2008年02月24日

Changing Same (reprise)

「anti agingっつーか歳とっていいんじゃね?」ってこの話


muse-A-muse 2nd: Changing Same


ほんとなら引用の編集のみしてミクシに置いとくつもりだったんだけど思ったより長くなったのとそれなりに滋味が出たのでblogエントリにしてみた。つっても、詰めゆるくしておいたので全体にぼわーっとしたエントリになってるけどまぁ味わいカルピスって言うか全体の色を愉しむというかそういうエントリ (「いい色でましたね」っていうか)

きちんと書く場合は「変わっていく中で変わらないもの」について書いておくべきだっただろうけどそれは恣意的に誘導しないで読む人それぞれに考えて欲しい(ってえらそうだな) つか、まぁ、よくわかんないとこあるのでほのめかしたわけだが(笑)


エントリの主旨としては、「けっこう若い段階でその人のその人たる性向(志向)の根幹は形作られそれが続いていく。歳をとって肉体が変化したり、環境の中でサイショノキモチのようなものは変化するだろうけどそれは表層的な変化に過ぎなくて、根っこの部分が変わらなかったらそういった変化も楽しめるのではないか?あるいはそういうのを成長と呼ぶのかもしれない」、って感じ

この辺はびみょーで、女性のアンチエイジング問題とはまた別個なのかもしれないけど…(オレなんかも運動してるわけだし、「それはそれ」ってのはあるしなぁ)


んでもまぁ、成長とかそゆのがあるとしたらなにかを基準にしてなにかを目指すわけでその際のスタート地点とゴールってのはなにか?、みたいなこと


最終弁当爺がちょこちょこ「中学か二十歳ぐらいの頃から精神なんて変わらんよ。肉体は変わってくけど」みたいなこといってて引用でもこの辺が対応するわけだけど


The great secret that all old people share is that you really haven't changed in 70 or 80 years. Your body changes, but you don't change at all.
-- Doris Lessing, O Magazine, October 2003



「んじゃ変わらないものってなんなんだろね?」、と



エントリ後段にほのめかし的にヘーゲル関連の本配置してるわけだけど、それ系で言うと「精神」ってことになる。でも、「精神の現象学」ってそういう本だったっけ?「関係本質」うんぬんで社会性がどうとかいう話(そして精神が大きくなっていったら国家の問題を志向するようになる)みたいな話だったように思うんだけど


当時なんとなく思ったことをうろ覚え的に言うと、「けっきょく社会性(他者を志向しろ)って話ですか?そんなこといって“自分”はどうなるんですか?」って反発したように思う。この“自分”って感覚ははてな界隈でよくみる「他者承認」とか「同調圧力」とかそういうものへの反発心。「周りに合わせすぎたら自分がなくなって不安になるじゃん?」って感じだった


そういう気持ちが消えていったのはいつごろだったっけな? 周りに人が増えて、そういう中でも焦燥感もなくそれなりに自分の居場所のようなものを築けてからかな?けっきょく「居場所」の問題なのか?

んでも、そういう付き合いに流されることもなく自分たちのやるべきことをやって、それなりに成長していって……成長…したのかな? とりあえず「付き合っていて欲しいから周りに合わせる」みたいなことはなかったしな。


そんで、それなりに食い扶持見つけて、自分のスペックとか方向性なんかに目算つけてから焦りもなくなったような…てか、もうちょっと焦ったほうがいいのか?(いいんじゃないのか?(汗


けっきょくそんな感じで、「精神とかそういうのも環境によって作られるものだ(まずは稼がにゃなぁ)」、ってのが一番学んだことだったように思う

稼ぐだけが全てじゃないけどライフラインとしてそれを確保することがスタート地点で、精神とか倫理とかそういうのはそこからの問題なんだよなぁ。。つっても、そういうのもったからって「哲学いらない」とか言ってる人って精神的に貧しいように思うわけだけど

考えてみれば哲学とか思想なんてのは自分よりもよほど年季入った人たちが晩年になって考えてたものであって、そゆのを字面だけ吸収してても分かんないものがあるように思う。「ことばではわかっても理解してない」っていうかそんな感じ

マルクスでもヘーゲルでもロックでもなんでもいいけど、そのテクストはその時代環境に即して書かれたものなのでその時代や環境における問題意識が如実に反映されているわけで。あとは著者のリアルな生活における問題とか変化。バイオリズムなんかも関係するだろう

そういう意味では年寄りが書いたものはそれなりの年齢になってからじゃないと理解できないところがあるんじゃないか?…っていうか、歳とともに味わいが変わるのかなぁ、とかなんとか。

思想や文学系で特定人物研究やってる人はそういう問題意識もあるのだろうけど



てか、なんの話だったっけ?


ああ、「変わらないものがあるとしてそれが“精神”であると仮定したとき、精神ってのはどういうものか?それは外部環境や肉体などの変化によって変わっていくものではないか?そもそも、精神の問題を学ぶにしてもそれが記してあるテクストそのものへの理解が精神年齢的に追いつかないのではないか?」、って話か


・・どうなんだろうねぇ。。


けっきょく「自分の経験に照らして考えろや!」ってことなのかもしれないけど




なんだろね

よくわかんないけど、歳とってくにつれていろいろ面倒な意識が枯れていってほんとに必要なものだけ残っていくみたいな感覚はある。やること多くなって面倒なこと悩んでる暇がなくなるっていうか、逆に言うと「感受性が鈍る」ってことなのかもしれないけど。

でも、そういう中で残った意識が自分ってことなのかなぁ。「意識」ってのもおーざっぱ過ぎるな。周りから提供される問題ではなく自分自身の問題っていうかそういうの。人生のテーマ?・・っていうほど大げさなものでもないか


しかしやっぱ「ほんとの自分」がどうとか「アイデンティティ」がどうとかいうより目下の問題としてどうやって稼ぐか(あるいは自分の生存ラインを確保するか)だよなぁ

「汚れちまった大人」ってことかもしれないけどやっぱそんな感じでしょ。もろもろの問題意識はそっからだべ



つか、この話もミクシの別の話の枕程度にするつもりだったんだけど長くなったな。。ついでだからこっちに置いとくか



--
追記:
このぐらい突き抜けると強力w


Twitter / fim: 姉と「私も今年で28歳なのよね…」「私なんか30歳よー...

姉と「私も今年で28歳なのよね…」「私なんか30歳よー…」としみじみと話していたら、母が「お母さんは今年まだ54歳よ!」と自慢げに話に割り込んできた。数字という絶対的な力にも負けないあの自信がうらやましいです。





タグ:人生
posted by m_um_u at 20:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
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