2007年05月01日

intermission:これからの日本社会

 別件でぼけーっと「怠惰」について考えながら、「結局は悪意っていうよりは怠惰なんだろうなぁ」とか思った。改めて。

 陰謀論とか裏金とかそういうもの以前に「なんかめんど臭い」とか「あまり関わりたくない」とかそんな感じの日和見(事なかれ)主義がまずあって、いろんな不公正・不合理・不採算が見逃されて、それが澱のように溜まってボトルネックを構成していく。

 あるいは、そうやってできた澱の部分で「毒食らわば皿まで」的な気持ちが湧き上がって不公正な方向のワナに染まっていく。

 そんな感じなのかなぁ、って。



 単純に「悪意」ということであるならば、これはエゴを中心とした合理性なわけだから行動予測ができる。でも、「怠惰」とか「情動(ルサンチマン系)」の場合はみょーな変数になって分かりにくい。「嫉妬」とかね。


 「それが人間の性」と言えばそうかもしれないんだけど、やはりムダはムダだ。そんな諦めをもって悔しい気持ちを抱え込むぐらいなら少しでも状況を変えていくために努力したほうがいい。それがたとえ自己満足的なゴミ拾い的行動であっても、なにもしないよりはマシだ。

 ゴミ拾いは環境問題の解決とかには繋がらないかもしれないけど、派生効果みたいな感じでゴミ拾いや壁をきれいにすることによって町がきれいになって犯罪のサインがなくなり、犯罪率が減ったりもするし・・。


 こんなエントリを見た


A Tree at ease : 留学生の素朴な疑問



 留学生の素朴な疑問として、


1. どうしてみんな制限速度を守らないのか

2. 憲法9条というモデルは日本に成功をもたらしたと考えられるが、どういう必要があって変えるのか

3. どうして安倍は明らかに日本の威信を傷つけるとわかりながら、従軍慰安婦などの問題であのようなことを言うのか

4. 日本はどうして死刑を廃止しないのか

5. 何故石原を選ぶのか

6. 何故日本の選挙はここまで投票率が低いのか

7. 日本人はNHKを公正と信じているのか

8. 何故大学生は勉強しないのか



 どこの国の留学生か知らないし、この留学生自身の政治的立場も分からない。そして、エントリ主の再構成の仕方に偏向があるのかもしれない。

 でも、けっこうな留学生(ヨーロッパ系)がこんなこと思ってるんじゃないか?


 ぼくの仲良しのラクダオランダ人(※草食)は極右的なものが好きで(オランダ人の癖に)家族からプレゼントにヒトラーのポスターをもらったりするようなやつだけど、日本社会の曖昧さについては概ねこんな感想を持っていたように思う。

 
 各論の詳細はリンク先で確かめてもらうとして、「なぜ?」の理由として考えられるのは「怠慢」ということなのだろう。もうちょっと言えば「怠慢」―「人任せ」―「事なかれ」って感じ。「お上に任せとけばいいや」ってことなのだろう。


 さっきも言ったようにそれは悪意ではなく単に怠慢というだけ。人が不幸になっても社会が汚れていってもそれを無視し続けられる神経の図太さ(無神経)というだけ。本人達にしてみれば「不可抗力」ってやつだ。「悪意はない」し。

 でも、そういったマインドを元にした無神経が社会をダメにし、回りまわって自分や自分の身の回りの人々にも厄災をもたらす。


 そのときになって騒ぐけど、そんなの自分たちの選択なのに。



 こういうのはすごく不思議だ。


 「それが大衆の群像というものだよ」という意見もあるけど、それは大衆というよりお年寄りの群像(マインド)というものではないのか?
 

 たとえばこのエントリを見れば分かるように、


マツドサイエンティスト・研究日誌: 最近の若い者は・・・


 「最近の若い者はなってない」のではなく「最近の若い者は思ったよりしっかりしている」のだろう。

 ぼくらは確かに飢えたこともお金に困ったこともない。反対にバブルの享楽を味わっていないし、そういったリアリティに付随する「ほんとの豊かさ」のようなものも分かってないのかもしれない。


 でも、親の背中を通してシビアな現実を見てきたし、いまの時代もサバイバルの中にいるという実感がある。リンク先のエントリ主さんが言うように


だが、彼らは逆に、「大人」なのだ。
日本と言う国が、少なくとも経済的・物質的に一人前になってから育った彼らは、次の精神的な価値を追える「大人の国」の住人だ。
年長者の方がむしろ、「日本が子供の時代」に育った「子供の国」の住人に思えてくる。
私は、わずか一年英国に住んだ事があるだけだが、英国人の価値観は、日本の年長者よりも、むしろ最近の若者に近い。少なくとも私には、そう思える。そして、英国はアメリカよりも何処よりも大人の国なのは番人が認めるところであろう。



 ぼくらは本当の意味で理性や善的な感情というものを信じられるし、断絶のように思われていたものが実は単なるまやかしに過ぎなかったことに気づき始めている。そして、過剰性や過不足のない豊かな生活というものを地に足の着いた形で享受できる自信もある。「享受」というよりも「自らが作り上げていくもの」という責任や重圧のようなものを知りつつ、それを担っていくようなそういう態度。



 
 もう該当記事はなくなってしまったけど、前に朝日に載っていたインタビューではてなの近藤さんほか76世代の人たちに共通するマインドとして、『ナナロク世代になると、「勝者独り占め」原則が起きても、無理には争わない』、って記述があった。


asahi.com: 「76世代」の時代が来た ミクシィ東証マザーズ上場


 彼らは仲良く外部性を分け合う(相互接続)。そして、お互いに「成功しよう」ということを臆面もなく言い合う。本気でそれを信じてるのだろう。

 そこにはWin-WinとかSustainableとかいった薄っぺらな言葉ではなくもっと根本的ななにか、前の世代とは質感の違う何かがあるのではないか?



 ぼくらは前の世代の人々がムダ(lost)にしてきたものをかき集めて、繋げて、膨らませて、新しい価値を作れるのかもしれない。


 それが「ロストジェネレーション」とも呼ばれるぼくらの希望というか現実的実感としてあるように思う。

 その意味ではぼくらは彼らの椅子を奪還しようとしているのではなく、彼らがムダにしてきた時間や資源を繋げて膨らまそうとしているだけだ。



 それは青二才的な理性信奉なのかもしれないけど、失敗するまで突っ走るってのが若さってもんだし、やらないよりはやったほうがいいだろう。





 そしてぼくらはこれからの社会に期待する。ぼくらが作り上げていくこの社会に








♪ Ice / Kozmic Blue


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関連:
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muse-A-muse 2nd: 雇用流動におけるアイデンティティー不安と協調の可能性に関して

 
 
 



タグ:日本社会
posted by m_um_u at 19:23 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
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Excerpt:  先日、留学生の素朴な疑問と称して、留学生にぶつけられた質問をただ羅列するエントリーをあげた。  本当は、この中途半端なままで終わろうと思っていたのだが、華氏451度さんが答えを書いてくださったので..
Weblog: A Tree at ease
Tracked: 2007-05-01 20:35
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