2011年05月30日

「さあ、ちからのかぎり、そらいっぱいの、光でできた、パイプオルガンをひくがいい」




Nothing in life is to be feared, it is only to be understood. Now is the time to understand more, so that we may fear less.
Marie Curie (1867 - 1934)




After silence, that which comes nearest to expressing the inexpressible is music.
Aldous Huxley (1894 - 1963), "Music at Night", 1931




My personal hobbies are reading, listening to music, and silence.
Edith Sitwell (1887 - 1964)




The whole problem can be stated quite simply by asking, 'Is there a meaning to music?' My answer would be, 'Yes.' And 'Can you state in so many words what the meaning is?' My answer to that would be, 'No.'
Aaron Copland (1900 - 1990)




I think I should have no other mortal wants, if I could always have plenty of music. It seems to infuse strength into my limbs and ideas into my brain. Life seems to go on without effort, when I am filled with music.
George Eliot (1819 - 1880)








もしもおまえが

よくきいてくれ

ひとりのやさしい娘をおもうようになるそのとき

おまえに無数の影と光の像があらわれる

おまえはそれを音にするのだ

みんなが町で暮らしたり一日あそんでいるときに

おまえはひとりであの石原の草を刈る

そのさびしさでおまえは音をつくるのだ


多くの侮辱や窮乏のそれらを噛んで歌うのだ



もしも楽器がなかったら

いいかおまえはおれの弟子なのだ


ちからのかぎり


そらいっぱいの


光でできたパイプオルガンを弾くがいい

               (宮沢賢治 / 「告別」













m_um_u / むーむー
@borujiaya というわけでなんだかありがたく m(_ _)m QT インスタレーションとしてのパイプオルガンを包む環境と、本来はその環境に合わせた一点物としてのパイプオルガンの在り方と歴史。自分が求めていたものは古楽なのかな http://htn.to/ykY2wy at 05/30 04:54
m_um_u / むーむー
インスタレーションとしてのパイプオルガンを包む環境と、本来はその環境に合わせた一点物としてのパイプオルガンの在り方と歴史。カザルスホールは本当に惜しいし羨ましい。自分が求めていたものは古楽なのかな / 極私的脳戸/日々の与太 ≫ カザル… http://htn.to/ykY2wy at 05/30 04:49



http://twitter.com/#!/borujiaya/status/74789746165035008

辺りから



極私的脳戸/日々の与太 ≫ カザルスホール、アーレント・オルガンの響きを絶やすな
http://www.g-note.org/note/?itemid=4412



パイプオルガンは本来はその環境に合わせた一点物で、環境とパイプオルガンが有機的に交わりインスタレーションのように機能してきた、ということ。

そのようにして住民に愛され育まれてきたパイプオルガンの在り方と歴史。
http://morutan.tumblr.com/post/5974949824


そういった音は、本来は仰々しく場を圧するような「大きな音」ではなく、その場に集う人々の祈りと思いに応えるような繊細なものだった
http://morutan.tumblr.com/post/5974958956


分業と工場生産 → 大量生産・大量消費を基本とした近代型の工場的な音色、コルビジェの角張った「未来」と「進歩」を思わせるような建築デザインのそれにも似たような「生活」を圧倒しつつ機能的合理性を追求するようなそういったプレス機の音。そこでは労働に従事する人々、そこからの派生としての生活圏での思いも画一化されていく
http://tumblr.com/xau2qtcc63


もちろん、画一化し、「天職」-「仕事」としてのそれに没頭することによる美しさもあるだろうが(工場萌えとか)
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/204824809.html



とりあえず置く


そういったインスタレーション的な施設、作品とそれを包む環境が有機的に融合し、全体としての美を顕しているような施設というのは日本では少なくて


絵画関連で東京だと目黒庭園美術館とか原美術館なんかが想起されるけれど、音楽についてはぜんぜんしらなかった



というか、やはりそういった施設はすくないらしい



そういう意味で言うとカザルスホールは本当に惜しいし、失われる前にそれを体験できたということは羨ましい
http://tumblr.com/xau2qtcozz


カザルスホールにアーレントのオルガンが設置されたことは、こうした20世紀の古楽再興運動との関連で言えば、まぎれもなく日本の音楽史上の事件であった。この3月23日にカザルスホールで記念公演を行う鈴木雅明氏率いるバッハ・コレギウム・ジャパンの活動に代表される通り、いまや日本の古楽演奏は一定の水準に達している。こうした現代日本の古楽運動の隆盛を支えてきた重要な支柱の一つがカザルスホールであり、このホールのアーレント・オルガンだった。




というか、自分が求めていたものは古楽なのかな、と気づかされた




なんとなくだけど、ちょっと前からArvo Pärtの音が好きで、「スターバト・マーテル」なんかが特にしっくりくるんだけど、それ系の音楽について追おうにもジャンルとかカテゴリーが分からないので困っていた



アルヴォ・ペルト - Wikipedia
http://bit.ly/ilZNi0

http://morutan.tumblr.com/post/5976499410





でも、たぶん古楽だったんだなぁ、って


実際、ペルトは古楽を志向していたようだし(wikipediaにも記載されていたが)
http://morutan.tumblr.com/post/5975902233/3



そういった過程というのはなんだかちょっと不安になっていた自分のペルト志向を和らげてくれた



TASZ や ノヴァーリスのところでもあげたように



Terminal Arts of Sein und Zeit: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/199659522.html



夜を愛し、余すところなく死んで、三位を統べる: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/200174686.html




これらの音やその他の芸術作品というのは、イドの方向に向けての限界的な強度を持っているんだけど、それがゆえか独特の暗さをまとっていて、ともするとそれに耽溺してしまいがちなところがある


その不安がいまだにチラついていてなんだか「( ^ω^)・・・呪われた音楽なのかなぁ…」みたいな感じもあったのだけれど(あるいはスピリチュアルとかオカルトとか



ペルトの志向が「古楽」ということではっきりしたのでその辺の不安も氷解した



古楽であればケルトも含むし、近代的に編成される以前の町の生活の中での音楽も含む



後者は鶴見俊輔的な意味での限界芸術、民芸的なものに属するものだろうし、前者も大文字のキリスト教に蹂躙される以前の非都市部での野生の思考ということになる



それは、音楽がまだ一部の権力者に囲い込まれる以前の、「オラが町」の音楽、あるいは酒場での吟遊詩人の語りのメロディだった時代を思わせる


ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)
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中世の窓から (朝日選書)
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近代のようなクラシックの楽団が編成される以前、「のだめカンタービレ」などで表されたように、いまでもヨーロッパの地方に残っている「オラが町」の音楽の風習は古くは都市のパレード的なものに遡る


都市のパレードは、かつてのケルト的な風習、カーニヴァルを「野蛮」として封じた代替的な儀礼として発展していったのだけれど、いつしかそこで行進の先頭に陣取るのは「ステータス」とされるようになっていった


都市の金持ちたちは争ってその権利を買い取り、いつしかパレードの先頭で歌舞くことが権威の衒示的なものとなっていったり


そこで吹かれた行進ラッパ、あるいは賑やかしとしての楽団は本来は都市民が他の都市への略奪行為を行った凱旋を祝う楽団として編成されたものだっただろう


そこは未確認だけれど、すくなくとももともとの都市の楽団はそういった用途、ほかの都市との戦いにおける戦気の鼓舞や、戦勝の祝いのために編まれていったものだった。実際、そのためにまずもって編成されたのは音のよく通る管楽器隊で、弦楽器は軽視されていた。



古楽の記述のなかに「古楽的な楽器、たとえばリュートなどは廃れていった」というものがあったように思うが、それはこういう文脈にもよるものと思われる
http://tumblr.com/xau2qth5mu

かつての吟遊詩人たち(あるいは笛吹たち)の姿と共に





話を戻そう





古楽的なものはそのようにして近代に編成され消えていったわけだけど、その少し前、ケルト的なものも古楽の一部としてあった

ケルト的なものが大文字のキリスト教(ローマ=カトリック)を中心として偏見されて「( ゚Д゚)<このオカルト(魔術)がぁ!!」されていった結果、なんだかおどろおどろしいものとされ、バタイユされていったのだろうけど


それらはなにも「暗さに耽溺して酔う」ためのものではなく、われわれが、都市と近代の大量消費的志向に編成される以前の当然のものであったのだと、「古楽」の名が教えてくれた



そういった不安


「この暗い欲動はもっていても大丈夫なのかしら?」的なそれは先のエントリにも共通する



「ただ、そこに在る」という本質  ポイエーシス-エロース / イデア: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/204824809.html



それは「暗い」とラベリングされるものではなく、人の多様性、感情の機微の在り方として「当然」のものなんだ


誰も傷つけてないし、単にそれがそこにあるのを感じてるだけなのだから



そして、「古楽」という名を通じてそれらは生活の中に回帰していく経路を持った(自分の中で)




それらはいずれ、自らの内なる「天」に向かわせるチャント(謳歌)となってわれらを後押ししてくれるのかもしれない


「天上の弦」のような繊細で抑揚に富んだ和声を伴って







「東洋のストラディヴァリウス」と称される陳昌鉉の苦労と努力、諦めずにチャレンジしてきた歴史は宮沢賢治の「告別」におけるパイプオルガンのくだりを想起させる


多くの人から馬鹿にされ、東洋人には不可能と思われたストラディヴァリウスの音色を、多くの貧困や悔恨、故国の母との惜別に耐えつつ編んでいった陳昌鉉の歴史


文字通り、血と汗と涙を伴ったその労苦の歴史が天井の音への階梯を引き寄せていった



あるいは「ひとりのやさしい娘」との出会いがそれを後押ししてくれた、とも言えるだろう



フォルテピアノ - Wikipedia
http://bit.ly/jLIcqX

http://morutan.tumblr.com/post/5975472958

http://morutan.tumblr.com/post/5975472958


そういった一つの楽器の音色に賭ける苦労と歓びの歴史は、そのまま古楽器職人のそれを思わせる


特徴として、革で覆われたハンマーをもち、チェンバロに近い、細い弦を張っている。音の響きはモダンピアノよりも柔らかく、持続が短い。また一般的に音域ごとに音色が異なる



彼らは、祈りにも似た努力の積み重ね、シーシュポスのような試行錯誤の繰り返しの中から、不可能とも思えるような音の幼生を紡ぎ出していく


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http://zoome.jp/norityan/diary/211


人の祈りが、そのまま神(あるいは仏)として現前していく



人々の期待を伴って






ペルトが「フラトレス」という楽曲をつくってくれたのは、そういう意味で言うと象徴的であり、自分的にはとても嬉しかった


1977年にエストニアの古楽団体ホルトゥス・ムジクスからの委嘱によって作曲された作品で、「ティンティナブリ様式」による書法で生み出された、ペルトの作品の中で最も演奏頻度が高く且つ有名な作品である。なおタイトルの「フラトレス」は「親族、兄弟、同士」といった意味を指す。


http://tumblr.com/xau2qtt6vp









それは岡本太郎が「誇り」のモニュメントを両親に捧げたのにも似て


二子神社(岡本かの子文学碑)
http://www.city.kawasaki.jp/88/88bunka/home/top/stop/dokuhon/t0410.htm


第7景 岡本かの子 文学碑「誇り」 | 川崎36景 | 川崎市宮前区の情報満載!官民協働の地域ポータルサイト『宮前ぽーたろう』
http://www.miyamae-portal.net/mp/kyosho/?sid=186


この塔は、生田緑地内にある岡本太郎美術館のシンボル「母の塔」と向かい合うように設計されているそうです。








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YouTube - ‪古楽‬‏
http://www.youtube.com/results?search_query=%E5%8F%A4%E6%A5%BD&aq=f


キーワードで動画検索 古楽 ‐ ニコニコ動画(原宿)
http://www.nicovideo.jp/search/%E5%8F%A4%E6%A5%BD?track=videowatch_search_keyword



タグで動画検索 ペルト ‐ ニコニコ動画(原宿)
http://www.nicovideo.jp/tag/%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%83%88



近藤喜文 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E8%97%A4%E5%96%9C%E6%96%87

1970年代半ば以降の宮崎駿と高畑勲の作品を作画面で支えた。

高畑が『火垂るの墓』、宮崎が『となりのトトロ』と、長編映画を同時に制作した時期は2人の間で近藤の争奪戦が起こった。高畑は「他は何もいらないから近ちゃんだけ欲しい」、宮崎は「近ちゃんが入ってくれないなら僕も降板する」と言ったという逸話が残っている(結局、仲裁に入った鈴木敏夫の、宮崎は自分で絵が描けるからという助言で、近藤は『火垂るの墓』の制作にたずさわった)。米をよそう際、手首に付着した米粒を舐め食べる動作、など高畑アニメが追求する実にリアルな描写の実現は、近藤の強く鋭い感受性あって初めて可能なものだった。

スタジオジブリでは『耳をすませば』の監督を任される(それ以前から近藤が演出をするという宮崎との約束があった為、宮崎が企画を持ってきた)など、宮崎駿・高畑勲の後継者として将来を期待されていたが、1997年の暮れに解離性大動脈瘤で倒れ、1998年1月21日に47歳の若さで死去した。尚、耳をすませばの作成中に宮崎駿と近藤の間では何度も衝突があり、時には宮崎が演出の変更を求めたり脅す様なこともあったという。この事について宮崎は「自分が終わりを渡してしまったようなもの」と語っている。葬儀の出棺の際に『耳をすませば』の主題歌である「カントリーロード」が流された。妻は色彩指定をしていた山浦浩子、息子が一人いる。

ほかに、金曜ロードショーの新オープニングの作画・演出を担当した。好きな漫画家に高野文子、画家にはノーマン・ロックウェルなどを挙げている。




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タグ:限界芸術 art
posted by m_um_u at 08:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
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