2008年02月22日

自分探し(笑)ってスイーツ(笑)と似てるね

この辺とくにいうこともないというか、主張的には「“自分探し”ってマーケ的に涵養されたんじゃね?(だからほんとの自分なんてないよ)」とか「自分探しは飽食の時代のガキの幻想。おぢさんたちなんてすぐに働かなきゃいけなかったからそんなの探してる暇なんてなかったぞい」って感じの俗流若者論的なひげもじゃ言説でFAって感じなんだけどreponとこの日記で刺激うけてちょっとついったらそれなりに反応(?)あったので朝のメモ的に。


自分探しって言うな! - reponの日記

「自分探し」→「フリーター」→「パラサイト」→「ひきこもり」→「ニート」と繰り広げられた、マスコミの扇動商品なのです



うん、まぁ、たぶんそうなんだけどさ。そんでreponとしては「そんなのリクルートが“フリーター”って言葉作って扇動した(わりには責任とらない)のと一緒だよ!pgr」的なかんじなんだろうけどさ。てか、reponとしてもひげもじゃ言説にはなにか思うところがあったみたいなのでpgrってわけでもないか


「自分探し」と「自分を決めること」は位相の異なる話 - reponの日記


タイトル見ただけでいいたいこと大体わかるように思うのでよまずにてけとーにいっちゃうと、「自分探し」ってのは新語として作られたもので扇動されてった挙句になんにもないみたいな事態があるかもしんないけど「自分を決めること」というか人生の分岐点でなんか悩んだ末に進むべき道を決めるなんてのは昔からあることなんじゃねぇか? そんで、それ自体は批判されるようなもんでもないよね? ってことかな、とか

つか、もそっというとマーケかなんかで扇動されていった感情だとしてもそういうものを無碍に批判したり揶揄したりするのってどうなんだろ?って思う。ハチクロの竹本くんなんか見てても思ったんだけどそういう感情が生まれる情況ってのはあるし、「自分探し」に乗っかった末になにか見つかるかもしれないしね (北の果てにて「ほんとの自分なんかないんだ」みたいなのだったけな?)


そんで思うのは、昔といまでは「自分探し」的なものをする人の数が違うとしたら情況の変化は環境変化と関わっていることなのかなぁ、とか。端的に言うと、昔はすぐに職業決まってたから仕事やら遊び漬けの中で内省する必要もなく空っぽな自分の時間の重みに押しつぶされそうになるようなこともなかったのかもしれないんだけど、いまはすぐに就職できないからその辺で焦りとかあるのかなぁ、とか (cf.竹本くんと冷蔵庫の音@ハチクロ)

そゆのもあるけど、そういう情況を察知して「自分探し」って旗頭で感情を扇動、「よくわかんないけど人生の中で自分探しの旅も必要じゃん?」ってことであいのりやらワーホリやら行かすようになってるのかなぁ、とか。あと、「天職」って言葉つくって転職系刺激したり

もちろんあいのりやらワーホリやらを本気で取り組んでる人もいるのだろうけどそれをモラトリアムにしてる人もいるよね。んで、その部分に対してひげもじゃとかがなんか言ってくるのかなぁとか思うわけさ。


そゆわけでその辺の若者の内在的な志向としてのアイデンティティの確立欲求みたいなのと「自分探し」的なものの違いら辺について、「昔は自分探ししてたの?」的なのが確かめられる本とかないかなと思っててけとーについったーでつぶやいてたらよさげな信号が


やさしさのゆくえ―現代青年論
栗原 彬
筑摩書房 (1994/04)
売り上げランキング: 430377



やさしさの存在証明―若者と制度のインターフェイス
栗原 彬
新曜社 (1996/10)
売り上げランキング: 404028



この辺はあまり関係ないのか?↓


ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書 74)
森 真一
筑摩書房 (2008/01)
売り上げランキング: 5634



“やさしい”から、席を譲れないんです〜『ほんとはこわい「やさしさ社会」』森真一著(評:朝山実) (毎日1冊!日刊新書レビュー):NBonline(日経ビジネス オンライン)



まぁ、時間あって読む気になってれば


自分的には前に読んで手元にある「言葉を失った若者たち」でもチラ見しようかと思ったり

ことばを失った若者たち
桜井 哲夫
講談社 (1985/09)
売り上げランキング: 249829
おすすめ度の平均: 4.0
4 日本社会の問題の原点のひとつがここにあります。
4 今にも通じるテーマ




あと、前に小田センセが書いてはったのをもっかい見直してみようかな、とか

戦略的本質主義を乗り越えるには(?) - 小田亮のブログ「とびとびの日記ときどき読書ノート」

戦略的本質主義を乗り越えるには(2) - 小田亮のブログ「とびとびの日記ときどき読書ノート」

「本当の自分」と本質主義 - 小田亮のブログ「とびとびの日記ときどき読書ノート」

戦略的本質主義を乗り越えるには(3) - 小田亮のブログ「とびとびの日記ときどき読書ノート」

「真正性の水準」について - 小田亮のブログ「とびとびの日記ときどき読書ノート」


スピリチュアル・ブーム(2) - 小田亮のブログ「とびとびの日記ときどき読書ノート」


空白からのスピリチュアル志向でこの辺とも絡むのだろうね


muse-A-muse 2nd: 終わる(?)日本の占いズム


ところでこの辺の話って「スイーツ(笑)」と似てんな。スイーツ(笑)っていう人たちの視線とひげもじゃの視線が似てるんだろうな。そんで本気でスイーツ的なものに悩んでる人やハマってるひと、スイーツ的に成功した人なんかがいる(?)ところなんかも  (まぁ、自覚的に「スイーツ」っていって遊んでる人たちもいるわけだが)

あと、「格差社会」をめぐる言説の型とも似てる (「そんなの昔からあったんだよ(でもおっさんたちはがんばって昨今の若者たちは甘いうんぬん」、「むかしとは違うんだよ」、「違いなんてどうでもよくてとりあえず目の前の苦しんでる人を見ろよ」)



そいや、天職みたいなのつながりでゲド戦記みた。「二度とゴローのようなコを作らないために」(リンク)と言わしめた作品ということでどんなものかなと思ってみたんだけどそれほどひどいということもなく凡庸な作品だなぁという程度だった。最後のほういい感じで眠らされてたし。ちなみに原作は読んでません

そんで「本当の名前」とか「影を奪った」とかいうところが今回の話題に似てるなぁ、と。「千と千尋」なんかにもそういうモチーフあったな


あと、ついでに

Twitter / 空飛ぶ鍋奉行 勇者ニョチュチュ: 自分探しの前にズボン探しをしないと家から出られません[mb]

Twitter / m_um_u: @jt_noSke オマエのジブンはオレが預かった(嫁ともども


もう少し言えばのすけのほんとの名前も没収済みだ ( ̄ー ̄)



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関連:
「やさしさ」から《やさしさ》へ - たいしゅううんどう

なんか栗原さん関連で似非ログにあったので (どーでもいいことかもしれんがオレはこっちの似非原アイコンのが好きだなぁ)



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追記:
そういや前に「自分の中の才能に気づくこと」うんぬんなエントリあげたときに「自分探しですか?ほんとの自分なんてないんです!」みたいにいわれたことあったなぁ。。そゆこと言ってたわけではないんだが…(まぁ、「ほんと」ってのがキケンとか言うのは分かるけど)


posted by m_um_u at 09:15 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
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