2007年07月21日

ケータイ小説の市場規模やら可能性について (「小説ではなくライブ」ということらしい)

 なんか、ケータイ小説のことが気になったのでいま把握してる範囲の情報をザラっとまとめておこうかと思います。

 市場っつーか売り上げ的にはこの辺かなぁ


ある編集者の気になるノート : もはや、「文芸=ケータイ小説」の時代なんだろうか?


 TOHAN発表の上半期売り上げベストテンから。ある編さんによるとこの内6つがケータイ小説なんだそうです(1、2位含む)。「市場ができたのではないか?」についてはkanoseさんもエントリあげておられましたね。

ARTIFACT@ハテナ系 - ケータイ小説が最近になってなぜ分析対象として注目されたのか?

Yoshi氏の『DEEP LOVE』がすでにヒットしているのに今更…みたいな意見を見かけるが、なぜ今になって分析対象になっているかといえば、Yoshi氏の存在はあくまでイレギュラーとして認識されていたが、ケータイ小説をベースにした他のヒット作が登場したことによって、イレギュラーではなく市場があるときちんと認識されたために変わったのではないだろうか。


 んで、角川辺りは文庫化も狙っている、と。

平和の温故知新@はてな - ライトノベルとケータイ小説と角川グループの戦略


 あと、モバゲーなんかも狙ってるみたいですね。

モバゲータウンが携帯小説に進出--ユーザーからの投稿を受け付け:モバイルチャンネル - CNET Japan

 mixiも似たようン企画(ミクドラ)出してたけどあれは「物語の筋をユーザー投票で変えられるよ」とのことだったのでちょっと違うのでしょうね。


 で、内容についてですが各所で疑問がもたれているように思います(ぼくも含めて)。単なる印象ですが内容とか文体なんかは稚拙なものが多い感じがする。その辺の主張としてはこんな感じでしょうか


肉欲企画。: ケータイ小説

神霊K・B・Y・Sが一体出た! Yoshi【ケータイ小説】のガイドライン

 「テンプレ化して遊べる程度だよ」、と(後者は半ばネタですが)。テンプレ化っていったら村上春樹的ジェネレーター(+スレ)とか思い出しますが、それともちょっと違う感じ。語彙が少ないんでしょうね。語彙が少ないのでの感情表現とかテーマが少ない(反復が多くなる)。物語のテーマとしては同じところ(恋愛)的なところにとどまってそれほど進展がない。そんな感じになるんだと思います。ハーレクインと同じかなぁ、と。

 でも、それが一部で受けているのはケータイ小説というのがその層にとってのリアリティを体現しているからなんでしょうね。こんな感じで


活字中毒R。:10代の女の子たちが「ケータイ小説」にハマる理由

中島:私らにいわせると普通の小説家の人って、「今、起こっていること」が描けてないような気がするんだよね。『Deep Love』の場合は、友だちから拡がっていった感じだったし、最初からものすごく身近に感じられた。


 ただこちらのまとめにもあるように有名な「Deep Love」は「いま流行っているケータイ小説ではない」ということのようです。

松本:Yoshiの『Deep Love』は中学校のときに読んだよ。今流行ってるケータイ小説とはちょっと違うけど、あれは横書きだったからスラスラ読めた。横書きのケータイ小説なら一つの話を一晩で読んじゃうこともあるし。


木村:私も『Deep Love』は読んだんですけど、あれは『セカチュー』と違って「今、起こっていること」って感じがしたし、自分が知らないことをいっぱい知って勉強になったから好き。



 っつーか、「Deep Loveで勉強」ってどんだけ......いや、まぁ、誰しも入り口ってのはそんなもんなんでしょうね。そこから拡げたり掘っていけるかどうかなんでしょうし。

 
 一方こちらはケータイ小説の可能性をもうちょっとポジティブにとらえてみようとしておられるようです。

【B面】犬にかぶらせろ! - ケータイ小説ノススメ

どちらもケータイというツールを、うまく使っていることに感心した。恋愛の機微だったり、アイデンティティの萌芽といった小説の軸を、ケータイという道具だけで描いている。稚拙な部分は確かに多いが、そこに関してはまったく稚拙じゃない。

そして、上二作の共通点としてあげられるのは速度。通常の恋愛小説であれば中盤以降に設定されそうな恋愛の成就のタイミングが上の2作品では、冒頭に来ている。物語中の時間だと出会った翌日には二人の愛は最高潮に達する。後者ではもう結婚の約束までいってしまう。すれ違いというのも、メールの返事がすぐに来なかったとかいうレベルのもので、おそらく半日も返さなければその恋愛は、すでに失恋であるといえるくらいのスピード感を持っている。


 やはり恋愛特化型コンテンツなのだろうか..? なんとなくですがAVの濡れ場的なものとそこにいたるまでの稚拙な演技の対比を思い浮かべてしまったのですが.....(そこまでいうといいすぎなのか?)


 んでそういうのに対して、「内容うんぬんではなく仕掛けによって拡がったのでは?」という見方もある、と。


分かる人にしか分からないとても高飛車なケータイ小説マーケティング概論(入門編) - アート資本主義

そのなかでごく一部の作品が世の中に出て書籍商品として流通するのは、その作品がネットコミュニティで評価をされたというゲートウェイを通過しているからであって、作品に対する純粋な文芸的評価が最初にあった訳ではない。


 ってことはコミュニティマーケティング的な手法ってことになるのかな? セカチューの場合は書店によるポップ戦略(PR)が幸いしたみたいなんだけど(cf.「タイアップの歌謡史」)、ケータイ小説の場合はそれ以前のオーディションシステムのようなところでの盛り上げがポイントだった、と?

 なんか、おにゃン子クラブとかモーニング娘方式っぽいですね。でも、最初からデビュー狙って小説書いてるわけでもないかもしれないのでちょっと違うのかな?

 その後も上記リンクの方の考察は続いてます。(いちおクリップ)

分かる人にしか分からないとても高飛車なケータイ小説マーケティング概論(中級編) - アート資本主義

分かる人にしか分からないとても高飛車なケータイ小説マーケティング概論(上級編) - アート資本主義


 っつーか、「餅は餅屋」ということで中の人による解説が分かり易かったです。

かさぶた。 日本最大のユーザークリエイションコミュニティ魔法のiらんどの秘密とは 『ケータイ小説家になる魔法の方法』

 「魔法のiらんど」のプロデューサー、伊東おんせん氏が書いたケータイ小説の今が一番わかる本の書評です。

 まず、「ケータイ小説とはなにか」ということについて

* もともと携帯電話向けに書かれてない小説を携帯サイトに掲載したもの。
* プロの作家が専用に書いたもの。月額会費など、コンテンツに料金が発生しているタイプや、サイトのアクセス数向上が主目的で無料で読めるタイプがある。
* ユーザーが投稿したもの。その中で人気の高いものは書籍化されることがある。

このうち最も注目を集めているのが3番。今やケータイ小説=魔法のiらんどと言っても、決して過言ではない勢いがある。


 『魔法のiらんどで書籍化された小説の累計部数は今年1月の時点で300万部』、と。


 次に「ケータイ小説の特徴」(文法形式)とは

* 改行が非常に多い。空行のスペースによって間を作っている。
* 主人公が話す時は『』、それ以外の人物が話す時は「」。
* セリフの後に”↓”のような下向きの矢印を入れることで、主人公の気持ちの落ち込みを表現。


 ケータイで読みやすいようにするために上記のようなフォーマットが固まっているようです。んで、こういった文体が独特のスピード感(ライブ感)をもたらしている、と。

 そこから外挿されたdakiniさんのこの言葉は象徴的だなぁ、と思いました。

Webでも紙媒体とは異なる文法が生まれてきたが、さらに極端な形で現れている。実話ベースの小説が多いのも特徴的で、「小説」を書くというより、自分の体験を何らかの形で表現しようとしたら、それがたまたま「小説」と言われるものに似ていただけ。そんな生っぽさがある。



 「小説(文学)ではなくケータイ小説なのだ」ということですね。「スタジオ収録ではなくライブなのだ」って感じに近いのかも。これ関連ではこのエントリが思い出されます。

パンダのため息 Yoshiという人 その1

パンダのため息 Yoshiという人 その2

パンダのため息 Yoshiという人 その3

Yoshiさんは、
作品の文学的評価なんて、
完成度なんて、
作家の存在意義なんて、
全然考えてない。
そもそも「作家」になるつもりはない、という。
たしかに、
『Deep Love』はじめ彼の小説は、
いわゆる小説としてはヒドイし、
文芸ヅラしている編集者はケチョンケチョに言うか、読んでないふりをするし、
文学賞からも文壇からも無視、というか見ちゃいけないもの扱いされている。
でも、彼はそれらをすべてわかったうえで、
「いいんです、それで! 読者さえいてくれれば」
と、力強く断言されてました。
そんな彼と会って、あたしはブン殴られたような衝撃を受けた。
それだけ。仕事にならず。_| ̄|○
とにかく、彼に見切られてますよ、文壇の諸君(=作家&編集者)。



 これを見た感じYoshiさんもご自分のことを「小説家」などとは考えていないのでしょうね。「とりあえずみんながよろこぶおもろいものを提供できたらいい」。そんな感じなんだと思います。



 大体以上が概観。見知ってる範囲での現状のまとめなので特に考察や結論もなしです。(拝)

 ちょっとだけ言うと「小説ではなくライブ」というところが「コンテンツではなくコミュニケーション」というところと似てるなと思いました。そういう時代なのかなぁ。。(ってか日本だけか)



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関連:
ARTIFACT@ハテナ系 - ケータイ小説って著作権関連は大丈夫だろうか

※アマチュア(CGM)ゆえのセキュリティのゆるさについての懸念。市場が拡大していくとありげですね(モバゲーコミュとかゆるそう)

 
 


posted by m_um_u at 16:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | メディアこのエントリーを含むはてなブックマーク
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