2016年04月06日

例の日本( ゚Д゚)<氏ね!周りについてのうんたら(セイギのひとたちが構造に取り込まれていく感)




本来こういう話題は当ブログでは扱わないようになってきてるのだけど弁当さんの一連のあれをみてちらっとつぶやいて、「ある程度つぶやくのならブログでステイトメントとして残しておくのが筋なのでは?」、とおもったので。


極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/


待機児童と「保育園落ちた。日本死ね!」なあれ。


最初に、自分的にはこの問題はそんなに関心がない。

関心がないといっても日本社会的に大きな問題で、TL的には同年代の人たちが実際たいへんって話をみてるし、そういうのについてm9(^Д^)でもなく共感する面もあるのでそのぐらいの関心なんだけど。テレビを通じてこの問題がみょーに話題になってこれだけとりあげられていったところにびみょーな感慨を抱いている。まあこの辺に比してということなんだけど


非正規女性が見た「自己責任」で傷つけあう社会 - 一橋を出てニートになりました
http://nyaaat.hatenablog.com/entry/2016/03/16/072339


自分が子無しというせいもあるだろうけど、できるだけそれを差し引いて考えるようにしてもこの問題に関心がある人、あるいは、この問題をネタに神輿を上げる人たちがいうほどにこれが「日本の最重要課題だ」「もっともかわいそうで大変な問題なのだ」って感じでもない。むしろそういうのを見ると(´・ω・`)てなる。あるいはイラッと。まあ彼や彼女たち全員がそういう言い方をしてるわけではないのだけど、たとえばこの問題を次の参院選の得票のためのネタにするために焦点化してうんたらするひとたちの様子に(ヽ´ω`)てなるし、同様のことを「保育園落ちたのはわたしだ!」とデモる人たちにも思う。

自分のリアリティとしては非正規雇用なんかの差別的待遇、あるいは、ブラックな環境で働かされる若者や女性たちにリンクしてるのでそこからするとッて感じではある。まあこういった話は「そこからするとマシ(なんだから我慢しなさいよ)」てことでもなく不当な扱いをされてる人たちはすべて救われるべきだと思うし自分もそういう意味でこの問題の改善を願うのだけど。それでもやはり持ち上げ過ぎだなあという風には思う。特に外野的なイマキタな人たちが。

あるいは彼らは「待機児童問題以外のそういった人たちの不幸も含めての声なのだ!」みたいなことをいうのかもだけど、自分的にはそういうのもなんとも胡散臭いなあとおもってる。とりあえず修辞的に良い子チャンしたいのでそういうことはいうかもだけど、その時点で本気で待機児童について訴えてる人は自身の待機児童問題の優先度が高いのは当たり前だし、その人が非正規雇用ほかの問題に現実的に生活が関係してなければそんなに関心がなくてもアタリマエなので。事実、自分はこういった問題が出るたびに何度もついったで言ってるけど、TL上の待機児童問題うんたらのひとたちはスルーしてる。まあそれは儀礼的無関心というもあるだろうけど。ちなみに自分的にはこの問題は「保育園に関する規制をもっとゆるくすれば良いのでわ?(保育士の数をそんなに揃えなくても、保育園の面積があまりなくても開業できるように、とか)」て感じだし、現状は非認可のとこでも有効だろうから自分もそういうのあったら託すのだろうなあということでだいたい弁当さんと同じなかんじ。昔から寺とかはそういう感じだったしなあ。。(ついでに爺婆があつまって子供の世話したり、世話されたりして揺りかごから墓場までがうまいことすればいいんじゃまいかという希望的観測)。




この問題は待機児童問題として政策的課題のひとつで、その是非や妥当性をめぐっての具体的な試案、それについて市民社会的にどう考え、投票などを通じて政治参加していくかというのが本筋なのだろうけど、外野的な人たちはこの部分を離れてみょーに持ち上げたり焚き付けたりしてるように見られる。あるいはこの話題を道具的に用いてマウンティングしあって優越感ゲームみたいな。まあ「おまえはわかってないんだよ」「これはなぁ−y( ´Д`)。oO○」みたいなマウンティングゲームというのはネットでよく見られる光景なんだけど。特にはてなとか、あるいはついったなんかでもそうだけど。


今回の極東ブログ周辺でもそういうのは見受けられて、「(´・ω・`)ふつーに政策的課題として対応策の試案を考えて、その有効性を議論すればよいのでは?(みょーにウヨサヨとか、それまでのエントリ主にたいする印象とかマウンティングとかにとらわれずに)」、とかおもった。具体的なことはこのエントリの後段で書かれていて、けっきょく今年の予算案には間に合わないのだから『財源は企業が負担する「事業主拠出金」の新年度からの引き上げによる約27億円なので、焼け石に水の状況にある』てことなのだろうけど。構造的、あるいは環境的に現在はそれが限界なのだけど、デモってる人たちの声に応える形で民進党とかがイケイケどんどんな話をすすめ、自民党は自民党で「可及的にすみやかに対応しました」とか言う。実際は焼け石に水的な予算で済まされるのだろうけど。そしてデモった人たちはそれなりに満足して1年後には忘れてる。あるいはなんかわるい印象を抱えたまま参院選を迎える。



こういう予定調和みたいなアレって「構造に取り込まれていく」ってことで「ハマータウンの野郎ども」みたいだなあとおもった。


ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫) -
ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫) -


彼ら(の一部)はこれに正義を託してるみたいだし、それ自体は表面的にはタダシイコトなのだろうけど、それが構造的に取り込まれていく。軽い祭りとアジを飛ばしてそれでカタルシスして終わり、みたいな。

まあまだ一年後にどうなってるかわからないし、一年と言わずこれが五年後、十年後に繋がる契機となる可能性もあるのだけど。

でも、どうしてもこういったセイギをいう人達に薄っぺらなものを感じてしまう。それは自分の偏見なのかもしれないけど。





まあだいたいそんなかんじで、特に世間様に発表するようなことでもなく自分的には「ふつー」の内容なので普段ならエントリするようなものでもないのだけど、たまにはこういうのも良いのかなあとか思いました(一言居士的なぶくま・ついったに留めるのでもなくブログ公論的なものとして)


posted by m_um_u at 10:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
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