2007年10月11日

「かしこさ」よりも「五常」がほしい

 別所でいろいろあって、ぼけーっとかしこさとかその他いろいろについて考えてるうちに5常のことを思い出した。「仁・義・礼・智・信」というやつ


五倫五常の『五常』「仁」「義」「礼」「智」「信」の正しい意味を詳しく教えて下... - Yahoo!知恵袋

五つの恒常不変の真理の意味ですが、儒教においては、孔子の教えの根本をなしています。

「仁」・・・仁義・真実・まこと・誠意
「義」・・・正しいすじみち・義理・すじ
「礼」・・・礼儀
「智」・・・知恵・ちえ・認識
「信」・・・信義・誠・確信・信ずる



 「かしこさ」というのはいろんな誤解があるようだけど「智」や「知」と言った原義的な意味に立ち戻れば情報処理能力ということになるだろう。その辺のところは別所でまとめたので深くは触れない。付け加えるとすれば創造力と想像力の話ぐらいか。これも以前にこちらのblogで書いた


muse-A-muse 2nd: 「クリエイティブ」とはなにか?(「センス」、「想像力」、「創造力」について)


 情報取得(input)のためのアンテナ能力(情報感度)、(情報を理解し自分の理解しやすい最小単位(ノード)に置き換える能力(理解力))、(取得した情報をデータベース化する能力)、データベースを横断的に参照する能力(想像力 = retrieve )、参照した知を元になんらかの成果物を吐き出す能力(創造力 = output)

 この過程はknowledge mananagement的な情報処理過程をイメージしてぼくが勝手に考えたオリジナルなものだけど、だいたいこんな感じなんじゃないかと思う。その際、重要なのは各情報をリンケージさせる速度になる。各情報のホップが遠ければ遠いほどより斬新なアイデアが生まれる。それが創発という過程。

 以前、どっかでmedtoolzさんとかfinalventさんも言ってたけど、大部分の人(つか、我々がてきとーに日常生活を送ってるとき)はデータベースに詰まってる思考の型や行動様式マクロをそのまま起動させているだけなんだろう。言い方は悪いが型の奴隷と言ってもいい。そういう「型」というのはルーチン的な仕事をこなす分には便利だがそこからはオリジナルなアイデアや状況打開型のものは生まれない。

 おそらく一部の人が「仕事ができる人」「頭のいい人」と思ってるのはこのマクロを同時励起させてるタイプの人なのだと思う。それはそれで「お仕事速いですね」って感じだがマシンと一緒だからなぁ。。いや、便利だしすごいなとは思うけど、ぼくがほしいのはそれではないので羨ましくは思わない。そして「かしこい」というのとも違うと思う。「器用だなぁ」って感じ。


 ....って話がそれたので元に戻すと、「かしこさ」=「情報処理能力」として仮定した場合、その要素やメカニズムというのは大体以上のようなものになると思うんだけどそれ以外の点で、「あの人はかしこい」とか「あの人は尊敬できる」ってのがあると思う。具体的にはコミュニケーション能力やプレゼンテーション能力とか、あと「面倒見がいい」とかそんなのか。

 いままでの論述に基づけばそれは「かしこさ」とは別のものということになるだろう。そこで冒頭に上げた「五常」が出てくる。

 コミュニケーション能力は「礼」、「面倒見がいい」は「仁」かな。プレゼンテーション能力は「智」の過程のoutput系のディレクトリに収まると思う

 
 ぼく自身が自分に足りない(強化していくべき)ように思うのは「礼」、「信」といったところだろうか。あとはプレゼンも苦手かもね。


 「信」についてはこの前ishさんにいただいたTBが参考になった。

あなたの読解がわたしの真意、神のネタには全力マジレス


 「相対化もいいけどなんかを信じて前のめりに生きたほうがおもろいゼ!」ってのはいい女っぷりだなぁと思う。たぶんまたなにかの折に参照させていただく。


 「礼」については儀礼におけるいくつかの型と対人折衝を通じて磨いていかざるを得ないかな。というより、(なんとなくだが)、格のレベルアップによって全体のパフォーマンスが自動的に上がっているように思う。ぼくは礼儀とかそういうものについてきちんと教わった経験がないのだけれど、「...最近、格があがったかな?」、って感じた直近で「礼」のスキルもアップしていた実感があるので。....余裕ということなんだろうか?


 あと実地以外でもこの辺を参照していこうかなぁ、と

Amazon.co.jp: 学問と「世間」 (岩波新書): 本: 阿部 謹也

 レビューみたら「五常」にも触れてるみたいだったので。つか、「五常」に関して分かりやすい新書(あるいは概説書)があったら教えていただきたいんだけど....たとえばこんな感じのやつで

Amazon.co.jp: 現代語訳 般若心経 (ちくま新書 (615)): 本: 玄侑 宗久


 そんな感じで「徳」に関するレセプターみたいなのをまず作ってから意識的に磨いていこうかなぁ、と。とりあえずそんな感じです(拝)



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追記:
そういえばぼくが「善」というカテゴリで探していたものはこういうものだったのかもしれない。「善」を探っていたのは「自分の中にある「善」的欲求をコントロールしてより高いパフォーマンスを出すため」って感じだったので。

「五常」的には「仁」がそれにあたるか。残りの徳目を修養したらもっとパフォーマンスが上がって行くのかも
 


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追記2:
「かしこさの指標は智以外にありえない」としつつも後からかんがえてみるにどーもそれはムリがあるんじゃないか、と。ぼくもふつーに人間関係なんかに配慮する人をして「かしこい」って言ってるし。

「かしこさの指標の上位ディレクトリとして五つの徳がある」と考えたほうが自然だな








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posted by m_um_u at 09:43 | Comment(0) | TrackBack(1) | 人文このエントリーを含むはてなブックマーク
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