2013年10月28日

石川雅之、2013、「純潔のマリア(3)」


ケルト人の1年の終りは10月31日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねてくると信じられていたが、時期を同じくして出てくる有害な精霊や魔女から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていた
http://bit.ly/s7Mvpf

ついったに上の文言が流れてきて「ケルトが魔女を有害化するってどういうこと?」ってたどってみたらウィキペディアの記述で出典は鷲津名都江著『英国への招待 マザー・グースをたずねて』(筑摩書房、1996年)ってことだった。

そんで「いい加減な記述でもともとのサウィンとかインボルクとか触れてねえんじゃねえの?」ッて思って確認したら意外とサウィンについては触れていた。

んでも他の時期については触れてないし、やはり「魔女」について気になったのでうんたらうんたらしたり、、ハロウィン時期だったりまどか☆マギカ劇場版記念だったり「純潔のマリア」完結したねってことでついでだからちょっとまとめてみることにした。


「魔女」とはどういうものだったか?




最初に、ハロウィンについては以前にTogetterかblogのエントリにもまとめたように、もともとはケルトのカルナヴァル的な祭りのひとつであり日本で言えば彼岸や土用に当たるものぽい。つまりは農暦の間、暦的には時季がズレるときの木の芽時的なときに人の体の体調が悪くなる(あるいはあっち側にひっぱられる)ってのが起きる。こういうときそっち方面にセンシティブな人は鬱になったり病こじらせたりするのだろうけど、「とりあえず精をつけろ」ってことで豆や肉、うなぎを食えって話になる。

カルナヴァル(Carnaval)はカーニヴァルの語源。「Carna-vare」辺りがキリスト教化されて「carne levare(肉を取り上げる)」と音や意味的に合わさって後付的にコジツケされ、カルナヴァレの時季の余剰肉を喰らう風習のことを意味するもの(謝肉祭)として伝わるようになったみたい。

それ以前の意味としてはそら豆とベーコンの女王「Carna」とかも含意する。ほかにそら豆の象徴的意味としては「お腹を孕ませ」「性欲を刺激」などあったり。

中世の祝祭―伝説・神話・起源
フィリップ ヴァルテール
原書房
売り上げランキング: 375,358



そういった豆の祭り、というか、季節のズレの際の祭りというのがケルト的に大きく分けて4つ、さらに細かく8つあった。


ユル(冬至)・オスタラ(春分)・リーザ(夏至)・マボン(秋分)

サウィン(ハロウィン)・インボルグ・ベルティネ・ルーナサ

http://bit.ly/190UmTl
http://bit.ly/190UmTp


太陽-と農暦的には日照時間の復活と再生を基準とした暦が基本となる。すなわち冬至と夏至を最重要点とし、「これ以降、日照時間が徐々に短くなっていく」ものとして夏至を惜しみ、「これ以降、日照時間が再び長くなっていく」ものとして冬至を祝う。

冬至-正月が開けて少ししてウィッカのイニシエーションを行い、謝肉祭-メーデーの時季に春を祝い、夏に巻藁で巨人を作って燃やし、収穫の終わった秋に霊を迎えるためにカブ(→ 南瓜)を繰り抜いて飾り、冬至に太陽の復活を祝う。


それらがキリスト教化される中で名前を書き換えられていった


万聖節(11月1日)
聖マルタン祭り(11月11日)

クリスマスと12夜(12月25日−1月6日)

聖燭祭(キャンドルマス、2月2日)
聖ブレーズの祝祭(2月3日) ― 告解火曜日(マルディ・グラ)

復活祭(3月22日から4月25日のあいだを移動する祝日)

キリスト昇天祭(復活祭から40日後)

夏の聖ヨハネ祭(6月24日)

聖ペトロの鎖の記念日(8月1日)

聖ミシェル祭(9月29日)



ハロウィンというのはその中のひとつ、おそらくは北欧の民族の伝承と、キリスト教とミトラ信仰との間の勢力争いの間で生まれていった折衷案ぽい。

ユール - Wikipedia
http://bit.ly/190Xr60


もともとはケルトの8節祭のひとつだったわけだけど、そこに北欧民族のワイルドハント(荒猟)の伝承が習合した


ワイルドハント - Wikipedia
http://bit.ly/190XezM

季節や農作業の変わり目、特に冬至は、死者の霊、悪魔、魔女などが大挙して現れるといわれ、夜は、ユールレイエン(ワイルドハント)が現れた。1月6日の公現節までユール・ボードを用意しないと縁起が悪いと言われていた[1]。ワイルドハントが広く信じられていたのは9世紀から14世紀の間で、特にクリスマスの12日間、公現節(十二夜)にはその勢いが増すと信じられていた


オーディンが率いる死者の霊が夜中まで起きているもの、何かやましいところがあるものから根こそぎ持っていく。「このとき砂糖菓子などを差し出せば見返りに贈り物をおいて行ってくれる」という。

ユールの間中、ワイルドハントの動きも最高潮に達し、死者がワイルドハントの一員となって現世をうろつく。リーダーであるオーディン、その後に、黒くて吠え続ける犬を連れて、狩りの角笛を吹きならす死んだ英雄たちが続く[13]。オーディンの8本足の馬、スレイプニルのために、古代のゲルマンやノルマンの子供たちは、冬至の前の夜にブーツを暖炉のそばに置き、スレイプニルのために干し草と砂糖を入れ、オーディンはその見返りとして、子供たちに贈り物を置いていったという。現代では、スレイプニルは8頭のトナカイとなり、灰色の髭のオーディンは、キリスト教化により、聖ニコラウス、そして親切なサンタクロースとなったのである[14]。ブーツ以外に靴下を置き、やはり中に、スレイプニルの食物や干し草を入れておくと、やはり、オーディンから、子供たちへのキャンディがその中に入っているといわれる[10]。もし、戸外でワイルドハントに出逢った人は、心の純粋さと、このワイルドハントに象徴されるような恐ろしい光景に敬意を払えるか、一種の度胸試しがなされ、さらにユーモアのセンスが試される。もしそれに合格すれば、その人は靴を黄金で一杯にするか、食べ物と飲み物をもらって帰ることができる。しかし不運なことに合格しなかった場合、その人は、恐怖に満ちた夜の旅へ、生涯連れまわされることになる[13]。


こういった「ナガレモノ」的なものは日本だと百鬼夜行として伝わってる。

それらは「凶」と「幸」の二つの属性を併せ持つ。しかし、現代では「幸」と「凶」の部分が都合よく分離させられてしまった。前者はサンタクロースに、後者は百鬼夜行やワイルドハント的なものに。


「お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ?」あるいは「もてなしてくれないと祟るぞ?(逆にもてなしてくれたら幸を与える)」という物語の構成素は蘇民将来(あるいは巨旦将来)の話として日本にも伝わってる。夏越祭りの茅の輪くぐりの話の元。

武塔太子がはじめに訪れた巨旦将来の家では宿を断られ、次に訪れた蘇民将来の家は貧しかったが精一杯もてなされた。もてなしをうけた武塔太子はその徴として身につけていた茅の輪を残し、後に茅の輪のある蘇民将来の家に幸運をもたらした。

八雲百怪 (1) (単行本コミックス)
森 美夏
角川グループパブリッシング


大陸から訪れた武塔太子はスサノオと習合された。武塔太子、またの名を牛頭天王という。


ここでは牛(あるいは牛頭人、人頭牛≠件)が異界へ誘う動物として登場する。それはそのままミトラを彷彿とさせたり。


ケルトにおいて、異界に誘う動物としては熊や牝鹿がいる。熊はarthur(アーサー、アルチュール)であり、アーサー王は熊の王ともされる。

精霊の王
精霊の王
posted with amazlet at 13.10.28
中沢 新一
講談社
売り上げランキング: 250,379


フィリップ・ヴァルテールによると、聖マルタン(サン・マルタン)の特徴、異界に通じ動物の言葉を最初から話せ命令できることはそのままアーサー王伝説の魔法使いマーリンにつながる。

中世の祝祭―伝説・神話・起源
フィリップ ヴァルテール
原書房
売り上げランキング: 375,358



それらの人々の特徴として「毛深い」「巨人」的なものがあり、それがそのまま「熊」とも通じる。ここでは熊は「動物としての熊」と「異界に通じ人語を話す人以外のなにか=野人」という属性を帯びる。

そして、ケルトの夏、藁で形どられた巨人≠野人は燃やされ異界への門をひらく。




聖マルタンの話がでてきたところで冒頭の「魔女とはなにか?」という話に戻ろう。


再び「中世の祝祭」から。


聖マルタンは、福音伝道の最初期(5世紀あるいは6世紀頃)からキリスト教が異教を覆い隠したことの、鍵となる人物であることは否定出来ない。
 
先に述べたとおり、後に教皇グレゴリウスによって組まれるキリスト教化プログラムが実施されたのは、この時代だけである。そのプログラムとは、異教の聖地(樹木、泉、礼拝石)をキリスト教にとりこみ、(司教区、小教区などの)社会的グループと行政組織を作り、異教の記憶を保存することだった。また、福音書に合う協議の枠内で古代神話をキリスト教の文脈に書きなおすことだった(こうして最初期の聖人伝資料が登場した)。



つまりマルタンが列聖されたのはケルトなどの土俗の習俗をキリスト教に再プログラムすることを手助けしたから、ということ。アーサー王を誘ったマーリンのように、キリスト教による植民地化を誘った。


それが正しかったのかどうか?




「ローマ=カトリックがケルトほかヨーロッパに昔から伝わっていた土俗的な信仰、土地と結びついた記憶を強権に塗りつぶしていった。結果として、古来からの人と土地、自然との契約は失われていった」というのは「純潔のマリア」にも通じる基盤的な見方としてある。

純潔のマリア (3) (アフタヌーン)
石川 雅之
講談社 (2013-10-07)


「魔女はそういった強権的地上げで押しのけられていったものの象徴である」というのがこの作品の基本的なスタンスだった。


しかし完結巻の結論ではその部分の語気も少し緩められてるように感じた。



「強権に信仰を押し付けてきたローマ=カトリック、教会の権威が一番汚れているのでは?」
「神の愛は人の世の苦しみを傍観することなのか?」


ミカエルとの最後の対決場面、マリアはけっきょくヤハヴェのその在り方も肯定することとした。

「何もせず見守り続けることも大変なんだね」

「(神頼みせずに)人の力でできるだけのことはやっていこうと思う。だからそんなにずっと見てくれてなくていいよ。でも、居たいならいてもいい。心のなか程度にね」





こういったテーマと結論は「ヴィンランド・サガ」と共通するものを別の形に表したのだなあ、と、いままとめていて気づけた(石川雅之と幸村誠は仲良しさん)。



「純潔のマリア」という作品ももともとは中世の100年戦争あたりの雰囲気をなんとなく描きたかったのだろうし、そこに物語と漫画的モティーフとして導入されたのが「魔女マリア vs. ローマ=カトリック」という構図だったのだろう。ただ、魔女が本物の超常な力をふるう時、カトリック教会では手に負えなくなる。それもあって天上の神-その執行者としてのミカエル-エゼキエルが後付された、、のかも。


この作品を読み解くときに「エゼキエルをなぜもってきたのか?」「その意味は?作品テーマ全体と関わってるのか?」というところで少し悩み、エゼキエル書なんかについてちょっとぐぐったりした。


エゼキエル書というか、、ここで表されてるエゼキエルはエノク書における堕天使のモティーフなのかなあ…。ローマ=カトリックあたりからだと偽書扱いされることもあるような正教系かなんかのエノク書。そこでは救世主や預言者について語られ、その中にエゼキエルも含まれるみたい。

エゼキエル書は預言者の言葉か、あるいは、単なる倒錯者の言葉か、というところでギロンが分かれるようだし、そこでエゼキエルが見たものについても「…UFO?」とかいわれたりもするようだけど、それらのパズルのピースをうまいこと通奏低音にして「人の幸福のために自分を犠牲にするマリア」「マリアのために堕天するエゼキエル」「マリアを護るために戦うジョセフ、ビブ、エドウィナ、アルテミス、プリアポス」という構図を輻輳させていった。

結果として「純潔のマリアに預言者は受胎され、生み出された」という幕引き。

この幕引き自体は作品タイトルからもなんとなく決められていたのかなあ。あるいは「(淫乱といわれる)魔女なのに貞操の救世主」というところだけなんとなくかけておいて、その他はあとから肉付けしていったのかもしれない。


ここで出てくる「魔女」のネガティブイメージについて。


「淫乱にして人を悪の道に誘うもの」というのはキリスト教の女性蔑視的なところから生まれたものであり、「魔女狩り」もそれがゆえに女性を中心としてなされたものかと思っていたけどウィキペディアのまとめによると違うみたい。


アメリカのフェミニスト研究者バーバラ・エーレンライク(Barbara Ehrenreich)とディアドリー・イングリッシュ(Diedore English)は、「魔女とされた人々は女性医療師たちであり、魔女の集会とは、女性医療師たちによる情報交換の場であった」と考え、「魔女狩りとは世俗権力や教会の指導者たる男性たちによる女性医療師への大規模な弾圧であった」という説を唱えた[6]。しかし、この理論ではなぜ農民自身が魔女狩りを推し進めたのか、魔女狩りの被告となった少なからぬ数の男性たちがいた事実をどう説明するのかなど、理論としての精確さに欠けている。そのため、これらの説は現代の研究者たちには受け入れられていない。


魔女狩りという言葉は1970年代アメリカでフェミニストの研究者たちによって、キリスト教誕生以降起こったすべての女性への迫害をさす言葉として用いられるようになり、その犠牲者数は19世紀に女性の権利を訴えていた研究者マティルダ・ジョスリン・ゲージが出した900万人であるとさえした。時にこれを「女性へのホロコースト」という言い方をすることもある。しかし、現代の研究者たちは、女性に対する敵視が魔女狩りの原動力の一つであったことは否定しない一方で、魔女裁判の被告が必ずしも女性だけでなかったということ(たとえばアイスランドでは裁判を受けたものの80%が男性であった)も明らかにしている。


魔女狩り - Wikipedia http://bit.ly/1hmmUKB



「ローマ=カトリックが一方的に古来からの習俗を弾圧するために用意したギミック」と言うのもちょっと違うみたい。魔女狩りはローマ=カトリックの侵入以前から民衆自らによって行われていた。


かつて「魔女狩り」といえば「中世ヨーロッパにおいて12世紀のカタリ派の弾圧やテンプル騎士団への迫害以降にローマ教皇庁の主導によって異端審問が活発化し、それに伴って教会の主導による魔女狩りが盛んに行われるようになり、数百万人が犠牲になった」のように語られることが多かった。しかし1970年代以降、さまざまな研究によってこのようなステレオタイプな見方は覆されることになった。特に有名なノーマン・コーン(Norman Cohn)とリチャード・キークヘファー(Richard Kieckhefer)の研究によれば、魔女狩りはスイスとクロアチアの民衆の間で始まり、やがて民衆法廷という形で魔女を断罪する仕組みがつくられたという。異端の追求は行っていても、魔女裁判には長く関与していなかったカトリック教会が異端審問を通して魔女狩りとかかわりを持つようになるのは15世紀に入ってからのことである。


19世紀に入って近代的な歴史学が発展すると、魔女狩りを歴史の中でどのように理解すべきかについて多くの説が提示された。


たとえばドイツの歴史家ヴィルヘルム・ゾルダン(Wilhelm Soldan)は魔女狩りとは権力者や教会関係者が金銭目当てで行ったものだという説を唱えた。つまり封建制度時代によく行われていた私的徴税の一種を行うための詭弁として魔女狩りが行われたというものであるが、被告のほとんどが財産をもたない貧しい人々であったことや、告発者が利益を得る仕組みがなかったことが明らかになっているため、現在では受け入れられていない。

他にも、19世紀のフランス人ジュール・ミシュレ(Julet Michelet)やエジプト研究家マーガレット・マリー(Margaret Murray)は「魔女とされた人たちは、実はキリスト教の陰で生き残っていた古代宗教を信じていた農民であった」と考えたが、実際には被告のほとんどがキリスト教徒であって、当時の農民の中に異教の信仰があったという証拠は依然として何も得られていない。20世紀に入ってもジェラルド・ガードナー(Gerald Gardner)が「魔女というのはヨーロッパに古代から伝わっていた女神信仰を信じていた男女である」と唱え、今日ウイッカと呼ばれている宗教運動の創始者となった。


20世紀に唱えられた説では、完全ではないものの複合的に要因の一つと考えうるものがある。たとえば魔女狩りが戦争や天災に対する庶民の怒りのスケープゴートであったという説。この説はペストや戦争が起こっていた時期と地域が、魔女狩りの活発さと関連していると主張するが、実際には三十年戦争のピーク時には魔女狩りが沈静化しているなど、それほどはっきりとしたつながりが見られない。次にイギリスの歴史家ヒュー・トレヴァ=ローパーらが唱えた「魔女狩りはカトリックとプロテスタントの宗派間抗争の道具であった」という説がある。つまりカトリックが優位な地域では、少数のプロテスタント市民に対し、魔女の烙印を押して迫害し、逆にプロテスタント地域ではカトリック市民が魔女とされたということである。しかし、この説も対立する宗派の人間がほとんどいなかった地域(たとえばイングランドのエセックス州、スイスのジュネーヴ、イタリアのヴェネツィア、スペインとフランスにまたがるバスク地方など)においても激しい魔女狩りが行われ、逆にカトリックとプロテスタントが激しく争った地域(たとえばアイルランドやオランダ)であっても魔女狩りがほとんどなかったところがあることを説明できないなど、確実な説とは言いがたい。

J・H・エリオット(J.H.Elliot)は魔女狩りが中央集権化した国家や教会の中枢による臣民のコントロール手段であったと考えたが、この理論では権力者が白魔術に対して寛容であったのはなぜか、あるいはなぜ教会や世俗権力が中央集権化した中世盛期に魔女と魔術を放置しており、近世初期になって突如魔女狩りが始まったのかを説明できない、権力者を一概に悪に決め付けているなどの批判がある。


確実にいえることをまとめると、当時のヨーロッパを覆った宗教的・社会的大変動が人々を精神的な不安に落としいれ、庶民のパワーと権力者の意向が一致したことで魔女狩りが発生したということである。現代の歴史学ではかつての魔女狩りについてのイメージの多くが否定されているにもかかわらず、多くのメディアなどでは依然として魔女狩りをステレオタイプのまま捉えて「キリスト教会主導で行った大量虐殺」としている。 一方で、大虐殺であったことは確かであるという意見もある


魔女狩り - Wikipedia http://bit.ly/1hmmUKB



なので、「純潔のマリア(3)」あとがきで書かれてた内容はちょっと違う感じ。魔女を表すwitchという言葉は女性名詞ではあるけど男性も含まれる独特の概念だったみたい。そういうのを考えるとまどか☆マギカにおいて「魔女」が象徴的に表わしているものについてもふたたび考えさせられる。災厄と同時に幸運も含む両義的な意味もあったのかなあ、とか。





あとがき的にはジャンヌ・ダルク≠マリア(あるいは同時代か少し前後)を匂わし、ジャンヌ・ダルクが魔女として裁かれたことについてうんたらされていたのでついでに言っとこう。


ジャンヌ・ダルク - Wikipedia
http://bit.ly/1hmnVSV


ジャンヌ・ダルクとして伝わっているオルレアンの乙女ことジャンヌは佐藤賢一によると「現地ではそんなに有名ではなく、デュ・ゲクラン将軍のほうが歴史的にも知名度的にも高かったのになあ」という話。

双頭の鷲〈上〉 (新潮文庫)
佐藤 賢一
新潮社
売り上げランキング: 96,565


双頭の鷲〈下〉 (新潮文庫)
佐藤 賢一
新潮社
売り上げランキング: 87,633


ブロセリアンドの黒犬ことベルトラン・デュ・ゲクランは日本だと太閤秀吉みたいな感じ。貴族は貴族だけど本来、地方の傭兵隊長程度ぐらいだったのにフランスの大将軍にまで上り詰め、当時劣勢だったフランスをイングランド黒太子から救い出したという伝説の人物。小説的には「税制の父」こと賢王シャルル5世とタッグを組んでフランスに常備軍と常勝をもたらした。ジャンヌの話はそれから2世代後のシャルル7世の頃になる。

傭兵ピエール
傭兵ピエール
posted with amazlet at 13.10.28
佐藤 賢一
集英社
売り上げランキング: 517,914


デュ・ゲクランとシャルル5世によってもたらされ盤石と思われた政体も近親相姦の影響か生まれつき薄弱だったシャルル6世によって食いつぶされ、結果的にイングランド王にまたしてもつけ込まれ親王オルレアン公や近地のブルゴーニュもイングランドに肩入れという状況で、フランスを救うために立ち上げれ、という啓示を受けた、、というのがジャンヌということになってる。


ジャンヌの力、というのは歴史的にも明らかではなくて、「預言された」というのもびみょーだし、その戦術・戦略的価値もびみょーだったみたい。

「傭兵ピエール」ではそのあたりはモロに「単に旗頭的に利用されてただけで、実際の戦闘の指揮は傭兵たちがとった」と描かれていた。託宣的なものも「ヒステリックな妄想」として解釈される向きもあるようだし。


実際、託宣や預言みたいなのが単なる妄想だったとした場合、ジャンヌはローヌ河の争奪戦の一時期に仏軍の士気を高めるためにワンポイント的に利用された。霊力的な大義は王がランスで戴冠さえすれば王にも宿るので(王の戴冠は香油などを用いた呪術的なものとされ、それを済ませた王には神力が宿るとされた)。なので、ランス戴冠後はジャンヌが邪魔になってイングランド側に売られた、とする見方もある。


そして「魔女」の汚名を付され歴史の中に消えていたが、100年戦争後、教会側からいちお地味な復権があり、第二次大戦期、ナチスに対向するための戦意高揚物語としてふたたび引っ張りだされたみたい。





「魔女狩り」のモティーフ、あるいは、「英雄は人々の弱さや狡さを背負って死んでいく」というそれは象徴的なものなので、そこを強調するためのあとがきだったのかなあと改めて思ったりもするけど、そういうのも含めて、神の愛と人の愛(あるいは勇気)の辺りはもうちょっとゆっくり描けなかったかなあ、とかおもった (→ cont.大人の事情




--
関連:
「ヴィンランド・サガ」の背景メモ (アングロサクソンの良心、キリスト教とゲルマンとか): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/161667855.html


ヴァルプルギスの夜のもともとの性格とヨーロッパの一年の感覚、あるいはハロウィーン、日本の盆・彼岸などとの関連についての妄想: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/189894207.html


佐藤賢一、1999、「双頭の鷲」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/223054960.html








posted by m_um_u at 18:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。