2007年09月02日

少し前の格差社会論まとめ

 少し前(・・つか改めて見るとけっこう前だな)に格差社会論がちょっと盛り上がって、ちょっとまとめとかないとなぁと思ってるうちにこんなに時間が経ってしまった....。んで、その後もこれが引っかかってかなかなかエントリが挙げられなかったり...。いや単に暑くてめんどくなって不精になってただけなんだけど。とりあえず、以下、主に自分の理解のためのノート。
 
 最初はこちらから、siroutoさんが主要エントリをまとめてくれていたので。


萌え理論Blog - 格差社会は個人の努力では解消しない


 siroutoさん的なまとめのキモとしては以下な感じか。


・格差で苦しむ人たちは努力を否定しているわけではない (ナマケモノではない)

・個人の努力だけではなんとかできない領域なので政府による再分配機能(支援)を期待する必要がある



 これはいままでのギロンにもでてきたことだし特に新しい論点でもないんだけど、新しくこの問題に触れる人もいるということで基本的な論点ということになるのかもしれない。

 ついでにいえば「そんなこといってもわしらも格差なり貧乏なりはあったし、そこから這い上がったんじゃ」的なご老人の意見に対して、「プラザ合意もろもろを境にゲームのルールが変わったんです」、ってのがあると思う。その辺は以前まとめたのでエントリへのリンクだけ↓
 

muse-A-muse 2nd: 資源最適化としての格差社会と社会保障に関して

(その前段階としてのバブル崩壊に関して↓)

muse-A-muse 2nd: バブルについての覚書き


 関連で格差世代とそれ以前の世代のコミュニケーションギャップというか不寛容の問題があるように思う。格差世代の苦しみを想像できない問題。その辺については以前まとめた。


muse-A-muse 2nd: 最近の格差社会論をめぐる諸々 - 「ロストジェネレーション」から

(「失われた10年」の影響を受けた世代への不寛容と、「失われた」とラベリングし忘れ去ることの無神経さについて)


 この問題に対するessaさんの一連のエントリはそういった不寛容を埋めるための思考実験のように見える。


アンカテ(Uncategorizable Blog) - ずっと高齢者のターン

 「昔は無自覚に成長を信じられた」、と。投資に失敗してもなんとかなる社会。プラザ合意以後は・・って感じ(なのかなぁ)


アンカテ(Uncategorizable Blog) - 再提言:世代別二院制


 「世代間格差」を埋めるための思考実験として。未来がない老人と未来がない(現在の)若者



 以上が「昔」と「いま」の意識の違いだとすると「いま」と「いま」の間の意識の違いというか、同じように(あるいはそれ以上に)苦労した人の視点からみてこの問題というのはどのように映るか、というのが以下のエントリ。



NC-15 - 頑張りでなんとかならないところまで行っちまったのが問題だと思うが

 佐川急便な労働からたたき上げていったmuffdivingさんが言うと説得力あるな、って感じのエントリ。もうちょっと突き放して言うかと思ったけど、事情を考慮して法的サーポートが必要な部分についても言及されてる。(でも「やっぱ甘い (ぜんぶ格差のせいってわけではないよね)」って感じだけど)




 つか、対策としてどういったものが考えられるか? たとえば政府の保障ってやつは機能するのか? 馬車馬さんのエントリはその辺をきわめてロジカルに考察されてる。


マーケットの馬車馬: 救われない「不運」について

 間すっとばして結論としては以下な感じか


・マクロ政策を打ってもフリーター層だけ特別扱いできないので職業面で救済できない


・ではフリーター層向け保険のようなもので補償できるかというとそれも無理そう。(特殊事例なので参加人が少ない)



 コメント欄みると馬車馬さん的には「世の中にはヘッジされる不運とそうでないものがあるよね」という部分をクローズアップしたエントリにしたかったらしい。(ちょっとグダった?)

 で、ヘッジされる不運関連でこのコメントに続くか

不運のヘッジとは保険料を払うだけではありません。「将来どうなるか分からないから勉強しておこう」というのは立派なヘッジであり、勉強に費やした時間は保険料です(勉強すれば必ず不運を回避できるとはいえないので、不完全ヘッジではありますが)。もし赤木氏が代表するグループがこの保険料を払っていないのならば、補償を受けられないのは当然、という見方もあり得ると思います。結局のところ、自分のリスクをヘッジ出来るのは自分だけなのですから。

Posted by: 馬車馬 | August 26, 2007 at 06:24 PM




 「やはり抜け出すためには教育だよね」、と。で、以下につながっていく。


odz buffer - 裕福でないと大学にいけないという幻想

 「抜け出すための環境としてお金がなくても教育は受けられる制度(奨学金)は整っているじゃないか」、と。

 ぼくもエントリ主とほぼ同じ(つかオレのほうがry)環境だったので言ってることは分るんだけど、ワーキングプアとそれは根本的に違うと思う。その辺についてわかりやすいのが以下のエントリ


努力すれば格差を乗り越えられる、なんて思いつかなかった(@増田)

 「格差は意識面から規定されている」(「この情況から抜け出すには教育が必要」っていうけどそういったものに対する選択肢自体が思い浮かばない環境があるんだよ)って話でおおむね同意。文化資本の格差ってやつだな。

 そういった情況を救うのはそれぞれの場にいる人々の働きかけ(骨折り)、と...。(「夜回り先生」みたいだ)


 そしてけっきょく最後は自分の意志と努力ということになるのだと思う


格差と想像力(@増田)

 「卒業してから海外留学を決め、そのときになって過去の成績が審査基準に絡んでくることを知った」、ってエントリ。で、主要なメッセージとしては以下に尽きると思う

今の自分に満足できないからって「格差社会が悪い」と大上段の議論をするより、自分の手持ちの駒の使い方を考えたほうがいい。


 たしかに格差的な情況が現出してゲームのルールが変わった影響はあるのだろうけど、それ以前に成績も含めたさまざまな選択肢について学んでいなかったのは自分の怠惰さの問題もあるだろう。(つか、貧困環境と裕福層だと人的ネットワークの違いがあるので、それによってもたらされるであろう情報量にも差が生じる、ってこともあるだろうけど置く)


 とりあえず地味に成績とれるところはとっとけって話だと思う。あとはルーチンな勉強はルーチンに切り上げて選択肢を拡げる眼を養い、それに備えた努力設定をするって感じか。

 


 以上が今回の格差社会論で出てきた論点で気になったもの。まとめなので特にオチなし。





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関連:
アンカテ(Uncategorizable Blog) - 赤木智弘にひっぱたかれたくない!

 このエントリ自体は世代間格差を埋めようとしてるのだなということで共感なのだけど、たぶんそういう問題でもないような気がする。「赤木さん」という個人の性格の問題もあると思うので。「この性格も格差のせいなんですよ!」って言われるかもしれないけど...。

(っつか、オレは是非、終戦記念日に九段にて例の発言をしてほしかった。そこまでの覚悟ry)


muse-A-muse 2nd: ♪ しゅふになりたぁい (?)

muse-A-muse 2nd: 蹴りたい赤木

muse-A-muse 2nd: 「赤木が来たりて笛を吹」・・いて帰った

muse-A-muse 2nd: 運動における協調可能性について (想像力・他者・寛容・弱さの強さ)
 



Economics Lovers Live - 2007-07-25:まさにいぶし銀の名著、藤井良広『金融NPO』

 「貧困層救済補償」関連で。非営利金融組織の活動の可能性について

 






タグ:格差社会
posted by m_um_u at 18:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会このエントリーを含むはてなブックマーク
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