2007年06月06日

blogの可能性とblogセンターの必要性について (reprise)

 5号館さんからコメントいただいて、お答え書いてるうちに思いのほか長くなって見にくくなったのでこちらに移しておきます。


「それで飯を食っている人間でないと重要な情報が出せないのではないか」

「重要な内部情報を持っていてもプロパティがかかっている場面ではお金のバックアップのないしろーとは引いてしまうのではないか」

ということについて以前に小倉センセともお話させていただきました。


muse-A-muse 2nd: 市民社会と制度について(ジャーナリズム論承前)


muse-A-muse 2nd: まん延する「匿名ネットこわいね」論について



 彼の答えは「やはり名前も出していない匿名のしろーとでは話にならない」ということでしたが、五号館さんもおっしゃるように、ぼくは集合知的な可能性を信じます。

と、同時に、玉石混交的な問題があることも認識しています。



 以前にうにさんが「重要な問題についてもっと関心を集められるような場所がほしい」というようなことをおっしゃっていましたが、同感です。

 これ系の話では、以前に湯川さんとblogを通じてちょっと話して、「重要な話を継続的にギロンしていくトラックバックセンターみたいなのがあったらいいね」、「新聞の記事にTBが付いて、そういう機能を担うようになればいいのにね」って感じのことを言っていたのですが・・・・いまの産経(iza!)の現状を見るとちょっとびみょーな感じもします。


 izaにもJcastにもTBを送ったことはあるのですが、そこからのアクセスは驚くほど少ないです。それはぼくのエントリのタイトルにも問題があったのかもしれないけど、やはり同じぐらい(あるいはそれ以下)のアクセス数を誇るblogに比べて「TBをたどる」傾向が弱い感じがします。

 
 なので「新聞メディアがTBセンターになる」というのはびみょーな感じもしています。やはり記事内リンクのほうが良いのでしょうね。あるいは記事のみを紹介するニュースサイトのようなもの。現在もっともアクセスの力を持っているのは有名ニュースサイトのようです。


 同様の問題意識(かどうか分からないけど)で、成城トランスカレッジのchikiさんがニュースサイト的なものにサイトデザインを変えるつもりのようです。

 成城トランスカレッジ! ―人文系NEWS & COLUMN― - 運営者からのお知らせ



 自動的に人文ニュースを収集して提示する、人文特化型ニュースサイトをつくるつもり、と。そして、とりあえず「1万PV / 1日を目指す」とのこと。(つまりアルファ的なものですね)


 chikiさんの場合は「人文特化」ということでちょっと事情が違うかもしれませんが、同様な感じで学術とかその他各業界の重要な議題が継続してギロンされていく空間のようなものができたらいいのに、と思います。


(そういえば以前、R30さんもそんなこと言ってたなぁ)

[R30]: ネット上の論争を整理するツールが登場

[R30]: 【ヲチ中】ブログ整理ツール



 ARGなんかも良いとは思うのですが、どうしても岡本さん一人だと大変そうですし...それほどのアクセスはないように思えます。(公開されたことないけど)


・・共同blogとかですかねぇ。。

 


 あと、「criticalな問題を話すリスクとお金のインセンティブ」の問題がありますが、ぼくはこの辺はびみょーな感じがします。


finalventの日記 - ネットの言論はクズ


 たしかに、「新聞記者の国内政治関連でのインサイダー情報には勝てない」、ということはあるでしょう。


 でも、finalventさんも暗に触れているように、それはインサイダー情報であって知見(insight)や情報と知見の綜合としてのintelligenceではありません。


 しょせんはinformationです。



 それは確かにcriticalなinformationで話題を呼びお金にはなるのでしょうけれど、そこから先の論評にはinsightが必要になってくるように思います。


 そういった論評を出せる記者が、国内のマスメディア機関の常駐としてどのぐらいいるのか.....?



 これはびみょーな問題なのではないでしょうか?



 いや、言い方が悪いな




 新聞社(その他メディア機関)の中にもinsightを備えた方はおられるように思います。でも、それが発揮される場が少ないというか...けっきょく彼らが全力を出すものは「お金にならない」んですよね。

 もしくは、それは勝手な理想の投影というもので、そういった人たちは「売れる情報」と「自分の出したい情報」というものがイコールになるようにトレーニングされているのかもしれない。



 しかし、そういった情報がどれほどまでに意味があるものなのかということについて、疑問が残ります。


 finalventさんのいうように「リスクとお金」の問題で出されない記事がたくさんあるのなら、社会にとっては最初からないのと同じですよね?

 なんか、サンクコストとかのギロンに通じるのかな? (知らんけど)



 で、


 それに対して、blogのギロンというのは上記したように玉石混交なもので、多くの人は有効なギロンに辿りつけていないように思います。

(※ここで、<「重要な情報」、「有効なギロン」の感じ方は人それぞれ>、という反論が想定されますが....めんどーだからてきとーに考えてください。「くだらないギロン」は「くだらない」です)

 

 その中で、稀に「玉」のようなギロン(情報)というものにめぐりあうことがある。「玉」とまでは行かないかもしれないけれど、少なくとも既存のマスコミが流すようなステレオタイプ的な穴埋め記事なんかよりははるかにマシな情報に出会うことがあるように思います。


 一番多いのは生活者のリアリティが反映された情報ですね。既存のマスメディアで「ニュース的に要らない」とされてきたものです。


 そういったリアリティはセンセーショナルな議題からすると価値のないようなものに見えるけれど、リアリティの積み重ね、地ベタの思考の積み重ねにこそホンモノの思考があるように思います。
(まぁ、この辺はリンク先のfinalventさんの受け売りですが)
 

 そして、思考以前の情報にしても、表出されなかったリアリティ(情報)をしかるべき見地(insight)から考察すれば、おもしろいことが起きるかもしれません。


 情報それ自体は論文などに載せる正規のものとして紹介できないとしても、うまく利用すれば世の中のリアリティを知る際の外枠のようなものが出来上がる。
 
 そういう可能性があるように思います。



 勘違いしないでほしいですが、「blogのほうが新聞より優れている」とか「新聞のほうがblogよりも重要」とかそういうギロンではないです。

 それまでは見えなかった(見えなくされていた)情報が出てきたことの可能性についての話です。




 話の元となった切込隊長のところに出てきた記者さんたちはおそらく政治部の中心で新聞社の花形って感じなので、そういった情報の持つ意味合いは感じ取れないでしょう。彼らにとってそれは「社会部(あるいは文芸部)の追うようなネタだねぇ」って感じなのでしょうから。


 
 まぁ、そんなもんだと思います。




 でも、文化や社会は政治にも世界にも通じてるんですよ

(文化の場合は地味に思考をコントロールするんです)

 
 
  
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追記:
成城トランスカレッジ! ―人文系NEWS & COLUMN― - 「トラカレ!」開設のお知らせ

新しいサイトでは、chiki はニュースの紹介に専念し、出来る限り多くの記事を紹介したいと考えております。「トラカレ!」では、「人文系ニュースの紹介と共有」というテーマに特化させ、「人文」に関する多くのニュースを紹介していきます。また、書籍情報や雑誌情報なども積極的に紹介していく予定となっております(ただ、雑誌は毎号購入できないので、出版関係者の方、もしよろしければご協力くださいまし。メールをいただければ、郵送先をお知らせしますので)。


とのこと。


当該サイトはこちら

トラカレ! ― 知と情報を繋ぐ人文系ニュースサイト ―



期待してます
 
 

 


posted by m_um_u at 22:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | メディアこのエントリーを含むはてなブックマーク
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