2011年02月19日

網野善彦・鶴見俊輔、1994、「歴史の話」

あまり期待せずに読み始めたんだけど結果的にけっこう収穫あったので箇条書きでメモ的に


歴史の話 (朝日選書)
歴史の話 (朝日選書)
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網野 善彦 鶴見 俊輔
朝日新聞社
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オラが読んだのは旧版の単行本、1994発行の3刷だったけどリンク先のは網野さんが亡くなって選書で再版したもので鶴見さんのあたらしいあとがきが付いている、と。


全体的に、アクセントがあったように思ったところ、印象に残ったところというと「『正義』とか『正しい歴史』とかなにかを決めてしまわないこと、決めてしまうことで漏れていくものに対する感覚を持ち続けることが大切」みたいな話。あとは創作ノート的な裏話とか、天皇制が意外と出てきた。

論文とか単行本になる以前の「こういうつもりで仕事していった(でもあのときは失敗した)」みたいな話がちょこちょこあっておもろかった。






▽日本の資本主義の源流は江戸時代どころか14世紀ごろまで遡れる(43)※数字は該当ページ


「江戸の後期までは米作を中心とした自給自足社会」というのが既存の教科書認識であるが、物々交換ではなく為替の形での取引は14世紀まで遡れる。いわゆる「百姓」も百の(よろず)業のひとつとして商いをしていた。米の税収的には貧農として記載されていた百姓も廻船を介した商いでは十分に潤っていた例もあった。また、領主に出す帳簿とは別に裏帳簿を付けていた。裏帳簿は正式な史料としては残されずふすまの下敷きなどになっていたり。

「こういった帳簿能力、計算能力の下地があったので明治の開国の際に諸外国についていけたのではないか?」と網野さんの見解。


これらの話の基本として「百姓は農民とイコールではない」「日本社会は農業中心だった、とする農本主義とは違った現実があったのではないか?」がある。



「割符(さいふ)」は14世紀から流通していた手形。この手形を買って京都の方に送ると京都や堺で銭と交換できた。「替米(かえまい)」といってコメも手形になった (133)





▽真宗を支えていたのは商人や職人であった(44)


「近江の堅田の本福寺の僧侶が書いた『本福寺跡書』を初めて資料として使ったのですが、それを見ると、真宗を支えているのは商人や職人なんですね」


こちらのエントリでもあったけど


『宗教で読む戦国時代』が猛烈に面白い! - ひじる日々 東京寺男日記 Ehipassiko!
http://d.hatena.ne.jp/ajita/20100306/p1


一向一揆というのは宗教戦争(信教封じ)でも農民戦争でもなく、経済(商い)をめぐった政治的抗争っぽい。

ヨーロッパの教会よろしく日本の場合は天皇を通じて寺社周りに商い特権が与えられていたようなので。たとえば神人や勧進聖。前者は移動の自由、後者は株式会社みたいなもの。


あとは寺社が金の貸し借りのいざこざの仲裁機能ももっていたって話もある

2009年10月 ニッポン借金事情 井原今朝男 │これまでの放送│火曜 歴史は眠らない│NHK教育
http://www.nhk.or.jp/etv22/tue/past/2009/10.html



あと、本願寺の辺りは水運的に重要ポイントだったようなのでその辺絡みかな、と。

(cf.「びっくりしたのは、能登(石川県)の海辺の集落は金持ちで、大変、巨大な真宗の寺院が多いんですね。ところが、土地、石高は持っていないので、制度的には石高の少ない百姓、水呑百姓に位置づけられている人たちが多いのですが、じつは商人や廻船人の集住する港町がいたるところにあって、大変、豊かなのです。そうした港町にはだいたい真宗寺院があります。私は、戦国期の真宗は、本来、商工業者に支えられた宗教だと思うんです。」(44))


ヨーロッパの場合は教会が持っていた知識ハブ的機能の中のお金ハブ機能が銀行に特化、商いがしやすい都市や宗派が人気を集めて行ったと思うんだけど




その前段階13世紀には低利子率を確立し商いがしやすい土壌がつくられていた、と(ここにも教皇庁が絡む)






(なんかくまこが教科書的な話も出してたのでこっちから読んだほうがいいかも)





(ちなみにわたすはウェーバーのポイントは金、宗教、組織編成、簿記なんかも含めた知のパラダイムの変革への着目だと思ってます)




関連で「職人歌合」読みたい


職人歌合 (岩波セミナーブックス―古典講読シリーズ)
網野 善彦
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七十一番職人歌合;新撰狂歌集;古今夷曲集 (新 日本古典文学大系)
岩崎 佳枝 高橋 喜一 網野 善彦 塩村 耕
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歌合と姿絵から垣間見える天皇と職人、天皇と遊女なんかの関係


(「けがれ」の意味の反転とかも)




▽岡正雄がフレーザーの王権についての論文を訳そうと思ったら、「それを出すならぼくは妨害するよ」と柳田国男に言われた(48)


王権論は天皇制を相対化するための道具立てのひとつだろうけど、それを柳田が「妨害するよ」といったのは当時の柳田を中心とした民俗学の有り様を物語る感じ。






▽王は自分に独自の力があるから王なのではなくて、まわりが王と思うから王になれるのだ(48)


「天皇制はなぜ存続したのか?武家が天下をとったのなら天皇制も潰して王を名乗ればよかったのではないか?」関連で


「権力は社会の合意があって初めて維持し得るので、その合意が崩れるような事態が起こり、それを多数の人民が意志として表現したら、あっという間に消し飛ぶと思うんです」


辺りは権力というのが力によるゴリ押し的なものではなくヘゲモニー的な「人々が自らすすんで合意していく作用(集団の慣性)」のようなものとして捉えられそう。フーコー的な見方というか


「天皇には2つの顔がある。土地(田畑)の所有者として税収をとるというのが1つ、もうひとつは無縁の自由人たちの神聖なる王という顔」というのはダイダラボッチの2つの顔(「遠野物語」-「もののけ姫」)を彷彿とさせつつ、後者の「神聖性」というのはこの辺(ヘゲモニー)の話かな、と。


網野さんが別のところで言っていた「天皇制は思ったより根深い。たとえば農村なんかの暦。ああいったものを通じて人々は無意識に天皇制を当たり前のものとして支持している」みたいなのと関連するように思う。




関連でこれも読まなな


[書評]武士から王へ - お上の物語(本郷和人): 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2009/06/--fe9d.html






▽「無縁は無所有を前提とした話」(59)


「無縁・公界・楽」をやったときに中沢新一さんから「網野さんのやってることは結局は資本主義になるね」といわれて「たしかにそう言われてみると市場というのはいったん無所有-無縁-誰のものでもない状態をつくりだしてからでないと成立しないな」と思ったって話。

この辺の感覚はストールマンが言っている「Free」の感覚の理解に近いように思う。「無料」ってのではなくて「誰のものでもない状態にデフォルトする」ってことだと。

その前提があって初めて一定のルールのもとでの平等で公正な取引が成立し、結果として所有が生まれていく。


一部で「無縁社会」とかいってるのは「無縁仏」なんかからのネガティブイメージなんだろうけど、もともと無縁は「責任を伴った自由(デフォルト)」なこと。良好な縁(ネットワーク)を作り出すために一端ほかの領域でのアドバンテージをデフォルトに戻すということ。


したがって無縁の対義語として「有縁社会」とか言われたりするけど、対義語もなにも市場や自由遍歴の場でのあたらしい縁をつくるためのデフォルト状態だから対するものでもない。

ただ、昔ながらのしがらみ、悪縁みたいな話はあってそれが「世間」なんかに通じるんだと思う。

「世間」なんかは江戸時代からあった言葉だけど、明治以後につくられた「社会」という言葉がとってかわっていった(言葉の重層性、歴史性が失われていった)。


「都市の外に市場ができ、そこがアジールとして機能していた」とか「教会・寺社はアジールだった」、「教会・寺社が商取引の仲裁機能をもっていた」なんかもこの辺絡みそう。






▽明治以降に開発された日本語には意味の重層性がない(106)


たとえば「dimensio(はかる)」の感覚は手を広げたり縮めたりで体感できる。手を尺取虫のように広げたり閉じたり。広げると長さが、閉じてこぶしをつくると立体的な大きさが分かる。この全体の動きで「dimension(次元)」の語感を体感でき意味の連続性から連想しやすいわけだけど、日本語の「次元」だとなにがなにやらわからない。。


西周は西洋の言葉をものすごい勢いで翻訳した。意味の重層性なんか捨てて「ひとつの言葉にひとつの意味だけ」とした。そうすると学習する際に楽。500の概念を一晩で丸暗記して、そのまま答案に書けばいい。ただ、そのような学問の方法でドイツ留学したひとが当時の教科書的知識だけ丸暗記して「もはやドイツには学ぶことはない」などということがありケーベルなどを辟易とさせた。



この辺のテーマは本書で何回も繰り返される「教科書的なただしさだけを支持する貧しさ(あるいは危険性)」みたいな話。「現代人の科学への信頼が宗教のようになっている」みたいな話にも通じて、プロセスではなく完パケし権威づけられたものに期待する、みたいな傾向。結果的に失敗でもプロセスの中にその時点での成功よりも可能性を持ったものもあるのに…(cf.錬金術と科学の歴史)

「正規の資料」として残されたものよりふすまの下敷きのほうが価値があることもある。






▽「善の研究」の善はエロスと同じ全肯定感ぽかった (140) → 「転向」「シロかクロか」ではなく



「道徳的に正しいとか、そういう話ではないんです。俗界における善悪の判断をこえた存在の脈動があって、それを感じて、これが善だ、これはいい、という感覚なんです。」



鶴見さんの読解だと「善の研究」の善はエロスと同じ全肯定感ぽかった。「でもそうするとすべて肯定ということで南京大虐殺で提灯行列だってことになるけど」「・・そこの区別を意識しつつな歴史認識ですよね」みたいな話。

西田幾多郎も結果的に「大東亜戦争万歳」というところに乗せられてしまったがそれによって西田の思考すべてが否定されるものだろうか?

びみょーなとこで、善の達観は「世界の全てに意味がある」なあの実感だろうけど、そこに達しつつも同様に意味のある中国ほかへの侵略を「侵略」と認識しつつ是とせざるを得なかった心境というのは転向のアレに近いかなと思うに、「従わなきゃ命とるぞ」っていわれたときに逆らえるかね?ってのはある



「シロかクロか」ではなく転向せざるを得なかった人々の中にあった葛藤やそれを通じた思想の変化の軌跡、あるいはそれほどの人たちを惹きつけたものの正体を冷静に追うほうが豊かではないか。自分たちが究極の選択をせまられたときの参考としては







posted by m_um_u at 18:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人文このエントリーを含むはてなブックマーク
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