2007年06月02日

ネット時代のジャーナリズムの可能性 (raw journalismについて)

 日経BPに武田徹さんが以下の記事をアップしていてどうしようかなって感じになってる。。


ウィニーこそ史上最強の「ジャーナリスト」? (タケダジャーナル):NBonline(日経ビジネス オンライン)


 いや、武田さんを知ってる人は「釣りだな」って分かると思うんですよ。んで、釣り頃釣られ頃っていうか、こんな感じでじゃれたり


finalventの日記 - 豪快に釣られる


(「匿名 / 顕名」のギロンに続いているみたい)


 んで、「どーせ釣りだし、連載続けてるうちになんか言うだろうからほっとけ」、って感じなんだけど・・・けっこうでっかい魚が釣れてしまってますね


高木浩光@自宅の日記 - キンタマウイルス頒布にマスコミ関係者が関与している可能性


 高木さんといえばbogus newsで大人気なわけですが


bogusnews における高木浩光氏の進化 - いろいろ


 今回も伝説の一頁を飾ることになるのでしょうか?




 前置きはこの辺で、本題に入りますと


 
 「正論を吐いて愛される高木さん」ということで、高木さんが展開されている反論は正しいように思います


「僅かな楔を打ち込むだけで」――すなわち、小さなプログラム*2をトロイの木馬(ウイルス)として送り込むだけで、誰の秘密でも引き出せる。それが、「千金の価値を帯びる」と、このジャーナリストは言っている。しかも、ターゲットは一般人の「私的な内容」だという。

何が本題か知らないが、このジャーナリストは、「僅かな楔を打ち込むだけで一般人の私的な内容を千金の価値にできる」という手法について、否定していない。否定する表現が一切書かれていない*3。これが倫理に反する行為であることをこのジャーナリストは素で知らないのではないか。もし、「キンタマウイルスを作成し頒布しているのはあなたでしょう?」と問いかければ、憤慨するどころか、褒められたと勘違いして「いえいえ私にそんなプログラム力はありません」とニコニコするのではないか。

馬鹿は死ねと言いたい。



 で、そういうのに対して武田さんはなんか言ってないかなと思って見に行ったんだけど、


武田徹 オンライン日記(※以下、一番新しい記述)


タケダジャーナルスタート! 投稿者:武田徹 投稿日:2007年 6月 1日(金)10時20分30秒
こんな連載を始めました。
斜めから、遠くから見ることでジャーナリズムを立体的に見てゆこう、ということでしょうか。http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20070522/125376/?P=2
みなさん無料会員登録してぜひ全文お読みくださいませ(なかなか全文読まれないようなので・・・・)
次は何を書こうかなと。



 特に何もないんですね(「よきにはからえ」、と)



 いちお知らない人用に言っておくと、武田さんというとこんな感じで、「ジャーナリスト」ってよりは現在は学究系なんですね。っつーか、東大先端科技研ジャーナリスト養成コースの特任な訳ですが



ジャーナリストコース



・・まぁ、そんなこと言うと火に油を注ぐようなものかもしれないけど。


 プロパティを出して言いたかったのは、「けっこうジャーナリズムのことは知ってる人だよ」、ってことです。

 っつーか、彼の立ち位置というのは、ジャーナリズム研究においては歴史学的手法と「公共性」関連で社会思想をとり入れつつ現行の国内ジャーナリズムに批判的な態度をとっています。まぁ、つまり、「ジャーナリズムの理念系」については熟知してる人なんですね。

 なので、高木さんの反論は正論だけど、たぶん想定の範囲内だと思います。(釣りなので)


 
 その上で、ITとジャーナリズムの関わりについての彼の言説を追うとこんなのがあります。

オンラインジャーナリズム最前線

 「あめぞう」とか「河上イチロー」とか懐かしキーワードが出てきてノスタルジックな雰囲気に浸ってしまいますが、今回の記事と関係していると思われる箇所としては以下のようなものがあります

(朝日新聞のオンライン部門、asahi.com担当者へのインタビューを通じて)

「紙の新聞ではたとえば、これがトップの記事でこれはベタだと判断するに当たって、僕たちは朝日新聞社の価値観に従ってきた」。電子電波メディア局企画開発セクション部門長の井上実宇が取材に応じて語る。「紙面構成をする上で新聞社が自分の価値観を示すことには意味があると僕は思う。しかし、それに満足しない人がいるのもまた確かで、自分の知りたい情報がないというフラストレーションを溜めていた側面は否定できない」。それが新聞離れに繋がっているのではないか――。そんな問題意識がオンライン配信を始めた理由の1つだったという。



 この部分は「編集権とジャーナリストの内部的自由」の問題ですね。面倒なので借りると、


Socius_社会学感覚12ジャーナリズム論


ジャーナリストの内部的自由

 大学におけるアカデミズムと同様、ジャーナリズムの世界も、ひとりひとりのジャーナリストが自律的に活動できる自由がなければ、その躍動的な働きは期待できない。というのは、ジャーナリズムはすぐれて主体的な活動だからである。しばしば誤解されていることだが、そもそもジャーナリズムは装置によって稼働する「情報産業」ではない。ジャーナリストの主体的な現実把握・解釈・表現行為があってはじめてなりたつ主体的な活動である。したがって、ジャーナリストに主体的な活動の自由がなければ本来のジャーナリズムは実現できない



 ってことです。平たく言えば「内部検閲」ってことなんですが。「スポンサーもしくは政治的意向の関係で上からストップがかかる」、って問題。もしくはもっと細かいところだと、「紙面が限られているので書きたいことを十分に書けない。読者の関心を引くには短くまとめなければならない ⇒ どうしてもステレオタイプ的な記事になってしまう」、って問題です。

 で、オンラインジャーナリズムとしては基本的に紙面は無限なわけだから「紙面の有限性」の問題は解消されるわけです。でも、「読者の関心(アテンション)の有限性」って問題はあるんですけどね。なのであいかわらず短文(要約)でまとめなければならない。


 そういう問題はあるわけですが、いちおアーキテクチャ的には有限性が解消されて、記者の自由な記事が書けるようになる(内部的自由が確保される)、って感じなんです。


 で、武田さんの記事の引用に戻ります

 「マスメディアはインターネットのことを全く分かっていない」。河上イチローが言う。「最初はいかに素晴らしいものかと誉めたたえてばかりいた。しかし毒物の事件とかが発生すると、今度は危険きわまりないと非難するようになる。両極端しかなく、実質的な議論を全くしない」


 極端(≠ステレオタイプ)でalternativeがないってことですよね。「それは発表であってコミュニケーションではない」、と。で、ネット時代の言論の場合は反論(対話)を原則とするのでその辺りの問題が解消されていくのではないか、ってことなんだけど
 

 ただ、このように対立の構図でジャーナリズム問題を考えてゆくところにある種の限界も感じる。
 確かにインターネット側からの批判が、マスメディアの姿勢をただす上で役 立っている事情はある。例えば、しばしば指摘されるマスメディアのインターネット無知は明らかに問題であり、デジタル・リテラシーの高い記者を養成しなければならないという声はよく聞かれるようになった。
 逆にマスメディア側からのインターネットへの批判――、例えば匿名的だから無責任な発言が横行するとかいうもの――が、建設的な効果を生み出す場合もある。
前出〈あめぞう〉がこんなことを言っていたのを思い出す。「確かにネット情報は匿名での投稿が多いし、情報の出所も明記されない。だから本当かどうかわからない。正直なところ酔っぱらいのヨタ話と区別できないものもある。でも最近はすぐにニュースソースを示せと言うレスがつくことが多い。情報が信頼できるか確かめようとする姿勢は以前より強まっている。あまりに無責任な発言をすると、そんなことだからインターネットはダメだと言われるんだというレスがつくこともある。無責任で不確かな情報が氾濫している状態を自浄しようとする傾向が現れ始めているのではないか」。これは明らかに外部の声を意識して、身の振り方を正そうとしている動きだ。



 ここで言われているように「信頼性の問題」がある、と。んで、「匿名」うんぬん・・。これが今回の記事の後段(「匿名 / 顕名」のギロン)に通じてくると思うんですが、引用箇所でも取り上げてあるようにCGM的な自浄作用の可能性についても触れてるんですよね。なので、次の回はその辺で修正してくるかな。



 で、P2P関連ですがこの辺ですかね


 だが、対立の構図では語り得ない問題もある。たとえば――。インターネットはプロバイダと通信事業者の力を借りずには接続できない電機メーカー製のコンピュータにソフト会社製のブラウザを組み合わさずには情報が開示できない。ネット上のジャーナリスト達はマスメディアがスポンサーや政府の影響下にあることを問題視するが、自分たちも実は他人の掌の上に乗って踊っているのだ。実際、ソフト流通会社系列の掲示板ではパソコンを批判的に語る発言が御法度になるなど、様々な制約が既に生まれつつある。



 つまり、「技術的に自由とは言ってもサーバ管理企業やデファクトを握る一部の企業による検閲を受ける」という問題。これに対してP2Pだったら検閲受けないんじゃないか、と。この問題意識が今回の記事(Winnyの可能性)に繋がったんだと思います。



 
 あまり知られてないことだと思うけどblogの創成期(1〜2年ぐらいかな)にも似たようなギロンがアメリカのほうでありました。blogの可能性をジャーナリズム的にとらえ、そこでの自由な言論の交換の様子をして「P2P journalism」と称した時期。武田さんのギロンはむしろその辺に接続すべきでしたね。



 んで、P2P journalismの意義としては「内部検閲を受けない」ってことでraw journalism (生のジャーナリズム)的な特性があるんですね。「検閲を受けない」って言ってもいろんな部分で自主規制はあるし、編集という段階で完全客観はなくてなんらかの主観が入ってるわけだけど。とりあえず原理的な可能性としては「生」なものがあります。

 「ジャーナリズムのIT化」のギロンに絡めると、「生放送的なジャーナリズムの可能性」と言ってもいいかもしれない。

 こういうのの例として思い浮かぶのが、「記者をウェアラブルコンピューティングして現場から生で実況中継させる」、ってやつです。モバイルジャーナリズムと言ってもいいかもしれない。


(ちょっと逸れるけど、この話って「ノードを強化して自由度を高める」ってことで軍事戦略におけるRMAの話にも通じますね。「各ノードを強め意思決定を分散することの有効性と限界」みたいな感じのギロンがあると面白いんだけど。)




 オンラインジャーナリズム関連のギロンのかなり早い段階でそれ系の可能性が論じられ期待されていたはずなんだけど・・・現在はどうなってるのかなぁ・・。


 まぁ、「生放送」って言ってもタッチタイプのスピードは口述にかなわないわけで、ヨコで実況中継してる放送局の人々のスピードに追いつかないって問題があるんすよね。で、「新聞記者のモバイルコンピュータにもカメラつければいいじゃん」、ってことになるんだけど、そうなると「それって新聞なの?放送なの?」みたいな問題が出てくる。

 まぁ、ユーザーからすればどっちでもいいんですけどね(情報の信頼性とか速度、重要性などが確保されれば)。

 で、それを受ける土台としてオンラインジャーナリズムの紙面であるwebのほうとしては動画対応しなければならない。Washington Postが動画に力を入れていた(あるいは現在も未だ入れてるかな?)のはこういう問題意識からだと思います。


 あと、IT化関連だと電子ペーパーの問題もありますね。近い将来、新聞が少しは逆転できるかもしれない可能性として電子ペーパーの利便性があります。つまり、「曲げたり、折ったり、寝転んで読んだりできる」という紙媒体の有効性を残しつつ、速報性などの電子的な特性も盛り込む、と。

 オンラインジャーナリズムの受け皿としてこれが整えば、動画配信的なraw journalismってのもあながち夢じゃなくなるかもしれません。



(まぁ、その辺の意義を日本の新聞社がどう考えているのかはびみょーなんですが)



 そういや宮台さんとこにも似たようなエントリが上がってたな


今のような新聞は、朝日新聞であれ産経新聞であれ、なくなっていいでしょう - MIYADAI.com Blog


 前段としては、「ジャーナリズムが本当に重要な問題(利権 - 権力構造)を追えていない」、ってことでessaさんのエントリ思い浮かべたり、「緑の森からお肉の国へ」のことかなぁとか思ったりするわけですが、それとは別に新聞以外の情報メディアの使用動態として

 地球環境問題のこうした微妙さ一つ取っても、新聞やテレビが役目を果たしません。だから僕は新聞を読みません。インターネットでヘッドラインを収集するソフトや、携帯メールにヘッドラインを飛ばすサービスを使い、気になるニュースがあったらグーグルで検索して専門家の議論を読みます。新聞には必要な情報が載らない以上、読む意味がない。あるとすれば世間話のネタですが、最近の若い人は新聞を読まないので必要なくなりました。



 PCほか各種デバイスを通してネットに繋がっている現代人の情報摂取の典型って感じですね。なので、新聞コンテンツを電子ペーパーに出す場合はこの辺を意識したほうがいいと思います。


 ほかにはこの辺とか


 新聞についても、有機EL(自発光の有機素子を用いた薄型液晶)が実用化されつつあります。巻紙状の物を持ち歩いてそこに情報が配信されるようになるでしょう。その際、今の新聞社のコンテンツをダウンロードするかどうかは僕たちが選びます。新聞社には頭の良い方が集まっているのだから、そこで自分たちのコンテンツが選ばれるように勝負すればいいのですよ。







 まぁ、だいたいこんな感じですかね。(おーざっぱですが)




 新聞のIT化の現状については調べたほうがいいなと思いつつも放ったらかしだったりします。国内は期待してもムダだと思うのでJapan Media Reviewの記事を見るぐらいでまぁいいとして

Japanese Online Media(@JMR)


 海外についてはこの辺を検索しとこうかなぁ、と


Online Journalism Review


Poynter Online - E-Media Tidbits


Poynter Online


 そうは言いつつまたほかのことに気をとられて忘れてしまうかもしれないので、誰か他の人がやってくれるんならありがたかったりします。(その際にはついでにご連絡いただければ幸甚)




 では、そんなこんなで (再見!)



--
関連:
muse-A-muse 2nd: まん延する「匿名ネットこわいね」論について


※「匿名 / 顕名」ギロンについて。小倉センセとやりとりしました


muse-A-muse 2nd: ジャーナリズムとはなにか?(1):世論と世論を形成するもの

※ジャーナリストは世論に応えるもの(世論を生み出すもの)ってことだけどでは世論とはなにか?ステレオタイプとはなにか?そして、ジャーナリズムの理念系とは?、みたいな話です。ここでも後段で内部的自由関連のギロンに触れてますね。



muse-A-muse 2nd: ジャーナリズムとはなにか?(2):批評としてのジャーナリズム


※「ジャーナリズムも一種の批評活動だよね」ってことで、「きちんと批評しないと批評される人もやる気なくすだろうな」、みたいなお話。「きちんと批評」の部分に本エントリにおける「権力 - 利権構造への気づき」みたいなのが絡んできます。(あと限界芸術論とかついててお得)



muse-A-muse 2nd: ジャーナリズムとはなにか?(2.1): Sound and Fury

※ハルバースタム追悼。「感情を起点に冷静な記事を書く」ということについて。客観報道と主観報道の間。



muse-A-muse 2nd: FOXによるテレ朝再買収の問題点について (あと、相互所有問題とか)


※「日本のジャーナリズムは権力構造のことが分かってないね」関連で。松岡さんによるウォルフレン評の引用など。




posted by m_um_u at 18:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | メディアこのエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。