前回の続きから
正戦論の近代的結実としてのグロティウス、その元はキケロにあるといわれるけど、これは実務的なローマ法的な流れが主に見られているように思える。もうひとつの倫理的な側面は自然法を基盤とし、その解釈というのはギリシア哲学におけるストア学系の倫理学に依るのではないか? あたりから
正戦論が必要とされたもともとの現場である傭兵たちの戦場において、最終的に「やりすぎ」ではない線引き(ルール)とされたのは(腐敗した教会とは違った)「神」との関係だったように思えるので
この場合の「神」はヴァルハラに誘うものでもあれば、もっと人格アナロジーからはずれた「自然」的なものでもある(日本だと「天」といってもいいだろうけど
自然法における自然とはおそらく神と不等号なので
それがなぜストア→キケロにつながるかというと、ストア学派までにつながるながれ、ソフィストをまたいだソクラテスまでのギリシア哲学の流れというのは一度殺された「神」をもう一度人の手に取り戻すためのものだったから
「神」っていうか「神的なるもの」であり「大いなる自然」であり「宇宙の根本原理(アルケー)」
一度ゆがめられたそれをもう一度人の手に取り戻し、その自然(じねん)の流れにしたがって生きて行くことが「よりよく生きる」こととされた
現代思想としてのギリシア哲学 (ちくま学芸文庫)
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古東 哲明
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最初にギリシア神話的に人の姿に模され、堕落して過小評価された「神」(アルケー)を、タレースやヘラクレイトスがもう一度考えなおし、ある者はそれ(アルケー=宇宙の根本原理)を「水のようなもの」とし、ある者はアルケーを「火のようなもの」とした
両方とも見ているものは同じで
消滅してはよみがえる人やモノ、事象のあり方(万物流転=諸行無常=パンタ・レイ)
消滅と生成という逆向きのモメントの調和(パリントロポス・ハルモニエー)
そういった人の世の安っぽい善悪や価値観を飲み込んでいくような大きな流れのようなものを見ようとした
そして最終的に時間もモノも人のあり方もその瞬間にあらわれ、また同時に消えているだけのものと気づいた
それは後にハイデガーが存在論として表していった
そういった気づきは一度はパルメニデスによって為され、著者によればその根本体験(タウマゼイン)によって「大切な事はすべて語った」ということになる(つまり「哲学は完成した」、と)
あとはその体験、「存在に対する畏怖と感動が衰えないように日々生きていけばいい」、ということになるわけだけど…
たぶんそれが一番難しいことで
羊でも狼でもなく「ふつーに生きる」ということ (reprise): muse-A-muse 2nd
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続「小林秀雄の流儀」 「実生活と思想との間でバランスを保つ」ということ: muse-A-muse 2nd
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マルクス・アウレリウスのあり方というのもそういうことだったのかなぁ、と思う
その前段階のソクラテスも
ソクラテスの前にソフィストがある
ペルシア戦争に勝利したことで再び自信を取り戻したギリシアは実務的にきっちりといろいろな思考の型を創り上げていった
それはギリシアの「近代」であり、その実践者たちがソフィストだった
ソフィストたちはソクラテスとの対照で悪いイメージがある(特にゴルディアスなど)
しかし実際ソフィストたちは実に有能な実務家であり、現在だと法律家やコンサルタントみたいな感じだったのだろう(あるいは士業全般
神秘主義を廃し、人の思考も相対化し、その上でわかりやすくきちんと思考し論じるための弁論術(レトリック)や文章術などといったノモス(人為制度)を固めていった
彼らは実に立派な人達で、いまでいう「生産性」に寄与する立派な「社会人」
それに比べればソクラテスは単なる変なホームレスのおっさんで、なにかよくわからん皮肉をいって人の思考を混乱させる困ったちゃんだった
彼の論法で代表的なものは「無知の知」として伝わるが、具体的にはエレンコスという対話術になる
それは直接相手の話に反論するのではなく、搦め手から例外を例示していくことで相手の常識をぼやけさせるような論法
たとえば
(1)対話相手が命題Aを主張
(2)ソクラテスは、Aを直接論駁せず、相手から命題 B、C、D…についての同意をとりつける
(3)B、C、Dからさらに、Aの否定命題をみちびく
(4)もって間接的に命題Aを論駁する
というような
相手に「気づかせる」(あるいはなんとなく「ぼんやり」させる)ようなそういう論法。直接否定するのではなく
そういった論法で「近代」(あるいは合理主義)が陥りやすい二元論(ディコトミー)、二値コード、あるいはそれらをシンにしてほかのものを全て相対(メタ)化してニヒリズムしてしまうような隘路から思考を開放していった
(最終的には毒人参かじって死んだが)
とりあえずソクラテスは「人の常識」を基本と据えた倫理、「正しさ」から倫理を救おうとした
倫理とは「よき生き方」であり、それはなにを価値の中心に据えるかによって決まるので
「正義」といった仰々しいものでもなく単純に人や自然のあるべき姿を目指したのがソクラテスであり、それを継いだのがストア学派であった
そこでは人の善悪や生存までも含んだ価値観を越え、「善も悪も全て『在る』ということを許す(許容する・ありがたく思う)」といった存在驚愕に基づいた倫理(エートス)が蓋然的に共有される
悪も痛みも、それを感じられること自体が在ることだ、として許す感覚。
「在り」「難く」思うそれは死に体のときのそれに近い
ソクラテスが人の世の常識(ノモス)を相対化しようとしたのは彼が自分の中のダイモーンの聲に誠実であろうとしたからだろう
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プラトンもそれを継ぎつつ、「国家論」といったノモスを表出する傍らで後の新プラトン主義に続くようなDQN話(イデア論)を磨いていった
プラトンの身体論に焦点するとあれはどうやらアストラル体というか、幻肢のようなことをいっているらしい
幻肢とは、事故で腕なんかが切れた後、手術後しばらくしても既に失くなった腕が痛む、というような。痛むけど実体(肉の体)としては失っているものなのでどうしようもない
あるいはボディビルダーや身体を鍛えたり操作する人たちがセルフイメージをしっかりと持つと、その筋肉の成長が早くなったり、普段は「動かせない」と思ってた可動域や速度を出せる、というようなもの
つまり人の身体というのは「身(ミ≠アストラル体)」と「体(肉の体)」でできている、ということ
イデアに通じるのは「身」のほうだけど、それはなにも「身のほうが『本当』のカラダ」といった本質論ではなく、「身」と「体」の両方で人の身体は構成されている、ということ
そして、そういった体をプシュケー(神の息吹)が覆う
これもよくわからないんだけど、たぶん発勁の呼気や血流の流れ、力と自然(大地)との結びつきのような感覚に近いのだろう
COMPLEX CAT : 剛体化と柔体化 #2〜発勁と勁道のモデル
http://complexcat.exblog.jp/16032893/
「常識」のくびきを超えてそういった感覚を取り戻すためにエレウシスの密議なるものがあった
前段階として、身体(あるいは心と体)を型(身体図式・常識)から解き放つために一度殺すことを要求する
(1)ボンデージ: 肉体に不自然な姿勢を強要したり、人形化(静止化することで)することで自動機械化し惰性的にはたらく身体図式システムを奪う法方法静慮や坐行などが典型
(2)ダンシング: 体操や舞踏のようにかじかんだ体をほぐし、通常は使い忘れた筋肉や器官を酷使し、身体図式をふりほどく道(ヨガやロルフィングなど)
(3)ダイイング: 円滑な生理機能を可能な限り撹乱し、肉体を死体直前まで近づける。肉体を殺すことで、そこに沈殿し身体の<遊び>(可能性)を拘禁していた制約(身体図式)をいったん破壊する。千日回峰や断食行など
そこからさらに深い密議を行っていく
ソクラテスが人や自分の認識を極限まで操作してダイモーンの聲に繊細であろうとしたのを補足するように、プラトンはそれを身体的に考えようとした、か (で、あれば、その痕跡はギリシア的彫像にも残っているのだろうか。ローマの筋肉隆々のそれとは違った
ストアやマルクス・アウレリウスもそれを継ぎつつ、なんとなく世界劇場内の自分の役割を演じていった
そういうのをみていると、けっきょくは啓けも大切だけど「その後の過ごし方」ということでは「自省録」的な付き合い方しかないのかなぁ、と思う
まぁ「自省録」は読もう



