2013年11月24日

近代的理性の立ち上がりと国家幻想、そこから疎外されていったものたち、のはなし


よむよむメモ的なアウトラインとして



佐藤賢一のフランス革命の小説を読んでるのはこの時期の理性教ともいうべきな「啓蒙」「教養」「理性」の表面的なところと、それとは別にエモーショナルなところを原動力とした革命の流れの微細な部分を追ってみたいからなんだけど、ドイツの歴史を見ていても浮かんできたように、そういった「理性」というのは実践的には役立つもので、ドイツロマン主義-観念論ではそれが欠けていた。

というか、「タテマエとホンネ」的に分離していて、実践的な合理性、プラグマティックなそれはエリート層(あるいは官僚的な技術的エリート)が受け持ち、ドイツ人の思考・人格というのはロマン主義的な幻想と俗な暴力性が直接に接続されたものだった。

俗なところには「世間」的なものも絡む。というか、伝統宗教-ゲマインシャフト的な「ホンネ」とか価値観や観念のあり方。それがhackされないままなんとなくの「ホンネ」として残った。そういったものが日本にそのまま移入され、明治 → 近代日本の教養と知識空間を作り上げていったのだろう。それがそのまま戦後にも受け継がれていった。表面的にはアメリカ的なプラグマティズムや民主主義を取り入れただけに、かえってタチ悪くそういったものを後景化させつつ。

http://muse-a-muse.seesaa.net/article/380636011.html
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なのでこの本の言ってる内容はたぶん表面的なものだろうなあとおもう

教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化 (中公新書)
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未読だけどレビューから伺うに、 「明治後期の教養主義形成 → 興隆 → 衰退をブルデューの階級論を中心とする社会学の視角で分析した著作」てある。でもたぶんそれドイツエリートとフランスエリートとで違いがあるし、日本はドイツ知識空間のそれを引き受けつつ、さらに「世間」の部分の感覚が「告解-個人」な伝統をもったキリスト教圏と違ってくるのだろうから
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/380874839.html
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んでもまあ日本の「思想」「教養」界隈の流れをざっと見るのには便利なのだろうからそのうち読むかも(小熊英二さん的な「年号と歴史的にザラッと眺めるには」的な便利さぽい)


フランス革命にしても清教徒革命、あるいはドイツ教養市民層の台頭にしても、その前段階としてのブルジョワの知識変化と産業・社会構造の変化、農業革命、人口変化などを総合的に扱かった視点が見たいんだけど、そういうテーマに絞って英仏独あたりで比較史したものってのはなかなかなさそうなので個別に見ていこうかなってところ。とりあえずはこの辺

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ドイツの「教養市民層」についてイギリスの場合と比較しながら論じたもの。 マックス・ウエーバーのイギリス・コンプレックスなど面白い指摘がいくつもある。著者も「はじめに」でいう通り、明治以来の日本のエリート層は深く「ドイツ教養市民層」の影響を受けている。
 野田は、「ドイツ教養市民層」が内心もっていた宗教への軽蔑心が、明治以来の日本のエリートたちの宗教への態度に影響をあたえているのではないかといっている。
 「教養人」は現世的・世俗的・合理的で、来世的な超越への関心をもたない。

野田宣雄「ドイツ教養市民層の歴史」 - 日々平安録
http://d.hatena.ne.jp/jmiyaza/20020113/1142037509

 ドイツロマン主義哲学といえば、ヘーゲル、フィヒテなどを連想する。カントにも結構その気味があるという気がするのだが、どうだろうか。ウインストン・チャーチルがあるとき少しドイツ語で挨拶をしたとき、その前に「動物の吠えるような言葉を使わねばならぬのか」というようなことを言ったという。作曲家メンデルスゾーンはヘーゲルについて、「変な人」と言ったそうだ。
 ドイツ哲学がロマン主義というのは、それが思弁、思弁、思弁の哲学だということだ。火星は、原子の内部は、クジラの脳は、どうなっているか。これらは何らかの方法で観察するより仕方が亜ないが、ドイツ哲学は書斎にあるいは象牙の塔の研究室にのなかでただ頭で考えるだけで、それらのことを知ろうし、実際「こうなっていなくてはならない」と結論をだす。それゆえ壮大な自己陶酔が可能となる哲学だ。そのため、「哲学の実証科学への同化を不可能ならしめている(p116)。」

 難しい本で、細部はわからないことが多かったが、基本線は次のようなものであろうと思いました。

 宗教改革まではイギリスもフランスもドイツも大きな差異はなかったが、それ以後大きな違いが生じるようになった。宗教戦争でドイツは大きな被害を受け、英仏のような中産階級が生まれるのには少なくとも18世紀末を待たねばならなかった。ドイツはもともと古代地中海文明の光がほとん射さなかったところだが、英仏と違い、「ドイツ帝国はそのどこを探しても、近代国家の成立と強化に決定的だったこの数世紀の法理念と国家理念との関わりを見出せないのである(p63)。」せっかくプロテスタンティズムが生まれたのに、それがイギリスなどのように個人のレベルで宗教心が篤く自覚的なったのと違い、各領邦でのプロテスタント主義だから、「自由教会的な信仰伝統を欠いたドイツに特有な、カトリックと国家(領邦)強制のプロテスタント教会(p64)」という。つまり、親方日の丸ならぬ「親方領主」という変形したプロテスタントとなった。

 英(米)仏ではヒューマニズムと結びついた啓蒙主義が出て大きな影響をあたえたが、ドイツではこれがなく、「諸宗派の対立していた十七世紀や十八世紀の初めに力をふるった教会神学の拘束力は純粋に世俗的な啓蒙主義に屈したのではなく、俗世の中での信仰、つまり教会を離れたプロテスタンティズムに道をゆずったのだった(p64)。」といっても、「その表現形態は、哲学や科学における、なんらかのかたちで特有の流儀をもった、あるいはその人固有の流儀をもった世界観の探求である(p64)。」これがドイツロマン主義である。

 このドイツロマン主義の担い手はだれか。それはドイツ教養市民層といわれる人々です。これについては野田宣雄さんの「ドイツ教養市民層の歴史」(講談社学術文庫)の最初に詳しい説明があります(詭弁家ヴァイツゼッカーの「家族はこの層に所属します)が、大学教授、高等学校教師、裁判官、高級行政官僚、プロテスタント聖職者、医師、弁護士、著作家、芸術家、ジャーナリストなどです。学歴や出身階層が高く集団内志向で、社会的威信を重視、この文化がドイツ社会の文化や秩序をつくります(p14〜15)。
(この社会エリート層の心情とか考えかたやナチなどの保守主義にどういう態度をとったかは、プレスナーの本より、野田さんの本がより具体的で、かつイギリスやフランスのエリートなどと比較してどのような違いがあるか、わかりやすいと思いました。もう一つついでの余談ですが、ドイツも中国も被支配者に対してエリートが威張っていたというようなことを、野田さんがこの本のどこかで書いておられます。中国の支配者は歴史的に横暴横柄です。被支配者の涙などなんとも思ってはいません。)
 
 なるほどこの教養市民層はユダヤ人を直接ガス室に送ってはいないし、ロシア人などを直接虐殺してはいないでしょう。しかし彼らは文民官僚機構や国防軍の大きな部分を占めています。ハンナ・アーレントも指摘しているように、彼らは特にナチに反抗したわけではなく、彼らの積極的な協力や国防軍の「軍事的活躍」なくして、ゼノサイドはもちろんナチドイツの管理運営経営は不可能でした。彼らの多くはナチの「世界に冠たるドイツ」と反共と反ユダヤ主義に悪い気はしていません。
 「大思想というものは・・・大衆へのプロパガンダの必要に強いられた荒っぽいかたちにおいてもなお、・・・出自との関わりを保持している。・・・いまだ知られざる力を喚起する役割を定められているのである(p320〜321)。」

 「二十世紀のナチズムの台頭は、教養市民層というすぐれてドイツ的なエリートの存在と密接にかかわっていた。・・・教養市民層・カトリシズム・社会民主主義・ナチズムといったドイツ近現代史の諸問題はひとつの大きな宗教社会史的連関のなかで把握される必要があり(野田宣雄同書、p290)。」この教養市民層に対して、カソリック教会と労働運動が対応して、これらがそれぞれの閉鎖的で非妥協的な世界を形成します。野田さんの本に詳しいです。
 したがってワイマール憲法という当時もっとも進んだ民主的憲法は宝の持ち腐れ。民主主義が成立する可能性はゼロに等しくなります。ワイマール共和国の時代、多くの政党ら林立しますが、共産党をのぞく全政党の唯一一致する点は反共でした。また、ナチと共産党は最両翼でしたが、ワイマール共和国打倒では一致していまし。
 (野田さんと親しかった高坂正堯さんがあるパネルディスカッションで、「フランス革命には賛否両論あり、それは当然だが、ドイツの革命はあきらかに失敗だった」と言われました。ワイマール共和国から結局ナチが出てドイツの「全国制覇」をしたことをいわれたと思います。野田さんは何かの本で、ロシアの共産主義・ソ連がなかったなら、ドイツにナチも成立しなかっただろうと書いておられました。)

 このドイツロマン主義にはまだつけ加わるものがあります。1871年ドイツ帝国(第二帝国、宰相ビスマルク)が成立したとき、これは「古典的国家の理念とはなんの関わりもない、全国民にとってたしかな拠り所となるようなキリスト教の宗派のいずれともなんの関わりのない国家であり、内面的には科学や哲学の根本的変革にそのままさらされることになった(p65)。」この時期はいうならば次の「啓蒙主義」の時代、つまりヒューマニズムとは関係しない、ダーウイン主義などの思想が跋扈する、つまり普遍的なヒューマニズム(人文主義)のない帝国主義の時代でした。ドイツロマン主義はこの影響も受けます。
 したがって、ドイツは、キリスト教あるいは啓蒙主義いずれのヒューマニズムとも切り離されたところに近代国家が成立し、1933年ヒトラーの第三帝国成立以前、すでに1871年成立のこの第二帝国において倫理性の欠けた権力国家となっていました。

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あと啓蒙主義-百科全書派 → フランス革命ってことでルソーとか。


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ここで「ヴィクトリア朝的偽善」「ヨーロッパで最も低劣で愚劣な時代」として吉田健一に嫌われつつも「だがそれこそがヨーロッパ文明の真髄なのだ」とされている18世紀英仏のプラグマティック(実利的)な合理性はドイツの実務家たちが持っていたそれと同じものだろう。そしておそらくは16世紀文化革命において駆動された庶民の生活・海洋・軍事のための実践的な学としての数学 - 科学あたり。つまり「手の学問」のこと


山本義隆、2007、「16世紀文化革命 1」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/229813934.html


そういったものがなぜ英仏で駆動してドイツで駆動しなかったのか?ドイツでは観念論 > プラグマティズムに偏ったのか?といえばやはり30年戦争の荒廃が頭に浮かぶ。あの戦争の建て直しがうまくいかなかったことが海洋進出および国内の科学 → 工場的殖産への道を阻んだのではないか?

なので国民性とかいうよりも経路依存的な歴史的偶然といえそう。そこに「ドイツでは中央集権が遅れた」とかも絡みそうだけど、これも単にフランスでは「カペー朝の男たちが代々長命で、死ぬ前に次の後継者を任命できた → 長期政権 → 王権による諸侯併合が進んだ」というだけだったみたいだし、イギリスはノルマンディー候ギョームによる併合が基板になったようだし。


啓蒙主義というのはけっきょくのところプロテスタント的な理性をよりプラグマティックに、宗教的価値固定を薄めていったものだったのだろう。なので価値や言葉に関してできるだけ中立なものを作り出し、神によるバインドをはずし、百科全書的にデータベースしようとした。しかしその根幹の部分にはヒューマニズム-人権という価値があり、その部分の説明が機械的に為されない信念のようなものからもわかるようにプロテスタントが使用する語彙を変えた宗教のようなものだったのだろう。


なので、その中心的な価値-ヒューマニズム・人権を中心としたカーネル・憲法は宗教的な質感を帯びる。それを中心として駆動する国家も宗教的な幻想を帯びていく。


福田恆存がいっていた『「個人のための愛の宗教」が「集団にとっては憎しみの宗教」となるというようなこと』というのはまさにこの部分の国家幻想の逆説、合成の誤謬的なところが絡むのだろう。個人の期待・善を機械的に集計してもそれは結果的に善になるとは限らない。


【第37回】『邪宗門』(高橋和巳)前編|新しい「古典」を読む|finalventの記事、コラムを読むならcakes(ケイクス)
https://cakes.mu/posts/2706

【第39回】『邪宗門』(高橋和巳) 後編|新しい「古典」を読む|finalventの記事、コラムを読むならcakes(ケイクス)
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「みんなほんとに心で思ってることと言葉に出したものは違ってしまって『なんでなん(´・ω・`)?』て思うの」って心の色が見えるらしい某人が言ってたけど、日本語は日本語的な権力の流れを内包してるのだろうし、その流れに乗って共同幻想していけばそれがたとえ個々のレベルでは「善」でもなにか全体的な意志のようなものになって個人の前に立ちはだかってくるのだろう。

日本の社会や国家の本質は何か。こうした問いかけは史観によって答えられることが多い。史観とは「なぜこのような日本の社会や国家ができあがったのか」という説明である。史観が制度史に限定されるなら史実と照合しやすい。だが、この問いかけの対象には精神史が潜む。精神の歴史である。人々の内面に存在する精神は各種事件の表層からは見えない。しかも精神史は複数の事実の整合的なまとめよりも、信仰や教理など簡素なモデルとして提出する必要がある。天国や浄土の確信、あるいは奇跡や聖者への帰依などだ。こうしたモデルはその簡素さゆえに虚構に近い。ここで精神史は文学に接近する。文学によって前近代から近代の日本の精神史を描き出す試みはいくどとなく試みられてきた。そうした試みの一つとして読むとしても、高橋和巳『邪宗門』は壮大なスケールをもっている。

国家が敵対し排除する邪宗門には国家の精神性が対照的に映し出される。あるいは邪宗門こそが天皇制という国家幻想を炙り出す鏡像である。この像から精神史の史観のモデルを描き出すことで、日本国家の精神的な呪縛、「共同幻想」というものの正体を暴露することが可能になる。高橋和巳の『邪宗門』はこの課題(国家共同幻想の暴露)に、小説としての豊穣さを含めながら真正面に挑んだ作品でもあり、近代日本の精神的な呪縛の仕組みを逆説的に描きだしてもいる。しかもこの逆説には、さらにもう一段の逆説が加わり、国家に反逆する反国家精神や批判もまた、結果的に倒錯した共同幻想の問題を含むことを明らかにした。この課題(国家批判の倒錯性)は戦後、いわゆる左翼勢力が倒錯していく傾向をなぞってさえいる。

ここで不用意に使った「共同幻想」という用語に簡単に触れておく。「共同幻想」とはしばしば字義的に「共同の幻想」と解される。だが、戦後史においてこの用語を独自に定義した思想家・吉本隆明は、「個々人が抱く幻想の疎外」としてとらえた。疎外とは、自己の本質を自己ならざるものとして表出し、対象的に認識することである。鏡に映し出された自分の像を例にしよう。鏡像は自分の姿だと自分は認識している。しかしその像は他者の視線によって了解され、自分が了解する像と異なる。自分は自分の顔を「鼻が高く目もぱっちり」と了解しても、他者は「いびつな鼻とぎょろ目」だと了解する。自分の顔を他者による了解(自己ならざるもの)で受け入れなくては、社会のなかで生きていけない。表出された自分が自分にとって違和感のあるものになる。共同幻想も同じだ。心の仕組みとしては個々人が生み出した幻想なのに、社会に表出されることで、個人にとって違和感のある他者のように振る舞う。そして、事実上実体的に共同幻想が存在するように了解される。
 共同幻想はゆえに、個々人が意識では思ってもいなかった精神的な対立物となって現れた精神であり、個々人を拘束する呪縛となる。人間という種に課せられた精神が生み出した精神的な拘束である。共同的に個々人の精神を支配する精神実体として見れば、宗教でもあり「神」でもある。吉本はこの共同幻想という宗教性が制度面以外での国家の正体であるとした。「邪宗門」はそこでは共同幻想としての国家宗教に対立する宗教である。しかも双方(国家の共同幻想と新興宗教の共同幻想)が民衆の個々の意識を疎外して生まれたものでもあるから、いずれも他者の精神を拘束する正義や理想社会の彩りをもっている。

 
作者・高橋和巳はこうしたモチーフを簡素に「あとがき」で述べている。


 発想の端緒は、日本の現代精神史を踏まえつつ、すべての宗教がその登場のはじめには色濃く持っている、〈世直し〉の思想を、教団の膨張にともなう様々の妥協を排して極限化すればどうなるかを、思考実験をしてみたいということであった。表題を「邪宗門」と銘うったのも、むしろ世人から邪宗と目される限りにおいて、宗教は熾烈にしてかつ本質的な問いかけの迫力を持ち、かつ人間精神にとって宗教はいかなる位置をしめ、いかなる意味をもつのかの問題性をも豊富にはらむと常々考えていたからである。

 思考実験の結果は、この作品の結末で示されるように、理想実現という点からすれば、壮絶に破綻した。この結末にはしかし、作者・高橋が明瞭に示したはずのモチーフとの間で微妙な差違が存在している。この作品を現在に読み取るとき、この差違が重要点となる。ごく簡単に言うなら、この思考実験で破綻の様相を描いたのは、現実の国家、つまり諸暴力を収納し一元的に発動可能にする暴力装置としての国家に対して、新興宗教という共同幻想が立ち向かえなかった、ということではない。そうではなく、理想に見えた共同幻想である「邪宗門」の本質に、国家という宗教に対峙するには足りない欠落が存在したことである。この転倒された微妙な差違を解き明かすには作品の背景も知っておくとよいだろう。



個々の意識、幻想、欲望が共同幻想となったとき、自らを疎外する社会規範と立ちはだかってくる。それは厳しい父の姿ともいえる。


だからこそ動物的-ゲマインシャフトの感覚が残っているひとたちはそのパッションを動力に革命に奔るのかもしれない。国家という父を殺し母(女)を犯す(奪う)ために。

 「人間を動かす盲目的なパッション」ということであれば、ロレンスの出番である。わたくしは福田恆存氏の著作から思想世界に入門し、ロレンス的なものに若いときにいかれたのだが、今では、若気の過ちだったと思っている。ロレンスは歴史意識とはまったく違う位置にいたひとと思うが、ロレンスからみてブルームズベリー・グループの人間が「自分自身の堅い殻に閉じこもって、そこから喋っているのです。一瞬の感情の発露もなければ、一片一粒の敬虔な気持ちもありません」というように見えたというのはよくわかる。彼らは「合理主義者ではあるがシニックな人間」であって、このシニックな部分がひとをいらだたせるのである。ルソーがヴォルテールを攻撃したのもそういうそういうことが大きいであろう。
 しかし「人間を動かす盲目的なパッション」は《「新ヘーゲル主義」の曖昧で荘重で厳粛で深刻な言葉の氾濫》のほうに容易にいってしまう。これはちょうど啓蒙思想の正反対のものである。そういう荘重な言葉は決して「自分の言葉」にはならない。ヘーゲルの体系はしばしば宗教に近づく。それはしばしば「座して他の人びとの生き方を判断するもの」となった。 やはり問題はフランス革命である。
 吉田氏の「ヨオロツパの人間」(新潮社 1973年)に「フランス革命」の章がある。その前の「ヴォルテエル」の章の明快から一転して晦渋でよくわかないところが多い。「吉田君は理性と自由といふ二つの軸を使つて、「快楽の追求」を「精神の正常な働き」と見て、「優雅」な十八世紀の文明を説いてゐる。ヨオロッパ人がヨオロッパの地に、観念ではなくて、意識的に生活を徹底させたところに文明ができあがつたといふ説である。「優雅」は文明の必然的な性格なのだらう。しかるに、一七七六年のアメリカ独立につづいて、一七八九年、フランス革命に依つて成文の憲法が作られてから以後は、カアライルのいふ「憲法屋」の仕立てた観念の流行服が至るところに民主主義とともに普及するにおよんで、「ヨオロッパがヨオロッパでなくなる」はうに崩れだしたことになる。すなわち「ヨオロツパの歴史で恐らくは最も低劣な時代」である十九世紀がここにはじまる。(中略)「十九世紀の性格」を「野暮、野蛮、滑稽」また「愚劣、偽善、粗雑」と見て、そこに「複雑なものを感じさせる」原因は「観念に奉仕するといふことに尽きる」といふ巨視的な大観には、とくにこまかい分析を対立させる必要もない」(石川淳 前掲書)のはずなのだが、吉田氏は、「フランス革命は寧ろ十八世紀のヨオロツパそのものの到達せざるを得なかつた結論だつたと言へる」という。ただ、「十八世紀といふのは人間が人間の限界を熟知していた時代だつた」のに対して、ロベスピエェルでは「人間の限界が見失はれている」という。「人間あつての観念で」あるのに、「観念の価値」のために「人間が犠牲にされた」という。そしてフランス革命から後、人間に対して観念を優位におくことが始まったのだともいう。ヨーロッパには「論理をその決着まで追つて行かなければ止まない性格がある」というのである。十九世紀は科学の時代であるが、自由や平等という観念も科学における物質概念とおなじようなものとしてあつかわれたのだと。
 わたくしがなぜ啓蒙主義に親近感を覚えるのかというと、カトリック的な何かが嫌いだからなのだと思う。カトリック的な何かというのは変な言い方だが、人間は一人でいると不幸なのであり、自分を超える何かと合一する感覚をもてるときその不幸を脱することができるというような論法である。余計なお世話ではないか、ひとりで不幸にさせておいてくれと思ってしまう。こういう論法は福田恆存氏の著作「芸術とは何か」とか「人間・この劇的なるもの」で最初に触れた。そのころ世に跋扈していた進歩的文化人の能天気にくらべて何と深いのであろうかと、入れ込んだものである。

R・ポーター「啓蒙主義」 - 日々平安録

おそらく「ひのもと救霊会」として語られている対象は、新興宗教というより、土着の社会主義・共産主義の革命の理念であり、憶測の部類にはなるが、この物語が書かれたころの、日本の社会主義者・共産主義者を少なからずを熱狂させた中国の文化大革命への憧憬からではないだろうか。
 土着の社会主義・共産主義の革命の理念は、戦後、といっても1951年だが、日本共産党による第4回全国協議会(四全協)の反米武装闘争方針となったものだった。この方針によって、日本共産党は武装集団として山村工作隊を形成した。これは中国共産党の抗日戦術を模倣し、山村地区の農民を中心に武装化を図って、農村地帯に「解放区」を形成しようとしたものだった。戦後の共産党の革命理念でもあった。
 山村工作隊的な武装理念の本質がどのようなものか。この小説は「世なおし」の暗喩を隠れ蓑に残酷なまでに暴露して見せている。
 戦争は、彼我の拠っている地域の境界が敵味方の岐れ目である。巨大な破壊力を、より大きく投入したものの方が勝つ。だが世なおしは、同じ国内、同じ地域、同じ職場、同じ家庭に、敵味方が入り乱れるもの。大量殺戮の武器もそこでは役立たない。それ故に、いかに多くの人々を抗争の中に捲き込むかによって、事の成敗は決まる。罪なき人を捲き込むこと、それが、世なおしの必須条件なのだ。

 世なおしの理念が実現するためには、無辜の人を大量に犠牲に巻き込むことが必要条件であるとされる。これこそが、山村工作隊が消滅しても、新左翼として戦後社会主義運動に隠された奥義であった。しかも活用できる武力が不足しているなら、天変地異や大規模事故を活用してもよい。無辜の人々の犠牲を多数巻き込むことが世なおし、イコール革命の前提条件として肯定されてきたのだった。

『邪宗門』は千葉潔を巡る女の愛の悲劇なのである。母はその身を食らわすほどに子の潔を愛した。少年の彼を拾った老婆・堀江駒は、まさに老婆の心で潔を慈しんだ。教主の妻・行徳八重は潔を息子のように精神的に支え、愛した。教団から姉妹の承認を得た有坂卑美子は姉のエロスから弟のように潔を愛した(彼女が「卑美子」であるのは姉弟を国家幻想の起点とした「卑弥呼」が作者に意識されているからだろう)。行徳阿礼は対等に向き合い挑みかける女のエロスを純化して潔を愛し、肉体結合後に自刃して見せた。堀江民江は従順な妹のように潔の最後を看取るまで同伴して自決した。潔の死を知った際、おそらく死んでしまいたかった行徳阿貴は、女の聖母的な慈しみで潔の精神を包むため、死さえ許されず絶望のなかに沈んだ。
 女たちは潔への愛ゆえにみな滅亡していった。潔への愛を抑えることができなかった。まさは言う、「この穢れた世の中の女」と。しかしそれ以外に女の生命の輝きがないなら、死が最終的な出口になるのはやむを得ないことである。それが行徳まさの宗教の最終的な姿だった。
 だからこの物語は、女たちの死と絶望を美しく描いているのである。『邪宗門』という物語は、異端の新興宗教が国家幻想に必然的に衝突するといった思想の表現でもあるが、そのことよりも、女がこの穢れた世を越えようとして真の愛に滅ぶ姿を美として描き出すことに本質がある。
 しかし女の愛が必然的に至る死の姿というのは、絶望の言い換えなのではないのか。それなのに女の絶望が正確に直覚されたとき、国家が共同幻想に依拠にしているかぎり、欲望の理想郷を獲得しようとして男は凄惨な革命の欲望に突き動かされ、いくどでも国家の共同幻想に挑む。ここに日本近代の精神史というもの原動力があり、現代もなお強く生き続ける理由でもある。

開祖・行徳まさは、ごく簡単に言えば、困苦の末、狂信に至った無知な老女に過ぎない。だがその直覚的な啓示には、日本の土着宗教の根幹が簡素に現れていた。それはたった一つの表明に結集している。「この穢れた世の中の女には、種とりの夫はいても、身霊の夫などはありはせぬ」である。
 世の中は穢れているし、そこに置かれた女という存在は、社会や国家の存続のために産む機械の役割をなさなければならない。ゆえに女が愛の対象として男を求めても無駄であり、女の究極の欲望は現世では満たされることがない、というのだ。
 まさはこうも言う。「世の女の愛せるのは形のない神だけじゃ。夫を愛そうなどと夢おもうな」と。女の愛が実現するのは、現世の社会制度・国家制度の下にある婚姻ではなく、婚姻として社会や国家の制度に適合するものは、女の愛ではない、と読んでもよい。女が真なる愛を求めるかぎり、社会制度と国家制度は必然的な綻びを見せると解してもよい。女の愛への希求こそが「ひのもと救霊会」に仮託された宗教心・信仰の原点であり、『邪宗門』という物語に秘められた存在論的な仕掛けだった。

【第39回】『邪宗門』(高橋和巳) 後編|新しい「古典」を読む|finalventの記事


内部でどんなに「理性的」でもその方向性を決めるジャンクションの方向転換機のようなところで既にして動物的性にドライブされている。社会主義の理想を掲げた革命群にあった情動と性の関係はそういったものだったのかもしれない。



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「邪宗門」の解説を見るに、村上龍はこの辺りのモティーフをテーマとしつつも、けっきょく女の側からはそれを描けなかったのだろう。

男のそれはロマン主義的な観念と情動の暴走で、プラグマティックで現実的な生活の知恵・感覚とは乖離したものだった。

その意味では「コインロッカー・ベイビーズ」→「愛と幻想のファシズム」で描かれていた女は男と男のホモソーシャルな関係と幻想をつなぐためのセックスとしてのツールとしてしか機能していなかったのだろう。そこでは女の内面は描かれていなかった。

エディプス・コンプレックスと国家幻想への対抗、国家幻想の暴走というところだとエヴァンゲリオンも絡んでくる。
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/380291057.html

あるいはその元となったガンダムをはじめとした富野由悠季の日本や戦争を巡る認識、宮ア駿のそれも。



そういったものを庵野-安野は超えていけるのかなあとぼんやりと思いつつ、プラグマティズムというところでルソーの一般意志を巡る綱引きのようなことを想ったり。

簡単に言えば、一般意志は国家の共同体幻想として、むしろ国民に対しては実体的に先行して存在する。私たちはまず日本国民として生まれ、そこで社会契約の恩恵を先行して強制的に授かる。市民は、それが疎外した幻想体である国家幻想と同時に誕生する。
 この疎外された共同幻想の問題がルソーの政治哲学に胚胎していることは、本書の仲正氏もにも直感されている。

 ルソーの思考のユニークさは、内面とは異なる「外観」にすぎないはずのものが、我々の習俗の中にしっかりと定着し、人々の振るまいを―少なくとも表面的には―画一化させ、「社会」を構成している、という発想にある。

 国家の共同幻想の疎外性と先行性からルソー思想の持つ本質的な危険性も明確になる。それはルソーが一般意志の成立に対して、人間の基本性の全的な譲渡を言い出す点にある。一般意志が徹底した討議を経るとしても、最終的にそれは何によって保証されるのか。

 そこでルソーは、「各構成員をその全ての権利とともに、共同体の全体に対して、全面的に譲渡する」ことにしたらどうか、と提案する。各人が自己保存のために、(自然状態で持っている)権利を共同体に譲渡するというだけの議論であれば、ホッブスの社会契約論と大差はない。しかし、それはルソーの議論ではない。彼は、構成員となる人は、権利だけではなく、自分自身をも譲渡すべきだと主張する。


(前略)ルソーは、特定の誰かにではなく、共同体全体に対して譲渡すべきだと主張する。しかも、全員がそうべきだとと主張する。

 仲正氏はアーレントによるルソー論を熟知していながら、あるいはそれゆえにか、この問題については、一般的な全体主義への危険性の文脈としてしか議論していない。
 リバタリアンである私にとっては、ここが思想の急所である。私はこの問題は、死刑根拠の偽装であると考えている。死刑を所有している国家はそれ自体が、市民が自身を全的にすでに譲渡した結果ではないかと考えるからだ。
 共同幻想の成立がルソー的な自然論からは倒錯した手順になるように、死刑においても手順は逆にならざるをえない。死刑の是認として市民の全的な譲渡が先行しているのである。
 ただし日本国憲法について言えば、形式的にはルソー的な譲渡はなく、ホッブス的な信託となっており、一般意志を体現したものも国家そのもではなく、政府として切り分けられている。日本国民は実質的な革命権を保有しており、敗戦とはその行使であったというフィクションから日本国憲法が成立しているからだ。
 その意味では(一般意志への全的な譲渡が日本国憲法では形式的に存在しないため)、日本国はルソー的な民主主義そのものではない。だが死刑を内在している限り、そこにこっそりと市民の全的な譲渡を求める一般意志も内在してもいる。

では、一般意志(volonte generale)とは何か。ルソーはどのように考えているか。
 ルソー自身がそれを明確にするための対比として持ち出したのが全体意志(volonte de tous)である。
 全体意志は、個人や、政党などの党派による各種の利害達成を目論む特殊意志(volonte particuliere)の総和のことである。
 これに対して一般意志は、社会契約説に基づき、「常に公正で、公共の利益を目指す」ものである。
 実際のところ総和である全体意志は、その内部に利害の矛盾を含むので一つの意志としては機能しづらいし、整合性のある政策も導出できなければ、行政の主体ともなりづらい。しいて統一性を求めるなら党派で権力闘争するか、多数決で押し切るしかない。
 これに対して一般意志はどのように成立するのか。

 一般意志は、私的利害間の機械的な算術から生まれてくるのではなく、「熟慮=討議deliberation」を経て見出された「共通の利害」を基点として構成されるのである。逆にいうと、十分な熟慮を経ていないがゆえに、共通の利害がはっきりした形で見出されていなかったら、完全な一般意志は創出されれず、人民の決議は誤ることになる。

 いうまでもなく、この「熟慮=討議deliberation」は情報技術といったものによって効率化されたり改善されるものではない(情報技術そのものに一般意志化する傾向があるとしても)。

ホッブスやルソーのような社会契約的な理路の性格の弱い共同幻想としての日本国家、あるいは天皇による市民宗教という擬制が、現実的には日本がルソー的な思想の帰結としての全体主義に陥ることを防いできた。日本の戦争は全体主義の結果ではなく、一般意志を失った党派のカタストロフであり、ゆえに市民宗教としての天皇が最終的に機能することで敗戦が可能になった。
 さらに戦後の日本は、その擬制的な矛盾が、内在において強固な伝統宗教的な社会と実質的にはそれに準じる規範を持ちつつ、憲法上はルソー的な民主主義(死刑を内在した国家)とホッブス・ロック的な民主主義(政府は信託でしかない)を掲げている矛盾と調和してきた。つまり、日本人は誰も共同幻想の意味合いでは、憲法を空文としてしか理解していない。
 むしろこのように矛盾した伝統宗教的な社会である日本に対して、それを全体主義として敵視する人々が信奉してきた社会主義・共産主義、あるいは共和制度のほうが、独裁と全体主義を導いてきた。
 では、日本国はこの矛盾のままでよいのか。あるいは、ホッブやロック的な英米的な民主主義に純化させるか。それとも、ルソー思想的であるがゆえに危険な民主主義をより安全な民主主義として救出するか。
 ルソー思想的な民主主義を選ぶのであれば、多少の現実的な矛盾を抱えつつも、徹底的な討議の可能性を持つ煩瑣な意志決定の仕組みと、それが公的な分野に限定されるべきだとして市民が私的領域を確固として守る健全なリバタリニズムが必要になるだろう。
 そしてそれには、靖国や天皇を問うといった問題化が公を偽装して私的な領域に踏み込むような形で政治性を持たせようとする思考も廃棄すべきだということも含まれる。

[書評]いまこそルソーを読み直す(仲正昌樹): 極東ブログ




まあこのへんも他人様のまとめでわかんないながらもてけとーに想像するのでもなく、とりあえずルソーに至る教養市民層の形成→百科全書派と呼ばれる人たちが形成されていく様子や、ルソーがどのように「一般意志」や「人権」という概念をひねりだしたのかを自分なりに消化しつつ考えていこう。


そのうえでおそらくヴェーバーが射程していた人の宗教的な領域と存在了解が知識空間全体にどのように影響し、国家幻想へと還っていったか、というのを追っていく(エリアス、デュルケームとかも)


神学(普遍論争など)から哲学へ移行するヨーロッパの精神史についてもたどりつつ



著者は、まず中世・ルネッサンス・近世・現代というありがちな時代区分を廃す。著者によれば、時代の切れ目は14世紀、18世紀末/19世紀初頭、そして1960年以降にある。これら時代の特徴をなす思考は何か。時代の切れ目をもたらすものは何か。このことを、著者は膨大な学知を背景として語っていく。基本的には哲学思想を論じるが、文学(ホイットマン、ボードレール、T.E.ヒューム)なども論じられている。

基調となっているのは、中世の普遍論争である。普遍論争は「個体」を巡るもの。個体を確定せず、汲み尽くせないものと考えるスコトゥス派と、個体は確定したアトムであるとするオッカム派。著者はパースを引きつつ、オッカム派の勝利は偶然の情勢であったと述べる。しかし、オッカム派の個体論はその後の時代を支配している。民主主義や資本主義、また近代的な自然科学像は基本的にこのオッカムの遺産の上にあるのだ。

しかしスコトゥス的な個体論は消失したのではない。それは底流として、その後の時代にも流れていた。そもそもこの個体論が捉える個体は、アヴィケンナ的な共通本性を備え、世界を映し出す(つまりライプニッツ的な!)。この個体論は、神秘主義的思想などのなかに流れてきた。オッカム的な個体論の陰に隠れたとはいえ、現代でもオッカム的な個体論へのアンチテーゼとして現れるものだ。例えば、社会を孤立した個人からなると見るリベラリズムと、文化や伝統を担うものとして考えるコミュニタリアニズムの対立など。

さらに印象的なのは、悟性・知性intellectus、理性ratio、感性sensusの序列について。元々、intellectus - ratio - sensusという序列だったこれらの概念は、カントにおいて明示的にratio - intellectus - sensusという序列となる。この知性の凋落は、オッカム的個体論の下でアリストテレス的な能動知性の位置が引き下げられたことによる。そして、この能動知性が退いた空白を埋めたのが、カントの構想力imaginatioだったのだ。この知性と理性の逆転こそ、ヨーロッパ精神史上の破滅的な事態だったのだ、と著者は見ている。

Amazon.co.jp: カスタマーレビュー: ヨーロッパ精神史入門――カロリング・ルネサンスの残光 (岩波人文書セレクション)


個の誕生と啓蒙主義人文家が創りだしたヒューマニズム-<人権>概念の関係まであるとありがたいんだけど…



宗教、というかかつての教会が行っていた活動は福祉やカウンセリング、あるいは行政のような仕事に分化していった、しかし人の生きがいや実存が係る部分は未だ救われていない。

それらの浮いた部分、実存-存在-生きがい-生きてる意味-世界とのつながりの了解、のようなものは現在の表面的な科学的合理性とそこからの「生産性」なる上っ面の論理だけでは回収されないのだろう。だから人は革命に奔る。

日本の場合、共同幻想とそこからの国家幻想-社会規範の間に三重ぐらいのねじれがあり、それが地味に偽装して人の「ほんとうの欲」のようなものを縛り、革命という直接的な暴力性への衝動も脱構築というか、なんかシラケさせてしまっている。


日本におけるポストモダンというのはけっきょくはそういう形で理性が無駄に個々の実存の了解-自分探しなどを「おっくれってるーm9(^Д^)プギャー」認定するための理路として構築されたものになってしまったのだろうけど、個人の生の了解というのはほそぼそとした文学部分だとまだ生きているのかなあ、とかちょっとおもう。

福祉は生きる意味や赦しを与えてはくれない - シロクマの屑籠
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「偉い男」ほど厄介なことになる - Ohnoblog 2
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