2009年10月25日

ネット時代の「文化の力」とは?   情報力-国民主権-国民国家-民主主義

この辺を見ながらぼけーっと、わりと前から思ってたことがおぼろげにまた見えたのでメモ程度なつもりで記しとこう。






・「武力 → 経済力 → 情報力」的なとらえ方の話


東さんの言ってることはシステムが成熟してくると内部の過程がルーチン化して固定し、経験・流れがデータベースとして蓄積されるって話。そんで、そのデータベースには誰でもアクセス可能なので流動性と互換性、新規参入が高まる、と。

モジュール化とオープンアーキテクチャをイメージすれば判りやすいと思う。


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データベースとかオープンアーキテクチャがサブシステム的なものかどうかは留保が必要だろうけど。

そんでこの流れで思ったのは

『物理的力(武)の次に経済的な力(金)が来ていまは消費を介して経済と文が接合され、それが内部的には統治のシステムとして受け容れられてるように思うわけだけど、自分のオツム的にはこの辺のメカニズムの説明がしにくい。東さんだと出来るのかな?』

ってやつ。

ちょっと飛ばしたところもあるのでもそっと詳しく言うと、東さんはここで表象-媒介という情報の流通過程をすべてのシステムに共通するものとしてイメージしていて、政治的過程というのもその流れに沿うとしているみたいなんだけど、それって留保がいるんじゃないかと思った。


おそらくいまのシステムは大きく分けて3つある。

それぞれは力の源(リソースでありその集約がそのシステムにおける価値)に繋がる。それらはおーざっぱに政治・経済・文化に対応する。力の源はそれぞれは武・金・文(聖)となる。最後だけちょっと歯切れが悪いけど公文さんとか白田さん的には「情報」とされているけど…って感じ。


HPO:個人的な意見 ココログ版: [書評]情報社会学序説 At home in the last modern
http://hidekih.cocolog-nifty.com/hpo/2005/08/_at_home_in_the_8f05.html

グリゴリの捕縛 あるいは 情報時代の憲法について
http://grigori.sakura.ne.jp/hideaki/kenporon.htm


「情報」というのは政治・経済の系にも共通する意思伝達のための最小単位でありそれらを流す媒体も指すので。まぁ表象と媒体ということだろうけど。

なので「政治」「経済」のほかに別の系があるという風にとらえたら分かりやすいかもという認識には同意するんだけどそれは「情報」というか「文化」かな、って感じがしている。この「文化」という言葉も曖昧で、せいぜい「政治」「経済」の合理的システム(ハーバーマスなんかが「システム」と呼ぶもの)からはずれた多様性ぐらいのイメージだった。

それでだいたい公文さんのイメージとも重なるんだけど、公文さんの物言いというのはぼくにとってはちょっと楽観的に思える。さっきもいったようにシステムというのはまず「政治」「経済」の系がありそれらの余剰として「文化」があるはずなので。実際、「主権」という言葉でイメージされるのは武力だし、そういった直接の攻撃性に対する婉曲的な国家間パワーが経済力ということになってるはず。

そして、ぼくが最近みてきた中世の歴史の流れをみるとどうも簡単に「次の時代は文化(智)のゲームの時代だ!」とはいえないように思えたので。

中世の歴史を通してみると確かに単純な武力と経済力以外の力というか、力を包摂する仕掛けとして文化が使われていたという印象はある。それはたとえば網野さんがいうような年中行事と天皇制度の関係だったり。

天皇制が昔から敬われてきたのは単なる武力やそれに基づく経済力(具体的には荘園力)、あるいは天皇を神の子孫として奉ずる聖性に基づくものではなく、天皇や貴族、寺社の荘園で行われる地味な年中行事の影響が大きかったのではないか?

昔は時計もカレンダーもなかったので年中行事の励行によって大まかな季節感を持っていたのだろうけど、これがそのまま文化的な権威性を帯びていたのではないか。そしてその権威がそのまま天皇への信頼性に繋がっていたのではないか、的な話。


この辺は中世ヨーロッパにおける識字とそれに連なる知識(あるいは知識の編纂・分類方法=思考方法)と教会の関係を考えれば分かると思う。教会というのは「神の教えを説くところ」という聖性がためだけに敬われていたのではなく知識のハブだったので権威性を持っていた。それに加えて荘園を持つことを認められていたので経済力もあったわけだけどまぁ置く。


このようなことを思うと「文化」というのはバカにならない力を持ってきたとは思うんだけど、それはさっきいったような「政治」「経済」的なシステムの力とはまたちょっと違うように思う。

これはちょっと前にいった文化と文明の違い的な話にも共通するんだけど


muse-A-muse 2nd: 中世における公共性(あるいはその萌芽)の構造転換な話
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/129773060.html


「文明」という言葉には「システム」に連なるものがある。あるいは「技術」。「文化」との対照でいえばより下部構造的な具体性をもったものが「システム」でありそれを駆動するするための具体的かつ明示的な「法理」や「道具」、「表象」(ex.文字、言葉)などが「技術」ということになると思う。


東さんのこの辺の話もGLOCOM時代に公文さんから影響受けたところもありそうなのでそんな感じ。



「ネットがあれば政治家いらない」 東浩紀「SNS直接民主制」提案 : J-CASTニュース
http://www.j-cast.com/2009/10/24052476.html


東浩紀の渦状言論: 信頼社会は不安社会よりいいのか?
http://www.hirokiazuma.com/archives/000394.html







muse-A-muse 2nd: ネットの公共性をめぐっての古くて新しい話  現実に即したパワーゲームか原義的公共性か
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/121028286.html



そんでそういった力の源はそれぞれ次の力の源が出てきたからといって効力を失うわけではなくそれぞれがその範囲を増大し、あるいはお互いをけん制するように発達してきた。でもやはり「武力 ≧ 経済力 ≧ 文化」の関係は変わらないと思うけど。

たとえば現実的な実行可能性の面での機動性という意味では下位のリソースにいくほど速く動かせるとは思う。他国をけん制するときにいきなり攻撃するよりは経済的封じ込めを行ったり、あるいは文化的にけん制しあったほうがコスト少なくて済むし。

そういう意味では下位のリソースが上位のリソースにとって変わったかのような錯覚は起こるかもしれないがやはり武力で他国を侵略してしまえば経済力も文化も奪えるわけで、そういう意味ではこの力関係は変わっていないように思う。(実際には協調関係が重んじられる現代の国際政治経済体制の中でいきなり他国を攻撃とかはないわけだけど)

たとえれば武力がホームランバッターで経済力がオールラウンダータイプ、文化がもっと機動性のある安定ヒット型といったところだろうか。



とりあえずここまでのまとめとしては、「力の源の上位の系が政治・経済というのは依然として変わらないはず」、って感じ。




・「国民主権 → 国民国家」ってどういう経緯から出てきた考えなんでしょうね?


で、ここで疑問としてでてくるのが「武力・経済力をもとに勝者が決まるという厳然たるルールがあるはずなのになぜ国民主権-国民国家という形がとられたのか?」、ということ。さっきの話的には武力も経済力もなにもない大多数の国民に(擬制とはいえ)主権を託す必要性が分からないので。


ひとつは単純に「大衆があつまって暴動が起こるのが怖かったから」という話。

荘園の隷属民時代には(荘園従属の)大衆は規律訓練というかマインドハックされてたので暴動を起こすなどという気も起こらず黙々と作業していたのだろうけど、戦争が終わって平穏が訪れその間に智が研鑽され新たな技術が開発されることで農業などの生産技術が向上しそれに伴って人口が増大。農村の余剰人口は都市部に移住し、やがて都市民としての財と自由を手に入れた。これによって自由の権利に目覚めた大衆が革命を起こしていった。国民主権的考えはこの延長、とする説。

マルクス主義的なあれかなぁって感じ。カムイ伝とか。




それとは別に「市場によって大衆が経済力を持ったがゆえに無視できなくなった」って説も考えられる。ちょっと前のエントリでの推測


単純なリバイアサンとベヒーモスの相克ゲームに聖と文がクッションとして加わりつつ西欧の場合は聖が武を凌駕した時期もあった。そして聖はやがて文のみとなり大衆の登場と同時に市場に統合されていく。大衆の登場


muse-A-muse 2nd: 都市民の社会契約としての社会保障とそこから疎外される人たち (それを受けたメディアの形の変化→社会への影響について (仮)
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/130515309.html


具体的な歴史としては荘園→封建時代に隷属民であった村落共同体の人々が都市の隷属民(あるいは下層階級)として編入されいわゆる「都市民の自由」は複数の人を養える親方的な商工人に限られていた、という話。なので自由の権利はもともと大衆全般に権利は開かれていたわけではなく少数の金持ちに限定されていていまでも基本的にその流れを受けている。

しかし、戦争がなくなり技術が発展し人口が増えそれを当てにした市場ができることによって個々人では木っ端だった人々が「大衆」というかたまりになることで「金」という発言権にリンクしていった。(※これ自体はまだ確認してないので推測だけど。


こうして「武」と「金」のパワーゲームに大衆も加われることになったわけだが大衆の消費の場として設定された市場に「文」の権威が加わることとなったと思われる。大衆の消費的傾向を誘発するための装置として「文」が必要だったので。

ゾンバルトなんかを考慮するとここは少し順序が違うかもしれないけど。(未読だが)「大衆のものではない貴族の女性たちによる贅沢と消費が現代の資本主義の元となった」、というのが彼の言説のはずだし。

ただ、大衆を目当てとした大量消費の場合は文化的意匠がよりドライブされた感じ。生活の上で特に必要でもないものを買う行動選択(消費)であり、それを誘発する文化的意匠が必要となる。これは貴族の消費のときに培われたものが活きていたのかもしれないけど。あるいは都市民的生活-市場でもそれ以前からあったか。



まぁともかく、そういった形で市場(という名の荘園)で消費する大衆が必要になったため彼らの権利をある程度保護するようになりそこから国民主権的考えが派生した、とする説。




あるいは王権神授との関連。

最初は武のゲームであり経済力よりは武が強かったはずなんだけどヨーロッパの場合、聖的なものに権威性が傾きすぎた時代があった(cf.カノッサの屈辱)。日本でも似た様な例は見られたんだけど信長が潰したりしたのかな。てか、日本の場合は聖 / 武が単純に分けられていたわけでもないか(cf.「異形の王権」)


さておき

民衆の大義(公)の拠り所として、あるいは文化的なものの中枢として教会は権威性を帯びていったのだと思うのだけど王権神授というのは聖と武の関係がいれかわった(聖≧武となってしまった)時代に象徴的な擬制だったように思う。

そこから国民主権-社会契約→国民国家への飛躍はどういう背景(理路)から生まれてきたのか?「王権と同じく人々の自由は「神に授けられた人々の本質的自由に根ざすもの」的な考えだったのだろうか。


Togetter(トゥギャッター) - まとめ「人民主権→社会権 的なものってどういう論理や背景から生まれたんだろ?」





とりあえず国民主権的考えに到る流れを追うためにロックとかホッブズ、ルソーみたいなベタなのも読んでみようかとは思ってるけどあまり期待してない。この時代のひとの話というのはキリスト教的な考え方に対するカウンター的言説の意味合いが強くてちょっと言いすぎなところがあったり、あるいはその考えの元となっている史料自体がキリスト教的に歪められてたりするだろうから。

できればぢみに当時の武力-経済力-技術力の移転状況、それを受けた人口の変化とかみていけたら良いような気がしている。その点でシュミットとかどうなんかなぁ。。






あるいは他国がしかけた煽動的な要素もあったか? おそらく「都市民の自由は本質的なもの」みたいな後付けロジックも他国からの陽動も同時に行われた(あるいは両方の可能性があった)


Togetter(トゥギャッター) - まとめ「「国民主権」て他国をかく乱しようと送り込まれた文化装置的な背景もあったんじゃまいか?的陰謀論」




・・・まぁ陰謀論的だけど。




んでもざっとみて以上4つぐらいの可能性があるかなぁ、と。そんでどれかひとつではなく複雑に絡まりあってるかなぁとか思う。






・ネット時代の「情報の力」とは?

それで最初に戻るんだけど


そんな感じで見てきたときに可能性の一つとして「市場のために大衆の権利を保障した」(あるいは大衆を庇護した)というのがあると思うんだけど、このとき保護された大衆は同時に市場に隷属される状態になったともいえる。消費依存ってやつ消費社会論的なあれ。

こういった文化依存的な心理過程というのはCultural Studiesなんかで解けるのだろうか?

マルクス主義的に単に「産業社会が悪い!(脳みそ汚染されてる ><)」というのとも違って、もそっとフーコー的な気づかない間にぢわーーーっと沁み込んでて「それはそれでいいじゃーん」って思えているような感覚。

そんでそういった仮に「権力」と呼べるような妙な慣性がわれわれを支配すると同時に守ってくれている、というようなの。



もちろんそれは人工的に作られた幻想であり虚構的なものであって、「武」や「金」といった上位の力の存在を忘れさせるだけの麻薬とも思えるわけだけど。


よくネット時代の「ネットワークの力」とか「情報の力」とかいわれるのは「武」や「金」に対する力というよりはこういうものへのオルタナティブなもののように思う。

マスメディアに代表されるような、われわれ自身が再帰的に作り上げてきた消費的な文化装置に対してわれわれのリアルな生活と実存を想い起こさせるような、そして見知らぬ誰かと共有し、知や感情のよすがを育んでいけるようなそういった力というか場のようなものとして。


そこから先になんらかの創発的なものがあるのかもしれないけど、はじめからそれを期待し過ぎても却ってその可能性を潰すことになってしまうのかもしれない。





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国民国家とメディア-文芸市場の話はもうちょっとこの辺読み込んで再考必要かも


muse-A-muse 2nd: 中世における公共性(あるいはその萌芽)の構造転換な話  (応用編)
http://muse-a-muse.seesaa.net/article/129946855.html



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追記:
シュミットで見ようかと思ったけど彼は主に政治理論かなんかみたいでいちお歴史的考察もあるのだろうけどやはりリソースの移転を中心に考える場合は経済学系かなということで「ハイエクでは?」とかしいたけにいわれたんだけど





どうもハイエクもそういう記述はやってなくてまず「自由は最初からあった」みたいな感じなので、とりあえず中世−近代に到る歴史学系の本参考にしよう。




posted by m_um_u at 00:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人文このエントリーを含むはてなブックマーク
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