2011年07月16日

加納明弘、加納建太、2010,「お前の1960年代を、死ぬ前にしゃべっとけ!」





ロベスピエールは、その動機から判断すれば、史上最も有徳な人物のひとりであった。しかし、彼が人びとを殺し、みずから処刑され、彼の指導下にあった革命を滅ぼすに至ったのはほかでもない、まさにあの有徳のユートピア的急進主義のせいであった。

――ハンス・J・モーゲンソー










お前の1960年代を、死ぬ前にしゃべっとけ!
加納 明弘 加納 建太
ポット出版
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[書評]お前の1960年代を、死ぬ前にしゃべっとけ!(加納明弘、加納建太): 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/08/1960-e39a.html


簡単に言うと「60年代学生運動 → 全共闘とはなんだったか?」という話

そこに至る歴史的背景を日本という地政から概観する


通常ならば「全共闘ってけっきょくおぼっちゃんたちの祭りだったんでしょ?ホジホジ(´σ_` ) ポイ( ´_ゝ`)σ ⌒゜」で終わるぐらいだけど、その「祭り」がどういった背景から生まれたのか?なにに対するものだったのか?なぜ有効ではなかったのか?について歴史的に考察した感じ


なので概括な近代史としてまずお役立ちだったりする



「近代は理性の時代で、共産主義―社会主義ー計画経済というのは理性の突端だったんだよ。そんなこといったらいまからみればアポーンかもしれないけど、少なくともあの時代はそうだった。1920年〜1970年代までは、日本の知識に関わる人、いわゆる『エリート』はなにがしかでマルクス主義の影響を受けていた。読売新聞のナベツネとか日本テレビの氏家さんにしてもそうだよ」


ジブリの宮崎駿もそうだし、ジブリのバックアップともいえる徳間書店の徳間康快にしてもそうだった



それが内部でのくだらない権力闘争、たかが委員長の座をめぐった暴力による内部での潰し合い(内ゲバルト)に終わってしまったことに、対談者の「親父」のみならず学生闘争に関わった人たちの少なからずの失望があったのかも知れない



「本来なら外部の『敵』に向かうはずの暴力が、なぜ味方同士に向かうのか?」

「そもそも『敵』とはなんなのか?」



あの時代、学生たちがなんとなくのスローガンとして掲げた目的であり打倒すべきものはベトナム戦争だった


「ベトナム戦争のようなどう見ても妥当性がないような戦争にアメリカが関わるってのはけっきょくは米ソの覇権争い的な理由なんでしょ?」的な


まぁそこまではっきりは言ってないけど、米ソの覇権争い、ドミノ理論的なマスとりゲームの一環だったことは明らかだったし、内政不干渉の原則に外れた過剰コミットってのは政治学者的な課題でもあった。モーゲンソーはこれを元にリアリズムを精緻化していったし、当事者であるマクナマラも後に回顧録を出してその反省とした。


もしくはジャーナリズムの古典としてもベトナムの記憶は重要なものとなる(cf.ハルバースタム)





アメリカをそうさせたのは第二次世界大戦のときから続いていたパワーバランス、あるいはそれ以前からの歴史の流れに依るものともいえる



空想過去小説「チーズとバギウム」: 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2004/08/post_5.html


中国というチーズを欲しがってイギリスその他の列強が集まってきて、脅威を感じた日本もそこに加わり白ヤギさんたらチーズを食べた。

そしたら黒ヤギさん(ロシア)が「そのカマのところがうめーんだからオレによこせよ」っていって争いになった(日露戦争)


なんか知らないが補給が遠かったんだか勢いだかで白ヤギさんが勝っちゃったのでその後も勢いづいちゃってたたかいが大きくなっていった(一部の白ヤギさんは止めようとしてたのに)

けっきょくおおきなたたかいに白ヤギさんでは勝てるわけもなく軟着陸の方向性を探るも内部でグダグダしたり




大航海時代以前はヨーロッパのガラパゴスだったイギリスが「海洋国家として他の国に先んじれた」ってのは海峡をめぐる疲弊がなかったアドバンテージに依るのかなぁ、と思うもはっきりはしてない(モデルスキー辺りが考察してるらしい)


覇権安定論 - Wikipedia
http://bit.ly/naaHwv



とまれ、イギリスはロイヤルネイビーを擁して世界の海を征していく。おそらくはそれまでは「陸の王者が世界の覇者」みたいな観念があったところを覆して

「覇者を目指す」というよりは「商売の橋頭堡を確保」「それを安全に連結」させていっているうちにいわゆる「シーレーン」と呼ばれるものができてしまった、か



「ローマの正統」を自認していた大陸ドイツなんかはそれを追うもなかなか追いつかず、世界大戦というのはその旗取りゲームなものだったのだろう


まずイギリスが先行し、産業革命かなんかでフランスほかの国も追いついてきて万博なんか開き、ドイツもがんばって追いつこうとするも正攻法では追いつかないので「略取」―「戦争」というオプションをとったか


そして、二度に渡るドイツの「挑戦」を退けたのは、同じゲルマンの別の形での現れだった(アングロサクソン)



ロシアも大陸の辺境、眠れるシロクマ的に機会を伺っており、太平洋を通じての外洋アクセスへの橋頭堡が朝鮮であり日本だった


環日本海地図は「日本と朝鮮、中国は地続き感覚だった」って話というよりは「ロシアから見たらあの辺りは全て『外洋への港湾』って認識だったのでわ?」ともみえる
http://www.pref.toyama.jp/cms_sec/1510/kj00000275.html



で、イギリスが残したシーレーンをめぐる争いがいまだにつづいてるわけだけど、中国-ドイツと考えればそれはそのまま歴史の繰り返しとも見える、と(イギリス→アメリカ)


「歴史のライム」 中国はドイツ帝国の轍を踏むか? - リアリズムと防衛を学ぶ
http://d.hatena.ne.jp/zyesuta/20100520



「お茶」や「香辛料」、「アヘン」から「レアアース」や「石油」か


謝罪の等価交換と哀悼の贈与交換
http://bit.ly/keAsF2




そうやって歴史は表層を替えて繰り返している





「終わらない宿題をかかえて歴史は繰り返す」




そういった諦観のようなもの、あるいはあの日の失望への記念碑的なものとして作られたのが「紅の豚」だったのだろう


内ゲバという醜悪で終わった狂騒を

あの日の痛みを忘れて脳死状態(経済の豚)となって社会に仕えることを選んだわれらが「再び飛ぶ日」を

せめて戯画的に消化することで、旅立っていった彼らへの手向けとする


(だから、ポルコたちは飛行機を降りて殴りあう。凄惨で深刻な潰し合いにならないように)










学生運動に関わった人たちがトップになっている現政権と、同じく闘争に関わった人たちがフィクサーとして関わる原発問題というのはすこし「紅の豚」に似てるようにも思う

(問題は豚のエンディングと違って彼らの衒示的行為が現実の我々の生活にはねかえってくることだけど)



福島原発が世界に残すかもしれないひどい遺産: 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2011/07/post-6aab.html



ただ、

『今の状況を見ていますと1960年の安保闘争の時、日本国民を巧みに誘導したソ連共産党の邪悪な工作を思い出します』

http://kkmyo.blog70.fc2.com/blog-entry-755.html



というのは少し違うかな、と





「在日→韓国-朝鮮分断問題でもそうだけど、あれは日本の問題だったんだ。日本と朝鮮は常にロシアからの脅威にさらされていた。そのなかでイギリスあるいはアメリカの傘にすがるしかなかった。後者の選択も『仕方なく』ということではあったんだけど、現実的に軍事力の差からしてやむを得ず傘下に入らざるを得なかった。朝鮮が分断されたのはその流れだったわけだけど、日本もそうなっていてもおかしくなかったんだよ。北海道なんか明け渡されててもおかしくなかった。北方四島は奪われてしまったけど」


そういった背景からあの世代は朝鮮に対して「済まない」って意識があったみたい。あるいは中国との関係でベトナムに対して


中国への日本侵略に対して、あの世代は「明らかな帝国主義的傲慢によるそれでなんの義もないもので、済まないことをした」と思っていたようなので


それがそのまま「義のない戦争」としてのベトナム戦争へのコミットにつながっていた、とか


まずその意志があって行動があり、援助というのはあとから付いてきたもののように思える





北方四島で『済んだ』のは「アメリカの核の威力が効いたから」、と


第二次世界大戦で実質的にドイツと殴り合いをし、倒したのはソ連だった。


それをもって連合国の中でソ連のプレゼンスは増してきていた。それを押しとどめたのが原爆の一撃だった




ヒロシマ人としてはそれをもって「原爆が戦争の惨禍を抑制する抑止力になったのだ!」ってなにもしらないヤンキーが鼻高々してるとぶん殴ってやろうかと思うけど、まぁたしかにそういう背景は肯んぜざるをえない




当時、戦略核をもっていたのはアメリカだけだった。それをもってアメリカはソ連の脅威に対抗していたわけだけど、ソ連もその4年後には独自に核兵器を開発し、ここにMADな競争がはじまった


宇宙開発もその余波であり並行したものとも言える


「核弾頭を精確に着弾させるためのロケット技術」がそのまま宇宙開発に応用されていった。あるいは、「核は示威として使いにくいが宇宙開発は具体的イメージとしてアナウンスできるので示威しやすい」という事情か



宇宙開発でもソ連が優位でアポロ計画が成功するまでは宇宙-核-軍事ともにソ連の力はアメリカと同等かそれ以上とみられていた



そういった背景からベトナム戦争があった




ソ連にことどとくマス目を埋められ後手に回っていたアメリカ首脳部としては背中にチリチリ来るほどの現実的脅威を感じていたのだろうから



もともと「自分たちのための戦争なのか?」というところでモラルに直結しにくく脱走兵が相次いだ


全共闘やベ平連はそういった脱走兵をかくまい中立国へ避難させる活動もしていた



それ自体は評価できる



しかし、



そうやって国外の矛盾にはセンシティブであった反面、国内の目の前の矛盾には鈍感だったのが彼らサヨクの「終わらない宿題」なのだろう


もともと東大や日大、法政や九大などさまざまな「大学」ごとのヒエラルキーとか内部での違いがあったのが初期学生運動であり、それをまとめて「全ての学生運動の共闘体制」にしたのが全共闘であったということだけど



彼らのような「大学にいけるおぼっちゃん」というのは当時の2割ぐらいのもので、ほとんどのひとたちは高卒ではたらいていた


前線における彼らの「敵」であった機動隊はそういった社会の「ふつー」の人たち、中層のひとたちだったし


共産党に集められた人たちは東北からの集団就職組的な社会の「下層」の人たちだった



機動隊の人々は「学生どもは将来、政権をとったらいまとりしまってるおまえたちを殺しにかかる」と脅されゲバ棒を振るった


共産党に集められた人々も同様だったか(彼らの大半は集団就職で地縁的紐帯もなくし社会的に孤立していたところを共産党が間をとりもって社交場をつくってやったために共産党に組していた(ex.「卓球がやりたかったから来た」)



あるいは双方に「社会のお坊ちゃん(エリート)たち」に対するルサンチマンがあったか



共産党は「ワレこそは正統共産主義だ!」というために似非共産主義である学生運動を潰しにかかった






そうやって「敵」とした人々も確たる意志をもってゲバ棒を振るっていたわけではなかったし、また「味方」とした人々も政治理念というよりは内部での権力闘争のためにゲバルトを振るうようになった






「けっきょく革命ってなんだったんだろう?」ということで「親父」は革命の歴史、そこに連なるヨーロッパの歴史を洗っていったのかもしれない



現在の日本に照らしてもそうだけど、けっきょく「革命」というのは理念によるプロテストではなく、理念を超えた狂騒による転覆なので



その資源として感情や欲望、あるいはもっと生理的な欲求のようなものが加わっていき、それらの指向性が持続的なものとなったものが政治的意志となっていくのだろうけど



とりあえず学生運動のそれは「革命」以前の小遣いねだりのようなプロテストであったし、それらが成功したとしてもその後のシステム運営のための具体的な試案もないオママゴトだった



あるいは、試案がないがゆえに持続性をもたなかった、ともいえるか




いちお学生運動上層部の理念としては共産主義で統一されているところはあったようだけど、全体としては漠然とした「戦争反対」が共通していただけで、個々人としては「大学きにくわねー」といった目先の欲が主な動機だったようだし(あとは「祭り」的狂騒感





なので、根本的なところで「自分たちはなんのためにそれをするのか」って観想をもってはじめたものではなかったし、それらは行動しながら少しずつ紡がれていったようだった(一部の人でだろうけど)







「親父」があとから概観していたように、学生運動というのはそれまでの戦いの歴史がごく表層的にデフォルメされて表れたものだったのかもしれない


彼らの理念は一部では共産主義-社会主義に借りていて、けっきょくのところ理念として根幹になるところはそれぐらいしかなかったんだけど、共産主義の歴史をたどれば近代的「理性」の究極点だったといえる


そういった「理性」って石頭によってイデオロギーのオーバードライブが生じ、特に理由もない相手と殴り合わなければならなくなる



「それは本当にオレたちが求めていたものなのか?」




そこで「理性」に対して立ち上がってくる根拠(reason)が「自由」であり、社会主義に対するそれは資本主義の「欲望」だった





ただ、資本主義も「欲望を開放」しただけであり今度は欲望に支配される形になっているとしたら、それは「自由」といえるのか?









「終わらない宿題をかかえて歴史は繰り返す」





現在の「自由」のあり方はユリシーズの瞳にどのように映るだろうか




テオ・アンゲロプロス、1995、「ユリシーズの瞳」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/213903209.html















--
Eastedge1946
http://www4.hp-ez.com/hp/eastedge1946/page10

本書の特設サイト




[書評]ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争(ディヴィッド・ハルバースタム): 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2009/11/post-7291.html




Togetter - 「ミリヲタ(栗山千明好き)が語る戦後日本安全保障・軍備史概説」
http://togetter.com/li/122923


日本が専守防衛になっていった背景。そんで、「('A`)y-~日本の軍備は基本的に三菱とかの軍需産業から調達してるんだけどあいつらなぜか国内に対しては相場の5倍以上の高さでボッタクってるから話しにならんすよ」なんかも事情としてある、と



いちおこの辺が概括的な背景になる

Pacific War History Index|軍事板常見問題&良レス回収機構
http://bit.ly/oz7LlY


日露戦争からではなく日英同盟破棄からか。。
http://bit.ly/n5mmjD


安保はこの辺 Collective Security FAQ Index|軍事板常見問題&良レス回収機構
http://bit.ly/oOADt0


ヴェトナム戦争はこの辺かなぁ Viet Nam War FAQ
http://bit.ly/p6Mv0j






posted by m_um_u at 12:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | レビューこのエントリーを含むはてなブックマーク
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