2008年02月11日

「欝苦しい国」からこんにちは! (三大義務関連が美徳とか国家と人権とかもろもろ)

 批判とかdisとかそゆのではないんだけどなんとなく気になったこととして。(※語調はキツめかもしれない
けどdisじゃないYO)


muse-A-muse 2nd: 「働いていない = 悪」なのか?


 のフィードバックに「何も生み出さないのは悪」とか「勤労は国民の三大義務のひとつだから(うんぬん)」みたいなのがあって違和感。関連で勝手にいろいろ妄想したので以下てけとーに。


まず「なに生み出さないのは悪」とか言う人だけど、こういう人は「ひとが生きること(生きることの価値)=なにかを生み出すこと」とでも思っているのだろうか?つか納税とか勤労が本当に人の義務とでも?

 そういう意識が社会的義務とか通念を元にして作られたものだとしたら興味深い。

 小・中学生レベルだと「三大義務だよー」ってことで丸暗記だろうけどちょっと立ち止まって考えてみるにこれが義務になってる理由がわかんないのよね。論理的根拠がない。なぜ人が生まれて死んでいくのに対して勤労とか納税とかを「しなければならない」の?

>「それは日本国に住んでるからだよー」

 まぁ、そういうことなんだろうけど。それ以前に国とかとっぱらった自然状態を想定した場合、なぜ勤労 - 納税が必要なのか説明できない。勤労のほうは「生きるためには食い物獲ってくる必要があるから」ということで説明がつくし、それは上から命令される「義務」的なことではなくて必要最低限のことだから当たり前だと思うんだけど...。やらなきゃ死ぬだけだしね。

 だから自然状態を想定した場合、働くことはデフォルトだと思うけどわざわざ社会的規制によって「義務」と明記しなければならないということはこれをしなくても生きていけるってことだべな? んで、「生きていけるんならそれでいいじゃん?」、とか思うわけだけどそこでほかの人からは「われわれが働いて稼いだ金で生きてる人もいてふざけんなとか思う」とかな話が出てきたり....。その意味ではこの辺なんかも気になる。


我慢という美徳 - まじめな中高年・おじさんが綴る日々の日記


 「人権利権ですか?」とか「フリーライダーですか?」的なこと言いたいのは分かるんだけどよく確かめもせずに「昔の日本人の美徳」とか「多分、ニュース記事に出てきた男性ははなから旅行をする目的だったのだと思います」とかいうのはどうなんだろう。ちょっと話が逸れるけど、生活保護の審査は最近特に厳しくなっていてなかなか認定されないし、認定された後も2ヶ月に一回ぐらいの割合で予告なしの自宅調査が行なわれるらしい。そんで、犯罪被害で全身火傷にあい生活保護を必要とする人が「発汗作用が充分ではないからクーラーが必要なんです」っていっても「ぜいたく品」ってことで認められなくて脱水症状で病院に駆けつけてからやっとクーラー買うのが認められた、って話もあるんだけど。そういうケースは考えられないのかなぁ。まぁ逆にこのエントリの人が言っている通り「ガマンできないナマケモノ」みたいな感じなのかもしれないけど。

 あと「日本人の美徳」ってそれ美徳ってわけではなく刷り込みの可能性があるからなぁ。こんな感じで

アリとキリギリス - uumin3の日記


 話戻すけど、勤労とかは自然状態だと当たり前なことだけどそれが当たり前ではなくなっているのはいまの社会でそれを阻害する要因があるからと考えられる。パッと思い浮かぶのは、(1)働かなくても周りがお金を持ってきてくれる環境がある、(2)労働がきつくて働きたくない、辺り。

 まず(2)から言うと、これは労働における疎外とか関わり問題のように思う。(間違ってるかもしれないけどてけとーにいうと)自然状態において個人が自らを生かすために働く場合、働く理由と働く内容はイコールで結ばれ労働の意味を知っているからその労働内容から疎外された気にはならないはず。それに対して、誰かに使役されどういう意味があるのかも分からない仕事をしていると仕事の意義そのものが分からなくなるし、その仕事の成果も自分に全部返ってくるのではなくナカヌキみたいな感じでぶんどられてるとヤル気なくなったり。あと、その手のストレスの結果かなんかで職場で理不尽ないじめとか発生たり。そういうものに対してただ「ガマンは美徳」とかいうのが通用するのかなぁ、とか。まぁ、そう思える人もいるのかもしれないけど少なくともぼくはムリです。(いじめ嫌いだし)

 次に(1)に関して言うと「お金を持ってきてくれる」ってのがその人の親類縁者であれば問題ないのだろう。遺産うんぬんとか。(多少のやっかみは入るだろうけど) だって迷惑かけてないもんね。 それに対して、「皆様が汗水たらして働いて稼ぎ支払った税金が働いてもいない人に供給されるのが許せない」、ってことなんだろうけど、そもそも「税金取られてる」ってことに疑問持ったりしないのだろうか? だってふつーに考えてなぜ自分の成果物(果実)をその労働(仕事内容)にかかわりのない他者に与えなければいけないのか分からない。ヤクザへの上納金と同じでしょ? ヤクザへの上納金とかには反応するのに国だったらおkってこと? そんで「上納金納めるのはいいけどあいつは上納金納めてないのが気に食わない」って言ってるのと変わらないような‥。こういうこと言うと
 
>おまへはなんてこと言うんだこの罰当たりの非国民め!国家さまは国民みんなのために集めたお金をうまいこと使って公共事業したり福祉事業をしてくださっているのだ

 ってことになるのかもしれない。でも逆に言うと国家さまが税金を安定的に収納させるために公共的・福祉的事業を展開してる、とも言えるよね?(われわれから集めたお金で)。で、そゆフローが円滑に行なわれるように三大義務を美徳とするようにすりこんだだけなんじゃないの?

 そゆこと考えると「働かないやつは悪だ」とか「納税しないヤツは悪だ」とか言ってる人って「ヤクザへの上納金を納めないやつは悪だ」っていってるのと変わらないと思うんだけど。


 もうちょっと簡潔にくり返すと、 税金は国家に預ける形で社会的福祉として再分配され公共性とか国家的理性っていう倫理的な側面と繋がるけどそれは擬制(フィクション)。別の見方をすれば「国家が自らを存続させるために構成員の福利を調整している」ともいえるので。そんで、そういうフローを成り立たせている根拠は暴力の独占機構としての国家の存在、ってこと。三大義務とかを美徳とか称するのはこの暴力的収奪機構としての国家の真の姿を隠蔽し、より安全・確実・継続的に税金を収納させるためなんじゃないの?

んで、そういう文脈だとぼくは国家なんかまったく信じていないし警察大嫌いだけどそれとBIとか生活保護は別かなぁ、とか。論理的一貫性を保つなら「そういうのも放棄しろ」って立場をとるのが誠実さというものだろうし個人的にはそうだけど、そゆのがないと生きていけない人は利用すればいいと思う


 って、こういう話書くと「アカでつか?」とか「こっかてんぷくでつか?」、「フリーライダー?」「ヤクザ称揚ですか?」とか言われそうだけど別にそれ系のオルグしたいわけではなくて「国家の本質」とか「三大義務の理由」とかの可能性の一つとしていってるだけです。単にこういうことについて論理的説得性のある話をほかに聞いたことがないので可能性の一つとして出してるだけ。なので、論理的に納得できるような反証がされれば嬉しいな、と。



 ちなみに以上の話のおおよそのネタ元はこの本です (主に第二部一章「共同体と国家」より)


世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて (岩波新書)
柄谷 行人
岩波書店 (2006/04)
売り上げランキング: 19400
おすすめ度の平均: 4.0
5 表題がイマイチ
5 思考者の啓蒙書
5 思考のラディカリズムと平和への祈り




 もうちょっと言うとこの章のポイントは、「国家は共同体の内部から自然に立ち現れてくるものではなく、他の共同体からの暴力的収奪の場面で現れてくる」、というところ。共同体単体では国家的な機構(官僚+軍隊)を志向しないけどほかの国から略奪する際、あるいは略奪から身を守る際に国家へとクラスチェンジする、というところ。まぁ、この本についてはまた改めて感想まとめます。

 あと、人権と国家関連だとこの辺とか


人権と国家―世界の本質をめぐる考祭 (集英社新書)
スラヴォイ ジジェク Slavoj Zizek 岡崎 玲子
集英社 (2006/11)
売り上げランキング: 12963
おすすめ度の平均: 3.0
4 ジジェックの発言の真意
1 世界の本質を語る資格も能力もない
3 ポストモダンの思想、あるいは死相



 ここでも権利は力(暴力もしくは経済力)を持つものに集まり、残りの部分が配分されていたと書かれてました。それが現在の普遍的権利(基本的人権)にまで高まった過程についての記述はびみょーだったけど。ジジェク師匠は歴史学者とか法学者ではないので仕方ないかなぁ、とかな印象だった。

 ほかはkagamiさんとこでネタ化されてましたが

スラヴォイ・ジジェク、ブルセラ自販機に真の文明を見るの巻 - ロリコンファル

 これは後半のおまけ的インタビューなのでまぁいいかなぁ、とか。(萌え要素満載でしたね) 訳者あとがきでも書かれてたけど、この本は論文ってよりは講談ってノリみたいだったのでそういうノリで読んだほうがよかったのかも。



 ところで、こういう「国家は暴力的収奪機構であり国家が唱える理性とか公共性はまやかし」って話なんだけど、さっきもちょっと書いたように自分でもこの説に完全に同調してるわけではないです。「国家的理性(うんぬん)な話があるかなぁ」とか。

 この辺の話はルソーとかヘーゲル辺りでも絡めて 「ヘーゲル」ゆうとった @repon辺りに絡んでみるとおもろげだけどどうしよっかな。 「ヘーゲル?そんなの関係ねぇ!」とか言いつつ絡もうかなw 


 つか、この辺の話ってもうすぐ起こるかもしれない経済困窮 → 福祉の不安定化 → 国家不信 → 「国家とは何か?」の問い直しの流れにも関連してるのか。

 そゆ意味ではこないだ東さんたちがやってたシンポジウムを聞いてみたほうがいいのかもなぁ(未聞)

シンポジウム「国家・暴力・ナショナリズム」(音声のみ) 1/4‐ニコニコ動画(RC2)

シンポジウム「国家・暴力・ナショナリズム」(音声のみ) 2/4‐ニコニコ動画(RC2)

シンポジウム「国家・暴力・ナショナリズム」(音声のみ) 3/4‐ニコニコ動画(RC2)

シンポジウム「国家・暴力・ナショナリズム」(音声のみ) 4/4‐ニコニコ動画(RC2)

思想地図シンポジウムのレポート - 学術会ブログ(仮題)

東浩紀の渦状言論: シンポに向けてのメモ

東浩紀の渦状言論: シンポに向けてのメモ2


 個人的には国家が信用できなくなったときにフィクションとしてのネーションが解き放たれるのかもう一度繋がれるのかとか、ネーションって中間共同体的なものと関係あるのか、とかなんとか気になる。


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関連:
muse-A-muse 2nd: 関係性と経済合理性の協調可能性について (あるいは中間共同体の可能性)

muse-A-muse 2nd: 「<場>の歴史性」と関係性の代替可能性について

※中間共同体関連。でもネーションとかとはちょっと違うか


僕はベーシック・インカムを応援します - reponの日記

※「労働はもはや義務ではない」関連で。その後2つぐらい続くけど未読だよー

ベーシック・インカムを導入したらどうなるか試算してみる - reponの日記

14歳ホームレス中学生。希望は、戦争 - reponの日記


posted by m_um_u at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治このエントリーを含むはてなブックマーク
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