2013年12月11日

ロイ・ポーター、2001、「啓蒙主義」


読んだのでまとめ的に


啓蒙主義 (ヨーロッパ史入門)
ロイ ポーター
岩波書店
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要点としては以下のような感じだった



・啓蒙主義とはなにか?:

百科全書に代表される「宗教的な知識から中立な知によって蒙を啓いていこう」という意識で共通した知識人たちを中心とした思潮。
本来は数学をはじめとした論理的思考による合理性とその試行(実験)→反省という実証主義的な部分がその中心になるがその部分は啓蒙主義的な運動全体のなかで後景化し、「人権」「ヒューマニズム」的なイデオロギーが前景化した。それは旧来キリスト教が担っていた人間愛や互助に関するエートスやハビトゥスを理性を中心とした理神教が代替しただけだった。


・英仏独の啓蒙主義の違いとして:

イギリスのそれは王立協会を中心とした数学的な実学であったがフランスのそれは「人権」「ヒューマニズム」的なイデオロギーが前景化した。ドイツのそれに至っては実証的合理性は一部の知識エリートのみに伝わるものとなり、啓蒙-教養的知識はドイツ観念論・ロマン主義的なそれが前景化し、それも知識エリートに囲い込まれた。ドイツにおけるこの辺りの啓蒙-教養の拡がりとその背景については別エントリする。


・フランスの啓蒙主義者たちは空想的社会主義者ぽく、現代におけるゼロ年代界隈の批評家、あるいはサヨク的批評家たち、それらの文芸圏に影響を受けたしろーと批評家たちの集まりのようなものだった。




では以下ダラっと概説



フランス啓蒙主義者たちは自らを「哲学者」(philosophers)と自称した。フランス語ではphilosophes(フィロゾーフ)と綴られる。フィロゾーフたちは17世紀後半、オランダやイギリスで生まれた。そして絶対王政への対抗原理としてフランスに根付いていった。


ニュートン力学の輝かしい勝利を受けて経験や実験が知識に至る鍵だとされた。

この辺りの数学的知識からの科学の立ち上がり → イギリスの経験知の先行については「16世紀文化革命」に詳しい
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/229813934.html
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2012/02/002201.html


あと、本書ではライプニッツは偏狭な合理主義者として経験主義者に打倒されていったと誤解されてたっぽい。ウィキペディアにもあるけどライプニッツはむしろデカルトの合理性+神性の担保をスピノザとともに受け、それを数学的に論証していこうとしていたように見受けられるのでその部分は誤解だと思うんだけど、まあヨーロッパの人でもそういう誤解はあるみたい。

デカルト
http://bit.ly/1kygXcb

スピノザ
http://bit.ly/1kygYgt

ライプニッツ
http://bit.ly/1kygWFf


ちなみにデカルトは同時代の「行動する哲学(思考)者」の代表的な人ぽく30年戦争にも参加してる。そういったところからの実践的な思考がデカルトの原点ぽい。なので無駄に思弁的ではない。




啓蒙主義者たちのモデルとしては当時進んでいたイギリスの体制が参考された。すなわち王権を議会の両院で縛り、その分、承認や製造業者たちが経済的にも文化的にも地力で成長することが促される制度。

しかし、そのような制度が汎ヨーロッパで通じるにはそれぞれの地域の識字率が違いすぎた。

フランスは未だ一枚岩的な組織があったからよかったが、ドイツ圏では大学を基点として既存の勢力(教会-神学など)を取り込んでいく必要があった。

フランスと違ってドイツでは啓蒙主義が既存の体制を攻撃するのではなく、既存の体制内部で発酵する形で展開していった。

啓蒙主義の中でイギリスはいくぶん保守的に、啓蒙主義者たちが国益と一体となっていった。ドイツも大学を通じて既存の体制を啓蒙主義側に取り込んでいった。

特異だったのはフランスで読み書きも普及し、豊かで、有力なインテリゲンチャも有していたが、彼らは王権による庇護から自立し、相対的に自立していた。

彼らは権力によって圧殺されるとは思っていなかったが、にもかかわらず、不満を抱き、不満分子に語りかける能力を持つインテリゲンチャたちだった。





啓蒙主義は一部の巨人が引っ張ったものだったのか?それともそういった巨人を支える幅広い読者層があったのか?


本書でも「フランス啓蒙主義でもビッグネームの他に知られざる同志たちが多数いた」とされている。遅塚さんの「フランス革命」でも「名のない民衆や農民も同じ叫び、人間性(ユマニテ)のもとに!、という叫びをあげていた」とされてる


フランス革命―歴史における劇薬 (岩波ジュニア新書)
遅塚 忠躬
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自分的にはこの「ユマニテ」がどのような背景から、あるいはどのような理路で構成されていったかが気になるけどそれは別に掘ることにする。

「30年戦争の影響でルネサンスから続く素朴な人間中心的な楽観主義への懐疑が生まれた」とされるのでその辺りと関係するのかもしれない。実証主義が受け入れられていった土壌なんかも。



フィロゾーフたちの言動はしばしばナイーヴで非現実的だったとしてエドモンド・バークたちから批判された。

ルソーの「社会契約論」もモデルを古代ギリシアや共和制初期のローマに依せているが18世紀中葉のヨーロッパにはせいぜい間接的に通用する程度だった。



「フィロゾーフはカフェでダベって社会批評してるだけの農民・民衆差別的ヲタで実際には知識も行動力もなかったのではないか?」

この辺りは「ニッポンの思想」のレビューにあった「ブログとかで専門用語使ってクダを巻いていい気になっているような、イタい人」という表現を思わせる。
http://t.co/c5bNe0fatQ

佐藤賢一のフランス革命解説でも似たような表現があったような…。





啓蒙主義者たちは古代ローマ的な社会をモデルとし「「市民」的な宗教を持つことに成る」と予想。愛国心や連帯精神や徳性などを育む宗教の必要性を感じた。ここから2つの宗教を造ろうとした。



エリート用の簡素で純粋で合理的な宗教(理神教)



一般民衆の精神や心を統御する絢爛豪華な信仰


この背景を見ると理神教は現代のサイエントロジーやニューエイジ的思想に近いものであったようにおもわれる。あるいは逆にサイエントロジーやニューエイジ的なものがそういったものの末裔とも言えるかも。


(55)「自然を介して、自然の神にたどりつく」

というその思考は「自らを神とする」グノーシスなそれを想わせる。まあそれだけ旧代の宗教思考に対抗・依存的な思考があったということなのだろうけど。




フィロゾーフたちが富裕な聖職者を憎んだ背景は「彼らが聖職者などに検閲などを受けていたこと」、「聖職者はのうのうと富裕財産を築いてるのに自分たちにはなにもないこと」などが挙げられる。つまり「ユマニテのもとに!共闘を!」とかいいつつも実質は彼らの上にひっかかっている既得権益が憎かっただけ、ということ。実際かれらは「ユマニテ」とかいいつつ自分たち教養階級・ブルジョワ階級以外の民衆のことを差別してたし。農民一揆の動乱になってそれをとりこむために「ユマニテ」な題目に農民や都市無産階級も含めることにしたのだろうけど。

この辺りの構造は日本における学生運動のそれと似ている。これも別項。



フィロゾーフたちはそうやって既得権益層を憎んでいたけど百科全書を購入したのは主にその聖職者たちを含んだ階層だった(法律家、行政官、官職保有者、高位聖職者、地主貴族、地方の名士)。


そしてフランス革命という祭りを通じて構造に取り込まれていった(ハマータウンの野郎たちのごとく)。


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関連:
R・ポーター「啓蒙主義」 - 日々平安録
http://d.hatena.ne.jp/jmiyaza/20090506/1241540772

近代的理性の立ち上がりと国家幻想、そこから疎外されていったものたち、のはなし: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/381011164.html

フランス革命の背景とか要因について(暫定) 公共圏論を中心に: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/381322488.html


理神論 - Wikipedia
http://bit.ly/1kykVBO

吉田健一の関心もここに帰着する >ヒューム
http://bit.ly/1kyl9bX

ヴォルテールたちによるそれはお笑い
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/381807240.html


マリアンヌとコロンビア、国家の擬人化、理性教というカルト: 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/08/post-0b70.html



posted by m_um_u at 17:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 世界史このエントリーを含むはてなブックマーク
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