このブログ用にTwitterでの関連twを貼り付けたあとに蓮舫さん関連の話が多くなってしまいあとで編集しようかと思ったけどめんどくさくなったので割愛。端的には少しまえにあった東京都議選での民主党の大敗を受けて「誰かが責任を取らなきゃならない」「この機会に党首の二重国籍疑惑を払拭させよう」ということなのだけど。
民進党の迷走続く…蓮舫代表の資質を問う声はなお強く - ライブドアニュース
http://news.livedoor.com/lite/article_detail_amp/13325040/
まあ選挙の惨敗と党首の二重国籍は因果関係ないだろうから問題のすり替えのように思うのだけど。つまり政策で勝てない / 戦えなくなった民進党はもはや搦め手から求心していくしかなくなったのだけど、その際の「人気」という曖昧な要素に関わる部分に党首への疑惑があるとかなんとかしてるわけだけど本来なら政策で戦えばいいだけだから本末転倒感がある。よしんば搦め手(政局でありスキャンダルなどを介したポピュリズム)で戦うとしても、それを決断したのは党全体の意志だっただろうし直接の敗因は民進党の選挙対策委員会にあるはずだからそのあたりが責任を取れば良い話のはずだけど選挙対策委員長自らが党首の責任に話をすり替えてるみたい。まあこういうのの結果、党首が辞めるというのはよくあることだけど、そこに「党首が外人疑惑があるからだ―」て付け足したのは自分への責任追及逃れるためだったのかな―、と。民進党の内情をよくしらないのでわからないのだけど。形としては昔の学生運動のときのソーカツ的な内ゲバを思わせ正しくサヨク的ではあるのかなとか思ったりもする。単に皮肉だけど。
「こういうのも民進党内のまともな政策打てるグループが逃げ出したからかなあ」「蓮舫さんて見た目的には社民党とか女性党みたいなののほうが似合いそうだけど現在の民進党ってそういう系が強いんだったっけ?」「旧小沢グループとかどこいったんだろ?」「うわ…民進党になる際に維新の会とくっついたのか。。(お察し)」、みたいなことを思ったのだけど民進党の内情/構成について詳しくないので本質的なところがわかってない感はある。ちょっとそういうの知りたいなと思うも書籍では出てなさそう。自民党のは最近に中公新書から出ててそのうち読もうかと思ってるけど。
二重国籍疑惑、というか「民進党は売国奴だ―」みたいなネトウヨを中心とした?陰謀論みたいなのはけっこう前からあって、それに応ずる形でのソーカツだったのかなと想わせるも実際にそれをヤってしまうと認めたことになるんじゃないの?あるいは人身御供的に生け贄の乙女みたいなの捧げて手打ちみたいな。まあ乙女っていうのも変だけど。
そもそも外国人ガー国政に絡ンデーとかいっても未だ首相とか大臣にもなってないわけだから国政には絡んでないわけだし、よしんばそうなったとしても一個人としてここまで帰化してるわけだからスパイとかいうのも信じがたい。まあそれでもスパイ疑惑の反証とはならないのでそういった陰謀論疑惑が潰えないないひとには潰えないのだろうけど「どこまでやったらスパイって疑惑消えるんですかねえ?」みたいなことは思ったりする。
それとは逆に、こういったスパイ疑惑を否定する人たちがアメリカのロシアゲート疑惑を肯定的に捉えてトランプバーカバーカしてるのみるとダブスタぶりに(ヽ´ω`)てなる。まあ彼らからすると「国家に対するスパイ疑惑」「国家に対する外国からの組織的アタック」みたいなところが問題なのだけではなく「外国人として『差別』されてる」という人道主義的な見地?が焦点なのだろうけど。そもそもその外国人疑惑・批判的視線が国会議員≒内政に携わる → それが外国人だと内政干渉の可能性ガーてとこから生じてるのでわ?ていっても彼らには声は届かない。そして「日本人は帰化しても外国人は外人―てしていつまでも差別するんダー」てよくあるお題目みたいなのを唱え続けるのだ。ヒステリックに。その様子はちょうどこの季節だと夏の法事の集団読経のようにも想えるのだけど、よくある言い方からすると精神病棟のヒステリックな反応にも似てる。「Twitterは精神病棟に似てる」みたいなアレ。そして精神病棟の人たちのようにちょっとした不安が生じるとその不安を公正(穴埋め)するような題目を集団で唱え同調圧を強めていく。そこで理性的な意見(「それはちょっと違うのでわ?」)を唱えてもそもそもヒステリックな集団読経なので相手してもらえない。下手すると怒りに触れてクソリプを投げつけられまくる。集団読経してる人たちに茶々を入れるとこっぴどく叱られるように。
そういうのは彼らが平等主義・自由主義として掲げるりべらりずむ的な倫理題目が関わるところにはすべからく存在する。フェミニズム(女性平等運動)やら言論・表現の自由やら。そういった倫理は条件が整えば素晴らしいものだと思うし自分も大事/叶えていきたいとは思うのだけど、彼らはそれが一定の条件のもとに成立していることを考慮しない。あるいは「その条件が崩れているため整えるために声を発している」というのかもしれないけれど往々にして教条的にその倫理をお題目して唱えるのみの人たちはそのための条件の構築ということには無頓着だったりする。たとえば自分とは違った価値観や立場の人達との対話や交渉の余地がなかったり。それがなければ一定の条件のための下地も構築できないだろうけど。
そして彼らの一方通行の倫理の押し付けは暴力的に機能していく。セイギの暴力として。
あらためていうけど倫理とかのお題目の話以前に現実的でプラグマティックな環境の構築をきちんと考えてくれと言いたい。。あるいは以前じゃなくてもいいのですくなくとも並行して。そうしないと宗教倫理的なものの教条的な押し付けに過ぎない。
条件の話に戻ろう。
彼らからすると自由主義や平等主義というのは人類普遍のものに思っている / 思われているフシがあるのだけれどそういうこともない。「それが行き渡ってないのは遅れているからだよ」みたいな昔の西洋中心主義的な自由主義進歩史観に彼らは立ってるぽいところもあるけど。E.トッドなんかによると自由・平等主義というのは一定の家族系の共同体に相性のよいイデオロギーで、たとえば核家族的で個人主義的な絶対核家族たるアングロサクソン系の価値観として作られてきた。大家族的な価値観だと老人とかの教えを理性ではなく権威的(パターナリスティック)に踏襲していく傾向があるだろうけど絶対核家族の場合そういう必要もなかったので自由主義や個人主義が根付いていったのかもしれない。ちなみに家族系としては大家族系のほうが比較的新しい家族系のようだけど。
そういった家族系が下部構造となった上部構造が自由主義なわけだけどそれがアングロサクソンの覇権によってグローバルスタンダードのように錯覚されていった、みたいなことをトッドはいってたような気がする(うろ覚え)。
もちろん、そういった価値観は現在では尊いし、自分としても権威主義的に「口答えすんな!」って老人の価値や教えを詰め込まれていくのは嫌なのだけど。家族系をはじめ、アングロサクソンの共同体と条件が違う共同体ではその価値観を受け入れるためにまず下地となる条件を整えていかなければならない。たとえば絶対核家族では「父・母・子ら」という家族形態が基本ユニットとして暗黙に前提されている。いわゆる専業主婦モデル。「それがゆえに独身族を想定していなくてその部分へのケアがゆるくなるのだ」とトッドはいう。「そういったものは(大家族的な共同体なら全体で支え合うシステムがあっただろうけどそういうものがなければ)国家が代替して保証していかなければならない」と。デンマークやスウェーデン、フランスのPACSみたいなああいうもの。それによって独身者だけではない社会的マイノリティも包摂していく。社会で独立して暮らせるように。財源としては税金頼りみたいだから税金がその分高くなるけど。
平等主義や自由主義を求める時、倫理や「(彼らが家父長制と暗黙かつ雑にイコールしてるぽい)専業主婦モデル打倒!」といった根性論以前にまずそういった現実的で構造的な条件の改正を考えるべきだと思う。あるいは倫理とともにそういった具体的なものを勝ち取っていこうとする。対立する相手が合理的配慮が示せる程度の対話の余地を残して。そういうことが必要なように。
家父長制の話ついでにいうとあれは字義的には「一家の家長が父であること」「そこから発せられていた権威主義」ということだろうけど家長が父(男性)であることと権威主義的であることはそのままイコールではない。たとえば母が家長でも権威主義的な家族はある。うちみたいな母子家庭とか。そして大家族でも権威主義は踏襲されていただろうけどそんなに問題なものでもなく平和に共同体が運営されていたりもした。もちろんそうでもなく不満が溜まっていたところもあるだろうけど。まあとりあえず家父長(すなわち一家の長が男性)であることがそのまま権威主義になるわけではないし、権威主義だったらそのまま悪いということにもならない。家父長制≒男性中心主義としても男性中心主義というのは人類の一定の期間、一定の場所において最適とされたモデルだったのだろうし、男性が中心になったから社会的に変なになっていったというわけでもない。急進する近代の速度が個人にも同様の速度を要請し、結果的に黒いイナゴと化した男性たちが家長としてその権威をトリクルダウンしていっただけともいえる。つまり国家→社会→(男性を家長とした)家族への影響。ゆえに「家父長制と資本主義」の見立てが出てくるわけだしあの見立てではまだ未完成だったりするのだ。
権威主義ばっか敵にするのもどうなの?という話ついでにいうと彼ら「りべらりずむ」を自認する人々のやり方も権威主義といえるだろう。上記してきたように、彼らのりべらりずむの価値規範である自由・平等について、彼らは往々にしてそれを思想的、本源的に思考することはなくお題目的にそれを唱える。それがゆえに彼らのセイギはともすると教条化してオーバードライブして他者を傷つける。公正性や公平性は「平等」の価値にも関わるものに思われるけれど彼らは目の前の「平等」を説くあまりに公平や公正の原則をしばしば忘れ度外視する。結果として、最悪の場合彼らの倫理題目と相対する人々に暴言を浴びせたり暴力行為を行ったりする。あるいは言論の「自由」をかかげつつ仮想敵の言論の機会そのものを潰したり。そういうものの何が「自由」なのか…。
それらは本質的な意味での平等主義・自由主義、あるいは人道主義とは違って単なる題目なのだろう。彼らが教科書的に教えられた題目を権威主義的に踏襲しその権威をもって(自分とは違った考え方を持つ)他者を圧しようとしているだけなのだ。
それが「わたしはシャルリ」運動(イスラム系住民やマグレブの排除)であり、Twitterで異論を唱えた子供芸能人へのクソリプ暴力であり、(中道左派≒リベラリズムを掲げるはずの)民進党による人権侵害的なマッチポンプへの鈍感の正体だった。
なのであらためて思う。そういう人々は宗教なのだ、と。りべらりずむ(あるいはその反対のネトウヨ的なお題目への教条的な盲信なのだ、と。そしてそれは日本という直系家族系からすると正しく権威主義なのだろう。
まあ「宗教の人」というのも揶揄的に思われるかもなのでエクスキューズしとけば本来宗教が機能してていた/現在も求められているような空白にああいう教条主義的な「良いこと」価値観が求められ帰属されていくのだろう。たとえばフランスのシャルリ運動の担い手がパリ中心部の人々ではなくその外縁部の直系家族系の人々で、彼らは元々カトリシズムを信奉していたがその空白に共産主義を報じるようになり現在はりべらりずむを奉るように。そういう人々には良心の拠り所としてそういうものが要るのだ。そういうひとたちって異化するだけではなくたぶん自分たちにも。
んでもそういう宗教の人たちと接すると言葉も通じなくて疲弊してしまうことがママあるのだろうからある程度の線引がデキたら良いなと思う。たとえばライシテのような。Twitterなんかはブロックとかミュートとかフィルター機能である程度アーキテクチャ的に排除できそうだけど、社会的にももうちょっとなんとかならないかなあって。まあ実際社会的にそういうものを設置するとなると暴力的な切断処理も生じるだろうから自分たちの心の境目的なものとしてなんとかデキないかなあみたいなのは思う。そういうわけでライシテについてちょっと調べてみよう。
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トッドの歴史... 『問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論 ...』 44分 86ページ https://t.co/hKUcQIE46w #studyplus at 07/11 05:16
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昨今TLにチラついていたフェミニズム的立場からの世間の通念(性別役割分担とか「女性」に対しての表現侵犯みたいなの)の根っこにあるものとして家父長制なる言葉が基本としてあるように語られていて、自分的には違和感だったのでもっかい家父長制の字義について簡単におさらいしたのだが at 07/11 05:21
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RT @anatatachi_ohno: ざっくりまとめてしまうと、ポルノはロマラブの欺瞞を暴き性規範を撹乱する潜在性を秘めてる一方、その多くが家父長制ベースの男女の権力関係を暴力的に反復している。女性もポルノをファンタジーとして楽しんでる一方、性体験の乏しい青少年にはフィクシ… at 07/11 05:22
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RT @anatatachi_ohno: まずロマンティックラブ・イデオロギーと家父長制はもちろんイコールではない。前者は後者における男女の権力関係を”粉飾”するために利用されてきたもの(フェミニズムはいずれも批判の対象としてきた)。 at 07/11 05:22
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ここでいわれているのはいわゆるポルノ的なものであり、それは現在の男性中心社会における通念的なエロ表象ということであって家父長制ということとはイコールではないのだよね https://t.co/uPp6yar9EI https://t.co/ZRaa8sbI7K at 07/11 05:23
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家父長制というのは字義的には家族の中で男性を長することで権威がそこに集中して、という話なのだけど、その暗黙の前提としては「みょーに権威主義になることがわるい」があり、特に男性が家族の長でなくても権威主義になる家族や共同体はあるのでまずそこでちょっと違う at 07/11 05:25
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そしてその前段として「権威主義になると悪い」が暗黙の前提とされているのだろうけど、これも家族制度によって権威主義がうまく機能する共同体もあったわけだからちょっと違うのだよね at 07/11 05:27
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そして、ポルノというのはだいたいにおいて基本となる性規範、個人のセクシュアリティを抑圧・規制する社会的な規範への個人のセクシュアリティからの反動として生まれるものだから at 07/11 05:29
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なので、現行のポルノグラフィに違和感を持つ(あるいは脅威を感じる)というのは、それまでの男性中心主義的な社会におけるステロタイプ的な価値観を基層としそれへの反動としてのポルノ、に脅威を持つと言うことだろうと思うのだけど at 07/11 05:30
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そういったポルノを邀撃してもそれ自体は基本となってる男性中心主義的な社会の規範の影として生まれたようなものだから、あまり意味が無いのだよねえ。。(まあセットとして男性中心主義的な社会規範も邀撃されたりするけどその際に使われる言葉が家父長制であることは雑 at 07/11 05:32
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家父長制という言葉とソレへの批判がどのような経緯から出てきたかは自分的にあきらかではないのだけど、ウィキペディアの説明的にはドイツ語と英語あたりで元があるようだからドイツ語圏にも出自があるのかなと思うに at 07/11 05:33
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だとするとドイツ語圏の想定する家父長制とは直系家族的な権威主義だろうし、英米圏から想定する家父長制は絶対核家族的なユニットからみたそれということになるだろうからちょっと感覚が違うように思う at 07/11 05:35
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日本なんかも直系家族に属するので家族系的には基本的に権威主義でもおkなのだけど、近現代になって都会生活と核家族化が進み、価値観と生活スタイル的に欧米化が進んだのでそういったのをそのままインストールしてる人たちは権威主義的なシステムに対して拒否感が出やすいのかもしれない at 07/11 05:38
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でも、彼らは単に学校やメディアで再教育された規範をみょーに意識して増幅、繊細してるだけというのもありそうで、彼らの生まれ育った家族環境や生活圏のエートスに比べてそのへんはどうなの?みたいなのはおもったりする at 07/11 05:40
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書き忘れたがこのステロタイプ的な価値観のとこにロマンティック・ラブイデオロギーも当然に加わる(そしてあれは欧米型絶対核家族のイデオロギーかもというのはそれ系の本にもほのめかされていたはず https://t.co/dsP77JMpho at 07/11 05:49
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端緒として例のジャンプのチョイエロ表現のことがあったとしたのなら、あれはそもそもエロ的な破壊力をもったポルノ(つまりリビドーやらイドやらの影の部分の解放)としては機能しておらず、すでに体制(表)側に馴化されその規範を踏襲するだけのチョイエロとなってるということだから at 07/11 05:55
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そりゃ邀撃するとしてもあの表現やあの作品単体にしても仕方なく現行の表の制度をしないとしょうがないよねえ。。(ああいうのが「ふつー」とされてる?アフター5のおやじ脳的なの)ってかんじになる at 07/11 05:56
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朝のエマニュエル・トッドの新書からのヒントから得たtwでもちょっと出したのだけど、ポリティカル・コレクトネスとか表現・言論の自由、あるいはその元としての平等主義に基づいた人道主義というのを敷衍させようとする人たちは「それがある一定の条件の元に成り立ってる」ことを再認識しないとダメ at 07/11 19:11
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.彼らはアングロサクソン系の自由・平等主義にもとづいたPCなんかを無前提で良いこととする、し、自分的にもソレは表面的には良いことに思うのだけど、それらは一定の条件のもとに自由が全員に行き渡るもので、それらの条件は各階級などで違ったりして整備されてないのだけど at 07/11 19:13
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.彼らがPCとか「自由」を強調する時、そういった自由のための条件が整ってない人々、整ってないながらも生活は続けないといけないので忸怩たる思いで目の前の不平等を耐えてる人々のことは半ば無視するでしょ? at 07/11 19:14
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.具体的には貧困などの問題が目前のリアルな問題としてある人々(まあ自分とかだけど)、あるいはなんらかの病などにある人々にとって彼らが特に無前提に叫ぶPCとか自由とかの要求というのは娑婆臭い言葉に思えるわけです at 07/11 19:16
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.彼らからするとそういった現実的な矛盾、自由が十分に行き渡ってない現状があるからこそ声を上げるべきとかいうことになるのだろうけど、彼らがそういった人々より行き渡った環境から発する大声のまえに、立ちすくんでしまうわけですね(なんかそういうのも違うしって感じで at 07/11 19:18
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.まあでも「声を発し続けることで現状の矛盾に抗する」「そこを前と思って衛る」というのも一つの考えでしょうし、それで何かが良くなったりもするのかなあとも思ったりはするのでそれを彼らがやり続けることについてはそういう可能性もあるかなあという留保は入れるのだけど at 07/11 19:20
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.あと、ああいったのはアングロサクソン系の自由主義を元にしてるから(そもそも基層とする家族系とそのエートスからして違う)→日本やドイツの場合は直系家族系の権威主義な傾向、というのはあるかと思うけど自由主義的価値観の反対が即、権威主義かというとどうなのかなとも思う at 07/11 19:23
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.んでも彼ら「リベラリズム」を自認しみょーにPCや自由主義に囚われてる人々が仮想敵とする人々を「保守主義」とか「ポピュリズム」とか雑に呼ぶのよりは権威主義とかのほうがまだ近いのかなあとかは思ったりする at 07/11 19:25
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RT @kabutoyama_taro: つまりどういうことかというと、レイシスト(ヘイトスピーカー)といい表現の自由戦士といい、昨今何やら体制順応的で暴力的な形で台頭しているものは、決して「保守主義」などではなく、あくまで形式的には「リベラリズム」の貌をしているということなん… at 07/11 21:41
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あまり露悪的なことを言うのもあれだけど、一部の自認りべらるのセイギの押し付けは世界的に起こってる現象でそれは彼らが極右とか言うものと表裏なのだと思う at 07/11 21:44
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直観的にはパリのシャルリ現象と日本のSEALDsなんかに焦点した運動は似ていて、いずれもナショナリズムの現代的な表れになってる。彼らは否定するだろうけど https://t.co/bvOG9evrz8 at 07/11 21:45
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RT @jiro6663: 一時期あれだけジェンダー論で「リベラル」サイドからやんや言ってた僕がその手の話題で立場を明確にして話さなくなったのは、まさにこれです。前面の敵と対峙してたら、鏡合わせみたいにそっくりそのまま同じ人々が後ろに。二正面作戦は無理。 at 07/12 04:32
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RT @jiro6663: おお。いつか出るぞと反対陣営からのブラックジョークとして言われてきた、「非PC的表現を問題視しない/できないのは発達障害だからだ」がついにそのままの意図で出ましたね。 at 07/12 04:32
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わたしはシャルリ運動でもそうだけど、既製のPCをお題目のように掲げ盲信するだけの人々というのはその軸に公正性や公平性などを持って自ら考えて参加してるわけではないみたいでやはり宗教なのかなあと思ったりする。民進党の戸籍開示うんたらにしても at 07/12 04:35
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.ここでも「宗教」という主語がでかくなって宗教してる人に不快かもだけど宗教の人の中にもきちんと考えて信仰してる人たちと単に教条的に信仰して結果的に他者を排除してる人の違いはありますよね at 07/12 04:37
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あらためていわゆる教条的りべらるなひとたちは宗教と同じだとして、では彼ら(彼らからすればネトウヨ的なの)と衝突を起こさずできるだけ気持ちよく暮らすには?と思うにライシテかなと思ったのでそのうちちゃんと読もうリストに入れたわけだけど at 07/12 11:03
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RT @masayachiba: 自分がこだわっている生活上の規範たることを他人にも共有させようとするのは、その規範が実は、根本的な偶然性の上に無理にかぶせている非-必然的なカバーであることに薄々気づいているからだ。そのカバーがますます多くの人に共有されれば、それが普遍的・必然… at 07/12 18:26

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