2015年08月22日

阿古真理、2013、「昭和の洋食、平成のカフェ飯」



最近はこれを読んでいて



昭和の洋食 平成のカフェ飯―家庭料理の80年 -
昭和の洋食 平成のカフェ飯―家庭料理の80年 -


直近の話題に反応してうだうだゆったりしたんだけど


メシマズやら孤食やら|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/nbaa25a4e201a



うだうだでやめといてもいいんだけどここで紹介されていたレシピに関する各コンテンツの解説がわかりやすかったのでそのメモも兼ねてエントリしとく。



本の内容としてはまえがきにまとめられてるものをそのまま引用する。


 なぜ、昭和に洋食が広まり、平成にカフェ飯が支持されるのか。和食は再発見されなければならないのか。その理由は、経済や政治その他の社会的背景から裏付けることがデキる。最大の要因は、長く台所仕事を担ってきた女性の変化である。変わり続ける女性と周囲とのギャップが、食卓に何をもたらしてきたのかが、次第に明らかになってくる。
 
 時代の区切りは五つ、昭和元年〜20年を昭和前期、昭和21年〜50年を昭和中期、昭和51年〜昭和64年と平成元年までを昭和後期として分類し、平成は2年から11年までの1990年代と2000年以降で分けた。

 昭和前期は、かまどで炊くご飯を中心にした食文化の中に、新奇なものとして外国料理が広まった時代である。昭和中期は、敗戦によって過去の文化に自信を失った人々が、外国文化を積極的に取り入れた時代である。昭和後期は、家庭料理がより手の込んだものへ向かうと同時に、外食化が進んだ時期である。1990年代は、戦後築き上げた昭和の価値観が崩れていくと同時に新しい文化が芽吹きはじめる。2000年代以降がさらに進んで新しい現象が起こり、昔の食文化が再発見される。並行して起こる食文化の変化の、何が勝者となるのか。

 歴史をたどって見えてきた現在の食卓へご案内する。




この短い文章の中に本書のエッセンス、というか背景となる流れは詰まっているように思うのだけど未だ読んでない人用にもうちょっと膨らませて説明しとこう。

昭和前期、昭和元年から20年、朝の連続テレビ小説「おひさま」の時代はまだかまど炊きがふつーな時代で庶民としてはだいたい毎日同じものを食べていた。鰯の煮付けとかそういうのと御飯と味噌汁と漬物とか。キッチンの仕様から作れるもの・作りやすいものも限定されていたし、それもあって洋食なんかは庶民が普段の食卓で食べるものではなかった。オーブンなんかもないわけだし。洋食はいちぶのお金持ちが食べに行ったり供されたり、あるいは料理教室的なもので習い社交の一部として使うものだった。


昭和中期(昭和21年から50年)、いわゆる戦後は未だ食糧難の時代ということもあったけどアメリカ主導で外国の食文化も入ってきていた → 知識の民主化に応じて食文化も民主化されたのか、あるいは外国文化への憧れからか洋食「文化」が積極的に取り入れられていった。とはいえ未だこの時代には洋食の知識も一般化したものではなかったので外国料理は未だありがたく高級なものだったし、料理研究家とか料理を教える人なんかもそれに準じ「きちんとした料理をきちんと教える」ということでホテルの料理長とかお金持ち貴族の奥様なんかが教えるものだった。


昭和後期(昭和51年から平成元年)は洋食がもっと庶民化していった。冷蔵庫の普及、キッチンの構成やレンジほか調理器具の普及によって家庭でも洋食をつくり日々の献立とするのが当たり前となり、それもあって和食や「きちんと出汁をとる」ということも忘れられていった。女性の生活としても1984年に男女雇用機会均等法が施行された周辺で家事だけが女性の仕事ということではなくなり、むしろ仕事と家事の両立の忙しさから家事は後景化していった。




いわゆるメシマズな問題というのは昭和後期以降の生まれの世代の問題であり、背景としてはその親に当たる世代(昭和中期世代)から料理知識が継承されなかったことが要因となる。そのためメシマズ個人を笑って済まされるものでもないのだけど。

では、なぜメシマズの親からメシマズへ料理知識が継承されなかったか?

それはメシマズの親世代もその親世代からきちんとした料理知識が継承されなかったから、ということになる。


メシマズの親世代が子どもの時というのはちょうど戦後のドタバタの頃で満足な食料もそれを料理として整えるための環境も時間もなかった時代で、それ以前の「夕飯周辺の時間になると女の子はお母さんと一緒に台所で過ごし自然と料理を覚えていった」ような余裕や時間、場所はなかった。


加えてこの世代は「女性も仕事を得て社会に出ていく」第一世代にあたり忙しかった+そういう女性をサポートするような簡単調味料やレシピが提供されていったためますます基本から遠ざかっていった。


家族構成としても都市部への人口移動、家族形態の変化(核家族化)、ライフスタイルや文化の変化がすすみ、祖父母が同じ世帯にいる環境は稀となっていった。つまり、前世代からの普段の知識の継承の機会が減じていった。



日本人の食生活はそういった背景から変わっていった。



洋食が若い世代に支持されて一気に家庭に入っていった昭和半ば、本格的な外国料理に取り組んだ主婦たちの時代、エスニックの要素が入り込んだ平成のカフェ飯。その間、繰り返し再発見される和食。料理の紹介の仕方によって、その時代に何が新しく、何が危機的とおもわれてきたのか映し出される。食卓を描いた人気の小説やドラマ、マンガは、当時何が人気の料理だったのか、懐かしい場面とともに伝えている。






「和食」って何? (ちくまプリマー新書) -
「和食」って何? (ちくまプリマー新書) -







小林カツ代は昭和後期の女性のライフスタイルの激動期を代表する料理研究家だったといえる。


それまでの料理教室的なコンテンツが格式張った内容だったのに対して、小林は肉じゃがをはじめとしたもっと庶民的な和食を再発見し、簡単に作れる術を伝えていった。



メシマズやら孤食やら|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/nbaa25a4e201a

彼女が主婦ではなく料理研究家を名乗り、料理の内容としても「簡単だけどきちんとつくっているもの」を旨としたのは前時代の権威に対するものだったみたい。また、核家族時代で失われた「家庭の和食的なアジの作り方」を簡単に教えるためでもあった。

そこには女性の社会進出第一世代の矢面に立った女性たちの「主婦≠女性を馬鹿にするな」的な側面もあった。

それに対して栗原はるみはもはやそういう時代も過ぎた頃、敢えて「自分はひとりの主婦です」と名のれる頃にでてきた料理研究家だった。

これらの話は続編の「小林カツ代と栗原はるみ」にもっと詳しくあるようなのでそのうち読もう。小林カツ代な話も。




小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代 (新潮新書) -
小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代 (新潮新書) -






以下はこの本で紹介されていた各時代を代表する料理系コンテンツ。


自分的に名前はしっててもどういう内容のものか知らないものがけっこうあったので、今後の参考のために。






Hanako(ハナコ) 2015年 9/10 号 [雑誌] -
Hanako(ハナコ) 2015年 9/10 号 [雑誌] -


80年代、働き始めて自分のお金を得るようになった女性ちの消費よくを盛り上げるべく1988年に相関された首都圏情報誌。その影響力の大きさはハナコ族、ハナコ世代という流行語を生んだ。若い女性が男性のエスコートなしに高級レストランや通な店に行けるようになった。


オレンジページ 2015年 7/2 号 [雑誌] -
オレンジページ 2015年 7/2 号 [雑誌] -

オレンジページ 2015年 7/2号 [雑誌] -
オレンジページ 2015年 7/2号 [雑誌] -

1985年創刊。当時のトップスーパーダイエーが出した雑誌はスーパーで手に入る食材を使った料理をたくさん紹介し、買い物ついでに手に取れるレジ横に置かれた。一つの食材や定番人気料理のジャンルを特集の切り口としてさまざまな味付けのバリエーションを提案。コツが必要なプロセスについては写真と文章でていねいに説明する。主婦の鏡をめざす精神論より実用に徹する料理を中心とした生活情報誌という分野を広げて定着させた。



Mart(マート) 2015年 09 月号 [雑誌] -
Mart(マート) 2015年 09 月号 [雑誌] -

Mart(マート) 2015年 09月号 [雑誌] -
Mart(マート) 2015年 09月号 [雑誌] -


食べるラー油の火付け役ににもなった主婦向け情報誌。「もっと生活遊んじゃおう!」をキャッチフレーズとしあたらしい消費を紹介する。たとえばカルフールやコストコ、カルディコーヒーファームなど。「マート」読者はこういった店でほかのスーパーでは売っていない珍しい調味料や食材を買い、目先の変わった珍しい味をたのしむ。ル・クルーゼの鍋も「マート」で繰り返し推されている(人気に火がついたきっかけは2003年に出版されたレシピ本『「ル・クルーゼ」だから、おいしい料理』から)。「マート」の読者はあまり料理が得意ではないらしいがブランドの味は好き。


作ってあげたい彼ごはん (e-MOOK) -
作ってあげたい彼ごはん (e-MOOK) -

作ってあげたい彼ごはん6 (e-MOOK) -
作ってあげたい彼ごはん6 (e-MOOK) -

レシピブログ全盛期を代表する本(ブログ)。基本的にはカフェ飯を中心としつつ「女のコがはじめて料理をつくろうとした時に自分でも食べたことのある/つくったときに正解かどうかわかるような定番メニューを簡単においしく作れるように。その積み重ねで料理が好きになるように」を基本とする。



NHK きょうの料理ビギナーズ 2015年 09 月号 [雑誌] -
NHK きょうの料理ビギナーズ 2015年 09 月号 [雑誌] -

「きょうの料理」の放送に5分プラスする形で、男性もターゲットに含めた初心者向けの料理解説につとめる。切り方や野菜の選び方、茹で方、使い切りレシピなども紹介する(Eテレ、21時25〜)。

「きょうの料理」は長い間、研究熱心な主婦によって支えられ、基礎も教えつつ手の込んだ応用編も多かった。ビギナーズでは幅広い層を視野に入れた教科書のような作りで大胆にハードルを下げた。




太一×ケンタロウ 男子ごはんの本 -
太一×ケンタロウ 男子ごはんの本 -

男子ごはんの本 その5 -
男子ごはんの本 その5 -

2008年からテレビ東京系で始まり人気となったレシピ番組。国分太一と(小林)ケンタロウによる日常的な雰囲気・生活のなかでの料理を愉しむというコンセプトな内容で人気を博した。それまでの料理コンテンツにあった堅苦しい雰囲気、教科書的、「教える」というスタンスからもっとゆるく料理を愉しむことを提案し間口を広げた。その前身として城島茂が出演していた「愛のエプロン」がある、と。




ku:nel (クウネル) 2015年 09月号 [雑誌] -
ku:nel (クウネル) 2015年 09月号 [雑誌] -


天然生活 2015年 09 月号 [雑誌] -
天然生活 2015年 09 月号 [雑誌] -



2003年創刊。食品偽装や孤食、食の貧困→健康状態への憂慮といった背景からスローフード・スローライフな生活が提案・発見されていき、その流れを受けて創刊された。スローフードブームに火をつけたのは2000年にベストセラーとなったノンフィクション「スローフードな人生!」であり、雑誌「ソトコト」によって全面バックアップされていった。


スローフードな人生!―イタリアの食卓から始まる (新潮文庫) -
スローフードな人生!―イタリアの食卓から始まる (新潮文庫) -

スローフードな人生! −イタリアの食卓から始まる− (新潮文庫) -
スローフードな人生! −イタリアの食卓から始まる− (新潮文庫) -


SOTOKOTO(ソトコト) 2015年 09 月号 -
SOTOKOTO(ソトコト) 2015年 09 月号 -





おべんとうの時間 -
おべんとうの時間 -

おべんとうの時間 3 (翼の王国books) -
おべんとうの時間 3 (翼の王国books) -

ソトコトの出版社から2010年に発売されたビジュアル本。写真家の安倍涼が立ち上げた、全国各地の働く人々が食べるお弁当を撮る企画は、2007年に全日空の機内誌「翼の王国」に連載されて人気を得、「いつかは写真集に」という夢が実現した。たぶんNHKの同様番組「サラメシ」の元ネタ。






ほかにも「すいか」→「かもめ食堂」や「きのう何食べた?」、「美味しんぼ」「クッキングパパ」などの解説(内容とどういう文脈や背景から受け入れられていったか)もあるけど割愛。ほんとはこの本の魅力はそういった料理にまつわるコンテンツの解説を通じてその時代を回顧することにあるのだろうけど。そのへんは興味持ったら各自で読んでみるとよいと思う。



最後に著者はスローフードの文脈から「クウネル」や「おべんとうの時間」の紹介してこのように締める。


 
スローフードという切り口から、食の風景を見てみると、21世紀の食卓は、さほど悪くない。昔ながらの食文化が完全に廃れたわけではない。

 蒸した料理もお米の料理も、日本人が昔から好んできた料理だ。私たちが取り戻したかったのは、当たり前の暮らしだ。そしてそれは、遠い外国や過去に求めなくても、すでに手にしている人はちゃんといる。当たり前すぎるから気づかなかっただけなのだ。
 
 問題ばかりを見ていれば、絶望したり将来を悲観したくもなる。壊れたものや、失ったものを見て嘆いていても、立ちすくむばかりだ。今、手にしているもの、生まれてきた可能性に目を向けることも必要ではないだろうか。一人ひとりが、食べること、つくることを大切にし、自分や家族の心と体をいたわることで、変えていけることはたくさんある。




「基本となる出汁のとり方とかきちんとした料理が失われたみたいな危機感が出たときもあったけど、スローフードな流れを見てると案外だいじょうぶな感じもする。簡単調味料を活用する現代版家庭料理なんかも含めて」というところだろうか。

自分なんかもメシマズ世代で簡単調味料な時代に育ってるので手抜きできるところは手抜きして、たまにちゃんとつくるときにはつくろうかなあとか。そんな感じ。







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南直人、1998、「ヨーロッパの舌はどう変わったか」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/384995687.html




最近の料理本2つ:「強火をやめると、誰でも料理がうまくなる!」「築地市場のさかなかな?」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/416382880.html




石毛直道、2006、「麺の文化史」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/384598908.html




おさらいキッチン
http://www.osarai-kitchen.com/


テレビ番組のレシピ横断サイトぽい




昭和の洋食、平成のカフェ飯|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n795bbbc7b0c9


posted by m_um_u at 13:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会このエントリーを含むはてなブックマーク
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