2011年03月10日

ヴァルプルギスの夜のもともとの性格とヨーロッパの一年の感覚、あるいはハロウィーン、日本の盆・彼岸などとの関連についての妄想

まどかマギカ関連で、ついったで「ワルギルプスってなんやろ?ワルキューレ → ニーベルングの指輪かと思ってたけど」とかいってたら「それはヴァルプルギスでは?」みたいなこといわれてぐぐったらこんなの載ってて


ヴァルプルギスの夜 - Wikipedia
http://bit.ly/eny1gc

歴史的なヴァルプルギスの夜は、異教の春の風習にちなんでいる。ノース人の風習では、ヴァルプルギスの夜は『死者を囲い込むもの』とされていた。北欧神話の主神オーディンがルーン文字の知識を得るために死んだことを記念するもので、その夜は死者と生者との境が弱くなる時間だといわれる。かがり火は、生者の間を歩き回るといわれる死者と無秩序な魂を追い払うためにたかれ、光と太陽が戻るメーデー(5月1日)を祝うことにつながる。




まどかマギカ的な意味としてはたぶん「ファウスト」に出てきた「ヴァルプルギスの夜」であり単純にサバト的なものを想起させたり、あるいは「ファウスト」からのインスピってのを匂わせるための記号的な使い方だと思ったんだけど

「んじゃヴァルプルギスの夜ってなんなん?魔女なんかいるわけねーし」ってことで見てたらメイデーとの関連ということで謝肉祭周りなんかもキリスト教(ピューリタン)から蔑まれたなぁみたいなこと思い出したのでその辺かな、と







まあ、それ自体はわりとふつーのローマ(ラテン)によるケルト・ゲルマン文化の習合化(cf.聖人として取り込み)当たりかと思ったんだけど、自分的に「メイデーも太陽復活祝うって書いてあるけどなんなん?」って思ってそこからぐぢぐぢと…


冬至を太陽の復活とするところは汎世界的にあるとおもうんだけど、その逆の夏至周りってのがよくわからなくて


まぁその前に「冬至」の意味について



身体感覚的には冬至の時期あるいはそれ以降というのは一番寒い時期なんだけど、日時計的には冬至を境にして日照時間がだんだんと長くなっていく。

なのでイギリスのストーンヘンジにも日時計があって冬至を祝う祭りをする



ストーンヘンジ と 繁栄のエッセンス♪ - BlueOcean ペタルトーン・ダイアリー
http://blog.goo.ne.jp/blueocean0358/e/1d92d667614a386c591880b03e8d6af9

ストーンヘンジは、夏至の日の出と冬至の日の入りにあわせて建造されているそうで、紀元前3000年位から古い歴史に包まれているこの遺跡は、ドルイド教の神殿説や天文台説、ヒーリングスポット説など、今でも多くの謎に満ちています。



冬至を境にして生の世界へ、夏至を境にして死の世界へ還っていく

生の世界のウッド・ヘンジ(サークル)から死の世界のストーン・ヘンジ(サークル)へ


あるいは死と生、月と太陽が入れ替わる


英国ソールズベリー平原 「ストーンヘンジ・環状列石」
http://203.181.59.80:48676/shares/www/2009htm/iron5/0912igirisu00.htm



年間をとおしていうと夏至祭り(メイデー)もすんだ5月頭からハロウィーン前ぐらいの10月終わり(あるいは11月あたま)ぐらいまでは「生きてる時期」って感じだったのだろうけど、残りの11月から5月の半年ぐらいは「寝てる時期(死の時期)」って感じだったのではないか?

ローマ暦で段階的に調整されるまで1月と2月なんて暦もなくて「ないもの」扱いだったし。
http://bit.ly/f3MIvz



太陽の死の頂点(冬至)を迎えて生者の肉体(ソーマ)は眠り、その魂(プシュケー)は生の世界への旅に出る

太陽の生の頂点(夏至)を迎えて死者の肉体(プシュケー)は眠り、その魂(ソーマ)は死の世界(イデア)へと還っていく




ちなみに日本の北方にもストーンヘンジはある






ハロウィーンももともとそういう性格のもの


ハロウィン/Halloween( 意味と由来 )
http://www.soumei.org/contemporary-artist/superstition/halloween.html


此岸と彼岸が合わさって死者が蘇ってくるもの

こちらは冬至というか秋から冬至までのびみょーな中間期間であり、日本で言うと秋前の彼岸とも言えるだろうけど



ウィッカ - Wikipedia
http://bit.ly/gBtG6T

ケルトでは、春分、夏至、秋分、冬至の quarter day (=四季の分け目になる) の中間に クロスクォータデイ cross-quarter day (=季節の盛りになる) をおき、春分と夏至の中間を Beltane、それ以降同様に Lammas、Samhain、Imbolc と呼ぶ)





おそらくハロウィーンの夜、死者の魂があの世から蘇り「体をくれないと勝手にもっていっちゃうぞ?」と脅す。「じゃあ、仕方ないね」ってことで体の代わりにソウルケーキをあげる。キリストの血と肉、お葬式と葬式饅頭


これは季節の移り変わりの時期を境(さかい)とした「祭り」と言えると思う。


境では此岸と彼岸が、現世とあの世が交わる。(cf.「ぼんやりとした橋の向こう、トンネルの向こうからの呼びかけに応じてはいけない」)



日本のいわゆる「お彼岸」も春分と秋分、一年で昼と夜の長さが同じになる時期、つまり昼と夜の境界に設定される

http://www.ffortune.net/calen/higan/higan.htm





ハロウィーンは新暦の10月31日に行われるけどケルトのころの実際感覚としてはSamhain(ハロウィーン)が1年のはじまりだったらしい
http://www.fuzita.org/wldculture/scotland/beltane.html


で、

もともとの意味(季節感)としては冬至だったはずなんだけど昔の暦では11月とされていたのでそのまま踏襲していまの11月に行事を行ってるのだろう、って見方もある
http://www2t.biglobe.ne.jp/~shin/kyoro_room/erin/calendar.html



まぁ11月から12月の冬至までのマイルドな秋→冬移行期ということだとは思うんだけど



同様のズレは日本の御霊迎え期間にもある


「七夕は旧暦で7月7日なのであって新暦のそれではない」という例のあれ。
http://sao.seesaa.net/article/47151088.html

新暦にすると7月の25日から8月の25日までマイルドにズレたりする
http://homepage2.nifty.com/turupura/new/new0508_01.html


つまり新暦換算で7月7日から8月25日まで、最大で1ヶ月と18日ずれる。


簡単に言うとこの期間全体が「お盆」ということになる




こんな感じで旧暦の精度の問題と旧暦と新暦のズレの問題、あるいは暦は替わっても時季ではなく数字的暦にこだわって旧暦のまま行事を送ったりすることがチラホラある。


そこからすると「お盆」も夏至祭の一環といえるのではないか?


「お盆」の元といわれる「盂蘭盆会」自体はインドからの風習で日本で習合した理由としては「この時期には西方浄土(インド)にもっとも太陽が向きやすい」みたいなもっともらしい理由もちらっと見たけど、もとは正月(冬至?)の対角としての夏至祭の一環ではないだろうか?


8月15日から数えると苦しいけど、7月7日から1ヶ月ちょっと引くと…(まぁそれでも現行の夏至にはちょっと遠いけど)




てか、ケルトに従えば夏至から秋分の間、「Lammas」ということになるか



Lammas Day
http://mirahouse.jp/month/20050801/index.html


愛知ソニア 女神たちのパッチワーク:Lammas
http://sonia.thd-web.jp/e823.html


8つのサバト  8 SABBATS
http://homepage1.nifty.com/wicca-mirai/sabat.htm


小麦の収穫祭、と


対角としてImbolc(インボルク)が設定されこちらも重要な火祭りのひとつ


スコットランドの伝統行事・Imbolc
http://www.fuzita.org/wldculture/scotland/imbolc.html


4つの重要な祭りが種の「芽吹き→成長→収穫→種まき」のそれぞれの時季ごとに設定される

2月1日が Imbolc(インボルク)、5月1日が Beltane(ベルテインとかベルテン cf.メイデー)、8月1日が Lughnasad(ルーナサド,Lammas)、11月1日が Samhain (サーウェンとかサーウィン, ハロウィーン)



ここでまたびみょーなんだけど

2月は暦的には春節のそれであり旧正月を想わせる。11月のハロウィーンは季節や農耕の意味的には1年の終わり/始まりという正月的意味合いになる。






すこし混乱してしまうわけだけど、農耕を軸として機能主義的に考えると11月のハロウィーン(Samhain)が終わりの始まり(新年)なんだけど、太陽信仰という文化・宗教的側面から考えると冬至が新年の起点になるということだろうか。

太陽信仰は農暦的な機能主義的な面から取り入れたようにも思われるけど、それとは独立して文化的側面から持ち上げられていた可能性もあるというか…。






なんか獺祭な感じになったのでまとめると、



・ヴァルプルギスの夜はメイデー


・メイデーは春分と夏至の間の祭り、Beltane(種籾の成長期の火祭り)の変化したもの


・Beltaneを含めた4つの火祭りは小麦の成長における「芽吹き→成長→収穫→種まき」の4節に設定される


・冬至/夏至、その中間点としての春分/秋分は太陽(日照)を軸に設定される


・冬至や夏至、春分や秋分には太陽信仰的側面があり、「境」にまつわる此岸/彼岸、生と死の交換的意味合いが含まれるように思われる。


・冬至から夏至までは生者は眠り死者は蘇る。夏至から冬至までは死者は眠り生者が蘇る


・機能主義的農暦を中心に設定されたと思われるBeltaneほか4つの火祭りにはそのような宗教的側面は含まれないように思われるが、Samhain(ハロウィーン)には死と生の交換的意味合いが含まれているような


・日本の彼岸、盆などは日本独特に思われるが性格的には春分・秋分のそれであり、ハロウィーンのそれにも近い。季節の境界を巡る祭りっぽい



もちろん「ヨーロッパ基層、日本基層、インド基層辺りの話をおーざっぱにつなげすぎ」ってのはあるんだけど、機能的にみるとわりとこういった習俗は汎用性があるように思っているので



以上を総合するとやはりBeltane−メイデーーヴァルプルギスの夜にもあの世とこの世の「境界」を巡るシンボリックな側面があったのではないか?2ヶ月のブランクは暦のズレから説明できるのではないか?と思うんだけど…

まぁその辺はこの本でも読みつつボチボチ確かめていけたらと思ってる



中世の祝祭―伝説・神話・起源
フィリップ ヴァルテール
原書房
売り上げランキング: 82551






とりあえずヴァルプルギスの昼の面(メイデー)としてはメイポールの周りをメイクイーンとメイキングがグルグルと周るのだな

それは機能主義的視点から見れば「男根の周りを処女と童貞が回って成長を促す」という農耕における豊穣・労働力としての出産の期待の象徴的行動とも言えるだろうけど、「大人と子供の間」の少年少女が自らのモラトリアムを謳歌しつつ素直に成長への期待を表した祝祭にも思える


大人たちはそんな子供たちをみつつ


「時よ止まれ!汝は美しい!」


と思うと同時に健やかな成長を期待する











「ママ、明日はぜったいちゃんと起こしてくれないとダメよ? 

 明日は一年で一番しあわせな日、一年で一番うれしい日なのよ

 だって、わたしはメイクイーンになるんだから

 わたしがメイクイーンに選ばれるに決まってるんだから」



You must wake and call me early, call me early, mother dear;
To-morrow ’ill be the happiest time of all the glad New-year;
Of all the glad New-year, mother, the maddest merriest day,
For I’m to be Queen o’ the May, mother, I’m to be Queen o’ the May.


http://bit.ly/erWEDC



posted by m_um_u at 12:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人文このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。