読んでて段々と徒労感たまってきて最終的にはつらくなってすっとばして読んだんだけど読後の不快感というか「・・かけた時間返してくれ」的な怨嗟が生じてるので愚痴。あと、自分の読みも間違ってるかもなのでその晒し用に。
まえがきのほうに「本書は各思想を詳細に追うものではない。むしろ各アクターのパフォーマンスを追うものだ」的なことが書いてあるのでプロレスのアングル構造解説みたいな感じで昨今につながる批評界隈のアレを解説してくれてるものと期待したんだけど期待外れだった。そういう期待を勝手に持ったのが悪いってのもあるんだろうけど。。
「各思想を詳細に追うものではない」というのはたしかにそうなんだけどなぜか中途半端にガワをコラージュして物語を生成してるのでその部分の曖昧さで読みにくかった。なんというか…渋谷陽一的なアオリ分を収集し再編成して各思想解説してるような感じ。場外乱闘的なアングルな文脈の解説もあったんだけど思ったよりアオリの解説が多かったのでその部分がバグなかんじだった。
もそっというとアオリ部分というのはたとえばプロレスの技の実際の有効性ではなくアナウンサーが抽象化してつくりあげたプロレスの技のイデアについて語ってるような感じ。プロレス技の実際の有効性だとたとえば身体構造と各エネルギー量などといった客観的な「外部」の指標を持ってそれを測れるだろうしそれが開かれた解説ということだと思うけど、アナウンサーがつくりあげたイデアな技だとアナウンサーの表現の多様さが技のダメージのように思えてしまうので。実際の料理の味うんぬんアートの内容うんぬんではなくどっかのレビューや批評家の言や現代思想(アート)的雰囲気で判断するのとも近い。あと「キン肉マン」世界の技のリアリティというか。。
「客観的かどうか」ってのは曖昧か。。そこに通底してるコードやコンテクストがとても内向きでわかりにくいといっったほうが精確なのだろうな。
まあ「それが概説書の宿命さー(言及されてるそれぞれのテクストを自分であたってくしかないサー」といえばそうなんだろうけど、少し前に読んでた仲正さんの現代思想概説書はまだ満足感あったし、同時に読んでた中山元さんのフーコー本はわかりやすく満足感あったので。
結論から言えば佐々木さん自身が最初から東さんのガワの話を真に受けすぎてそこに振り回されてた感がある。パフォーマティブ/コンスタティブでいえばパフォーマティブのほう。
それはまえがきの「東浩紀の一人がちだった」という話からも伺える。そのまえがきは全体のプロットが定まったか、全体書き上げてから書いたのかもしれないけど。
脱構築うんたらという話やポストモダンを巡る捉え方・意義もその辺りの言動をまともに受けたものだったのだろうから「80年代で大きな物語が死んでポストモダン化して言葉に意味がなくなって」って話をぼんやりと前提にしてしまってる感があった。その辺りの話というのは下部構造的な現実とは直接関係のないガワの話であり、あまりにそこだけで話しすぎてると観念論的なアナロジーなところは抜け出せなくなってしまうんだけど。。
もちろん下部構造が全てを決定するッて感じではないけど経済・ライフスタイル・政治などといった現実に見えるものの変化とその変化の経緯についてシステム論やら脱構築がうんたらいった観念的なアナロジーだけではなくきちんと政治経済的関係性の中で、それぞれの各論で因果関係を説明してくれないとどうしても抽象的で「なにいってもいい」って感じになる。「これはえらくて最新の理論だ―」って権威が付されてれば。
なので全体の話もそういうガワのところの説明見てると頭痛くなってきたのでなんとなくの流れとして受け止めてぼんやりとした印象で把握しておくにとどめた。
印象としては仲正さんの解説もあったけど柄谷行人は本気でやってたんだけど家庭環境からマルクスな呪縛が解けなかったんだなあ、と。
やってることは文学/文法論を論理的に突き詰めていってその突き詰めたところだと「どうしても論理的誤謬ができてしまう」ってことで不完全合理性 → ヴィトとつないで「人の理性だけだと限界がある(*´・ω・)(・ω・`*)ネー」て感じに、そこで<他者>への契機を見出すということで存在論への窓口開いてたのだろうけどマルクスにこだわってジャンプできず、と。(このへんは廣松渉が現象学的だったのにマルクスにこだわったのと似てる印象だった)
浅田彰はとても有能なコンピュータ的秀才で「なんでもわかるよ」っていう量子コンピュータみたいな感じだったみたい。そんで「なんでもわかるよ」な翻訳機能が重宝されて80年代からの思想アンチョコ概説本の需要がここから出来た、と。
浅田さん自身が売れたのはまったく偶然で、朝日新聞の書評で「構造と力」が紹介されたときに版元の勁草書房の「勁」の字に誤植があったことからそのお詫びとして「(時代を引っ張る)わかもの」的なコーナーに顔写真入りで紹介されたことからブレイクしたらしい。
そのあとどっかの誰かが浅田さんやら中沢新一やらを「ニューアカ」としてまとめていった。小林秀雄とか福田恆存とかが属してた文壇とかに対してもっとポップなニューアカって感じ。
んでも「構造と力」にしても「逃走論」にしてもなんとなくのキャッチコピー的なところだけが当時の若者に受け容れられてその内容はちゃんと理解されてなかったみたい。
「ぼくは当時から構造の外部に逃げるのではなく構造の中に逃げる契機をつくっていけって話をしていたのになにも理解されてなかった」
後に浅田はそんな感じで世間の無理解とニューアカとしてまとめられたことへの不満を述べていたみたい。
「構造の外に逃げた」「平坦な日常を見つめることから逃げた」と見られたのがオウム真理教事件だった。
この事件について大塚英志なんかは「オタク的なキッチュさがそのまま反映された」みたいに問題視し、自らのオタクアイデンティティからそれを反省しようとしたようだけど宮台真司とかは「そもそもオタク事件じゃなくて一部の平坦な日常を見つめられなくなったバカが起こしたものだし」と見たみたい。
そんで中沢新一なんかが「宗教学者としてこの若者たちに影響を与えいたとされるみたいだからその責任をとる」とかいったときに浅田も「あれは一部のバカが構造から逃げるためにやったことだからそんな責任の取り方することない」と擁護したみたい。
自分的な印象だとクイズ的なお勉強知識がデータベース教養されてくのに反して実存・内面的希薄が生じていたのでその部分でのアンバランスな暴走だったように思うけど、当時の宮台さんにしてみると「実存とか目指すのでもなく永遠に平坦に生きろ」ということだったみたい。まあ全共闘の失敗、教養主義的なものへの反省の記憶や空気感が未だあった頃だろうし、実存がうんたら言ってもその内容が明らかでなければ二の鐵を踏むッて感じだったのかもだけど。
とりあえずそんな感じで、日本的ポストモダン・ニューアカからの蓋然的共通認識としては「大きな物語は死んだ」「日本は歴史的連続性がない」「無である」みたいなのがあったみたい。その問題にどう向き合うかは別にして。
佐々木さんの解説によると東さんはその課題を「構造と力」で描かれてたテーマを受ける感じで進めていったようだけど途中で急に「このゲームを降りる」とした、と。
自分的にはそれはたぶんそのままつづけていくと実存的、存在論的課題に向き合うことなるのを感覚的に察知したからだと思うけど、抽象的な説明のコラージュだったのでそのへんはよくわからなかった。
そんで、そんな感じで哲学的な領域からは足を洗いつつ哲学的用語で社会批評したり、あるいはもっとベアナックルでオタク界隈のストリートファイト → トーナメント制を選んだのがゼロ年代批評(ゼロアカ)ということだったように印象するんだけど。
学界がプロレスや空手のような大会で、それに対してジャーナリズムや論壇がストリートファイトだとすると、ストリートファイト形式、あるいは総合格闘技形式にしつつも哲学プロパーな知識があったほうがやはり強いということで最初からそういうののアドバンテージがあったり、あるいは、「単に勝てばいい」みたいな感じになってしまってるのがあのあたりなのかなあ、って印象した。
まあ「近代格闘技の欺瞞から総合いったけど古流はもともと総合だからねえ」ってのと同じ感じで古流に帰ろうとしてるのかねえあの辺も。
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関連:
ゼロ年代批評とJ-POP ロックはどこへ逝った?: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/382169743.html
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