2010年09月15日

「事件は陰謀論的に起こってるんじゃない。現場は人が足りないだけなんだ」  ジャーナリズム不全の構造的問題について

昨今の検察・警察制度への疑問とか、それを伝えるジャーナリズム体制の不備関連のweblogがたまったので関連で政治とカネスキャンダルの是否 → 小沢に到るまで流れみたいなのを簡単におさらいしとこうかと思ったんだけどそうこう思ってるうちに結果出ちゃったので政治とか政策とかのほうは簡単なメモ程度に。


【雑談】菅さんかあ: 切込隊長BLOG(ブログ) Lead‐off man's Blog
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2010/09/post-f55d.html


菅首相、続投: 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/09/post-2f45.html


隊長のほうは「雑談」らしくとくにまとまりもない世間話程度で「ネットとか雑誌だと『小沢有利』ってことだったし雑誌の得票予想でもそんな感じだったのにねー」みたいなエントリ。むしろその後のついった上でのやりとりのほうがおもろかった。

津田さんが「雑誌もネットも信用できなくて、ネットも雑誌も似たような感じ(世論の融解)になってきてるんじゃないかなぁ」みたいなこと言ったのに対して、「いや、雑誌のほうが信用できるけど今回は票読み間違えたってこと。ネタ元が特定幹部に偏ってたんでしょうなぁ」みたいなの


Twitter / やまもといちろう: たぶん、独自で票読みをする予算やノウハウはないので、 ...
http://twitter.com/kirik/status/24458560358


この辺は後述する記者クラブへのリソース編成問題とも絡む。あと、これ以前から「日本のマスメディアに政策的眺望からの視点がなかったためになんかグチャグチャな報道になってたね」って話とも
http://morutan.tumblr.com/post/1072603165

「なんか北朝鮮みたいだ」、と



極東ブログのほうは「事前の読みでは国会議員票を小沢が集めてると思ってたんだけど思ったより伸びなくて、サポーター票は現状維持を期待する民意の表れなんだね(まあ、仕方ないねー それはそれで平和だし)」みたいな感じ。「後付け」「後付け」と自省的かつよろしく哀愁な引きで大阪串カツベイブルースみたいだった。


エントリ全体の主旨とは関係ないところで、個人的にはこの辺の「現代政治の内実は工学のようながっちりとしたものになった。なので専門分化に対応できなければ動かしようがないオペレーションになってる」辺りが参考になった。
http://tumblr.com/xauiitxs4


これは某所の民主主義2.0な話にも当てはまるなぁ、と思って。あれは民意の入り口の話なので政策に反映される前段階だし、政策反映レイヤーだと高度に専門分化した網の目が絡まりあった鉄の蜘蛛の巣みたいなのがあるので、剛腕なカブトムシが一匹入り込んでもそれを独力で覆すことはできない、と。

この辺はウォルフレンが指摘していたような暗黙のゴルディアスの結び目的な複雑性ではなく、


Yahoo!みんなの政治 - 政治記事・ニュース - 政治記事読みくらべ - 中央公論 - 日本政治再生を巡る権力闘争の謎(その1)=カレル・ヴァン・ウォルフレン
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20100319-01-0501.html



明示的な鉄の鎖になっているのだろう(cf.財務省と
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/06/post-ed70.html

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2009/10/post-eb12.html

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2008/03/post_b799.html


かつての「政官財の暗黙的な鉄の三角形」ではなく、格ゲーのコンボのようなオペレーションにおける決まった型とポートフォリオみたいなのかな。
そして外部との「調整」
http://tumblr.com/xauilf1ua





なので、それを改善するとしたら「民意の収集段階でのシステムの変更(工夫)」という入り口的変更ではなく、「意思決定 → 実行段階で権力が偏らないようにアウトソース的に専門分化に対向、透明性を保つ」という方向が考えられる。





さておき、


こんな感じで今回の党内選挙は終わったわけだけど今回も政策論議云々以前の印象論で世論が形成されていったところがあったのではないか?いわゆる「政治とカネ」な見方。

「賄賂と談合でからめ手から物事が決まっていくアンフェアさ」って問題は確かに重要だけど日本の政治ジャーナリズムがそれ一色で染まって政策の長期的展望もなくなってしまうというのは「政治とカネ」の話題自体が煙幕のようなものではないか?という問題意識


池田信夫 blog : 「政治とカネ」というバイアス - ライブドアブログ
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51477310.html


日本を殺すスキャンダル狂い | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2010/09/post-1585.php?page=1


この国の「政治文化」をどう変えるか (田中良紹の「国会探検」)
http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2010/09/post_231.html



ここの小泉政権からの日本の政策関連ではこの本も読もうかなぁと思ってたり

現代日本の転機―「自由」と「安定」のジレンマ (NHKブックス)
高原 基彰
日本放送出版協会
売り上げランキング: 74988
おすすめ度の平均: 4.5
5 戦後日本の来し方を一望するパノラマ
3 73年で何が変わったか
5 冷静に現実をみつめるために必要な、社会学者が整理したこの30数年間の日本現代史
5 日本の政治・経済構造をわかりやすく説明
5 「平等」置いてけぼりを、浮きぼり。



現代日本の転機 - 池田信夫 blog(旧館)
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/c04449900fe06b86908a9c8b46061796

高原基彰『現代日本の転機』: EU労働法政策雑記帳
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-185f.html

2009-09-03 高原基彰『現代日本の転機』を読む。- 【海難記】 Wrecked on the Sea
http://d.hatena.ne.jp/solar/20090903#p1


1973オイルショックが転機となってそれまでの安定型高度成長社会(福祉国家+大企業体制)なハメ技も通じなくなった。それまでの日本型福祉社会を「前期近代」とするならこれ以降は「後期近代」となる。後期近代では前期で自転車操業されていたツケが回ってくることになり、特にバブルがはじけた90年代以降は「成長」と「分配」の二つのバランスがテーマとなっていく。


小泉以降、麻生(未満)の金融+財政政策についてはこの辺
http://tumblr.com/xauilb4il

http://tumblr.com/xauilcfkq

http://tumblr.com/xauildb4p




もどって「政治とカネ」一色で政治ジャーナリズムがまともに機能していないこと」について

北海道新聞の高田さんのほうでも問題提起がなされていた




都道府県庁、警察(検察・裁判所)、市役所、経済の4分野からの発表用に記者クラブにリソースが割かれ過ぎな反面、その発表に対して考察する視角がないという問題


ニュースの現場で考えること : 事件報道自体の量的抑制が必要だ
http://newsnews.exblog.jp/13576849

http://tumblr.com/xauibxgzx



この問題は司法(検察)ジャーナリズムにも当てはまる


対して、

捜査段階での発表用にそんなに人員は必要ではなく、出口だけ抑えて考察をすればよいだけ、な話もある
http://tumblr.com/xauibxjt6



この話はそのままtogetterの検察問題にあてはまったり


Togetter - 「村木局長事件無罪+弁護人と報道について+記者さん達のジレンマ」
http://togetter.com/li/49520



「特オチの恐れから拙速な垂れ流し情報を出してしまう」のに対して「もう少し一方向からではない取材をしてはどうか?弁護士サイドとか。読者は何も速さを求めているわけではない」という意見が出される。


「多角的な情報を」「拙速にではなく」「考察すべき」というところから調査報道の必要性の議論に接続する



ニュースの現場で考えること : 「調査報道とは何か」  日本ジャーナリスト会議の勉強会から
http://newsnews.exblog.jp/15014282/


「調査報道とは何か?」とははっきりと定義されていないが、現在日本の新聞紙面の7割以上を占める発表垂れ流しものに対して「裏をとり」「独自の考察をしていく」ことが求められる。
http://tumblr.com/xauife735
http://tumblr.com/xauife8v8

プロの仕事として
http://tumblr.com/xauifeahl


そのためには現行のいわゆる記者クラブ体制、サツ(官庁・経済)回り中心の記者リソース配分を見なおさなければならない
http://tumblr.com/xauifem5q

ただでさえ少ない記者がサツ回りに集中、しかも内容といえば発表ものになってしまっていること。この辺の人的リソースを量的にも質的にも増やし司法をはじめとした多様な分野についての専門記者を育てていく必要がある。

そしてその取材 → 報道は「記者の転勤」などといった外的事情で断ち切られることのないように、継続的な報道姿勢が求められる。




この辺りを見ているとけっきょく政策の意思決定段階のオペレーションにしても、ジャーナリズムの分析 → 考察過程にしても「人員(リソース)がきちんと行き渡ってない」という共通の問題が浮かび上がってくる。

これはそのまま当該労働環境における人的リソースの流動性の問題にも通じるだろう。


濱口桂一郎、2009、「新しい労働社会」: muse-A-muse 2nd
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/160935453.html




けっきょく事件は陰謀論的に起こってるんじゃない。現場は人が足りないだけなんだ



posted by m_um_u at 22:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会このエントリーを含むはてなブックマーク
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