2014年01月07日

石毛直道、2006、「麺の文化史」





麺の文化史 (講談社学術文庫)
石毛 直道
講談社
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少し前にうどんの話を書いたんだけどあの元ネタの本


「パンがなければうどんを、ワインがダメならジュースをつくろう」とマリーは言った: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/384107952.html



全体的には世界の麺類について紹介されてておもしろかった。

朝鮮の冷麺(ネンミョン)のミョーなコシは一部の地方だけのもので小麦粉の他にリョクトウを加えるので生まれることとか、「新疆-のウイグル-タシケントのコルマ・ラグマン、トマトソースでうまそう」とか。


んでも全体的に「麺のルーツはどうやら中国らしい」ということで中国周辺、アジア圏のほうが発達してるぽい。東南アジアも含めて。

東南アジアだと「ミー」が「麺」に当たる。「ミー」は「小麦」の意味もあるみたいだけど「麺の発音がなまったものだろう」というのが石毛さんの考えだった。「小麦粉を練ったもの」=「麺」


小麦粉食自体は中国オリジンというわけでもなく中東肥沃三角地帯あたりからの伝播みたい。んでも「練って麺にしたものをいろいろして食べる」というのは中国で生まれ派生していった。

われわれがイメージする細長い麺は「麺条」と言われる。めんどくさいのでこのエントリでは以下「麺条=麺」で話進めるけど。


ヨーロッパの麺というとパスタが思い浮かぶんだけどパスタはイタリアのオリジナルではない。

「マルコポーロがマカロニを伝えた」「それらがしばらくして食べやすい形のスパゲティに変化していった」というのが俗説なんだけど、どうもはっきりしないみたい。


石毛さん曰く、「食文化というのは紙のように簡単に伝わるものではない」とのこと。製紙技術の場合は少数の技術者を移入して工房で集中的に作らせれば良いのだけど、食文化の場合はその土地の大衆の食文化にじんわりと馴染んでいく必要がある。なのでマルコポーロが麺を持ち帰ったにせよそれが普及したかというとびみょーって話になるとか。

「普及のためには中国→ヨーロッパで直っていうか中東あたりに麺食の文化があってそれがクッションになったのではないか?」

そんなことを石毛さんはいうのだけどはっきりとした証拠は見つかってないみたい。まあ麺条ではなくそばがき的なものはトルコでも食べるみたいだけど。



というか、そもそもこういったオリジンを探る場合、「麺のオリジンはどこか?」として文献を探ってもその記述の正しさを保証するものがなくそれ自体はトートロジー的になる。紙の古さを科学的に特定し、「それが実際にその時代に書かれたもの」と証明し、「その時代に麺を表す言葉があった → 麺があった」となったとしても「それが大衆の食文化として普及したか?」というと別の話になる。

うどんの話でもそうだったように食文化の歴史には大きく分けて「オリジンとしての変な創作料理段階」「中世・近世的普及」「近代的大量普及 → 国民食」みたいな段階があるみたい。

近代的普及には工場が絡みそれが大量生産大量消費 → 普及に結びついていく。イタリアのスパゲティなんかはそんな感じ。

うどんも近代に製麺機ができてから普及した。

近世、江戸の段階では手延べそうめんのほうが形が整いやすかったのでそちらが主に食べられていたみたい。そば切り → 蕎麦のばあいはまた別だろうけど。うどんが国民食の一つになったのは製麺機ができて以降ぽい。


つまり食文化の歴史を探る場合、それに関わる舞台装置・道具立てといった状況証拠を追っていくほうが地味な論拠になっていく感がある。「どこがオリジンか?」という話よりも近代化における指標・足あととしても参考になるし。


話を麺に戻すと、麺の近代化の指標は大きく分けて、


「手延べ麺」「押出し麺」「切り麺」の違いがある。


切り麺はつくるのにもっとも道具立てが必要となる。平たい台と麺棒。それは台所・炊事場の発展過程、あるいは住居やライフスタイルの変化の外縁的な痕跡となっていく。


次に箸と個人用のお碗。


中国では麺はスープに浸し温麺として食べるのが主流。なのでお碗が必要になる。

自分的にはラーメンなんかは鍋から発達したものではないか?と思っていたのでこのへんは未だちょっと「(´・ω`・)そうかなあ?って感じなんだけど、「古くは湯餅が『スープ料理にした小麦粉食品』というところからも分かるように」「麺を共用の鍋から食べると食べづらいことこの上ない。わたしの知る限りそのようにして麺を食べる習慣はアジア圏にはない」ってことらしい。(( ^ω^)・・・鍋したあとに麺入れて皆で食べるけどな。取り分けて)

んでも箸のウィキペディアにもあるように

箸 - Wikipedia http://bit.ly/Kv1HSs

中国ではかなり早い段階から個食、個別配膳ができあがっていたみたい。孔子の「君子厨房に近寄らず」(君子遠庖廚)の格言に基いて、とのこと。これは「料理など男性のするものではない」という意味ではなく「君子はわざわざ凄惨な場に近寄るべきではない」 → 「血に関連する道具を近づけるべきではない」ということ。なのでナイフ的なものが食卓から遠ざけられ、箸で食べられるサイズに予め切り揃えられて配膳されるようになった。


ちなみにいうとヨーロッパでは同時期、貴族でもナイフで肉を刺し、歯をせせるなどがふつうだった。大衆食は長い間ごった煮的なシチュー(煮込み)だったし、それ以外の食べ物もテーブル上に直接ぶちまけられるなどしていた。それを共同で食べる。


なので、「共同食 / 個食」や「ナイフなどといった直接性を食卓から遠ざける → 洗練」ということも食文化の近代化の指標として関わってくる。


麺食が「碗と箸との関連性が強い」食文化であったなら麺食があるというだけで食文化、あるいは、文明・文化的な近代化・洗練が伺える


それと対応するように麺食の広範囲性をして小松左京さんなんかが「示準料理」と呼んだみたい。地質学における示準化石のように、麺料理は広範囲で見つかるのでそれを目印に異なる食文化を比較するのに適している。


スパゲティなんかも近代に工場が作られ乾麺としてのスパゲティが食べられるようになってから普及したようだけど、「ナポリ王が庶民の食事だったスパゲティをエレガントに食べるために4本フォークが開発された」というのは1770年になる。

フォーク (食器) - Wikipedia http://bit.ly/Kv4qLC

それまではスパゲティは手づかみで食べられてたし、「刺す」という機能においてもナイフが主流だったヨーロッパの食卓ではフォークはなかなか普及しなかった。


この辺りは中国の孔子の話と比べるとだいぶ差があるように思われる。



そんな麺を巡るあれこれだけど現在はラーメンがけっこうグローバルに展開していってるみたい。とんこつが特に人気なのは欧米でも中国、東南アジアでも同じ。

それはもはや中国の拉麺でははく日本のラーメンなのだろう。オリジンとしての拉麺ではなく近代拉麺としてのラーメン。


その姿や具材の多さからすると自分的には個人用鍋のような印象なんだけど( ^ω^)



ともあれこんなかんじで麺の文化史-文化麺類学というのは楽しい。

posted by m_um_u at 22:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 世界史このエントリーを含むはてなブックマーク
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