2014年11月10日

そして、むきだしの羊は閑かに暮らす夢を見る




私は水底の石に吸盤でぴたりと吸い付いて、尻尾を上にして、ゆらゆらと水に揺れている。まわりの水草と同じように。

あたりは本当に静かで、物音は何ひとつ聞こえない。


それとも
私には耳がついていないのかもしれない。

晴れた日には水面から光が、矢のようにまっすぐ差し込んでくる。

その光はときどきプリズムのようにキラキラと割れる。


色んな色や形の魚たちが頭上をゆっくりと通り過ぎいく。




そして

私は何も考えていない。



というか、やつめうなぎ的な考えしか持っていない。


その考えは曇ってはいるけれど、それでいてとても清潔なの。


透明ではないけれど、それでいて不純なものはひとつも混じっていない。


私は私でありながら、私ではない。




そして

そういう気持ちの中にいるのは、

何かしらとても

素晴らしいことなの。













少し前に「愛のむきだし」を見て


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続けて「冷たい熱帯魚」を見た。


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園子温という監督は世間的には「冷たい熱帯魚」、あるいはそれ以前の「愛のむきだし」で注目され、猟奇的・アレゲな場面を描く監督として受容されていったところがあるように印象していて、「( ^ω^)・・・だったらいまの自分には必要ないな」って感じだったんだけど「ヒミズ」の映画化が思ったよりも良かったという感想を見てなんとなく気になって保留していたので。


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あとは少し前にお話しててやっぱ見たほうがいいなあ、とか、TLで薦める人がチラホラだったので。


ストーリーラインとしてはこのへんで

映画『愛のむきだし』(満島ひかり主演)を町山智浩さん、宇多丸さんがゲキ推ししてたので書き起こしてみた - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2137663971349317601


以下から実話をベースにしつつどの部分を監督が演出、付け加えていったかがわかる。

盗撮物AV関係の男性が新興宗教にハマった妹さんを助けだした部分だけが実話で、2人が同居してるだけの血のつながらない兄妹で2人が愛しあってたり新興宗教団体を潰したあたりはフィクションです 妹さんがハマった新興宗教は明らかにされてませんが、ゼロ教会については複数のカルト団体を基に創作したと監督がインタビューで答えています DVD特典でユウのモデルになった男性がインタビューで答えていますが2人で断食して医者からドクターストップがかかっても止めず、自分の思いをちゃんと伝えて洗脳を溶いたらしいです 本当に宗教は恐ろしいです

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1149002836




最初の印象としては「タランティーノ的な輻輳だなあ」ということ。様々な登場人物たちが各々の目的を混ぜて一点で混沌→スパークする(その間の時系列は同時/それを印象づけるために劇中で何度か時系列を各人の視点から遡る)ってあれはタランティーノを思わせた。最近けっこうこのへんの新しい作風だとふつーにつかわれてる手法のようにおもふ(cf.「鍵泥棒のメソッド」「アフタースクール」)。

主要テーマは「人の生きる目的は?」で、「生≠愛」?、「愛≠生とはナニカ?」、「生≠性」と展開していく。

前半はセックスとそれへの禁忌を中心に。宗教、あるいは社会における禁忌と抑圧は再帰的にその規律をエスタブッシュ、当然化し、それを「当然」として従うものにねじれた快をもたらす。すなわち抑圧に依るストレス、痛みでさえも「アッテハナラナイモノ」とし、痛みの段階がすぎればそれさえも愉悦になるような。

後半は<「生≠愛」?>に立ち戻る。

愛に立ち戻った理由としてはそのほうが物語としてドライブしやすかったからというのもあっただろうけど、「勃起しない/できない主人公がほんとに刺激を感じたのは『真実の』愛だった」というのは「愛」というのが純粋きれいなものでもなく、宗教的情操(@宮沢賢治)と同じぐらいのテンション/強度を持ちつつもアレゲなところがある、人間という動物に残されたヘンタイなところだからだろう。

人のホンネ、たましいの声、激情がむきだしで激突する場面でコリント書を引きつつ「生≠信(仰)」が「生≠愛」にオルタナされる。






 たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、私は騒がしいどら、 やかましいシンバル。

たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。

全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。

 愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。
 
 愛は決して滅びない。預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。
 
 完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた。わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、鏡と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。
 
 それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。
 
 
 その中で最も大いなるものは
 
 
 愛である。


コリントの信徒への手紙一 13章











ここでは愛が宗教的情操に昇華された、と狂信的な人が思っていることから、その一歩前の段階、信仰も愛と同じカテゴリに入るものなのだなということが気付かされる。すなわち理屈うんぬんではなく信じる対象。

そして、理屈云々ではないということが「幻想」ということなのだろう。

人の生は信仰や愛といった幻想によって保たれている。




オウム真理教を想わせる狂信的な信仰をモティーフにそこで展開される混沌と魂の叫び模様が描かれていく。このへんはベースとなった実話に脚色を加えたものだろうけど、山本直樹的世界(ex.「ありがとう」)を想わせる。

「生≠性≠おめこや」「おめこむきだしや」(観音様(T人T) ナムナム)」で展開される人の性のぬくもりと惨めさというのはちょこちょこ言われて来たことで、たとえば宮本輝なんかでも富豪きわめたおっさんがみじめに死ぬ直前に自慰したりする場面を描いていた。そこにドラッグのような信仰的トリップ、そして「そういったもののほうがセックスより上じゃん」ということも絡ませると戸田誠二さんにわかりやすい作品あったな(「LOVE2000」)。




園子温という監督の一連の作品はだいたいのひとにとってはアレゲ混沌エログロ暴力エンタメ@タランティーノて理解で終わるのだろう。でも、自分的には「限界状況で見える人の真実」について少し想わせた。園監督は暫定でその行き着く先を「愛」としてるのだろう。



「冷たい熱帯魚」も「愛のむきだし」と似たような情況、密室的環境における洗脳をモティーフにモラハラ攻勢によってペルソナを剥ぎ取られた主人公がむき出しの生にジャンプする。

そこまでの1時間半ほどはむしろ冗長で、繊細な主人公が熱をかけられすぎてコワレタように暴走するところからがカタルシスにように思えた。それ以前の場面、DQNが独自の理論とモラハラ手法でアレゲ空間を作り出していく、あるいは、そこで生きている人たちの独自な思考や指向、志向で楽しいってのはあるかなとかはこのへんにもぞもぞ書いといた。


プラスの方法と超越系|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/nd77a52755006



こういうのはもっと一般的で軽いものだとメンヘラ的な異性との共依存的な付き合いにも当たるのだろう(「ノルウェイの森」とか)。


トラン・アン・ユン、2010、「ノルウェイの森」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/404218098.html




そういう意味ではやはり恋愛というのは病であり幻想なのだろう。







「社会常識的なペルソナに甘んじてる人たちが限界でそれを破面し、自らの生に目覚める」「限界情況で剥ける」ということの是非みたいなのを考えたりする。


以前の自分だったら超越系志向ということでどんどん剥けていけばいいとおもっていただろうけど、いまはなんかそういうのもいいかなあとおもったりする。

ふだんの生活や人生がなんか物足りないと思ってる人で、剥けて人生たのしくなるひとは剥ければいいし、そのままコツコツと日々の生活を重ねていくことが楽しい人もいるし、そういうのも人のあり方だし。。(というか、むしろ後者の方に惹かれたりする)。



このへんの話は鬱-理性先行で垣間見える真実ってことかなと思うんだけど


今日、本当に理不尽で、無茶苦茶で、不合理で、納得いかなくて、酷い、本当に酷い出来事があって - orangestarの雑記
http://orangestar.hatenadiary.jp/entry/2014/11/08/090139


そういう意味では「ショッピングモール」ほか真鍋昌平の世界ともリアリティを同じくする。あれもそういう意味で鬱マンガなわけだし。



なので、「あまりこういうの先行させて、鬱鬱ってやってるとそれでドライブしちゃって却ってこれをもとにして鬱なひとたちがより鬱加速させるんじゃないの?」「泥沼好き、露悪好きな甘ちゃんが自分可愛いでこういう汚泥に溜まり、却って精神状態悪くしていくってこともあるんじゃないの?」「人は裸にしたら惨めなもので、惨めさをわざわざ見る必要はないのだ」て吉田爺もいってるし、てイラッときたんだけど


その後このへんで「あまりにつらくてゲロってしまった。。」「鬱でゼロ状態になってなにも感じられなくなってた」「でも、防波堤になってくれたのは嫁や、ふつーにおいしいものを『おいしい』と思える生活だった」て書いてあったのでこの辺はまあいいかなーとか思った。


とっくに死んでいた自分と、防波堤の嫁 - orangestarの雑記
http://orangestar.hatenadiary.jp/entry/2014/11/09/023918


自分が思ってる特にすげー限界の限界までいってなくて、あるいはいっていたとしてもわざわざ鬱鬱なところに依存的に貯まる人たちとは違うようだし、それを刺激しようってことでもないようだし。




けっきょくはコツコツと日々を刻む、整理整頓はきちんとする、きちんと食事・掃除をする、朝日を拝むなんかが大事なのだよなあ、、ご大層な修行とか以前に、それがミニマルな行のようなものなのだろうし、人は言葉-理性だけでできてるのではなく感性(音や温度、味)でもできてる、むしろそっちのほうが大きいのだろうから、とかなんとか。



そういうのとは別に超越系の志向をなんとなくもってるひと、持て余してる人というのは一回ゼロを経験しておくのもいいのかもなあ、ということでこの辺もうむうむしたり。


「車谷長吉の人生相談 人生の救い」車谷 長吉 著 | Kousyoublog
http://kousyou.cc/archives/4482


ゼロになったからといってすべての人が殊勝になるわけでもなく、そこから自分なりのアレゲ、好き勝手を展開していくのだろうけど。


すくなくともたかが人間、たかが社会の枠に囚われてそのルールを元に人を差別・優越したり、いぢめたりしてるよりはマシになるようにおもう。



社会のルールからすると禁止されていたことをしても案外なんとかなる-死なないものだしな。










こんなところでエントリを閉じるべきだろうけど、書いていて「けっきょくあのへんの『理性でいったら鬱になる』『どうしようもないクソみたいな日常』『なにか物足りない生活の中で跳びたくなる』『アッチに引っ張られそうになる』あたりの結論を描けるのは古谷実とかなのかなあ」とかおもったり。

「ヒミズ」は古谷実のゼロ地点だろうけど、のちの一連の作品はその不時着地点をそれなりの説得力をもって表すための試作のように思ってる。そして、未だ説得力は生まれていない。


園子温監督の「ヒミズ」にはそのへんに対する監督独自の解釈も期待している。あの作品には2011の震災後、福島以後という意味もあるだろうけど。




あのあたりは感性-「ゆるふわでおいしい生活が一番だよ♪」て結論ならけっこう描けてる人がいるように思うんだけど(ヨコハマ買い出し紀行とか)



理性でつきつめていってもその回答が得られるのか?得られるとしたらどういったものか?とかはおもったりする。




そういうのを考えるのは本来思想の役割で、先人の古典的なものを紐解いて見るのも良いかもだけど、現代っ子は現代っ子なりにこの辺を考えられるのかな(自分も含めて







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関連:
羊でも狼でもなく「ふつーに生きる」ということ (reprise): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/43805201.html



親愛なる人へ: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/142089498.html




古東哲明、2005,「現代思想としてのギリシア哲学」: muse-A-muse 2nd http://muse-a-muse.seesaa.net/article/218962376.html

posted by m_um_u at 17:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
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