2015年11月04日

「日本型近代家族」


お勉強的に手にとった二冊。なのでエントリして楽しいような思考をドライブさせるようなところもそんなになくエントリするのに億劫になってったところもあったのだけどお勉強となったとこをさらっとまとめるぐらいにしとこう。後々役に立つかもだし。


日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか -
日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか -

仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -

仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -
仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書) -



「日本型近代家族」のほうはいわゆる家族社会学の基本的な考え方、知見をコンパクトにまとめてる感じ。なのでこの分野をお勉強しはじめるときには便利なように思う。

キーワードとしては「核家族」「ロマンティック・ラブイデオロギー」「母性イデオロギー」「家庭イデオロギー」など。家族の関係や恋愛、あるいは母性幻想に対して窮屈や違和感を持ってる人的には考える際に便利な言葉や思考が散らばってる。


ちょっと端折って間違ってる箇所あるかもだけど全体をとらえやすくするための前フリとしてまとめる。

たとえば日本なんかにおいて「家族」という概念は明治以降に導入され、それは国民国家の誕生と期を同じくする。すなわち国民国家が「家族」なる単位を必要とし設定・普及したということ。それ以前は村落共同体的なところでいちお世帯ごとに別れていつつも「村全体」という意識があった。プライバシーがあまりない反面、たとえば「子どもは村全体で育てる」みたいな感じだったり(cf.なので祭りの乱交時に生まれた子は子種が誰かわからなくても育てるとかふつーにあったのだろう)。現在のような家族観、「他からはプライバシー的に分ける」ことを当然とした近代家族の家族観からだと考えにくいかもだけど、家族、というか共同体というのはまずもって生存のためにあって、そのためいろんなものを分けあっていた。なので生存-食料の確保なんかが一義にありプライバシー、プライベートみたいな感じはあまりなかった。いわゆる近代家族―核家族というのは大家族に対応して語られる言葉で成人男女とその直系血縁の子弟を基本単位としたもの(その前の世代、成人男女の親からは世帯を別にする)だろうけど、大家族的なもの以前に村落共同体的な生活共同システムがあった。

つまり家族、あるいは生活を共にする共同体というのはもともと食料を確保するために生計を一にする目的のものだった。前近代社会のひとびとは「家族」という世帯のなかではなく、共同体規制のなかで生きていた。ラスレットが言うように、家族は子供を産み育てるという、独立した再生産の単位でもなかったし、そのなかで経済が完結するような生産の単位ではなかった。ひとびとの性関係は共同体の規制のなかにあり、身分を越えた自由な結婚などはありえなかった。この辺は花輪和一のマンガなんかに戯画的にエグく描かれている(← 「庄屋様に焼き印をおされてセックスされるのは至上のよろこび!」)。家族という単位は共同体のなかに埋没して見えないものだった。

近代に入って世帯ごとに管理・わけられていき「家族」の意味は変質していった。プライベートな共同体、あるいは「愛」を中心とした共同体、といったものに。おそらく生活が豊かになって食料を一義とするでもなくなって。


ではなぜ国家が家族という単位を必要としたか?というとひとくちには税のためといえるだろう。当時のヨーロッパに倣って国民国家がなんとなく有効だと判断した明治政府は「国民」を創設し把握するための単位として家族、より正確に言えば世帯を導入した。それによって国民国家的には皆兵が可能に。税収もぶらさがっていったのだろう。


近代家族の特徴は、(1)ロマンス革命(2)母子の情緒的絆(3)世帯の自律性、とされる。


旧来の村落共同体に比べ、家族は世帯ごとに切り離され、村落共同体がゆるやかに担っていた福祉の役割は国家が担うようになった。家族は共同体から分離され国家に直接に接続されていった。そこでは「男は仕事に行って(税収を)稼ぎ、社会的再生産に寄与し、女は家庭を守る(産み育てる)」という性別役割分業が当然とされていった。その際に導入されたイデオロギーが恋愛(ロマンティック・ラブ)であったり、「良い母」的な母性イデオロギーだった。これらは国家によって直接宣伝されたとは言いがたいがゆるやかに社会の当然・通念となっていった。


愛情といった感情だけではなく「親しさ、楽しさ、親密性、感情表出、思いやりなど人間関係の『よい』側面」(山田、1994)はすべて家族に放り込まれることになった。感情という場合、ネガティブなものもあればポジティブなものもあるはずだが、「愛」とか「共感」といった特定感情には価値が与えられ、「恥」「罪」といった感情は好ましくないものとして設定される。これらは社会的に感情が規制され規範化されていった結果といえる。


近代家族のゆくえ―家族と愛情のパラドックス -
近代家族のゆくえ―家族と愛情のパラドックス -




ロマンティック・ラブイデオロギーとは、「一生に一度の恋に落ちた男女が結婚し、子供を産み育て添い遂げる」、つまり愛と性と生殖とが結婚を媒介とすることによって一体化されたものである。結婚を媒介としてこの三点が揃っていることが求められたため、愛のない結婚、愛の無いセックス、結婚につながらない性交渉、結婚してない婚外婚の性、婚姻外で生まれる婚外子、愛している相手の子供がいらないと感じること、結婚しているにもかかわらず子供をつくらないことなどが不自然であると考えられ、非難の対象とされてきた。


母性イデオロギーとは、母親は子供を愛するべきだ、また子供にとって母親の愛情にまさるものはないという考え方のことである。「三歳までは母親が子供を育てるべきで、そうしないと子供に取り返しの付かない影響を与える」という「三歳児神話」などはこれに含まれるだろう。


家族イデオロギーとは、家庭を親密な、このうえなく大切なものとする考え方である。どんなに貧しくても、自分たちの家族が一番である、家族はみな仲がよいはずだという、「狭いながらも楽しい我が家」という表現にみられるような、家族の親密性に関わる規範である。



ロマンティック・ラブイデオロギーの項には結婚を当然とすること、また、性愛・恋愛の対象をひとりとすること、彼らと「愛情」というロマンス(恋愛感情)を通じて深く愛しあうことが当然・幸せとする規範が備わっていてそれ自体が問題だなというのはあるのだけど、自分的には特に目新しい話題でもないのでそれほど触れない。


ただ、この本(あるいは近代化俗論のまとめ的な話)を通じて「母性」というのも国家によって作られた幻想だったのだなあと再認識した。


母性という神話 (ちくま学芸文庫) -
母性という神話 (ちくま学芸文庫) -





それらは男性による身勝手な幻想かと思っていたし、母性を批判する人たちはしばしばそういった論を貼るのだけど。母性自体が国家による人口管理と再生産のために設定された規範だったとしたら、こういった話で男女の対立(ラベルの押し付け合い)的な構図をとるのも無意味だろう。





近代に入るまで、子供は現代と違って可愛がりの対象ではなく、「子供」という概念もなかった。たんに労働力として劣った小さい大人(でも5,6歳から働かせる)ぐらい。

ヨーロッパの上流階級の女性は自分で子供を育てること、授乳などという「動物的な」行為をすることを拒絶した。ヨーロッパだけでなく日本でも事情は同様となる。江戸時代に女性に期待されていたのは良い子供を産むことだけであり、育てることは期待されていなかった。むしろ男子のしつけは父親に任されていた。人々は子供に対して無関心で、堕胎や間引きという習慣も必ずしも貧困が原因ではなかった。


良妻賢母という規範 -
良妻賢母という規範 -


〈子供〉の誕生―アンシァン・レジーム期の子供と家族生活 -
〈子供〉の誕生―アンシァン・レジーム期の子供と家族生活 -


子どもと母性をめぐる関係は乳幼児が将来の「国民」の予備軍であることが意識されることによって変化していった。ここで母親による子供の世話も規範化されていく。


この変化に寄与したもののひとつとしてルソーの教育の書、『エミール』がある。



エミール〈上・中・下〉3巻セット (岩波文庫) -
エミール〈上・中・下〉3巻セット (岩波文庫) -


女たちは「母親」であることを熱心に学んでいき、母性は母乳の出る母親だけが持つ「本能」とされていった。


日本における母性イデオロギーは「良妻賢母」規範としてあらわれた。良妻賢母規範というと江戸時代からある儒教規範と思われがちだが、そうではない。「良妻賢母」という言葉も、「恋愛」という言葉と同様に、明治に入ってつくられた。1870年代には賢母良妻といわれ、90年代に良妻賢母という言葉に落ち着く。これは、家庭を守って夫を支え、なによりも次世代の「国民」を育成するという、母に寄る教育が大きな位置を占める規範だった。


この規範が結果的に女子の中等教育の振興・普及に大きな役割を果たしたという(←「将来の国民を育てるために必要」)。


「学校」「教育」は女性だけでなく<子供>の誕生ともときを同じくし、「母性」「子供」「学校」「家族」は同時期に誕生した。



「家庭」という言葉は明治20年代からもてはやされ、雑誌などであるべき規範となる。そして実際に大正期になるとその「家庭」の理想 ―「一家団欒」、「家庭の和楽」を実現することが可能な新中間層が現実に出現してきていた(小山、1999)。「家庭」とは、ある意味で新中間層的な刻印を推された家族のあるべき理想像となった。





実態はどうあれ、理想としての、建前としての「愛と性の一致」という規範は(女性の側には)存在していた。それが崩れ始めたのは1990年代のことである。60年代の性革命によって、70年台には「愛があるなら、結婚前に性交渉をおこなってもよい」という規範が一部ではみられるようになった。1980年代には消費社会を背景として、ドラマ「金曜日の妻たちへ」などのように結婚していても恋愛があり得ること、また未婚者も当時流行した多くのトレンディードラマのように、結婚のまえに恋愛を楽しむことがあり得ることが、示された。


こういった規範。「愛がなくても性交渉をしてもよい」がはっきりと出現し規範化していったのが1990年代だった(ex.セックスフレンド)。



現在「イクメン」という言葉の出現には「性別役割分業にこだわらない子育て(家族を金銭的に養うのは男であるべきという規範からの開放)」「レジャーとしての子育て(子育てのレジャー化)」などの規範の変化が読み取れる。






簡単にメモするつもりだったので「仕事と家族」も同じエントリにしよかと思ってたけど、けっこう長くなった / 疲れたので項を分けよう。









posted by m_um_u at 09:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
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