2011年05月06日

実践(プラクシス)について



「思想が教条的で生活から離れたものではなく、生活に根付いたものであるためにはどうしたら良いのか?」

「その際、一旦『知』が生活に寄り添ったとしても、なんらかの慣性のようなものが生まれ『知識のための知識』のようなゲーム的現象が生じる。これに対するにはどうしたら良いのか?」




こういった問題は古代ギリシアからの連綿とした課題のようで




実践 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9F%E8%B7%B5



おーざっぱに「実践(プラクシス)」と「観想(テオリア)」、「ポイエーシス」の問題とされる。

ここでのポイエーシスはアリストテレス的には「実用的な制作」とされるそうな。

いまだったらアーツ・アンド・クラフツや民芸的なそれに当たるだろうか(あるいは田中泯さんの舞踏とか)



『以上のテオリア、プラクシス、ポイエーシスの三区分は、後の西洋思想の大きな枠組みとなる』



西欧語では、"practice"(英語)、"Praxis"(ドイツ語)、"pratique"(フランス語)などとされる実践概念は、そもそもの出自はギリシア語で「活動」を意味するプラクシス(πρᾱξις)なる語にたどり着く。プラトンやアリストテレスなど、古代ギリシア哲学では、プラクシスをテオリア(観想)に対立させて理解した。すなわち、テオリアはロゴスによって永遠なる神やイデアを観想するものであり、プラクシスは流動的・一時的な感覚世界に属する人間の行為全般を捉えるものである。さらに、アリストテレスは、自然環境を対象とするポイエーシス(実用的な制作)との対比から、プラクシスを、人間社会を対象とする公共性を有した精神的な倫理的・政治的実践として捉えてもいる。

古代ギリシア哲学では、テオリアが重視され、実践はテオリアに奉仕するものであるとされたが、いずれにせよ、以上のテオリア、プラクシス、ポイエーシスの三区分は、後の西洋思想の大きな枠組みとなる。





実践と観想についてはそのままアーレントの議論ででてきた話になるだろう



仲正昌樹、2009、「今こそアーレントを読み直す」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/188110008.html



ここでのポイントは


「実践とはいいつつも、特に考えもなく運動のようなものに参加することが果たして理知的といえるだろうか?」

「では観想し然るべき時機を待つとして、『然るべき』の判断基準とはなにか?もしくは『観想』それ自体に積極的な意味はあるのか?」


みたいなことだった



こういった志向は中世にも持ち越されていったけど宗教改革をはさんで状況がかわった、と。


「実践」が「労働」と結び付けられることになり、そうすると合目的性がでてきたとかそういうこと。


「仕事」(ざっへ)ではなく「労働」ということ。そっちに流れていってしまう



中世キリスト教世界でも、基本的に、神に対する観想生活と世俗的な労働生活とを対比させる図式が続いたが、宗教改革の時代に入ると、倫理的な実践と労働とを結びつける考え方が広がり、さらには、フランシス・ベーコンの産業的実践論など、自然を対象とするポイエーティックな実践と理論的認識とのつながり(相関性)が自覚され、やがて、自然科学における理論と実践が、物質/精神のデカルト的二元論のもと、形而上学的思弁から切り離されていくことになる。




そして、この傾向…「( ゚Д゚)<近代は (神学などのすぐ役に立たない)形而上学を 超える」はプラグマティックな実践への希求として現れてくる。

この傾向は後年、ウェーバーが大学における知のプラグマティズムへの即物化傾向を憂いた話とも重なる。


Togetter - 「M.ウェーバー、1919、「職業としての学問」」
http://togetter.com/li/131779


近代に入ると、如上の自然科学の方法を人間社会に適用しようとする動きが出始める。これに対して、カントは、あくまで実践(プラクシス)の中心を道徳的な実践理性に従う倫理的実践に求めた。つまり、実践理性を、感性的・経験的動機に規定されるプラグマティックな理論理性による実践と区別し、科学や技術の進歩によっては支配されない主体の自由を強調したのである(実践理性の優位)[1]。そして、こうした自由な道徳的実践が人間性の完成として結実する「理性の王国」が、人間の歴史的実践の目的とされた。





そして、


こういった「形而上の知ではなく生活に役立つ知を」「実践の中での知を」「実践とはなにか?」といった文脈から、マルクスにおいては「労働」がそれに当たる、と仮定されていく

基本的にヘーゲルの精神の現象学における弁証法、理性と実践の往還を踏まえつつ。

(私見では、そこで積み上げられていく精神の位階(≠実存の位階)はマズローの承認の五段階欲求にもアナロジー的には対応するように思われる。ただ、両者ともその段階に入る以前に白紙状態(還元)によって世間への偏見を削っていってないと、精神は積み上げられていかないだろう)


こうしたカントの理論理性と実践理性の二分法に対して、マルクスは、歴史を「理性の自己運動と実践的な自己実現の弁証法」の過程として捉えるヘーゲル哲学[2]を徹底させた。そして、物質的世界に対する労働実践をあらゆる認識と運動の根拠として、「労働の解放」と「労働からの解放」を主張するに至った。マルクス主義における革命的実践においては、実践によって理論が生み出され、理論によって実践が調整され組織化されるという「理論と実践の統一」があらわれるとされ





「実践とはなにか?」は一旦このように「労働ではないか?」と仮定されたがどうも座りがわるかった。


そのためその後も「実践とはなにか?」「生活の中で知が歪まないためにはどうしたらよいのか?」「知がそれ自らに『知識のための知識』を希求し、生活的実践に役に立たなくなっていく流れがあるのではないか?」といったテーマに基づいた思考は続いていく。


いわゆるプラチック / プラクシスをめぐる論争?のようなものもそれに当たるのではないかと思われる。



1960年代以降、フランス構造主義の展開のなかで、ドイツ語のプラクシス=実践(Praxis)とフランス語のプラティック(プラチック)=慣習的行動(pratique)の差異が問われることになる。たとえば、レヴィ=ストロースは『野生の思考』のなかで次のように述べている。

概念の図式が慣習的行動(プラチック)を支配し規定している、と私が言うのは、時間的空間的に限定され、かつ生活様式や文明の形態について弁別的な非連続的事実という形で民族学者の研究対象にされている限り、慣習的行動は「実践」(プラクシス)とはいっしょにはできないからである。「実践」とは―― 少なくともこの点では私とサルトルの見解は一致するが――人間科学にとって根本的な全体なのである。[3]

問題なのは、近代主義的、マルクス主義的な認識においては、目的意識的に実践化されていないプラティックは、支配に抑圧された無目的なものとみなされ、単純に乗り越えられるべきものとされてしまう点にある。アルチュセールやフーコー、ブルデューはこうしたプラクシス概念を嫌い、しかも客観主義的構造主義を離れ、あくまでプラティックの有り様を探究し続けた哲学者、社会学者として位置づけられる




マルクス主義においてはプラグマティックな「労働」が「実践」に当たると仮定されたが、それはより上位の目的志向性(理念)におけるhackがなされていないため、その部分での恣意性の慣性を抜け得ない、という問題


データ中心主義と「そもそもそのデータはなんのためにとられ、どのような観点から実験と考察の有効性は判断されるのか?それはどのようにhack可能かとえるのか?」といった問題と似ている

Togetter - 「「論述 vs. 実証?」  論述系における「濃い記述」の話」
http://togetter.com/li/128650



そして、そのような実践、実践の目的性を上位で統制できない実践は、実践の中で「それ自身」が自家中毒的指向性を有するのようになるのではないか?たとえば、知識化、言語化される以前の身体技法的な慣習のようなものにも一定の形式性にもとづいた指向性が含まれていくのではないか?と仮題される



こうした文脈では、"practice"や"pratique"を実践と訳すことはできないが、多くの邦訳書籍では、この差異を無視して一律に「実践」と訳されていることが多い。たとえば、ブルデューは次のように述べている。

一言指摘しておきますが、私はプラクシスという概念を用いたことは一度もありません。この語は、少なくともフランス語では、――かなり逆説的なことですが――いささか理論的誇張法の気配を帯びており、青年マルクス、フランクフルト学派、ユーゴスラビア・マルクス主義などのように、マルクス主義を洒落たものにしている言葉なのです。私は常に、単にプラチックについてのみ語ってきたのです。




レヴィ=ストロースは日常生活における身体の運用の一定の形式=「身体技法」的なものを単純に「知識の慣性を抜け出すための希望」のようなものとして捉えていたように思われるのに対して、ブルデューは「身体技法的なものにも一定の慣性があるのではないか?」と疑念をもっていたように思われる

http://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/43/talk_index.html



こういった流れはたとえばドイツ、フランクフルト学派にも受け継がれていった。


他方で、旧西ドイツでは、1970年代に入ると、リーデルらの「実践哲学の復権」の流れがみられるようになる。この背景には、実証主義的な近代認識論において、客観主義的な理論概念の台頭のもと、実践は主観的・相対的なものであり、せいぜい理論の応用という技術的な問題に切り詰められてしまったという危機意識があった[6]。

こうした流れを背景に、ユルゲン・ハーバーマスは、プラクシス/ポイエーシスの区分をコミュニケーション/労働の区分に置き換え、理論や道徳の基礎にコミュニケーション行為を位置づけ、実践概念を再構築する試みを行っている。




ハーバーマスがプラクシス(実践)をコミュニケーションに見出したのは「生活の中で役立つ知識」は生活者との実際的対話を通じてしか確認し得ないことを言わんとしていたのではないか?

ご高尚ですばらしき形而上な机上の空論ではなく、実際に、生活者の言葉と対峙してみて、煙にまかずに対話ができるかどうか?生活と人生全体における実践的な意義が哲学・思想に見いだせるかどうか?死を前にして哲学・思想的課題や思考が有効性を持ち得るかどうか?



それはまた、労働という実践(修行)を通じたそのひと本来のあり方、その人の居場所や願いの在り処の問題への気づきとも関わってくる。


Togetter - 「\ ドーピングコンソメ 二郎ラード夫妻の/\(^o^)/\ 完成である/」
http://togetter.com/li/127972

サヤカノキモチ  「善意」の内政不干渉について: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/192656763.html


簡単にスポイルすれば「自分探し」がこういった問題の端緒になるが

その系から生じる実存(自分の望むべき姿、社会と自分との対話を通じた『なりたい自分』の姿、自分がほんとうに落ち着ける場所)への気づきがそのまま人のポイエーシス(本来あるべき姿)の発動となる



Togetter - 「「ヤサシイワタシ」」
http://togetter.com/li/129708





こういった真摯な対話を通じた理性と知性、生活者への愛情を基軸とした理知は最終的に人文知、というか自由七芸が希求してきたいわゆる真理の形「真善美」の階梯を登るに至るのではないだろうか

真理というよりも「そのものの本来の姿」(ポイエーシス)であり、それに還ることがそのままエロース(生の根源的悦び)である、ということ


Togetter - 「緑の座から「真水をくむ」ということ」
http://togetter.com/li/131170








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※形式と内容(知が形式化して実践から遠ざかっていくことについての本blogでの試考の過程)


テレビ」化するネットの傾向と対策(仮)
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/91095727.html


意味以前へ  Martin Creed展にいってきたよ (reprise)
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/122569128.html


続「小林秀雄の流儀」  「実生活と思想との間でバランスを保つ」ということ
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/123045927.html


「仏もまた塵であり神は細部に宿る」な話
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/183208298.html


ようやく「ホンモノ」がなんだかわかったような気がする、というような話 ( ポイエーシス/アウラ/ピュシス(仮)
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/195251618.html







posted by m_um_u at 15:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人文このエントリーを含むはてなブックマーク
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