2015年02月19日

抽象と感情移入、あるいは「美とはなにか?」について



小林秀雄「近代絵画」のピカソの項を読んでると「美とはなにか?」ということについて簡略かつ的確に表されてる文言があってしばらくしびれた。



それ自体はピカソの絵を理解するため、ピカソがなぜあのような抽象にはしったのか?そもそも絵画にとって抽象の美的価値とはどういったものなのか?ということを論じたり理解するための前振りというところではあるのだけれど。別件で形式と内容、シンボルとアレゴリーについてあまり理解できずにぼんやりしていたところでの美の位置などもあいまって軽くエウレカした感じだった。

ヴォリンゲルを引いて曰く、

美とは、一般に感性的所与の要求するところに応ずる私達の統覚活動の一様態なのだが、この活動が自然で自由で積極的な場合、対象は、この活動に貫かれる。対象は私達に所有される事によって対象となる。感情移入とは、私達の生命力の対象への移入なのである。美的享受とは、客観化された自己享受なのである。


抽象と感情移入―東洋芸術と西洋芸術 (岩波文庫 青 650-1) -
抽象と感情移入―東洋芸術と西洋芸術 (岩波文庫 青 650-1) -

つまり、美の享受、なにをもって美しいと思うか?というのは自分自身の美しい部分 - 美しいと感じる部分(理想とする美しさ)の投影ということになる。


そのため美しさというのは一般価値ではなく個人的、実存的なものであって「美とはなにか?」という命題にだれにでも当てはまる共通の美を想定するのはナンセンスになる。それでもなお、それを一般的な価値として定義しようとするなら、それは正義の問題に近いものになるだろうし、もっと具体的には味覚 - 「おいしさとはなにか?」「究極的に美味しいものとは?」と似たことになるだろう。価値としての真善美とはそういったもののように思える。善、あるいは正しさの問題というのはこの中でも社会的にある程度の最大公約数みたいなものが要請されるところはあるだろうけど。



以前に離人症のようになったことがあって、雪が積もる竹林の様子を美しいと思いつつもソレを実感として感じられないことに寂しくおもった。

「これは世間的には『うつくしい』とされるものであるはずだし以前の自分であればうつくしいと思えるはずなのにいまの自分にはそれを感じられない。。」

そこで自分のココロのようなものが死んでいく/死んでしまったことを悲しみ、世間のそういった感覚からの疎外のようなものを。


ヴォリンゲルのこの一文から、そのときの自分は感性は死んでなくて、それによる所与(センスデータ)もあり、それを言語的に処理する機構もあったのだけれど、感情移入が死んでいたのだなとおもった。感情が死んでいた、あるいは、生命力が薄くなっていたので竹や雪に対して自らの生命力を移入-投影できなかったのだろう。そして、それが復活し、以前よりも多くのことを美しく思えるようになった現在、自分の中の生命力-エロス-意味が広がったのだなと実感する。






ドイツの美術史家ヴィルヘルム・ヴォリンガーの代表的著作。「抽象と感情移入 様式心理学への一つの寄与」というタイトルで1907年に学位論文として申請され、08年に出版された(邦訳=『抽象と感情移入 東洋芸術と西洋芸術』)。この著作でヴォリンガーは、テオドール・リップスの心理学的美学において提唱されていた「感情移入」型の古典主義的歴史観に対し、「抽象」衝動を対置させた。同書は、歴史がこの二つの精神的態度を交換・変遷する過程を、古代エジプトから中世ゴシック、ギリシャ・ローマなどの広範な美術作品に見出し、従来のヨーロッパ中心主義的歴史観の相対化を目指したものである。「感情移入」衝動には主体と客体とのあいだに有機的な生命観が見出され、古典主義などが相当するとされる。逆に「抽象」衝動とは、世界との無限の混沌状態に直面した人間が平静を得るために求める「抽象」的な法則性や幾何学性のことを指す。ヴォリンガーは「抽象」衝動を「古代人」の様式に帰属させ、エジプトのピラミッドなどがそれに対応するとした。また、彼はミュンヘン分離派や青騎士などの表現主義の動向にも関心を持ち、同時代美術の「抽象」性の根源を解明しようとした。P・クレーやF・マルクは、彼らの作品の幾何学的な抽象性を歴史的・理論的に支えるものとしてヴォリンガーの言説に注目していたことで知られる。

『抽象と感情移入』ヴィルヘルム・ヴォリンガー | 現代美術用語辞典ver.2.0



私の理解した限りでこの本の内容をごく簡単に言うと、(ヴォリンゲルはこれを書いた後も思想が幾らか発展変化していったようですが)
彼は、芸術には、芸術意欲には、2つの方向性があると言います。すなわち、「抽象」と「感情移入」の方向です。

まず、彼は、その当時の人々の先入観だというものを語ります。それは、芸術とは、常に、(外的な)自然に向かい、自然を描くものだという観念です。例えば、古代ギリシャの、写実的で活き活きした彫刻のように。

しかし、これは一面的な見方だと言います。なぜなら、「未開民族」の芸術や、原始的な芸術というものは、常に、外的な自然からはかけはなれた、幾何学模様に代表されるような様式の芸術だからです。古代ギリシャの芸術も、その初期においては幾何学模様だったと言います。

そこに、芸術意欲の2つの方向性を見出だします。

1つは、自然的な、有機的な、動的な生命を描いて、それに感情移入するもので、古代ギリシャやローマ、ルネサンス時代の西欧の芸術に代表されるもの。これが「感情移入」の方向です。

もう1つは、抽象的な、無機的な、結晶化された、静止した世界を描くもので、「未開民族」や、イスラム世界の芸術に見られるような、幾何学模様に代表されるもの。
これが「抽象」の方向です。(そして、これが芸術の起源にして終点だと言います)

芸術はこの2つの極の間を揺れ動くものだと言います。
そして、何故このような芸術が生まれてきたのかを考察します。

まず「抽象」の極である幾何学模様について、人と自然との関係から考察します。

つまり、こうした芸術を生む人々は、人間に対して友好的でないような、転変きわまりない、信用ならない、厳しい自然環境の中で生きているので、抽象化され、結晶化され、静止した、合法則的な世界を描き出し、その中にせめてもの安定を見出だそうとする、と言います。

一方、「感情移入」の方では、こうした芸術を生む人々は、自然によってか、人為によってか、人間に対して友好的な自然、自然と人間との、幸福で(そして稀な)調和の中で生きているので、自然に対して感情移入することができる。それで、活き活きとした、自然主義的な、有機的な、動的な芸術を造り出して感情移入すると言います。

さらにこういった方向性を宗教や哲学に関連付けます。すなわち、「抽象」に生きている人々は、現世を超越した、幽玄で、絶対的な思想に傾き、一神教に傾く、
一方、「感情移入」に生きている人々は、現世肯定的で、人間的で、自然主義的な思想に傾き、汎神論、多神教に傾く、と言います。

前述の通り一面的に思える面もありますし、それ以外のことも語っているのですが、それは置くとして、
この理論から言えば私の身近な芸術、例えば日本の芸術はどうだろうかと思います。この理論の正確さはともかく、もし当てはめてみるなら…


多分ヴォリンゲルも含意しているかと思いますが、前述のような、人がその中で生きている自然環境というのは、いわゆる自然のみではなくて、人間的な環境も含むかと思います。

つまり、社会的に不安定で、戦争や紛争の絶えない世界に生きていると、あるいは、何らかの理由で個人的に不安定な状態で生きていると、人は抽象の方に傾くだろうと私は思います。

戦国時代には茶の湯や禅が流行ったとかいう話です。
いつ死ぬかわからない世界の中で、一服して一時の安らぎを得たいというのはよく分かります。茶道には始めから終わりまで動作に決まった形式があって、何か不自由そうな気がして、何のためにそういう形式があるのか、私は不思議に思っていましたが、その理由がわかったような気がしました。
ヴォリンゲルの「抽象と感情移入」を読んだ感想
http://ncode.syosetu.com/n3909bs/



「あとがき」によれば、美学上の感情移入説というのはヴォリンゲル以前からあったらしい。ヴォリンゲルはそれに対するアンチテーゼとして東方芸術(具体的にはエジプトの装飾芸術)を取りあげる。そしてそこに「様式化」の衝動をみとめて、これを「抽象」と名づけた。この着眼点がまず非凡なわけだが、よくよく考えてみれば、「感情移入」に対して「抽象」をもちだすのはちょっと論点がずれているような気がしないでもない。しかし、この「ずれ」が論を展開する上での大きな原動力になっているのも事実だ。波と波とが干渉しあって、より大きなうねりを生み出しているといえばいいだろうか。そして、そのうねりの絶頂にあるのがゴシックの寺院だ。

まったく、ゴシック寺院というのは世界の八番目にして最高の不思議(驚異的建造物)だと思う。もしかしたら、ヴォリンゲルはゴシック建築を眺めていて、そこから抽象と感情移入という対概念を発想し、それを過去に逆照射したのではなかろうか。彼がゴシックに並々ならぬ愛着と関心とを抱いていたことは、この論文を書いたすぐあとに「ゴシックの形式問題」という本を出していることからもうかがえる。ちなみに、これには中野勇の邦訳がある(昭和19年、座右宝刊行会)。
ヴォリンゲル「抽象と感情移入」 - 両世界日誌
http://d.hatena.ne.jp/sbiaco/20060126/p1



ヴォリンガーは芸術の歴史をギリシャ、ローマからルネサンスへと進む西欧の伝統、外界の科学的な観察によって統合される芸術的技能の歴史としてではなく、美的享受を客観化された自己享受であるとする、アロイス・リーグル(Alois Riegl、1858 - 1905)が指摘した芸術意欲の歴史としてとらえ直そうと試みた。これまで未開のものとして退けられてきたアフリカやアジアからの作品が多大な影響を及ぼすようになったその時代において、感情移入(Empathy)と言う主観的方法だけではもはや芸術を説明しきれないのは当然である。20世紀初頭のヨーロッパは不安と不確実性が支配する時代だったが、そうした環境にも影響されながら、当時の芸術家は人間の予期不能な状態から抽象的な対象を探求し、それを絶対的な超越した形態へと変化させるという試みを重ねていた。フランスではフォーヴィスムが、ドイツではブリュッケが生まれ、ヨーロッパの芸術はその拠り所をより野性的で抽象的な未開の芸術に求めるようになるが、ヴォリンガーはこのような同時代の芸術を読み取る契機として、各時代における形態への意欲が、不安や恐怖をかきたてる人間を取り巻く世界にどのように反映するのかを、リーグルの芸術意欲と共に基礎的な心理学にも頼りながら考察した。結果的にヴォリンガーは、芸術を絶えざる不安を克服するための方法であると規定しつつ、恒久的な美学的形態を創造し、矯正することで達成される衝動を、抽象衝動として描き出すことに成功した。そこでヴォリンガーは、感情移入の要求が常に有機的なものへと向かうのとは逆に、芸術は自然からは独立したものであり、それゆえ抽象衝動では無機的な形態へと向かうのだと定義する。

このような抽象衝動を起こさせる心理的な前提は、諸民族が有する世界感情の内部にあり、それは彼らの宇宙に対する心理的な態度によく反映されている。こうした諸民族とは原始民族に始まり、それから多少の進化を遂げた東方民族のことであり、文化的段階にあるとされる民族、つまりギリシャに始まる西洋民族においてはすでに抽象的衝動は克服され、感情移入衝動によって支配されている。感情移入衝動で説明される高次の文化的段階における人間とは、外界の現象と親和関係にあり、汎神論的で親和的な宗教観を持つ状態にある人々だ。一方、抽象衝動で説明される原初的な文化的段階では、人間は未だに外界の現象に脅かされており、それがもとで内的不安が惹起されているような状況にあり、宗教的には超越的な強い観念に支配されている。

抽象衝動が起きるような状態とは、ある種異常な精神的な空間的恐怖にさいなまれた状態なのだが、そこで生まれる不安の感情がその芸術的創造の源泉となる。人間は外界の現象相互間の関係を見つめるとき、そこにある不明瞭性や恣意性、あるいは現象の変化極まりない状態だけを感知する。そして、そのような不明瞭で理解不能なものを取り除き、そこに必然性と合法則性の価値を見つけ出そうとするのだが、それは自然のうちにそのような価値を求めようとする心理が働くからではなく、むしろそれとは反対に、外界の只中に放逐されることで途方に暮れ、精神的な無力に陥るからである。自己の精神的な認識力によって外界の現象と親しくなり、それと親和関係を結ぶような機会が少なければ少ないほど、最高の抽象美を求めようとする力は一層強くなる。

原始的な思考との因果関係によって引き起こされる抽象衝動が生み出す芸術を、最も純粋で合法則的な芸術だとヴォリンガーは規定するが、それは無機的な芸術となる。感情移入の要求は常に有機的な形態へと向かうが、反対に抽象衝動によるそれは無機的な形態へと進行する。純粋な抽象は自然の原型には依存しない。自然を原型とする芸術的再現を強要するのは、模倣への願望である。抽象衝動とは古代の文化民族の芸術意欲の基礎であり、そこでは外界に存在する個々の表象を他の様々な物との結合関係や依存関係から解き放ち、生成の過程から離脱させてそれを絶対化しようとする努力に他ならない。

これら二つの衝動は、享受や自我と言う観点から見ても互いに相反するものである。感情移入衝動を基礎とする美的経験、美的享受とは客観化された自己享受である。感情移入衝動を美的経験の出発点とすると、そこでは自己破棄の衝動が示されることになるので、自我はその美点や芸術作品が放つ幸福感を減殺するものとして、否定的にとらえられる。一方、抽象衝動を基礎とする美的経験においても自己の放棄が求められるが、それは個人的存在を否定するためにではなく、衝動にとっての必然性を満たすために放棄される。その理由は、抽象衝動では対象が確固とした不動なモノになるので、人間存在一般における偶然的なもの、なかでも有機的存在一般に現れる恣意を放棄しようという衝動が強く働くからであり、したがって生命そのものが美的享受の障害であるとする思考が働くからである。ただし、そこでは芸術作品は自己の生命を自我のみから得ることになるので、自我との緊密な結合が図られる。
http://kenichinakatsu.blog.fc2.com/blog-entry-148.html







「象徴は蟻酸」「意味はにおい」|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/ne395200a2441


意味がにおいであるとすれば美とは「おいしい」であるから食べた瞬間、味わった瞬間に生じるものでそれは個々人によって異なる。



シンボルとアレゴリーの問題は「シンボルはアレゴリーに先立つ」という価値の前提に対するカウンター的な探求だったようで、だとするとそれはアリストテレス以来の本質論-唯名論的なそれにとどまるのだろう。ヴォリンゲルの感情移入に対する抽象の考察も同様の文脈に属する。

波とアフォリズムとの関係と同じようなもので、千変万化する波の形がアレゴリーに当たって、それはたぶん動態であり生命ということなのだろう。混沌 → 生命 → プラスの方法 / 秩序 → 無機物 → マイナスの方法。

シンボルはそれを抽象化してデフォルメし静態化することで別次元につれていくことで別の生命を宿していくけれど、それは元の動態のそれとは異なる。

形式-演出はアレゴリーであり動態(動物)、内容はシンボルであり静態(植物あるいは鉱物のような生命)。

形相と質料、イデアがどうとかいう話、そこに連なるエロースな話もこの辺だろうけど。あまり言葉で詰めても一般化に向かって却ってズレるようなことだろうから、感覚的に「この辺かな?」としといて言葉に頼らず自分の中の感覚としててけとーしとくのが無難なのかもしれない。

あるいはそのマップとしてはゲーテやシュタイナーなどが参考になるのかもしれない。


















自分にとって世間一般に「ただしいもの」として語られる愛が、あるいは、「愛こそすべて」の消費音楽と恋愛事情のソレが薄っぺらく偽善的なものに感じられるのに対して、最近またぢんわりと変わりだしたこの辺りの感覚、うつくしい - 愛おしいという感覚が滋味と真実に満ちているのは、愛を司る感性が味覚のそれと似たようなものだからなのだろう。あるいは味覚もそういったものの一つといったほうが正しいのだろうけど。


「弱者を保護すべき」というのはたぶんそれぞれの人がバラバラに思っていて、それがたまたま共通した時に奇跡的にうれしいものであって、大上段にそれを「ただしい」「スべキ」とすべきものではない。

「なぜ人を殺してはいけないの?」「人を殺すべきではないの?」も同様でそこに明確で合理的な理由はない。

むしろ、合理的に考えるほどそこに理由はなくなり「社会的にそうだから」としか言えなくなる。


でも、


「弱者を見捨てる」「人を殺す」よりもその逆のほうがおそらく豊かだし、そこから意味が広がっていくから。少なくとも自分はそうなのでそうしているというだけになる。


ちょうど竹林に降る雪を見てうつくしく感じられなくなった / 再び感じられることをうれしく思えた、と同じように。

あるいは、それまで食べたことのないもの、苦手だと思っていたものを食べておいしく思えるようになったときの喜びのように。


たんじゅんにそういう広がりがあるからコロサナイほうがいいし、ミステナイほうがいい。逆にいうとそういう感覚を知らない人たちは味覚音痴とかセンスが鈍感とかその程度なことで貧しい人生というだけなのだろう。そこで味覚に対するソレ、音感に対するそれと同様できない人たちを笑うべきではない。(タダシイを気取ってジャクシャホゴハタダシイ / アパルトヘイトゼッタイハンタイタダシイとかするひとたちはグルメ批評の文言を連呼するグルメマニア気取りと似たような扱いで良いと思う)



そして、そういった機微を感じられることがおそらく愛とエロース(生きる悦び)の徴なのだろう。




それが感情移入的な機構だとすればそれとは別に人はシンボル - 抽象を操り、そこにも美が宿っていく。あるいは美以外のナニかが。


そのことについてはとりあえず保留。また考えていこう。



タグ:美学
posted by m_um_u at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
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