死が決まっていることは不思議だった あと何時間かでこの燃えているものがどういう風にかストップする、その兆しから逃げながら探している
死は大きな空洞みたいにただいろんなものをひっぱりこんでどんどん落としていった 悪意はなくてただそういう性質のものだった
お台場ガンダム見に行こうかと思いつつ、「ガンダムだけのためにお台場いくのめんどくせーなー」、ということでなかなか腰が持ち上がらなくなってたところにあまやどり音頭の話
「お経×スライド×ダンス」は21日中山駅南口集合です | アマヤドリ
http://chloe.petit.cc/banana/20110820193022.html
いつもは降りない(かもしれない)駅に降りて、商店街を歩いて、ありがたいお経をに身をつつみ、自分の町ではない(かもしれない)町の写真を見て、夕方の光のなかわけのわからん踊りを見る。
ちょっと夏のお祭りの名残のような時間。
に釣られて行ってみた
あと、今年の夏の終わりの蝉の声というのを自分の中でもうちょっとぢみに印象づけたかったので
少し前まで広島の実家に帰省していて、そこで印象にのこったものは空間の広さと蝉の声だった
道路でもパーソナルスペースでも、東京方面よりもちょっとだけ空間が広くて
そのせいか音や時間も余裕をもってるような感じ
それは単に自分や母や周辺の人々がお気楽に暮らしてるから、ともいえるけど(あくせくキツキツしてたら時間や音の感じ方も違うだろうし)
けっきょくは「それを感じ取れる心の余裕」ってところになるのだろう
それは東京とか広島とかの場の影響っていうか、場の影響もあるかもあるかもだけど「人の余裕」-「生き方」みたいなもののような
そういう環境の中で聞く蝉の声はいつもよりもなんか染みる感じで、夕暮れと聞こえてくるヒグラシの声を原風景として胸に刻んで行きたかったんだけど、風呂ってるときに聞こえてくる隣の家のテレビの音が大きすぎてうまくいかなかった。。
「彼らにとっては日常のつまらない音で、それよりはテレビのちょっとした刺激のほうが良いのだ」というのは田舎のばあさまが「やっぱ味の素だなっす、ほれ、もっと入れろ」みたいなこといって都会人間が閉口するのと似てるのだろう
んでも「当たり前」と思ってる風景の当たり前じゃなさに気づいた時に、それこそがその場の本質として記憶の中に残っていくものなのかなぁって想ったり
今回のイベントでの写真の展示でもそんなことを思った
「横浜の未来」
「開発され変わっていく横浜」
「過去から現在にかけて既にして『未来』を内包していた横浜」
「そういった中で紡がれてきた自分たちの中のヨコハマの本質というか原風景のようなもの」
「『ヨコハマ』といわれて走馬灯のように頭の中に蘇るもの」
それは、寺という場にも通じるもので
通い慣れている地元の人からすると一見「地味でどうということのない空間」と思われてるのかもしれないけど
今回のイベントも合わせて外国人はおもしろがるだろうなぁ、と思った
(お焼香とか(意味を理解してないけど)読経に神妙になる、という形式はオラトリオ → ラップみたいなものか)
そういった流れで見るとあまやどりの踊りというのはごく自然な流れだったかなぁ、といまさら思ったり
最初は「( ゚Д゚)<お天気大丈夫だったら浴衣で迎えに行きます!」っていってて、ほんとに浴衣でお迎えきてたので盆踊りみたいなのやるのかな?と思ってたんだけど、、、箱を開けてみたらいつものあまやどり踊りだった
Terminal Arts of Sein und Zeit: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/199659522.html
以前の時ほどはげしくなかったけど動きとか、上半身の浴衣はだけて背中でちゃってるのとか見てドキッとしつつ、「写真スライドのこの流れでかぁ( ^ω^)・・・」、ってちょっと思ったり
今回は前回の時よりも自分も体うごかすようになってるので重心がどの辺なのかなぁってのを主に見てた
そんで、「あ、そこからそれ釣り上げたままそう動けるのね」、みたいなのを自分の中で感情移入(トレース)しつつ
内容としてはよくわかんなかったんだけど、彼女がたまについったでつぶやいてる夢のなかの風景に似てるな、となんとなく
はっきりと聞こえなくて声が出なくて
でも、遠くから(祝福のような)鈴の音がずっと聞こえてて
それを頼りに空間を泳ぎながら身体言語を刻み、言葉以前の感情の起こりからその空間と自分との関係を確かめていく、みたいな感じ
なので、腰を中心に糸に操られたマリオネットみたいな感じで、あまやどりの中の人が腕や足といった枝葉を十全に使って空間(世界)をつかもう(認識しよう→伝えよう)ともがいているように見えた
ろうそくの灯りは和尚の話もあって震災周辺の人々の魂のようにも想えたけど、もうちょっと別の意味があったのかもしれない
あとは、蝉の声がよく聞こえたな、と
開け放たれた社殿の正面扉から夕方の光と木々の緑、蝉の声が入ってきて
そういった開放感もあってか重苦しい雰囲気や緊張もなく、蝉の声に重なるようにこどもの声が「和やかな空間」「生活の中の一場面」を演出していた
そういった「生活のなかにふつーにある」「地域の人々に馴染んだ」という感じは「不思議な少年」で出てきた「田舎の無名ではあるが素晴らしく周りの環境に溶け込んだ神社」みたいなのを想わせたり
あるいは
「震災」と「たましい」ということを絡めると、彼女の体を通じて還ってきたたましいが再び出ていく過程のようなものを勝手に想ったりした。最後の退場の仕草なんかで特に
そうするとやはり一人盆踊りのようなものだったのかなぁ。。
広島で祖母にあってきた
祖母はもう原爆の記憶も、その後の細腕繁盛記のような人生も、じいさんが死んだこともはっきりと覚えてなくて
かといって認知機能が落ちてるわけではなく、単に「余計な記憶」と想われるものを身体がリセットして、目の前のものに必要なだけのメモリを用意した最適最小の認知環境にいるのだろうけど
そういう環境の中ではおそらく「いま」しかなくて
そして、それはたぶんただしい
古東哲明、2005,「現代思想としてのギリシア哲学」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/218962376.html
では、それは本当に達観のようなものなのか?と思って「死ぬのは怖くないの?」と訊いてみた
祖母は否定するでもなく肯定するでもないように「そうねぇ……」っていってるだけだったけど
たぶん、痛くなかったり煩わしくなかったらそれでいい、ということなのだろう
心残りも特にないようだったし
(なんだったらそれを継ぐつもりで今回会いにいったんだけど)
「ゆるせばいいのに」というのは余人にいわれるととても簡単な言葉のように聞こえて
当人は赦そうとしてもスティグマやトラウマがそれをゆるさない、というのはあるだろう
その気持ちを救うのは....: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/49747050.html
「それもまた『自分』とは離れた部分の善悪という観念であり、その呵責だ」といえばそうだろうけど
では、人は観念を離れて人たり得るのか?、ということになる
プラトンがいうような「観念動物としての人」という文脈で
ただ、
「それは人が人の作った言葉の檻の中から創りだしたもので、ピュシスとは違うもの」ということではあるか
では「自然とともにある」というのは祖母のような状態のことを言うのだろうか?
わからないけど、母によると祖母は「よく笑うようになった」のだそうな
少し前は腰を痛めて悲観的になっていたのもあっただろうけど
叔母にいじめられることもなく、祖父に煩わされることもない
「はぁ、ここが自分の部屋になってしもうたよ」
介護施設の部屋で、嫌味でもなんでもなくそう言う彼女は来るべき死を「そういうもの」として受け容れているようだった
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屈せざるものたち: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/212059486.html
中世ヨーロッパの戦争と正戦論: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/218676600.html
<ヒロシマ>ということ: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/39864267.html

