2007年08月07日

8・6祭りへ行ってきたよ

 昨日は8・6。ということで平和公園へ行ってきた。

 っつっても、この日に平和公園に行くのは初めて。灯篭流し程度だったら見たことはあるけど、この日に慰霊碑とかその周辺へ行ったことはなかった。けっこうな広島っ子がそんなもんなんじゃないかと思う。人多いし、暑いし、うるさいし・・。慰霊とか、友人への墓参りみたいなのは午前中に済ませちゃえばいいしね。

 そんな感じで例年この日はパスしてきていたのだけれど昨日は時間もあったし、なにより涼しかったので行ってみることにした。買い物もしたかったし。

 いつも通り、いつもの道を通って公園へ向かう。小さな頃から通い慣れた道。基町高層アパートと「夕凪の街・・」で有名になったポプラの前を通っていく道。夏休みには自転車に乗って図書館通いをした道。...姉弟そろって

 そんなことを思いながらたいしてスピードの出ない折りたたみ自転車に乗ってのんびりと平和公園を目指す。途中で犬の散歩とかジョギングをしている人々とすれ違う。「いつも通り」って感じだ。8・6だからといって特に変わりはない。でも、基町の高層アパート付近まで来ると様子が変わった。夕日を見ながらなにやら語らっている人々がいたり、たぶん平和公園を目指しているガイジンさんとすれ違ったり...。あと慰霊碑もあるし。

(※いちお補足説明しておくと、基町高層アパートというのは「夕凪・・」で出てきたバラックに出てきた人々を立ち退かせるために立てられたもの。映画にもチラッと出てたけど「不法占拠」ってことだったので。「景観悪い」し)

 映画で使われたポプラの前まで来たらクラシックの野外コンサートをやっていた。そういえば去年もやってたような気がする。恒例になりつつあるのかな? 見物人はチラホラと。そこに混じってほんのちょっとだけ鑑賞。...外だとなんかよくわからん。そんなこんなで再び平和公園を目指す。
 

 図書館に自転車をとめてそこから歩き。そごうと市民球場の裏を通って地下街へ降りる。少しジュピターを物色するも目当てのものは見つからず。・・アップルタイザーも売り切れてるよ(...飲みながら行こうと思ってたのに) 仕方ないのでいよいよ平和公園へ。エスカレーターに乗って地上へ出る。

 そしたらいきなり人が多くなってた。信号待ちの段階でうじゃうじゃ人がいるのが分かる。っつーか目の前が原爆ドームなので一番人が集まってるところだわな。ドームの前には既に灯篭が飾られてた。記念撮影している人がチラホラ。混ざってちょっと撮る


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 甚平を着た外国人の子どもが嬉しそうに灯篭の前でポーズをとっていた。お母さんも嬉しそうにその様子をパチリ。みんななんだか楽しそうだ。

 そんなことを思いながら川のほうを見ると灯篭流しが始まっていた。でも、まだ明るいので灯篭きれいじゃないな。先にちょっと買い物してくるか...?

 とか思いつつ階段を下りたら塔の前で合掌(黙祷)している人がチラホラ。ここには人はあまりいない。なんとなく混ざって黙祷する。

 んで、なんとなく慰霊碑のほうへ行ってみることとする。そういえばこの日にあっちに行ったことなかったので。

 灯篭流しを見るために橋に溜まっている人ごみを掻き分けるように真ん中の慰霊碑を目指す。近づくにつれなにやら線香の匂いが...。近くまで来るとけっこうな人が慰霊碑に手を合わせるために並んでた。それにあわせるように花飾りも線香の量もいつもに比べてゴージャス。線香の煙が護摩焚きの煙のようにモクモクと立ち上っている。...なんだか神社みたいだな、と思った。


 ふと思い立ってバラのあるほうへ向かう。いまはもう季節ではないのだけれど、なんだか人の少ないところへ行きたかったもので。しばらく進むと道端に誌を詠んでる人がいた。それを聞いている人もチラホラ。ヘッドフォンをはずしてなに言ってんだか聞いてみる。

「…いつもは白々しい祈りも今日はなんか違う感じがして…わたしたちはなにもいわず一緒に座っていた」、とかなんとか。ふむ、そういうものか。(そんなことを思ってその場は通り過ぎる)

 ってか、ヘッドフォンをはずして気づいたけど原爆ドームのほうから祭囃子みたいなのが聞こえる。祭囃子に読経、三味線がまざってすごく変な空間が形成されてる。。なんだろ、これは?(「ぜんたい この街の人不自然だ」)

 船着場では出店も出ていておそらく「祭り」ってことなんだろうけどやっぱり変だ。とても奇妙な空間。子どもたちもチラホラ見えたけどとても奇妙な祭り体験をしているんだと思う。
 

  「慰霊ではなく祭り」。「祈りではなく...」・・・なんだろ? よくわからない

 そういったものに少し違和感をもちつつもそれ自体がちょっとしたやっかみというか、平和活動に積極的にコミットしないことの言い訳のようなものなのかなぁとかちょっと思ったり。「どうせあんな活動ギゼンだ!」って言うことによって自分が行動しないことの言い訳にしてる?....ふむ....そういうのともちょっと違うような...。

 祭りと化したヒロシマを積極的に否定することもないけど肯定することもないって感じかなぁ..。こういう催しがヒロシマということを多くの人に伝える機会になることだったり、こういったイベントによって当事者の人たち(じっちゃんばっちゃん)の気持ちが満足されるならそれはそれで良いと思う。 でも、これってやっぱお祭りだよなぁ...。

  <ヒロシマ>を利用することについては<ディスクールとしてのヒロシマ>ってのがあるな。つまり、<ヒロシマ>を聖化(構築)し、「ヒロシマに関することは正しい言説」としてゴリ押しすることによって自己の善的欲求を満たそうとする反面、被爆者へのケアなど形として残る活動にはノータッチ、ってやつ。らっちさんも言ってたけど左翼だか右翼だかわかんない人々。たぶん、単に騒ぎたいだけなんだろう。

 
 <お祭りとしてのヒロシマ>ってのもそれに当たるのかなぁとかちょっと思ったけど....でも、フラワーフェスティバルよりはマシか。


 とりあえず一年に一度でもそういうことを考える機会になる....のかもしれない。


 そんなことを思いつつその場は早々に辞して買い物へ行ったのでした。





タグ:ヒロシマ
posted by m_um_u at 10:54 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
>祭りと化したヒロシマを積極的に否定することもないけど肯定することもないって感じかなぁ..。

そうですね…。あの雰囲気、賛否両論あると思いますし、僕もどう評価してよいのか分かりません。

今年は行っていないので、どういう状況だったか良く分からないのですが、個人的には、コンサートをするにしても、出店を出すにしても、何か「想いを感じるもの」を期待したいですね。「ただの馬鹿騒ぎ」だけは勘弁して欲しいです。
Posted by らっち at 2007年08月07日 22:37
ぼくもきちんと見たのは今年が初めてだったのでなんとも...ってのはあるのですが、やはりちょっと奇妙な感じがしました。少なくとも祭囃子と三味線に読経はないだろ、と。

まだ花火大会と化してないだけマシなのかもしれない。。
Posted by m_um_u at 2007年08月07日 22:51
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