2007年05月31日

ドラえもんとスターウォーズに見る日米著作権意識の温度差 (ネット時代のコンテンツパブリシティ+流通について)

朝のニュース(おはよん)で「ドラえもんの最終話の作者が小学館に謝罪入れた」っていっていた。

スラドにも上がってるな


スラッシュドット ジャパン | ドラえもん最終話(偽)を描いた男が謝罪


スラドの説明をそのままもらうと


NIKKEI NETの記事によると、偽の「ドラえもん」最終話を勝手に漫画化して販売していた男性が、ドラえもん発行元の小学館と藤子プロから警告を受け、謝罪して売上金の一部を藤子プロに支払ったという。

この男性は、古くから口コミやインターネットで知られる「のび太が未来で動かなくなったドラえもんを治す。」というストーリー(Wikipediaにも掲載されている)をもとに、過去のドラえもんの漫画本から絵をコピーして作り、500円で販売、1万3000部を売り上げたという。その後、産経新聞の記事やコラムなどで「小学館が厳しく対応せざるえないと言っている。」などのコメントが載り、訴訟等の前に謝罪・売上金の一部支払いに至ったらしい。



ってこと


朝のニュースでは小学館の知財担当の人が出て、「小学生の先生から“最終話を教材で使っていいか?”という問い合わせがきた。われわれとしては、“最終話はつくられていない(ひとつではない)、読む人それぞれの心の中にあるもの。”、ということで今回の対応をとった」、みたいな見解が述べられていた。



・・思いっきりウソくさい・・。



「読む人それぞれのの心の中にあるもの」ならば今回の最終話もその一つとしてとらえて楽しめばいいだけのことなのではないか?

そして、問い合わせしてきた小学校の教諭も苦情という形ではなく「教材」という形で使おうとしていたわけだから、むしろこの解釈は好意的に受け取られているわけだし、小学校の教諭をして「教育効果がある」と思わしめるほど優れた解釈だった、ということなのだが?



解釈というか、「それぞれの人の解釈」の中でも共通理解の高いものということで共同幻想的なものと言ってもいいかもしれない。



それは「みんなの解釈」ということで、小学館側の返答からするとなんの問題もないはずなのだが?




百歩譲って作家的なプライドが許さなかったとしても、それはそれで偏狭な態度だなぁ、と思う。


つまり、「オレの作品をオレ以外のヤツが勝手に解釈して、勝手な最終話作るんじゃねぇ!」、ってことでしょ?


それって読者による解釈の多様性を否定して、「作者によるメッセージだけを信じろ」って言ってるのと同じことじゃん。





だとすると、フジコイズムも落ちたものだな







・・・はっきり「金の問題です」と言えばいいのに




それでも「コピー」ではなく独創性が認められるレベルのようだが(以下、スラドコメントより)

同人誌の現物を持っていますが、あれはどう見ても田嶋安恵が「描いた」ものですよ。タレコミにある「コピー」って一体どこから出てきたんですか?





っつーか、これに乗じてふじこのほうも最終話出したら祭りっぽくて面白かったのに。


でも、もうしばらくドラで儲けるつもりなのだろうからそれはできないのか。

っつっても、最終話出したからといってドラを終えなければならないという法もないだろうに。


いちおSFなのだから「並行世界の最終話だよ」とかなんとか言えばいいのではないか?


あと、この感覚ってネタばれを気にする / 気にしないにも似てるな。ストーリーの結論が出たからといって楽しみ方はいくらでもあるわけだが。







・・・とか言いつつ「ここまで頒布されてしまうとねぇ(非営利じゃないし)」という小学館の気持ち(面子)というのも分からんでもないけど、もうちょっと粋な計らいは見せれないものかねぇ。こんな感じで



Tech Mom from Silicon Valley - ジョージ・ルーカスの英断ブランド戦略 - 「スターウォーズ」公式マッシュアップ


スターウォーズのイメージや音楽を使ったパロディをルーカス本人が認めた、とのこと。


(ただし「非営利のもの」という限定はあるけど)


んで、

今年は「スターウォーズ誕生30周年」を記念して、記念切手発行とか、いろいろ行事をやっているが、その一環として、ホンモノの映画クリップ(60秒程度)を何本か、ウェブサイトにアップロードして、ファンが好きなようにマッシュアップできるようにするという。




こういう形で自分達が確認(統制)できる範囲内でファンの二次創作を許容すれば、それ自体がパブリシティになる、と


記事によると、これは「スターウォーズ」という一大ブランド・キャラクター群を、新作映画なしで維持する努力の一環、ということだ。ルーカスはすでに、「スターウォーズ」の劇場用映画はもう作らないと宣言している。(新作テレビ番組は来年あたり出る、との話も聞いたが)にもかかわらず、世代を超えて根強い人気を誇るこのブランドを、末永く(記事によると「この先30年」)維持してシツコク金づるにしようという魂胆だという。




いかにもネット時代の発想っぽくてすばらしい

(情報は減らないからね)




問題は「お金」というよりも「流通」ということなのだろう。


ドラの最終話を作った人もそれで儲けようという気も少しはあったかもしれないけど、それなりに売れて元が取れた後は頒布というか「好きな人同士の交換」という気持ちが強かったのではないか?

この人職業マンガ家みたいだし、権利者の気持ちも分かるだろうしな(だからこそ今回すぐに謝罪したんだろうけど)



いまの時代だったら同人誌ってネットを通じて流通できないのだろうか?たとえばscribdみたいなの使って。


「そういう話題はよくでるけど、リアルな出展会場としてコミケの意味があるんだよ」、とか言う話だったっけ?



っていっても、こちらの考察にもあるように「創作・流通など面倒なことは切り捨ててネットで転がし商売だけする人も存在するよ」ってことなんだろうけど


ネット時代の漫画ビジネス - FIFTH EDITION

あまり知られてはいないのですが、
同人市場では、1億円作家というのが結構いたりします。
製本や流通において、極めて安価に本を作り、売れる時代に
なった為、そういった人達が多数出現したのです。

彼らは、漫画創造において非効率だった部分を
かなりの部分で省くことによって利益をあげました。
なかには商業誌では人気がでなかったが
同人に移行することで大変な人気、つまり金を
得たプレーヤーも存在します。
頭がいいというべきでしょうか。

ですが、IT技術の真髄はそこじゃない。

究極的に、効率化を進めるならば、
漫画という情報そのものを扱うのが究極形となります。
発掘、創造、流通、販売という四つの分野を
全て切り捨てた形です。

それが、今、いくつか現れています。

つまり、同人誌を大量にネットに集めて
それを公開している人達が現れているんです。

彼らは、何も創造はしていません。
ただ、集めて公開しているだけです。
そして、一番金になる部分である情報だけを
売っているわけです。




オーグロマキ流に言うなら「やっぱカネか〜、カネなのか〜!!」みたいな

(1億円プレーヤーが実在するかどうかについては、この辺見てもらうといいです)



それなりに稼げるということはそれなりの需要があるということで、この部分が隠れているのが問題なわけだからオープンにして果実を分けあえばいいだけのことだと思う。



「同人コンテンツのネット流通」っていうこの手の話題はkanoseさんが強そうだけど、ちょっと探しても見つからなかったな


ARTIFACT ―人工事実― | オタク Archives




とか思ってたら増田に似たようなエントリが上がってた


[暴論]コミケをネットに移行せよ!

ぶくま的には「単に商品を手に入れるというだけの問題じゃなくて参加することにこそ意義がある。祭りの雰囲気がいいんだよ(売る楽しみとか)」って感じか。でも、流通システムそのものについての反論はないので行けそうなのかな?


批判的意見としては「いかにもお客さん的な発想だなぁ」ということだけど、お客さん的発想のどこがいけないのだろう?


たしかにぼくなんかはコミケに一回も行ったことはないのだけれど、たとえば地方に住んでいてそれ系のものへのアクセスが大変な人なんかにもうちょっと流通面で便宜を図ってもよいのではないか?


それとは別に「売り」とか「祭り」の楽しみがあってもよいとは思うけど


あとは、「版元が許さないかも」、と


コミケはネットに移行しないよ (へっぽこさんメモ)

同人ゲームじゃなくて、同人誌ならネット上での無償配布でもいいかというと、それもまた別の問題がある。版元によっては、同人誌即売会での有償頒布は黙認してるけど、ネット上での無償公開は潰すという方針を取ってるところがあったりするんだ。だから、同人に対する批判のひとつとして「二次創作同人誌で金を取るなんてけしからん。全部ネットに移行して無償配布しろ」なんてのがあるけど、それはジャンルによっては全く逆効果なんだよ。ネットでの配布は、全世界の不特定(無制限)多数への配布であって、いつでもどこでも誰でもアクセス可能だからね。版元の企業としては、即売会よりもネットのほうを嫌がってもおかしくはない。




これなんかはスターウォーズの例に鑑みれば、意識改革の話だと思うけど。


・・なかなか、か







個人的にはスターウォーズみたいな感じでマッシュアップ公認って形でドラの最終話コンテストとかやったら面白いように思う。そのほうが現在の訳の分からない視聴率誘導作戦よりもよっぽど効果があるように思うが?






--
関連:
ドラえもん最終回シリーズ総合メニュー

※「小学館からの要請」で一部見れなくなってるけど、内容自体はこちらから確認できます(※FLASH版)

ドラえもん最終話 『のび太くん、宿題は済んだかい?』(FLASH版)



ねがすぱ:ドラえもんの最終回、サザエさんの最終回について

※ドラの最終回のバリエーションに加えて、そういや例の海の一家にも似たような話があったなということで。iPodサザエさんは好き







たけくまメモ : 【著作権】とんでもない法案が審議されている


※現行の権利者による苦情申し立てシステムから、一般人による「著作権侵害してるよ!」システムに変わるのかなぁ、と(あるいは警察機構による情報権抑圧装置として機能するか?)。各最終話も申告されちゃうのだろうか?でも、切込隊長のいうように「権利者の権利もあるからなぁ」ってことでもうちょっとゆるい感じもする



muse-A-muse 2nd: ミクシコミュのビジネス利用ってどうなってるんだろう?

※コンテンツのピアな流通に関して。





--
追記:
 マッシュアップを受ける(多い)って言うのはそれだけその作品が愛されていることの証左のように思う。視聴率を上げるためにドラえもんをみょーな感じでいじくりまわすことに対してファンが反感をもったのは、ドラえもんという作品がすでにパブリックドメインとも言うべき影響力を持っているからではないか?
 
 ファンの思い入れというか、「こうあって欲しい」という共有の幻想(解釈)というか・・。(スターウォーズにも同じことが言えると思うが)偉大な作品にはお金だけではない何かが宿るということなのだろう。そういった気持ちを裏切ってきたのはむしろ最近のドラえもん製作者側(特にアニメ)のほうではなかったか?

 そんなことを思った。


 
 






posted by m_um_u at 05:59 | Comment(0) | TrackBack(1) | メディアこのエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

ドラえもん最終回からみる日米著作権意識の温度差 の巻
Excerpt: http://muse-a-muse.seesaa.net/article/43403506.html ドラえもんの最終話の作者が小学館に謝罪入れたって話からスターウォーズのスピルバーグの粋さと小学..
Weblog: 多聞毒舌
Tracked: 2007-06-01 15:26
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。