何方へ 秋の行くらん 我が宿に
今宵ばかりは 雨宿りせよ
初台の刀剣博物館の刀剣鑑賞会と二子玉川の静嘉堂文庫の日本陶磁名品展いってきたのでうなうなと…
刀剣博物館のほうは以前のエントリつながりで
古刀と八極と「( ゚Д゚)<サムライさいきょーーー!」について: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/206487693.html
「実際に手にとって確かめられる会があるのでよかったら…|д゚)チラッ」って受付の人に誘われたので入会してみた
んでも、想像と違ってソッコーダメだなと思ったわけだけど
受付の人に誘われてるときに「武道やってるのでそれ関連で興味があるのです」って言っておいたんだけど・・
「片手でもってはダメ」「横向きに持ってはダメ」「引いて(刺突的に)持ってもダメ」「刀を青眼に構えるのさえダメ」「刀を持つ前に、刀を見終わった後に刀の『たましい』に対して礼をしなくてはダメ」
とかなんとか「ダメ(´・д・`)ダメ」づくしでほんとにダメだな、と
一応の理由としては「美術品だから」「細心の注意を払って」「丁寧に扱ってください」ってので、それはそれでわかるんだけど…
「青眼に持つのダメ」ってなんだそりゃ( ^ω^)・・・って感じ
刀というのはもともとそれを常態とするし、また両手でもって青眼に構えるのが一番安定した形だと思われるんだけど。。「正中線を絶対に守る」という意識の中、相手からの攻撃さえはじいてバランスとれる型なわけだし
それさえ「ダメ」といってしまったらどうやって「丁寧に扱う」ということなのか、、と心のなかで半笑い(いや、顔にも出たか
それでも
そんなことを言われつつ、「…ちょっと外へ」、って半ばつまみ出されつつ「アレゲな人」として外でマナーを教授されたり、お守りのように「(あのひと『変』だから)係員がついてまわっとかないと見せてあげれない」されたのにも関わらず、郷に入っては郷に従え的に隸おうかなぁ(馬鹿みたいだけど)トカ思っていたのだけれど
「こうやって刀のたましいを感じるわけです」
で、プツーンってなった
そんな形で刀のたましいなんか感じられるわけないじゃん…
刀をなんだとおもってるんだろう… 「美術品」ということなのだろうけど、それだったらなんで拝むんだろう…?なにに対して拝んでるんだろう?
単に、自分たちの狭いコミュニティの品格≠たましいとしたいのだろうな、と半ば見透かせてしまって…そこで一気に覚めた
この人達が「感じている」らしいものはたぶん「商売上の流行の型と合うかどうか?」「コスパ的には」→「儲かるか?(しばらくしたら買い手が見つかるか?)」というだけであり、そのとき、刀は単に投機の対象なんだな、と
刀の機能性なんかほとんど感じてない
刀を見ていない
単に、自分たちの界の中で創り上げた記号を消費し酔っているだけなのだろう
それは現代アートや一部の学界、相撲界…あらゆる「界」に共通するであろう「よくある」こと
ルールが曖昧な領域、実証性、実験などを通じた反証性に乏しいところでは澱が溜まりやすい
曖昧なルールとそれに基づいた蓋然的な評価、ナァナァなスノビズム
自分たちが創り上げた「品格」≠「たましい」に酔って、対象となるものの本当の魂を救い上げない
それは半ば分かっていたことだけど…あそこまであからさまだとはなぁ、と思った
氷山の一角だしたいしたことはされてないんだけど、「氷山の一角」があれだと深く付き合っていくと相当気分の悪い思いするだろうなと思ってここですっぱり切ることにした
ああいう見方だとショーケースの中に入ってるのを見るのとたいして変わらないようにいまのところ思われるし
どこまで行っても刀は刀 人を斬る為にだけに在る刃物
刃物として与えられた命を全うしてこそ美しいのですな そこを忘れるとおかしなことになる
「用の美 無用の美」みたいな話があって、
ウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツとか柳宗悦の民芸運動、あるいはそれを包む全体としての鶴見俊輔の限界芸術論、暗黒舞踏から派生した田中泯の農村と生活と共にある舞踏
そういったものは「生活」「用-機能-実践」というところをまず基盤とするように思うし、自分の美的評価というのはまずもってそこに属する
「ただ、そこに在る」という本質 ポイエーシス-エロース / イデア: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/204824809.html
でも、そのサブディレクトリというか、その系の一部として少数に「機能的合理性だけでは測れない、そのモノや者自体の止むに止まれぬ事情から生み出されていく美」というものがあるように思っている
Teminal Arts of Sein und Zeit (補遺): muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/200173685.html
それは、ブツ-物というよりは仏
そのモノの生命でありたましいともいえるものと関わることなのではないかって…
そういったモノは語れないがゆえに「たましい」の在り処は分かりかねる
でも、たとえば植物と同じように語れなくても漂っているなにかがあるんじゃないかって…
Togetter - 「position 1 「立つこと」「動くこと」「生きること」「性」「動くこと」「思考すること」」
http://togetter.com/li/147666
それらの声はか細いもので、普段は聞こえないものだけど
人が、それを聞くに足るだけ修練を詰めば(あるいは「余分な自分」を削って透明に近づけば)、モノであれ植物であれ 聲 を響かせてくれるのではないか、って…
Togetter - 「身体の零度 零じゃなくても語る身体」
http://togetter.com/li/146559
最近はそういうことを思ってる
それは半ばオカルトめいた戯言に聞こえるのかもだし、頭の中に響いてくる 聲 も自己暗示的なものに過ぎないのかもだけど、「それらが在る」ということへの希望、あるいはそこに自分がつながれるのかもしれないという期待に基づいた日々の修練は自分にとっては祈りのようなものだ
彼ら(あるいは彼)が無造作に発した「たましい」という言葉は、それを土足で踏みにじったように思った
…まぁ、特に深い思慮もなく慣習として使われている言葉なのだろうからそこまで気にすることもないというのはわかってるんだけど、先程からいってるようにそういう鈍感さと無配慮、無遠慮さが全体を包みつつ、自分たちのひきこもり的な世界観に基づいたたいして意味のないルールに対しては配慮を要請するのだろうなこの人たちはと思ったらゲンナリしたというだけ
日本刀において「用の美」ということであればまずもって「斬れるかどうか」「折れないかどうか」であり、それは現代刀で進んでいるのなら現代刀を見ればいいだけだし、古における刀への評価も元々はそういったものだったはず
特に武門はそういう傾向があったはずなのに、江戸の太平楽やそれ以前の剣力の権力へのすり替えの流れの中で、一部でみょーな雰囲気や慣習が生まれていったのだろうな
古流の実践的理合も忘れられ、道場稽古のにぎやかしのために目を引くだけのみょーな技を後から開発していったようだし
そういうのはもろに新刀の飾り細工のようだけど、新刀のみならず、それを包む鑑賞眼全体が独特の「みょーな技」を生み出し自家中毒していったのだろう
特に「武門」に関わる領域でそれがされているのはキモイなって自分の純粋が潔癖したのかもしれない
(すげー嫌な喩えするなら「用を忘れた極度のフェティシズム」ということで、ブルセラショップで使用済み下着売ってるのと同じような感じなので)
「焼き物なら良くて日本刀はダメなの?」
って自分の中の 聲 への回答はその辺になるか
陶器の世界もよく分からなくて、みょーなスノビズム蔓延 → そこをくすぐりつつ新たなルール作ったりしつつ金にする、って村上隆が基本かなぁと思うんだけど
自分の中での実践的感覚として日本刀ほかの武器からは離れてるからかな、と
ルーシー・リー展のときに思ったように、あれらは抽象画の器的な表現であり、絵画的な造形を立体的にテンプレートした感じなので
絵画と彫刻の間のような
「陶器は抽象画のようだ」というのは例えば、そこに表されている色彩や図像のデザインがそのまま抽象画に類似しているように思われるから
ルーシー・リーのときは主に色彩と質感が南仏の油絵みたいな感じだった。あるいは縄文的な力強さとか
今回の静嘉堂文庫の所蔵展示ではクレーやブラックぽいのがあったように思う。あるいはマティスとか、中国奥地の山水的な墨絵、縄文辺りを思わせる幾何学模様
それらを釉薬と「焼き」の偶然性の中で設計し、体現していく総合芸術が陶芸のように思う
今回は
昨秋開催の「中国陶磁名品展」に続く静嘉堂の東洋陶磁シリーズ第2弾。重要文化財の野々村仁清の色絵吉野山図茶壺をはじめ、桃山〜江戸時代の名品を中心に静嘉堂の日本陶磁コレクションを幅広くご紹介する初めての展覧会です。
所蔵品紹介のページに移ります
重文 色絵吉野山図茶壺 野々村仁清 江戸時代 17世紀
志野織部山水図大鉢 桃山時代 17世紀
色絵丸文台皿(伊万里焼・古九谷様式) 江戸時代 17世紀
色絵牡丹文水注(鍋島) 江戸時代 17〜18世紀
瀬戸芋子茶入 銘「雨宿」 室町〜桃山時代 16世紀
ということでまさに「へうげもの」ピンポイントな世界観だったように思った
仁清がメインであり、たしかに仁清が多く展示されてるように思ったけど個人的には織部中心で見てた
自分は「へうげもの」以前から織部っぽいものが好きで、「へうげもの」を通してそれに火が付いて行ったところがあるんだけど、今回の展示で改めて「緑釉は織部の基本の一つだなぁ( ^ω^)・・・所持しときたいわぁ」とか思ったり。
http://awoniyoshi.com/products/detail.php?product_id=82
草花鉢系だから緑釉だったのか、緑釉を活かして「草花鉢」と称したのかわからないけど、あの枯れと草の様子は好き。ひび割れた粘土質の大地に草花がまだ在ることを見つけてホッとするような… というか、草花鉢だけに限らず織部は全体的にそういう「枯れ」が基本になってるのだなぁと改めて思った
その「枯れ」は織部のみならず武門の価値観、侘び寂び的な価値観の基底にあったのかなぁとぼんやり
「いつ死ぬかわからない」「死んでもおかしくない」というところから翻って見える「生きる」ことの価値
あるいは
干からびた戦場の粘土層の土の上に咲いた一輪の花のような色合い
それが武門が「これだったら置いておいても良い」と思えた雑貨としての焼き物類だったのかも
ほんとなら武に関わるものがそういった機能的合理性をもたない余暇物を身近に置いたり、心を賭けるとも思えないので(特に全盛期の一流のサムライなら
そういった自分にとっては分かりやすい味わいは織部にもっともよく表れてるように思えて、それでたぶん織部が好きなのかなぁ
古田織部が描いた抽象画的な幾何学模様は本来は意味も趣もなさないものなのだろうけど
ああいった枯れた大地の上でなら、あるいは死を傍らにおいた光景としてなら意味を持つのかも知れない、と
そこでは一般的な既存の価値観や言語表現、教養も溶けて解体されるので。より原始的、普遍的なものに感性が回帰するのかもしれない
子供の手慰みのようなそれに
そんなことをぼんやりと思いつつ古織の大皿、志野織部山水図大鉢をみる
http://www.seikado.or.jp/040210.html
枯れた大地に中国山水風の景観が墨絵で背景となり
http://bit.ly/k2oear
その枯れを彩るように唐草が配され鳥が舞う
唐草はウィリアム・モリスやアール・ヌーヴォーのそれを思わせる生命の螺旋であり、鳥たちは生命の躍動とも言える
あるいは
肉体を離れたイデアで生命やモノたちが踊っているような
大皿というのは特に抽象画的な一枚絵が描きやすいものだなと改めて(製土→描画→添色→焼きの技術も難しいものだろうけど)
つづけてぼんやりと仁清を見る
仁清のそれは基本的にルーシー・リーのものに近いように思った。あるいはルーシー・リー展で仁清の影響についていっていたかもしれない
ルーシーがバーナード・リーチの影響で民芸運動に興味を持って、それを受けたルーシーの陶芸の影響を益子焼が逆輸入という現状みたいだけど。なので益子焼はお店でもけっこういい色だしてる
http://www.lucie-rie.jp/lucie/index.html
作品個別でいうとやはり大茶壷、色絵吉野山図茶壷は圧巻だった
http://bit.ly/in914a
切り取った画像でみると小さく見えてしまうのだけれど、「吉野山の夜景を表したもの」というそれは現物を見るとまず黒に目が行く。その夜を彩るように図像が壺の周りを流れていく。その様子は三島っぽいなぁ、とか(まだ読んでないけど)
あと、仁清がつくりあげたという「色絵」の技法。これはなんとなくマイセンぽかった
マイセンも中国陶器の影響で、基本的に日本もヨーロッパも中国磁器(日本の場合は高麗のそれも)の影響から作られていったものなのだけれど、その中でも磁器は特に、しばらく中国や朝鮮の技術と影響力を出られなかった。
そんなに詳しくないけど、磁器というのは高温で焼きあげることで金属質な音と硬度が可能になった陶器のこと。表面が硬質になり水がにじまなくなるとか何とか。なので、か知らないけど描画の具合も変わるのだろう。透けるような、ぼんやりと淡い白や青が可能になるし。青磁や白磁、景徳鎮とかボーンチャイナとか
伊万里とか鍋島辺りのはモロにその影響らしい
そういうのは「高温が必要」ということでまずもって焼きの技術、それを可能にする窯の技術力の問題となる。
博覧会の政治学であったような、技術力の差がそのまま機能美として評価されるような価値観
「へうげもの」でもあったように、織部の場合は連房式登窯によって高温の焼きが可能となっていった
連房式登窯 - Wikipedia
http://bit.ly/jqWmO9
マンガでは「朝鮮出兵の折に窯技術を盗んで(伝授されて)帰った」ってことになってたけどほんとのところはどうなのかわからない
それが磁器制作にもつながっていった
「色絵」というのはそういうのを踏まえた蒔絵との中間みたいなものかなぁ、とぼんやり
ぐぐればいいのだろうけどまぁ置いとく
とりあえず織部以外で関心を持った初めてのものだったし、仁清関連は「美の壺」の京焼でやったそうなので改めて見よう
ぼんやりと周遊しながら、ミニマルアート的なものや、クレーのような色彩のもの(古九谷様式有田 色絵丸文台皿)、W.ブレイクの銅版画のようなもの(打刷毛目瓜文鉢)、あるいはW.モリスの唐草模様のようなこじんまりとしたコレクションのようなものを見ていく(栗生屋源右衛門 色絵花鳥系)。白磁っぽい地に藤が伝う水桶とか
あるいは備前や丹波、信楽焼などの「焼締(やきじめ)」技法にブラックっぽい抽象絵画のグラデーションを思ったり
焼締では釉薬は使わず土を高温で溶かすだけで、そこで生じる自然な色合いな変化に期待する
そういった変化を「窯変(ようへん)」というわけだけど、そこでは釉薬的なそれよりもより微細なグラデーション、大地を基調としたそれが表れているように思った
あるいは、
単にその辺の雑貨屋であってもおかしくないような「乙」を見て欲しくなったり
色絵虫図急須なんかはシンプルな薄い土壁色にキリギリスがいるだけで、なんか乙だった
そして利休の黒
中国様、朝鮮(高麗)様に断固と「NO!」を突きつけた日本の前衛であり抽象
楽家 長次郎 黒楽茶碗 (「かざ折」)
http://blog.goo.ne.jp/biting_angle/e/da618d874e216c9a490447e69ba71077
楽家三代道入 赤楽茶碗(「ソノハラ」)
http://www2u.biglobe.ne.jp/~nagaki/rakuyaki/rakuyaki.htm
とか
「利休の黒」であり深淵の黒っぽく
単に黒く染めたのではない、ゴツゴツとした大地と鉄のそれを感じさせるものはやはり鉄釉によってもたらされるものらしい
ほかの茶碗でもそうだけれど、鉄釉を使うことで錆びた色合いが出せる
(それは工場萌えとか廃墟萌えを思わせる)
枯山水に配される岩のような
天然の黒鉄鉱(あるいは赤鉄鉱)のようなそれ
それらが抹茶という沼をおおい、磐(いわお)に囲われた自然(じねん)をグビリと喉を鳴らして呑む
そういった力強さ(あるいはエロティシズム)
そして古瀬戸、芋子茶入「雨宿」を中心に 〆
http://www.seikado.or.jp/040213.html
何方へ 秋の行くらん 我が宿に
今宵ばかりは 雨宿りせよ
という古歌にちなんで銘されたそれは、梅雨時の今回の展示全体のテーマを表しているように思えた
(あるいは武門と茶道具の関係を)
最後に「用の美」―「技術」について蛇足的に
「磁器への憧れ、中国・朝鮮様への憧れはまずもって『技術力』に対するそれであった」というのは裏返せば「現代技術をもってすれば昔様を超える、あるいはそれを踏まえた今様が可能なのでは?」ということで
たとえばLOFTとかハンズ、もしくは織部などといった少し安い和風雑貨店でもそういった茶器は見られるように思う。1500円から3〜4000円ぐらいの
あるいは
国宝「曜変天目」周辺は20万〜100万ぐらい?
http://homepage2.nifty.com/katachi/news/oketanino.htm
http://blog.goo.ne.jp/katachi21/c/956fbea3a2f779baaaeabbae4450983f
それは「イミテーションとしての軽さ」問題はあるとは思うんだけど、「AVマニアがどんなにAV技術に注力しても、コンサート会場の生音にはかなわない(再現できない)」のと同じく、生活の中で使う分には申し分ないのでは?と思ったりする
古人がもともと叶えたかった色合いや光沢は実現されてるのだから
それは光の技術がない時代に古代の人々が宝石に託した思いと同じなのだろう
あるいは宝石をめぐる「用/不用」「使える/鑑賞用」のそれと同じ
「もともとは光を身近に置くためのものだった」(鶴岡真弓)のだから、光の技術ができたら光をまとえばいいのだ
その上で古の人々の思いや希いにも共感していく
それが「モノに振り回されずに、モノやものと共にある」ということだと個人的には思う
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関連:
「へうげもの」をめぐって武力と資本とアートな話: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/119488882.html
日本におけるベヒーモスの芽生え 堺の場合: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/121069392.html
司馬遼太郎, ドナルド・キーン、1972、「日本人と日本文化」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/125351878.html


