2016年01月03日

「タブーの謎を解く」「食の歴史人類学」





ついったかはてぶ経由でみたブログで紹介されていた本がおもしろそうだったので読んでみたら実際おもしろくて、いちお感想なりなんなりまとめようなあとおもいつつも年末で忙しくてなかなか時間がなく。まあいま同著者の別の本読んでるのでまとめてなんか書いとこう。


もし同性愛を「キモい」と感じるとしたら、最大の理由はおそらく自分自身の中にある同性愛的傾向を嫌悪しているからだと思う - しいたげられたしいたけ
http://watto.hatenablog.com/entry/2015/11/30/003000



タブーの謎を解く―食と性の文化学 (ちくま新書) -
タブーの謎を解く―食と性の文化学 (ちくま新書) -



上記の紹介エントリで書かれていた内容は違和感あったのでちょっとついったーでうんたらゆっといたけど
https://twitter.com/m_um_u/status/671453940194476033

紹介されてた本自体はたしかにおもしろかった


本書の内容を簡単に要約すると、<人類には大きく「性」と「食」をめぐるタブーがあり、タブーが設定されてる領域というのは得てして境界(リーメン)領域であり、2つの価値・規範の混ざり合うところ、混雑(カオス)してわけわかんなくなるところにある。その混乱を識別するためにタブーが設定され夫々の文化ごとに守られるように規範化される>、というもの。

人がなにかをキモいとか思うようになるのはこの文化・規範が刷り込まれてるからであり、刷り込みによって天与の属性、本質的なものと勘違いしがちだけどそれらは文化的な規範であり識別子程度のものだ、という話。


言ってみればホモフォビア的なものも畳の縁を踏むタブー≒キモさと変わらないということ。


ちなみにホモ的なものへの禁忌、あるいはその反対の奨励も、ヘテロにおけるインセストをめぐるタブーやその前提として女性を贈与交換の交換剤として扱うことにしても共同体における経済合理性がその要因となっている、ということらしい。


たとえば非近代的な共同体ではしばしば通過儀礼として未成年男子が成年男子の精液を飲まされるらしい。

性が近代的な消費対象としてステロタイプ化されてない文化圏では性がしばしば神秘的なものとして扱われ、社会の中心的な性別としての男性の性には霊気のようなものが宿るとされる。すでに戦士として成年した大人の男性に宿るそういったものを未成年に受け渡してからヘテロ的な交わりを行っていく段階に移る。

まあ似たような通過儀礼をとる共同体全てで精液を飲ませるわけではなく共同体によってやり方は違うみたいなんだけど。



ここでは性をめぐるコスモロジーが人間中心なセックス的なもの以外にも接続しているのでこういったことがふつーに行われている。



インセストが設定されるのは基本的には、外部の因子を必要とするため≒内部で自家消費してると外に回りにくいので禁じた、ということになる。あるいは近親相姦してると遺伝子的に弱くなっていくから、というもの。


それは俯瞰すれば「生物学的、あるいは社会性物的な合理性に基づく」ということになるのだろうけど、人間はすべての行動をそういった合理性に基づく完全合理性にもとづいて選択しているわけではない。


私は何も生物学的説明はすべて間違いだといっているのではない。そうではなくて、ヒトの近親相姦禁忌は、なんらかの自然的、生物学的あるいは生態学的な基盤の上にのっていて、それとまったく無関係ではないにしても、しかしそれだけでは完全に説明できない。論理的階梯の質的レベルが一段違っている、といいたいだけなのである。



このへんにハビトゥス的なものも絡むのかなと思う。なので著者(山内)も「食」や「性」に惹かれるのかなあ、とか。





おもしろかったので同著者の代表作的なものを見てみたらこんなのがあったので現在図書館で借りて読んでる。



「食」の歴史人類学―比較文化論の地平 -
「食」の歴史人類学―比較文化論の地平 -




現在「日本人と異国料理」「南欧人と異国料理」の2章を読んだところ。


伊達の支倉遣欧使節がヨーロッパにいったときに何を食べたか?、とか、ザビエルら宣教師が日本に来た時に日本が粗食すぎて苦労した話とか書いてあっておもしろいのだけど、そのなかでも両章に渡って目立ったのは支倉使節団ぐらいの時代の頃は食に関する文明的には日本のほうが進んでたのではないか?というところ。

「どっちが進んでるか?」みたいなのは文化相対主義的なところがあるのだけど、食の文明をめぐるこのあたりでは「皿がそれぞれに分けられていたか」「手づかみではなかったか?」みたいなのが一つの基準に成ったりする。


南直人、1998、「ヨーロッパの舌はどう変わったか」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/384995687.html



まあ「手で直接食べるから野蛮」とも即断できなくて、手で食べることの豊かさみたいなのもあるわけだけど。


とりあえずこの時代にはまだ西欧における野蛮の名残があったぽい。皿とかはなくテーブルに直接料理をぶちまけ、それを甲冑のままナイフで削り、ともすると大皿やテーブルにおかれたそれを争うときにナイフで手を傷つけられるために篭手などが必要だった。貴族や文化人もテーブルクロスで手づかみのヨゴレを拭い、それが故にテーブルクロスはいつもベトベトで、それに関するマナーもできた。よく調べてないけどフィンガーボール的な文化というのはその名残かもしれない。

ナイフがその先端を丸く削られたのはリシュリュー枢機卿の布令の功績で、フォークなどという食器も未だなかった。スプーンは貝殻状の大きなもので、それは女性器の暗喩的なものともされた。


大航海時代を経て日本などと接触してきた時代でさえそうだったのだから、それらが現在のようなヨーロッパ的なテーブルマナーの洗練に行き着いたのはいつごろからなのかなあと想うに、たんなる推測だけど、中国や日本との直接的接触を経た影響もあったのかもしれない。まあ経済的にも豊かになって「文化」がいろいろ生まれていく余裕もできたのだろうし。


そんなことをぼけーっと想いつつ次の章に移ろう。



ちなみに「タブーの謎を解く」はこの本からのスピンアウトだったぽい。









--

石毛直道、2006、「麺の文化史」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/384598908.html


posted by m_um_u at 20:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック