このへんからの続きて引き続き現代アートについてお勉強していたのでヲクサンずへのお知らせも兼ねて
小山登美夫、2008、「現代アートビジネス」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/420849770.html
いちお村上隆さんの本も読んでみた

芸術起業論 -

芸術闘争論 -
結論としては「まあたしかに、、それが第一線の現代アートプレーヤーの感覚ってことなんだろうけど、、それってなんかビジネスとかプロスポーツとか、入試≠クイズみたいだよね?」てことで自分的にはあまり
「柑橘類と文明」、「芸術起業論」を読み終わって|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/nf50ec2b5d394
このあと続編の芸術闘争論のほうも読んでみて、起業論よりはアクの薄い、講義的な文体(口語的な)と内容になっていていて一部タメになるところもあった。たとえば現代アート(特にニューヨークを中心とした海外のマーケット)の文脈に沿ったテーマ、画面構成・視線の誘導の計算についてとか、ギャラリーの種類や選び方とか。それらは「実際にプロの現代アーティストとしてデビューする場合なにが必要か?」という視点からまとめられたものでこの本もそういうのを目指す学生たち向けにまとめられた予備校テキスト的なものとしてはわかりやすくおもしかった。
ただ、やはり「これはアートなの?」てかんじというか、すくなくとも自分が求めるものではないなあとおもった。
それらはたしかにアメリカやヨーロッパで成功した富豪のリアリティや嗜好には沿うものなのだろうけど、すくなくとも自分はそういうものは要らないし好まないし、そして自分の嗜好に合った現代アートはいくらでもあるので。テクストとしては李禹煥のそれとか。
なので、それらはアメリカとか世界的な富豪マーケットにおける「現代アート」であって自分が求めるものとは違うのだろう。それらは厳然と別れるものでもなくゲルハルト・リヒターなんかはそういうのにも含まれるようだけど。
この本自体の印象、あるいは村上さんの印象としては「プロヲタクになりきれなかったヲタクがアートの分野で宮台節を繰り広げた」みたいな感じだった。実際、「影響受けた」みたいなことはこの本の中にも書かれてたし。
なので、アートにそれ以上のものを求めるものとしては特に見るところもないのだろう。作品としては。
ただ、プロモーションとか若手養成のための仕組みみたいなところでは参考になるのかなあとか。
あと、現代アート方面で昨今「日本の現代アートはMANGAとかANIMEだ」みたいな風潮があって、ジャパニメーションがどうとか攻殻機動隊がどうとかもそういうのに含まれてるのだろうけど、そのへんの言語化とかプレゼンスの先駆けが村上さんのこのへんだったのかなあとか。本書の中でしっかり「日本の現代アートはマンガ・アニメです」ていってるし。そんでMOTでちょこちょこやる宮ア駿展とか、上野の進撃の巨人展とか、あるいは新国立で最近やってるやつとか。
新国立でやってるらしい日本のマンガ・アニメ展、マンガ・アニメの系譜としては体系的に不十分らしくてけっきょくは「マンガも現代アートの一部(日本ではむしろ現代アートはマンガ・アニメなんだよ」というところに甘えて「現代アートとしてあつかってやる」て展示なのかなと思うんだけど、そういうのをやるのは集客の理由もあるんだろうけどさいきん日本の現代アート界隈だとそういうのがチラホラで、自分て気にはそういうの見てもマンゾクないだろうなと思う。現代アートとマンガ・アニメ的なものは越境している、みたいなのは自分が現代アート的なものを見だした以前から思っていたことだからイマサラてかんじだし、その土台としては「現代アートとは何か?→(現代)アートなんか自由でいいじゃん解体していいじゃん」て60から70年台に隆盛を迎えたニューヨークを中心とした抽象表現主義に依る脱構築な文脈があるのだろうけど、脱構築だけだったら現代思想やってる人間的には新しいものでもない。
そんで(現代)思想≠(現代)アート的には「脱構築以後の思想・アートとはなにか?」ということになるんだとおもうんだけど、そうすると現代アート的には惰性で構築されたものをある程度解体しつつもその内部、あるいはローカルな圏域で意味と文脈(あるいは強度)をもったものを出さないとわざわざアートとして表す意味がないように思える。
アートとして表す意味というのは「言語では表し難いものを表す」ということで、そこに現代思想における「言語(の恣意性)以前」というテーマが絡んでくるわけで、きちんとした現代アートの人たちはそのへんを体現してるからおもしろいのだけど、村上さんは多分そういうのがわかってなくて、先達の成功者たちのガラをなんとなくなぞってるうちに成功したぽい。なのでバーネット・ニューマンに対する解釈も浅薄なものに思えた。
そういったところからするとつづけて読んでるこの辺で紹介されてるものはそういうのを表してくれてぽくおもしろい。

日本列島「現代アート」を旅する (小学館新書) -
著者は直島のアートプロジェクトや家プロジェクトに携わった人で、直島のチーフキュレーター、地中美術館館長、金沢21世紀美術館館長を歴任されて芸大美術館館長・教授も務めてる、とのこと。
なので直島周りとか金沢21世紀美術館周りの紹介が多くなってるというところもあるんだけど、でもそこでの説明をみると自分的には見とくべきなのだなあと思うし見たいな、と。
紹介・解説されてるのは
イサム・ノグチ『エナジー・ヴォイド』、マーク・ロスコ『シーグラム壁画』、アントニー・ゴームリー『ANOTHER TIME XX』、三島喜美代『Newspaper08』、ロン・ミュエク『スタンディング・ウーマン』、レアンドロ・エルリッヒ『スイミング・プール』、安田侃『アルテピアッツァ美唄』、ジェームズ・タレル『ブルー・プラネット・スカイ』、内藤礼『母型』、ウォルター・デ・マリア『タイム/タイムレス/ノー・タイム』
なんかでいずれもその場の環境と一体となってアートしてる作品な感じ。
秋元さんはほかにも直島美術館についての本とかデ・マリアについての本とか出されてるようなのでこれらもぼちぼち読んでいきたい。
現代アートに関するテクストを読んでると「けっきょくはこのへんてなんとなくの雰囲気で売ってきたところだからはっきりとした定義とか方向性とか型が決まってなくて、その部分はテキストにするとよくわかるのだな」とおもう。まあ日本における人文≠現代思想と同じだけど。
なので、その部分で海外で売れるという実績を残し、はっきりと「(雰囲気うんたらでイイネーイイネーしとってもガラパゴスで)売れるための現代アートはこうや!」ってまとめたのは村上さんの功績だったかなあとかおもうけど、さっき言った理由でそれは反面教師的なものだったのかなあとか。
まあこのへんは民俗学的な現地の人の証言収集という感じで「彼らはこのように現代アートを認識し語っている」てかんじでみていくとおもしろいだろうからそういう方向で続けていこうとおもう。
あと、ワタリウムで現代アートを振り返るなやつやってるようでこれも気になるので8月か9月ぐらいに落ち着いたらいこうかなあ。。(村上さんの本で気付かされたけどワタリウムのこういうのの歴史はけっこう長いらしく村上さんのデビューもワタリウム主宰の現代アート大学からだったそうな
現代アートをおさらいする好機! ワタリウムの展覧会。|NEWS(ニュース)|HOUYHNHNM(フイナム)
http://www.houyhnhnm.jp/news/012993.html

西洋絵画のひみつ -
中野京子と読み解く 名画の謎 対決篇 -

名画で読み解く ハプスブルク家12の物語 (光文社新書 366) -

怖い絵 (角川文庫) -
タグ:art

