自分的には)既出な話でありそんなに鮮烈でもなかった。まあ一般受けはするかなあぐらいの。あとはそういう問題提起に当時流行だったヤンキー論という曖昧なものを接続して全体が構成されていた。

ヤンキー論について自分が不快に思うのは、あれが日本の現代的な大衆文化論にすぎないのにそこに接続せずにスノッブな立場から慇懃無礼にヤンキーを論じてるところにあるのだけれど、このラッセン本で散見された評論の体をしているものもそんな感じで不快だった。最初からヤンキーとかラッセンを小馬鹿にしてるのに、「敢えて( ー`дー´)学術的、評論的な客観性をもって論じるならば(それでもヤンキーはヤンキーでラッセンはラッセンで便所の壁紙みたいなものだけどねー」みたいなの。なぜこんな落書きみたいな意識の高さを覆い隠した欺瞞と慇懃な無駄話に付き合わないといけないのかと途中から読み飛ばしてたけど。

前述したけど、それがヤンキーに通じているという蓋然性を持つのなら、ヤンキー的なものを社会学あるいは人類学や民俗学的に措定すべきだしそれを提出しないと話にならない。また、アート的なものに惹かれつつそれらがぼんやりとした評価によってもてはやされていくさまを同様の方法や視角で見たほうが建設的なように思ったけれど、そういうことをしないのはこの人たちが論じている場自体がそういった曖昧な評価基準によって評価される場だからだろうか?同様な「スノビズムって言いつつおまへがスノビズムじゃん」はサードウェーブうんたらくさしにも感じたけど。

この本で唯一おもしろかったのは最後の生物学的な視角からこういった現象を見ている話で、それは自分の視角に近いように思った。




隠喩としての病い エイズとその隠喩 (始まりの本) -
隠喩としての病い エイズとその隠喩 (始まりの本) -



ヤンキー的なるものを語る視角が隠喩に満ちてるとしたらソンタグなんかも似たような批判をしたのかもしれない。つまり、「あなたがたの視点、論説は中立・客観的な方法を用いた分析以前に印象に基づいた答えがでていて、それに基づいた印象批評にすぎない」というもの。ソンタグはそのような「批評」を先験的な「解釈」として批判し嫌った(「反<解釈>」)。


この本-小論を書いた経緯はソンタグ自身が癌を患ったこともあったのだろうけどそういった先験的な解釈、印象がある力をもって人の流れを変えてしまうことにペンの力で抗したかったのかもしれない。


ただ、いつものソンタグな感じでそんなに方法論としてはきちんとしてなくて、印象批評ていってるソンタグの論じ方自体が確たる方法にもとづいてないというのはあるのだけれど、ソンタグのやってるのは論文ではなくて批評やエッセイだったのだろうし、そういった書き方で見えてくるものもあるようにおもう。

この本から自分的に得られたのは「癌や結核に対して、なんらかのロマンティシズムに基づいた隠喩が付され、物語化されることがある」「結核なんかはそれにもとづいて『高尚な病』とされた時代があった」「隠喩化された病は医学的に中立な理解、客観性を越えて人々に印象され、それによって病にかかった人々が不当な差別をされたりする」って感じだった。

特にこの本で強調したいのは最後の部分だったのだろうし、それ自体は重要な問題提起であるように思ったのだけれど、自分的には「だったらなぜ人々がそのような物語化を行わざるをえないのか?」「それは共同体の要請ではないか?」「そういった隠喩や物語化はデメリットもあればメリットもあるのではないか?」などを明らかにしてほしく物足りなさがあった。構造人類学的方法というか。まあ生物学でも何でも良いのだけど。

あと、これらの隠喩の大元になってるのはガレノス的な考えだったのかなあとか。


ガレノス - Wikipedia http://bit.ly/1LkTCK8


四体液説とか脾臓がどうとかの。こういうのは近代医学以前の医術的な時代に共通した宇宙 / 自然 / 人体なイメージだったようにおもう(道教とか易経とかもそんなのだし)。そういや朝にもコレ関連でうんたらつぶやいたな。
















胆汁がどうとかメランコリーがどうとかだと「土星の徴」をもつベンヤミンにも話が通じるのだろうから、そこでソンタグがどんなこと言ってるのかとかちょっと気になるけど(ベンヤミン的には土星の徴てシーニュを受け入れてロマンティックに論を進めていたわけだろうし)。



土星の徴しの下に -
土星の徴しの下に -



「宇宙 / 自然 / 人体」ということだと今回読んでたこの辺もつながってくる。


胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691)) -
胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691)) -


全体的に講演用のよもやま話てかんじの曖昧な本だったけど、終章の「生物、いのちには大きく2つの波がある」という話はおもしろかった。

鮭とかヤツメウナギもそうだけど、生物はおおきくその生を2つの季節に分ける。個体維持のための季節と種の維持のための季節。鮭は受精-産卵を迎えると飲まず食わずで産卵場まで還って来てそこで精を発っして命を使い切る。かまきりの雄も性行為が終わるとメスに食べられるし、鮟鱇の雄は体ごと雌の身体に取り込まれ融合する。ヤツメウナギは性の時期をむかるまでの食の時期は植物のように岩に縦にくっついて波に揺られつつプランクトンなんかを食べてるだけなのだけど、性の時期を迎えると水底を這いずって受精の場に赴く。泳ぐ機能はないのでがんばって水底をはいずり、てきとーな岩ごとに口の吸盤でくっついて休憩しながら。


食の時期のヤツメウナギは「植物の体に動物の皮をかぶせただけのもの」といえる。

「植物は、太陽を心臓にして、天空と大地を結ぶ循環路の、ちょうど毛細管に相当する」とかいう。

植物の体は動物の体から腸管を引っこ抜いて皮をひっくり返したようなものだとか。


ただ個体を維持するというだけだったらこういうので良いのかもしれない。



それがなぜ「動く」「腸(消化系)以外の身体を持つ」「手足を持つ」に至ったのか。その辺りについて考えだすと隠喩/物語が必要になるのかなとおもう。



三木さんの着想に共通、あるいは元となったゲーテの形態学的発想もそういったところに接続し、それらは中世の想像空間といえるのではないか。そして、そういった物語を解くためには先験的なひとつの解釈 / 視角だけではなく多様な意味、多角的な視点を対象となる共同体の生活の場からできるだけ客観的・中立的にもってくる必要がある。その物語、意味を分析者自身が理解して。



森のバロック (講談社学術文庫) -
森のバロック (講談社学術文庫) -


燕の季節ということで燕石考の章を読み直したくなってなんとなく読み直しつつ、「三木さん - ゲーテ的な発想の曼荼羅を外挿すれば熊楠がやりたかったことに通じるのかなあ」とかおもった。あるいは中沢さんがやりたかったこと。


熊楠は特に生物学とか人類学とかがわかれていなかった当時、自身の興味・関心を表す方法として生物学や人類学、民俗学に興味を持ち接触していったのだけれど、当時の人類学は「未開」に対する先験的解釈が横行していて、そういった人類学の現状に対して、民俗学、あるいは構造人類学的な中立かつ多角的な意味 - 隠喩の詳説を目的として著されたのが「燕石考」ということだったらしい。それは熊楠のやりたかったことの端緒的なもので、それが全て-完成ではなかったようだけど。



  納屋の中、垂木の上の、雛鳥がひしめいている燕の巣まで
  何回もよじ登っては、熱心に探したものだった。燕たちが
  雛の盲を治すため、海辺から運んでくる不思議な石を。
  燕の巣でこの石を見つけた者は、果報者とされているのだ。




ロングフェローのこの詩では、燕が雛の盲を治療する目的で海辺から不思議な石を運んでくること、その石を見つけた人間は果報者になれること、という二つのことが述べられている。質問者はこの二つのことが、どのようないきさつから語り伝えられるようになったか、その起源を訪ねたわけであるが、それについて熊楠自身が自分なりの回答を試みた、というのがこの小論の成り立ちなのである。

熊楠はまず、燕石についての伝承を世界中から拾い出してくる。ロングフェローの詩の内容と最も似ているものはブルターニュ地方の伝承であり、そこでは、燕は失明を回復する力のある石を浜辺で見つける知識を持つと信じられている。

これほど典型的ではないが、燕を連想させるような物質に、医療的効用ないしは吉兆を認める伝承はあちこちにある、と熊楠は続ける。そのうち燕石とよばれるものについて、癲癇に大きな薬効をもったり、頑固な頭痛を鎮めたり、四日熱を治したり、肝臓病を治したりする効用があるとしている例を紹介している。

日本の竹取物語の中でも、燕を連想させる逸話として「燕の持たる子安の貝」をめぐる話がある。この話の中で、子安貝は幸運をもたらすものとして描かれている。この物語の起源が「陀羅尼経」などの仏典にあることは疑いえないことのようであるが、子安貝と言うものは、その特殊な形態(女陰を連想させる)からして、大昔から様々な民族によって、珍重されてきた。たとえば、ギリシャ人はアフロディテへの捧げものとし、トルコ人やアラブ人たちは邪視に対するお守りとし、日本人や中国人は安産のお守りとし、ヨーロッパ人は子宮潰瘍の治療薬に用いた、といった具合である。

燕石と呼ばれるものをよく見ると、二枚貝の蔕のような形をしている。これは石のように非常に硬く、かつ、燕の巣のなかから出てくるので、燕石と呼ばれるようになった。これを瞼の下に挟んでおくと、目に入った小さなゴミを取り除く効用があることから、燕石には広く眼病を治す効果があると信ぜられ、ただ単に目の中に入れるのみばかりか、それを粉末にして服用するような習慣も生まれた。だが、それによる効用が実際にあるのかどうかについては疑問が多い。

燕石を逆さまにした石燕というものがある。これはある種の腕足類の化石が燕の形に似ているところから、そう名付けられたものらしい。中国人などは、この化石は燕が変身したものだと信じているが、それは形の共通性からアナロジーが働いたのだろう。ただ単に似ているというだけではなく、一方が別の方に変身したに違いないと信じるようになったのである。そういう考え方を俗信といってさげすんではならない。たしかに誤謬に基づく推理には違いないが、そこには人間の認識にかかわる深い事情が働いているのだ。日本人もかつては、かいつぶりという水鳥が変身して鳥貝になると信じていたし、またスコットランド人は藤壺が雁に変身すると信じていたのだ。

この石燕を酸性溶液につけると伸びたり縮んだりして、あたかも運動しているようにみえる。石燕には雌雄ふたつのタイプがあるが、これらを同時に酸性溶液につけると、互いにまとわりついて、あたかも性的結合をしているように見える。実際には酸性溶液に触れることで炭酸ガスが発生し、その圧力で石燕が動くのであるが、それが古代の人々の目には、生き物の動きのように映った。その動きがセックスの動きを思わせると言うので、この石燕には豊かな繁殖のイメージが結びついたのである。

燕石は、石のように固い物質をめぐる連想の例だが、この連想が植物と結びつくこともある。そういう場合には、燕草のような伝承が生まれる。

西洋の伝説では、燕草は燕が子燕の視力を回復させるのに用いたという。中国では草の王とよばれる植物に、視力を回復し、様々な眼病を治す効力を認めているが、この草と燕との結びつきはないことから、燕草の伝承は西洋で独自に発展したのだろうと熊楠は推測している。

燕石と言い燕草と言い、燕に薬効や吉兆が結びつくのはどういうわけからだろうか。そこのところが気になるのは自然なことだ。熊楠はそれを、古代の人々がとらえた燕の習性と結びつけた。燕は渡り鳥の一種で、春に北の地方から飛来して、秋には戻っていくのであるが、古代の人は、燕は冬眠するのだと考え、春冬眠から覚めた燕は秋になると眠りにつくのだと誤解していた。そのように考えた人々にとっては、燕の登場は眠りからの覚醒であり、したがって生命の息吹の現れであり非常にめでたい出来事として映った。そのめでたさの感情が、燕を生命の豊かさのシンボルと考えさせ、燕をめぐる上述のような伝承を生み出したのではないか。そう熊楠は考えたのである。
燕石考:南方熊楠の世界 http://bit.ly/1AePA5a




燕がその家に果報をもたらすということ、同時に冬のあいだ水の底にもぐって魚や貝になってる燕が凶兆を持ってくることもあること。

このあたりは蟲師の鳥貝の話や鳥風の話を想わせた。



蟲師 (6) (アフタヌーンKC) -
蟲師 (6) (アフタヌーンKC) -
蟲師(9) (アフタヌーンKC) -
蟲師(9) (アフタヌーンKC) -


そして、そういった凶兆や(妊娠時に赤子をあんぜんに、目のなかに入った汚れを安全に)「とりはずす」という燕の意味を緩和させるために鷲石(≠太陽)が用意されていたのかもしれない。





















picture_pc_46be370f13dec56b65cf350d2b184529.jpg

(Bertha Lum、Land of the Bluebird)






--
山本義隆、2007、「16世紀文化革命 1」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/229813934.html

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2015年05月02日

「栄養が行き届いていれば花は必要ないのです」 → 性 / 生 / 死 とそれらを共同体的に包摂すること


















ドングリと文明 - Togetterまとめ http://togetter.com/li/780214


この辺をうんたらしたのは読んでるものと響いたからで、その辺りについて軽くnoteしとこうかとおもったんだけどけっこう長くなりそうなのでこっちにすることにした。…んだけど環境のせいで書くまでにやたら時間かかってげんなりしてきた。。







うわ、、1時間ぐらいかかってるな。。ひどい。。

とりあえずFirefox起動したのでそちらでblogの編集はしつつ、いつもどおり本文のテキストデータはメモ帳に書いてる。Seesaaの編集画面からだとレスポンス悪いしあぶなっかしくてやってられないので。noteはわりとレスポンス良いのでそのままあっちに書いてるけど。そんなに長文にしないし。


さておき

響いたのはドングリと文明のtogetterにまとめたところからか










「人類はほかの生物の死をまとって暮らしている」ということについて。自分の幻想もあるかもだけどたぶん現代人より古代、中世の人たちのほうがそういう感覚には近かったのではないかとおもう。自分で殺すし、殺したものを纏ったり栄養として摂ったりするので。また死との距離も現代人ほど隔絶したものでもなく死がふだんに生活の近くにあってそれを通じた生活のサイクルがあったような。王の二つの身体なんかで表されてるのだろうけど、昔は神性をもった王の死骸はそれによって土地に豊穣をもたらすとされた。ちょうどもののけ姫とかギガントマキアで表されていたように。


現代の都市生活者は基本的に死やなにかを殺すというところから遠い。場所によっては霊柩車が目の前を通るのや墓が近くにあることも厭われる。料理する人は魚をさばくぐらいはするけど、それは生物の命を奪るということとはまた違うような気がする。昔の人が小動物はすべて「虫」とあらわしたのと同じように。虫は「命を奪う」ってかんじでもなかっただろうし、それは「四つ足」と鳥や魚なんかとの関係とも同じだった(日本ではうさぎは鳥あつかいだったので食べられた)。



体験の範囲、実感の及ぶところ : 蜜蜂を弄ぶ
http://liyehuku.exblog.jp/24002926/


河P直美、2014、「2つ目の窓」
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/417488578.html



ゲーテの形態学のつながりから三木成夫さんを読んでる。

生命とリズム (河出文庫) -
生命とリズム (河出文庫) -
生命とリズム 三木生命学 (河出文庫) -
生命とリズム 三木生命学 (河出文庫) -

まだはじめのほうだし、いまのところ講演集ぽいのでぼんやりした内容だけど、<解剖学とか医学とかやってると生と死がそんなに判然と分けられるものではないような気がしてきます>、というのがいまのところの全体的内容になってる。「生と死は近代になって分けられていった」みたいなの。このへんは別件で見たデーケンさんの放送大学でもいってたけど





いわゆる死生学というやつ。


こういうのは言語化すると「生と死は別れてない」「あの世があってつながってる」みたいなことになって「ハナハダ非科学的ダ」みたいな話になっていくんだろうけど、そういう言語化とか理性としてのうんたら以前に、なんとなくの感覚としてそんなに死と生って判然と分けられるのかな?みたいなのはある。ちょうど現代の日本の都市生活者がスーパーのパック肉や魚の切り身と実際に生きてる牛や魚を実感として繋げられないのと同じように。飯島愛のひとは「こんにゃくってああいう形で海に浮かんでるものだと想ってた」っていってたし「紙婚式」にもそういう話あった。生き物がさばけない嫁の話。


紙婚式 (角川文庫) -
紙婚式 (角川文庫) -
紙婚式 角川文庫 -
紙婚式 角川文庫 -
紙婚式 (Feelコミックス) -
紙婚式 (Feelコミックス) -



医学的にはアポトーシスがどうとかな話になってくのかなとおもう。そこで癌なんかも絡むのだろうし、地球にとっての癌としての人間とか、あるいはウイルスとしての人間とかも絡んで来るのかなとおもうけど。


隠喩としての病い エイズとその隠喩 (始まりの本) -
隠喩としての病い エイズとその隠喩 (始まりの本) -
ストーリー -
ストーリー -


「生きるために死が、あるいは細胞の劣化と新陳代謝がプログラムされている」というところに形態学的な興味もからんでくるのだろうか。すなわち「変わりつつも変わらないもの」「変わらないけど変わるもの」。


三木さん的には

人間の原形は、動物のそれ、さらには植物のそれと比較することによってのみ明らかにされるものと思われる。言い換えれば、これらの三者に共通した生過程の原形を求め、その原形の人間における変容(Metamorphose)を求めれば良い。これがゲーテ形態学の根底をなす方法論である。

とかだけど

形態学的な興味?といえるのか似たようなものは自分にもあって以前に手の形とか人の身体の形のことを想ったりした。


position 1  「立つこと」「動くこと」「生きること」「性」「動くこと」「思考すること」 - Togetterまとめ
http://togetter.com/li/147666



人の身体というのは基幹の部分と枝葉の部分にわかれていて、身体技法的なことを専門でやっていくと「基幹を中心として身体をひとつのものとして認識して使うようにしろ」みたいなことが共通して言われるようにおもう。ボイストレーニングでは「喉や口だけで歌うのではない。体全体をひとつの土管のようなものと思って全身で声を出せ」とかいうし武術だとよく「腕だけじゃなく肚でいけ」みたいなことをいう。ジョギングでもそうだし、水泳だと特にそんな感じ。長距離を走ったり泳いだりしてると腕や足が邪魔になってきて、なるべく無駄なく/抵抗をうけないように最小限で基幹の動きに合わせるようになる。水泳の時はなるべく魚のように、走ってる時は…とくによい譬えが思い浮かばないけど、自分的には帆のようなイメージだった。帆とオール。基幹が帆で足がオール。基本姿勢を保ってれば推進しやすすく帆のほうがメインとなるのだからなるべく帆の邪魔をしないように、足≠オールは「付いてくる」/「勝手に動く」感じで。

で、そういうことをしてると、腕とか足とかはそもそも邪魔なものだなあ、とか思ったりする。まあでも現在の文明というのは手の仕事によって作られていったのだし、その恩恵は受けてるのだけど(こうしてタッチタイプなんかしてるし)。んでもより高度な文明?があれば手とか足とかいらないのではないか?とかおもったりする。そして、そこでは生きることも死ぬことも、性も生も超越されてる。




性欲以前の性欲的なもの、と、人の「知的」好奇心 - リビドーについて - Togetterまとめ
http://togetter.com/li/780707

意味―性―愛: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/414101268.html


愛はさだめ、さだめは死?: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/414133706.html




吉野弘さんの詩集を読んでると「栄養状態が十分だと茶は花を咲かさないのですよ」という話があった。茶というのは、あるいは植物は栄養状態が危機的になると花を咲かすらしい。

新選吉野弘詩集 (1982年) (新選現代詩文庫〈121〉) -
新選吉野弘詩集 (1982年) (新選現代詩文庫〈121〉) -

   茶の花おぼえがき

 井戸端園の若旦那が、或る日、私に話してくれました。「施肥が充分で栄養状態のいい茶の木には、花がほとんど咲きません。」

 花は言うまでもなく植物の繁殖器官、次の世代へ生命を受け継がせるための種子を作る器官です。その花を、植物が準備しなくなるのは、終わりのない生命を幻覚できるほどの、エネルギーの充足状態をが内部に生じるからでしょうか。

 死を超えることのできない生命が、超えようとするいとなみ―それが繁殖ですが、そのいとなみを忘れさせるほどの生の充溢を、肥料が植物の内部に注ぎこむことは驚きです。幸か不幸かは、別にして。

 施肥を打ち切って放置すると、茶の木は再び花を咲かせるそうです。多分、永遠を夢見させてはくれないほどの、天与の栄養状態に戻るのでしょう。

 茶はもともと種子でふえる植物ですが、現在、茶園で栽培されている茶の木のほとんどは挿し木もしくは取り木という方法でふやされています。

 井戸端園の若旦那から、こんな話を聞くことなったのは、私が茶所・狭山に引っ越した翌年の春、彼岸ごろ、たまたま、取り木という苗木づくりの作業を、家の近くで見たのがきっかけです。

 取り木は、挿し木と、ほぼ同じ原理の繁殖法ですが、挿し木が、枝を親木から切り離して土に挿しこむところを、取り木の場合は、皮一枚つなげた状態で枝を折り、折り口を土に挿しこむのです。親木とは皮一枚でつながっていて、栄養を補給される通路が残されているわけでです。

 茶の木は、根もとからたくさんの枝に分かれて成長しますから、かもぼこ型に仕上げられた茶の木の畝を縦に切ったと仮定すれば、その断面図は、枝がまるで扇でもひろげたようにひろがり、縁が、密生した葉で覆われています。取り木はその枝の主要なものを、横に引き出し、中ほどをポキリと折って、折り口を土に挿し込み、地面に這った部分は、根もとへ引き戻されないよう、逆U字型の割竹で上から押さえ、固定します。土の中の枝の基部に根が生えた頃、親木とつながっている部分は切断され、一本の独立した苗木になる訳ですが、取り木作業をぼんやり見ている限りでは、尺余の高さで枝先の揃っている広い茶畑が、みるみる、地面に這いつくばってゆくという光景です。

 もともと、種子でふえる茶の木を、このような方法でふやすようになった理由は、種子には変種が生じることが多く、また、交配によって作った新種は、種子による繁殖を繰り返している過程で、元の品種のいずれか一方の性質に戻る傾向があるからです。

 これでは茶の品質を一定に保つ上に不都合がある。そこで試みられたのが、取り木、挿し木という繁殖法でした。この方法でふやされた苗木は、遺伝的に、親木の特性をそのまま受け継ぐことが判り、昭和初期以後、急速に普及し現在に至っているそうです。

 話を本筋に戻しますと―充分な肥料を施された茶の木が花を咲かせなくなるということは、茶園を経営する上で、何等の不都合もないどころか、かえって好都合なのです。新品種を作り出す場合のほか、種子は不要なのです。

 また、花は、植物の栄養を大量に消費するものだそうで、花を咲かせるにまかせておくと、それだけ、葉にまわる栄養が減るわけです。ここでも、花は、咲かないに越したことはないのです。

「随分、人間本位な木に作り変えられているわけです」若旦那は笑いながらそう言い、「茶畑では、茶の木がみんな栄養生長という状態に置かれている」と付け加えてくれました。

 外からの間断ない栄養攻め、その苦渋が、内部でいつのまにか安息とうたた寝に変わっているような、けだるい生長―そんな状態を私は、栄養成長という言葉に感じました。

 で、私は聞きました。

「花を咲かせて種子をつくる、そういう、普通の生長は、何と言うのですか?」

「成熟生長と言っています」

 成熟が死ぬことであったとは!

栄養成長と成熟生長という二つの言葉の不意打ちにあった私は、二つの成長を瞬時に体験してしまった一株の茶の木でもありました。それを私は、こんな風に思い出すことができます。

 ―過度な栄養が残りなく私の体の外に抜け落ち、重苦しい脂肪のマントを脱いだように私は身軽になり、快い空腹をおぼえる。脱ぎ捨てたものと入れ替わりに、長く忘れていた鋭い死の予感が、土の中の私の足先から、膕(ひかがみ)から、皮膚のくまぐまから、清水のようにしみこみ、刻々、満ちてくる。満ちるより早く、それは私の胸へ咽喉へ駆けのぼり、私の睫に、眉に、頭髪に、振り上げた手の指先に、、白い無数の花となってはじける。まるで、私自身の終わりを眺める快活な明るい末期の瞳のように―

 その後、かなりの日を置いて、同じ若旦那から聞いたこういう話がありました。

 ―長い間、肥料を吸収し続けた茶の木が老化して、もはや吸収力を失ってしまったとき、一斉に花を咲き揃えます。

 花とは何かを、これ以上鮮烈に語ることができるでしょうか。

 追而、

 茶畑の茶の木は、肥料を与えられない茶の木、たとえば生け垣代わりのものや、境界代わりのものにくらべて花が少ないことは確かです。しかし、花はやはり咲きます。木の下枝の先に着くため、あまり目立たないというだけです。その花を見て私は思うのです。どんな潤沢な栄養に満たされても、茶の木が死から完全に解放されることなどあり得ない、彼らもまた、死と生の間で揺れ動いて花を咲かせている。生命から死を追い出すなんて、できる筈はないと。



註 井戸端園の若旦那から、あとで聞いたところによると、成熟生長は「生殖生長」とも謂う。

 栄養生長、生殖生長については、、田口亮平氏の著書「植物生理学大要」の中に詳しい説明がある。それによると、この二つの生長は、植物が一生の間に経過する二つの段階であって、種子発芽後、茎、葉、根が生長することを「栄養成長」と謂う。(茎、葉、根が、植物の栄養器官と呼ばれるところからこの名がある)

 栄養生長が進み、植物がある大きさに達すると、それまで葉を形成していた箇所(生長点)に、花芽、もしくは幼穂が形成されるようになり、それが次第に発達し、蕾、花、果実、種子等の生殖器官を形成する。この過程が「生殖生長」である。

 井戸端園の若旦那から当初聞かされた言葉が、かりに「成熟生長」でなくて、「生殖生長」であったら、この「茶の花おぼえがき」は、おそらくは書けなかったろう。成熟は生殖を抱合できるように思えるが、生殖は成熟という概念を包みきれないように思う。また、彼から「栄養生長」という言葉を聞いたときその内容を確かめもせず一人合点したことを「植物生理学大要」を読んで知ったが、理解の不十分だったことが、かえって鮮烈に「成熟」という言葉に出会う結果となったようだ。

 なお、栄養生長、生殖生長の二語は、植物のどの部分を収穫の対象にするかを考えるときに便利な概念である。茎、葉、根を収穫の対象にする場合は、栄養生長を助長すればいいし、花、果実、種子収穫対象とする場合は、生殖生長を助長すればいい。茶の場合は、言うまでもなく前者で、若主人が「茶畑の茶の木はみな栄養生長の状態にある」と言ってくれたのは、葉の収穫を最重点に管理している畑の状態を指していたわけである。

 種子繁殖に対し、葉、茎、根の一部を分離してふやす方法を栄養繁殖と言う。これは前述した通り葉、茎、根が植物の栄養体もしくは栄養器官と呼ばれるところから、その名がある。栄養繁殖は、球根植物やその他の植物の間では自然に行われていることで、サツマイモ、ユリ、タマネギ、クワイなどは、自然に栄養繁殖を行っている例である。茶の木の場合の取り木は、、いわば人為的栄養繁殖である。だがこの作品の中では「栄養生長」との混乱を避けるため、用いなかった。

 因みに、狭山「市の花」はツツジであって、茶の花ではない。「市の木」として「茶の木」が指定されている。茶の花は茶所を代表していないわけだ。

久しぶりの雨と吉野弘「茶の花おぼえがき」 - 現代田んぼ生活 辻井農園
http://d.hatena.ne.jp/tsujii_hiroaki/20090912


盆栽なんかだとそんなこといって「来年も花を咲かせようと思うなら葉っぱはきちんと剪定しとかなきゃダメだ」とかいうのだけど、うちの梅の鉢植えはそのままダラーッと育ててて新緑してる。めんどうくさいというのもあるけどなんだか忍びなくもあるので。葉っぱが成って行くのを見るのも好きだし。

花というのは生殖のために必要なものだから人間にとっての第二次性徴とかセックスとかにあたるのだろうけど、そうすると人間がセックスするのは、あるいはそのために第二次性徴とか、ファッションなんかで擬似的/儀礼的に性徴を装うのは生物として完全ではないからなのかな?とおもったりする。危機とまではいかないだろうけど。単純には死が設定されてるので性によって生をつなごうとしてるということになる。そういえば宮本輝の小説でそういうのあった。かつては栄華を極めた男が死の淵に追い詰められたギリギリでむしょうに自慰がしたくなって自慰にふける、みたいなの。「生物は死の淵に追い詰められると自らの種を遺そうとする」とかなんとか(シグルイでもあったな)。んでもセックスなんかも現代人からすると生物/生殖合理的なものではなく快楽の合理性を軸としたコンサマトリーなものになってるわけだけど。

人が、あるいは人の生が完全なものになってしまえば性もセックスもいらなくなるのかなあ、とか思う。究極的には脳みそだけでうんたらということだし、その前段階だと身体を義体に入れ替えてうんたらだろうけど。でも、そうするとアポトーシスが設定されてるのと同じような問題として「ゴーストがささやくのよ」ってことになるのだろう(なので草薙素子はわざわざローテクな女性型身体をまとい、擬似的なセックスをし、中国茶器で茶を喫したりする)。まあけっきょく冗長性の問題なのかなあとか思ったりするけど。






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「墓が捨てられる」時代: 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2014/10/post-b2c6.html



墓≠死といった不可解も共同体によってなんとなく意味づけられ回収される側面がある/あったのかもしれない。そしてそれらが変化してしまってきている。ネットも含めて。


川崎市中1男子生徒殺害事件について: 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2015/04/post-cfe6.html


彼ノ花|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n461594ceb71d


川村壮志、2014,「謝るなら、いつでもおいで」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/416879101.html



鈴木謙介、2013、「ウェブ社会のゆくえ」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/381455793.html


無為の共同体―哲学を問い直す分有の思考 -
無為の共同体―哲学を問い直す分有の思考 -




「死」も含めて、あるいは誕生や乳幼児への態度も含めて、以前の公共性 - 市民社会的な「ふつー」の感覚であれば特に問題でもなかったもの、常識として儀礼的・大人的に片付けられていたものが通じなくなってきてる現状がある。そういうのにセックスも含まれる。セックスとそれをめぐる表象や実存は刺激的な商品として商品として回収されてるので。こういうのは吉田健一やそのあたりのふつーな大人だったら「馬鹿らしいのでそんなにわざわざ言わないことだ」みたいなこといいそう。

痴漢とか強姦とか、その他を含めてのステロタイプな男性性欲にうれぴっぷるなんかが違和感とか嫌悪をもつのはそのへんかなとおもうんだけど、あのへんもセックスとかにみょーに期待したり幻想や欲望が過剰に集中してるのがみょーな感じであって、たぶんそれは消費的、産業的に表象や実存、欲望が回収され影響された結果としての軽度なフェティシズム(ビール依存なアルコール依存ぐらいな意味でのそれ)だろうから、ほかに楽しみが見つかればそっちにそれるのかなあとか思ったりする。

逆にいうとそういうところに過剰にフェチしてしまう人たち、痴漢とか強姦/准強姦のような犯罪のように通常の人間的付き合いを越えて性欲がオーバードライブしてしまうひとたちは性欲があらわれると全身性器みたいになってほかの愉しみ/自我の規制がゼロになるほどに性欲≠ちんこまんこに支配された貧困というか、そういうのはもう軽く依存ということだろうから特にバカにするわけでもなくかわいそうなんだけど(そういうのも消費産業の影響の結果だろうし)。そして、たぶん世の中の大部分はそういう人たちの割合のほうが「ふつー」に多くて彼や彼女たちの自己認識的にもそれが「ふつー」ということになってる。ちょうどビール依存の日本人が軽度アルコール依存になってるにもかかわらず「アル中じゃないよ」とかいうように。


なので、ネットも含めた公共圏 / 市民社会的共同体をどのように設定し、生きること / 死ぬこと / あるいは性があること、それらに対してふだんの生活の中で、人としての当然のあり方 / 接し方をどのように設定していくかが地味に考えられるのだろうなあとか思う(そのへんに関心がある人たちとしては)。

まあでも性欲とかはとくにハビトゥスというかエートスというか、理性とかその場での教育ではすぐに方向修正できない染み込んだものだろうから、その辺を納得していくのには教条的な教育というか、彼らが志向する性欲 / 性行動 / 性快楽よりもまさるものを得られる環境を整える/整えられるようにサジェストする、もしくは彼や彼女たちがセックスに依存することで思ったよりの快や満足を得られない(却ってさびしくなる場面もある)ということを体験的に実感していくしかないのではないかとおもうけど。

花と同じで栄養が足りてれば無理に咲くこともないのだろうし、逆にいうと栄養が足りてなければ花を咲かさざるを得ないのだろうから。





花を届ける|m_um_u|note https://note.mu/m_um_u/n/n03476ff2dc8e

fleur|m_um_u|note https://note.mu/m_um_u/n/nf07dcfb9d660



Rebecca Horn    性と生の超越: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/133818125.html


posted by m_um_u at 17:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

2015年04月29日

ゲーテ「色彩論」メモ



colors.jpg



色彩論 (ちくま学芸文庫) -
色彩論 (ちくま学芸文庫) -





noteに軽くメモってたんだけどあとで検索して参照するのにせるくまするならこっちにエントリしといたほうが楽だろうと思ったので移植。


ふせんのとこ読み返してみて、やはり当初の読み通り「カントやニュートンによって規定・定義されたことから漏れる観測的なものを色彩と光学に関しての経験則から表そうとした」ということだったようにおもった。ディレクトリとしては形態学的関心のひとつだろうけど、それがどのように色彩とつながってるのか?ということについてのはっきりとした言及はなかったので推測に留めるに、「変化」「うつろい」のひとつのわかりやすい事例として「色彩」があったのかな?ということ。染めや陶芸などではとくに色は変化していくのがよくわかるし。そのほかにも錯覚現象とか触れてたけど。


この本は錯覚的なものをゲーテが記述したところが事実確定的なポイントになってるのだろうけど、そこがこの本の醍醐味ではなくて、やはり以前にもいったようにこの本自体は研究ノート的なものにすぎなくてそのことはゲーテも言ってる(「これは経験則だ」みたいなの)。そういった部分、ニュートンやカントみたいに命題→仮説→確定みたいな論文形式ではなく、それ以外の印象なところをメモって言ったところがポイントだったかな、と。なのでそういった定説がある分野で定説をひっくり返すべく新説をあらたにつくっていこうとしてるひととかには参考になったり共感したりするところがあるかなとか。あるいは染めや器の職人。


色相環的な色の流れ、変化というのは器の場合は特になんとなく意識しつつもどういう現象なのか?ということについて職人独力では言語化→思考が追いつかないとこがあるようにおもう。化学的には説明されてるかもだけど、その哲学的意味みたいなの。そこを思考したものとして、ぢみに味わいがあるものだったのではないか?自分が器とか焼いてたら、あるいは薬用になった時にもういちど紐解いてみたいような…。酸化焼成とか還元焼成とかと当てはめて(ゲーテは酸化によって赤などの明るい色に向かう現象をして「高進」となづけていた)。


「全体としては形態学的なサブディレクトリな関心ではないか?」をもうすこしすすめると、形態学的な関心、変化についての関心というのは同時に「変化しつつも変わらないもの」が前提にあったのではないか。
「変わらないものがありつつも変わっていく」「しかし変化の中で同一のものを残している」

ゲーテの形態学的な興味がそういったものに根ざすとすると、ギリシア哲学におけるタレースにおける水への関心、ヘラクレイトスにおける火への関心にちかいのかなとか。


まあとりあえず形態学の方はそのうち読み進めるとして、この流れで「ゲーテとの対話」、三木成夫あたりを読み進めよう。(ついでにゲーテの植物学、鉱物学的なものも) → 「森のバロック」、「石が書く」(カイヨワ)












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花の色はうつりにけりないたづらに|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n0707fbbdfa0e



花惑い|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n666ecd226fa2




flowers for|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/nc68f917a5f5b




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2015年04月18日

「茶箱広重」と「無限の住人」のこと


茶箱広重 (小学館文庫) -
茶箱広重 (小学館文庫) -
らんぷの下 (小学館文庫) -
らんぷの下 (小学館文庫) -
鼻紙写楽 (ビッグコミックススペシャル) -
鼻紙写楽 (ビッグコミックススペシャル) -



朝に茶箱広重を読了しておおぅ…てなりつつなんか言いたい欲が高まってたのでこの際関連をまとめ的にエントリする形で。

















茶箱広重についてなんか書こうとchromeのタブに関連サイトハヤニエしてたらTLで「小林清親展すばらしかった」てあったので関連しらべてたら「応為の例の絵も展示する(映画記念で」てことでトレーラー見たら思ったより良かった。杉浦日向子漫画も心の落ち着きどころというか癒やしというかになってるので。ぢみに。


百日紅 (上) (ちくま文庫) -
百日紅 (上) (ちくま文庫) -
百日紅 (下) (ちくま文庫) -
百日紅 (下) (ちくま文庫) -
合葬 (ちくま文庫) -
合葬 (ちくま文庫) -
二つ枕 (ちくま文庫) -
二つ枕 (ちくま文庫) -


「小林清親展は百日紅映画版見てから行こう」とか思いつつ。自分はどうも小林清親よりは川瀬巴水派なんだけど、ちょっと調べたら時代も違って川瀬巴水のほうがより昭和絵というか、東京の昔的な風情なあれで、清親は三代広重と同じ開国期の叙情/陰影て感じだったのだな。それでも川瀬巴水のほうがなんか良いと感じるのは清親も開国な機運な影響を受けたところがあったからだろうけど、三代広重とかに比べたらかなり叙情的におもう。なのでこれも会期中に見に行こう。


さて、茶箱広重だけど

ネタバレ的なところもあるけどウィキペディアみたらわかるので先に言ってしまうと「印象派に影響を与えた日本の浮世絵」な画家ということらしい。茶箱というのは横浜から輸出する茶の木箱のことで、茶箱絵というのはそれに貼られた宣伝用の絵。つまりラベル程度のものだった。

「これだけの見事な多色刷木版画がそまつな箱に貼られている!!」

はるかな国から海を渡ってきた茶箱を見て、西欧人は驚嘆した。そして、はがして収集する熱心な人々がいた。
これが西欧の浮世絵収集熱の発端であり、印象派の若い画家たちに多くの示唆を与えたはじまりであることはあまりにも有名な話である。


初代歌川広重の門人。姓は鈴木または森田、名は鎮平。立斎、立祥、喜斎と号す。初代歌川広重と同じく定火消同心の息子であった。弘化のころ初代広重に入門し、初め重宣と称した。美人画や花鳥画、武者絵を描き、やがて風景画も描くようになり、徐々に初代の作域に近付いてゆく。安政5年(1858年)に初代が没すると、翌安政6年(1859年)広重の養女お辰の婿になり、二代目歌川広重を襲名した。この時、お辰は16か17歳であった。二代目広重は師の画風を忠実に継承した風景画などを描いた。慶応元年(1865年)、お辰22歳の時に20歳という年齢差が災いしてか夫婦喧嘩により、お辰と離別することになる。以後は森田姓を称し、横浜に移り住んで喜斎立祥と号し、外国輸出用の茶箱のラベル絵を描いたので、人々から「茶箱広重」と呼ばれ、特に外国人からは重宝がられた。


一ノ関圭が茶箱広重を連載していた当時、研究としても二代広重については詳しく知られてなくて、「これだけの情報をマンガで…」というのが驚かれたらしい(あとがきの高橋克彦語りから)。高橋さんは当時発表しようとしていた小説で二代広重について茶箱絵師に至った人生の謎から迫ろうとしていたようだけど、一ノ関圭としてはそういった事実関連に焦点するのではなく茶箱広重と呼ばれた二代広重(立祥)が晩年に茶箱絵師に至るまでの人間ドラマを描いている。「らんぷの下」「すがの幸福」「裸のお百」などで見られた女の情感がここでも表され、特に歳をとってからの女のそれの空気感とか間合いのようなものの描写がうまい。そして画家の絵に賭ける情熱と苦悩、そこから脱した/諦めた時に至る境地のようなもの。「裸のお百」は日本画壇が西欧画に染まり始めた頃の黒田清輝たち白馬会-東京美術学校(つまり現在の東京芸大の前身)の様子が伺えて勉強になるし、そこになんとも言いがたい、滋味のある人間ドラマが添えられている。一ノ関圭独特の筆致で。



一ノ関 圭(いちのせき けい、1950年 - )は、日本の漫画家。秋田県大館市出身。女性。東京藝術大学油絵科卒。在学中に投稿した「らんぷの下」が第14回ビッグコミック賞を受賞(夢屋日の市名義)。

江戸・明治を舞台に、歴史の波に埋もれた人物の懸命な生き様を描く骨太な作風が特徴である。

また非常に絵の上手い漫画家としても知られ、吾妻ひでおは『DEATH NOTE』での小畑健の絵について「幻の漫画家・一ノ関圭のような自在さはない」[1]との感想を述べ、竹熊健太郎は「美術をテーマにした漫画で納得行く漫画内絵画を描けていたのは、俺の知る範囲では一ノ関圭が筆頭」[2]と語るなど、その画力の高さは現在でも伝説となっている。


絵柄的には小池一夫の劇画的で小池一夫塾出身かと思ってたけど確認してみると違うみたい。どういう経緯であの画風を身につけていったのかはネットからだとわからないのだけど、独自ということでももともとが東京芸大だからということで基礎的な力が違うのだろうか(まあ東京芸大だからっていうのも安易な言い方だけど)。


白土三平も想わせるこういう絵柄-人物画は自分的にはあまり得意じゃない(なんか、あの時代の歌謡曲ぽい)のだけど、独特の色気や説得力を持っているし、なにより小物ほかの絵のうまさが精確で見ていて気持ち良い。物語の内容も並行してあとから染みてくる絵だなとかおもふ。煮物や干物のように。




茶箱広重-一ノ関圭についてはそのぐらいであとはあれこれ言うよりは読んでもらったほうがよいようにおもう。あまり内容言うのも野暮だしせっかくだから絵の情感を味わってほしいなあとか思うんだけど、あまり女流が認められてない時代の女流の華ということで言うと葛飾応為の天才と通じるものを思う。てか、まあ自分的には沙村広明関連な脱線していきたい。

無限の住人は去年に終わって

無限の住人(30) <完> (アフタヌーンKC) -
無限の住人(30) <完> (アフタヌーンKC) -
無限の住人 コミック 全30巻完結セット (アフタヌーンKC) -
無限の住人 コミック 全30巻完結セット (アフタヌーンKC) -

そのときにもちょっといろいろ言いたかったんだけどタイミングとか「言い出すと長くなるからどういう切り口で言おうか、、」みたいなのがあって機を逸していたのだけれど


少年ジャンプ+ 岸本斉史×沙村広明対談
http://bit.ly/1DSqJmS



NARUTOも好きなのでいろいろおもしろい対談だった。ちょっとおもしろ対談なので引用多くなって不格好だけどまあウェブで紙幅無限だし、「引用大杉→コピペアフィリのため」というわけでもない+文章として読む側に絶対見といてほしいもの+リンク先に飛ばずに一枚で見れたほうが楽というのもあるので。


まずは絵柄とその影響、描くときのポイントとして意識してるところについて。

岸本 『無限の住人』が初めてアフタヌーンに載ったときのことはハッキリ覚えてます。当時僕は大学の美術学科1年生で、寮にいたんですけど、寮生がみんな騒いでるんですよ。「今回すげえのが載ってるぞ!」って。で、「岸本、お前はとりあえず見ろ。確かマンガ家志望だよな」って言われて。しかも、当時僕、侍マンガを描いてたんです。それで、その載ってるのが侍マンガだっていうんで参考に見てみるかと思って読んだら……「あ、これはもう次元が違います……」って感じで(笑)。

沙村 いやいやいやいや(笑)。

岸本 本当ですって! もうメッチャクチャ絵がうまいんですもん。ビックリしましたよ。それで「もう侍マンガじゃダメだ。敵わない」ってなってジャンルを変えることにしたんです。


岸本 でも、僕もやっぱり大学時代衝撃を受けましたから。『AKIRA』以来の衝撃ですよ。まず絵ですよ。圧倒的な力の差を感じました。特に手と足がすごい。いまだに覚えてますが、当時、アフタヌーンに作家のページとして1ページもらえるコーナーがあって、そこに沙村先生が椅子に座ってるキャラクターを描いてたんですが、それがもうすごくて。

沙村 ああ、覚えてます覚えてます。あれ、めちゃくちゃ時間かかった(笑)。

岸本 僕、沙村先生と4歳差なんですけど、このレベルに追いつくには、どれだけペンを握らなきゃいけないんだろうって思いましたから。

沙村 でも、俺、『NARUTO』を最初、途中から読んだんですけど、すごく基礎デッサン力の高い人だなと思いましたよ。

岸本 えー! そんな……うわぁ……(悶絶)

沙村 本当に本当に。それで、この人、デビュー当時はどうだったんだろうと思って、1巻とかにさかのぼって読んでみて。もちろん今とは線は違うんですが、デビュー当時から生半可な新人と比べものにならないくらいうまかった。

岸本 でも、沙村先生の影響、すごいでしょう? 僕は中学時代に『AKIRA』にハマって、大学時代に沙村さんにハマったんです。だから、影響をすごく受けていて。前に『こち亀』の秋本治先生にお会いしたときに、「君は『無限の住人』の影響をかなり受けてるね」って言われて。「カカシが(『無限の住人』のキャラクター)凶(まがつ)で、イルカが(『無限の住人』の主人公)万次でしょう? 僕もあのマンガ大好きだからわかるよ」って、衣装とか髪型とかから推測されてたんです。

沙村 そうなんですか。

岸本 もう図星ですよ。手の描き方も、僕は沙村先生の影響受けてるんです。『無限の住人』の読み切りが載ったときに、銃を持っている手に感動して。人差し指から親指にかけてのライン、あの部分の肉をすごくうまく描いてて、そこにもう震えちゃって。

沙村 でも、僕も手はほかの人の影響ですよ。マンガを読んでいて最初に「この人の描く手はなんてうまいんだ!」って思ったのが、安彦良和先生。『アリオン』なんかを見て「なんてキレイなんだ!」って。

岸本 やっぱり手を見ますよね。

沙村 自分の絵を見ても、手が気になりますよね。でも、岸本さんの手って、すごいうまいじゃないですか。

岸本 いや、完全に沙村さんの影響ですよ。『カラクリ』って読み切りでデビューしたとき、それを見て「岸本さんの手の描き方を見てすごいと思いました」って言ったアシスタントがいるんですけど、その子に「いや、これ実は沙村さんって人の手なんだよ」って言ったら「あ……知ってます……本当は気づいてました」って言われたくらい(笑)。もうバレてました。
沙村 でもね、俺はたとえば手を描くとき、手の甲の部分にカーッと線を入れて腱を描いていくんですよ。良くも悪くもそういうクセなんですけど、岸本さんってアウトラインしか描かないのに、ちゃんと手の甲の面を表現できている。あれがすごい。

岸本 でも、沙村先生の手の線を省略していっただけなんですよ。

沙村 いや、「どこを省略するか」ってうまいか下手かの分かれる部分じゃないですか。シンプルな線でそれをやるっていうのはすごいんですよ。

岸本 だけど、沙村先生の絵ってすごくオリジナリティがあるじゃないですか。絵って、だいたい誰かの影響を受けているものなんですけど、沙村先生はすごくオリジナルの絵だった。

沙村 俺が学生のときに描いたマンガなんかは本っ当に大友克洋にバリバリ影響受けてますよ。ちゃんと人間と同じ形にトーンを貼って影をつくるっていう“大友影”だったり(笑)。そういうのがあって「ちょっとこれはまずい」って思って、いかにこれを脱却するかっていうのを考えてたんです。それでちょっとラフにざざっと描くようになった。

岸本 あれが衝撃だったんですよ。



岸本 僕、『無限の住人』で構図とか構成も勉強したんです。僕はアフタヌーンを2冊ずつ買ってたんです。
沙村 え、なんでですか。
岸本 アフタヌーンを買ったら、まず『無限の住人』を壁一面に貼るんです。ただ、壁に貼ると片面しか見えなくなるじゃないですか。だから、ページの裏表両方見えるように2冊買って貼ってたんです。それで「ここでこういうコマにしてこうするんだ」とか「これくらいのページ数でこれを出すんだ」とか、構成のバランスをたたき込んだ。だから、いまだにネーム描くときとかも、あの大きさでバーッと見られるようにしないとできない。

沙村 そんな、俺のマンガなんか見なくても、ジャンプを見てればいくらでも教科書があるじゃないですか……(笑)。

岸本 いや、どんだけ僕がハマったか、この思いを伝えなきゃと思って(笑)。緩急のつけ方もかっこいいんですよ。引きでキャラ位置をちゃんと見せて、カメラカットがパパパッと速いところはアップで見せていくじゃないですか。大きいコマの下にババババッとそういうアップの小さいコマがあるっていう緩急のつけ方は、いまだに影響を受けてます。



画面構成、構図について。

沙村 自分の中で、まずマンガの絵で一番最初にしなきゃいけないことは“説明”だっていうのがあるんです。場面なりシーンの説明ができているというのが第一で、次にそのなかでかっこいい絵を模索していくという感じですね。最近思ったんですけど、映画の速いカット割のアクションシーンとか見てると、映画のカット割とマンガのカット割ってやっぱり違うというか……マンガの方がもうちょっと引きの絵を多く見せないといけないんですよね。映画って結局常にアップで、あまり全景を映してなくても後ろにカラーの背景が入ってるから、だいたい状況がわかるんです。それがマンガだと……

岸本 白黒だから。

沙村 そう。全部説明しないといけない。

岸本 難しいですよね。アクションシーンはちょっと間違えるとすぐ何をしているのかわからなくなっちゃう。

沙村 岸本さんの場合は、もう週刊少年誌の宿命みたいなところもあると思うんです。すごいじゃないですか、スケジュールが。前にジャンプ作家の1週間みたいな記事を見たんですけど、「このスケジュールの中で絵のことに心を割いている時間とか余裕とかよくあるな」って思いますよ(笑)。それくらい時間がないし、生産量を上げないといけない。そうすると、たとえばトーンを満足いく形で貼れなかったりするでしょう?

岸本 はい。コミックスの直し作業ならともかく、連載中はまずできません。

沙村 岸本さんの戦闘って線が多くて濃いんですよね。ただ、それがゆえに目で追わないといけない情報量が多くなって、ともすればノイズに見えてしまう場合もある。これ、たとえばキャラだけ残して、背景に1枚トーンを貼るとかそういうことができる時間があれば、もっとわかりやすくなると思うんです。でも、それをやる時間がないでしょう?

岸本 そうなんです。沙村さんって手前のキャラってトーン貼るじゃないですか。カメラのこっち側にあるキャラはトーンを貼って奥行きを出す。『NARUTO』でも序盤あたりまではそれをやってたんです。それがね、時間がなくて、なかなかできなくなっていった。

沙村 岸本さんは僕のマンガを読みやすいって言ってくれますけど、僕のマンガと何が違うって、もう単純にトーンを貼ってあるか貼ってないかだけなんです(笑)。

岸本 あと、カメラの引き具合ですよね。アップ過ぎるとキャラクターの位置関係なんかがわからない。『NARUTO』の場合、戦ってるのがもはや普通の人間じゃなかったりするんで。怪獣みたいなサイズになってる。だから、どこら辺までカメラを引けばいいのかわからなくなるんですよね。引きすぎるとキャラクターが見えなくなるし。アップ過ぎると敵が何だかわかんなくなっちゃうし。沙村先生はカメラも感心しちゃうんです。『無限の住人』の大江戸地下編なんかは難しかっただろうなと思うんです。地下ってどうしても全部パースがついて回りますし。そこで戦闘するなんて、頭がグチャグチャになりますよ。カメラを置く位置も限定されますし。

沙村 あんまり引く絵は描けないですしね。

岸本 それなのにちゃんと読者に状況がわかるようにバトルしてて。僕も『NARUTO』で自来也ってキャラクターが出てきたときに、通路でバトルっていうのを描いたことがあるんです。でも、もう「これはヤバいな」って。当時の担当さんに「これはカメラが難しすぎる」って話をしたくらいだった。でもそしたら、沙村先生が大江戸地下編でもっとたくさんのキャラで通路でのバトルっていうのをやってたから……。

沙村 だから、あの場面は結構いろいろウソついてますよ(笑)。

岸本 いや、そんなことないですよ。

沙村 岸本さんは、パースを取るときにちゃんと消失点を3つを打ったりしてます?

岸本 三点透視とかはある程度……そこまではきちんと取らないですが。紙をつなげて(遠くの消失点を打てるようにする)っていうのはアシスタントがやってくれるのでやりますけど、遠くになってくるとどうしても無理なんで。大友さんみたいに紐で(消失点の設定を)やるとかあそこまでは……

沙村 岸本さんの絵を見てると、パースを取ってるというよりは「この人、フリーである程度まで描けるな」って感じがするんです。ある種すげえなって。

岸本 でも、パースは僕も適当ですもん。なかなかアシスタントさんのズレた部分を徹底的に修正することもできないですし……。

沙村 いや、パースというよりね、空間表現がうまい人の背景の処理って、実は消失点を取ってみると意外とズレてたりするんです。でも、それがいい方にズレてるんで、実際に消失点でパースをきちんと取る人よりも良く見える。だから、『NARUTO』を見てると「すっげえウソのうまい人、いいウソをつく人だ」って思う。

岸本 でも、沙村先生は割ときっちりパース取ってるじゃないですか。あれだとやっぱり時間かかります?

沙村 あ、ええ。あの、ジャンプって専用の原稿用紙ありますか?

担当編集 あります……けど、使っている人はほとんどいません。鳥山明先生くらいだと思います。

沙村 ああ、アフタヌーンもそうです。専用原稿用紙があるんですが、使ってるの藤島康介先生くらいです。

岸本 そうなんですか(笑)

沙村 いや、それでね、アフタヌーンの原稿用紙、これは市販のやつも全部そうですけど、枠外に目盛りが振ってあるじゃないですか。あの目盛りで下を1センチ、上を1.4センチで取っていくと、すごくゆるやかなパースになるんです。で、その目盛りを見ながらいちいちパースをとっていくんですね。もうこれやってるだけですごい時間かかるので、絶対に週刊少年誌ではやってられないですよ(笑)。

岸本 大変ですよね(笑)。



漫画家・松田未来氏「消失点とパースばかりこだわっていてはいい絵は描けません」 - Togetterまとめ
http://togetter.com/li/86266

アニメ監督・川崎逸朗氏の画面外に消失点ある場合のパース線の導きガイド - Togetterまとめ
http://togetter.com/li/507244

【イマジナリーライン】を超えたマンガは最悪なのか - Togetterまとめ
http://togetter.com/li/641095


自分的に岸本の集団戦闘シーンはなにやってんだかわかりにくいなと思っていたんだけど「こういう事情があったのかあ」「いろいろ考えてやってて大変なんだろなあ。。」とか。


描画的なところだと「ふむふむ( ^ω^)・・・」て聞いてるぐらいしかないので基本的に引用botみたいになってしまうんだけど、ストーリーやテーマの話が最後に来てるのでそこでちょっとうんたらしてみよう。



岸本 『無限の住人』と『NARUTO』ってテーマ的に裏表の部分があると思うんです。『NARUTO』は「代々想いをつなげていく」っていうのをひとつのテーマにしているんですが、『無限の住人』だと「思いを次に伝えたらダメ」なんですよね。憎しみや恨みを伝えたらダメで、その世代で終わらせないと子どもや孫が苦労するというのを描いている。でも、同時に「そこには呪いだけじゃなくて、想いというのもあるでしょ」っていうのを描いているでしょう? もう「なんてすごいマンガを描くんだ!」って思いましたよ。

沙村 最後の方はもう何とかまとめたという感じですよ(笑)。前にこういう話があるから、必然的に最後の方はこういうものを描かなきゃいけない、という感じで途中から決まってきたというか。

岸本 いや、すごいキレイでしたよ。難しいじゃないですか、恨み辛みって。「やられたらやり返す」みたいなことって確かにあるんだけど、じゃあ、どこからそれを正当性があるといえるのか、とか。僕も復讐や恨みっていうのをテーマに描いたシリーズがあって、ずっと悩んでやっていたので、沙村さんも難しいだろうなって思ってたんです。けど、すごくキレイにまとめていて。あのラストってだいぶ前から決めていたんですか?

沙村 大きな流れは最終章に入るときに決めました。ただ、「凜が天津を……」というのだけは最初から決めていましたね。

岸本 凜ってどうしてもふらふらしちゃうじゃないですか。自分の仇である天津と一緒に旅しちゃったりもしたから。でも、「あんたを殺すのは私よ」っていうのはずっとあって……。

沙村 凜のふらふらさ加減は、そのまま作者のふらふらさだったりするんですけどね(笑)。

岸本 でもそこは逆にリアリティがあったと思うんです。自分が凜でも実際迷うだろうなって。

沙村 そういう意味では『NARUTO』のキャラ、特にナルトはブレないんですよね。いい少年マンガだと思います。

岸本 ナルトは基本的にブレさせないようにしましたね。ブレたら読者の少年たちがよくわからなくなっちゃうだろうというのもあって。だけど、ナルトも一度壁にぶつかるんです。長門とペインというのが出てきて、「やってやられて」っていうのはダメなんじゃないかって、答えがわかんなくなる。主人公がずっと悩まないというのも何か違うんじゃないか、ウソっぽくなるんじゃないかと思ったんです。



「無限の住人」は、最初は時代劇を編集側から割り当てられたのもあってノリでやってた(それもあってパンクとかと合わせて侍パンク、ネオ時代劇的なものを描いていた)というのはあったのだろうけど、「親を殺され道場を潰された凛の復讐」が基本ストーリーとして定着してから、それに沿って長期間描いているうちに「復讐とはどういうことか?」「復讐の帰結をどう描くか?」ということが熟成いっていったのだろう。沙村自身も語っていたけど「無限の住人」という作品が深みを増していったのは峠越えでの奉行と凛の問答辺りからだったようにおもう。キャラや設定としては乙橘槇絵なんかも既に出てきていたのだけれど、それはまだ人生的な深みを背負ったリアリティというほどでもなくあくまで「設定」て感じだった。なので軽かったり。

自分が「あのあたりで無限が変わった」「好きな場面」として想うのは同じく8巻の密花と天津が初めて出会う場面(「ひそかなる」)。

無限の住人(8) (アフタヌーンKC) -
無限の住人(8) (アフタヌーンKC) -

あのあたりでの武家言葉でのやりとりや場面全体から漂う涼感は時代劇マンガとしての心地良い洗練を感じさせた。それは凛の関所越え問答が終わった後のカタルシスというか、ひとつの境地みたいなものも関係してたのかもしれない。その後、日本画的情感も湛えた表現が名物の散華絵に替わるようになり作品全体の質感も変わっていった。

おそらくこのあたり、心形唐流とのやりとりのところでも作品としてもひとつのクライマックスをかかえていて、なんだったらこのまま終わっても良いポイントのひとつだったのだろう。構図としては最終巻の最終決戦とほぼ同じようなものなので凛の復讐もこのドサクサに紛れて達せられた。

それが「もうちょっと続くんじゃよ」しつつドラゴンボールでいえば神龍の謎そのものを追いかけるように万次の無限の体(血仙蟲の謎)という伏線テーマも回収されていった。

心形唐流とのやりとりを通じて逸刀流も復讐を追うようになり、単なる敵側という設定から深みを増していく。「元はといえば流儀の継承を巡って天津―逸刀流側が抱えていた恨みとその復讐という流れだったではないか」というのもあるだろうけどそれはあくまで「設定」であって、ここに至るまではそのことについて逸刀流側の登場人物が深く省みられる機会はなかった。入れたとしても不自然になるから。


そして逸刀流による幕府への復讐を通じて逸刀流も凛―万次も、あるいは幕府側の吐鉤群も、誰も彼もが完全な「敵」「味方」として判別されるもの、勧善懲悪的な「正義/味方」的な構図から離れ、「他人の罪を一方的に責められる人間などただのひとりもいない善悪の彼岸」において救われないバカどもの最後の血戦が幕を切る。



「復讐なんて馬鹿のすることさ。復讐は復讐を呼ぶ」

「誰かが、自分の目の前の生以外の物語を背負うことはないのさ。たとえば親子のそれを」


復讐についての作品としての答えは既に出ていたのでどこで終わっても良かったのだけれど、血と剣で語り合わなければ納得が得られないのは商業マンガとして仕方がないというのもあるのだろうけど、その辺りの説得力を凛のけじめのセリフがつける形となる。


でも、それはやはり「マンガ的な物語としてのいちおうの結末として必要な仕儀として」という体裁で、最終話が凛の復讐が達せられた時からしばらくの時を経た開国後の日本、江戸から東京に変わった日本に移ったのは一ノ関圭的な情感へのオマージュであり、無限の住人という話がほんとはこういうものだったのかなあと想わせるものだった。わかりやすい剣戟や事件もない、あるいはそれらがないからこそ真実味を帯びる日常のドラマが散りばめられたそういったリアルな時代劇。それは永遠に変わらない情感をたたえ、広重―清親―巴水のように継がれていく。





沙村 でも、それもいいと思うんです。若い読者の方は刺激的だったりインモラルだったり倒錯的だったりするものに憧れるところがあるじゃないですか。で、俺に将来的に子どもができて性格が丸くなって、牙を抜かれたようなマンガを描くようになったら、たぶん若い読者からは「ああ、沙村は結婚してすっかりダメになっちまったな」みたいなことを言われるんだけど、今度はお子さんを持っている読者が共感するものがあると思うんです。

岸本 そう。たぶん変わったら変わったで新しいファンがつく。変わっていくのも楽しいんですよね。

沙村 結婚して子どもをつくるという人間の当たり前の営みの中で変わっていくのも、人としてのリアルだと思うんですね。だから、岸本さんが結婚されて子どもを持って、後半『NARUTO』のなかに父親の視点が入っていったっていうのは非常にリアルで面白いと思います。

岸本 ただ、自分自身は変わってないなと思う部分もあるんですよね。ちゃんと大人になってるのかなって不安になるところが。

沙村 どこから大人になるかって少年マンガの永遠のテーマでもありますよね。俺は「少年」っていうのがなかなか描けなくて。少年を主役にっていうのがたぶん一番自分がやりづらいんです。少年って最初は弱くて、自分より強い男に守られている存在じゃないですか。でも、いずれは守られている状態を脱さないといけないわけで。マンガの王道としてはそういうテーマがあるんですけど、それをどこでどう切り替えればいいのかっていうのが難しくて……。

岸本 「童」をどこで「男」にするかって難しいですよね。

沙村 でも、ナルトもね、最終話でナルト自身がまったく違う人間になってしまったかというとナルトはナルトのままじゃないですか。自分が40代になって今思うのは、大人っていつでもどこでも大人らしいわけじゃないってことなんです。けど、その年齢になるまでに自分が培ったこととか発見したことを、ひとつかふたつ、子どもに言えれば大人としてそれでいいんじゃないかって思うんですね。だから、ナルトにしても、普段から常に大人っぽくなる必要はたぶんなくて、何か「自分がかつてこうだった」とか、「旅をしてこう思った」っていうものを、ひとつでも伝えられれば、もうそれで大人としての役割を果たせているんじゃないかって。

岸本 確かに。俺も何も変わってないかもしれないけど、息子によく言いますもん、『NARUTO』で描いてきたようなことを。それで、子どもからは大人に見えたりしてるのかもなぁ。










竹易てあし漫画全集 おひっこし (アフタヌーンKC) -
竹易てあし漫画全集 おひっこし (アフタヌーンKC) -




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「春風のスネグラチカ」|m_um_u|note https://note.mu/m_um_u/n/n766d1842c8b3


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2015年04月06日

川村壮志、2014,「謝るなら、いつでもおいで」




謝るなら、いつでもおいで -
謝るなら、いつでもおいで -




カワサキでの中1男子殺人事件に対するメディアやTwitterをはじめとしたネットでの扱い、あるいはISISに囚われた日本人捕虜の殺害に関するメディアの扱い方、自分たちの受け止め方について少し考えてみたくなり関連の本としたうちの一冊。

この本に期待/興味をもったのは事件報道の偏向、事件として型にはめる際にこぼれていくこととその取材→編集の実際をあらためて現場レベル(裏側)から見たい、というのもあったのだけれど、タイトルにもあるように被害者親族の赦し、そして赦しを通じた喪失という心的外傷からの回復がどのような心理過程を経て成されたのか読んでみたいと思ったから。


 ひとつの事件が終わると、僕たちはまた次の痛ましい事件へと心を奪われてしまう。活きの良い「ネタ」に目移りする割には、そのまなざしは判で押したようで、あらかじめ手垢にまみれている。
 成熟した大人も、未熟な子どもも、むごい事件という視点のみで切り出して、同じような出来合いの「被害者」像に押し込める。加害者像へのアプローチの仕方だって同じだ。ためらいもせずに「加害者」というグロテスクな鋳型にはめこみ、ジャンクな情報に紛れ込ませてしまう。
 そして、時が経てば、僕たちはそんなことすら、跡形もなく忘れてしまう。

 でも、残された側には、このまま事件をお仕舞いにできないわだかまりが残る。
 御手洗さんはその後、佐世保支局にたまに顔を出すことはあったが、復職することなく春になると福岡に転勤した。加害少女の父親は無言を貫いたまま。中学生だった怜美ちゃんのお兄ちゃんとも、結局まともな会話もできず、さよならさえ言わずに別れてしまった。






結論から言うとそれは赦しというわけでもなく、回復というのともすこし違った。被害者の父親である御手洗さんの言葉にもあったように「謝られたからといって簡単に許せるものでもない。むしろもっと別の感情が出てきてしまうかもしれない」というようなものだった。「謝って済む問題でもないし、ただそこにあるのは『怜美を返してくれ』という気持ちだけ。でもそれは取り返しがつかない。。やり直せないことなんてないとはいうけれどこの世には本当に取り返せないことがあるのだと知った」「だからといって加害者に、あるいは加害者親族にずっと謝り続けてくれというのとも違う。。その謝罪のナルシシズムのなかで罪を風化させるのではなく、それを抱えつつふつうに生きてほしい」。前者は御手洗さんのお父さんの言葉で、後者はお兄ちゃんの言葉。言葉にすれば簡単なものに感じられるけれど、この言葉が出てくるまでの、この心情に至るまでの経緯や時間は一過性のニュースとして消費されるそれからすると深く重く、こういった事件が関係者全員の人生を巻き込んでいくものなのだなと認識できた。


「謝るなら、いつでもおいで」はこういった経緯からのお兄ちゃんの言葉になる。



「少年事件は楽に数字を取れる」が招いたこと:日経ビジネスオンライン
http://nkbp.jp/19XILrT


池上:まずタイトルがいいなと思って、手にとりました。『謝るなら、いつでもおいで』。最初は被害者のお父さんの言葉だろうと思いました。事件当時、お父さんがテレビに出ていたけれど、取り乱している感じがあまりなくて、きちんと事件を受け止めていらっしゃる印象があったからです。「あのお父さんだったらこう言うかもしれない」と思って手に取ったんですが、読んでみたら「ああ、こっちか」という驚きがありました。

川名:最初にタネ明かししてしまうんですが、この言葉を発したのは、被害者の怜美(さとみ)ちゃんの3歳上のお兄ちゃんです。本の題字もお兄ちゃんに書いてもらいました。



池上:ある意味、川名さんも当事者ですよね。こういう本を出していいのか、という思いはありませんでしたか?

川名:事件後、僕は新聞記者として、被害者の遺族にも、加害者の家族にも、学校の先生にも何度も取材して、新聞記事はたくさん書いていました。だけど一方で、取材すればするほど、新聞記事の断片的な情報ではどうしても抜け落ちてしまうものがあることも痛感していました。

 ある程度まとまった形で伝えられたらとずっと思っていたけれど、池上さんが指摘するように、僕はあの事件を語るのに、マスコミという立場には徹しきれないんです。マスコミという立場を少し離れて語ろうと思ったときに、じゃあ僕が勝手に書いていいのだろうかという迷いはありました。迷いながら、取材は続けていたんです。

 お兄ちゃんに対しては、彼が20歳になったら取材をしようと決めていました。彼は怜美ちゃんと本当に仲が良かった。初めて取材した時にお兄ちゃんが語った言葉が「謝るなら、いつでもおいで」なんです。加害少女に向けたその言葉を聞いたとき、迷いが消えました。

川名:池上さんはよく「報道しないことは存在しないことだ」とおっしゃっていますが、報じなければ、この言葉は存在しなかったことになってしまう。残酷な事件ノンフィクションではなく、娘や妹を失った家族の物語として伝えなければいけないと強く思いました。

池上:この本には、14歳から20歳までの6年間のお兄ちゃんの苦悩や葛藤、心の軌跡も書かれています。本になって初めて、私にも読者にも伝わったわけですね。

川名:お兄ちゃんにインタビューをしながら録音をしていたんですが、後で文字に起こしたものを彼に渡しました。昨年、お兄ちゃんが事件後10年経って初めてマスコミの前に出たことがニュースになっていましたが、彼は「そのインタビューが救いになった」と話していたんです。自分の思いをマグマのようにずっと溜めていたけれど、僕の取材を受けたことで初めて吐き出せた。1歩前に踏み出すきっかけになった、と。



池上:「取材するとは一体どういうことだろうか」と、私もいまでも悩むことがあります。事件が起こると現場に殺到して、被害者の家族に「今のお気持ちは?」と聞いたり、人の心に土足で踏むこむバカな記者がいます。一方で、川名さんのように、相手の話をただじっくり聴くというのも取材なんですよね。取材することが、結果的に相手のつらさを減らすことにつながることもある。それはいい取材だと思うし、記者としてうれしいですよね。

 少年犯罪が起こると、メディアはすぐに「心の闇」とか書くでしょう?「心の闇」ってキャッチーなフレーズだから何か説明されたみたいな気になるけれど、よく考えたら何のことか分からない。何も言ってないんですよね。






事件当時は加害少女が11歳で少年法的にかなり守られた立場にいたため詳細な情報が記者たちにも回ってこなかった。そのため「加害少女はインターネットが得意で」といった断片情報から『専門家』にコメントが依頼され編集し都合よく飾られていった。

 すこし乱暴な言い方かもしれないが、一部のメディアにとって、犯罪報道は、たとえそれが憶測混じりの情報だとしても、「とった者勝ち」「書いた者勝ち」だ。真偽も中身も二の次なのである。
 それはたとえば、些細なエピソードを寄せ集めて、雑に固めただけの、まがまがしい異形の物語、あるいは、被害者の無念の断片をつぎはぎにして紡ぎだす、みじめな復讐譚。どっちにしても、谷底に突き落とされた両者に対する高みの見物。そんなものは雰囲気だけで空っぽの社会正義だ。

 加害者の肩を持つ気持ちはさらさらないのだけれど、僕としても、そうしたアプローチの仕方に釈然としない気持ちもあった。


「加害少女はクラブ活動のバスケットボールに熱中していたが、それを禁じられたフラストレーションが」→「親の過度の抑圧が」などもその一環としてあった。

じっさいは教育熱心な親による抑圧ではなく、学校までの通学に1時間に1本のバスに乗る必要があるような人里離れた山奥に住み、バスケットボールの帰りには暗い夜道を帰らなければならないことを親が心配したからだった。


「加害者の親は子供に目が行き届いていなかった」「子供に愛情をそそいでいなかった」ということについては上記の様な感じで、印象としては世間並みの、あるいはそれ以上の心配を子供にかけていた親だったように感じられた。「子供が理解できていなかった」という点では被害者親族のそれと同等なぐらいの。そして被害者親族も世間並み、あるいはそれ以上に子どもとコミュニケーションができていたように感じられた。もちろんこの年頃の女の子のプライバシーな部分にはなかなか踏み込み難かったけれど。


「なぜこのようなことが起きたか?」「なにに原因があったか?」ということについては本書を読んだ限りではけっきょくはっきりとしたことはわからなくて、印象としては「だれでも少なからず持っているもの、例えば友人との関係におけるフラストレーションと悪い感情、環境による孤独、そのはけ口や幻想の結びつきなどが偶然に重なり、ガス抜きの方法のないまま膨らんでいってしまった」ということ。

「たすけて、怜美ちゃんが死んじゃう」

という言葉は現実遊離的なもの、他人然とした異常さを想わせるのだけれど、背景としてはこのコも抗えない流れのようなものに流されて気づいたらそういうことになっていたのかもしれない。


「どこにでもある子どものけんか、常軌を逸したレベルではないんだよ。それにもかかわらず、あの子は自分の報復に屈しない相手への憎悪を膨らませて、精神的に自分を追い込んでいっちゃったんだ――」



実際のところはわからないしこの本を自分が読んだことからの印象にすぎないのだけれど。そして、過度に加害者弁護になるのは避けたいという気持ちもある。




大人たちはそういったボタンの掛け違え的なものも感じていて「だからこそ自分があのときもうちょっとなんとかできなかったか、、」「あのときの笑顔のうらにそういうことがあったのか(だったらあのときもっと言葉をかけ、そのときの心情を導き出せなかったのだろうか?)」と悔やむ。


でも、それもタラレバ論の取り返しの付かないことであることをわかりつつも




「さっちゃん。今どこにいるんだ。母さんには、もう会えたかい。どこで遊んでいるんだい。

 さっちゃん。さとみ。思い出さなきゃ、泣かなきゃ、とすると、喉仏が飛び出しそうになる。お腹のなかで熱いボールがゴロゴロ回る。気がついたら歯を噛みしめている。言葉がうまくしゃべれなくなる。何も考えられなくなる。


 もう嫌だ。母さんが死んだ後も、父さんはおかしくなったけれど。それ以上おかしくなるのか。

 あの日。さっちゃんを学校に送り出した時の言葉が最後だったね。洗濯物を洗濯機から取り出していた父さんの横を、風のように走っていった、さっちゃん。顔は見てないけど、確か、左手に給食当番が着る服を入れた白い袋を持っていたのは覚えている。

「体操服は要らないのか」「イラナーイ」
「忘れ物ないなー」「ナーイ」

 うちの、いつもの、朝のやりとりだったね。

 5人で、いろんな所に遊びに行ったね。東京ディズニーランドでのことは今でも忘れない。シンデレラ城に入ってすぐ、泣き出したから父さんと二人で先に外に出たよな。父さんは最後まで行きたかったのに。なんてね。
 でも、本当にさっちゃんは、すぐに友達ができたよな。これはもう、父さんにはできなこと。母さん譲りの才能だった。だから、だから、父さんは勝手に安心していた。いや、安心したかった。転校後のさっちゃんを見て。
 母さんがいなくなった寂しさで何かの拍子に落ち込む父さんは、弱音を吐いてばかりだった。

「ポジティブじゃなきゃ駄目よ、父さん」「くよくよしたって仕方ないじゃない」。何度言われたことか。
 それと家事をしないことに爆発した。ひどい父さんだな。許してくれ。
 家の中にはさっちゃん愛用のマグカップ。ご飯とおつゆの茶碗、箸、他にもたくさん、ある。でも、さっちゃんはいない。
 ふと我に返ると時間が過ぎている。俺は今、一体何をしているんだ、としばらく考え込む。いつもなら今日の晩飯何にしようか、と考えているはずなのに、何もしていない。ニコニコしながら「今日の晩御飯なあに」と聞いてくるさっちゃんは、いない。
 なぜ「いない」のか。それが「分からない」。新聞やテレビのニュースに父さんや、さっちゃんの名前が出ている。それが、なぜ出ているのか、飲み込めない。
 頭が回らないっていうことは、こういうことなのか。さっちゃんがいないことを受け止められないってことは、こういうことなのか。これを書いている時は冷静なつもりだけど、書き終えたら元に戻るんだろうな、と思う。
 
 さっちゃん、ごめんな。もう家の事はしなくていいから。遊んでいいよ、遊んで。

 お菓子もアイスも、いっぱい食べていいから」





 あの子がどういう風に生きていくのかということを、僕は被害者側から求めるべきではないとも思っているんです。本人が考えて、本人が生き方を選ぶしかない。僕にとって不満になることもあるかもしれない。でもそれは、そういうものなんだと思う。
 僕としては、相手がこちら側の苦しみをわかっているってことを、見せてほしいというか。そういう言い回ししかできないんだよね。何をしたら僕が納得するかというのは、僕自身もわからない。彼女がどんな生き方をしようと、納得しないんじゃないかとすら思う。そんなに人間できてないし。

 つまりね、今のこの社会の触法少年の処遇のあり方でいえば、あの子は自分の過去から逃げようと思えば逃げられるんです。それは、被害を受けた側からすれば、悔しいけれど、受け入れるしかない。そうあってほしくないな、と思うだけ。それが今の社会の合意であるし、安易な厳罰化に走っても、何も解決されないと思っている。
 あの子にも、生きていれば楽しいことや嬉しい事があると思う。それを否定する気はないんです。背負ってほしいけど、でも人生そのものは全うしてほしいというか。あの子への思いを聞かれると、それはいつも僕にとって、自己矛盾なんです。
 だから、僕が最後、死ぬ間際に、あの子も怜美の死を悼んでくれたんだな、と思えればいい。そういうことなんですよ。たぶんその直前までずっと、そういうふうに思い続けると思うんですよ。





被害者のお父さんは事件当初から心が虚ろになり、止まってしまうとコワレてしまうことを避けるように事件の話題を避け、事件からはなるべく身を引いて普段の生活をおくるようにしていた。それは被害者のお兄ちやんも同じで当初から事件を受け止めらなかったのは同じだったのだけれど、母親がいない家庭でお兄ちゃんが母親代わり的な位置をこなしていたのもあって感情を素直に発散する/悲しみや怒りとして発散することができないような状態にあった。事件後は事件から目を背けるように部活や受験勉強に没頭していたけれど、それが終わった高校生活からそのショックが襲ってきた。お兄ちゃんはPTSD的に鬱になっていき、とうとう学校に通えなくなり、進学校を退学し、しばらくしてドロップアウトした子たちが通う学校に通うようになり、そこでもまだトラウマを引きずっていたこともあってギリギリの単位でなんとか卒業した。加害者のおとうさんとおかあさんは狭い街のなかで職を終われ、けっきょく離婚し、それでもお父さんは加害者の女の子が帰ってくる場所、更生施設から出てきた時に施設に通っていたことがわかりにくいようにするために住所を変えずに留まった。ずっと被害者や被害者の家族に申し訳ないと手紙を送りつつ(あの子が謝りたくなった時に手紙が途絶えていたら謝るきっかけをうしなってしまうかもしれないから)。


 怜美が死んでからの親父さんは、今まで見たことのないような親父さんで、やっぱり堪えました。
 それを見たら「自分がこの先どうなるか」より、「親父さんがどうかなっちゃうんじゃないか」の方が心配でした。「怜美の後を追うんじゃないか」って思いましたから。
 最初のホテルで会ったときも、完全に目の焦点が合ってなくて、僕を見ているのか見ていないのかわかりませんでした。生気が抜けている。マスコミの前では遺族の会見なんてやってたけど、自分たちといるときは、そんな感じでした。正常な状態じゃない。
 だから、逆に僕は極端に冷静になっていた。「さて、どうしようか」と思う自分がいました。親父さんとホテルで会ったときから、僕は感情を殺しちゃった。


 親父さんは、二人でいるときはダメでしたね。ほとんど上の空。声をかけるまで、僕の存在にも気づいてもらえない。あのころ親父さんは、僕に全然気づいていなかったと思います。
 今思えば、僕は当時、14歳ですよね。やっぱりかなり子どもでした。まだまだガキ。それなのに、不必要に大人になってしまった。親父さんを見て、「余計な負担をかけてはいけない」と思いこんでしまったところがありました。変に落ち着いていて、取り乱すことができなかった。



 怒りは少なからずあっても、相手の両親に対して、何を思えばいいのかわからないという感じでした。だって、やったのは女の子。女の子に対しては怒りがあるのはわかるんです。怜美を殺しちゃってるから。でも、親に対しては、どういうふうに怒りをぶつけていいのかわからない。
 それでも、何かイライラするんです。何に対して怒っているのか、ぶつけるべき怒りが何なのか、自分でもわかっていなかったです。怒るのは間違いなく怒っている。でも、それをぶつけるところがわからなかった。
 
 親父さんについての思いは……。親父さんには、怒るに怒れない。相手の親と一緒で、何に対して怒ればいいのかわからない。


 もし彼女が謝罪に来るのなら、「会うのが怖い」という感情は僕にはない。きちんと会うべきだと思う。僕も相手も、対等な関係で。もう小学生と違って、責任が生じてくる年齢ですから。自分のしたことをまったく理解できいない当時に謝られても、どう思えばいいのかわからないけれど、自分がやったことがわかっているはずの今、きちんと謝ってほしい。その方が、スッキリする。
 逆に「会わせられる状態にない」というのなら、それは「国が再教育に失敗したんだ」ってぐらいには僕は思っています。
 あの子を憎んでも仕方がない。なんというか、こっちが疲れるだけですから。親父さんも軽々しく復讐とかは言わないですよね。
 相手にウジウジと悩まれるのも嫌なんですよ。お互いにひきずりたくないというか。こちらも、今までのことを断ち切って前に進みたいという思いがある。諦めじゃなくて、結果として僕が前に進めるから、一回謝ってほしい。謝るならいつでもおいで、って。それだけ。
 結局、僕、あの子に同じ社会で生きていてほしいと思っていますから。僕がいるところできちんと生きろ、と。

 彼女には、普通に生きてほしい。
 波瀾万丈なものは僕自身がいらないというのもあるし、一回の謝罪があれば、あとは、それなりの人生を歩んでほしいです。こっちはこっちで普通に生きていくつもりだから。相手もまだまだ何十年も生きなきゃいけないし、ずーっと謝られても、こっちが困る。特に危ないことをせずに、普段の生活を大切にして生きてほしいということです。


 彼女とは、ある程度、かかわりが切れた状態のまま、平行線で進んだ方がいいと思う。逆に近づけば近づくほど摩擦が起きて、自分のなかにも葛藤が起きる。離れれば、それもまたおかしな話です。お互いがお互いのことを考えてはいるけれど、それだけを見続けることはできない。それでも、相手にちゃんと眼は向けられている、という関係がいいと思います。
 相手が近づいて、一度きちんと謝る。謝ってもらった後は、お互い自分の生活に戻る。
 「あなたはあなたの人生を好きに歩みなさい。僕も好きに歩む」ってこと。忘れてはいけないけれど、頭のどこかに入れておく。(手を30センチぐらい広げて)こういう距離。平行線のまま。その結果が普通に生きる。僕にとって、いま一番の理想かな。
 それはやっぱり、忘れることとは違う。手を合わせる時間はつくってほしいなとは思います。一年に一回、命日のときだけでもいいから。










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熊倉伸宏、2000、「死の欲動  臨床人間学ノート」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/415586919.html



posted by m_um_u at 21:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク

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