2014年10月26日

クリス・パック/ジェニファー・リー、2013、「アナと雪の女王」


「石の花」を読んでいて

石の花 全5巻 完結セット(文庫版)(講談社漫画文庫) [コミックセット] -
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ついったで「石の花」紹介がてらなんとなく「石の花」の由来について調べてたら穴雪フラグが自分の中で立ったのでこの機会に見てみた。


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簡単にピコーンのきっかけになった石の花の伝承を以下



ロマン派のメルヘンのテーマとして、、

鉱物の女王という普遍のテーゼがある。


ドイツロマン派の重鎮ティークには「ルーネンベルク」

そしてドイツロマン派のカルト的な?伝道者?のホフマンの「ファルンの鉱山」

ロシアの童話作家のバジョーフの「石の花」

などすべてが「鉱物の女王」テーマのmarchenである。


まず、、ティークの「ルーネンベルク」であるが、、、

主人公の青年クリスチャンはある日、、父母を捨てて森へさまよいこんでいく。

そこでたどり着いた洞窟の割れ目から、ルーネンベルクの世界を垣間見てとりこになってしまう。

ルーネンベルクの世界とは、、金属や鉱物や石の楽園であり、まばゆい万華鏡の無機質のユートピアだ。

しかし、われに返った、クリスチャンは村へと舞い戻り、やがて、、

そこで出会った村娘のエリザベートと所帯を持って平凡に暮らす。

だが、どうしてもルーネンベルクの至高の世界が忘れられないクリスチャンは妻を捨てて再び山へと入っていってしまう。

「いいかい。山にはね。素晴らしい宝石や水晶がいっぱいあるんだ。僕はそれを取ってきて

愛の証としてエリザベートよ、、、君にあげたいんだよ」

しかし、、、

それっきり彼は何年たっても戻ってこない。

そして時は流れ誰もがクリスチャンのことを忘れ去ってしまったころ、

髪を茫々に生やした奇怪な男じつはクリスチャンが村に現れる。

そして妻のエリザベートの元へ立ち寄り、「これはすばらしい宝石だ」、といって妻に、

どう見てもただの石にしか見えない小石を渡して再び、妻を振り切って、、狂気の様で山へと去っていく。

そしてそれ以来、今度こそは、、2度とクリスチャンは村には戻ってはこなかったのだった。

「鉱物の女王」metal queen の呪縛  「ルーネンベルク」「石の花」「ファルンの鉱山」
http://ncode.syosetu.com/n9649bx/



いくつかヴァリアントはあるみたいだけどエッセンスとしては「ふつうの世界から異界を垣間見た主人公がそちらに惹かれていく」というもの。これはアンデルセン「雪の女王」の伝承にもそのまま継がれる。


ある所にカイという少年とゲルダという少女がいた。二人はとても仲良しだった。しかしある日、悪魔の作った鏡の欠片がカイの眼と心臓に刺さり、彼の性格は一変してしまう。その後のある雪の日、カイがひとりでソリ遊びをしていたところ、どこからか雪の女王が現れた。そして、魅入るようにして彼をその場から連れ去ってしまった。

春になると、カイを探しに出かけるゲルダの姿があった。太陽や花、動物の声に耳を傾け、少女は旅を続ける。途中、王子と王女の助けによって馬車を得るものの、それが元で山賊に襲われる。あわや殺されようとするところを山賊の娘に救われたゲルダは、娘が可愛がっていた鳩に、カイは北の方に行ったと教えられる。山賊の娘が用立ててくれたトナカイの背に乗って、ゲルダはとうとう雪の女王の宮殿にたどり着く。

カイを見つけたゲルダは涙を流して喜び、その涙はカイの心に突き刺さった鏡の欠片を溶かす。少年カイは元の優しさを取り戻し、二人は手を取り合って故郷に帰った。


雪の女王 - Wikipedia
http://bit.ly/1wsWLAT


雪の女王というとき、世間的にはゲルダとカイのこの物語がまずピンと来るものなようだし、おそらくディズニーもそれを踏まえて「アナと雪の女王」を作ったのだろう。

ここでも主要エッセンスとしては「雪の異界に惹かれる主人公」があるが、主人公の幼なじみがそれを引き止め抱擁していく。


「雪の女王」という物語類型で入れられてなかった仏-情けを近代的なヒューマニズムが補っていったのだろう。

もちろんアンデルセンが蒐集-編纂した時点で民俗的な「雪の女王」からは崩れた「お話」になっていた部分はあるだろうけど。




さらにこの雪の女王の物語は創作者たちによって接がれていく。


1957年にソ連のソユーズムリトフィルムによって長編アニメーション作品『Снежная королева / Snezhnaya koroleva』となった。監督はレフ・アタマーノフ。

キャラクターの動きはよく練り込まれており、ゲルダは仕草・表情が実在の生きている少女を思わせるほど精巧である。運命に流されるディズニーアニメのヒロインと異なり、積極的に行動するヒロインのゲルダ、カイや山賊の娘の性格演技、女王の造形センスなど、ディズニーとは異なる独自の流れとして世界のアニメーション史にその名を刻んでいる。

日本では、1960年1月1日にNHKで放送され、かつてはしばしば日本語吹き替え版が休日などに地上波で放送された。カイは太田淑子、ゲルダは岡本茉利が演じたバージョンが親しまれた[4]。

東映動画『太陽の王子 ホルスの大冒険』など草創期の日本アニメーション界に大きな影響を残した。とりわけ、ゲルダの少女像は東映動画労働組合主催の上映会で見た宮崎駿にショックを与えたとされる[5]。

2007年12月から三鷹の森ジブリ美術館の配給により、オリジナルのロシア語音声でリバイバル公開され、日本語字幕が改められたことから新訳版と銘打たれた[6]。

オリジナルシーンとして、ゲルダがカイの名を呼び、だんだんその声を変えていくことでゲルダと女王が同じ声優であることを演出として示すシーンがあり、吹き替え版でも踏襲している。互いに正反対の行動を見せる女王とゲルダが、実は同じ動機のもとに行動していたとする解釈である。

雪の女王 - Wikipedia
http://bit.ly/1wsWLAT

ソ連アニメ『Снежная королева / Snezhnaya koroleva』の『積極的に行動するヒロインのゲルダ、カイや山賊の娘の性格演技、女王の造形センス』は今回のディズニー・アニメ「アナと雪の女王」にもいくぶんかの影響を与えたものと思われる。たぶんトリビュートやオマージュといった形で。

また、宮ア駿的な女性キャラ(自分の身を顧みずに足蹴にされても親しい人を救うために献身していく、当時の女性像としては珍しいそれ)はここにルーツが在ったのかなと思った。


てか、この「雪の女王」も「ホルスの大冒険」も見てないんだけど(*ノω・*) 見てたらもうちょっと濃い乾燥ができたかなと思いつつ、論文とか批評とかでもないのでこのまま「感想」として続ける。




「凍てつく雪の世界で、少年は女性型の雪の魔物に出会い惹かれていく」という話の型としては日本の雪女もこの類型に入るのだろう。

ここで「世界の人々に共通する深層-集合心理」、ユングかなんかの元型とか想うけどよくわかんないから割愛。


とりあえずある一定レベルの「大衆」が構築されるとこういう話が求められていく、ぽい。



そして、そういった話で救われなかった部分、時代のコードとしてはずれた部分をその時代の大衆メディアが救っていく。



「アナと雪の女王」もそういった「救い」のために作られた作品であったように自分には感じられた。


「雪の女王」ではカイはゲルダによって救われたが雪の女王自身はどうなったの?(´・ω・`)救われないの?」


つまりディズニーが過去につくった「雪の女王」、あるいは、ソ連アニメ『Снежная королева / Snezhnaya koroleva』で回収されていなかった雪の女王自身の救いについて、雪の女王が雪の女王として心を凍らせる前のepisode oneを描いたものが「アナと雪の女王」だったように思われる。



そこにディズニーのこのチャネルの昨今のテーマ、「塔の上のラプンツェル」から引き継がれる「女性の幸福とは?」「自立とは?」「愛とは?」が継がれた。


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ラプンツェルで踏み込みが足りなかった「女性の自立」の部分を雪の女王(エルザ)部分で表していたのが本作だった。


ただ、進行上、アナの恋愛-「本当の愛とは?」の部分がイニシアティブを握って前景化していたため、エルザのテーマは後景化-踏み込みが甘かったように思えた。


エルザの話は田舎の因襲から飛び出て現代の都市社会で働く独身女性の象徴に感じられた。

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「let it go」は「どうにでもなれー」的な自暴自棄、というか、それを含んだ自由を表していたようにおもう。


アナのパートはそこまで都会-キャリアウーマンはできない田舎、あるいは、実家暮らしの昔ながらの女性。恋愛-結婚に幸福を見出す女性像だったのだろう。

現代の働く女性にとって「独立して働くことで自立する」ということと「恋愛して家庭に入る」ということはしばしば衝突する課題となってしまう。

「ラプンツェル」では「毒親の愛情の籠から出る」→「自立」から恋愛までが即つながっていたけれど、そうでもない女性もいる。特にアメリカの都市だとそういう女性も多そうだし。

そういった女性たちの軟着陸をどう描くか?

心を凍らせて魔女にならないようにするためには?自立していながらも恋愛も真の愛情も手に入れて充実した「自分」に成るためには?



「雪の女王」という舞台設定で主人公を二人に分けたのは、ゲルダからカイへと向かうだけだった愛を雪の女王にも注ぐ救いを入れるため、でもあれば、「恋愛(アナ)」パートと「自立(エルザ)」パートを分け、後者の着陸についてより説得力をもたらすためだったのではないか?





・・まあ「エルザは女性の自立の象徴」というのは自分の勝手な読みだからそれをもって今作の踏み込みが甘いとするのは勝手な思い込み-不満ともいえるだろうけど(ディズニー製作者側としては旧作で埋もれていた雪の女王の救いを掘り出そうとしただけかもしれないし)



でも、やっぱ最後の大団円へと向かう流れは予定調和的な説得力のなさは感じた。




もちろんハッピーエンドであること自体はカタルシスなんだけど(大作RPGのそれがそうであるぐらいの)。




雪ん娘つながりで「スネグラチカ」の話も思い浮かべたけど、ここからそれにつなげるのは少々飽和気味なので別エントリでするかもしれないかもしつつ本エントリはこのへんで閉じよう。



















anayuki.jpg




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関連:

魔法の髪の処女 - 『塔の上のラプンツェル』 - Ohnoblog 2
http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20110325/1301048059

『アナと雪の女王』にかかったジェンダー観の砂糖衣 - Ohnoblog 2
http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20140413/p1


finalvent 「アナと雪の女王」:むーたん
http://morutan.tumblr.com/post/100904084411/tailofcat


劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/407321777.html


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「春風のスネグラチカ」|m_um_u|note
https://note.mu/m_um_u/n/n766d1842c8b3





posted by m_um_u at 20:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク
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