第一弾としてはとりあえず阿久悠さんについて。ちょっと時機を逸した感もあるんですが、それはワタクシの元ネタまとめが滞ったからであります。(暑さ惚けのせい・・ということにしておこう)
この本を参考にさせていただきました。
つか、これを読んでいるときに阿久さんが亡くなって、なんか「歌謡の一頁がまためくられたな」って思って、「どうせなら関連づけてまとめたいな」と思ってるうちに時間が経ってしまいました..。(あと、暑さのせいか眠くて..)
言い訳はこの辺にしてんじゃ本論を。って、その前にこちらのエントリを参照されるとおもしろいか、と。
てれびのスキマ:阿久悠をも唸らせた半田健人の歌謡曲鑑賞術(阿久悠追悼に変えて)
半田建人というと仮面ライダー555って感じなんですが自他ともに認める歌謡オタクでもあるんですね。それ辺の事情というか歌謡曲愛については本人が「いただきます」に出演したときにとくとくと語ってました。最後のほうで本人主催の歌謡曲リサイタルについて宣伝してましたね。
そんな半田さんがタモリ倶楽部に出演。持ち前の歌謡知識を阿久悠さんの前で披露したようです。つっても、阿久さんは隣の部屋で待機してたみたいで半田さんは気づいてなかったみたいだけど。そんな状況の中、歌謡愛に裏付けられた歌謡知識を披露して阿久さんをうならせた、と。詳しくはリンク先のエントリに書いてありますが、はじめは「この若造になにが分かるか」的態度で臨んでいた阿久さんの様子が次第に変わっていく様子が伺えてほほえましいです。
さて、そんなこんなな阿久悠さん。歌謡曲全体としてはどのような位置づけにいた人なんでしょうね?
この辺について、「タイアップ・・」の著者である速水さんのところに関連エントリないかと思って検索してみたけどピンポイントなものはなかったですね。(とりあえずこれとか。おもしろかったけど)
【A面】犬にかぶらせろ!: ピンク・レディーとディスコ
つかやっぱ、てれびのスキマさんとこで半田さんが示していたJ-POPと歌謡曲の歌詞の対比基準がおもしろかったのでそこをきっかけに話を進めていこうか、と。(以下、当該エントリより引用)
J−POPはこうなりたい(あの人に想いを届けたい、とか)という目的がある。それに向かっていろいろなアーティストが、その目的に向かったメッセージの歌詞を書いている場合が多い。
歌謡曲は真逆。
確固たる目的というのはなく、出発点がまずひとつ。で、その曲の結末を今度はリスナーに託す。
主人公なりその歌の使い道は自由ですよ、と。
今はその逆で、そこまでのプロセスを歌詞に埋め込んであるので聴き手側が促される。促すように作ってある。
そのアーティストにものすごく共感してたりとか、愛しているのであればグッとくるんですけども、逆に興味がない人からすれば、ちょっと印象が薄いかな、というのが現実ではないか」
阿久悠は、半田のその解説を聞きしきりに肯きながらこう補足する。
「J−POPと歌謡曲はブログと映画くらい違う。誰かが喜んでくれればいいな、誰かが興奮してくれればいいな、誰かが美しくなってくれるといいな、という願いを込めながらひとつの世界を作り上げていくっていうのが歌謡曲で、そうじゃなくて俺はこんな気持ちで悩んでるから、俺の気持ちを解れよっていうのがJ−POP」
そういえば「タイアップ・・」の中に「カラオケは自己表現の発露」って話がありました。カラオケ時代全盛期のプロデューサーだった小室哲哉氏はカラオケの存在を強く意識して歌手を送り出していった、とのこと。その曲を聴きカラオケで歌う女の子が自分をプロデュースする際のきっかけになるような曲や歌い手を作り上げていった、とか。(p.190)
以下、当該箇所の小室氏インタビュー抜粋
「女の子がデビューすることは、それを聞く女の子のために役に立っているんだと思っていたんですよ。つまり自分が女の子をプロデュースする場合、なんとなく親近感があって、多少憧れをもてるような、ということ」(『SWITCH』 2000年5月号のインタビュー)
このインタビューを見ると小室氏も、「誰かが喜んでくれればいいな、誰かが興奮してくれればいいな、誰かが美しくなってくれるといいな」、と思っていた感じがするのですが・・・まぁ、その辺は作り手なら誰でも思ってることでしょうからどうでもいいです。
つか、歌謡曲的な歌詞とJ-POP的な歌詞の違いは等身大かどうかってことなんでしょうね。その辺は長くなりそうなので省くとして・・(小川博司センセ辺りの本に載ってるかも)
歌謡曲全体の歴史において阿久さんはどのような位置にいた人なのか?
それは「タイアップの歌謡史」のキモと思われる原盤権の移行の歴史に関わっているように思います。
旧来原盤権はレコード会社が独占していたのですが、渡辺プロダクションに代表される音楽プロダクションの台頭、GS(グループサウンズ)・フォークミュージックなどの会社側からの仕掛けではない音楽の隆盛、ドラマタイアップによるTV局子会社による原盤権の保持などといった変化を受けて原盤権が散らばっていったみたいなんですね。阿久さんや筒美京平さん、橋本淳さん、鈴木邦彦さん、村井邦彦さんといった方々に代表されるフリーランスの職業作曲家、作詞家、編曲家の登場はGSブームによって旧来の音楽作家の専属制が揺らいだ時期だったようです。
この辺は詳しく論じてないんだけど、やはり専属から解き放たれた自由感とともに第一人者的な気概というか責任のようなものもあったのかなぁ、とか思います。「俺たちが新しい歌謡曲を作っていくんだ」的なものがあったのかなぁ、と。
この本における阿久さん関連の記述としてはこれぐらいしかないのですが、それ以外のところで個人的におもしろいなと思ったところについて、以下簡単にまとめておきます。
○ヒット曲の変遷はタイアップの歴史だった
「CM」(ex.資生堂、コカコーラ)、「TV」(ex.スーダラ節)、「映画」(ex.裕次郎)、「大イベント」(ex.オリンピック)、「パチンコ」などがヒット曲を生み出すメディウムだった。
○タイアップを徹底させタイアップ請負機構としての位置を築いた「ビーイング」
(177「歌謡曲・Jポップは娯楽であり、ビジネス」
(179)中間レコード会社やプロダクション、代理店を中抜きし、アーティストと広告主が直で繋がる産直システム
○タイアップの功罪
(230)小田和正:「タイアップじゃなければ見つけられないことがあった」
(231)山下達郎:「寡作の人間を助けるのがタイアップ」
※浜田省吾はタイアップに疑問を呈した
あと、全体のまとめとして。タイアップの歴史というよりは原盤権を巡る歴史といったほうが良いように思いました。音楽を販促させるための様々な仕掛け・ブームが開発され、それに応じて原盤権も分散していったってことでしょうね。タイアップもその仕掛けの一つだった、と。
甚だ簡単ですがこんな感じで。で、以上をもって新時代のタイアップ「動画共有サイトプロモーション」について考えていこうかと思います。
あと、個人的に。マーケティングやサービス業などの役割について<モノ以外にも効用があるのではないか?>というように認識の転換をしてみたくてこの本を参照していたのですが、最後の小田和正さんとか山下達郎さんの言葉がカギっぽいな、と思いました。あと、大型TV番組企画を通じてメディアミックス的に小説や曲が生まれていった経緯とか・・(「南太平洋裸足の旅」という番組に関わったメンバーらにより、小説「エーゲ海に捧ぐ」が生まれ、「時間よ止まれ」(矢沢永吉)、「魅せられて」(ジュディ・オング)、「いい日旅立ち」(山口百恵)が生まれたらしい)
こういった話を見ているとモノと流通、サービスというのは主従的な関係ではなく「地」と「図」のようなものなのかなぁ、と思ったり。
....まぁ、もうちょっと考えて見ます。
じゃ、そんなこんなで.....
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関連:
muse-A-muse 2nd: J-POP、J文学とはなんだったか?


