2007年05月07日

(いまさらながら)OhmyNewsの「あるある」問題検証記事を見たよ

 ハコフグマンさんところ経由でみたOhmyNewsの記事が読み応えあったのでなんか言及しとこう(いまさらながら)


ハコフグマン: テレビのどこが問題か



テレビのどこが問題か──「あるある」外部調査委員に聞いた(上) - OhmyNews:オーマイニュース “市民みんなが記者だ”



テレビのどこが問題か──「あるある」外部調査委員に聞いた(下) - OhmyNews:オーマイニュース “市民みんなが記者だ”


 まずはおーまい記事の(上)のほうから。


 一番ポイントだなぁと思ったのは、「ワイドショーも情報番組も政策局が作るので報道局ほど責任意識がない」、って言及されていたとこ。


 報道の人たちは、時には名誉毀損で訴えられたりするので、事実性に対してものすごく執着する。ところが、「生活情報バラエティー」は制作局が作る番組です

 制作局というのは、バラエティーやドラマを作るところで、どうしても事実を軽く扱う。いまはほとんどそうです。それが、いまの日本のテレビの作り方です。ワイドショーも制作局が作る。報道局は作りません。報道局は小さくて、制作局は巨大です。ドラマ、バラエティー、ワイドショー、クイズ番組と全部ありますから。



 まぁ「いまさらながら」って感じではあるんだけど、こういう責任意識なので、「外注 ⇒ あとはなにも知りません」、構造ができあがっている、と。なので「あるある」問題もTBS問題(みの不二家舌禍事件+SASUKEなどバラエティでの自己隠匿)も構造としては同じだ。

 そんな感じでTBSも外注した後は丸投げなので責任感じてるはずがない(社長の会見のアレぶりはそういう意識)。「あの部門に関してはウチの責任じゃないですから(が業界の慣例ですから)」、なのだろう。

(っつっても、元受けで甘い汁すってる放送局が責任取らなきゃ誰がどるんだ、って話だが)


 あとは「学者がいいなり」「リサーチャーがいない」などの問題。

 別の問題、アカデミズムの問題もあります。これがまたひどい。取材テープを見ればわかりますが。ディレクターが用意した紙を読むだけの学者がいる。

 産学協働路線のなかで、学者は自分の研究を事業化させないといけない。テレビに出て人気教授になれば、メーカーと組んで、自分の研究を何らかの新製品として発売して、実績にできる――。そういう思惑がテレビの場合、より強く働く。そういう下心が見え見えの学者が存在して、生活情報バラエティー番組にしばしば登場する。





──リサーチャーを外注していると。

 外注して、しかもアジトにいるのは1人か、2人です。1番肝心なところのリサーチが薄いわけです。普通はあり得ないですよ、我々が何か調べるときに。リサーチによる事実発掘こそが1番のキモであって、それを土台に、どうやって展開していくかを考える。そこが確実になった段階で初めて、インタビューに行くかどうかだとか、テーマをどう設定するだとかが成立する。

 なのに、その部分はほとんど紙ペラ1枚ぐらいしかない。それで1時間番組のテーマをつくってしまうわけですから、これはもう真面目にやっているとは思えない。



 これらも「責任感がない」につながる。要するにプロ意識が希薄なのだろう。(あるいは「プロ=お金儲けができる人」という認識かw。それだとさんざん非難してたライブドアと何が違うんだって思うけど)


 前者の「学者の責任感」問題については5号館(stochinai)さんが以前エントられてた。


5号館のつぶやき : 平成の納豆あるある大事件と科学者の責任


 今回のような事件に対する科学者の責任について。たとえ影響力がなくても声を上げ続けていく必要性、を訴えておられる。付け加えるならば、その声がきちんと世間に届くような場が構築されるべきだと思うけど・・・難しいっすね。

(世間は「簡単」「便利」なものを求めるから)



 次に、「リサーチャー不足」問題についてはインタビューレポートの(下)にも続いていた。


── テーマ決定から、アジトへの伝達に1カ月。遅かったですね。

 だから、そのぶん調査に時間をかけられなかった。それで、アジトのディレクターがリサーチャーに電話して、リサーチャーが納豆を調べたところ、ある成分(βコングリシニン)があって、それがやせる効果を持つとの研究が存在することがわかった。企画会議でその報告があって、「よし、それでいこう」ということになった。

 ところが、それが急にダメになってしまうわけです。それでだんだんスケジュールが変わっていく。ところが番組収録日というのは1年前に決定していて動かせない。スタジオをその日に押さえていて、2回分撮らないといけない。それに合わせてビデオを作らなければならないし、実験もしなければならない。2週間の実験をするということになっていると、実験をする人を探して、決めることもリサーチャーがやるわけですし、実験に入る前の状態、血液などもいろいろ調べなければならない。そして、実験の結果どうなったのか。「納豆」の場合は、そうしたことを、やっていなかったというのがわかるわけですが……。

 ですから、「情報番組」と言われている番組で、金、時間、ヒトを最も投下すべきリサーチとテーマ設定を、「あるある」は2人が決めて、リサーチは1人の体制だった。

 ちなみに、「ふしぎ発見」では15人ぐらい常駐し、それプラス、海外の各地に合計で10人以上いますから、少なくとも30人規模のリサーチャーが常時動いて、「これならどうだ」といろいろ調べている。そして「これが面白そうだ」というものが出れば、ディレクターが現地に行って調べて、やっと企画として会議に出す。それでもボツになるものがたくさんあるわけです。それぐらい、ここが番組の核ですから、普通は手間ヒマをかけているわけです。




 締めのところでテレビマンユニオンの看板「世界不思議発見」が優等生としてあげられてて、そのあともユニオンべた褒めなところがちょっとびみょーだけどこの辺は置こう(あとで)。



 あと、「検証する側の新聞も同じように"結論ありき”な取材姿勢をとっていた」、みたいな話が気になった。


「あるある」に関しては、9社(2次制作会社)のうち、2社はちゃんと保管していました。ですから、2社で作ったものは、新聞で叩かれたりしていますが、そのうち1社はしっかりしていました。翻訳台本はきちんとある。意訳も許せる範囲内。デタラメなことはやっていない。専門の科学者に意見を聞いた証拠も残っています。それを、ある新聞が「捏造だ」とデタラメを書き、そこのプロダクションは仕事が止まってしまった。

── ほう。そのプロダクションはほかの数社と比べて、質がいい方なんですね。

 そうです。驚くべきことは、それを「捏造だ」と報道した東京新聞が、そのプロダクションを取材していないことです。だから私は「なんだ、おまえのところは」と東京新聞に言ってやりました。プロダクションが損害賠償で訴えたら、たぶん東京新聞は負けると思います。証拠がないので。



 つまり、「結論ありき」的作りをしていた関西テレビ(アジト)の姿勢を検証する側の新聞社も同じように「結論ありき」の取材をしていた、と。



 まぁ、毎度のことと言えば毎度のことなんだけど・・なんとかならんのかなぁ・・。


(そういやハコブグマンさんとこにもそんなエントリあったのでついでに貼っとこう)


ハコフグマン: 結論ありきの強引取材




 あと、その他気になった点を細々と


 「ちゃんと」という意味は、オンエアテープを見て、取材テープを提出してもらって見て、台本などの資料を出してもらって……という作業をした、という意味です。取材テープは放送1回分につき、少ないものでも10本、多いものは70本ぐらいありました。



 「オレたちはちゃんと検証したぞ」、と(お疲れ様です)



 その過程で印象的だったのは、全体的に、聞いた人に当事者意識がないということです。つまり、みんな被害者のように語る。



 責任意識ないから。ジャーナリズムとかじゃないし。(だって実際忙しいんだもん。お金もそんなにもらえないし)




番組の作り方の何が問題だったか。大きく言えば3つあります。1つは、情報に対する接し方、科学情報に接するときの姿勢です。最初の「あるある」では難し過ぎるぐらい説明がいろいろありましたが、「あるあるII」になったとき、大きくコンセプトが変わっています。科学的な説明の多さが視聴率の上がらない原因ではないか、もっとわかりやすく、面白くしなければダメだ、というのが大きな軸としてあり、要するにバラエティーの作り方に近づけたわけです。レギュラーで志村けんが入ったのはIIになってからです。



 だって簡単にしないと視聴率あがらないんだもん・・。



 インターネット言論の信ぴょう性という問題はあるにせよ、少なくとも1年ぐらい前から、「あるある」は捏造の疑いが濃い、とネット上では言われていた。そこから本もまとめられていた。

 そういうことに対して、誰かが「おまえ、大丈夫か。随分書かれているぞ」と言う人が1人もいなかったというのが、やはり不思議です。

 ところが、これに対してプロデューサーは「立場が違うよね、という話をした」と語っています。私はこれをプロデューサーから直接聞いて、非常に印象的でした。つまり、「批判する人と、実際に番組を作る人とでは立場が違うよね」と思っていた。要するに、一種の有名税だと思っていたわけです。番組が好調でうまくいっているから、やっかみも出るだろう、ある程度は悪口を言われてもしようがない、そう思っていたというわけです。


(※黒字強調しました)

 お前ら「消費者」とオレたち「くりえいたー」では立場が違うんだもん(そういや元ディレクターが「これからの食文化はオレたちが作る」みたいなこと言ってたなぁ)




 んで、結論として


 今回の日本テレワークの最大の問題点は、放送局と自分たち(=テレワーク)との間にある問題点を、自分たちより力の弱い小さなプロダクションに、そのまま転嫁してしまった点です。テレビ局から受注する自分たちが、今度は発注主になって命令する立場に立ってしまった。この部分は、日本テレワークという会社の経営哲学の問題になるわけです。どういう考え方で制作会社の経営をやっているか。それがテレワークとテレビマンユニオンの大きな違い、裏表ぐらいある違いだと思います。



 そういや、ほかにもユニオン褒めてたな


 例えば、別番組ですが、テレビマンユニオンの手がける「ふしぎ発見」は歴史がテーマで、制作費は「あるある」より安い。けれども調査にかける時間も、金も、人手も、比較にならないぐらい多い。100倍はかけていると思います。なぜなら、それが番組の核だからです。




 まぁ、たしかにテレビマンユニオンは力入れて作ってると思うよ。コンテンツ自体は問題ないと思う。でも、こんな問題も指摘されてたり・・


「全社員経営」 テレビマンユニオンの憂鬱



 「自立した制作者によるユニオン」という理念は立派だけど、そのためのメンバーシップ制度が負担になっている、と。

 んでも是枝監督を生み出した実績は立派だと思うけど(伊丹監督も関わってる)




 だいたいそんな感じだろうか。





 個人的な印象としては、構造的改革の必要性もそうなんだけど、個人個人の責任意識が希薄化してるんだろうなぁ、ってのがある。

 この辺は現行の体制でも是正可能なのではないか?


 っつーか、毎度毎度の「メディア倫理教育」ってやつで右から左に抜けてくのかもしれないけど・・。(なにせ彼らはそんな「タテマエ」聞いてるほど暇じゃないので)


 んじゃ、やっぱ構造改革が必要か。現場に入る金増やさないとなぁ・・。(人員も機材も増やせないしね。+ 諸経費)







posted by m_um_u at 21:40 | Comment(2) | TrackBack(0) | メディアこのエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
 TBありがとうございました。「いまさらながら」とおっしゃいますが、あっというまに冷めてしまうマスコミと違って、それがブログの力になっているのだと思います。
 ロングテールで、思い出したかのようにあちこちでエントリーが続いていることが、我々全体の「記憶装置」として働いてくれそうな気がします。
 これからも、よろしくお願いします。
Posted by 5号館のつぶやき at 2007年05月08日 21:06
 はじめまして。いつも拝見してます。

 ところで「いまさらながら」の部分ですが、これはハコフグマンのエントリ時期に対してかけたつもりでした。(blogのエントリへの反応としては遅いかなぁ、と)
 それとは別に重要な議題に関する継続的な報道の必要性についてはstochinaiさんと同意見です。

 こちらこそ、これからもよろしくお願いします。
Posted by m_um_u at 2007年05月09日 06:53
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