2008年03月05日

速水健朗、2008、「自分探しが止まらない」

自分探しが止まらない (ソフトバンク新書 64)
速水 健朗
ソフトバンククリエイティブ (2008/02/16)
売り上げランキング: 1151
おすすめ度の平均: 3.5
5 己を知るということの難しさ
3 自分探しが終わらない人には、読むことをオススメします。
4 「自分探し」を否定しきれない人に




 読んだので感想です。

 ほかの人のエントリでもちょこちょこ書いてあるんだけど本書の主要な目的というのは「自分とは何か?(自他の境界とはどういうところにあるのか?)」ってところではなくなんかよくわかんないけど構築されてきた自分探しブームの周辺状況について事例網羅的に説明してあるところあるように思った。

 っていうか、あとがきで著者も言っていたように元々は「終身雇用や会社中心主義が崩壊した社会における、新しい労働のスタイルを取材し、まとめる」というところから立ち上がった企画のようだったので労働関係と自分探しの関連性についての記述がもっとも印象に残った。

 具体的に言うと、「自分探し」「夢追い人」的な就業スタイルとしてフリーターがある。これをして一部の人は「いつまでもフラフラして」みたいな印象をもつけどフリーターやその中心的価値観と思われる「自分探し」が生まれた背景というのは労働環境や教育内容の変化に依るものが大きいのではないか。

 1980年代に始まり1989年の教育改革により実行された教育モデルの変更により個性重視型の教育がなされるようになり「やりたいこと」や「個性重視」が徹底されるようになった。そういった改革がとられた背景としては従来型の画一的な労働者ではなく創造性に富んだエリート的な労働者を作り出そうとする狙いがあったのだろうが、その際「個性」や「やりたいこと」などといった教育内容が曖昧であったため非常に中途半端な教育成果しかでなかったらしい。「自分の中にあるなりたいもの(個性)を見つめなおしなさい」って教育がなされたみたいだけど個性やら自我やらは他者との関係の中で作り上げられていくわけだし…


 個性重視ということではよく成功モデルとして上げられるフィンランドのそれとは対極にあったということなのかな


フィンランドメソッドについて - るいネット


 ゆとり教育の失敗としては「ゆとり教育の理念そのものは良かったけどその内実について知っている教員を現場に配置できなかったという教育行政の失敗が原因」ってのがあるけどこの辺も絡みそう


muse-A-muse 2nd: 戯画化する教育環境と教育に関する意思決定の分権化について



 結果的にこの教育を受けた若者は「やりたいこと」や「個性」といった意識ばかり大きくなって実質的な力はなにも身につけられないまま就職の時期を迎えることになる。そしてここでも「個性重視」の洗礼が待っていた。1990年代の日本経済崩壊の影響を受けて年功序列から成果主義へと雇用基準が変化していく中で採用傾向も「個性重視」型のものへとシフトしていった。たとえば昔は「なんでもやります!」って意欲だけあってまっさらな人とか重宝されたけど採用基準が個性重視型にシフトした結果「目的意識」をもった学生が求められるようになった、と。加えて実質的には自分探し的な自己啓発本であり中身なんかないような就職活動本の心理的影響もある。

 個人的には具体的な目的意識とかそんなのもたれててもほとんどの現場担当者からするとウザいだけのようにも思うんだけど、まぁほとんどの企業がたいした目的意識もないままこの時流に乗ったのだろう。

 結果として、「個性的」で「やりたいこと」を持つように教育された若者たちは就業すると自分が「やりたいこと」とのギャップに苦しんで3年もたたないうちに辞めてくことになった。これをして大人たちは「最近の若い者は」とか「(3年なんてまだまったくの投資段階なのに)会社の負担をなんだと思ってるんだ」的なことを言うわけだけど、そういう意識を持つように求めたのは社会のほうだしなぁ。。

 著者はこの辺の事情をして、「人が自分探しに流される原因の一つに満たされない労働環境が反映しているのではないだろうか」、とする。


(180)「自分探し」という言葉が1980年代末に女性から始まり、1990年代半ばから若者全般に広がっていく流れは、労働市場の中で弱者が生み出されていった流れと一致する



 1990年代以降に明らかにフリーターの数が増加しているということは数字的には明らか。その背景として雨宮処凛さん的には「経団連が発表した95年レポートで雇用柔軟型(非正規雇用)枠が設けられたことで低賃金でいつでも使い捨てできる層が誕生した」としているみたいだけど山形浩生さん的には「非正規雇用が増えたのは世間的な気分が反映されたものでは?」ってところもあるみたいでどっちともいえないみたい。


 こんな感じで雇用意識のミスマッチみたいな情況が生まれてしまった。正規雇用を辞めてフリーターを選ぶのはこういった環境からの脱出経路の1つのわけなんだけどそういった道を選べなかった人たちはどうなったのか?

 本書に記されていたかどうか失念してしまったけど自己啓発本的なものはそういった人たちが過酷な労働環境に耐えるためのストレス発散的なもの(サプリメント)的な使われ方もしてるみたい。

 でも、その程度のサプリでは自らの精神のバランスを保てなくなった人たちがスピリチュアルみたいな内側世界へと旅立ったり、バックパックを背負って外国旅行とか「自然環境の中で自分を見つめなおしたい」とかいった外側世界での自分探しに旅立ったりする。自己啓発本やスピリチュアル、ホワイトバンドを始めとした善意の搾取的な商品というのはこのような「自分探しホイホイ」的なものに含まれるものなのだろう。

(付言すると、GTDとかライフハックみたいなのも「ニューソート」っていうスピリチュアル系なやつが源流みたい。「悪い方向に考えると能力が出せない」とかなポジティブシンキング的なアレとか)




 この辺の「やりたいことをやれ」とか「環境が悪いならその職場を辞めてほかのとこに行け」的な話って最近某所でうにうにやってる話題を髣髴とさせるなぁ。確かに情況に不満がある場合そのときのリソースやコスト、リスクなんかを計算して合理的な判断を下すことは間違ってないと思うんだけど、その言説が他者に向いているとき、発話者の成功体験みたいなの語ってもその話を聞く人とでは能力やしがらみ、金銭・時間的リソースなどといった環境面での違いがあるわけだからそれを考慮していない場合は単なる自慢話にしかならないように思う。あるいは「自己啓発」って感じ。

 けっきょく仕事とか恋愛でもそうだろうけどそういうのってめぐり合わせであり、そういっためぐり合わせの中でどれだけ腰をすえてやれるか(その中で自分がどのように変わっていくか)ってことなので「やりたいことをやれ」的にキメ打ちな話されるよりも「嫌いなことを嫌々続けた中での成功話」みたいなののほうが普遍性あるのだろうね。

 そういうのとは別に夢を追って自己実現っていうのもあるだろうけど、それも単に楽したいがためだけに努力を避けて夢に逃げるとかいうのは通用しないだろう。結局はなにかに向かい合うってことは自分自身の問題なわけで簡易な成功本なんかには頼れないように思う。

 成功した(?)人がその辺りについて理解できないのはまだ途上にあるからなのかもしれないね



You can't build a reputation on what you are going to do.
-- Henry Ford




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関連:
コラム≫IT戦略/ソリューション-【速水健朗氏インタビュー】拡散する自己啓発と自分探しムーブメントを読む:ソフトバンク ビジネス+IT

republic1963さんによる速水さんインタビュー記事。「自分探しが止まらない」は若者を小馬鹿にした俗流若者論としてとらえられがちだけどむしろその逆の意図で書いた、ことなどについて。


muse-A-muse 2nd: 「プロジェクト・フィンランド」だそうです

※「プロジェクト・フィンランド」についての回覧板。そういやフィンランド外交史洗ってねぇな。。


muse-A-muse 2nd: twitterの教育利用とネットワーク時代の教育法について

※<PCとネットワークを介して課題設定 - フィードバック - インタラクティブ的に指導・教育>みたいな教育システムについて。先生と生徒が上下関係ではなくフラット(あるいはネットワーク的に)繋がるということではフィンランドのそれに近いように思う。(てか、twitterの教育利用話を掘り下げてなかったのを思い出した。。)



muse-A-muse 2nd: 「ギゼン」や「正義」的なものへの警戒によって互助の気持ちを疑うのってどうなんでしょうね?

※善意の搾取的正義商品にのめりこんでいく人たち(?)がいる一方で善性そのものを疑うのはびみょーだね、って話。↓も

muse-A-muse 2nd: 「それはほんとに正しいことなのか」って見極めは難しい



muse-A-muse 2nd: フランク・ゴーブル(著)、小口忠彦(監訳)、1972、「マズローの心理学」

※↑の「善性への意志」関連で。「人の精神が成長するにつれて社会貢献的なものを志向するようになる」ってのはマズローの5段階欲求なわけだけど成功者というのは往々にして社会貢献的な意識が強く、それによって自己実現している人が多い。では、社会貢献的な意識(社会への善性)と社会的成功には相関があるのか?、って話。社会貢献的意志と社会的成功が繋がっている場合、どのように社会貢献的意志が育まれたのか?それはなぜ折れなかったのか?その意識は社会的成功をどのようにサポートするのか?ということについての説明が欲しいけどその部分はびみょーなように感じた。・・まぁ、もそっと関連書を読む




posted by m_um_u at 23:27 | Comment(0) | TrackBack(1) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク
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Lifeを聴いて~自分探しが止まらない~
Excerpt: 今日ふとしたきっかけで聴いてみたラジオ番組、「Life」。 この番組はネット配信もしていたのでそちらを聴きました。 扱っている内容は今回聴くのが初めてだったので説明出来ませんが、 具体的には社会的なト..
Weblog: Jack周遊記
Tracked: 2008-03-11 22:34
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