2014年01月13日

E.トッド、「新ヨーロッパ大全(T)」、「世界像革命」読んで、今後のお勉強流れと雑感


ほんとはちゃんとエントリしたほうがいいのかなと思うもなんか読むもの溜まってるし予約本どんどん入ってきてるのでできるだけ時間かけない形でメモメモ。


フーコーへの下準備みたいな感じで少し前からトッド読みだした。

新ヨーロッパ大全〈1〉
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世界像革命 〔家族人類学の挑戦〕
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「新ヨーロッパ大全」から読みだしたんだけどポストマルクスな感じのけっこう硬い本で思ったより脳筋使わされた。大全読み終わった後に「世界像革命」読みだしたんだけどこっちが概説書だったし新書並みに読みやすかったのでこっち先に読んどけばよかった。。

まあ、でも概説書は攻略本みたいなものだし、その解説にしたがって読むことで与件ついちゃうから、ってのはあるけど。。いや、でも今回の場合は結果的にやっぱ概説が言ってることで納得だったし、Wikipediaの解説でも十分な感じだった。実際このWikipediaは参考文献もきっちりついてていい感じに仕上がってる。「Wikipediaに書いてあることはクソ」みたいなのはあるけどこんな感じで参考文献きちんと上げられてるのは結構使える(あと芸能人の経歴とかそういうの)。

トッドの家族人類学的な見方というのは簡単に言うとポストマルクス、対マルクスをイメージしてその下部構造的な部分をさらに細く4つの家族モデルで区切ったもの。すなわち権威主義的直系家族、絶対核家族、平等主義的核家族、外婚制共同体家族。これらが血液型みたいな規定性(けっこう影響あるかもー)を及ぼす。

マルクスは<上部構造(イデオロギー)は下部構造(生産関係-生産様式)で決定される>って言って<ハード面での近代化がもっと進めば資本主義は共産主義になる>って仮説を立ててたんだけどけっきょくはそうならなかったのは歴史が証明したし、それ以前にハード面での近代化の読み方というのもマルクスが言っていたのに比べて現実ではばらつきがあった。

たとえば<都市化-産業化-近代化によって農民が土地を失い都会で無産階級被雇用者になってしまうことで奴隷化する → なのでそれぞれが資産(土地)を取り戻すべき(平等に)>ってのがベタなマルクス主義だけど、無産階級な大規模経営というのは都市化-近代化以前のカロリング朝イギリスでもすでにあった。エンクロージャーな大規模農園経営として。そしてそういった経営形式でもうまくやれてきていた。その理由としてトッドは「イングランドが絶対核家族だったから」とする。絶対核家族だと親子間の権威的従属はないけど兄弟間では不平等なので(「兄弟間の関係が地主との関係のモデルに使われる」)。親元からは平等に巣立って行くけどその後に共同を実質的に雇用したり。


直系家族の特質は日本の関東圏の「家」制度を思い浮かべるとわかりやすい。長子相続で次男は冷や飯食い。父→長子→孫男子と家族がつづいていくので教育の受け皿ができ識字率が高くなる。ドイツや南フランス、スペイン北部なんかもこんな感じ。

平等主義家族はフランスパリ盆地周辺。親子間も兄弟間も緩く平等。まあパリっ子思い浮かべれば分かる。このへんの大衆心性がフランス革命(「平等!」)につながった感じ。あと南イタリアも(なのでパリ(ケルト)≠ラテンな気質がなぜかつながる)。そしてこれを思えばフランス革命というのが実質的な無政府主義革命だったことが分かる。

共同体家族は結婚しても子供が家族の中にとどまっていく。兄弟も含めて。なので大家族になる。ただ親子関係は権威的。これが共産主義の原型(レセプター)になる。ロシア、中国、北インドなど。



家族型  基本的価値   イデオロギー
              社会主義     民族主義     反動的宗教
平等家族  自由と平等   無政府主義   自由軍国主義 キリスト教共和主義
直系家族  権威と不平等  社会民主主義  自民族中心主義 キリスト教民主主義
共同体家族 権威と平等   共産主義   狭義のファシズム    -
絶対核家族 自由   労働党社会主義 自由孤立主義     -

エマニュエル・トッド - Wikipedia http://bit.ly/1agn2Zo



最初に親子関係が権威的従属関係かどうかが問われ、次に兄弟間の平等性が問われる。ヨーロッパの場合はその「権威への従属」の部分がまずキリスト教への従属/信仰、宗教改革への影響という形で表れていった。

古き良き秩序・権威に従属しやすい直系家族が基本のドイツ・イングランドではプロテスタントが生まれ根付いていった。ヴェーバー的にはそれは「プロテスタントのエートスの影響だ」ってことだろうけどそのエートスが染み付く土台として家族構造-直系家族の性格があった。宗教改革にもめげずに新たに改心したカトリックを信奉していったのは主に平等家族な地域(パリ盆地と南イタリア)を中心としていた。

「権威性や秩序重んじるんだったら保守な感じでこっちのほうが古い規範-カトリックをそのままにしたがるんじゃね?」ってのはあるんだけど、ここでトッドは2つの宗派の違いとして「形而上的成分 / 地上的成分」 という視角を提出する。

おーざっぱにいうとプロテスタントは神の下(≠あの世)では不平等(権威主義)で人間界では平等、カトリックはその逆に神の下では平等で人間界では不平等。不平等が当たり前で権威・秩序に属することを要請する直系家族にはこれがヒットしたみたい。なのでドイツ-イングランドではプロテスタントが広まっていった。直系家族なので識字率も高いし、プロテスタント必須の「それぞれがお家で寝る前に本(bible)を読みなさい」を実践できる。平等家族なパリ・南イタリア辺りでは形而上・イデオロギーの部分では平等求めたのでカトリックの平等主義を受け入れていった(というか特に宗教改革後に平等主義の世間にローマがおもねっていったのかもだけど)。


あ、つかイングランドは絶対核家族だから違うな。。

まあ上巻はフランス、スペイン、イタリアをあつかってドイツ、イングランドは下巻ってことだからこのへんは下巻で見てくか。



そんでこのへんの話が<なぜヨーロッパ近代においてイングランドが先行し、フランス、特にドイツが遅れをとったのか?>という世界史、政治思想史みたいなののアポリアのヒントになってくる。

政治のひとなんかは「ドイツは神聖ローマの元、封建制ではあったけどそれぞれの都市の独立性がつよかったので30年戦争→ウェストファリアで神聖ローマの威信が崩壊してから一気に分裂した。そのため遅れを取った(戦地になった傷跡も痛かったし」なんて説明になるんだけど「近代化」の汎用性が日本にもたらした影響を考えるとそれだけだと説明できない感じがあった。あんなに遅れを取ってた日本でもソッコー近代化出来たわけだし。

この辺で各地域の基本家族型 → そこからのエートスへの影響というのが関わってくるみたい。まあ家族モデルごとの性格だけど。

まあつっても血液型みたいなものだからそれで決定てわけでもないし実際ドイツは遅れたけどそれと同じ直系家族が主な日本はけっこうなスピードで「近代」をインストしたわけだし。


なので「マルクスのテーゼをさらに細かい要素で説明したもの」と解釈したほうがいいのかも。


農業も経営体のひとつとして捉え、マルクスが分けてなかった「所有 / 経営」の性格も分けてたりするし。所有のところで相続が関わるのでそれが家族型と関係してくる(血縁長子しか相続できない直系だとうんたらとか)。




そこからすると「もっとも進んだ家族型は平等主義核家族だ」ということになるぽい。


まあ資本主義や共産主義といったイデオロギーの優劣競争に対して「| ゜Θ゜)<違うよ。地域ごとに家族型の多様性があって、それに基づいてるだけだから進んでるも劣ってるもないよ」みたいなこと言ってきたトッドが「進んだ家族型」っていい方もおかしいんだけど、んでもこのへんはまあおーざっぱな感じで。


つか「世界像革命」の方にあったけど、言語学者のサガールからヒント得て言語学の知見を利用して一緒にやった仕事からするとそんな感じになるぽい。


トッドの家族世界地図を見てサガールが「あ、これ言語学だとよくある周縁部は保守が残るってやつじゃん」と見立てた。

家族世界地図(「第三惑星」から)ではロシア・中国・北インドのほかにヨーロッパと東南アジア以外のユーラシア大陸、アフリカの地中海沿岸部が共同体家族の地域とされている。

そんでこれらを中心と考えたとき、残った地域が周縁となるので。なんか言語族的な重なりにも共通してくるらしい。


「中心」「世界史のはじまり」ということだと文明的なものは中東の肥沃三角地帯を中心に生まれていったと考えて良いのだろうからやはりそんな感じなのだろう。



まあ、とりあえずこんな感じでトッドの区分けにはけっこう影響受けたしこれからもぢみに使っていきそう。特に「国ごと」ではなく「家族モデルの地域分布」として世界地図を見ていくのは良さそう。


そしてそれは「自由・平等・博愛」ていう基本心性のとこに関わってくるのだろう。


ここまで見てきたように「平等」と「自由」という価値観は家族型によって生み出されてきたのが分かる。


トッドははっきりとは言ってないのだけど環境が生産方法し、それぞれの環境に合わせて狩猟・採集 / 農業などが選ばれたりハイブリッドされたりしてきたのだろうけど、それらを運営・経営するための最小ユニットが家族だったわけで、、なので<それぞれの地域の家族型と生産様式は因果関係にある>といえるぽい。そんでそれを現代風にすれば<家族型と経済幻想はニックス関係にある(ex.平等主義家族では共産主義やりやすい)>になるわけで。

まあといってもそれぞれの地域に家族型が分布していった理由をトッドは「偶然だろう」って言ってたけど。「決定論だ!」って散々言われたので慎重になってるのかなあ。。



決定論といったらジャレド・ダイアモンドとかリドレーなんかはまさに決定論で、彼らからすると<環境と遺伝な自然淘汰が人のあり方を決定している>て感じなのだろうけど、あのあたりの説明でなんか単純さとか物足りなさを感じてしまうのでこっちの説明読んでるんだろうな。。


「赤の女王」もいちお読んだんだけど、


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途中でそういう単純さが気に食わなくなって飛ばし読みしてしまった。まあ巻末に「本書に記した考えの半分は誤りだろう」って自ら書いてあったし、途中でそれ見て飛ばし読みに切り替えたってのもあるけど。なんか、「赤の女王」のテーマに則って最初から全体を「相対的なものさ」て諦観してる感じがした(「赤の女王」は「人が進歩しても対象とするものも進歩するんだから結局相対的だ」って寓話。アリス・イン・ワンダーランドになぞらえた)。



けっきょくリドレーの見方だと人のマインドなところは解けたとしても精神のところは解けないのだろう。あるいは心の部分。


「自由・平等・博愛」のうち「自由」と「平等」はそういった形、機能的合理性モデルで解けるのかもで、だからこそトッドの話しも決定論的といわれるのかもだけど、「博愛」-「fraternity」の不思議が残る。具体的には「人はなぜ弱者におもねるのか」「なぜ助け合うのか」「愛とはなにか」という部分。


歴史学からアナール学派が出て来たのもそういった部分、人の多様性の部分をもっと細かい統計から拾っていこうってことだったのかと思ったり。


E.トッド、「新ヨーロッパ大全(T)」、「世界像革命」読んで、今後のお勉強流れと雑感 - Togetterまとめ
http://togetter.com/li/615587


ここだとフーコーも心性史のひとつとされている。


まあ歴史哲学=思想ということで、その中でも「制度や政経の下部構造から秩序の当然を強化する」のではなく「人の自由、愛ほかの変態の部分」を見つめていこうとしたのがフーコーだったのかなあ。


とりあえずアナール学派、ブローデル、マクニール、ウォーラステイン、トッド、フーコー、マルクス、ヴェーバー読んでかないと。。ブルデュー、デュルケームとか、ルソー・読書関係でフェーブル『書物の出現』シャルチエ『読書と読者』『『読書の文化史』 マンドルー『民衆本の世界』あたりも



「心性史がどうとか」て話だと丸山真男のこともすこし思ったり。



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途中で「教養主義の没落のスピンアウト程度だなあ」と思ったのでてけとーに読み飛ばした。全体としては蓑田胸喜 vs. 丸山真男って話
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未だ丸山の著作自体を読んでないんだけど、んでもここまでの該枠から見ていくと丸山真男の研究というのはけっきょくは制度史から出られなかった印象。それは当時の歴史・民俗学がそれほど進んでいなかったことにも依るのだろうけど、根本のところでは丸山のスノビズムが影響したのだろう。

丸山真男は一高 → 帝大法学部 → 学者のエリートコースだったわけだけど出生としては鶴見俊輔に劣ることを自ら漏らしてた。吉本隆明ほかの文壇を罵った際に鶴見に諌められたのに対して「わたしはあなたのようなおぼっちゃまとは違うので」みたいなこと言ってたようだから自覚はあったのだろうけど。東京外出身 → 上昇志向というのが基本にあって、それを学内でも戦争でも田舎者に妨害されてきたことが同族嫌悪的なものを生んだのかも。

戦争では農民兵の野蛮さといじめみたいなのにあったというのはけっこう有名だろうけど、「丸山真男の時代」では蓑田への意識みたいなのが記されていた。

蓑田は学者というよりは国粋ウヨクで、それ以外の思想を実力排除するような輩だった。

そのことを憎々しく思っていた丸山は蓑田がやっているような日本思想を蔑んでいたわけだけど、指導教官の南原繁から日本思想をやるように言われた。そのとき丸山は「あんなのいやです」って言ったようだけど、「国粋の輩から『あんたらのやってるのはヨーロッパのことで日本のことはわからんじゃろ』って言われないためにもこれからは日本思想を掘ることが必要なんだよ」って説得されて渋々って感じだったみたい。


んでもその研究方法はヘーゲルほか西欧の視角をそのまま日本に当てはめるものだった。


なので丸山の日本思想研究というのは「日本固有の心性史を見てきた」というよりは「ヨーロッパ的視角で見た」というものになるぽい。


あるいは思想や制度のまとめとしては有効かもだけど「大衆の心性の総合としての心性史-日本人」というのは最後までわからなかったみたい。その点で吉本にも糾弾されてたようだし。


なので丸山で有効なのは「偉い人がどう思っていたか」「それらを総合してどうか」っていう部分。そして「ヨーロッパ的視角」というところで福沢諭吉は相性がよかったのだろう。「田舎者がなにもない身から勉学で立身出世」感も



丸山が最後まで日本思想とびみょーな距離をとっていたのは蓑田のトラウマがあったからかもしれない。あるいは農民兵のそれ。それがけっきょくはスノビズム・ディレッタンティズムというダサい研究成果として反映されてしまったのはモダン=おしゃれを目指した丸山にとってはアイロニカルなことだったのかも。



…まあまだ読んでもないのにこんなこというのも不遜だろうし、自分もディレッタントなのだろうなあとか思うけど









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関連:
共同体における宗教的情操と倫理やら徳やらの原型について: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/382123924.html


たったひとつの冴えたやりかた: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/384420579.html




posted by m_um_u at 21:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
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