2007年04月18日

ジャーナリズムとはなにか?(1):世論と世論を形成するもの

 bewaadさんのところのジャーナリズム批評が見事だったのでここをトリガーにジャーナリズムについて記しておきたくなった。当該エントリとしてはこちら


bewaad institute@kasumigaseki » 魚住昭「官僚とメディア」



 魚住さんの「官僚とメディア」について、現役官僚の視点から批評されていて非常に面白い。


官僚とメディア
官僚とメディア
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魚住 昭
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 流れとして、

 魚住さんの本の主張としては、「戦時中の軍部の意思決定というのは軍部の独力で行っていたのではなく、一部新聞社がハッパをかけていたところもあったのではないか?」、というもの。顕著なのはこの箇所(孫引き、p126)


その作戦課の元参謀たちに「勝ち目がないと分かっていながら、なぜ対米戦争を始めたのか」と聞いて回ったら、ある元参謀がこう答えた。

「あなた方は我々の戦争責任を言うけれど、新聞の責任はどうなんだ。あのとき新聞の論調は我々が弱腰になることを許さなかった。我々だって新聞にたたかれたくないから強気に出る。すると新聞はさらに強気になって戦争を煽る。その繰り返しで戦争に突き進んだんだ」



 これはこれとして、本来中立な監査機構(watch dog)として機能されることが期待されるジャーナリズム機関がほかの機関と癒着していたことを問題とするという点でジャーナリズム論(あるいはジャーナリズム史)的には意義があるもののように思う。同様の著作として「日本テレビとCIA」なんかが想起される。



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 しかし、bewaadさんはここで「ちょっと待った」をかける。「いや、そういう陰謀論的視点もアリだと思うけど、それって単純なんじゃねぇの?」、と。


結局はわかっていないんですねぇ。自らがなしたことを含め検察報道について筆者が客観的に分析可能なのも、既に筆者が検察報道に対して批判的な立場(本書に何度となく出てきます)にあるからに過ぎなかったのだとwebmasterは思わざるを得ません。軍部や検察が陰謀を企んだからといって世論を好きなように動かせるわけではないと認識しながら、ではなぜ「政府や最高裁とメディアが一体」となればそれが可能と考えるのか、単なるご都合主義を超えるものではないでしょう。

「一昔前だったら反発を受けたに違いない国策」が「すんなりと受け入れられる現象が相次いでいる」のは、そのような陰謀論の帰結ではなく、世論が変わってきているからに他なりません。



 意訳すれば、「魚住は“理想的ジャーナリズム”の視点に立って当時のジャーナリズムを批判しているけれど、その“理想”って変化するものなんじゃないの? 受け手の需要(世論)によって」、ってことだろう。


 失礼ながらこれは非常に鋭いなぁって思った。


 もっと簡単に、最近の例で言えば「あるある」を望んだのは視聴者だし、番組の供給源であるスポンサーをそのままにしているのも視聴者。供給側は需要者の望むものを与えただけなのだ。もうちょっと言うと、マスコミの情報を画一化させているのは需要者側の眼に見えない形での要求ということ。需要者は「それほど頭や時間を使わなくて良いような気休め的情報」を求めているのであってcriticalなものが欲しいわけではない。マスメディアの想像の共同体的機能を考えればそれはそれとして意義のあることでもあるのだけれど、「ジャーナリズムの理想」という面からは離れるだろうな。


 あと、「需要者が望むから」というのも少し単純かもしれない。限定された範囲での要求に応える形で広告会社やマスメディア企業は欲望を創造する。「これがあなたが潜在的に求めているものでしょう?」、と。そういった形で創造された欲望がさらなる欲望を喚起し、ほんとに必要なものという感覚が失われていく(cf.シニフィアンの戯れ)。 その辺はまた別の話、bewaadさんの話に戻ろう



 bewaadさん的報道観によると、


webmasterは、「そもそも報道とは・・・情報という商品を不特定多数の消費者に売る仕事にすぎない」との指摘こそ卓見だと思う



 とのこと。



 これ自体も一理あるし、実際、現代の(職業倫理じゃないほうの)ジャーナリズムの大半は基本的にこの型に沿って大量生産されている。

 ジャーナリズム史的に言えば、カフェの社会・文芸批評から始まったジャーナリズムというのは一部の批評能力を持った人にしかできなかった。それでしばらくの間は社会批評家的な能力を持った人の職人芸的なものがジャーナリズムとして見られていた。

 んでも、それだと大量生産して儲けられないのでそれほどの能力が高くない記者でもできるようなフォーマットを作った。これが有名な「5W1H 」(when(いつ) who(誰が) where(どこで) what(何を) how(どうした) )。

 客観報道というか、bewaadさんがイメージされているようなジャーナリズムの成果というのはこの辺なのではないかと思う。あるいは通信社的な平板な情報を期待されているのかもしれない。つまりinsightの付いてない純粋なinformation。通信社サービスの個人(もしくはblogger)へのバラ売りみたいな感じか?


 <ジャーナリズム(論評)はもともと批評的なところから生まれた>ということについてはこの2つの記述を見比べてみると分かりやすいと思う。

 Socius_リフレクション 第五章 コミュニケーション論の視圏――〈反省する社会〉の構造原理三 市民的公共圏の理念

 もともと「市民的公共圏」(die bu`rgerliche O`ffentlichkeit)という概念は、近代初期の西欧社会に成立した歴史的現象をさす歴史概念である。つまり「あるべきこと」ではなく「すでにあったこと」をさすことばである。ハバーマスによると、公共圏の考え方は古代ギリシャにあったものだが、それが初期資本主義による商品と情報の流通の発達のなかで、公権力に対抗するために、公衆として集合した民間人(市民)によって形成された社会的空間である。▼17 具体的には一七世紀後半から一八世紀にかけてサロン・コーヒーハウス・会食会などに集った市民たちの議論がそれである。そこには共通の基準があった。第一に「そもそも社会的地位を度外視するような社交様式」「対等性の作法」。第二に「それまで問題なく通用していた領域を問題化すること」。教会や国家による上からの解釈から自由に討論する。第三に「万人がその討論に参加しうること」つまり原理的な公開性。▼18 これらの基準に則って文芸・演劇・音楽作品が自由に批評され(文芸的公共圏)、その焦点はやがて政治的問題に移っていった(政治的公共圏)。新聞などのジャーナリズム活動はこの市民的公共圏から派生したものである。政治的公共圏はやがて国家機関として制度化される。公共圏が国家機関の手続き上の組織原理になったのである。しかし一九世紀になると、市民的公共圏が前提していた私的領域と公権力領域の分離の構図がくずれて、近代の基本原理だった市民的公共圏は操作的公共圏へ構造転換することになる。「批判的公開性は操作的公開性によって駆逐される。」▼19今日わたしたちが経験するのは市民的公共圏の変質したものである。



おまえにハートブレイク☆オーバードライブ:ウェブ2.0的集合知(愚)が“批評の死”をヴァージョン・アップする

『批評の機能』でイーグルトンは、18世紀にイギリスのコーヒーハウスで誕生した近代批評が、資本主義、大衆社会の成立により機能不全に陥り社会性を失い、大学(アカデミズム)に自閉していった様を論じている。コーヒーハウスに集う人々が交わす文化談義から批評は生まれたのだが、そこで要請されたのは、階級という現実社会における差別を棚に上げて、いかなる人の言説も平等であるとする仮構だった(イーグルトンはこれを「ブルジョア公共圏」と呼ぶ)。公共圏の教養を前提とする代弁者として職能分化したのが批評家の元祖だ。批評能力はあらゆる人に備わっているとするこの仮構はしかし、誰もが文字を読む大衆社会の到来により破綻を来し、公共圏および批評家はイニシアチブを市場に譲り渡す。以後の批評の歴史は、大衆との葛藤の歴史であり、批評は一度としてこの闘争に勝つことなく、大学という同じ言語を話す仲間だけの共同体に自閉していくのである


 イーグルトンの論旨は、「知が道具化され、商品化されて一部の機構に囲い込まれたことによって本来の力を失った(因果)」(あるいは「大衆化によって知がコモデティティ化した時期と同じくして大衆産業が発展した(相関)」)ということであって、その場合出版も大量生産によって生み出されたものであったはずなので、後者リンク先におけるその後の論旨の展開は少しびみょーだが、話が逸れるので置く。


 関連で、メディアリテラシーというのも元々はジャーナリズムという創作活動に対する批評活動であって、きちんとしたメディアリテラシーの場合は文学理論的な批評の視点が必要になる。

muse-A-muse 2nd: 「<批評>そのものへ」?




 少し話が逸れたが、bewaadさんの話に戻すと。

 んで、それとは別に以上の話についてジャーナリズム論的には2つのポイントがあるように思う。


 一つは「世論とはなにか?」ということ。もう一つは「世論はどのように形成されるか?」ということ。


 一つ目は世論形成に関する古典「世論」(W.リップマン)を基軸にして考えられるように思う。


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 これはいまでは有名な「ステレオタイプ」という概念を提唱した著作で、野村センセのところの解説に詳しい(のでちょっと拝借)

Socius_社会学感覚20スティグマ論


従来「紋切り型」と訳されたり「ステロタイプ」と表記されてきたが、現在はもっぱら「ステレオタイプ」(stereotype)と表記される。すなわち、特定の集団や社会の構成員のあいだで広く受け入れられている固定的・画一的な観念やイメージのこと。これは、固定観念と訳してもいいような、要するに型にはまったとらえ方のことである。偏見と概念的に重なるが、ステレオタイプの方がより広い現象をさしていると思ってほしい。この概念を最初に提唱したのはウォルター・リップマンである。かれは一九二二年の『世論』において、ステレオタイプの機能について考察した



 んで、なぜ人々がステレオタイプ(紋切り型)イメージにはまってしまうかというと、


それでは、なぜステレオタイプが生まれるのか? リップマンはふたつの理由をあげている。第一点は労力の節約すなわち経済性である。「あらゆる物事を類型や一般性としてでなく、新鮮な目で細部まで見ようとすればひじょうに骨が折れる。まして諸事に忙殺されていれば実際問題として論外である▼11。」つまり、ステレオタイプによって人びとは思考を節約するのだ。そのつど一から考えなくてすむというわけである▼12。

 第二の理由は、ステレオタイプがわたしたちの社会的な防御手段となっているからである。ステレオタイプは、ちょうど履き慣れた靴のように、一度そのなかにしっかりとはまってしまえば、秩序正しい矛盾なき世界像として機能する。だから、ステレオタイプにちょっとでも混乱が生じると、わたしたちは過剰に防御反応してしまう。


 
 つまり「リソースの節約のため」ということ。新しい情報が入ってきていろいろ混乱するのめんどくさいからステレオタイプの壁を作っておいて、入ってくる情報を限定させる。personalized serviceの脳みそ版みたいなものだ。


 で、bewaadさんの話と接続させると、『一昔前だったら反発を受けたに違いない国策」が「すんなりと受け入れられる」のも世論が変わってきているから』、ということでステレオタイプというか情報受容の型の部分が変化してきているのだろう。

 それは「欲望の操作」という観点から見れば自由度が増した観があってよい印象を受ける(某毎○新聞勢力あたりからは「ネットウヨ?」とか見られそうだけど)。というか、世論とマスメディアが提示する<世論(言論?)>とのズレが顕在化してきているのだろう。

 端的に言えばこの辺

finalventの日記 - 都知事選傍観者がなんとなく思うのだが


極東ブログ: 2007年都知事選雑感




 もう一つは欲望との関連で、ブーアスティンの「幻影の時代」とか、あるいはもうちょっと引っ張って利用と満足研究あたりが思い浮かぶ。


 
幻影の時代―マスコミが製造する事実
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 読んじゃいねぇが(笑)


 ブーアスティンがイメージしていたドイツのプロパガンダを情報操作の力で、そこから派生して、「平和な時代になっても「幻影」の創造によってぢみーに世論操作がすすんでるのかもよー」ってイメージだったのだろう。そういう意味では当時の課題がまだ解消されてないわけだ。


 っていうか、本来ならこういった「欲望(需要)の変化を受けた世論(需要と供給)の変化」という課題はジャーナリズムとカルスタの応用領域として考えられるべきで、現代の日本のジャーナリズムが機能不全をおこしていることの間接的説明ともなるような重要な部分だと思う。

 「ジャーナリズム」を説く人はジャーナリズムそのものの価値にとらわれすぎて他の文化領域との関係については意識できていないし、カルスタに夢中な若者はポピュラー文化を自分色でカルスタることだけに終始する。(だったらマスコミ学会でやる必要ねぇじゃん、って感じか)

 こういう人たちはジャーナリズムと現代消費文化の関係(シンボルの相関性)については全然意識できてないんだろう。(シンボルの闘争という次元の話を)




 関連で、先日見たNスペ「中国激動の時代2」で描かれていた中国のジャーナリズムの現状が頭に浮かんだ。


梶ピエールの備忘録。:この間のNスペより



 梶ピエールさんが指摘されていたように、報道というものはその時代の「機関からの圧力」と「報道者の伝えたいもの」の緊張関係の中から生まれるものなのだろう。

 その視点から見ると、現代日本というのは一見「自由な報道体制」が整っているように見えるが、実は報道従事者自身が自らの可能性を規定し、狭めているということに気づいていない(cf.記者クラブ、規定された「型」でしか報道ができない)。



 そのことに対して、彼らはおそろしく鈍感だ

(そのまんま東さんが指摘されるように意味のない定例会見による時間つぶし(仕事した感)とかね)




 では、「理想とされるジャーナリズムとはなにか?」ということになるが・・・ここがけっこうムズイんだよなぁ



 いままでの文脈からすると「伝えたいもの」ということなんだけど。くさい言葉で言うと「魂」と言ってもいい。

 「生活者にとって本当に必要なもの」、「生活者が感じている声にならない声」あるいは「生活者の中にある想像性や創造性の萌芽(cf.ブリコラージュ)」・・そういったものをいかにくみ上げて機関、あるいは「政」や「財」といった「界」にも共有されるプロトコルとするか。そういったインターフェースのハブ(翻訳機関)的な役割がジャーナリズム機関には期待される。



 「魂」と「<魂>の座」に関するこの辺りのギロンは文学や言語学におけるそれにも通じるな


muse-A-muse 2nd: ジョナサン・カラー (著), 荒木 映子 (翻訳), 富山 太佳夫 (翻訳) 、2003、「文学理論」  (前編)




 あるいは「シニフィエ / シニフィアン」、「欲望」を越えた言葉以前のもの(cf.保坂和志)





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関連:
muse-A-muse 2nd: 新聞業界来し方行く末


muse-A-muse 2nd: NHK問題(もしくは公共放送論)





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別記:
日本のマスコミがアレげな理由について。lifeのこの回に詳しい


「ラジオ」 - 「文化系トークラジオ Life」まとめWiki - livedoor Wiki(ウィキ)


ポイントは番組後半、外伝部分。「三木鶏郎」で検索してもらうと早いかも


その辺りの論点としては、「TVとかのマスメディアよりラジオのようなミニコミというかalternative mediaのほうがジャーナリスティックだったのでは?」、という感じ。

んで、「なぜ日本のマスコミはジャーナリスティックではないのか?」、の説明として小新聞の歴史を挙げている。


まとめではその辺のキーワードが削られていてちょっと残念なんだけど、自由民権運動のときにいわゆるメジャーな新聞のほかに小新聞と呼ばれるタブロイドみたいなミニコミ新聞がいっぱい発行された。


で、


言論統制で大きな新聞は統廃合されたり、関東大震災のときにつぶれちゃったんだけど、小新聞の流れを汲む大阪の新聞社が生き残っていった。毎日、朝日はこの流れで生まれてる。


明治前期 大阪の新聞



んで、それが出版になると岩波とかNHKのトップなんかにも朝日筋が入っていくんだけど、そういうの全部、元を辿ればタブロイドだった、って話。

なので、ほんとの意味でのジャーナリズムなんか分かってない、と。
(実際、朝日は戦時下に国家に加担したし)



この辺りの話は津金沢先生のこの本にまとめられてる



現代日本メディア史の研究
津金沢 聡広
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そういうと「やっぱアカ新聞はアレだよね」言説になりそうでキケンだけど・・まぁ、保留ということで。(ちなみにウチは朝日です。日曜の書評読めるので)




ってか、上記のような研究とか「三木鶏郎」を見ると改めて歴史研究の必要性を感じたり・・・・というわけでこの場を借りて、武田徹さんにごめんなさいです m(_ _)m






posted by m_um_u at 21:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | メディアこのエントリーを含むはてなブックマーク
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