2014年03月20日

性的満足におけるココロとカラダについてのぼんやりとした話


しばらくセックスしてないとセックスの仕方忘れてんじゃないかなあと思うこともあるけど案外どうということもなく自転車の乗り方みたいなものだなあとおもったりして、まあそういうのはあの独特のにおいとか空間みたいなのと一緒に思い出されたのだけど、やはり思い返してみると「ほんとにセックスしたのかなあ。。」とかおもったりして現実感が無かったり。

「○○した」「こういうことされた」みたいなイベント的場面にそって画像記憶が再構成されるんだけどなんとなく実感が無い。


そのときその場面では現実感があったと思うんだけど。。あるいはもっと強烈な何かを求めているからそういうものに対する不全感が残ってるのだろうか。


こういう感覚は離人症的な感覚に似てる。あのときはきれいなものを見たときに「これは世間的にはきれいなのだろうけど自分はそれを実感できてないなあ」っていう、「客観的一般的には○○なんだけど実感としては感じられない」という感覚。

あのときはそれが悲しかったけど、セックスの回想についてそういう感傷があるわけではない。



こういうのは心と体の問題みたいなものもあるのだろうか


「体は快楽やオーガズムを感じることはできても心もそれに伴ってないと真の満足・充足は得られない」みたいなの



北原 若いAVの子達ってどうなんです?

神田 北原さんはよくご存知だろうと思うけど、女の人って体だけ感じようと思えばどこまでも感じれちゃう生き物なんですよね。最近のAVの現場を見てると、女の子たちは体だけはいっぱいイケちゃってるんだけど、きっと後で揺り戻しがあるんだろうなって感じる。なんて言うのかな…、お金だから我慢してるっていうわけじゃないでしょうけど、みんなに好かれたい、この現場を平和に終らせたいって、そんなことを思って頑張って入り込んでいくうちに体だけがどんどん感じてしまって、トランスに入っちゃうみたいな…。

北原 揺り戻しってどういう感じなんですか?

神田 実際にした行為と、自分が本当にしたいと願望している行為の乖離に、1人になった時にやられちゃう。素敵な男の人と出会って恋愛してセックスしたいっていう願望と、例えば現場でやったスカトロプレイとでは、余りに乖離があるじゃないですか。私生活においては、一緒にゲロ吐いて、お盆に入れて飲もうよ、なんて奴いるわけないですから。「傷付く」って言ったら違うかもしれない。ただ、取り残されていく感じはあるんだと思う。

北原 女っていい人が多いから、周囲を荒立たせずに現場を終らせようって気持ちですごい頑張っちゃう人が多いんですよね。そういう子達がAV女優とかになると、疲れちゃったり、壊れちゃったりすることが少なくない。セックスで仕事をするってことが、現状で女の人にとってどれくらい安全なのかなって考えちゃいますね。

対談 神田つばき × 北原みのり 「女版・快楽主義のすすめ」
http://vobo.jp/tsubaki_minori.html



言語化しにくいけどそういうところは結構な人があるのかもしれない。心のほうもリズムを合わす必要がある、みたいなの。


そして自分はそういうものに対して未だ整ってないのか、あるいは、「そういうものこそホンモノだ」とすることで本質主義的な欠乏を感じているのか…。



うれぴっぷるなんかがちょこちょこ「若い女の子は性的に搾取・消費される」「自分はそういう風に搾取する/される関係が嫌い」「スローセックス・添い寝推進!」みたいなことを言ってて、それは彼女の性被害体験も起因してるのかと思うんだけど、そういうの以前に一般的に若い女性が不幸な性体験して消費されるケースというのは結構あるようにおもう。

特に若くて自我がまだ固まってないと「捨てられる」不安や「セックスしないと怒るから」ということで関係を許容し、相手に対して「ここをこうして」的にコミュニケーションもできないまま相手の良いようにされて、結果的に肉体的なオーガズムを体験したことがない子というのはけっこういるぽい。

まあ「ここをこうして」っていいにくいのは「捨てられるから」ってだけでもなく単に恥ずかしくて言いにくいみたいなのもあるからだろうけど。


そして肉体的にオーガズムを得られるようになったとしてもそれと心の満足とはまた違うものだったり。プロでそういう仕事をしていて肉体的にはオーガズムを感じられるようになっても、あるいはプロでやってるがゆえに肉体的なほうが先行しすぎてその部分が残ってしまうという懸念もあるようだし。





先日どっかのエントリで「夫婦が仲良くするためには最低週一、がんばって週三でしてかないと。日本人平均は」みたいなのがあって「( ^ω^)・・・そういう平均とか『仲良くするために』でやるのか。。大変そうだなあ」とかおもった。まあ実際夫婦関係だとそういう面はあるのだろうけど

性欲のけっこうな部分が繁殖本能にあるのだとしたら子供できちゃったらそういうのが縮んでくのが道理で、特に子育て期のブランクを通じてそうなってくかなあとか思うんだけど、そのあとにコミュニケーション的に復活していくのは意志とか努力とか必要なんだろうなあとか

そんで一般的には男性は年齢とともに性欲が減っていくのに対して、女性は年齢とともに増えていくみたいなところがあるみたい。特に出産後によくなっていくとか。

なので性欲的にはある程度経験と年齢を重ねた女性と若い男性、ある程度経験と年齢を重ねた男性と若い女性がちょうどよくなったりする。


いわゆるカレセンがどうとか「若いうちはがっつくから」とか。



んでも世の中的にはそんなにほいほいとフリーセックスできるような環境ではないので特定の相手とがんばっていく事が必要な現状がある。特に中年超えると性欲とかも逆転するところがあるのだろうし(※個人差があります)



そういうのに対して若い男性の性欲というのは大部分が繁殖本能から脳内物質が生じ、それに耐性があまりない人たちが脳内物質の酩酊状態に抗しきれずに理性を逸脱するものなのだろうから意志とは真逆なように思うんだけど、物理的な性的快楽ということではけっきょく男の性というのは精液が出たら終わり的なところがあり、その快楽的には自慰とそんなに変わらないところがあるようにおもう。

セックスの耐えられないつまらなさ
http://anond.hatelabo.jp/20140320213113


「嫌がってる相手を無理矢理に」とか痴漢したい欲みたいなのも物理的にはそんなに気持ちよくないのだろうから自分的にはよくわかんないし誘因がない。

でもまあそれは酒に酔った酩酊的なものだろうから意志で統制できないのだろうなあとか思うんだけど、本能に従った脳内麻薬の酩酊状態といいつつも現代人だからコンドームほか避妊はちゃんとしてるってとこにイロニーみたいなの感じたり。。

冷静に考えるとこういう面での男性の性的快楽がもっとも生じているときというのは行為の前から最中までの興奮状態の間、脳内麻薬にドライブされている間で、オーガズム自体はたいしたものではないのだろう。

なので脳内麻薬出しっぱなしにして達しないほうが気持ち良いのかなあとかおもったりする。



性欲と意志について、若い内は本能的な性欲を意志で統制するけど、中年過ぎたりして性欲衰えたりマンネリしたりすると敢えて意志でセックスするっていうのも対照的でなんか皮肉というか、おもしろい。



まあ中年でもやり方とか相手変えたりしてマンネリ超えてとか工夫すれば「敢えて意志で」てのでもないってのはあるのだろうけど。あるいはセックスに対する考え方変えてそれにそってやり方も変えたり。

「男の人って最初からそういう性欲強いものじゃないの?」「男だったらこれはゴチソウでしょ?」みたいなのがけっこう散見されるのに対して草食系男子みたいな感じで性欲が薄くなってきてる人たちもいるみたいなんだけど、そういうのは昔と現在のライフスタイルとかも性欲に影響してるのかなあとかチョット思う(だとすると本能だけでも語れないのかなあとか


「性欲は世代・年齢層ではなく個人差、個人の生育環境や経験に依る」みたいなのもあるのかも。


おーざっぱには発達段階の愛情との関係とか。性的コミュニケーションて授乳とそんなに変わらない感じもするし。お互いの悪を引き受けるというか、そこでは悪も善も関係なく互いに抱きしめて融け合うというか…。

イド的な部分と愛情と常識(社会化)、個人の自我形成の関数の結果が性欲として残るみたいな感じだろうか。


上野千鶴子、1989、「スカートの下の劇場」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/388711171.html



「メンヘラは性欲が強い」「性的依存をしがちになる」みたいなのもその辺関連なのかも





だとすると身体的なオーガズムだけではない心理的な満足というのはそういった愛情とか安心みたいなのとの関係があるのかな。


そんでそういう部分でなんとなく心理面を優先するのは女性のほうが先のような感じ


マンネリセックスがいいのです - 仕事は母ちゃん
http://blog.plutan.org/entry/2014/03/20/124116


物語を完成させる - 添い寝原体験 - blog.922
http://bit.ly/KrcKvR




このへんもよくわかんないのでぼけーっとほかのひとの考えも見て行きたいんだけど、やはりこういう「性的満足とQOL」みたいなのは男性より女性のほうが繊細で誠実な印象がある。


私は生まれなおしている---日記とノート 1947-1963
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「アンネの日記」なんかもそういう悩みあるみたいなんだけど、そういう思春期女性のこのへんの悩みみたいなのちょこちょこ見て行きたい(山田詠美とかかなあ。。



まあでも「やっぱココロのほうが大事なんだよ」て話でもなくカラダ面も開発しつつココロもくっついていけるといいのかなあとかおもったりするので、そっち方面が未だで興味がある人は徐々に開発していくのもいいかと思うけど




posted by m_um_u at 23:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
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