2009年05月26日

「異色昭和史」を読みつつ自分の根っこのことを思った

対論・異色昭和史 (PHP新書)
鶴見 俊輔 上坂 冬子
PHP研究所
売り上げランキング: 7233
おすすめ度の平均: 4.5
5 異色の対談から醸し出される言葉
5 すばらしい
4 鶴見俊輔と上坂冬子の関係




東京行きの新幹線の中で読み始めてグイグイひきつけられていった。おもろかった。

全体としては鶴見の左翼的な見方に上坂が保守的に異論を投げて行くって感じなんだけど、別にギスギスした感じでもなく、気心がしれたもの同士の掛け合い漫才みたいな感じでおもろかった。鶴見を「先生」と慕いつつも「不良な坊ちゃん」的につっこみいれたりいぢったり、鶴見は鶴見でそれに対してパフォーマンス的に「ちがう!」とかいったり。

両者が異論をなげかけ、それについてケンカするわけでもなく両者が擦り寄っていく感じはなんかほのぼのよかった。

細かい事実関係的なもの、特に「太平洋戦争開始時の日本側のイニシアティブとか転換点はどのあたりにあったのか?」ということ、「日本国憲法を作る際の天皇の位置づけをめぐっての内実はどうだったか」などについての当事者的視点もおもろかったんだけど、その辺いちいちあげていくと長くなりそうなので今回は割愛。
(鶴見の祖父後藤新平は満州鉄道つくったひと、父鶴見祐輔は戦争反対派だったけど「二二六事件でビビった」(鶴見談)、と)


個人的に、本書のクライマックスは上坂が鶴見のジャワの慰安所時代について問い詰めて言ったところのように思った。「<民主>と<愛国>」に出てたけど


〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性
小熊 英二
新曜社
売り上げランキング: 64434
おすすめ度の平均: 4.5
4 戦争体験が思想にどう影響したかを、ナショナリズムを中心に分析した本
5 自分であること
5 俺って愛国者だったんだ。
5 確かに『私たちは「戦後」を知らない』と言える
5 「心」と「言葉」から迫った戦後史



この部分の記憶は鶴見にとってはトラウマ的なそれというか、触れられて気持ちの良いものではないはずなので。

こういう質問を上坂があびせたけ言いは、鶴見が自分の父親のとった行動(あるいはとらなかった行動)に対して批判的すぎる嫌いを上坂が感じたからのようだったけど。上坂的には「あの当時としてはそういう態度をとっても仕方なかったところはあったのだろうし」ってのと「なにさ、自分ばっかきれいぶって」的なものがあったのかなぁ、と。

鶴見が親を意識するようになったのは後藤新平、そしてその入り婿である鶴見祐輔というエリート一家の中で母親から徹底してエリート教育を受けつつそこから落ちこぼれていったことへのコンプレックスがあったからみたい。

そういった中、鬼子のようにハーバードに追いやられてからは憑かれたように勉強に没頭して優秀な成績を残したわけだけど、その後しばらくして戦争がはじまって帰国、徴兵されジャワに行くことになった。

ジャワではドイツ語通訳が仕事ってことだったけど実際は慰安所でボーイのような役目をさせられた。このとき「なにもしていないけどなにもできなかった」的な無力感が鶴見の傷になった、と「<民主>と<愛国>」ではまとめられていたように思う。


いわば鶴見の爆弾部分なんだけどそこにくらいついていってはなさない上坂はすごいなぁ、と。ふつーの対談相手だったら鶴見が本気で怒って席を辞するかもしれないって畏れてこういうのはできないと思うんだけど…(鶴見が怒らないのもすごいけど)。   やはり気心が知れてるからだろうか。


そんで鶴見はこの記憶への悔恨もあってか、当時に自分の信念を曲げずに行動していた人、転向しなかった人たちをめっぽう評価するようになる。

東大出の勉強だけができてカタカタ言葉を振り回しているようなかつての自分のような人たちは信じずに、その人の幼少期からの体験や記憶が思想として根付いているひとたちに信頼を寄せるようになる。

たとえ一般的には多少間違ったところや型破りなところがあっても、その人固有の課題が思想的に結実しているような人。あるいは野生の勘のようにそこにたどり着く人。

 私は樹木のように成長する思想を信用するんだ。大学での知識人はだいたいケミカルコンビネーション。そういう人は人間力に支えられていないから駄目という考えです。私と接触がある人では、上坂さんにしても佐藤さんにしても、樹木のように成長しているものを感じるね。文章を見ればわかる。



この辺の話を見ながら自分が院をやめていった理由が思い出された。

本来自分が好きで始めた研究だったはずなのに)関心が流されていく、ということ。外との関係を気にしたり、「それはもう他の人がやってることだから」ということで自分の課題を変えていかければならないということ。

その中で「自分はほんとはなにをやりたかったんだろう?」って思うことはしばしばあった。



ってか、そこまで大層な理由があったわけではなく単純に怠惰だったから断念するような状況になっていったとも言えるのだけど



しかしある程度自由に自分の関心に沿っていろいろと学べるようになった現在、「どこを目指すべきか?」っていう漠然とした不安のようなものもある。

そういうときに標となるような人、あるいは刺激になるような人が側にいてくれるとありがたいのだろうけど。そんな感じで外に依っていてもダメなんだろうなぁ、と。


もう一度自分なりの課題、解決しなければならない問題を見つめなおしてそれと対峙し乗り越えていくべきなのだろう。

それがどんなに門外漢的なもので稚拙でも。人生の終わりに悔いを残さないためにはそこに立ち戻るのが一番の近道なのだ。




まぁ、とりあえず目下の課題は稼ぐことだけど





posted by m_um_u at 22:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記このエントリーを含むはてなブックマーク
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