2017年07月14日

あれは彼女たちにとってはアレルギー反応のようなものなのかもなあ。。


朝に「バッドフェミニスト」を読み進めてなんとなく「昨日の対フェミ(ぽい人ら)嫌味みたいなのは言い過ぎたかなあ。。」とかおもって反省。ロクサーヌ・ゲイなんかがいってることだとそれなりに立ち止まって考えてみようと思うのに彼女らが言うことだとどうも言い過ぎに思えて言い過ぎで答えてしまうのはなんでなのかなと内省してみた。コインランドリー待ち時間をドラッグストアの買い物でつぶしつつ。

直感的に「彼女たちの訴えはアレルギー反応みたいなものなのかかなあ」と。一つ前のエントリで彼らのPCは宗教的なものなのかもしれないという話をしたけどアナロジーとしてはアレルギー反応のほうが近いのかもしれない。それだとライシテよりもわかりやすく一般社会からも線引しやすそうだし。食品などの成分表示よろしくコンテンツに「この作品には女性差別、恋愛、異民族が含まれてません」みたいなのを表示する。まあそういうのはなかなか分け難くさらに物議をかもしそうだけど恋愛とか異民族みたいなところだとなんとなく分かるようにはなってるか。その作品を見る前から。「女性差別は含まれてません」とかいっても作った当人はそのつもりはなくてもナチュラルに差別してるかもだからこの辺はわかりにくい。もっと中立的な成分要素があれば良いのかなとかは思う。たとえばピンク色、とか?いわゆるダサピンク的なあれ。まああれも過剰反応な向きがあるように思ってるのだけど。ネットの話題と関心的に。


ともあれ、彼女たちが女性の権利を侵害してる― セクハラだ―って一定の表現についていうとき、その表現に対して特になんとも思ってない / ちょっとはまずいかなーとおもいつつもスルーしてる人たちというのは食品において人工甘味料やらアレルギー物質に対してだいじょうぶなのと同じなのかなーと。まあ自分のことなのだけど。ちなみに人工甘味料は苦手。なのでアルコール9%系チューハイはどれも口に合わない。ざんねんなことに。
対して、一定の表現に過剰反応してしまう人たちはその表現に対してなにか過去になにかがあったりとか、あるいは最近の世間や女性同権的な教育の影響やらがトリガーになって敏感に反応するようになってるのかなーとか思う。後者の方はちょっとマッチポンプにも思えるのだけど、前者の方は自身の経験やら体質に基づくのだろうからどうしようもなさはあるのだろう。体質っていうか心の質っていうか、まあ性的トラウマやら発達段階での経験の記憶が元になったり?

「バッドフェミニスト」の叙述はまさにそれで、ゲイがまだティーンの頃に集団レイプされたことが語られていた。いわゆるデートレイプ的な。彼に「嫌われたくない」ためにそんなに好きでもない性行為をしているうちに彼の仲間にもそれをしてくれと要請され、断ったけど密室空間だったのでなし崩しに、というような。しばらくして学校に行くとそれは自分の「アバズレ」のせいだと吹聴されていた。自分から求めてやったものだ、と。

そういう過去がある人の場合どうしても過敏に反応するようになるだろうしその戦いを続けることで自身を保っていけるところもあるのだと思う。



ゲイのそういう過去と語りを聞いていると彼女の敏感にも耳を傾ける気になる。自分はその部分について特にそこまで思わないけど?とおもってもそういうのでアレルギー反応が出てしまう人がいるなら気を使っていこうという気に。なので、そういうので(彼女たちからすると)鈍感な人たちがわからないような性的侵犯な表現をしている―と叫ぶ時、たんに「世間的にただしいこと」の立ち位置からではなく、彼女たち自身の本当の痛み、そういうものをみたときにどうして痛いのか、嫌なのか?についての語りのようなものが聞けると違うのかなと思う。世間的に正しいからーというだけで頭ごなしにPC叫んでるだけだと単にそういうのをタテマエとして他者にマウントしたいだけの人たちなのかな?とも想えるので。

でも、そういう辛さや経験みたいなのもごく個人的なものだからいちいちカチンと来た表現などがあるたびに彼女たちにそういうものを告白せよというのも酷なものだなあと反省。そういった個人(プライバシー)の部分に触れずに済むように一般的なルールのようなものがあるのだよなーと。

んでもそういった「正しさ」を教条的・抽象的にやりとりしてるだけだと運用によっては「正しさ」だけにとらわれた暴力になるのだろうなーと二重国籍の件とファブリーズの件をみつつ想う。蓮舫氏の二重国籍の件だと仮想敵としてるネトウヨの言説に乗っかりそれへの反証を示すという態度を取ろうとしたのだけどその時点で仮想敵とするひとたらと同レベルの低俗に堕ちてしまった。ファブリーズの件も同様で、彼女たちが仮想敵?とする側の男性?側からの主張、「ファブリーズのCMでひどい扱いをうけてる男性の様子は看過されてるけどこれはセクハラにはならないんですか―?」に乗っかって彼女たちが自身に対してしているのと同じようなCM自体の内容分析から応えてみようとした。そのようにすれば、どうとりつくろっても、そのCM単体ではセクシャルハラスメントを含むものになるだろうけど。


ふたつとも教条的、セイギセイギにならずにきちんと人や経験、実際の痛みなんかをみつめ主張したほうがよいのではないかなーと改めて思ったのだった。










































バッド・フェミニスト -
バッド・フェミニスト -



posted by m_um_u at 19:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
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