2015年02月21日

岡崎京子の時代


四月の霧たちこめた朝に
背嚢を背にして発った、すべての子供たちに
私は記念碑を作りたい

苦悩に満ちた眼差しを下げ
背嚢を背にして泣いた、すべての子供たちに
私は記念碑を作りたい






僕はくたばりたくない

まんまるに見せた月に
尖った面が隠されていないかを
知ることなしには

太陽が冷たいかも

四季が
本当に四つしかないのか







スルースウッドの山裾が
湖に浸るところ
そこに草の茂った小島があって
青鷺が羽ばたいては
眠たげなミズネズミたちを驚かす

そこには俺たち妖精が
イチゴや真っ赤なさくらんぼの
詰まった樽を隠してあるんだ

さあ人間の子どもよ
その水辺に行ってごらん
妖精と手を携えて
この世の中にはお前の知らない嘆きの種が
いっぱいあるんだ










僕らは現場担当者となった
格子を
解読しようとした

相転移して新たな
配置になるために

深い亀裂をパトロールするために

流れをマップするために

落ち葉を見るがいい
涸れた噴水を
めぐること

平坦な戦場で
僕らが生き延びること
















「多摩川下流の川のほとりで全裸の男性の死体が上がった」というニュースを見ながら直近のイベントスケジュールを確認する朝、「そういえば岡崎京子展の期限近づいてるのかな?」と確認するに3月31日まででまだ余裕あった。



岡崎京子というと最近こちらのエントリで気になっていて、すこし語りたくなってるのもある+自分的に読むべきものリストのまとめも兼ねてエントリにしといても良いかもしれない。




「pink」のワニ。「リバーズ・エッジ」の河原の死体。“異常なもの”を外部に設定することで平穏を保ち、それの喪失を契機に破綻する物語が90年代前半の岡崎の王道だとすれば、「ヘルタースケルター」は“異常なもの”を滅び行く自らの身体に持ってしまった悲劇だ。その悲劇の歯車は“正常なもの”の登場で回りだすという普段と逆の構造を持ち、しかも悲劇は最後に急展開し喜劇となる。欲望に翻弄されたヒロインのゆくえ。岡崎は自分の物語の定型を知りながら、いかにそれを乗り越えるかを慎重に考え、大胆に実行した。「ヘルタースケルター」は岡崎の90年代前半の集大成であり、かつ90年代後半のモードへと一歩踏み入れた作品で、だからこそ第3部が描かれなかったことが今でも悔やまれる。作品単体の完成度では「リバーズ・エッジ」に軍配を上げるが、その「リバーズ・エッジ」を読み終えた読者を、「ヘルタースケルター」は次のステージへ導かずにはいられない。

欲望ではなく、欲望するためのシステムにお金を払っている(払わされている)。そのことを最初に漫画にしたのが岡崎だった。誰よりも早く小西康陽がDJでかけていたレコードを探すために、誰よりも早く藤原ヒロシが雑誌で着ていたシャツを探すために、「ゲット」を合言葉に「ストリート」を疾走するカウボーイ達。レコードの枚数が、映画の本数が、シューズの足数が文化への感度に直結し、ポケベルやピッチ(PHS)を持っているか否かで交友関係が決まってしまう。消費の速度が人々の生き方を左右する。そんな風景に対して、一体誰が「みんな何でもどんどん忘れてゆき/ただ欲望だけが変わらずあり/そこを通りすぎる/名前だけが変わっていった」と言えただろう。仲間とカラオケで歌って、友達とプリクラを撮って、ぼくらはいったいどこへ行くのだろう(だろうだろうはもういいだろう!)。村上龍が「今日中に買わないと、明日には必ず、驚きや感動を忘れてしまう」と切迫する女子高生を「ラブ&ポップ」で描いたのは「ヘルタースケルター」の半年ほど後だった。「インターネット」と「ウィンドウズ」の違いさえうまく説明できなかった、あらゆるメディアをインターネットのフラットさが覆いつくす前の最後の時代。岡崎にとって90年代の東京は、たとえばそういう風に見えていたんだと思う。

90年代の岡崎京子を「平坦な戦場」という言葉とセットで語る場面に時折出くわす。もとは「リバーズ・エッジ」に引用された、ウィリアム・ギブソンの詩「THE BELOVED(Voices for three heads)」に出てくる「the flat field」のことだ。この詩において「平坦な戦場で僕らが生き延びること」は「落ち葉を見るがいい/涸れた噴水をめぐること」に呼応している(訳者は黒丸尚)。水のない噴水の中で、へりを超える力もなく、カサカサと行ったり来たりするだけの落ち葉。干上がった噴水の中で落ち葉がどう旋回するか。そんな平坦な戦場で落ち葉がどう生き延びるか(=サバイヴするか)。そういう文脈の言葉である。

この言葉はよく90年代の若者の無気力や諦念を表すものだとされる。でもそれは随分と曲解した読み方だ。鶴見済が『完全自殺マニュアル』や『無気力製造工場』でくり返し、宮台真司が“終わりなき日常”と呼んだムードと、語感だけで一緒にされているように感じる。「リバーズ・エッジ」を素直に読めば、日常とは平坦に見えても常に異常事態が身近に起こる状態(=戦場)であって、それは気付かないような小さなきっかけで惨事を引き起こす。しかしどんな惨事でもまた日常の平坦さで見えなくなっていく。だが惨事は実際に起きたのだ。この時、落ち葉はどう生きようとするのか。そういう物語である。

人生は無意味だからマジになるのをやめようとか、無理なくまったりと生きようとか、そんな諦念を岡崎は描こうとしなかった。それらはごまかすためのポーズでしかないことを知っていた。「リバーズ・エッジ」ではピースが欠けながらそれでも日常を続けていく選択をそのまま描写した。そして岡崎は「ヘルタースケルター」で、へりを飛び越えた落ち葉の旅立ちを描いたのだ。死や喪失の残酷な印象を応用してきた作者が、希望と絶望、悲劇と喜劇をペン先で貫いて発見したある逆転劇。これが感動でなくてなんだろう! 「君の激しさはいつか君を焼きつくすだろう」!「でも今はそのときでもその場所でもない」!「さよならタイガーリリィ」!「またどこかで逢おう」!

もし事故に遭わなければ、今頃どんな作品を描いていただろうかとよく夢想する。
一九九五年の岡崎京子、または岡崎京子の九〇年代 - www.jarchve.org
http://www.jarchive.org/text/ko1995.html




岡崎京子とはなんだったのか?と問うに、少女漫画的な幻想と社会が少女-女にかける幻想の間をポップに駆け抜けていこうとしたあの時代の女性たちの象徴だったのかなと思う。そういう意味では酒井順子 - ユーミン的な連想となるけど、はなしがズレそうなので「あのへん」と記すに留める(わかるひとにはこれで十分伝わるだろうし)。



岡崎京子の時代、80―90年代というのは後期近代-大量消費社会が完成し、特にソレが東京という都市で象徴的に現れたときだった。岡崎の表していた「消費のための消費」とはそういった文脈であるし、それらはハイパーリアルな現実-実存の稀薄を埋めるための駄菓子のような色彩だった。

岡崎京子はボードリヤールとかを特に理解していなかったのだろうけど、時代としてはニューアカの最盛期で、それまでアカデミックな世界に閉じ込められていた言葉が浅田彰や上野千鶴子を通じて雑誌-世間にも表れてきて、なおかつそれに「オシャレ」なスノッブさが性格されていったころで、そういった時代精神?というか東京精神に合わせて彼女なりの感性で解釈し、現実に即すように加工したものをアウトプットさせていった。


諸論はあるだろうけど、彼女の代表作は「pink」「リバーズエッジ」「ヘルタースケルター」のように思える。そしてそれらを集約したものが「うたかたの日々」。

pink -
pink -

リバーズ・エッジ (Wonderland comics) -
リバーズ・エッジ (Wonderland comics) -

ヘルタースケルター (Feelコミックス) -
ヘルタースケルター (Feelコミックス) -

うたかたの日々 -
うたかたの日々 -

でも「うたかたの日々」はボリス・ヴィアンの原作を漫画化したものなので、物語的には岡崎のオリジナルではないけれど。

「pink」では売春婦が主人公で、でも、そこではかつての売春、性に関するイメージはなく自ら主体的に売春を楽しむ女性の姿が表されていた。「楽しむ」というと語弊があるので言い直すと、売春ということに対してかつての「性」をめぐる通念のような忌避がない女性の様子。そしてそこでは消費のための消費、人生をポップに謳歌することが語られていた。

その時点で岡崎の作品の主人公達は旧来のヘテロ男性の性幻想と資本主義の市場原理が結びついた性の牢獄を脱する跳躍力を持っていたのだけれど、その跳躍に要した軽さはそれ自体が屈託の対象として残っていった。あるいは村上春樹の作品になぞらえれば、彼女たちは自らの影を忘れていった。

存在-人生-日々の意味の軽さに対して、彼女たちのどこかに芽生えた「コレデホントニイイノダロウカ?」的な翳りを岡崎は作品の締めにスパイスする。

「pink」がたんなるハッピーエンドで終わらないのはそれが単なるハッピーエンドでは美しくないし、凡庸で大味な綿菓子のようだから。そこでワニがペットにされるのは売春という方法で現実離れした簡単さ-軽さで手に入る現実感のなさに対する重石としてワニが必要だったから。といってもそこに罪悪感やマチガッテルといった感覚はなくて、「結婚が准売春なら売春そのものもおかしくないのでわ?(というかすべての仕事は売春と変わらないのでわ?売春はすこし我慢してカラダを売るだけだけど一日ニコニコとココロを売る感情労働のほうがよっぽどだわ)」というリアリティに基づいていて、そういったリアリティからすると世間のタテマエと欺瞞は鼻で笑ってしまうほどおかしい。実際に鼻で笑う-売春をして楽しく暮らすのは良いけど、やはりそれは地に足のついたそれ、生活のリアリティからするとみょーに軽くて、だからバランスをとるために生と死のむき出しであるワニが必要となった。。むずかしく理由付けするとそういうことカモだけど、実際は単にワニが好きだったからカモしれない。


平坦でのっぺりとした戦場、幸福な退屈の中で押しつぶされてしまわないように、ぼくらには少しの刺激が必要だけれどその刺激が大きくなりすぎて日常を飲み込んでしまってはいけない。カレーの食べ過ぎで味覚がおかしくなってしまったOLのように。ハードボイルドな日常に合わせるために情緒は隠して置かなければならないけれど、あまりにポップだと自分の影や本当の名前からも遠ざかってしまう。



消費的な「少しの刺激」は他人に仮託されテレビや雑誌を通じて食い散らかされていく程度のものだけど、それとは別に自らの個人的な翳のようなもの、生活の翳のようなものは澱のように溜まっていく。それは齢を重ねることで増えていくのか、それとも世間の消費的な刺激、悲惨や死のようなものがすこしずつ蓄積していくのかわからないけれど。

神の死によって資本主義時代の私生児となったわれわれが平坦な戦場を生きのびるために、手にしたお菓子の銃は心象世界のなかでホンモノの銃と弾丸となってハードボイルド・ワンダーランドを構築していった。あるいは、ソコにもともとあった心象の戦場に臨むべく、われわれは銃をとったのかもしれない。


岡崎京子のなかであるいはファッションとして描かれていたはずのモティーフは主題となって遺り、それらを解決する答え、道具が模索されていく。


「岡崎京子は優れたコラージュ作家だった」という見方があるようで、たしかに彼女が作品中で触れた作品群を見るとそういうところはあるみたい。

それは模倣と編集-プロデュースを得意とするタイプのひとに共通する特徴だろう。なのでそれをして「単なるマネッコでコラージュだけでホンモノのアートではない」というのもどうかな?ってことにはなるけど。


これらをみると岡崎が張っていたアンテナの方向性がわかる。そして、それが目指して行きつけなかった地点も。


ドイツロマン主義 + 象徴主義を軸とする世紀末芸術的な幻想耽美に最終的に行きつき、そこから自らに体現された時代精神の答えのようなものを求めていたのかもしれない。それは事故に遭う直前、依頼されたコミックキューの原稿として考えていたものを見てもわかる。



岡崎京子って漫画家がおりまして。
結構わたしすきなんですけれども。
このかた交通事故でいま闘病なさってて、お元気なころに書かれたマンガがもう10年ぐらい前のやつなんですね。
それでも、けっこういろんなところに影響与えた作品をおかきになったかたなんです。
そのかたが、事故の直前に描くかもしれなかった雑誌が「COMIC CUE」(1995、イースト・プレス)というのの3号なんですね。
この雑誌江口寿史さんが責任編集してて。
すごくまじめに編集長してて、それは巻末の編集日記でわかるんですけれど、
そこに岡崎京子さんが出てくるんです。「COMIC CUE vol.3」(1997、イースト・プレス)に。
原稿を江口編集長が依頼しに行くんですね。

  5月14日(火)
   (中略)3時、原宿で岡崎京子とうちあわせ。岡崎さんとは親しい訳じゃないが、この13年程の間に、いろんな機会に顔を合わせている。で、会うたびにこの人、なんつうか凄味を増してるんだ。
 最近の岡崎京子の作品は、もうあれは、漫画じゃないと思う。岡崎京子自身ももう、漫画家というよりも、文学や映画と同じ次元の表現者といった風情だ。会うたびにその印象を強くしている。CUEの読者アンケートでも次に描いて欲しい漫画家の筆頭に、その名が挙がる岡崎京子だ。で、今回のお誘いになった訳だが、「今、エロスには全然興味がない」ので自分の中からは今回の趣旨にあうような作品は出てこないだろうと言い、この本を原作とした形ならばやれるかもしれない、と数冊の詩集を出した。東大の先生でもある詩人の松浦寿輝という人の詩集だった。
 あくまでも松浦氏の承諾が得られれば、という条件つきだが、執筆をOKしてくれた。
   しかし、今日の岡崎京子、ちょっと疲れてたように見えたのは気のせいか?
http://po-m.com/inout/200606oikawa02.htm


松浦寿輝 - Wikipedia http://bit.ly/1zu19iv



松浦寿輝はようやく識ったのだけど、


小説家としては、日本の古井由吉、吉田健一、内田百間、フランスのマルセル・プルーストとロラン・バルトを敬愛する。また中井久夫、川村二郎を知識人として深く尊敬している。最後まで小説を書かなかったバルトへの思いは「名前」(『そこでゆっくりと死んでいきたい気持をそそる場所』)に詳しい。



というところでもうだいたい方向性として分かったし、しばらく自分も付いて行って読んでみようかと思う。


岡崎京子と松浦寿輝が個人的にどのような関係にあったのか?というのはよくわからないけれど、岡崎が最後に表そうとしていた世界、頼ろうとしていた世界のようなものはこの辺りだったのだろう。



つまりヴァレリーやマラルメ、ランボーに代表される象徴主義文学とベンヤミンに代表されるドイツロマン主義的な頽廃と翳りと実存。


それらは完全な理解ではなかっただろうけど、漫画的感性を自在に操るようになっていた岡崎京子という装置からそれらがどのような形で表現されていたか想像される。


ヒントは「うたかたの日々」で、そういった頽廃と翳り、死とエロスに遺る美のようなものをハードボイルドかつポップに描きつつ、死に取り憑かれる甘美を卒業して最後にきちんと天使を入れられるようになっていたのではないか?




それはクレー → ベンヤミンの天使であり、小沢健二の天使でもある。












彼女の事故は傍から見ると彼女の作品の登場人物たちの足跡を彼女自身がたどったような予定調和が感じられる。

しかし、漫画と違って人生は続いていく。


あるいは、事故や傷さえも自らの個性として取り込んで、むしろそこから人生が始まっていく。



螺旋状の滑り台のように、下まで降りてもう一度上がっていく




「かつてエグいいじめをやっていた小山田圭吾の息子がエグくいじめられてるみたいでm9(^Д^)」

「かつてノンポリポップだった小沢健二や坂本龍一がサヨクに染まってm9(^Д^)」

「かつて残酷でポップなマンガを描いていた岡崎京子自身が事故にあってm9(^Д^)」





そういった世間の視線とネズミたちが最後に手に入れる果実の味はなんの関係もないのだろう。



多摩川の、あるいは渋谷川のネズミたちは草いきれ(wwww)を超えてイノチノヒミツに辿り着く。












川の光 -
川の光 -






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真鍋昌平、2004、「ショッピングモール」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/408620472.html


モード・アングレ(長弓戦術)としての「女子力」の運用、その出自と変遷   〜安野モヨコ上級士官の場合: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/225495332.html



「人はより恣意性や感情を排したシステムに近づいていけるのだろうか」とぼんやり: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/225799105.html



意味―性―愛: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/414101268.html


愛はさだめ、さだめは死?: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/414133706.html



性的唯幻論序説メモ: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/414217494.html



posted by m_um_u at 10:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
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