2008年02月29日

日本の組織が家族とか犠牲にしてるのに生産性上がらないのってなんでなんだろね?

一個前の日記絡みで

『家族を犠牲にして平気でいる日本人がおかしいのかも。それでも、生産性があがらないのはなぜ? 』

ってひできさんがゆうてはって、「なんでだろー?」とか考えつつ「昔は辛くても会社は家族的な幻想があったからですかねぇ」とかいったわけだけどちょっとびみょーかな、と。

んでも、いちお会社 - 家族的幻想のほうをもそっと細かく言っておくと、そういうのは確かにあったと思うし、昔の人はそういうのに包まれていたのでやってこれたのかなぁとか思う。例としてはプロジェクトX的な「金はないけどオレ達はチームの信頼の中でやってきたんだ(褒賞なんかあるかどうか分からなかったんだ)」みたいなの。昔の人はそういうのがあるので「いまの若いやつらは少しぐらいの苦労ですぐへこたれる。ワシらの頃は先行きどうなるか分からんかったけどそれでもガムシャラに働いたもんだ」とか言うのかもしれないのけど、でもそういうのって会社全体が家族みたいな共同体として機能していたから可能だったんじゃないか、とか。

んで、そういうのってnation - stateの幻想(日本だと天皇制ら辺)と似てるなとか思ったわけだけどいまだったら「やりがいの搾取」とか言われるのかな?それとは少し違うか。「やりがい」の場合は「自分がやりたい仕事」っていうのがまずあってそれを担保にキツイ労働環境でも耐えるように要請されるわけだし。でも居酒屋チェーンとか某古書店とかの体育系クラブみたいなノリはそういうの思わせるな。擬似共同体みたいなのを作り上げほかの人との連帯感を担保に辛さの共有を要請するみたいなの。その際、「辛さに耐える」ことは強制的に要請されるものではなく言外の雰囲気によって作り上げられていくのかなぁ、とか。「ほかの人もがんばってるんだから空気嫁」的な。

そうするとやっぱ空気関連の話になるのかなぁ。。空気と合理性


出でよ、新しき知識人  「KY」が突きつける日本的課題 - MIYADAI.com Blog

acquo's B - 教養・いかにして知識人たり得るか

むーたん - 教養関連


空気の研究については前にまとめた

muse-A-muse 2nd: 空気を読むこと / 読まないこと

ポイントは「目の前にある空気的決断の実態から眼をそむけたり、無理やりに排除しようとするのではなくそのメカニズムを観察・分析(あるいは全体として把握)しうまく付き合っていく」ことが必要というとこ。そのためには(仲間内の雰囲気や自分の独善的視点に囚われるのではなく)外部のフィードバックを参照し相対的な判断をすることに努める必要がある、と。


関連でこの辺が気になったり


2008-02-27 敗残兵から一言 - reponの日記

狂った会社の社畜になったって、いいことなんかねえよ。 - NC-15

ロスジェネとか雇用とか(一当事者として)+実際あった出来事 - syncのれんあい☆にっき ver1.1


「生産性が上がらない」ということと「合理的判断ではなく社内の空気嫁的ないじめの雰囲気」。この辺は繋がりそう。そういえば以前にいじめ関連の話題で個人主義といじめについてもそもそと考えたことがある。


http://morutan.tumblr.com/post/12144698


オランダ人から聞いた程度だったけど「オランダにはいじめはないよ」って話が印象的だった。職場でもそういうのはないのではないか?だとするとやはり合理性やその元となる(?)個人主義、その反対に生産性を低くするようなダラダラした会議とか同調性みたいなのは日本的なものと言えるのかな?「生産性があがらないのはいじめがあるから」とか「空気嫁的環境があるから日本は遅れてる」とか一概に言えないのかもしれないけど。

あと、職場関連だと「いじめ」っていうより知識共有と合理性の問題かもしれない。その元となるエートスをsivadさんは「自治へのマインド」みたいな感じでまとめてたけどこちらでもつぶやいたように

http://morutan.tumblr.com/post/27416907


それの元となるのはピューリタニズム的な経路依存(あるいは慣習)なのかなぁ、とか。日本だと儒教が対応するのかね(んじゃ、空気嫁とか(無能でも)上司敬えとかいうのは儒教的因習?)あるいはゲゼルシャフト / ゲマインシャフト的なアレにも対応するのかもしれない。


つか、元となるとこ見ててもいまいちわかんないのでやはり組織を再編成することによってその辺ズバっと解決できるのかも。Googleの組織体制なんか頭に浮かぶ。そのためには上の許可が必要とかそんなんだろうけど

てか、最近の世代だとそういう会社的しがらみみたいなの無視してたりするのかな。飲みゅにけーしょん断ったりとかそんなん (でも会議は断れないしな

合理的に考えればそういうの断っちゃったほうがいいのかもしれないけどここら辺びみょーな感じ。実は「飲み」という場自体が本当の情報交換の場だったりとか親密性を高める場として機能してたとかそういうのもあるし、そういうの断るにしても断れるだけの環境が整ってないと断れないだろうなぁ、とか。この辺個人の能力とか転職先が潤沢にあるかどうかとかいろいろな感じ。しがらみと選択、自己責任関連ではこういう話もあったな



harumachidori 広がりすぎた選択肢を前に呆然と立ちすくんでいたり、よくわかんなくて怖いから目を背けている人もいる。そういう人にまず一歩動けと言いたくなるのは、負のスパイラルに落ち込んでいるのがひしひしとわかるからであって、動かないことを受け入れている人には言いたくならない

harumachidori 負のスパイラルに落ち込んでいる人の話し相手によくなるが、この調子でバッサバッサと余分を切り捨ててしまうので、整理してくれてありがとうと言われるか泣いてなじられるかの二択

harumachidori 泣いてなじってきた人たちも懲りずにまた私に話を聞いてくれと言ってくるからきっとマゾ。子供の頃に叱られたりなかったから補給しているのかとも思う

harumachidori 何度も同じことを繰り返す人には非人間的な言葉責めで戦慄を味わわせたりもする。甘えたいだけなら耳障りのよい言葉をかけてくれる優しい人のところへ行けばよいのだ



tsuda 親類縁者や社会的環境のせいで今の環境を抜けたくても抜けられないって人は、そのまま不遇な人生が続いて取り返しの付かない年齢になったら、それこそそういう自分を縛り付けてきたものを憎むようになってしまうだろうなあ。憎むのが会社ならまだいいけど、それが親だったりすると不幸だなと思う。

tsuda でも、縛り付けられている状態って自分が選択(選択するというのは、何かを切り捨てるということでもある)しないことを積極的もしくは消極的に肯定する理由になるから、結果的に動けない状態が長く続くという悪いスパイラルに陥りがちなのかも。

tsuda 今は選択しない(できない)人がネットでガス抜きできるようになったし、いざ選択しようと思ったときに選択できる可能性は昔より(狭くなった部分はあっても多分トータルでは)広がっているんだろうけど、逆にガス抜きと選択肢の増加が選択そのものをしにくくさせている面はあるんじゃないかな。



「選択しないのは自己責任」みたいな言い方する人がいるけどそれができない社会的環境というものがあるわけだし…それでも「そんなの個人の能力があれば乗り越えられるんですよ!」とかひげもじゃマッチョは言うのかもしれないけどそゆのも一般化できることではないしな。「そこに甘えるな」ってのも分かるけど甘えてなくてもできないことはあるわけだよ。…まぁ、びみょーだわな






とりあえずこの問題をとらえるときの自分的な課題や注意点としては


・官僚や閣僚的なところとふつーの(あるいはちょっとブラック気味な)企業とはレイヤーが違う話かもしれない


・官僚制の有効性について。日本で官僚制が導入された経緯、その有効性に関して。あるいは官僚制というシステム全体に対する有効性。これ絡みでマックス・ウェーバーでも見る (ついでに「職業としての○○」シリーズで政治家、学者の意義・責任・あるべき方向性について、「プロ倫」辺りでアメリカ的な勤勉について再確認)


・中央集権的な組織の有効性。システムにおいて中央集権(集中)と分権が有効な時機の違い。その際のポイントはノードの能力とそれを可能にするリソース


・ゲゼルシャフト / ゲマインシャフト的な区分けでみたとき「ゲゼル > ゲマイン」みたいな与件がありがちなことに注意。ゲマインシャフトの有効性に関して (cf.貨幣交換と贈与交換)



だいたいこのぐらいインストールしてないとよくわかんない気がする。なのでとりあえずメモってことで置いとくけどまた忘れるかもしれんな。。



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関連:
acquo's B - 知識人/エリート主義/ファシズム


acquo's B - 官僚の独り言まわり

bewaadさんがなんか言ってないかなと思ってたら反応してはったか (あとで見よう

日曜日の晩に書かれた官僚の独り言を見て思うこと。 - BI@K accelerated: hatena annex, bewaad.com

続・日曜日の晩に書かれた官僚の独り言を見て思うこと。 - BI@K accelerated: hatena annex, bewaad.com



あと、言い方っていうかnoblesse obligeみたいなので


幸せの表明方法 - はてブついでに覚書。

自分が今あることは自分の実力だけでなくて運とか環境に左右されるところが大きいんだろうからその辺は意識しといといたほうがいいよねぇ。つか、やっかみ受けないようにするための貴族的な作法だったのだろうけど。そゆの全体を指して「品格」っていうのかな


Nothing is more admirable than the fortitude with which millionaires tolerate the disadvantages of their wealth.
-- Rex Stout



posted by m_um_u at 10:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 経済このエントリーを含むはてなブックマーク
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